経済学:ソメシュ・マトゥール(Somesh K. Mathur)(インド)

2017年12月8日掲載。

ワンポイント:インド工科大学カーンプル校(IIT: Indian Institute of Technology, Kanpur)・準教授の14~5年前の院生の時の論文と書評が、2016年(48歳?)、デリー経済大学・名誉教授のジャン・ドレーズ(Jean Dreze)に盗用だと指摘された。ドレーズ名誉教授は被盗用者である。インド工科大学カーンプル校・調査委員会の結論は不明だが、準教授に在籍しているのでシロ判定だったのだろう。損害額の総額(推定)は9千万円。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

ソメシュ・マトゥール(Somesh Kumar Mathur、写真出典)は、インドの超名門大学であるインド工科大学カーンプル校(IIT: Indian Institute of Technology, Kanpur)・準教授で、専門は経済学だった。

2016年(48歳?)、デリー経済大学・名誉教授のジャン・ドレーズ(Jean Drèze)は、マトゥールが14~5年前の院生の時、2001年と2002年に出版した論文と書評を盗用だと指摘した。

2016年8月(48歳?)、インド工科大学カーンプル校は調査委員会を設置した。

2017年12月7日現在(49歳?)、調査委員会が設立されてから1年4か月が経過した。調査は終了していると思うが、白楽は、調査結果の内容をつかめていない。ただ、マトゥールはインド工科大学カーンプル校・準教授の地位を保っているのでシロ判定だったのだろう。

インド工科大学(IIT: Indian Institute of Technology)は、2007年のNHKスペシャルで取り上げられた。「IITに落ちたらMIT(マサチューセッツ工科大学)に行く」と言われるほどの難関校(NHKスペシャル | インドの衝撃第1回わき上がる頭脳パワーである。

「Times Higher Education」の2018年大学ランキングでは、インド工科大学カーンプル校はインド第3位の超名門大学である。World University Rankings 2018 | Times Higher Education (THE)

「4icu.org」の大学ランキング(信頼度は?)でインド第2位の超名門大学である(Top Universities in India | 2017 Indian University Ranking(保存済))。

インド工科大学カーンプル校(IIT: Indian Institute of Technology, Kanpur)の教授陣棟。Credit: Wikimedia Commons 写真出典

  • 国:インド
  • 成長国:インド
  • 研究博士号(PhD)取得:インドのジャワハルラール・ネルー大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1968年1月1日とする。1990年の大学卒業時を22歳とした
  • 現在の年齢:56 歳?
  • 分野:経済学
  • 最初の不正論文発表:2001年(33歳?)
  • 発覚年:2016年(48歳?)
  • 発覚時地位:インド工科大学カーンプル校・準教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はデリー経済大学(Delhi School of Economics)の名誉教授であるジャン・ドレーズ(Jean Drèze)である。ドレーズ名誉教授は被盗用者である。ドレーズ名誉教授はインド工科大学カーンプル校と学術誌「Economic and Political Weekly」編集部に通報した。
  • ステップ2(メディア): 「Wire」新聞
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①インド工科大学カーンプル校・調査委員会
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 不正:盗用
  • 不正論文数:5報(3論文と2書評)
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 損害額:総額(推定)は9千万円。内訳 → ①研究者になるまで5千万円だが、研究者をやめていないので損害額はゼロ円。②研究者の給与・研究費など年間2000万円だが、研究者をやめていないし、ネカトは盗用なので研究成果の信ぴょう性に問題はない。損害額はゼロ円。③院生の損害が1人1000万円だが、院生がいたのかどうか不明なので損害額をゼロ円とした。④外部研究費の額は不明で損害額はゼロ円。⑤調査経費(大学と学術誌出版局)が5千万円。⑥裁判経費なし。⑦論文出版・撤回作業が1報につき100万円、撤回論文の共著者の損害が1報につき100万円。撤回論文数は不明なので損害額はゼロ円とした。⑧研究者の時間の無駄と意欲削減が4千万円
  • 結末:辞職なし。インド工科大学カーンプル校の調査結果は不明

