2018年4月1日掲載。
白楽の意図:教科書を書いて売れれば、印税の収入はある。しかし、白楽の場合、書くエネルギー・時間・手間を考えれば金銭的にはとても割に合わなかった。しかし、学生・院生・研究者に知識や考え方を書籍で伝えるのは、学者の義務だと考えていた。利益相反など考えもしなかった。しかし、人間は、大金をもらえば、出資者に都合のいい内容にする可能性はある。一般的に、論文の著者は利益相反を開示しても、教科書の著者は利益相反を開示しない。それで、この論文では、米国の著名な医療系の教科書の著者について、彼(女)らの不開示の金銭的な利益相反を調査した。製薬企業からの報酬で、教科書が汚染され、歪められ、知識や考え方が「ねつ造・改ざん」されないことを願う。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.論文内容
4.白楽の感想
5.関連情報
6.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。
●1.【論文概要】
★論文概要
教科書は、学生、院生をはじめ当該分野の教育の中心的教材である。また、医学では、病態生理学および治療のための永続的な参考資料でもある。 論文や臨床ガイドラインとは異なり、生物医学系の教科書の著者は、通常、金銭的な利益相反(pCoIs:potential financial conflicts of interest)を開示していない。 この研究の目的は、医師、薬剤師、歯科医を育成するための教科書の著者が、製薬企業やバイオテクノロジー企業から特許または報酬の形で受け取った金銭的な利益相反があるかどうか評価することである。
コモンウェルス医科大学(Geisinger Commonwealth School of Medicine)。http://www.maverickce.com/projects/geisinger-commonwealth-school-medicine/
●2.【書誌情報と著者】
★書誌情報
- 論文名:Undisclosed conflicts of interest among biomedical textbook authors
日本語訳:生物医学教科書の著者たちの非公開の利益相反 - 引用サンプル:Brian J. Piper, Drew A. Lambert, Ryan C. Keefe, Phoebe U. Smukler, Nicolas A. Selemon & Zachary R. Duperry (2018) Undisclosed conflicts of interest among biomedical textbook authors, AJOB Empirical Bioethics, DOI: 10.1080/23294515.2018.1436095
- 発行年月日:2018年2月5日
- DOI: 10.1080/23294515.2018.1436095
- ウェブ:https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/23294515.2018.1436095?scroll=top&needAccess=true
- PDF:https://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.1080/23294515.2018.1436095?needAccess=true
★著者
- 第1著者:ブライアン・パイパー(Brian J. Piper) http://www.imediaconnection.com/profiles/iMedia_PC_Bio.aspx?ID=41422
- 紹介(含・写真):https://www.geisinger.edu/research/research-and-innovation/find-an-investigator/2017/09/11/19/21/brian-piper
- 国:米国
- 学歴:米国・マサチューセッツ大学(University of Massachusetts)、研究博士号(PhD)取得:神経薬理学
- 分野:行動神経科学
- 所属・地位:コモンウェルス医科大学(Geisinger Commonwealth School of Medicine)・助教授
●3.【論文内容】
●【1.序論】
利益相反(CoI:conflicts of interest)は、
政治家、企業経営者、弁護士、医療関係者、研究者などのように、信任を得て職務を行う地位にある人物が、その立場上追求すべき利益・目的(利害関心)と、その人物が他にも有している立場や個人としての利益(利害関心)とが、競合ないしは相反している状態をいう。
このように利益が衝突している場合、地位が要求する義務を果たすのは難しくなる。利益相反は、そこから非倫理的もしくは不適切な行為が行われなくても存在する。利益相反は、本人やその地位に対する信頼を損なう不適切な様相を引き起こすことがある。(利益相反行為 – Wikipedia)
例えば、患者の治療が主目的な医療なのに、製薬企業からキックバックがあるからという理由であまり効果が期待できない医薬品を使うなどの行為である。
生物医学の研究界では、いままで、数人の著名研究者の利益相反が糾弾された。この経験から学んで、利益相反が定義され、金銭的な利益相反は開示が必要だという重要な改革が実行されてきた。
1,000を超える生物医学系と科学系の学術誌の調査によれば、1997年には学術誌の6分の1以下しか利益相反規定を制定していなかったが、2014年には、臨床医学系の学術誌のほとんど全て(99%)が利益相反規定を制定していた。
