レイチェル・ハーデマン(Rachel Hardeman)(米)

2025年7月5日掲載 

ワンポイント:ハーデマンは黒人女性の健康問題で著名な研究者。2021~2024年に約21億円のNIH研究費を獲得し、2024年4月(44歳?)にタイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。しかし、2020年2月のNIH研究助成金申請書で、部下ブリジット・デイビス(Brigette A. Davis)の博士論文を盗用。2022年11月にデイビスが盗用を発見し追及したが、ミネソタ大学は「誠実な間違い」とし事実を隠蔽。 デイビスは2025年4月、他大学の常勤ポストを得た後、LinkedInで盗用を公表。ミネソタ大学は1か月後の5月にハーデマンを退職させた。国民の損害額(推定)は約26億円(大雑把)。
この事件は、白楽指定の重要ネカト事件。複数研究者がミネソタ大学に告発、被盗用者と盗用者の対決の詳細、共同研究者を含む盗用対処の詳細、がSNSやニュース記事で実名公開。大学の隠蔽・シロ判定への批判を含め、情報量が多く透明性が高い。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
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●1.【概略】

レイチェル・ハーデマン(Rachel Hardeman、Rachel R Hardeman、ORCID iD:?、写真出典)は、米国のミネソタ大学(University of Minnesota)・教授で、医師免許は持っていない。公衆衛生学修士号(M.P.H.)を持っている。専門は公衆衛生学(黒人女性の健康)だった。

ハーデマンは、人種差別が健康状態、特にアフリカ系アメリカ人の母体の健康にどのような影響を与えるかを研究していた。

黒人女性の健康問題で著名な研究者になり、2021年(41歳?)、ハーデマンは、約5億円の助成を受け、ミネソタ大学に「健康公平性の反人種差別研究センター(Center for Antiracism Research for Health Equity)」を創設した。 → Center for Antiracism Research for Health Equity/a>

2021~2024年(41~44歳?)の4年間、NIHから約21億円の研究費を獲得し、2024年4月(44歳?)、タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。

ところが、2020年2月(40歳?)に提出したNIH研究助成金申請書で部下のブリジット・デイビス(Brigette A. Davis)の博士論文を盗用していた。

2022年11月(42歳?)、デイビスは盗用に気が付き、ハーデマンの盗用を追及したが、ミネソタ大学は「誠実な間違い」とした。さらに、事件を隠蔽した。

しかし、ミネソタ大学の「誠実な間違い」に納得しないミネソタ大学の教授たちは、2023~2024年の間、ハーデマンの盗用疑惑をミネソタ大学に告発し、適切に対処するよう要請した。

