2021年11月3日掲載
ワンポイント:食品医薬品局(FDA)管轄の事件。ニューロリサーチ社(NeuroResearch Clinics, Inc)の社長で医師。2020年4月(66歳)、クアックウォッチ(Quackwatch)のスティーブン・バレット(Stephen Barrett)が、ハインズの論文は利益相反を開示していない、と指摘した。2009~2016年(55~62歳?)のハインズの20論文は、2020年12月~2021年3月に全部撤回された。データねつ造・改ざんもあった。未認可薬の販売もあった。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
マーティ・ハインズ(Marty Hinz、ORCID iD:?、写真出典)は、米国のニューロリサーチ社(NeuroResearch Clinics, Inc)の社長で医師。専門は神経科学である。
ハインズの事件は、①食品医薬品局(FDA)・未認可薬の販売、そして、②宣伝用に発表した学術論文のねつ造・改ざん(利益相反の非開示など)である。
ハインズは、ニューロリサーチ社の社長として、アミノ酸混合物が神経疾患の治療に有効だという論文を出版した。実は、彼の娘エイミー(Amy M. Gunthert-Hinz)が社長のCHKニュートリション社(CHK Nutrition, Inc )が、これらアミノ酸混合物を販売していたので、学術論文を使って、CHKニュートリション社の製品を宣伝したことになる。
また、アミノ酸混合物が病気の治療に有効、ということは医薬品に該当する。その場合、それなりの臨床試験をし、食品医薬品局(FDA)の認可が必要である。ところが、マーティ・ハインズはそれをしていなかった。
2005年(51歳)、食品医薬品局(FDA)が上記の点について警告書(Warning Letter)を発行した。
2020年4月(66歳)、それから15年後、クアックウォッチ(Quackwatch)のスティーブン・バレット(Stephen Barrett)が、ハインズの論文は利益相反を開示していない、と指摘したことで始まった。
バレットの指摘を受けて、学術誌・編集部は、2009~2016年(55~62歳)のハインズの20論文を、2020年12月16日(66歳)に14報、2021年3月3日(67歳?)に6報、計20報を撤回した。データねつ造・改ざんもあった。
ニューロリサーチ社(NeuroResearch Clinics, Inc)。住所の「NeuroResearch Clinics, Inc., Duluth, MN」でヒットした写真出典。グーグルマップで白楽が作成。マーティ・ハインズ(Marty Hinz)の自宅と思われる
- 国:米国
- 成長国:米国
- 医師免許(MD)取得:ミネソタ大学医科大学院
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:男性
- 生年月日:1954年生まれ。仮に1954年1月1日生まれとする。
- 現在の年齢:70 歳
- 分野:神経科学
- 不正論文発表:2009~2016年(55~62歳)の8年間
- 発覚年:2020年(66歳)
- 発覚時地位:ニューロリサーチ社・社長
- ステップ1(発覚):第一次追及者はネカトハンターのスティーブン・バレット(Stephen Barrett)で、クアックウォッチ(Quackwatch)に書き、学術誌に公益通報
- ステップ2(メディア):「クアックウォッチ(Quackwatch)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。大学・研究所に所属していない
- 大学の透明性:該当せず(ー)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:20報撤回
- 時期:研究キャリアの中期
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
- 処分:なし。大学・研究所に所属していないので処分主体がない
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
主な出典:⑥ 2021年3月3日のスティーブン・バレット(Stephen Barrett)記者の「Quackwatch」記事:A Skeptical Look at Dr. Marty Hinz and His Views of “Neurotransmitter-Related Diseases” | Quackwatch
- 生年月日:1954年生まれ。仮に1954年1月1日生まれとする。
- 1983年(29歳):ミネソタ大学医科大学院(University of Minnesota School of Medicine)で医師免許取得
- 1985年(31歳):家庭医の研修終了
- 1983~1999年(29~45歳):アイオワ州、ウィスコンシン州、ミネソタ州で医師
- 1994~2002年(40~48歳):ミネソタ州のモーガン・パーク病院(Morgan Park Clinic)・医師
