経済学:「間違い」:カーメン・ラインハート(Carmen Reinhardt)、ケネス・ロゴフ(Kenneth Rogoff)(米)

ワンポイント:経済学の権威の論文が間違い・改ざん(?)で国家(例:英国)の経済危機

【概略】
10sepfmfRein200aカーメン・ラインハート(Carmen Reinhardt、写真右、出典)は、米国・メリーランド大学(University of Maryland)・教授だった。専門は経済学(国際経済)である。夫は元・FRB金融政策局長のビンセント・ラインハート(Vincent Reinhart)。

ケネス・ロゴフ(Kenneth Rogoff、写真左)は、米国・ハーバード大学(University of Maryland)・教授で、専門は経済学(国際金融分野の権威)である。チェスの名手。妻は映画製作者のナターシャ・ロゴフ。

2010年(ラ55歳、ロ57歳)、2人共著で国家経済に大きく影響する「2010年のラインハート&ロゴフ」論文を出版した。

2013年(ラ58歳、ロ60歳)、経済学専攻の院生らが上記論文の「間違い・改ざん(?)」を指摘した。上記論文は、国家経済のかじ取りに影響したので、「間違い・改ざん(?)」は大問題となった。英国経済の危機を招き、学術界、マスメディア、ブログが大騒ぎした。

この事件の日本語解説はたくさんある。ウィキペディア日本語版の文章と岩本康志(東京大学大学院・教授、経済学者)の文章を本文に引用した。

この事件は、 「国際ビジネス・タイムス(ibtimes)」誌の2013年の7大科学スキャンダルの第7位である(2013年ランキング | 研究倫理

0416_austerity_630x420ケネス・ロゴフ(Kenneth Rogoff、写真左)とカーメン・ラインハート(Carmen Reinhardt、写真右)。写真出典

【経歴】

両人とも著名人で日本語解説がたくさんある。以下の経歴はかなり省略した。

★カーメン・ラインハート(Carmen Reinhardt)
写真出典

  • Carmen Reinhardt国:米国
  • 成長国:キューバのハバナに生まれ。1966年1月6日、10歳の時、父母と渡米
  • 研究博士号(PhD)取得:コロンビア大学
  • 男女:女性
  • 生年月日:1955年10月7日
  • 現在の年齢:68 歳
  • 分野:経済学
  • 最初の間違い論文発表:2010年(55歳)
  • 発覚年:2013年(58歳)
  • 発覚時地位:2012年からハーバード大学・教授だが、論文発表時の2010年時点ではメリーランド大学・教授。
  • 発覚:同じ分野の院生らの指摘
  • 調査:
  • 不正:間違い、改ざん(?)
  • 不正論文数:1報。撤回
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 結末:在籍のまま

★ケネス・ロゴフ(Kenneth Rogoff)
経歴:Biography | Kenneth Rogoff保存版
写真出典

  • krogoff国:米国
  • 成長国:米国。1999年からハーバード大学経済学部・教授
  • 研究博士号(PhD)取得:マサチューセッツ工科大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1953年3月22日
  • 現在の年齢:70 歳
  • 分野:経済学
  • 最初の間違い論文発表:2010年(57歳)
  • 発覚年:2013年(60歳)
  • 発覚時地位:ハーバード大学経済学部・教授(1999年~2016年2月現在)。国際金融分野の権威。2001~03年までIMFの経済 担当顧問兼調査局長を務めた。
  • 発覚:同じ分野の院生らの指摘
  • 調査:
  • 不正:間違い
  • 不正論文数:1報。撤回
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 結末:在籍のまま

【講演の動画】

両人とも著名人で動画がたくさんある。

【動画:カーメン・ラインハート(Carmen Reinhardt)】
動画:「Q & A: Carmen M. Reinhart on A Decade of Debt」(英語)45分:43秒。
PetersonInstituteが2011/09/28 にアップロード

【動画:ケネス・ロゴフ(Kenneth Rogoff)】
動画:「Ken Rogoff – Debts, Deficits and Global Financial Stability」(英語)22分35秒。
New Economic Thinkingが2010/04/22にアップロード

【問題の状況】

2010年、著名な経済学者のカーメン・ラインハート(Carmen Reinhardt)とケネス・ロゴフ(Kenneth Rogoff)は、共著で、とても影響力の強い「2010年のラインハート&ロゴフ」論文を発表した(以下)。なお、論文は掲載前に査読されていない。