2024年(44歳?)、被盗用者のデイビスは他大学の常勤ポストを得て、ミネソタ大学を去った。

2025年4月(45歳?)、デイビスは、盗用のあらましを社交メディア(リンクトイン)に公表した。

ミネソタ大学は、今度はすぐに対応し、1か月後の5月にハーデマンを退職(resign)させた。

2025年7月4日(45歳?)現在、研究公正局からは何も発表はないが、採択されたNIH研究助成金申請書で盗用していたので、研究公正局の案件になると思われる。

ミネソタ大学・公衆衛生学部(University of Minnesota School of Public Health)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 公衆衛生学修士号(M.P.H.)取得:ミネソタ大学
  • 研究博士号(PhD)取得:ミネソタ大学
  • 男女:女性
  • 生年月日:不明。仮に1980年1月1日生まれとする。2002年に学士号を取得した時を22歳とした
  • 現在の年齢:45歳?
  • 分野:公衆衛生学
  • 不正助成金申請書提出:2020年(40歳?)
  • ネカト行為時の地位:ミネソタ大学・準教授(正教授かも)
  • 発覚年:2022年(42歳?)
  • 発覚時地位:ミネソタ大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は被盗用者のブリジット・デイビス(Brigette A. Davis)が盗用者本人に伝えた
  • ステップ2(メディア):「LinkedIn」、「MPR News」、「パブピア(PubPeer)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ミネソタ大学・学術臨床事務局。シロと結論し、事態を隠蔽
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:隠蔽(✖)
  • 不正:盗用
  • 不正助成金申請書数:1つ
  • 盗用ページ率:?%
  • 盗用文字率:かなり多い%
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
  • 処分:退職処分、センター閉鎖
  • 対処問題:大学怠慢、大学隠蔽
  • 特徴:この事件は、白楽指定の重要ネカト事件である:複数人研究者がミネソタ大学に告発、被盗用者と盗用者との詳細な対決の様子、共同研究者を含め盗用の詳細、これらが社交メディアやニュース記事として実名で詳細にウェブ上に公開された。大学の隠蔽・シロ判定の批判を含め、情報量の多さ、透明性の高さは優れている
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は約26億円(大雑把)。NIHの助成金が約21億円+ミネソタ州ブルークロス・ブルーシールドの助成金が約5億円、全部無駄になったとした

●2.【経歴と経過】

主な出典:CV: Rachel R Hardeman

  • 生年月日:不明。仮に1980年1月1日生まれとする。2002年に学士号を取得した時を22歳とした
  • 2002年(22歳?):ルイジアナ・ザビエル大学(Xavier University of Louisiana)で学士号取得:化学とスペイン語
  • 2007年(27歳?):ミネソタ大学(University of Minnesota)で公衆衛生学修士号(M.P.H.)取得
  • 2014年(34歳?):同大学で研究博士号(PhD)を取得:健康と病気の社会学
  • 2016年(36歳?):同大学・助教授
  • 20xx年(xx歳?):同大学・準教授
  • 20xx年(xx歳?):同大学・正教授
  • 2020年2月(40歳?):NIH研究助成金(R01)申請書で盗用した
  • 2020年5月25日(40歳?):フロイド事件が勃発したことで、その後、ハーデマンの研究が脚光を浴びる
  • 2021年(41歳?):ミネソタ州ブルークロス・ブルーシールド(Blue Cross and Blue Shield)から500万ドル(約5億円)の助成金を受け、ミミネソタ大学に「健康公平性の反人種差別研究センター(Center for Antiracism Research for Health Equity)」を創設
  • 2022年11月(42歳?):被盗用者から盗用を指摘された
  • 2023~2024年(43~44歳?):ミネソタ大学は3回、盗用と指摘されたが、担当者は「誠実な間違い」とした
  • 2024年4月17日(44歳?):タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた
  • 2025年4月10日(45歳?):被盗用者が社交メディアで被盗用を公表
  • 2025年4月14日(45歳?):ミネソタ大学・公衆衛生学部のメリンダ・ペティグルー学部長(Melinda Pettigrew)は、5月14日にハーデマンは退職、5月30日に「健康公平性の反人種差別研究センター」を閉鎖と発表
  • 2025年5月14日(45歳?):ミネソタ大学・教授を辞職

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
静止画で声のみ。英語はクリアーで聞きやすい:「“Injustice in Health” with Dr. Rachel Hardeman | I Am America – YouTube」(英語)41分21秒。
I Am America(チャンネル登録者数 231人) が2023/03/15に公開

【動画2】
研究説明動画:「Rachel Hardeman: Driven to Dismantle Structural Racism – YouTube」(英語)1分5秒。
University of Minnesota School of Public Health(チャンネル登録者数 3400人) が2018/04/18に公開

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★研究人生

レイチェル・ハーデマン(Rachel Hardeman)は、人種差別が健康状態、特にアフリカ系アメリカ人の母体の健康にどのような影響を与えるかを研究していた。

2020年5月25日、米国のミネアポリスで、白人警察官・デレク・ショーヴィン(Derek Chauvin)は、偽ドル使用容疑で黒人男性ジョージ・フロイド(George Floyd)に手錠をかけ拘束した。

この時、フロイドが、「呼吸ができない、助けてくれ」と懇願したにもかかわらず、8分46秒間もフロイドの首を膝で強く押さえつけ、フロイドを殺害した。写真出典:By Darnella Frazier Facebook post., Fair use, 

