アンマリー・サープリナント(Annmarie Surprenant)(米)

2020年9月24日掲載 

ワンポイント:研究公正局が経歴詐称でクロとした珍しい事件。1994年8月12日(42歳?)、研究公正局は、オレゴン健康科学大学(Oregon Health Sciences University)・準教授(?)だったサープリナントが、3件の研究費申請書で、「医師免許(M.D.)を取得していないのに、取得」と、経歴詐称していたと発表した。クロ判定後、転職し、生命科学者の英国人の夫とともに英国のマンチェスター大学(Manchester University)・教授に就任したが、2009年に試験採点の不正で大学を辞職した。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。

ーーーーーーー
目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
ーーーーーーー

●1.【概略】

アンマリー・サープリナント(Annmarie Surprenant、ORCID iD:、写真出典)は、オレゴン健康科学大学(Oregon Health Sciences University)・準教授(?)だった。医師ではない。専門は神経科学である。

1994年8月12日(42歳?)、研究公正局は、サープリナントが、「医師免許(M.D.)を取得していないのに、1976年にイリノイ大学(University of Illinois)で医師免許(M.D.)取得」と、3件の研究費申請書で経歴詐称していたと発表した。

研究公正局は、 1994年6月8日(42歳?)から3年間の締め出し処分を科した。3年間の締め出し処分は普通の処分である。

1976年卒のイリノイ大学・医学生が、同級生にサープリナントはいなかったと、オレゴン健康科学大学に通報したことで経歴詐称が発覚した。これが発端だが、どうして通報する状況になったのかは不明である。

通報を受けて、オレゴン健康科学大学が調査し、経歴詐称を確認し、研究公正局に伝えた。

研究公正局がクロと発表する前年の1993年、経歴詐称が確定していた。

1993年(41歳?)、サープリナントはそれで、オレゴン健康科学大学を辞職し、生命科学者の夫・アラン・ノース(Alan North)とともに、米国からスイス製薬会社のグラクソ分子生物学研究所(Glaxo Institute for Molecular Biology)に移籍した。

1998年(46歳?)、夫・アラン・ノースとともにグラクソ分子生物学研究所から英国のシェフィールド大学(Sheffield University)・教授(?)に移籍した。

それから9年間、夫・アラン・ノースとともに欧州の優秀な研究者という評判を得ながら研究していた。

2007年(55歳?)、英国人の夫・アラン・ノースの母国である英国のマンチェスター大学(Manchester University)・教授に就任した。夫・アランは、2005年にマンチェスター大学・教授、後に副学長になった。

2009年(57歳?)、しかし、なんということだろうか! サープリナントは試験採点の不正でマンチェスター大学を辞職した。

話を原点に戻して、すこし追加すると、研究公正局が経歴詐称でクロとした事件は珍しい。1994年に3件摘発し、1995年に1件摘発した。それ以前・以降に摘発していない。

OregonHealthSciUnivオレゴン健康科学大学(Oregon Health & Science University)。著作権:Cacophony。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:オーストラリア
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:オーストラリアのモナシュ大学(?)
  • 男女:女性
  • 生年月日:不明。仮に1952年1月1日、オーストラリア生まれとする
  • 現在の年齢:69 歳?
  • 分野:神経科学
  • 最初の不正:1993年(41歳?)(推定)
  • 不正:1993年(41歳?)(推定)
  • 発覚年:1993年(41歳?)(推定)
  • 発覚時地位:オレゴン健康科学大学・準教授(?)
  • ステップ1(発覚):第一次追及者も氏名は不明。1976年卒のイリノイ大学・医学生だった人
  • ステップ2(メディア):「Times Higher Education」、「Manchester Evening News」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①オレゴン健康科学大学・調査委員会。②研究公正局
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:研究公正局がクロ判定(〇)
  • 不正:経歴詐称
  • 不正数: 3件の研究費申請書。撤回した論文はない
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 職:事件後に移籍し研究職を続けた(◒)
  • 処分: NIHから 3年間の締め出し処分
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

別人かもしれないが、この人の生まれた年を仮に使用した:Annmarie Surprenant | Nuwber(2020年9月23日、白楽のアクセスはブロックされた)

