2020年5月7日掲載
白楽の意図:ラファエル・ダルレ(Rafael Dal-Ré)とカルメン・アユソ(Carmen Ayuso)は、撤回監視データベース(Retraction Watch Database)を使い、遺伝学の論文撤回の理由と撤回必要年数を調べた。その「2019年11月のJ Med Genet」論文を読んだので、紹介しよう。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
8.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。
●1.【論文概要】
遺伝学は論文撤回率が0.15%と高い分野である。ネカトは撤回理由の33.2% (525/1582)を占め、重複は24.3%を占めた。撤回論文の37%(587/1582)が当局の調査対象になっていた。ネカトの中のねつ造/改ざんと盗用は、論文撤回理由として相互に排他的だった。撤回論文の多い国は順に、米国(n = 526)、中国(n = 509)、日本(n = 126)、ドイツ(n = 75)インド(n = 74)、英国(n = 69)、韓国(n = 64)となった。論文撤回に要した年数は、ねつ造/改造で医学遺伝学が平均4.7年で、非医学遺伝学の平均6.4年よりも短かった。盗用は両者でよく似ていて、平均2.3年だった。
●2.【書誌情報と著者】
★書誌情報
- 論文名:Reasons for and time to retraction of genetics articles published between 1970 and 2018
日本語訳:1970年から2018年の間に公開された遺伝学論文の撤回の理由と時期 - 著者:Rafael Dal-Ré and Carmen Ayuso
- 掲載誌・巻・ページ:J Med Genet. 2019 Nov; 56(11): 734–740.
- 発行年月日:2019年11月
- オンライン発行年月日:2019年7月12日
- 引用方法:
- DOI: 10.1136/jmedgenet-2019-106137
- ウェブ:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6860402/
- PDF:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6860402/pdf/jmedgenet-2019-106137.pdf
- 著作権:CC BY-NC 4.0:作品を複製、頒布、展示、実演を行うにあたり、著作権者の表示を要求し、非営利目的での利用に限定する(クリエイティブ・コモンズ – Wikipedia)
★著者
- 第1著者:ラファエル・ダルレ(Rafael Dal-Ré、ラファエル・ダル=レ)
- 紹介:
- 写真:カルメン・アユソ(Carmen Ayuso)(左)とラファエル・ダルレ(Rafael Dal-Ré)(右):https://blogs.bmj.com/jmg/2019/07/17/retraction-of-flawed-research-articles-the-case-of-genetics/
- ORCID iD:
- 履歴:①:http://www.germanstrias.org/media/upload/pdf/rdr-cv-narrativo-2018_154142285429.pdf。②:Rafael Dal-Re
- 国:スペイン
- 生年月日:不明。現在の年齢:59 歳?
- 学歴:コンプルテンス大学で医師免許(doctor en Medicina per la Universitat Complutense)、マドリード自治大学の公衆衛生学修士(i màster en Salut Pública per la Universitat Autònoma de Madrid)
- 分野:臨床研究マネージャー
