●【概略】
テリー・エルトン(Terry Scott Elton 写真出典)は米国・オハイオ州立大学薬学部・教授で生化学者。心疾患でのmiRNA(マイクロ・アールエヌエー)遺伝子発現が研究テーマである。結婚し5人の子供がいる。
2012年12月(54歳)、2004-2010年の6論文の画像にねつ造・改ざんがあったと結論された。6論文を撤回した。
- 国:米国
- 成長国:米国
- 博士号取得:米国・ワシントン州立大学
- 男女:男性
- 生年月日:1958年12月4日
- 現在の年齢:64 歳
- 分野:生化学
- 最初の不正論文発表:2004年(45歳)
- 発覚年:2010年(51歳)
- 発覚時地位:米国・オハイオ州立大学薬学部・教授
- 発覚:公益通報
- 調査:①オハイオ州立大学薬学部・調査委員会。2010年7月~2011年7月。1年間。「シロ」と結論。②米国・研究公正局の再要請でオハイオ州立大学薬学部・調査委員会(①のメンバーと同じかどうか不明。多分別だろう)。2011年11月~2012年12月。1年間。「クロ」と結論。
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:6報
- 時期:研究キャリアの中盤から
- 結末:ペナルティはあるが、解雇ではない
★主要情報源:
① 2012年12月23日のリトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の記事:ORI: Ohio State researcher manipulated two dozen figures in NIH grants, papers – Retraction Watch at Retraction Watch
② 2013年2月1日のジェッス・ジェンキンス(Jesse Jenkins)の「BioTechniques」記事: BioTechniques – MicroRNA Researcher Manipulated Data
③ ウィキペディア:Terry Elton – Wikipedia, the free encyclopedia
④ ◎ 2013年1月6日のベン・サザーリ(Ben Sutherly)の「Columbus Dispatch」記事: Probe by OSU missed fraud | The Columbus Dispatch
- 1958年12月4日:米国で生まれる
- 1981年(22歳):米国・ユタ州にあるウィーバー州立大学(Weber State University)の化学専攻を卒業。
- 1981年(22歳):A.C.グレンキング賞(A.C. Glen King Award)を受賞。
- 1986年(27歳):米国・ワシントン州立大学(Washington State University)で生化学の博士号取得
- 1986-87年(27-28歳):米国・ワシントン州立大学・ポスドク
- 1987-88年(28-29歳):米国・アラバマ大学・ポスドク
- 1988年(29歳):米国・アラバマ大学・助教授
- xxxx年(xx歳):米国・オハイオ州立大学(Ohio State University)・薬学部・教授
- 2010年(51歳):ねつ造・改ざんの疑惑が公益通報される
- 2011年7月(52歳):オハイオ州立大学・薬学部・調査委員会は「シロ」と結論
- 2011年11月(52歳):米国・研究公正局の要請で、オハイオ州立大学・薬学部・調査委員会は再調査に入る
- 2012年12月(54歳):オハイオ州立大学・調査委員会と米国・研究公正局が「クロ」と結論した。
●【研究内容】
最初にmiRNA(マイクロ・アールエヌエーと読む)の説明。
miRNA(micro-RNA)とは、細胞内に存在する長さ20から25塩基ほどのRNAをいい、他の遺伝子の発現を調節する機能を有すると考えられているncRNA(ノンコーディングRNA:タンパク質への翻訳はされない)の一種である(miRNA – Wikipedia)
生物情報学での分析で、miRNA遺伝子は、心臓タンパク質の発現の3分の1以上を制御していると想定される。エルトンは、心臓の発達と病気にmiRNAが重要な因子と考え、miRNA遺伝子の発現と心臓疾患との関係を研究していた。
●【不正発覚の経緯】
2010年7月(51歳)、匿名でエルトンの論文に画像ねつ造・改ざんがあると、米国・研究公正局に公益通報があった。米国・研究公正局は、エルトンの所属大学であるオハイオ州立大学に連絡した。オハイオ州立大学・薬学部は調査委員会を発足し、調査を開始した。
1年後の2011年7月(52歳)、オハイオ州立大学・薬学部・調査委員会は調査の結果を発表した。ジャーナル論文に「不規則な」画像があるが、「意図的な不正行為」ではなくエルトンの乱雑さのためであるとし、「シロ」とした。