- 1996年(42歳):睡眠不足を伴う双極性障害で入院。医師登録停止
- xxxx年(xx歳):ニューロリサーチ社(NeuroResearch Clinics, Inc)・社長
- 2005年(51歳):食品医薬品局(FDA)から警告書(Warning Letter)を受取る
- 2011年(57歳):食品医薬品局(FDA)から販売中止
- 2020年12月16日(66歳):14論文が撤回
- 2021年3月3日(67歳):6報論文が撤回
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
「マーティ・ハインズ」と紹介。
講演動画:「Parkinson’s Disease: Managing the Ultimate Neurotoxin Catastrophe | Marty Hinz, MD – YouTube」(英語)54分43秒。
IAOMT – International Academy of Oral Medicine and Toxicologyが2020/03/28 に公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★全体像
マーティ・ハインズ(Marty Hinz)は1983年(29歳)にミネソタ大学医科大学院(University of Minnesota School of Medicine)で医師免許を取得した。その後、研修医として勤めた後、アイオワ州、ウィスコンシン州、ミネソタ州で医師として10数年働いた。
1996年(42歳)、ハインズは睡眠不足を伴う双極性障害で入院し、医師登録を停止された。
1997年に5年間の保護観察や、精神的治療、再教育などを受けた。この頃から、精神障害と診断されていた。また、ハインズの医療知識・技術に関して再研修が必要だとされた。
時期は不明だが、ハインズは自身が精神障害である自分を見つめ、一般的に神経病は栄養素の枯渇が原因で発症すると考えた。それで、アミノ酸混合物を栄養補助剤と使用することで神経病を治療できるとした。そして、アミノ酸の臨床応用に焦点を当てるとニューロジェネシス社(NeuroGenesis, Inc)(ニューロリサーチ社の前身)を起業した。
ニューロリサーチ社の社長として、この医療活動に取り組んだが、同時に、学術論文を利用してアミノ酸混合物の宣伝に励んだ。
ところが、アミノ酸混合物が病気の治療に有効、ということは医薬品に該当する。その場合、それなりの臨床試験をし、食品医薬品局(FDA)の認可が必要である。ところが、マーティ・ハインズはそれをしなかった。
マーティ・ハインズの事件は、①食品医薬品局(FDA)・未認可薬の販売、そして、②宣伝用に発表した学術論文のデータねつ造・改ざんである。
学術論文は20報発表しているが、そのすべてが撤回された。
撤回論文「数」でなく、撤回論文「率」でランキングすると、撤回論文ランキング第1位になる。
★食品医薬品局(FDA)・未認可薬の販売
2005年(57歳)、米国食品医薬品局(FDA)は、安全性も有効性も報告も受けていない未認可薬を違法に販売しているとニューロジェネシス社(NeuroGenesis, Inc)に警告書(Warning Letter)を送付した。この未認可薬はマーティ・ハインズ(Marty Hinz)が調合したアミノ酸混合物である。
以下は警告書(Warning Letter)の冒頭部分(出典:同)。全文は →
https://quackwatch.org/cases/fdawarning/prod/fda-warning-letters-about-products-2005/neurogenesis/
★食品医薬品局(FDA)から販売中止訴訟
2011年(57歳)、米国の食品医薬品局(FDA)は、マーティ・ハインズ(Marty Hinz)、彼の娘エイミー(Amy M. Gunthert-Hinz)、娘の会社が未認可薬を違法に販売したとして、連邦訴訟を起こし、販売を中止させた。
→ 2011年9月16日記事:FDA Blocks Sale of Supplements for Parkinson’s and Alzheimer’s | MedPage Today
→ 2011年12月27日記事:FDA acts against Duluth firm selling dietary supplements – StarTribune.com
マーティ・ハインズはニューロリサーチ社(NeuroResearch Clinics, Inc、ロゴ出典)の社長で、パーキンソン病など神経病の治療にアミノ酸混合物が有効だと主張していた。栄養素枯渇が原因で神経病が起こるので、栄養を補助することで治療できるとしている。
一方、彼の娘エイミーはCHKニュートリション社(CHK Nutrition, Inc )の社長で、これらアミノ酸混合物を販売していた。
マーティ・ハインズと娘エイミーは結託していた。
医療提供者が治療プロトコルについてニューロリサーチ社に問い合わせると、ニューロリサーチ社はCHKニュートリション社のアミノ酸製品を推奨した。