  • 生年月日:不明。仮に1952年1月1日、オーストラリア生まれとする
  • xxxx年(xx歳):オーストラリアのモナシュ大学(Monash University)で研究博士号(PhD)を取得(推定)
  • 1979年(27歳?):オーストラリアのモナシュ大学(Monash University)から最初の論文出版
  • 1980年(28歳?):米国のコロラド大学医科大学院(University of Colorado School of Medicine)・ポスドク(?)
  • 1982年(30歳?):オーストラリアのモナシュ大学(Monash University)から論文出版
  • 1984年(32歳?):米国のマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)・助教授(?)として、アラン・ノース(Alan North)と最初の共著論文を出版
  • 19xx年(xx歳?):生命科学者のアラン・ノース(Alan North)と結婚
  • 1986年(34歳?)?:オレゴン健康科学大学(Oregon Health Sciences University)・準教授(?)
  • 1993年(41歳?)?:経歴詐称が発覚(推定)
  • 1993年(41歳?):スイスの製薬会社のグラクソ分子生物学研究所(Glaxo Institute for Molecular Biology)・研究員。夫・アランが研究室主宰
  • 1994年8月12日(42歳?):研究公正局がネカトと発表
  • 1998年(46歳?):英国のシェフィールド大学(Sheffield University)・教授(?)。夫・アランが教授
  • 2007年9月1日(55歳?):英国のマンチェスター大学(Manchester University)・教授。夫・アランが2005年に教授、後に副学長
  • 2009年9月4日(57歳?):答案の採点不正でマンチェスター大学を辞職

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★経歴詐称

アンマリー・サープリナント(Annmarie Surprenant)は米国のオレゴン健康科学大学(Oregon Health Sciences University)・準教授(?)だった。

米国政府からの研究費の受給を調べると、1987~1992年(35~40歳?)の6年間に、NIHとNSFから14件も受給していた(Grantome: Search)。

研究費の獲得能力はとても高い。研究内容がとても高く評価されていたということだ。

以下、7件を示す。ただ、1件以外、金額の記載がない。

1994年8月12日(42歳?)、研究公正局はサープリナントが3件の研究費申請書で経歴詐称していたと発表した。経歴詐称は「改ざん」という扱いである。なお、グラント番号を公表されていないので、グラントの種類と所管研究所は不明である。

経歴詐称は以下の1件である。

  • 1976年にイリノイ大学(University of Illinois)で医師免許(M.D.)取得

同じ年にイリノイ大学で医師免許(M.D.)を取得した人が、「サープリナント」という名前の人は同級生にいなかったと通報したことでウソがばれた。オレゴン健康科学大学が経歴詐称を正式に調査し、経歴詐称と結論した。

1992年までのNIH研究費は採択されていることもあり、不正発見時期は、研究公正局が不正と発表する前年の1993年(41歳?)とした。

1993年(41歳?)、サープリナントはオレゴン健康科学大学を辞職した。

オレゴン健康科学大学からの報告を受け、研究公正局が調査すると、さらに2件の研究費申請書でも経歴詐称していたことが判明し、計3件の研究費申請書の経歴詐称となった。

研究公正局は、1994年6月8日(42歳?)から3年間の締め出し処分を科した。3年間の締め出し処分は普通の処分である。

事件のその後

前項の経歴詐称事件を起こした時、サープリナントは生命科学者のアラン・ノース(Alan North、写真出典)と結婚していた。

研究公正局でクロと公表された1994年(42歳?)の前年、サープリナントは夫・アランとともに、米国からスイス、そして、その後、英国、に研究拠点を移した。

夫・アランは英国で研究博士号(PhD)を取得してから渡米した英国人研究者なので、英国は母国である。

2007年(55歳?)、英国人の夫・アラン・ノースの母国である英国のマンチェスター大学(Manchester University)・教授に就任した。夫・アランは、2005年にマンチェスター大学・教授、後に副学長になった。

サープリナントは、2007年(55歳?)にウェルカムトラスト(Wellcome Trust)から神経研究のために130万ポンド(約1億8千万円)の助成金を獲得し、大学に莫大な貢献をした。研究者としての評判は上々だった。

ところが、2009年(57歳?)、マンチェスター大学(Manchester University)の80人の学部生に対する最終試験の答案の採点で、2番目の採点者の署名を「ねつ造」したと告発された。なお、マンチェスター大学では、答案の採点は2段階で、最初の採点者と2番目の採点者がいる。各採点者は採点終了時に署名する。

サープリナントは「私はこれまで不正確または不当に採点した学生はいません」と抗議した。彼女は、「注意深く正確に注釈を付け、採点しました」と付け加えた。

ところが実際は、サープリナントは、最終試験の答案の内容をロクに見ないで採点した。それがバレるのを恐れて、チェック係である2番目の採点者の署名を自分で書いた(「ねつ造」)。ところがというか、当然だが、2番目の採点者は自分がチェックしていない答案が提出されているので、大学に告発した。

2009年8月(57歳?)、大学は、予備調査の結果、サープリナントをクロと判定し停職処分にした。そして、サープリナントに内部の懲戒委員会に出頭し、不正行為の質疑に答えるよう求めた。

2009年9月4日(57歳?)、身に覚えのあるサープリナントは、懲戒委員会に出頭せず、マンチェスター大学(Manchester University)・教授を辞任した。当時、夫・アランはマンチェスター大学・副学長で医学部長だった。