4か月後の2011年11月(52歳)、米国・研究公正局の代理所長・ジョン・ダールバーグ(John Dahlberg)は、「パワーポイントで調べれば、エルトンの画像ねつ造・改ざんは明白である。エルトンは長年、コントロールおよびサンプルのバンドとして画像を工作し、再使用している。工作がばれないように、バンドをコピーした後、リサイズ/伸ばす/縮める/暗くする/回転(水平に、垂直に)などの「意図的な不正行為」を行なっている」と、オハイオ州立大学に再調査を要請した。
約1年後の2012年12月(54歳)、オハイオ州立大学・薬学部・調査委員会と米国・研究公正局が、今度は、「クロ」と結論した。ダウン症患者の重要な脳タンパク質を同定するウェスタン・ブロット画像で、画像のねつ造・改ざんがあったと結論した。
ウェスタン・ブロット画像で、画像ねつ造・改ざんがどのようなものか、論文の図を引用しよう。以下は、後に撤回された論文(J Biol Chem 285(2):1529-43, 2010 Jan 8)の不正画像(図2C、2D)である,。CONはコントロール、DSはダウン症患者である。ウェスタン・ブロットのバンドの濃さが発現の強さを示している。
皆さん、これを見て、画像のどの部分がねつ造・改ざんされたかわかりますか? 白楽は全くわかりません。もちろん、ここに示していない他のバンドと比較しないとわからない面もあるけれど、「このバンド、ナンカおかしくない?」と感じなければ、精査しません。「このバンド、ナンカおかしくない?」という不信感を微塵も抱かせない出来栄えです。それを見破る米国・研究公正局の検出能力の高さに敬服します。
もう1つ別の撤回された論文(Biochem Biophys Res Commun 370(3):473-7, 2008 Jun 6)の不正画像(図3の一部)を見てみよう。Controlはコントロール、Down Syndromeはダウン症患者である。ヒト胚海馬でのインサイチュー・ハイブリダイゼーション(in situ hybridization)像で、色の濃い部分にmRNAが合成されている。専門的なことがわからなくてもかまわない。ポイントは、組織の顕微鏡写真と考えて良い。
皆さん、こちらはどうでしょう。どの画像のどの部分がねつ造・改ざんされたかわかりますか? 「コレ、ナンカおかしくない?」と感じる部分があります? 白楽は全くわかりません。不正画像は、図B, C, F, Hです。米国・研究公正局の検出能力の高さに再び敬服する。
エルトンは、6論文を撤回することを了承した。オハイオ州立大学は、関連の政府研究費を160万ドル(約1億6千万円)受領していた。撤回論文だけに使用したのではなく、もっといろいろな研究に使用したと主張し、返納していない
エルトンは、日付けのない手紙で、「オハイオ州立大学・薬学部・調査委員会の調査結果とペナルティに、私はとても同意できません。強く否定します。しかし、論文原稿の図の改ざんの責任は私にあります」と述べている。
この手紙に含まれる意味は自分が改ざんしたのではないという意味だ。
エルトンは事件が公表され研究費が支給されなくなった。それで、2011年10月、テクニシャンのミッキー・マーチン(Mickey M. Martin、女性)を解雇した。2か月後の2011年12月、エルトンは、マーチンが画像をねつ造・改ざんしたと、研究ジャーナル編集長に手紙を書いている。
なお、オハイオ州立大学・薬学部・調査委員会は上記の情報を得て、2回目の調査ではマーチンも調査した。しかし、マーチンが画像ねつ造・改ざんをしたのではなく、エルトンがしたと結論している。
●【論文数と撤回論文】
パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、テリー・エルトン(Terry Elton)の論文を「Elton TS[Author]」で検索すると、2014年12月31日現在で1985年~2013年の30年間の80論文がヒットした。
エルトンが非難したテクニシャンのミッキー・マーチン(Mickey M. Martin)は、80論文の内の32論文(1992-2011年)で共著者になっている。
2014年12月31日現在、6論文が撤回されている。マーチンは6撤回論文ですべて共著者になっている。6撤回論文の内3論文は、マーチンが第一著者である。
最新の撤回論文を以下に1つ挙げる。
- Chromosome 21-derived microRNAs provide an etiological basis for aberrant protein expression in human Down syndrome brains.
