1‐5‐11 サイエンス・フラウド(Science Fraud)

2014年6月20日掲載。2020年6月5日追記

2020年6月5日追記

ワンポイント:2012年7月に開始した米国の民間組織。匿名でネカト論文をウェブ上で追求した。半年で300論文以上をやり玉に挙げた強力なネカトハンターだった。しかし、疑惑論文とされた研究者の弁護士が、召喚令状を得て、ウェブ管理会社からブルックスの個人情報を得て、匿名を破り、ニューヨークのロチェスター大学医学部・準教授のポール・ブルックス(Paul Brookes)と特定した。そして、2013年1月2日、名誉棄損で訴えると脅され、ブルックスは翌日サイトを閉鎖した。世界のネカトハンターは、この事件から、名誉棄損に当たる言葉や攻撃的な言葉の使用を禁止したのをはじめ、匿名者の保護策(含・投稿アドレスの不保存)、法的対策・裁判・弁護士などの大きな教訓を学んだ。

その後、ポール・ブルックス(Paul Brookes)は、ネカトハンター・ネカトウオッチャーとして時々、活動している。

サイト「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」は閉鎖されたが、白楽ブログの記事は残しておく。

ーーーーーーーー以下2014年6月20日掲載

出版後査読(post publication peer-review)の1つ

★要点

  • サイト名:サイエンス・フラウド(Science Fraud)。「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」の意味は、科学詐欺(罪)、科学詐欺師、科学ペテン
  • 言語:英語
  • 主催者:私人。匿名。ハンドルネーム「Fraudster」「Frances deTriusce」。2012年12月、人物が、ポール・ブルックス(Paul Brookes)、40歳(当時)、米国・ニューヨークのロチェスター大学医学部・準教授と特定された。英国人・生命科学者。研究テーマ:心臓発作でのミトコンドリアの役割。1997年、英国・ケンブリッジ大学で生化学の博士号取得
  • 連絡先:
  • サイト:http://www.science-fraud.org/ コンテンツは削除されている
  • 開始:2012年7月
  • 対象:生命科学系論文の「ねつ造」「改ざん」「盗用」
  • スタイル:サポーターの情報提供と自分の調査で、疑惑論文の内容を明確にしアップ。出版編集局、所属大学に通知・告発
  • 記事数: 274疑惑論文
  • 不正の定義:学術出版規範委員会「COPE」の基準
  • 対象:一流学術論文(英語)
  • 対象者:主に生命科学研究者
  • 発覚数: 300論文以上
  • 作業期間:2012年7月~2012年12月。活動は6か月間

ポール・ブルックス(Paul Brookes)(写真出典:Paul Spencer Brookes, Ph.D. University of Rochester Medical Center
140617 7404[1]

Paul Brookes(@PSBROOKES)さん | Twitter
https://twitter.com/PSBROOKES

【活動成果の概要】

研究公正性が疑問視された274論文(75研究室群)の不正を告発し、論文撤回が16報(5.8%)、論文訂正が47報(17.2%) あった。274論文は2003~2011年の生命科学系の論文で、掲載学術誌は5年間のインパクト・ファクターが8.3~10.3という一流学術誌である。

不正内容はどのようなものか?・・・疑惑論文の75%は、ウェスタンブロットのバンドに関するものだった。その他で多いのは、光学/蛍光/電子顕微鏡像の再使用、文章の盗用、FACSヒストグラムの再使用データだった。つまり、「ねつ造」「改ざん」「盗用」だった。

参考文献
1.About This Site | Science Fraud
2.Internet publicity of data problems in the bioscience literature correlates with enhanced corrective action [PeerJ]

【サイト閉鎖の経緯】
ブルックスは2012年7月から、「匿名」で「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」を運営していた。半年後の2012年12月、サイトで疑惑論文とされた研究者の弁護士が、召喚令状を得て、ウェブ管理会社からブルックスの個人情報を得た。そして、2013年1月2日、ブルックスに、名誉棄損で訴えると脅した。弁護士は、同時に同じように論文疑惑とされた研究者、関連諸大学、学術編集局にもメールした。ブルックスは翌日サイトを閉鎖した。(出典:Fraudster Blog Author Outed and Comes Clean | Science/AAAS | News

ブルックスは、2014年3月14日発行の「Science Careers」でインタビューアーに答えている。告発サイトを運営する上でので示唆に富むので、かいつまんで、引用しよう(翻訳は正確ではありません)(出典:Elisabeth Pain著、Paul Brookes: Surviving as an Outed Whistleblower | Science Careers

「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」は多くの支持者を得たが、一部の科学者は少しやり過ぎだと感じていた。2013年1月2日 「匿名」で運営していた彼の名前を特定し、訴訟を要求するという匿名メールが、多くの科学者、諸大学、ブルックスの所属大学・学長に送付された。ブルックスは、ショックと脅威を感じ、その日のうちに、全コンテンツを削除し、翌日、自分の身分を明かした。

● 匿名がバレる懸念はなかったのか?
常に、その可能性はあると考え、予防措置をしていた。しかし、アメリカ国家安全保障局(NSA)の盗聴スキャンダルを見ればわかるように、インターネット上のプライバシーは程度問題というのが現実である。何とか知ろうと思う人がいれば知ることはできる。それに、現在、ソーシャルメディアができてまだ10年は経っていない。ソーシャルメディアで何が許され、何が許されないのか未確定だ。

● 匿名恐喝メール受信後の所属大学の対応は?
大学は困惑したが、「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」活動は大学教員としての仕事ではないと認識した。それで、大学は法的な保護をしてくれなかった。法的な脅迫に対応するため、自分の費用で、弁護士を雇った。研究者ならば、論文を読んで科学者のデータについての議論するのは、仕事の一部だが、そういう学術的な仕事と、一市民として科学データの議論をブログにアップすることをどこかで線引きする必要がある。