●2.【経歴と経過】

  • 生年月日:不明。仮に1968年1月1日とする。1990年の大学卒業時を22歳とした
  • 1990年(22歳?):インドのデリー大学(Delhi University)で学士号を取得した
  • 1994年(26歳?):インドのジャーミア・ミリア・イスラーミア大学(Jamia Millia Islamia University)で修士号(M.A.)を取得した
  • 1996 ‐ 2006年4月(28 ‐ 38歳?):インドのジャワハルラール・ネルー大学(Jawaharlal Nehru University)・経済学科・講師
  • 1997年(29歳?):インドのジャワハルラール・ネルー大学(Jawaharlal Nehru University)で修士号(M.Phil.)を取得した
  • 2005年(37歳?):インドのジャワハルラール・ネルー大学(Jawaharlal Nehru University)で研究博士号(PhD)を取得した。博士論文タイトル「Perspective of Economic Growth in Selected South Asian and East Asian Countries」。指導教授はS K Das
  • 2008 ‐ 2012年(40 ‐ 44歳?):インド工科大学カーンプル校(IIT: Indian Institute of Technology, Kanpur)・助教授
  • 2012年5月(44歳?):同上・準教授
  • 2016年(48歳?):盗用が指摘された

●3.【動画】

【動画1】
講義の動画:「国際経済学(Mod-01 Lec-01 Lecture-01International Economics)」(英語)32分57秒。
nptelhrdが2013/05/21 に公開
この「国際経済学」の講義動画は43回まである「Mod-01 Lec-43 Lecture-43International Economics」 →  Somesh K. Mathur Mod-01 – Google 検索

●5.【不正発覚の経緯と内容】

【盗用の指摘】

★「2001年の Peace Economics, Peace Science and Public Policy」論文

2001年(33歳?)、ソメシュ・マトゥール(Somesh K. Mathur)は、ジャワハルラール・ネルー大学(Jawaharlal Nehru University)の院生の時、「2001年の Peace Economics, Peace Science and Public Policy」論文を出版した。論文タイトルは「Casualities of Militarization in the Contemporary World: Democracy and Development」だった。

2016年7月(48歳?)、それから15年も経っているのだが、ジャン・ドレーズ(Jean Drèze、写真出典)は、2000年4月に出版した自分の「2000年のEconomic and Political Weekly」論文(タイトルは「Militarism, Development and Democracy」)が、ソメシュ・マトゥールの上記の論文にそっくり盗用されていることに気が付いた。

15年も経ってからの盗用指摘は、新たに開発されてきた盗用検出ソフトで調べたからである。盗用検出ソフトの「Copyscape」で文献欄を含めて分析すると、盗用文字率は98%だった。

学術誌「Economic and Political Weekly」編集部とソメシュ・マトゥールが所属するインド工科大学カーンプル校(IIT: Indian Institute of Technology, Kanpur)に通知した。

なお、ジャン・ドレーズ(Jean Drèze)は、ベルギー生まれでインド国籍を得た経済学者・活動家で、デリー経済大学(Delhi School of Economics)の名誉教授である。1998年にアジアで最初にノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン(Amartya Sen)と共著で論文を出版しているインド学術界の著名人である。

★2002年の書評

2002年3月30日(34歳?)、ソメシュ・マトゥール(Somesh K. Mathur)は、ジャワハルラール・ネルー大学(Jawaharlal Nehru University)の院生の時、「2002年のEconomic and Political Weekly」に書評を出版した。書評タイトルは「Policies and Markets」だった。

2016年7月(48歳?)、それから14年も経っているのだが、ジャン・ドレーズ(Jean Drèze)が上記書評の最終パラグラフは、1998年のDebraj Ray著『Development Economics』(Princeton University Press)の序文の逐語盗用だと指摘した。

★2005年の論文

ジャワハルラール・ネルー大学・講師の時の2005年(37歳?)の論文「Growth Accounting for Some Selected Developing, Newly Industrialized and Developed Nations from 1966-2000: A Data Envelopment Analysis」も以下の盗用だった。

  • Technological Change, Technological Catch-up, and Capital Deepening: Relative Contributions to Growth and Convergence
    by Subodh Kumar and R. Robert Russell,
    2002, The American Economic Review

★2007年の論文

ジャワハルラール・ネルー大学・講師の時の2007年(39歳?)の論文「Indian IT industry: a performance analysis and a model for possible adoption」も以下の盗用だった。

  1. India’s Story of Success: Promoting the Information Technology Industry by Sarala V. Nagala, 2005, Stanford Journal of International Relations
  2. Brief: Connecting Agricultural Sector through Electronic Governance Models : 2 Lessons by Vikas Nath, 2005, The Digital Governance Initiative

★2012年の書評

2012年(44歳?)、インド工科大学カーンプル校・準教授のソメシュ・マトゥール(Somesh K. Mathur)は、米国・ボストンで開催の国際会議「32nd General Conference of the International Association for Research in Income and Wealth」に発表要旨が送付した。発表タイトルは「A Modified Index of Economic and Social Well-being Using Multivariate Factor Analysis: An Indian case」だった