Kuhn DE, Nuovo GJ, Terry AV Jr, Martin MM, Malana GE, Sansom SE, Pleister AP, Beck WD, Head E, Feldman DS, Elton TS.
J Biol Chem. 2010 Jan 8;285(2):1529-43. doi: 10.1074/jbc.M109.033407. Epub 2009 Nov 6.
Retraction in: J Biol Chem. 2013 Feb 8;288(6):4228.
リトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)の記事では、ねつ造・改ざんされた具体的な論文と図が示されている。
- Figures 2C, 2D, 2F, 3C, 3E, 4G, 5C, 5F: J Biol Chem 285(2):1529-43, 2010 Jan 8・・・上記と同じ論文
- Figures 3B, 3C, 3F, 3H, 3I, 3J: Biochem Biophys Res Commun 370(3):473-7, 2008 Jun 6
- Figures 2, 3, 4B, 5B, 6, 7B, 8A, 9B: Am. J. Physiol. Lung Cell. Mol. Physiol. 293(3):L790-9, 2007 Sept
- Figure 6: J Biol Chem 282(33):24262-9, 2007 Aug 17
- Figure 6: Mol Cell Endocrinol 249(1-2):21-31, 2006 Apr 25
- Figures 5, 6B, 7B, 9B: Biochim. Biophys. Acta 1680(3):158-70, 2004 Nov 5.
また、ねつ造・改ざんされた具体的なNIH 研究費申請書と図も示されている。
- Figures 4, 7, 11C: 1 R21 HD058997-01
- Figures 7B, 7E, 8B: 1 R21 HD058997-01A1
- Figures 3C, 3F, 6C: 1 R21 HD058997-01A2
- Figure 6 in grant application 1 RC1 HL100298-01.
●【事件の深堀】
●【白楽の感想】
《1》 甘すぎる処分の代表
エルトンは、年俸13万146ドル(約1,301万円)の教授だが、オハイオ州立大学の処分は、3年間、学部生・大学院生・ポスドク・テクニシャンの第一指導教員になれないというものだった。
リトラクチョン・ウオッチ(Retraction Watch)のオランスキーは、「他の同程度の不正研究では、解雇されている。このレベルの不正研究で早期退職させないのは、普通ではありえない」と述べている。
オハイオ州立大学・研究担当副学長のキャロライン・ウィティケア(Caroline Whitacre)は、エルトンの処分は「厳しい」と述べ、不正研究の対処に無知なことを露呈している。
また、ウィティケアは、エルトン事件での大学の対応を次のように弁解した。
「不正研究のそれぞれはとても多様で、2つとして同じものはないし、少しも似ていない。私たちは、不正研究に対するチェック機能と均衡機能をもっています。米国・研究公正局から再調査を要請されたのは今回が始めてです」
オランスキーは次のように批判している。「自分たちが初めて見逃してしまった言い訳を探すより、不正研究に対してできる限り完全な仕事をすることが必要です。「不正研究でしょ」と米国・研究公正局にヒジでつつかれる必要があるような、そんな無責任な大学に、税金が使われるべきではないでしょう」、と。
《2》 故意犯
エルトンのねつ造・改ざんは、どう見ても、「悪いと充分知っている」ので、「見つからないよう工夫した不正研究」という故意犯である。
最初の撤回論文の発表が2004年(45歳)なので、キャリアの中盤から不正をしたと、一応、書いたが、こういう故意犯は、多分、キャリアの初期から不正をしている。見つからないよう工夫しているので、見つからないだけだろう。
オハイオ州立大学は、自分の大学に所属する以前の論文まで責任はないと考え、2003年以前(その頃から在籍と推定した)の論文は十分に調査していないようだ。