● 仕事と「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」活動との関係について所属大学と取り決めをしましたか?
大学は非常にオープンに議論してくれた。双方が合意した点は次のようです。大学の主な関心は、「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」活動が私の仕事(それで給料をもらっている)をどれだけ邪魔しているかです。研究室運営、ファカルティの一員としての仕事、教育、研究が私の仕事で、それで給料をもらっている。私は、2012年の活動ピーク時に、「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」に週当たり10~12時間使ったけど、しかし、この多くは、大学の仕事の後、自宅での作業でした。昨年、双方が合意したことは、「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」活動は、学外の無報酬コンサルタントということです。大学の方針では、学外の無報酬コンサルタントは、1週当たり1日まで使用できます。実際、今は、これに費やす時間はもっと少ない。この活動に大学の資源をどの程度使用できるかも問題ですが、2013年1月、私費で活動専用のラップトップ・コンピュータを購入しました。

● 告発サイトがあなたの仕事と経歴にマイナスになると心配したか?
はい、私はまだ心配している。私は41歳なので、退職するまでまだ25年ある。研究費を得て、論文を発表しなければならない。告発された研究者が、私の申請研究費の審査をしたり、論文の査読者になるかもしれない。そこで、報復される可能性があり、防ぐ手段はない。今のところ研究費は採択され、論文はパスしているが、10年という時間で考えると、報復されるに違いない。

● 法的な脅しとは?
法的対処をすると6回通告された。今のところ訴訟になっていないが、慎重に監視している。

● 同僚や研究室員の反応は?
みんな協力的です。

● 公然の非難はありました?
論文の疑惑を指摘された研究者は激しく怒ります。

● こうすべきだったという思いはありますか?
匿名性とセキュリティにもっと注意すべきだった。また、ブログ名称「サイエンス・フラウド(Science Fraud)」は少し乱暴でした。文章も攻撃的でした。

● もうこりごり?
出版論文に依然として疑義があるのだからヤメルつもりはない。今後はもっと注意深くやる。

● 告発活動の利益は?
公正性です。不正研究で、学位を取得し、就職し、論文出版し、研究費を得て、昇進し、有名になり、富を得るのは、どう見てもフェアーじゃありません。学術は、能力・実績主義の社会です。実力・実績に応じて処遇するシステムが必要です。長期的にみれば、不正研究は科学研究にダメージを与える。国民は研究成果の大半が間違っていると思えば、科学研究に資金を提供しなくなる。
告発活動は「キャッチ22(catch-22)(解決策がないジレンマ)」です。誰も何もしなければ、不正研究ははびこる。不正だと指摘すると、国民が科学研究を信頼しなくなる危険がある。注意深く活動する必要がある。

● 疑惑論文の議論をする時のアドバイスは?
「大きな棒を持って、注意深く歩く」ですね。どういうサイト・方法で議論するか、サイト・方法を選んだ方が良い。いろいろなサイト・方法があるけど、パブピアー(PubPeer)はとても良いサイトだ。また、ワードプレス(WordPress)を利用して自分のサイトを作る方法もある。
匿名で活動するなら、かなり慎重にすべきである。まず、メールはGmailを使う。Yahooを使うと、IPアドレスがバレルので、ハンドルネームでメールしても、場所と大学名は特定されてしまう。また、IPアドレスを秘密にできる「トーア(Tor)」のような無料ブラウザーを使うべきだろう。ファイルには、コンピュータの所有者、日付、名称が作られるので、ファイルを添付するなら、メタデータを削除する(参考:プライバシーを保護するためにファイルから個人的なメタデータを削除する)。

● 他に伝えたいことがありますか?
いろいろなことがもっと早く進んでほしい。研究公正局(Office of Research Integrity (ORI))は1件の調査に3~4年かかる。これでは遅すぎる。研究公正局に予算と人員を増やすべきだ。それに、すべての学術誌編集局に不正研究担当者を置くべきだ。
私の研究室では、データをオープンにしている。ここ10年間のすべてのデータは研究室共通のコンピュータに保存してあるので、研究室員は、だれでもそのデータにアクセスできる。誰かが、ウェスタンブロットのオリジナルデータを見せてほしいとメールしてくれば、数日で見せられる。ところが、疑惑論文の著者に学術誌編集局が同じ依頼をすると、8カ月もかかる。これが、理解できない。データはあるのかないのか、二者択一だ。ところが、疑惑論文の多くの著者は、「実験したポスドクが研究記録をチャンと残さないで母国に帰ってしまった」と言い訳する。信ジラレマセンン! 科学研究の基本の第一は、研究者全員がチャンと研究記録をつけ、残すことでしょう。

《動画》英語 「サイエンス・フラウド(Science Fraud – Science Documentary) – YouTube」 32分
告発サイトとは無関係。不正研究の一般的ドキュメンタリー映画。
2013/11/23にScience Documentary さんのチャンネルがアップロード(2014年6月18日閲覧)

【白楽の感想】

1.ポール・ブルックス(Paul Brookes)の行動・主張にとても共感した。匿名告発サイトの破たん経験を生かし、今後も学術体制の改善に取り組んでほしい。

  1. 不正告発が274論文で、論文撤回が16報(5.8%)、論文訂正が47報(17.2%) とのことだが、撤回か訂正されない不正論文はどうして、されないのか? その事情も知りたい。

3.論文撤回した研究者は所属機関を解雇されたのだろうか? その事情も知りたい。 論文撤回した研究の研究費は返却させられたのだろうか? その事情も知りたい。