この事件以降、全米でBlack Lives Matter(黒人の命が大切)運動と暴動が多数起こった。

ハーデマンはこの事件を批判し、警察の暴力と構造的な人種差別を公衆衛生上の危機とみなし、「医療制度が今選択すべきことは、Black Lives Matter(黒人の命が大切)ということを口にするのではなく、示すことだ」と書いた。 → 2020 年6月11日記事:‘Stolen Breaths,’ an NEJM commentary on the death of George Floyd and the health of Black Americans | University of Minnesota Twin Cities

このフロイド殺害事件で、ハーデマンの研究が脚光を浴び、ハーデマンは一躍有名になった。

2021年、ハーデマンはミネソタ州ブルークロス・ブルーシールド(Blue Cross and Blue Shield)から500万ドル(約5億円)の助成金を受け、ミネソタ大学に「健康公平性の反人種差別研究センター(Center for Antiracism Research for Health Equity)」を創設した。 → Center for Antiracism Research for Health Equity/a>

また、ハーデマンはモムニバス法(Momnibus Act)の制定に尽力していた。

高所得国の中で米国の母親は、最も高い割合で出産時に亡くなっている。特に米国の黒人女性は、妊娠中毒症、産後出血、血栓といった危険な症状を経験する割合が高く、早産や低出生体重といった妊娠関連の合併症の発生率も高い。

モムニバス法(Momnibus Act)は、米国の妊産婦死亡の80%は予防可能なので、予防のための法律である。 → The Momnibus Act | Black Maternal Health Caucus

2024年4月17日(44歳?)、以上の活動が認められ、ハーデマンはタイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた。 → Rachel Hardeman Is on the 2024 TIME100 List | TIME(写真出典同)

2025年4月10日(45歳?)、盗用が公表されたが、その時、ハーデマンは有名な公衆衛生学者になっていた。

有名な学者が盗用したということで、米国では大きな話題になった。

なお、ハーデマンの2025年の年俸は20万6000ドル(約2,060万円)だった。

★獲得研究費

レイチェル・ハーデマン(Rachel Hardeman、Rachel R Hardeman)は、NIHから2021~2024年の4年間に16件、計21,674,863ドル(約21億6749万円)の研究費を獲得していた。 → RePORT ⟩ Rachel Hardeman

ハーデマンは研究費の獲得能力が極めて高い!

★発覚と大学の対処

2025年4月10日(45歳?)、ハーデマンの部下(ポスドク)だったブリジット・デイビス(Brigette A. Davis、写真出典同)が、自分の博士論文(2019年提出)の一部をハーデマンがNIH研究助成金申請書(2020年2月)に適切な引用表記なしで流用した(つまり、盗用した)とリンクトインで発表し、非難した。 → 2025年4月10日:I’ve been quiet about Rachel Hardeman’s plagiarism for far too long. | LinkedIn

2025年4月10日(45歳?)、上記の直前、ハーデマンの部下(ポスドク)のジェ・ジャドソン(Jé Judson、写真出典)がハーデマンの盗用を示すスライドを公開した。 → Ashes, Ashes… – Google スライド

盗用の一部を以下に示す。

左(The R01)がハーデマンの研究助成金申請書、右(The Dissertation)がデイビスの博士論文(ハーバード大学)。同じ背景色の文章が逐語盗用箇所を示す(出典)。

ここでの盗用は、「マイク・ブラウン」という単語をすべて「フィランド・カスティール」に、「ミズーリ州セントルイス」という単語をすべて「ミネソタ州ミネアポリス」に置き換えただけで、その他は全部同じという、あからさまな盗用だった。

4日後の2025年4月14日(月曜日)、ミネソタ大学・公衆衛生学部のメリンダ・ペティグルー学部長(Melinda Pettigrew、写真出典)は、退職の理由を示さずに、ハーデマン教授の最終任期は5月14日となると教職員にメールを送った。