同様に、1979年から1999年の臨床実践ガイドラインでは、わずか3.7%しか利益相反規定を制定していなかったが、2010年には、34.8%が制定していた。
論文、臨床報告、口頭発表、ガイドラインに限らず、総説、メタアナリシス、その他、影響力のあるのすべての発表に利益相反の透明性が重要だと認識されている。
特に、教科書は、医療専門家に対してとても強い影響力を持っている。しかも、教育課程で教科書から学ぶだけでなく、教科書は、しばしば生涯にわたる指導書になっている。
先行研究では、医師(MD)、薬剤師、薬理学者の教育に使用している4つの教科書の著者の利益相反が報告されている。その研究では、「グッドマンとギルマンの教科書(Goodman and Gilman’s textbook)」の著者の4分の1以上(26.2%)に未公開特許があった。著者の約3分の1(30.4%)は、読者に非開示の製薬会社から金を受け取っていた。[Brunton, L. L., B. A. Chabner, and B. C. Knollman. 2011. Goodman & Gilman’s The pharmacological basis of therapeutics, 12th ed. New York, NY: McGraw-Hill]
また我々の研究では、男性の学術医師(MD / PhD)は、女性または薬剤師よりも利益相反が有意に高かった[Piper, B. J., H. M. Telku, and D. A. Lambert. 2015. A quantitative analysis of undisclosed conflicts of interest in pharmacology textbooks. PLoS ONE 10]
この研究の目的は、影響力のある生物医学系の教科書の著者と編集者が、製薬企業からの金銭的メリットをどれほど受けているかを調査することである。
第1、医療従事者の教育に使用される教科書の著者の金銭的な利益相反を調べる。
第2、非公開の金銭的な利益相反に関連する著者の特性(例えば、性別)を調べる。
●【2.方法】
★教科書
対象とする教科書を特定するために、以下の手順を使用した。
まず第1に、、さまざまな医科大学院の約50人の教授に電子メールを送り、最も頻繁に使用する教科書を教えてもらった。約3分の1の回答を得た。
第2に、再版を重ねた教科書を標準の教科書と仮定して、特定された教科書の中から再版を重ねた教科書を選んだ。
第3に、医師への報酬サイト(ProPublica’s Dollars for Docs [PDD])でリストされている医師は米国人に限られているため、米国人以外が編集した教科書は除外した。
最後の第4に、臨床に焦点を当てていない教科書を除外した。
この結果、以下の6つの教科書を特定した。論文では各教科書の最後に記入した略号を使っている。例えば、『ハリソン内科学』=HarPIM。
- 『ハリソン内科学』:Harrison’s Principles of Internal Medicine (Kasper et al. 2015) HarPIM
- 『カッツング薬理学』:Katzung and Trevor’s Basic and Clinical Pharmacology (Katzung and Trevor 2014) KatBCP
- 『オステオパシー総覧』:The American Osteopathic Association’s Foundations of Osteopathic Medicine (American Osteopathic Association and Chila 2010) AOAFOM
- 『レミントンの薬学の科学と実務』:Remington: The Science and Practice of Pharmacy (Allen, Adejar, and Dessele 2012) RemSPP
- 『コーダ・キンバルの薬物治療』:Koda-Kimble and Young’s Applied Therapeutics: The Clinical Use of Drugs (Alldredge, Corelli, and Ernst 2012) : KKYAT
- 『ヤージーラの歯科薬理・治療法』:Yagiela’s Pharmacology and Therapeutics for Dentists (Yagiela 2010) YagPTD
★特許
Google Scholar (scholar.google.com) で、「include patents」にチェックして検索する。
特許と発明者の所属は、freepatentsonline.com で確認する。
★医師への報酬
医師への報酬は「ProPublica Dollars for Docs (PPD).」で調べた。
第1のデータベースPDD09は、2009–2013年に、17社の製薬会社からの40億ドル(約4000億円)の報酬が記録されたデータベースである。
サイトは projects.propublica.org/d4d-archive。「Show only payments over $250」はオフにした。
第2のデータベースPDD14(projects.propublica.org/docdollars)は、2013年8月から2018年3月31日現在も稼働しているが、論文の調査は時点では、2014年12月までである。
1,565社の製薬会社および医療機器メーカーに対して、宣伝、コンサルティング、食事、旅行、研究のために、医師、オステオパシー、歯科医、カイロプラクターに与えた報酬(35億ドル、約3500億円)のデータベースである。