逆に、プロバイダーがCHKニュートリション社に病気の治療について質問すると、ニューロリサーチ社のウェブサイトを見るように推奨した。このサイトには、製品カタログ、製品使用のプロトコル、および支援を求める電話番号が掲載されていた。会社のWebサイトも広範囲に相互リンクされていた。
2005年、食品医薬品局(FDA)がマーティ・ハインズに送った警告書(Warning Letter)に記載されているように、CHKニュートリション社が販売しているアミノ酸製品は、連邦食品・医薬品・化粧品法(Federal Food, Drug, and Cosmetic Act)が指定する医薬品に該当していた。
★ネカト
2020年4月(66歳)、米国の医師でクアックウォッチ(Quackwatch)の創設者であるスティーブン・バレット(Stephen Barrett 、写真出典同)が、マーティ・ハインズ(Marty Hinz)の論文は利益相反を開示していない、と学術誌に通報したことが不正発覚の発端である。 → 2020年4月28日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Publisher slaps expressions of concern on 20 papers by nutrition supplement-selling doctor – Retraction Watch
マーティ・ハインズは論文を道具に使って、マーティ・ハインズの前の会社が作成したアミノ酸サプリメントがさまざまな神経疾患の治療に効果的であるという主張を裏付けていた。
この会社は、現在は娘エイミーが社長所有しているCHKニュートリション社で、推奨の見返りは、ロイヤルティとして報酬が支払われていた。
学術誌はバレットの通報を受け、調査し、結局、2009~2016年の20論文を、2020年12月16日に14報、2021年3月3日に6報、計20報を撤回した。
学術誌は「Neuropsychiatr Dis Treat.」、「Clin Pharmacol.」、「Drug Healthc Patient Saf.」、「Int J Gen Med.」、他、など数誌に渡って発表した論文だが、全部、ドーヴ医学出版社(Dove Press)が発行する学術誌だった。
●【撤回理由の具体例】
2009~2016年の20論文が、2020年12月16日に14報、2021年3月3日に6報、計20報が撤回された。
2論文の撤回理由を以下に示す。
1.「2016年4月のNeuropsychiatr Dis Treat.」論文
→ 撤回公告:Parkinson’s Disease Managing Reversible Neurodegeneration [Retraction]
編集部が要求したのに、著者は、治験審査委員会(IRB)とインフォームドコンセント情報を提供しなかったので、論文出版の条件である生命倫理要件を満たしていない、とした。
さらに、著者は、この研究に関連する研究プロトコル、生データ、その他、編集部が要求した研究文書を提供しなかった。それで、データねつ造・改ざんがあると判定した。
2.「2010年12月のClin Exp Gastroenterol.」論文
→ 撤回公告:Amino Acid-Responsive Crohn’s Disease: A Case Study [Retraction]
この論文の撤回理由も上記と同じである。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2021年11月2日現在、パブメド(PubMed)で、マーティ・ハインズ(Marty Hinz)の論文を「Marty Hinz[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2009~2016年の8年間の21論文がヒットした。
2021年11月2日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、20論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2021年11月2日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでマーティ・ハインズ(Marty Hinz)を「Marty Hinz」で検索すると、 2論文が訂正、20論文が懸念表明、20論文が撤回されていた。
2009~2016年の20論文が、2020年12月16日に14報、2021年3月3日に6報、計20報が撤回された。
学術誌は「Neuropsychiatr Dis Treat.」、「Clin Pharmacol.」、「Drug Healthc Patient Saf.」、「Int J Gen Med.」、他、など数誌に渡って発表した論文だが、全部、ドーヴ医学出版社(Dove Press)が発行する学術誌だった。
★パブピア(PubPeer)
