2017年2月11日掲載。
ワンポイント:2012年(56歳)、32年前の1980年に取得した博士号の盗博が発覚した。2013年(57歳)に博士号がはく奪され、ドイツ連邦政府の教育研究大臣(女性)を辞任した。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.盗用解析
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】
アンネッテ・シャーヴァン(Annette Schavan、アンネッテ・シャヴァン、アネッテ・シャヴァン、写真出典)はドイツの政治家である。1980年(25歳)にデュッセルドルフ大学(University of Düsseldorf)で教育学の博士号を取得し、2005年(50歳)からドイツ連邦政府の教育研究大臣だった。
2012年1月16日(56歳)、ヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)のロバート・シュミット(Robert Schmidt、仮名)が盗博を告発した。
→ 1‐4‐10.ヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)
2013年2月5日(57歳)、デュッセルドルフ大学は盗用と結論し、1980年にシャーヴァンに授与した博士号をはく奪した。この時、シャーヴァンはドイツ連邦政府の教育研究大臣だった。4日後の2月9日(57歳)、教育研究大臣を辞任した。
デュッセルドルフ大学(University of Düsseldorf)。写真出典
- 不正:盗博(盗用博士論文)
- 国:ドイツ
- 成長国:ドイツ
- 研究博士号(PhD)取得年月日:2008年x月xx日(25歳)
- 研究博士号(PhD)取得大学:デュッセルドルフ大学(University of Düsseldorf)
- 分野:教育学
- 博士論文タイトル: Person und Gewissen. Studien zu Voraussetzungen, Notwendigkeit und Erfordernissen
heutiger Gewissensbildung
(英訳:Character and conscience — Studies on the conditions, necessities, and demands on the development of conscience in the present day)
(日本語訳:人格と良心-現代における良心の発達の条件、必要性、要求) - 博士論文指導教授:Prof. Dr. Gerhard Wehle、 Prof. Dr. Werner Heldmann
- 盗博発覚年:2012年1月16日(56歳)
- 盗用ページ率:28.9%(10.77%という記載もある)
- 研究博士号(PhD)はく奪状況:2013年2月5日(57歳)、はく奪
- 男女:女性
- 生年月日:1955年6月10日
- 現在の年齢:69 歳
- 発覚時地位:教育研究大臣
- ステップ1(発覚):第一次追及者はヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)のロバート・シュミット(Robert Schmidt、仮名)
- ステップ2(メディア):インターネット。ドイツの多数のメディア
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①デュッセルドルフ大学・調査委員会
- 結末:博士号はく奪。教育研究大臣・辞任
●2.【経歴と経過】
- 1955年6月10日:ドイツで生まれる
- 1980年(25歳):デュッセルドルフ大学(University of Düsseldorf)で教育学の博士号を取得
- 1982 – 1984年(27 – 29歳):アーヘン市議会議員
- 1991 – 1995年(36 – 40歳):ボンの教育財団・会長
- 1994 – 2005年(39 – 50歳):ドイツ・カトリック中央評議会・会長
- 2005年(50歳):ドイツ連邦議会・議員に当選。教育研究大臣
- 2012年1月16日(56歳):インターネットで盗博が指摘
- 2012年(推定)(56歳):デュッセルドルフ大学・調査委員会(第1回)、盗用ではないと結論
- 2012年(推定)(56歳):ロバート・シュミット(Robert Schmidt)が盗用の詳細な証拠をブログに発表
- 2013年2月5日(57歳):デュッセルドルフ大学・調査委員会(第2回)は盗用と結論し、シャーヴァンの博士号をはく奪した
- 2013年2月9日(57歳):教育研究大臣・辞任
●3.【動画】
【動画1】
盗博事件のニュース「German minister’s PHD revoked due to plagiarism」(英語)1分12秒
euronews (in English)が2013/02/05 に公開
★2013年01月28日:科学技術情報の今を知る「ドイツ: 教育研究大臣、論文盗用で政治家生命終焉か(nature blog紹介) 」
出典 →科学技術情報の今を知る(保存版)