ミネソタ大学は、盗用で混乱している数百万ドル(数億円)規模の研究センターを5月30日に閉鎖すると発表した。

このセンターは4年前の2021年にミネソタ州ブルークロス・ブルーシールド(Blue Cross and Blue Shield)から500万ドル(約5億円)の助成金を受けハーデマンが創設した「健康公平性の反人種差別研究センター(Center for Antiracism Research for Health Equity)」である。

なお、ペティグルー学部長は、ハーデマンに関する問い合わせがあった時、ハーデマンからの書面による許可がない限り、既に公表した情報に追加する情報の提供をしないとした。その代わり、ハーデマンにはミネソタ大学に対して訴訟やその他の請求を行う権利を放棄すると、誓約させた。

なお、ペティグルー学部長は 2023年12月にイェール大学からミネソタ大学の学部長に移籍したので、後に述べるミネソタ大学の隠蔽工作には関与していなかったと思われる。

★被盗用者・ブリジット・デイビス(Brigette A. Davis)と盗用発覚

被盗用者のブリジット・デイビス(Brigette A. Davis、写真出典同)は2024年9月~現在、セントルイスのワシントン大学・医科大学院(Washington University School of Medicine in St. Louis)の上級科学者(常勤)である。 → Brigette A. Davis, PhD, MPH | LinkedIn

ブリジット・デイビスはハーバード大学で研究博士号(PhD)を取得していた。

2022年11月、デイビスはハーデマンのポスドクに採用された。同じ研究分野なので、ハーデマンを知ってはいたが、子弟関係はなかった。

ハーデマンのポスドクに採用され、デイビスは、新しい職場で新しいプロジェクトの提案書を見たとき、被盗用に気付いた。

プロジェクトの提案書に、自分の言葉、数式、文法の間違い、自分の文章のクセに遭遇した。

自分の文章が盗用されていて、非常にショックを受け、信じられない思いをした。

デイビスは、すぐにボスのハーデマンに、泣きながら問い詰めた。するとハーデマンも涙を流し、罪を認めた。

デイビスは、怒るというより、悲しさで一杯になり、ハーデマンを気の毒に思った。ただ、この感情とキャリア形成での不安で血圧が上昇し、その後、2年間、健康上の不調に悩まされた。

ただ、その頃から、ハーデマンの盗用はミネソタ大学・公衆衛生学部内では広く知られるようになった。

実際、2023年から2024年の間に、3人の研究者がミネソタ大学当局に告発していた。

ミネソタ大学の担当者はハーデマンの盗用疑惑を調査した結果、「単なる誤り」とし、ハーデマンに懲戒処分を下さなかった。

それで、元共同研究者のシリー・アラン(Sirry Alang – Wikipedia)はミネソタ大学が不正行為を隠蔽したと非難した。 → この話は後節で示す。

なお、2024年、デイビスはミネソタ大学を去り、セントルイスのワシントン大学・医科大学院(Washington University School of Medicine in St. Louis)の上級科学者(常勤)に就任した。

その退学面接の際、ミネソタ大学・公衆衛生学部のメリンダ・ペティグルー学部長から、ハーデマンの盗用を他人に話さないようにと言われた。

その理由として、ペティグルー学部長は、白人至上主義者たちがこの話を利用して人種間の健康格差の研究分野(黒人ハーデマンの研究分野)を攻撃する可能性があると警告したという。[白楽の感想:次元の違うもっともらしい理由で自大学の盗用事件を隠蔽しようとしている。姑息だなあ~、と感じた]

2024年、デイビスはハーデマンの盗用を研究公正局に告発した。研究公正局は、2025年7月現在、審査中らしい。

★ハーデマンの弁明とミネソタ大学の対応

上記したように、2022年11月(42歳?)、部下(ポスドク)だったブリジット・デイビス(Brigette A. Davis)がハーデマンの盗用を見つけた。

ハーデマンはデイビスに盗用の事を問い詰められ、泣いて謝った。

2023年2月9日(43歳?)のメールでハーデマンはデイビスに「私は失敗しました。思慮に欠け、不注意で、誤った決断を下しました。間違っていました。(I fucked up. I was thoughtless and careless and made poor decisions. I was wrong.)」と謝罪している(以下のメール)。