この時、2人の関係は離婚寸前で険悪だった(かどうか、白楽は知らない)。

2012年にサープリナントはアラン・ノースと共著の論文を発表している。しかし、2006年までは毎年のように共著論文を発表していたのに、2006年以降は2009年に1報と、2012年に1報である。そしてそれ以降、発表していない。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2020年9月23日現在、パブメド(PubMed)で、アンマリー・サープリナント(Annmarie Surprenant)の論文を「Annmarie Surprenant [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2012年の11年間の34論文がヒットした。

「Surprenant A [Author]」で検索すると、1979~2020年の42年間の200論文がヒットした。同姓の別人の論文がかなり含まれると思われる。200報の内、60報が夫・アラン・ノース(Alan North)と共著である。最初の共著論文は1984年。

2020年9月23日現在、「Retracted Publication」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2020年9月23日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでアンマリー・サープリナント(Annmarie Surprenant)を「Surprenant」で検索すると、0論文が訂正、0論文が懸念表明、0論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2020年9月23日現在、「パブピア(PubPeer)」では、アンマリー・サープリナント(Annmarie Surprenant)の論文のコメントを「Annmarie Surprenant」で検索すると、0論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》不思議な点 

アンマリー・サープリナント(Annmarie Surprenant)の事件も、不思議な事件だと思う。

「1976年にイリノイ大学(University of Illinois)で医師免許(M.D.)取得」というウソを3件の研究費申請書に書いたことで、1994年、研究公正局からクロと判定され、3年間の締め出し処分を受けた。

この程度の経歴詐称が研究費の採否に大きく影響するとは思えない。つまり、こんな経歴詐称したところで、サープリナントにとって、得な点はほとんどない。それなのに、どうして、こんな経歴詐称をしたのだろう? 

研究計画の中で医療行為が重要だったのだろうか? そうだとして、医師免許なしで実際に医療行為をしたらもっと大事件になる。

また、経歴詐称事件の15年後、マンチェスター大学(Manchester University)・教授として、順調な研究・教育を行なっていたのに、2009年、最終試験の答案の内容をロクに見ないで採点した。

それがバレて、結局、辞職した。

この不正採点事件も、些細な行為である。こんなズボラな行為で教授職を失うなんて、不思議である。

と思う面と、面倒なので、最初の採点者が2番目の採点者の署名を書いて提出するのがマンチェスター大学内では常態化していた、と白楽は推察する。2人で採点するなんてバカバカしいと思う教授は多いハズだ。

なお、当時、夫・アランはマンチェスター大学・副学長で医学部長だった。なんか背景があるのだろうか?

別人かもしれないが、このアンマリー・サープリナント(Annmarie Surprenant)が本記事の当人? → Annmarie Surprenant | Nuwber(2020年9月23日、白楽のアクセスはブロックされた)

もしそうなら、米国・コロラド州に住む独身女性である。離婚し米国に戻ったのだろうか? 

《2》経歴詐称、今は? 

以下、「ジェラルド・リースマン(Gerald Leisman)(米)」と同じ文章を再掲する。

研究公正局が経歴詐称でクロとした事件は珍しい。1994年に3件摘発し、1995年に1件摘発した。それ以前・以降には摘発していない。

研究公正局 は、1995年以降、2020年の現在まで、ネカトの対象から経歴詐称を除外したのだろうか?

除外したとすれば、なぜ除外したのか?

研究者の経歴詐称は、日本も多いと思うが、米国でも多いだろう。調査すれば、たくさんの不正者が摘発されると思う。しかし、それが除外した理由なのだろうか?

研究公正局は多忙すぎて、長い間、現在も(多分)、全ネカトを調査できていない。盗用をほとんど摘発しないのも、ネカトと承知しながら、危険度が低いから調査していないと思われる。つまり、トリアージ方針を採用している。しかし、不正の対処にトリアージ方針はマズい。でも、調査できない。あ~困った。ジレンマ。

ーーーーーー
日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
ーーーーーー
ブログランキング参加しています。
1日1回、押してネ。↓

ーーーーーー

●9.【主要情報源】

① 研究公正局の報告:(1)1994年8月12日:NIH Guide: FINAL FINDINGS OF SCIENTIFIC MISCONDUCT。(2)1994年9月の研究公正局ニュースレター、4頁:ORI Newsletter Volume 2, No 4, September 1994
② 2009年7月31日のニック・ブリテン(Nick Britten)記者の「Telegraph」記事:University professor ‘marked exam papers without reading them properly’ – Telegraph
③ 2009年9月4日のメラニー・ニューマン(Melanie Newman)記者の「Times Higher Education」記事:Manchester neuroscientist resigns | Times Higher Education (THE)
④ 2009年9月7日のヤクブ・クレッシュ(Yakub Quresh)記者の「Manchester Evening News」記事:Professor in exam scandal quits – Manchester Evening News
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●コメント

注意:お名前は記載されたまま表示されます。誹謗中傷的なコメントは削除します

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメントは承認待ちです。表示されるまでしばらく時間がかかるかもしれません。