  • Reinhart Carmen M., and Kenneth S. Rogoff
    Growth in a Time of Debt
    American Economic Review Paper and Proceedings, Vol. 100, Number 2, May, pp. 573-578.(2010),

この論文は、オバマが再選された2012年アメリカ合衆国大統領選挙のキャンペーンで多用された。また、米国議会の政策決定の資料に多用された(Key pro-austerity study based on incorrect math – Business – CBC News

Thomas_Herndon_headshot2013年、ところが、マサチューセッツ大学アマースト校(University of Massachusetts Amherst)の経済専攻の院生・トーマス・ハーンドン(Thomas Herndon 、写真出典同)らが、上記の「2010年のラインハート&ロゴフ」の「間違い」を指摘した論文を発表した。

【日本語の既解説】

カーメン・ラインハート(Carmen Reinhardt)、ケネス・ロゴフ(Kenneth Rogoff)の論文の「間違い」に関しては日本語解説が多数ある(勿論、英語解説も多数ある)。それで、日本語解説を「修正」引用する。

BA-BA272A_qanda_G_20121123195546

★ウィキペディア日本語版

出典 →ケネス・ロゴフ – Wikipediaの「2015年12月19日 (土) 12:00」版

ラインハートとロゴフは共著『国家は破綻する─金融危機の800年』(原題:This Time Is Different)で、国家債務の対GDP比率が少なくとも90%に達すれば、GDP伸び率が減速し始めるとの研究を発表している。この研究内容は、緊縮策をめぐる議論で影響力を発揮しており、成長減速と債務拡大に見舞われた政府の中には歳出削減と増税で対応し、この内いくつかのケースではイギリスのように需要に打撃を受けた国もある。イギリスはロゴフ=ラインハート論文の主張に沿って財政再建のために消費税を増税した結果、景気が低迷している。

上記に、論文は『国家は破綻する─金融危機の800年』(原題:This Time Is Different)とあるが、『Growth in a Time of Debt』の間違いです。

マサチューセッツ大学アマースト校の大学院生トーマス・ハーンドンと、教授のマイケル・アッシュ、ロバート・ポリンらは論文の中で、ラインハートとロゴフが発表した公的債務に関する研究について、集計表におけるコーディングに誤りなどがあった可能性があるとの研究結果を発表している。

ロゴフ=ラインハートの論文には3つの問題点があった。対GDP比率で債務90%を超える国家群の110年分のデータのうち96年分しか論文でとりあげられず、その除外されたデータ(主に1940年代のオーストラリア、カナダ、ニュージーランド)では国家の債務超過と健全な経済成長が両立していることがハーンドンらの調査で明らかになった。例えばカナダではこの期間90%を超える債務があり同時に3%の経済成長を記録していた。

統計の重みつき計算は雑であり、例えば、19年間90%以上の債務があり2.6%の成長を記録していた英国と1年間同水準の債務で7.6%マイナス成長だったニュージーランドとを同列の重みで処理していた。

データ処理の際に使用したスプレッドシートでは本来30行から49行まで含める必要があったが、ロゴフらは44行以降を見落としていた。26年間90%以上の債務を維持しつつ平均成長率が2.6%だったベルギーなどはこの無視されたラインに属していた。

結局ハーンドンらによる修正値では、対GDP比率で90%以上の債務を毎年継続的に保有する国の平均成長率は2.2%であり、元のラインハートらが下した0.1%のマイナス成長とは大きく異なるものだった。

ディーン・ベーカーによればラインハートとロゴフは彼らが計算に使用したデータを非公開にしており、その他の研究者がロゴフ=ラインハート論文を検証しようと四苦八苦していたという。ハーンドンも、そのデータを得るまではどうしても計算が合わず悩んでいた。

2013年4月17日、ロゴフらは、ハーンドンの指摘について認めたが、その誤りは偶発的なものだったと釈明し、また「中心的なメッセージ」は依然として有効だとしている。

ハーンドンはこれに対して、ロゴフ=ラインハート論文でのデータの選択的除外や非伝統的な重みつき計算はロゴフらの意図的なものではなく単にロゴフらの純粋なミスであると我々ハーンドン、アッシュ、ポリンは仮定している、とハーンドンは述べた。その前置きをした上で、ハーンドンはロゴフらの反論に再反論する形で、「データの選択的除外」、「非伝統的重みつき計算」というハーンドンの使った表現は妥当であるとした。