- 論文出版時の所属・地位:2016年以降、マドリード自治大学・ヒメネスディアス財団病院・疫学ユニット、外部協力者(Epidemiology Unit, Health Research Institute-Fundación Jiménez Díaz University Hospital, Universidad Autónoma de Madrid, (IIS-FJD, UAM), Madrid, Spain)
ヒメネスディアス財団病院(Fundación Jiménez Díaz University Hospital)。写真出典
●3.【日本語の予備解説】
★2020年5月4日掲載:7-53 撤回監視データベースから学ぶ | 研究者倫理
「撤回監視(Retraction Watch)」は撤回論文のデータベースである撤回監視データベース(Retraction Watch Database)を作成し、2018年10月に公開した。ネカトは撤回理由の大きな割合を占める。撤回論文を科学的に分析し、撤回論文の実態を把握することは、ネカトの実態を知り、ひいてはネカトの予防策を考える上で重要な知見になる。
●4.【論文内容】
●《1》序論
学術誌の編集者は、公開した論文の整合性を維持する責任がある。この目的のために、出版基準を維持することに加え、出版された論文の撤回、訂正、懸念表明をする。
2012年5月の時点で、撤回論文は生命科学論文の0.02%だった(パブメド(PubMed)の索引付け論文対象)。撤回理由は、研究上の不正行為(ネカト、つまり、ねつ造、改ざん、盗用)が53%を占め、重複(duplication)が14%、間違いが21%を占めた。そして、ネカトによる撤回論文数が最も多い国は米国だった。
白楽注:重複(duplication)は撤回監視データベースの「論文、データ、画像、テキストの複製、及び、複製の婉曲語(Duplication of article, data, image and text and euphemism for duplication)」に該当する不正である。つまり、実体は二重投稿、ねつ造、改ざん、盗用のどれかに相当する。今までの白楽の記事では、独立して扱ってこなかった。今後、「重複」とし、独立に扱う。
2010年、撤回監視(Retraction Watch)・ウェブサイトが活動を開始した。
2018年10月、撤回監視(Retraction Watch)が撤回監視データベース(Retraction Watch Database)を公開した。そのデータベースには撤回、訂正、懸念表明という問題論文のすべての情報がデータベース化されている。2018年12月31日時点で、すべての分野の18,649報の問題論文をホストしていた。世界で最大かつ最も包括的な問題論文のデータベースである。
遺伝学は今世紀に前例のないほどの発展を遂げた学問だが、長い歴史もある。そして、撤回監視データベースは、1977年以降の遺伝学に関する問題論文をホストしている。
私たちの知る限りでは、遺伝学分野の撤回論文の特徴を具体的に説明した研究はない。
なお、遺伝学は医学関連の研究と非医学関連の研究の両方を網羅しているので、本論文では、両者を医学遺伝学(MG:medical genetics)と非医学遺伝学(NMG:non-medical genetics)に分けて解析した。
●《2》方法
データ収集作業は2019年1月14〜16日に行なった。
撤回監視データベースで1970年1月1日から2018年12月31日の間に発表された論文を検索した。
使用したブール演算子は「OR」、「AND」、「AND NOT」である。
通知のタイプ:「撤回」。
上記のように日本語に訳すと、実際の検索方法がわからないので、以下、英語のママを併記する。上記の英語は以下である。Nature of notice: ‘retraction’.
論文タイプ:「ケースレポート」、「臨床研究」、「解説/編集」、「手紙」、「メタ分析」、「研究論文」、「レビュー論文」。ブール演算子「OR」を使用した。Article types: ‘case report’, ‘clinical study’, ‘commentary/editorial’, ‘letter’, ‘meta−analysis’, ‘research article’, and ‘review article’, using the Boolean operator ‘OR’.
