大学:博士号工場(PhD factory):ティルブルフ大学(Tilburg University)(オランダ)

2019年2月26日掲載

ワンポイント:ティルブルフ大学・人文科学部のアリエ・ド・ルイター前・学部長(Arie de Ruijter)は2015年に退任したが、在任中、数人の教授と共謀してたくさんの博士院生に博士号を授与していた。教授たちは、博士号取得者1人につき25,000ユーロ(約350万円)や35,000ユーロ(約420万円)の報酬を得ていた。ティルブルフ大学・人文科学部の教授は平均で0.8人/年に博士号を授与していたが、共謀した教授の1人である社会心理学のジョン・ライスマン教授(John Rijsman )は、2010年-2016年の6年間に77人(12.8人/年)に博士号を授与していた。2017年3月、ルイター前・学部長はこれらの収入の内、100万ユーロ(約1億2千万円)以上を2人の家族とビューティーサロンに使用していたことで、2017年に逮捕された。オランダ議会もこの博士号工場(PhD factory)を問題視した。白楽は、この事件に博士論文のネカトが絡んでいるのではないかと予想して調べ始めたが、博士論文のネカト・質については言及されていなかった。授与した博士号のはく奪も言及されていない。それにしても、一般的に、博士号の質はどのように保証・維持するのか? 国民の損害額(推定)は10億(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.日本語の解説
3.事件の経過と内容
4.白楽の感想
5.主要情報源
6.コメント
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●1.【概略】

https://universonline.nl/2018/09/20/dismantling-tilburgs-phd-factory

ティルブルフ大学(Tilburg University)は1927年に設立されたオランダの公立大学で、評価は上位の大学である。経済学に強く、経済学は、2017年に世界で25位、欧州で7位にランクされた。法学も強く、法学はオランダで1位である。教員は1.695人(2018年)で学生は14.269人(2018年)。人文科学部全体で毎年約70人に博士号を授与している。

2015年にティルブルフ大学・人文科学部のアリエ・ド・ルイター学部長(Arie de Ruijter)は学部長を退任したが、在任中、数人の教授と共謀してたくさんの博士院生に博士号を授与していた。

教授たちは、博士号取得者1人につき25,000ユーロ(約350万円)や35,000ユーロ(約420万円)の報酬を得ていた。

共謀した教授の1人である社会心理学のジョン・ライスマン教授(John Rijsman )は、2010年-2016年の6年間に77人(12.8人/年)に博士号を授与していた。1人の教授が6年間に77人に博士号を授与させるほど院生を指導できるとは思えない。

事件では、博士論文の内容の質やネカトに関しての言及はないが、質が悪いことは容易に想像がつく。

しかし、博士院生に博士号を取得させれば1人につき25,000ユーロ(約350万円)とか35,000ユーロ(約420万円)の報酬をもらえれば、いい商売である。しっかりした制約がなければ、量産するだろう。

2017年2月、メディアが問題を取り上げ、議会でもこの博士号工場(PhD factory)を問題視した。

2017年3月、ルイター前・学部長はこれらの収入の内、100万ユーロ(約1億2千万円)以上を2人の家族とビューティーサロンに使用していたことで、逮捕された。

今回、博士号授与問題が可視化したが、一般的に博士号の基準は曖昧である。

なお、2011年、社会心理学のディーデリク・スターペル教授(Diederik Stapel)がデータねつ造・改ざん事件を起こした有名な事件がある。スターペル教授の所属は、今回の事件を起こしたティルブルフ大学だった。
→ 社会心理学:ディーデリク・スターペル(Diederik Stapel) (オランダ) | 研究倫理(ネカト、研究規範)

ティルブルフ大学(Tilburg University)の大学ランキングは、以下の通りで、オランダの上位大学である。

  • ARWU World:   世界501-600 位(2018)
  • THE World:   世界201–250 位(2019)
  • USNWR World:   世界468位 (2019)
  • QS World:   世界319位 (2019)

ティルブルフ大学(Tilburg University)。写真出典

  • 国:オランダ
  • 集団名:ティルブルフ大学
  • 集団名(英語):Tilburg University
  • ウェブサイト(英語):https://www.tilburguniversity.edu/
  • 集団の概要:1927年に設立の公立大学でオランダの上位大学。経済学に強く、2017年に世界で25位、欧州で7位にランクされた。法学も強く、オランダで1位である。教員は1.695人(2018年)で学生は14.269人(2018年)。
  • 事件の首謀者:アリエ・ド・ルイター(Arie de Ruijter)前・人文科学部・学部長が中心。共謀教授の1人は社会心理学のジョン・ライスマン教授(John Rijsman)。
  • 分野:博士号授与
  • 不正開始年:2007年
  • 発覚年:2017年
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はウィレム・ドリーズ(Willem B. Drees)人文科学部・新学部長
  • ステップ2(メディア):
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ): ①ティルブルフ大学。②議会。③検察。
  • 不正:博士号授与
  • 不正論文数:
  • 被害(者):100~200人に博士号を不正に授与した
  • 国民の損害額:総額(推定)は10億(大雑把)
  • 結末:ルイター・前・学部長の逮捕。起訴・裁判は不明?