2021年11月2日現在、「パブピア(PubPeer)」では、マーティ・ハインズ(Marty Hinz)の論文のコメントを「Marty Hinz」で検索すると、1論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》民間のネカト者の処分
マーティ・ハインズ(Marty Hinz、写真出典)のように、大学や研究所で雇われていない人は、ネカト論文を出版しても解雇されない。解雇する主体がないからだ。
娘の会社(自分の会社でも同じ)の医薬品の学術的裏受けを、学術論文で医薬品の効果を保証する。そして、医薬品を売る。パーキンソン病など難病の治療薬なので、治らなくても売れる。となると、ネカト論文でもいいから、形が学術論文になるように出版する。
食品医薬品局(FDA)は未承認薬を販売していることでハインズに罰金を科しているが、ハインズはそれほどこたえていない。処罰による損害以上に儲かっているからだ。
ハインズ事件では、スティーブン・バレットの指摘を受けて、学術誌は調べ、出版論文の全部を撤回した。
しかし、一般論としては、学術誌はこんな徹底的な対応しない。他の事件では、ネカト論文が長年撤回されないままである。
それで、国民と社会はだまされ続ける。一般消費者は学術論文が出版されていれば信用する。学術論文を使って製品の宣伝をしているとはツユにも疑わない。
そもそも学術論文の存在そのものもほとんど検証しないので、論文が撤回されても、学術誌に論文が掲載されて「いた」ことでそれなりの宣伝効果は維持される。
そして、大学・研究所が雇用していないネカト者は処分できない。論文撤回するのがセイゼイである。
この点は、現行のネカト処分システムの盲点で、他にも、同様のケースはある。
だから、警察がネカト調査し、裁判で処罰できる刑法事件にすべきなのである。
この点、米国は一向に改善できない。もちろん、日本も改善できない。
《2》どうして?
栄養素の枯渇が原因で神経疾患を発症すると考え、アミノ酸混合物を栄養補助剤として使用することで治療しようという考えは、OKである。
しかし、食品医薬品局(FDA)の認可なしに医薬品を売るのはマズイというか、違法であることぐらい、医師のマーティ・ハインズ(Marty Hinz)は100も承知だろう。
バレで、法的処分を受けることは知っていただろう。
それを前提として、では、どうして、こんな不正をしたのだろうか?
《1》では、処罰による損害以上に儲かっているからだ、と述べたが、ハインズは中年になって精神障害を起こしている。このことと関係があるという解釈もある。
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●9.【主要情報源】
① 2018年2月15日のスティーブン・バレット(Stephen Barrett)記者の「Quackwatch」記事:CHK Nutition, NeuroResearch Clinics, and Martin Hinz, M.D., Charged with Illegal Marketing | Quackwatch
② 2019年8月7日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Conflicts of disinterest: Why does it take a publisher 18 months, and counting, to correct papers? – Retraction Watch
③ 2020年12月21日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Publisher retracts 14 papers by doctor who ran afoul of U.S. FDA for marketing supplements – Retraction Watch
④ 2021年3月12日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Supplement-selling doctor who ran afoul of FDA and state medical board up to 20 retractions – Retraction Watch
⑤ 2021年6月8日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Publisher retracts 20 of a researcher’s papers — then asks him to peer review – Retraction Watch
⑥ 2021年3月3日のスティーブン・バレット(Stephen Barrett)記者の「Quackwatch」記事:A Skeptical Look at Dr. Marty Hinz and His Views of “Neurotransmitter-Related Diseases” | Quackwatch
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