1月23日付nature news blog”University investigates German research minister over plagiarism allegations“が現状を報じている。
それによると、教育研究大臣Annette Schavan氏の論文盗用疑惑は深く、デュッセルドルフ大学教授会は博士号取消し手続きの開始を決定したという。Schavan氏は、1980年当時は普通だった方法で他の論文を言い換え(paraphrase)引用したと無実無根を主張している。メルケル首相ほか著名科学者はSchavan氏を擁護するが、多くの学者は、研究不正疑惑は徹底解明すべきだとしている。
30年以上も昔の古傷で政治家生命が絶たれる日も遠くは無いようだ。
★2013年02月07日:Kate Millar著(訳者不明)、「ドイツ教育相に論文盗用疑惑、博士号剥奪 」
出典 →ドイツ教育相に論文盗用疑惑、博士号剥奪 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News、(保存版)
【2月7日 AFP】独デュッセルドルフ大学(Duesseldorf University)は5日、アンネッテ・シャバン(Annette Schavan)教育相(57)による33年前の博士論文が盗用あたるとして、同相の博士号を剥奪することを決めた。
デュッセルドルフ大学哲学部の学部評議会(定数15)は、「人間と良心」と題されたシャバン教育相の学位論文には、他の論文と一字一句違わない箇所が「かなりの部分」にわたって存在し、引用元を明記せず「体系的で意図的に」他者の文章を利用したと判断。賛成12、反対2、棄権1で同教育相の博士号剥奪を決めた。
★2013年(推定):千葉大学専門法務研究科名誉教授・手塚和彰〔Tezuka Kazuaki〕「ドイツ・ケルンから考えた日本――ケルン文化会館長異聞 第1回 日独の大学の在り方と博士号の価値 」、書斎の窓 | 有斐閣
出典 →書斎の窓 | 有斐閣(保存版)
現職の連邦教育相のアネッテ・シャヴァン(Annete Schavan)女史がヂュッセルドルフ大学に1980年に提出し、優秀だとの評価を得て、博士(教育)号を得ていた論文(タイトルは「人格と良心:Person und Ge-wissen」)につき、多数の剽窃・盗用があるとのインターネットでの投書(2012年1月16日)があり、同大学が調査委員会を立ち上げ、調査した結果、第一次の調査委員会の報告では、たしかに、多くのインターネットからのコピーがあるが、「重大だ」(schwerwiegend)とは言えない、との評価であった。
しかし、これに納得しない、「ロバート・シュミット」こと、仮名の追及者が、彼女の論文には剽窃とみなされる50か所、351頁中92頁に及ぶ盗用が発見できると指摘。
さらに、同大学の調査が続けられ、哲学部長の要請による委員会(教授3名、研究助手2名、学生代表1名からなる)の委員長シュテファン・ロールバッハー教授の結論(75頁に及ぶ鑑定)は「欺罔の意図は、全体像だけではなく、個別の重要な見解をも特徴づけている」と断じ、論文全351頁中60頁分が盗用であるとし、引用も孫引きが多いと指摘した(Handelsblatt, 16.oktober 2012, S. 6ff, Die Welt, 10. Oktober, 2012)。
結論として、「主要な欺罔の意図は、全体像の一般的なモデルに関するだけでなく、多数の重要な具体的なメルクマールに至るまで検証された」と断じ、これが故意になされたものであるとしている。
これが、一般人ならまだしも、現職の連邦の教育科学大臣(名誉教授も兼任)であったことから、これを受けて野党からは、これ以上連邦教育相の地位にとどまることはできないとの批判がなされ、他方、彼女を擁護する、アンゲラ・メルケル首相などとの間で、政争となっていた。
結局、アンゲラ・メルケル首相も、同僚として最も信頼してきたシャヴァン氏の辞任(13年2月)を涙ながら認めざるをえなかった。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
不正発覚の経緯は、4章の【日本語の解説】の引用が詳しい。繰り返さない。
●6.【盗用解析】
アンネッテ・シャーヴァン(Annette Schavan)の博士論文は以下の通り。
「Person und Gewissen. Studien zu Voraussetzungen, Notwendigkeit und Erfordernissen heutiger Gewissensbildung (人格と良心-現代における良心の発達の条件、必要性、要求)」
325ページの内の35ページに盗用が見られ、盗用ページ率は10.77%である(Analyse:As | VroniPlag Wiki | Fandom powered by Wikia)。なお、盗用ページ率は28.9%という記載もあり、本ブログでは28.9%を表に記載した。
★各ページの盗用分析
アンネッテ・シャーヴァン(Annette Schavan)の博士論文の各ページ毎に盗用分析がされている。盗用があるページは青色で、盗用がないページは赤色である。青色をクリックすると、各ページが開く。