2023年2月9日(43歳?)、ハーデマンがデイビスに送ったメール(以下出典:https://www.mprnews.org/story/2025/04/28/university-minnesota-rachel-hardeman-plagiarism-allegations)。

要するに、当初、ハーデマンは盗用を認めていた。

ハーデマンは、申請書を提出する前に資料を編集してデイビスに相談するつもりだったが、時間が足りず忘れてしまったと弁解した。

★ミネソタ大学がシロと歪曲化:レイチェル・ウィドーム教授(Rachel Widome)の告発

しかし、事態はミネソタ大学上層部を巻き込んで、だんだん、「盗用」ではなく「誠実な間違い」だと変化していく。

ミネソタ大学の担当者は学術臨床事務局(Office of Academic Clinical Affairs)のキンバリー・カークパトリック副局長(Kimberly Kirkpatrick、写真出典)だった。

一方、ハーデマンの盗用疑惑に対処するようミネソタ大学に3人が告発した。

その1人は、ミネソタ大学の疫学者であるレイチェル・ウィドーム教授(Rachel Widome、写真出典)である。

カークパトリック副局長は、「ウィドーム教授らがNIHに盗用事件を通報すると、事件はエスカレートする」と予想し、その前に、「誠実な間違い」だったと、NIHのプログラム・オフィサー(グラント担当官)に、個人的に伝えるようハーデマンに指示した。

2023年10月12日(43歳?)、カークパトリック副局長は、まず、被盗用者のデイビスに、この盗用疑惑は「誠実な間違い」で、このケースを終わりにしたいと伝えた(以下はその電子メール)。

2023年10月下旬~11月上旬(43歳?)の数日間にわたり、カークパトリック副局長、ハーデマン、大学の弁護士の3人は、ハーデマンが NIHのプログラム・オフィサー(グラント担当官)に、個人的に伝える文言を協議した。

最終的に、ハーデマンは、以下の文書を作成し、NIHのプログラム・オフィサー(グラント担当官)に送付した。

この文書で、ハーデマンは「適切な出典や引用なしに研究協力者のデザインと分析を採用したという重大な見落としに気づいた」と書いている。

しかし、文章の一部を引用せず逐語的に流用したこと、盗用と告発されたこと、大学が盗用調査をしていること、などについては一切触れていない。

なお、連邦規則は、政府助成金を受けたプロジェクトに盗用疑惑がある場合、大学はNIHに報告することを義務付けている。

そして、ハーデマンは徐々に、研究不正ではなく「誠実な間違い」だと主張を変えていった。最終的には、以下のようだ。

「出典を明記しなかったのは誠実な間違いです。私も人間ですから、間違えます。間違いの指摘を受けた際、すぐに訂正しました。また、ミネソタ大学は告発内容を検討した結果、私が大学の規則に違反していないと結論しました」と居直った。

★同僚が抗議:クレア・カンプ・ダッシュ教授(Claire Kamp Dush)

しかし、ハーデマンの同僚の多くは、「誠実な間違い」という結論に納得しなかった。

ハーデマンがデイビスの文章を引用なしで流用した文章の量は多く、「誠実な間違い」をはるかに超えている盗用だと認識していた。

前節で、ミネソタ大学の疫学者であるレイチェル・ウィドーム教授(Rachel Widome)の告発を示したが、他にも納得しないで告発した同僚がいた。

「この文章流用事件のどの部分も無邪気な間違いとはとても思えない」と、ミネソタ大学・社会学科のクレア・カンプ・ダッシュ教授(Claire Kamp Dush、写真出典)は述べている。

2024年初め、ハーデマンが休暇を取っている間、カンプ・ダッシュ教授はハーデマンの代わりに「健康公平性の反人種差別研究センター」で暫定的に職務に就くことになっていた。