サイトは projects.propublica.org/docdollars。
医師へ支払った報酬の情報は、医師支払いサンシャイン法(Physician Payment Sunshine Act)で報告が義務づけられている(2013年CMS)。
→ 米国のサンシャイン条項と日本の透明性ガイドラインの違い http://www.phrma-jp.org/wordpress/wp-content/uploads/old/library/faq/faq_a19.pdf
なお、医師へ支払った報酬の情報データベースはPDD09、PDD14以外にも以下のCMSデータベースがある。
米国で医薬品・医療機器産業から医師への支払いを「太陽の光のもとで明らかにしよう」との意味を込めて「サンシャイン法(Sunshine Act)」と名付けられた法律が施行されたことは、これまで本サイトでも伝えてきた。
この法律に基づく情報公開が2014年9月30日から、米国厚生省の組織であるCMS=Center for Medicare & Medicaid servies (公的医療保険を管轄する部署)のウエブサイトでいよいよ始まった。
食事の提供などを含む10ドル以上の支払いはすべて公開対象となる。それ以下でも年間100ドル以上になる場合は公開される。
検索は極めて簡単である。
https://openpaymentsdata.cms.gov/
上記のウエブサイトの検索ページに行き、試しに米国男性の代表的な名前であるJohn Smithと入力すると、33人の医師名がヒット、フルネームと、専門分野、住所が一覧表で表示される。そこで医師名をクリックすると、この医師に支払いをした会社名、支払い内容、日付、金額などのリストが一覧で表示される。
さらに、その会社名をクリックすると、今度はその会社が支払ったすべてのデータ(支払先、支払い内容、日付、金額)が一覧表の形で表示されるのである。画面のコピーもダウンロードも自由にできる。(2015年2月19日「薬害オンブズパースン会議 Medwatcher Japan」記事:米国でサンシャイン法による医師への支払いデータ公開がスタート)
論文の著者は、PDDデータベースがCMSデータベースよりも広い期間をカバーしているため、PDDデータベースを使用した。
●【3.教科書著者】
合計、1,473人の著者/編集者が特定でき、内320人が複数の章に寄稿していた。 105人は、米国の機関に所属していなかったため、PDD分析できず、除外した。PDD09で904人、PDD14で552人、特許検索で1,153人がヒットした。
学位の種類と著者/編集者の統計を図1Aに示す。なお、図1Bに示すように、女性薬剤師の訓練に使用する教科書(KKYAT = 52.6%、RemSPP = 36.3%)は他の教科書(KatBCP = 17.1%、YagPTD = 13.7%)より、女性の著者/編集者が有意に高かった。
図1。 (A)すべての著者の最高学位。 (B)各教科書の女性の割合
●【4.特許】
省略
●【5.報酬:2009年ー 2013年】
製薬企業からの報酬を評価した。 以下の図Aは、2009年から2013年の間に受領した報酬額のトップ10の著者である。
1位の著者は869,353ドル(約8694万円)の報酬もらった。内訳は、研究で95.2%、コンサルティングで4.2%だった。
最も多く報酬を受けた10人のうち4人が腫瘍専門医、2人は神経科医、2人は内分泌専門医、1人は胃腸科医、もう1人は内科のオステオパシー医(DO)だった。
『ハリソン内科学』(HarPIM)の全著者の2009年から2013年の間の製薬会社および医療機器メーカーからの報酬を集計すると、1100万ドル(約11億円)に及び、全報酬の41.8%を占めた。『ハリソン内科学』(HarPIM)の著者は図Aに示したように、受領報酬額トップ10に9人が入っていた。
女性は『ハリソン内科学』(HarPIM)全章の28.7%を執筆したが、トップ10には1人しか入っていなかった。
★1番目は誰?
論文は10位以内の人物を特定していない。しかし、人間が見えないと、ピンと来ない。それで、白楽が3位までの人を探った。なお、論文の「討論」で注意しているが、「この人たちを悪い人だと解釈すべきではない」ということです。
『ハリソン内科学』の著者「RJM」とは誰だろうか?
『ハリソン内科学』の著者をここから探った。 → Contributors A-E | Harrison’s Principles of Internal Medicine
RJMのイニシャルをもつ著者は3人いた。
Robert J. Mayer, MD
Robert J. Motzer, MD
Robert J. Myerburg, MD
報酬を調べた。
→ Dollars for Docs – ProPublica
Robert J. Mayer, MD は$3,000
Robert J. Motzer, MD $526,997など多数
Robert J. Myerburg, MD 見つからない
該当者はロバートJ.モッツァー(Robert J. Motzer, MD)となる。
コーネル大学医学部教授。スローンケタリング記念がんセンター泌尿器科医。
Professor of Medicine, Joan and Sanford Weill College of Medicine of Cornell University D. Attending Physician, Genitourinary Oncology Service, Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, New York
★2番目は誰?