●3.【事件の経過と内容】

★博士号授与のプロセス

博士号授与のプロセスは一般的には次のようである。

指導教授が博士論文を提出するよう院生に伝える。院生は博士論文を提出する。すると、大学は博士論文審査委員会を設置し、提出された博士論文が博士号授与に値するかどうか審査する。委員会が終了、合格なら、審査委員長が合格した院生に博士号を授与するよう大学に勧告する。その勧告を受けて大学が合格者に博士号を授与する。

以上がプロセスだが、ポイントは、指導教授が院生に博士論文を提出するのを認めた段階で、実質上の審査は終わっている。残っているのは、院生が形式を踏んで論文を書き、審査員の前で質疑応答をこなすことである。つまり、博士論文の提出時期の数か月前に、院生の研究成果が博士号レベルに達したと指導教授が判断するかどうかである。ここが最も重要なポイントである。達したと判断すれば、院生に博士論文を書かせ、提出させる。その後の審査は形式である。それで、博士号を授与するのは大学だが、本記事では、簡略化して、教授が博士号を授与すると記載した。

なお、本記事で登場する学外院生(external PhD students)は、日本には無い制度である。学外院生(external PhD students)はティルブルフ大学に所属していないが、ティルブルフ大学の設備を使用できる院生である。ティルブルフ大学に特有の制度なのか、オランダでは、あるいは欧州では、一般的なのか、浅学にして白楽は知らない。

★発覚

事件は、ティルブルフ大学(Tilburg University)の少数の教授が多数の学外院生(external PhD students)に研究博士号(PhD)を授与していたという事件だ。

2015年1月、ウィレム・ドリーズ(Willem B. Drees、右の写真)がティルブルフ大学(Tilburg University)・人文科学部(Humanities Faculty)の新学部長に就任した。就任して、いくつかの不愉快な事実に直面した。

ドリーズ学部長は、前任者のアリエ・ド・ルイター前・学部長(Arie de Ruijter、左の写真)が何人かの教授と変則的な契約をしていたことを知ることになった。

例えば、ジャップ・ファン・デン・ヘリク名誉教授(Jaap van den Herik、右の写真出典)は、2016年に引退したにもかかわらず、院生の指導をしていて、博士論文提出時に学外院生1人につき25,000ユーロ(約350万円)の報酬を、内部院生はその半分の報酬を受け取っていた。

2007年から2017年、ティルブルフ大学の無給教授を務めたルーベン・ゴウリチャーン教授(Ruben Gowricharn、左の写真出典)も同様の「プロモーション・ボーナス」契約を結んでいた。

コミュニケーション学のシーラ・マクナミー教授(Sheila McNamee)も同様な契約を結んでいた。

他にも数人の無給教授と同様な契約を結んでいた。

★ジョン・ライスマン教授

特に社会心理学のジョン・ライスマン教授(John Rijsman写真)との契約は注目に値した。

2000年、ライスマン教授は学外院生の対応に専念するため、教授任務を免除されていた。2015年1月にドリーズ新学部長が就任した時、ライスマン教授は数人の学外院生の指導をしていた。

調べていくと、ライスマン教授は2016年までに、実に156人の院生に研究博士号(PhD)を授与していた。特に、2010年から2016年までの6年間で77人に研究博士号(PhD)を授与していた。そのほとんどすべてが米国のTAOS研究所(TAOS institute)との共同研究だった。

★博士号生産工場

アリエ・ド・ルイター前・学部長はティルブルフ大学・人文科学部に博士号生産工場(PhD factory)を作っていたのだ。

ドリーズ新・学部長は、ファン・デン・ヘリク名誉教授との契約については、「私は契約を続けるつもりはない。しかし、すでになさた契約は尊重する必要がある」と、契約を履行した。

ドリーズ新・学部長は、マクナミー教授、ライスマン教授、ゴウリチャーン教授に対しては、権限を制限することにした。ゴウリチャーン教授に対しては契約を段階的に廃止することを提案した。ゴウリチャーン教授は、2017年以前に博士論文審査委員会で承認された博士号取得者の報酬だけを要求した。

ドリーズ新・学部長は、さらに、ゴウリチャーン教授の報酬額の減額を提案した。ゴウリチャーン教授は不満ではあったが一応了承した。

ドリーズ新・学部長は、ライスマン教授に対しては徐々に撤退するよう求め、法務顧問に相談し、彼が指導していた院生を人文科学部と社会学部に割り振ることに決めた。

2017年8月、大学経理報告書には、驚くほど高い支払いがあったことが記載されていた。アリエ・ド・ルイター前・学部長は、博士号授与の報酬として1人当たり3万ユーロ(約360万円)支払っていた。 2007年から2015年まで、学部長としての32人に博士号を授与していた。年平均にすると4人/年だが、ティルブルグ大学・人文科学部の全教授の博士号授与率は年平均にすると0,8人/年だったので、異常な高さである。