そのための研究打ち合わせで、カンプ・ダッシュ教授は被盗用者・デイビスと定期的に電話会議を行なっていた。

そして、デイビスからハーデマンの盗用の全てを聞き、証拠となる書類を見せてもらった。

カンプ・ダッシュ教授は「ものすごいショックを受けました。デイビスとの電話を切って、すぐ、ハーデマンにメールを送り、『デイビスから話を聞いたばかりです。この仕事は無理です』と伝えた」。

そして、カンプ・ダッシュ教授はミネソタ大学にハーデマンの盗用を告発した。数週間後、彼女はNIHにも同様の告発をした。

ミネソタ大学から何の連絡もなかったため、カンプ・ダッシュ教授は、ハーデマンが懲戒処分を受けたかどうかを知るため、大学に正式な情報開示請求を求めた。

しかし、「ミネソタ大学からは『何もお伝えできません』という返事でした。しかし、それで、すべてが分かりました」と述べている。

★共同研究者の話:シリー・アラン準教授(Sirry Alang)

米国のリーハイ大学(Lehigh University)のシリー・アラン準教授(Sirry Alang – Wikipedia、写真出典)が、ハーデマン事件の裏話を述べている。

シリー・アランは2010年にミネソタ大学・公衆衛生学部の保健政策・管理学科(HPM)の博士院生になった時、ハーデマンと知り合い、友人になった。

2020年1月19日、シリー・アランはハーデマンからNIH研究助成金(R01)の申請に加わるよう依頼され、参加した。

申請期限は2020年2月5日で、ハーデマンは、以前申請して不採択になった申請書を改訂し、再提出すると言っていた。

2021年3月、このNIH研究助成金(R01)は採択された(1R01HD103684-01 )。→ R01グラント:RePORT ⟩ RePORTER

2年後の2023年10月、シリー・アランは、研究助成金(R01)申請書に盗用があったこととハーデマンが被盗用者に謝罪したことを、プロジェクト研究チーム以外の人から聞かされた。

2024年4月11日、シリー・アランはハーデマンともう1人の関係者であるウォレスの3人でZoom面談をした

その時、ハーデマンは、シリー・アランとウォレスに長い間、盗用疑惑を伝えたかったが、ミネソタ大学からそうしないようにと助言されていたと弁解した。

盗用は「誠実な間違い」で、被盗用者に謝罪したとハーデマンは述べた。盗用箇所は数か所で、修正とデイビスへの引用を忘れていた。それで、申請書を修正し、デイビスの引用を明記したと述べた。

しかし、ハーデマンの流用は、「誠実な間違い」と思えるレベルを全く超えていると、シリー・アランは述べている。甚だしい知的窃盗行為で、「誠実な間違い」レベルではないことは、調べればすぐ分かる。

ただ、ミネソタ大学がハーデマンの盗用を隠蔽したのは、驚くべきことではない。

大学に助成金をもたらす教員が研究不正行為を犯した時、大学はしばしばその行為を隠蔽すると、シリー・アランは達観しているかのように述べた。

【盗用の具体例】

ハーデマンが2020年2月のNIH研究助成金(R01)申請書に適切な引用表記しないでブリジット・デイビス(Brigette A. Davis)の博士論文(ハーバード大学に2019年提出)の一部を流用した。

左(R01)がハーデマンの研究助成金申請書、右がデイビスの博士論文(ハーバード大学)。同じ背景色の文章が逐語盗用箇所を示す。出典:https://www.mprnews.org/story/2025/04/28/university-minnesota-rachel-hardeman-plagiarism-allegations

以下は上記の続き。
出典は2025年4月10日のジェ・ジャドソン(Jé Judson)のスライド:Ashes, Ashes… – Google スライド

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

データベースに直接リンクしているので、記事閲覧時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えている(ことがある)。

★パブメド(PubMed)

2025年7月4日現在、パブメド(PubMed)で、レイチェル・ハーデマン(Rachel Hardeman)の論文を「Rachel Hardeman[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2009~2025年の17年間の105論文がヒットした。

2025年7月4日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2025年7月4日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでレイチェル・ハーデマン(Rachel Hardeman)を「Hardeman, Rachel R」で検索すると、「2018年9月のJAMA」論文・1論文が2019年3月26日に撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2025年7月4日現在、「パブピア(PubPeer)」では、レイチェル・ハーデマン(Rachel Hardeman)の論文のコメントを「Rachel Hardeman」で検索すると、3論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》これだけ? 