この方法で、「会議/抄録/論文」、「論文/論文」、「政府の出版物」(conference/abstract/paper’, ‘dissertation/thesis’, and ‘government publication’)の論文を除外した。
学問領域の「遺伝学」は、医学遺伝学(MG:medical genetics)を「遺伝学AND医学(‘genetics AND medicine’) 」で検索し、非医学遺伝学(NMG:non-medical genetics)を「遺伝学AND医学ではない(genetics AND NOT medicine’)」で検索した。
「医学」の31の科目/専門分野のうち、補完医学、歯科学、看護学(complementary medicine, dentistry and nursing)は除外した。
次の「撤回理由」を検索した。ねつ造/改ざん、盗用、重複、不信、著作在順、再現不能、汚染(細胞株/材料/試薬の汚染)、利益相反、査読偽装、学術誌/出版社の間違い(fabrication/falsification, plagiarism, duplication, unreliability, grave issues with authorship, results not reproducible, contamination of cell lines/materials/reagents, conflicts of interest, fake peer review, and error by journal/publisher)。
なお、合理的な比較ができるように、医学遺伝学(MG:medical genetics)と非医学遺伝学(NMG:non-medical genetics)の両方とも、最少でも50件ヒットした事件のみ扱った。
また、民事または刑事訴訟の対象となった事件(subject to civil or criminal proceedings)を検索したが、情報は限定されていた。当局が調査した事件(「組織/大学」、「学術誌/出版社」、「ORI」、「第三者」による)(‘company/institution’, ‘journal/publisher’, ‘ORI’ or ‘third party’)も検索した。
各撤回論文から次の情報を得た。元の論文の公開日と撤回通知の日付、元の論文のPubMed ID(またはDOI)、著者の国は生命科学系の撤回論文が多い7か国(中国、ドイツ、インド、日本、韓国、英国、米国)を対象にした。
以下省略(白楽が)
●《3》結果1.遺伝学の撤回論文
検索の結果、医学遺伝学(MG)の692報(44%)と非医学遺伝学(NMG)の892報(56%)がヒットした。遺伝学の撤回論文は計1,584報になった。
医学遺伝学(MG)の692報には、補完医学、歯科学が各1報含まれてた。以後、この2報を除き、医学遺伝学(MG)を690報、遺伝学の撤回論文は計1,582報として解析していく。
表1に示すように、ネカトは撤回理由の33.2% (525/1582)を占め、重複は24.3%を占めた。撤回論文の37%(587/1582)が当局の調査対象になっていた。
撤回論文の多い順に7か国を並べると、米国(n = 526)、中国(n = 509)、日本(n = 126)、ドイツ(n = 75)インド(n = 74)、英国(n = 69)、韓国(n = 64)となった。撤回理由:英語での分類
ねつ造/改ざん:Falsification/fabrication of data, images and results, and manipulation of results and images.
盗用:Euphemism for plagiarism and plagiarism of article, data, images or text.
重複:Duplication of article, data, image and text and euphemism for duplication.
不信:Unreliable data, image or results.
著者在順:Breach of policy by author, concerns/issues about authorship, forged authorship, lack of approval from author, and objections by author.
当局調査:Investigation by company/institution, journal/publisher, US Office of Research Integrity or by third party.
汚染:Contamination of cell lines/tissues, materials or reagents.
●《4》結果2.医学遺伝学と非医学遺伝学
★撤回理由
医学遺伝学(医)の690報と非医学遺伝学(非医)の892報の撤回論文の分析結果を示す(表2)。表をクリックすると表は2段階で大きくなります。本ブログの図表は基本的に全部拡大できます。
表2に示したように、ネカト(ねつ造/改ざん+盗用)による撤回論文は医学遺伝学(医)で28.9%、非医学遺伝学(非医)で36.5%だった。
医学遺伝学(医)では199報のうちの1報、非医学遺伝学(非医)では326報のうちの3報が、ねつ造/改ざんと盗用の両方をしていたが、撤回理由のねつ造/改ざんと盗用は(ほぼ)相互に排他的だった。