★逮捕

2017年2月、アルゴス放送(Argos broadcast)は、次のように報じた。アリエ・ド・ルイター前・学部長は、学部長時代に47人に博士号を授与したが、1人の博士号授与に対し3万ユーロ(約360万円)の報酬を得ていた。そのお金の内、100万ユーロ(約1億2千万円)以上を2人の家族とビューティーサロンに使用していた。

2007年-2017年に、ゴウリチャーン無給教授は9人の博士院生を指導し、博士号の授与で1人当たり35,000ユーロ(約420万円)を受け取った。彼は博士院生の初年度に6,200ユーロ(約74万円)要求し、その後の毎年4,700ユーロ(約56万円)を要求した。結局、2013年から2017年の間、ゴウリチャーン無給教授は博士院生から22万ユーロ(約2,640万円)以上を受け取った。博士号を取得したのは博士院生のほんの一部だった。

2017年2月22日、アルゴス放送が報道した数日後、ジャスパー・バン・ダイク議員(Jasper van Dijk、写真出典)は、アリエ・ド・ルイター前・学部長が家族にお金を使った点を議会で問題視した。バン・ダイク議員は教育大臣のイェット・ブッセマーカー(Jet Bussemaker、左の写真出典)に、ティルブルフ大学・理事会が博士課程の教育を外部に依存していることを糾弾すべきだとただした。

大学とオランダ教育諮問委員会は問題を討議した。

2017年3月、アルゴス放送が報道した1か月後、ルイター前・学部長と2人の家族は逮捕された。

2017年4月20日、ブッセマーカー教育大臣は、ティルブルフ大学・理事会はアリエ・ド・ルイター前・学部長が数人の教授と契約したことを知らなかったと述べた。ティルブルフ大学はオランダ教育諮問委員会にこれらの契約を伝えていなかったのだ。

ティルブルフ大学のエミール・アーツ(Emile Aarts、写真)学長は、問題を解決するために、調査員を雇った。「私たちには、このような事件を掘り下げることよりも他に取り組むべきことがあり、専門知識が欠けています」とアーツ学長は述べた。また、「証拠を集める主体である大学が、事件の裁判官であるべきではありません」とも述べた。

アーツ学長は、学外の博士号候補者の監督に関する規則をはっきりさせるという声明を発表し、「二度と同じ過ちを犯すことはないでしょう」と述べた。

●4.【白楽の感想】

《1》博士号工場

1人の教授が6年間に77人に博士号を授与させるほど院生を教育できるとは思えない。

事件では、博士論文の内容の質やネカトに関しての言及はないが、質が悪いことは容易に想像がつく。

しかし、博士院生に博士号を取得させれば1人につき25,000ユーロ(約350万円)とか35,000ユーロ(約420万円)の報酬をもらえれば、いい商売である。しっかりした制約がなければ、量産するだろう。

今回、メディアが問題を取り上げたから、可視化したが、一般的に博士号の基準は曖昧である。世界のあちこちの大学、イヤイヤ、日本のあちこちの大学でも、質を度外視(妥協?)した博士号を授与する博士号工場になっている研究室があるような気もする。

博士号の質を保ちたい。しかし、博士課程の終了時に博士号を取得させたい。矛盾した要求である。基準がとても厳しく、博士号を取得できないと、博士院生は路頭に迷い、大学は経営に差し支える。

日本の大学では、博士号取得基準を「査読付き論文1報の出版」としている大学院が多いと思う。この基準は、明確ではあるが、内容を規定していない。そのために、いい加減な内容でも論文を出版してくれる捕食学術誌に投稿し、捕食論文を出版することで博士号を取得するという問題が生じてくる。「査読付き論文1報の出版」の査読がいい加減なので、博士号の質は保証・維持できない。

投稿論文と同じように、博士論文の質を精査する意識・仕組み・組織も必要だ。多数の博士号取得者を出す教授がいないか、監視も必要だろう。

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●5.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Tilburg University – Wikipedia
② ロン・ヴェッセン(Ron Vaessen)の「Univers」記事:(1)2018年9月11日:University paid more than half a million to two PhD promoters | Univers、(2)2018年9月20日:The dismantling of Tilburg’s PhD factory | Univers
③ 2018年9月28日のジェーン・ピーターズ(Janene Pieters)の「NL Times」記事:Tilburg University to investigate controversial dissertation on Salafism | NL Times、(保存版1)、(保存版2
④ 2018年7月12日のドア・ホップ(Door Hop)の「DUB」記事:Tilburg gaat proefschriften uit ‘promotiefabriek’ tegen het licht houden | DUB
⑤ 2018年9月1日の「Navva」記事:‘Tilburg University built a promotional factory’, SP asks questions to the minister – Navva
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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