この要旨の約300単語がウィキペディアの「Welfare economics」の文章の盗用だった。他の盗用先は、新聞紙「Indian Express」の文章、さらに、Andrew Sharpeの「1999年のCanadian Policy Research Networks」論文である「A Survey of Indicators of Economic and Social Well-being」の文章だった。

【盗用指摘のその後】

2016年7月(48歳?)、ジャン・ドレーズ(Jean Drèze)が2001年と2002年の盗用を見つけ、ソメシュ・マトゥールが準教授として所属するインド工科大学カーンプル校(IIT: Indian Institute of Technology, Kanpur)に通知した。

★ソメシュ・マトゥールの主張とドレーズ教授の反応

ソメシュ・マトゥール(Somesh K. Mathur)、写真出典

新聞「Wire」紙の記者がソメシュ・マトゥールに質問すると、「私が15年前にジャワハルラール・ネルー大学の院生の時に書いた論文・書評に対する根拠のない批判です。私がドレーズ教授のアイデアを使用した場合は、文献を引用しています。実際、当時、私の記事のコピーをデリー経済大学のジャン・ドレーズ教授に送付しました」と電子メールで回答してきた。

この主張にジャン・ドレーズは、「彼は盗作を認めないことで彼自身を窮地に立たせている。盗用を博士指導教授の指導不足のせいにすれば、彼自身の罪が軽くなる機会があったかもしれない。しかし、今や、さらに厳しい処分になるだろう」と「Wire」紙に意見を寄せた。

ジャン・ドレーズは、「学術機関は盗用を真剣に受け止め、盗用者に対して正しく対処することが重要である。インド工科大学カーンプル校がネカト申し立てを軽視しないことを望む」と述べた。

★インド工科大学カーンプル校・調査委員会

2016年8月、ジャン・ドレーズの通報と学術誌「Economic and Political Weekly」のパランジョイ・タクルタ編集長(Paranjoy Guha Thakurta、写真出典)の要請を受け、インド工科大学カーンプル校は調査委員会を設置した。

2017年12月7日現在、調査委員会が設立されてから1年4か月が経過した。調査は終了していると思うが、白楽は、調査の経過・終了の情報をつかめていない。

なお、ソメシュ・マトゥール(Somesh K. Mathur)は、2017年12月7日現在、インド工科大学カーンプル校・準教授の地位を保っている。調査委員会はシロと判定を下したのだろう。

★「Wire」新聞記事の削除要求

ソメシュ・マトゥール(Somesh K. Mathur)は、「Wire」新聞社に記事の削除を何度も要求してきた。さらに、「Wire」記事は事実を伝えるという公益性を越えて、「商業的利益」を追求しすぎていると非難した。

また、マトゥールは、1つの論文を除いて、他の文書はどれも自分の昇進の際の業績に使用していないと繰り返し述べている。

●6.【論文数と撤回論文】

省略

●7.【白楽の感想】

《1》昔のネカトと時効

14~5年前の院生の時に書いた論文・書評の盗用でも盗用は盗用だが、指摘された方は大変だ。

世界中で昔の盗博が指摘され、国の要職についている人が盗博で失脚する。これは社会システムとして欠陥がある。盗用に対する現行の処分制度を大きく変えた方がいい。

少なくとも時効制度を導入する。例えば、論文の出版後5年が経過したら盗用は不問にする。なお、時効制度を導入するのに合わせ、一度、盗用摘発大作戦を展開し、それ以前のすべての盗用を洗い出す。盗用摘発大作戦の終了以降、終了以前の論文ネカトに盗用が見つかっても不問にする。そして、終了以降のすべてのネカトに5年ルールを適用する。

《2》在籍時の大学に調査義務あり

盗用が指摘された時、ソメシュ・マトゥール(Somesh K. Mathur)はインド工科大学カーンプル校・準教授だった。それで、インド工科大学カーンプル校は調査委員会を設置した。

しかし、最初に盗用と指摘されたのは、14~5年前のジャワハルラール・ネルー大学の院生の時に書いた論文・書評である。

ジャワハルラール・ネルー大学も調査委員会を設けて調査すべきだ。博士論文でも盗用している可能性がある。

ソメシュ・マトゥール(Somesh K. Mathur)、写真出典

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●8.【主要情報源】

① 2016年9月14日の「Wire」記事:Economist at IIT-Kanpur Accused of Plagiarism、(保存版
② ソメシュ・マトゥール(Somesh K. Mathur)本人のウェブサイト:Somesh K Mathur
③ 2017年11月20日のRmadevi Pillaiのブログ記事:PLAGIARISM(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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