ローレンス・コーリー(Lawrence Corey, MD 、写真出典)
ワシントン大学医学部教授。
University of Washington; President Emeritus, Fred Hutchinson Cancer Research Center; Member, Vaccine and Infectious Disease Division; Principal Investigator, HIV Vaccine Trials Network, Fred Hutchinson Cancer Research Center, Seattle, Washington
どこかで見た顔だと思ったら、ネカト事件を起こしたスコット・ブロディ(Scott Brodie)の上司だった。
→ スコット・ブロディ(Scott Brodie)(米) | 研究倫理(ネカト)
★3番目は誰?
フェリシア・コスマン(felicia Cosman, MD)、女性。
コロンビア大学医学部教授。Professor of Medicine, Columbia University College of Physicians and Surgeons, New York, New York
●【6.報酬: 2014年】
省略
●【7.討論】
コクラン図書館(Cochrane Library)のような評判の良い組織の文献やメタアナリシスとは異なり、現在、一般的に、教科書の著者は金銭的な利益相反を開示していない。 この研究では、医師、薬剤師、歯科医の教科書の著者1,000人以上が、製薬企業または医療機器企業から特許を取得したか、高額な報酬を受けているかどうかを調査した。そして、答えは明らかに高額な報酬を得ていた。
★注意点
本論文の調査にはいくつかの制限と注意点がある。
第1点。金銭的な利益相反があれば、著者は必ず医学データや解釈でねつ造・改ざんをする、ということはない。ただ、一般的に、製薬企業から報酬を受けた医師は、その企業の製品を処方する可能性は高い。[文献は多数ある。例えば:Wood, S. F., J. Podrasky, M. A. McMonagle, J. Raveendran, T. Bysshe, A. Hogenmiller, A. Fugh-Berman. 2017. Influence of pharmaceutical marketing on Medicare prescriptions in the District of Columbia. PLoS One 12:e0186060.]
第2点。特許は全部を把握するのが難しく、実際の数より低くなっている。
第3点。省略
第4点。製薬企業からの報酬のトップ10の著者だからと言って、この人たちを悪い人だと解釈すべきではない。医療技術の開発・発展は、業界と医師の密接な関係の上に成り立っている。医療技術の開発に貢献すれば、その成果に対して報酬を得ることは適切なことだ。
★勧告
まず第1点。国際医学誌編集者会議(International Committee on Medical Journal Editors)で定期的に金銭的な利益相反情報を入手し、共有することだ。
第2点。教科書の読者が、理解しやすいように、教科書の最後にまとめるのではなく、各章の冒頭に著者の所属機関を示すべきである。その方が、読者が自分で著者の所属機関の重要性を判断しやすい。
第3点。金銭的な利益相反を完全に開示することである。
非常に影響力のある精神薬理学の教科書『Stahl’s Essential psychopharmacology、第4版』(ケンブリッジ大学出版局)は、謝辞に査読者のチームをリストアップしている。
専門知識を持つ査読者の責任の1つは、著者の金銭的な利益相反を評価し、著者が経済的利益がある場合の論文や総説と記述内容を比較することだ。
読者の信頼を維持するには、利益相反の透明性が必要で、適切な管理は不可欠だ。
●4.【白楽の感想】
《1》教科書著者の中立性
『ハリソン内科学』の著者が1億円近くの報酬を製薬企業から得ていても不思議に思わないが、この論文は教科書だけが著者の利益相反の非開示を許している点を問題視している。一般の論文では著者の利益相反の非開示は許されていない。
しかし、開示すれば報酬をくれた製薬企業に対して中立的な内容になるかと言えば、そう期待するのは期待のしすぎた。
今までの多くの研究で、研究成果は報酬をくれた製薬企業に対して有利になるようなデータが発表されていることが示されている(つまり、助成金バイアスである)。だから、中立的な内容になることは、期待できない。
そういう前提だが、利益相反が開示してあれば、読者はバイアスを勘案して理解することが可能である。また、著者も製薬企業に対して有利になるようなあからさまな文章表現・データ選択をしなくなるという抑制機能が働く。
とはいえ、問題は微妙であり、難しい。
《2》代筆?
米国では、臨床試験レポートは製薬企業のライターが代筆するの通例らしい。
→ 7-12.製薬企業が臨床試験を腐敗させた | 研究倫理(ネカト)
では、教科書も製薬企業のライターが代筆しているのだろうか? そうなると、どうなるのだ?
●5.【関連情報】
① 2018年3月6日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者とアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「STAT」記事:Authors of premier medical textbook didn’t disclose millions from industry
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●6.【コメント】