喩えて言うなら、ある野球チームが(本来9人だが)2人で構成されているとして、その1人目が100打数20安打の打率2割、もう一人が1打数1安打の打率10割とする。このときそのチーム打率は101打数21安打で打率は2割弱になるのが普通だが、ロゴフ=ラインハートの「非伝統的重みつき計算」でそのチーム打率を計算すると、その2人の打者の打率に同じ重みを与えて(すなわち打数を同じとして)単純計算するので、6割となってしまう。

またロゴフ=ラインハート論文の「中心的なメッセージ」にも疑問符がつく理由のひとつとして、2000年から2009年にかけての時期では債務対GDP比が30から60%の国家群よりも90%以上の国家群のほうが平均の実質GDP成長率が高いことがあげられる。

・・・(中略)・・・

ロバート・シラーは「この論文を注意深く読むと、両教授が90%という数字をほとんど恣意的に選んでいるのは明らかである。債務対GDP比率が30%未満、30-60%、60-90%、90%より上という四つのカテゴリーに分けられているが、その理由についての説明はない」と指摘している。

上記に示したが、イェール大学・教授(金融経済学)のロバート・シラー(Robert J. Shiller)が「90%という数字をほとんど恣意的に選んでいるのは明らか」と述べている。となれば、白楽は、この論文は「間違い」ではなく、「ねつ造・改ざん」と判断する。

岩本康志(東京大学大学院・教授、経済学者):2013年4月27日のブログ記事

出典 →ラインハート=ロゴフ論文の誤りについて ( その他経済 ) – 岩本康志のブログ – Yahoo!ブログ保存版

ハーバード大学のカーメン・ラインハート教授とケネス・ロゴフ教授が2010年に発表した論文に誤りがあると,マサチューセッツ大学の大学院生トーマス・ハーンドン氏等が指摘して,メディアやブログで大きな騒ぎになっている。

ハーンドン氏達はラインハート=ロゴフ論文のもとになった表計算ソフトのシートまで戻って検証して,「政府債務残高の対GDP比が90%以上の国の経済成長率が論文では-0.1%としているが,正しく計算すると2.2%」という結論を得た。まず,論文への転記ミスによるものか,スプレッドシートの数値は0.0%とのこと。そこから3つの「誤り」があるとしている。

(1)表計算ソフトの集計ミス
列の集計をする際に末尾の5つのセルを含めなかったために,5か国のデータが集計に含まれていない。このミスによる経済成長率への影響は0.3ポイント程度。

(2)データの除外
(ニュージーランドを含む)3か国の第2次世界大戦直後のデータが欠落している。

(3)平均のとり方
ラインハート=ロゴフ論文では国ごとの経済成長率の平均を同じウェイトで平均している。ハーンドン氏達は年ごとの経済成長率を同じウェイトで平均をとるのが正しい(国ごとのウェイトは90%以上を長く経験した国が大きくなる)が正しいと主張している。
ラインハート=ロゴフ論文では,ニュージーランドで90%以上となったのが1年だけで,そのときの経済成長率が-7.6%のため,全体の平均を大きく引き下げている。ニュージーランドの第2次大戦直後のデータを補うか,またはニュージーランドのウェイトを低くとると,平均は大きく上がることになる(なお,中位値は大きな影響を受けず,2010年論文では1.6%となっている)。

(1)の集計ミスはマウス操作の手元が狂ったということだろうか。これは誰が見ても誤りで,ラインハート,ロゴフ両教授も認めている。

ハーンドン氏達はラインハート,ロゴフ両教授がウェブに公開しているデータを基に,(2)のようにデータが欠落していると主張しているが,これらのデータは2010年論文執筆時には整備されておらず,後から整備されてウェブに公開されたものであると,ラインハート,ロゴフ教授は応答している。両教授はデータを拡充して,2010年論文の発展形といえる論文(もう一人のラインハート氏が著者に加わる)を2012年に発表しているが,この論文では90%以上になった場合の経済成長率は2.3%(90%以下の場合より1.2ポイント低い)としている。データが追加されて結果が書き替えられたということであり,古い結果が誤りであることにこだわっていても仕方がない。