★撤回までの年数
表3(白楽の記事では省略)は撤回までに要した年数のデータである。
結果の主要点を以下に示す。
論文撤回に要した年数は、ねつ造/改ざんで医学遺伝学(医)が平均4.7年、中央値4.0年で、非医学遺伝学(非医)の平均6.4年、中央値5.4 年よりも短かった。
盗用で医学遺伝学(医)と非医学遺伝学(非医)はよく似ていて、平均2.3年、中央値1.3年だった。
★研究公正局の調査論文
全研究期間中の論文の中で、研究公正局(ORI)が調査したのは207報だった。そのうち、62報(30%)が遺伝学論文だった。[白楽注:30%とは、とても多いですね]
内訳は、医学遺伝学(医)の撤回論文(n = 29; 4.2%、29/690)と非医学遺伝学(非医)の撤回論文(n = 33; 3.7%、33/892)はほぼ同数だった。
論文撤回までの年数(元の論文が発表されてから撤回公告が発表されるまでの年数)は、医学遺伝学(医)が平均4.6年で、非医学遺伝学(非医)は平均5.1年だった。両者に統計的な有意差はなかった。
★訴訟の論文
表4(白楽の記事では省略)は、4つの異なる国で民事または刑事訴訟の対象となった7報の論文のデータを示す。3報が米国、2報がイタリア、1報がカナダとスペインで、日本の論文はない。
論文の発行から撤回通知の発行までの経過年数は、1.7〜13.6年の範囲だった。
●《5》討論
撤回監視データベースは、遺伝学に関する1,582報の撤回論文をリストしていた。
1996~2017年に、世界中で約975,000報の遺伝学論文が発表され、この同じ時期に限定すると、撤回監視データベースは1,476報の遺伝学の撤回論文をリストした。したがって、遺伝学の論文撤回率は約0.15%となる。すべての分野の論文撤回率が0.04%なので、約4倍高い。パブメド(PubMed)の論文撤回率は0.02%なので、パブメド(PubMed)論文と比較すると、約8倍高い。つまり、遺伝学は論文撤回率の高い研究分野である。
他(白楽は省略)。
●5.【関連情報】
【動画1】
本論文の著者のラファエル・ダルレ(Rafael Dal-Ré)の講演動画:「会議:「ヘルシンキ宣言の起源と展開」(Conferencia: “Origen y desarrollo de la declaración de Helsinki”) – YouTube」(スペイン語)1時間1分00秒。
Fundació Grífolsが2013/11/15に公開
① 2020年5月4日掲載:7-53 撤回監視データベースから学ぶ | 研究者倫理
② 2019年7月26日のチアイ・フー(Chia-Yi Hou)記者の「Scientist」記事:Genetics Articles Retracted at Higher Rate than Other Disciplines | The Scientist Magazine®
③ 2019年7月29日の「Practice Business」記事:Retractions for genetics studies eight times higher than for other life science disciplines | Practice Business
④ 2019年7月30日の「GenomeWeb」記事:High Retraction Rate | GenomeWeb
⑤ 2020年2月の同じ著者(Dal-Ré R.)による論文(閲覧有料):Analysis of biomedical Spanish articles retracted between 1970 and 2018 | Medicina Clínica (English Edition) Med Clin (Barc). 2020 Feb 28;154(4):125-130. doi: 10.1016/j.medcli.2019.04.018. Epub 2019 Jun 22. English, Spanish.
●6.【白楽の感想】
《1》遅い
遺伝学は論文撤回率が0.15%と高い。つまり、1,000報につき1~2報が撤回され、そ半分以上はネカトや重複という不正が撤回理由である。この数値は高いのか低いのか、どう判断すると良いのかわからない。
しかし、遺伝学の論文撤回率が0.15%で、パブメド(PubMed)論文と比較すると、約8倍高い。パブメド(PubMed)論文は生命科学論文全体をカバーするので、生命科学の中で遺伝学は突出して論文撤回率が高いと言える。
どうしてなのだろうか?
遺伝学者にワルが多い? そういえば、あのワルは遺伝学者だった、というのは白楽のセマ~イ交友関係の話です。
遺伝学者に強力なネカト・ハンターがいる? → 白楽は、思いつかない。
遺伝学という学問自体にネカトしやすい(したくなる、しなければならない)特徴がある?
わかりません。
それにしても、ねつ造/改ざん論文が撤回されるまで平均4.7年や6.4年かかるのは遅すぎる。遺伝学分野の動きは速いから、学術界はネカト論文にもろに被害を受けるだろう。ネカト論文を信じて研究を開始した院生は、院生時代の5年間をまるまる棒に振ってしまう。
ネカトの摘発と論文撤回をもっと迅速にすべきだ。
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●8.【コメント】
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