レイチェル・ハーデマン(Rachel Hardeman、Rachel R Hardeman)は、2020年2月のNIH研究助成金(R01)申請書で盗用した。

被盗用論文は、ブリジット・デイビス(Brigette A. Davis)が2019年にハーバード大学に提出した博士論文である。

このNIHグラントは採択され、その経費でハーデマンはブリジット・デイビスをポスドクに雇った。

デイビスは、ポスドクに就任した時、プロジェクト研究の計画書を読み、その計画書には自分の博士論文が盗用されていることに気が付いた。

つまり、NIH研究助成金(R01)申請書は公表されないので、第三者は盗用に気が付かない。博士論文は公表されるが、人目に付きにくい。その両方がたまたま、盗用者と被盗用者の組み合わせで発覚した。

何という偶然だったのか。

ハーデマンは自分が盗用した博士論文の執筆者をポスドクに雇うヘマをしなければ、盗用は発覚しなかった。

このような偶然は滅多に起こらない。

となると、ハーデマンが盗用したのは、2020年2月のNIH研究助成金(R01)申請書だけなのだろうか?

ネカトの法則:「ネカトはその人の研究スタイルなので、他論文でもネカトしている」。

パブメド(PubMed)で調べると、ハーデマンは2009~2025年の17年間に105論文を出版している。盗用と指摘される前、つまり、2019年以前の発表論文は52報もある。これらの論文に盗用はないのだろうか?

《2》うらやましい 

ハーデマン事件で「うらやましい」と思うのは、被盗用者のブリジット・デイビスはもちろん、疫学者であるレイチェル・ウィドーム教授(Rachel Widome)、社会学科のクレア・カンプ・ダッシュ教授(Claire Kamp Dush)、他大学所属の共同研究者のシリー・アラン準教授(Sirry Alang)の3人とも、別々にミネソタ大学に盗用を告発していることだ。

ネカト遭遇者がネカトを適正に告発するその勇気と行動を「素晴らしい」と思う。

さらに、被盗用者のブリジット・デイビスがハーデマンや大学とのやり取りを実名で克明に記載し、ウェブ上に公開していることも「素晴らしい」と思う。

アラン準教授も事件のあらましを文章にし、ウェブ上に公開している。

メディアの「MPR News」(Minnesota Public Radio News)も具体的で詳細な記事を掲載している。

こういう告発、そして、透明性(実名で詳細な事実の公表)、「素晴らしい」と思う。米国の活力だと思う。

もちろん、全部が前向きな人だけではない。ミネソタ大学は、盗用をシロと捻じ曲げ、事件を隠蔽している。

しかし、それを乗り越えて、透明性が勝った。

こういう「ネカト許さない文化」を、日本にどう構築できるのだろう?

《3》大学の怠慢・不正調査? 

2025年4月10日(45歳?)、被盗用者のブリジット・デイビス(Brigette A. Davis)がハーデマンの盗用のあらましを、社交メディア(リンクトイン)に公表した。

被盗用者が社交メディア(リンクトイン)で公表したのを受け、ミネソタ大学は堰を切ったように、4日後に、盗用者のハーデマンを1か月後に退職させ、センターを閉鎖すると発表した。

ここだけ読むと、対応は迅速だった。

しかし、デイビスが公表する2年前から、ハーデマンの盗用はミネソタ大学・公衆衛生学部内では広く知られていた。2023年から2024年の間に、3人の教員が大学当局に告発していた。

ミネソタ大学の当時の担当者・キンバリー・カークパトリック副局長(Kimberly Kirkpatrick)はハーデマンの盗用疑惑を調査した結果、「単なる誤り」と判定し、ハーデマンに懲戒処分を下さなかった。