(3)の平均のとり方は見解の相違。学会の場であれば討論者や聴衆との議論になりそうな話題である。どちらかを選べといわれれば,私はラインハート=ロゴフ論文の手法を支持する(上記の拙稿もその立場である)。慎重に議論するなら両者を計算して幅をもってみることになるが,2012年論文の段階ではそれほど大きな違いにはならないように思える。

まとめると,いま話題になっている数字は,すでに新しい研究で書き替えられているものであり,古い結果にこだわることに学術的な意味はない。いま騒ぎ立てるのは政治的な意図で動いている人か,事情を理解できずに騒ぎに振り回されている人である。

【白楽の感想】

《1》経済学の論文の「間違い・改ざん(?)」は影響が大きい

「2010年のラインハート&ロゴフ」論文の「間違い」がなければ、現在の世界は違っていただろう、と言われている(7 Scientific Scandals Of 2013: From A Retracted GMO Study To A Science Publishing Sting Operation)。

経済学論文の「間違い」で、経済が損なわれる国家が生じる。医学論文の「間違い」で健康が損なわれる人が生じる。どちらも、深刻だ。

経済学論文の「間違い」が「誠実な」間違いでなく「意図的」な「改ざん」だとすると、この場合、国家の趨勢を意図的に左右できる。高度に政治的な学者にとって魅力的だろう。

《2》ねつ造・改ざん

カーメン・ラインハート(Carmen Reinhardt)、ケネス・ロゴフ(Kenneth Rogoff)は、学者としてというより、現実世界の政治や経済で重要な人らしい。配偶者・知人友人には米国と世界を牛耳る政治家・経済学者・財界人がたくさんいる。

このように重要な人物を失脚させると、米国経済や世界の経済に不都合が起こる。そうなると、論文にデータねつ造・改ざんがあっても、多くの人は穏便に(つまり、「間違い」で)済ませたいと思うだろう。論文発表後の対処を見ていると、白楽には、その意図が感じられる。

そもそも、メリーランド大学もハーバード大学も、「2010年のラインハート&ロゴフ」論文に研究ネカトがあるかもしれないとの前提で調査をしていない。調査すべきだろう。

研究倫理の研究者からすると、とてもヘンである。

この論文以外の論文も研究ネカトだらけということはないのだろうか? ラインハート&ロゴフは研究ネカトで出世した学者ということはないのだろうか?

《3》生命科学や自然科学は日本語記事貧困

「2010年のラインハート&ロゴフ」論文事件に関する日本語のニュース・解説記事がウェブ上にたくさんある。もちろん、英語でもたくさんある。

国際経済に関する論文で政治がらみで、米国のマスメディアがとても多く報道したから、日本語のニュース・解説記事が多かったのだろう。

分野が異なるとどうなるか?

米国の生命科学や自然科学の論文の「間違い」や研究ネカトを米国のマスメディアがとても多く報道する場合がある。しかし、それでも、日本語のニュース・解説記事が全くない(ほとんどない)ことが多い。

(1)どうしてなんだろう? (2)そして、日本の生命科学や自然科学の研究観・研究システム観は歪むのではないだろうか?

白楽の答えは以下のようだ。

生命科学や自然科学だけでなく。研究者の事件一般を報道するマスメディアが日本には圧倒的に少ない。研究する人も圧倒的に少ない。これが、(1)の答えの一部だ。

また、人文・社会科学系の研究者は自分の分野で外国の研究ネカト事件があれば、分析しブログや記事にする。しかし、日本の生命科学や自然科学の研究者は、自分の分野で外国の研究ネカト事件があっても、事件が起こったことさえ知らない(無視する)ほど、関心がない。視野がすごく狭くなっている。

「日本の」と書いたが、ある意味、欧米も同じである。違うのは、日本には、生命科学や自然科学と社会科学を総合した問題意識と知識・スキルを持つ研究者がいない(少ない)。そういう研究文化観とシステムがない。欧米には、ある。

(2)の答えは、歪む。というか、すでに、歪んでしまっている。

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【主要情報源】
① ウィキペディア日本語版:ケネス・ロゴフ – Wikipedia
② ウィキペディア英語版:Growth in a Time of Debt – Wikipedia, the free encyclopedia
③ 2013年4月16日のマイク・コンクザル(Mike Konczal)の「Roosevelt Institute」記事:Researchers Finally Replicated Reinhart-Rogoff, and There Are Serious Problems. – Roosevelt Institute保存版
④ 日本語の多数のサイトがある。
⑤ 英語の多数のサイトがある。
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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