次項で試しに、ランダムに選んだ141ページ目と216ページ目の盗用状況を見ることにしよう。
【141ページ目】
141ページ目。左側がシャーヴァンの博士論文で右が被盗用論文である。着色部分が同一である。逐語全文盗用ではなく、言い換え部分が多い。
【216ページ目】
216ページ目。左側がシャーヴァンの博士論文で右が被盗用論文である。着色部分が同一である。141ページ目と同じように、逐語全文盗用ではなく、言い換え部分が多い。
●7.【白楽の感想】
《1》盗用の基準
シャーヴァンの盗用ページ率は28.9%とドイツ盗博の中では中程度である(10.77%の記載もある。その場合は、ドイツ盗博の中ではかなり低い)。
ざっと見たところ、逐語盗用もあるが、ロゲッティング、つまり、言葉を言い換えている部分も多い。
シャーヴァンが博士論文を書く状況を想像してみよう。
いろいろと先行論文を調べ「人格と良心」というタイトルで論文を書くことにした。先行論文には、先人が多くの問題点や概念を素晴らしい文章で記述している。
論文なので、自分が研究した新しい発見を書くのだが、このテーマで新しい発見を書くには、それまでの学問的背景を十分に説明する必要がある。それに、新しい発見はそれまで蓄積された知に比べればわずかである。
先行論文の内容が98%で新しい視点が2%だったら、先行論文の文章を「言い換えて」使うしかない。しかし、98%の先行論文を全部引用したら、引用だらけになってしまい、自分の文章とみなされない。
それで、自分なりに先行研究を要約・解説しながら自分の博士論文を完成しようと、シャーヴァンが博士論文の執筆を計画した。と白楽は想像した。
博士論文は1980年に提出していて、この時代、インターネットもパソコンもない。コピペは安易にできなかった。ゼロックスコピー、つまり、紙にコピーした先行論文を、自分の博士論文にタイプしていったハズだ。
さらに、「博士論文を提出した1980年は、他人の文章を逐語ではなく、言い換えて使うなら、盗用ではないとされていた」、とシャーヴァンは主張した。
当時のドイツの学術界で「言い換えて使うなら、盗用ではない」のが「普通だった」かどうか、白楽は知らない。
だから、シャーヴァンは、自分なりに先行研究を要約・解説しながら自分の博士論文を完成したのだろう。
しかし、もし、シャーヴァンの主張「当時、言い換えて使うなら、盗用ではない」が正しければ、後から決めたルールで、盗用だと断罪するのは、納得できない。
また、もし、シャーヴァンの主張が正しければ、1980年頃の博士論文の大半は、盗博と判定されるだろう。
当時のドイツの博士論文の執筆作法は、本当は、どうなっていたのだろう?
《2》防ぐ方法
「博士論文を提出した1980年は、他人の文章を逐語ではなく、言い換えて使うなら、盗用ではないとされていた」、が間違いだったとしたら、シャーヴァンの盗博を防ぐには、どうするとよかったのか?
事件報道では「どうするとよかったのか?」という議論がほとんどない。盗博が生じた状況の説明はほとんどない。
白楽もわかりませんが、もしわかっても、30年以上前の状況が現代に役だつのかどうか、これも、確信はない。
《3》処分が軽すぎ
25歳の時に盗博で不当に博士号を取得し、50歳で、ドイツ連邦議会・議員に当選し、教育研究大臣になった。発覚したのは博士号を取得した32年後である
ズルして博士号を取得した恩恵を32年間も受けてきた。人生のいい時の32年間に、不当に、たくさんの金・地位・名声・知己・名誉を受けてきた。
それが、教育研究大臣を辞職することで、償えるのだろうか?
他の誰かが受けるべき、たくさんの金・地位・名声・知己・名誉を、不当に、奪ってきている。
それをどうしてくれるんだ?
《4》時効
32年前の盗博が指摘され、大学が博士号をはく奪した。57歳の教育研究大臣が辞任した。
盗博に時効がない。
ネカトに時効があっていい気もする。
一般に、ネカトに時効を設けない国が多いが、設けている国もある。処分のあり方とともに、明確な基準が必要に思う。どうしたらいいのか、そのうち、しっかり考えなければ、と思っている。
出典:http://www.faz.net/aktuell/politik/inland/annette-schavan-honoris-causa-12100652.html
●8.【主要情報源】
① アンネッテ・シャーヴァン(Annette Schavan)の盗博総合サイト:schavanplag(保存版)
② ウィキペディア日本語版:アンネッテ・シャーヴァン – Wikipedia
③ 2013年2月9日、NICHOLAS KULISHとCHRIS COTTRELLの「New York Times」記事:German Education Chief Quits in Scandal Reflecting Fascination With Titles – The New York Times(保存版)
④ アンネッテ・シャーヴァン(Annette Schavan)の画像 | Getty Images:Annette Schavan ストックフォトと画像 | Getty Images
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