シリー・アラン準教授は、ハーデマンの流用は、「誠実な間違い」レベルを全く超えていると指摘している。

そして、ミネソタ大学はハーデマンの盗用を隠蔽していたと批判している。ただ、研究助成金をたくさん得ている教員が研究不正行為を犯した時、大学はしばしばその行為を隠蔽するとも述べている。

つまり、多いか少ないか別にして、大学のネカト隠蔽は常識になっているととらえる大学教員が「いる」ということだ。コマッタもんです。

なんか、この時のミネソタ大学の隠蔽と対処にアキレル。日本もヒドイけど、米国もヒドイ。

思うに、大学の担当者を処分する仕組みがないので、担当者はいい加減なのだと思う。

《4》早期発見・早期処分

ハーデマン事件は、2020年2月のNIH研究助成金(R01)申請書での盗用である。

そのグラントが採択され、その後、2021~2024年の4年間に16件、計21,674,863ドル(約21億6749万円)の研究費を獲得している。

最初のグラントで不正を、申請時に防いで、解雇していれば、その後の約21億円のNIHグラントは無駄にならなかった。

ミネソタ州ブルークロス・ブルーシールド(Blue Cross and Blue Shield)からの約5億円の助成金も無駄にならなかった。

データねつ造・改ざんではないので研究成果そのものが、社会と学問をミスリードしていないが、結局、約26億円の投資が盗用という研究不正で、無駄になってしまった。

病気とおなじで、「早期発見・早期処分」が大事ということでしょう。

レイチェル・ハーデマン(Rachel Hardeman、Rachel R Hardeman )。https://web.archive.org/web/20240605203826/https://blackmarketreads.com/2024/06/01/dr-rachel-hardeman-center-for-antiracism-research-for-health-equity-carhe/

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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●9.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Rachel Hardeman – Wikipedia
② ◎2025年4月10日のジェ・ジャドソン(Jé Judson)のスライド公開:ハーデマンの部下(ポスドク)が盗用の状況をスライドで示している:Ashes, Ashes… – Google スライド
③ ◎2025年4月10日のブリジット・デイビス(Brigette A. Davis)のリンクトイン記事:ハーデマンの部下(ポスドク)で被盗用者が生々しい経緯を記述している: I’ve been quiet about Rachel Hardeman’s plagiarism for far too long. | LinkedIn
④ ◎2025年4月14日のジェ・ジャドソン(Jé Judson)の「like black butterflies」:ハーデマンの部下(ポスドク)が生々しい経緯を記述している:Academia has a problem… – like black butterflies
⑤ 2025年4月15日のキャサリン・リチャートとカーティス・ギルバート(Catharine Richert and Curtis Gilbert)記者の「MPR News」記事:U of M public health professor Rachel Hardeman resigns amid plagiarism allegations | MPR News
⑥ 2025年4月16日のジョナサン・ベイリー(Jonathan Bailey)記者の「Plagiarism Today」記事:The Frustrating Case of Rachel Hardeman – Plagiarism Today
⑦ ◎2025年4月18日のシリー・アラン(Sirry Alang)記者の「Medium」記事:ハーデマンの共同研究者が生々しい経緯を記述している:What a Fucking Mess. Sirry Alang | by Sirry Alang | Apr, 2025 | Medium
⑧ 2025年4月28日のキャサリン・リチャート(Catharine Richert)記者の「MPR News」記事:U of M handling of Hardeman’s alleged plagiarism draws fire | MPR News
⑨ 2025年5月16日のキャサリン・リチャートとカーティス・ギルバート(Catharine Richert and Curtis Gilbert)記者の「MPR News」記事:U of M shuts down Center for Antiracism Research for Health Equity | MPR News
⑩ 2025年5月17日のエリオット・ヒューズ(Elliot Hughes)記者の「Star Tribune」記事:University of Minnesota shuts down antiracism research center after plagiarism allegations against founder