盗博VP152:ウルズラ・フォンデアライエン(Ursula G. von der Leyen)(ドイツ)

2017年3月1日掲載。

ワンポイント:盗博サイトのヴロニプラーク・ウィキの152番目。医学界から政界に転身した7人の子供を持つドイツ人の有力政治家で、ドイツで最初の女性の国防相になった。1991年(32歳)にハノーファー医科大学で医学の博士号を取得した。2015年9月26日(56歳)に盗博がバレたが、「過失があったが、意図的な不正ではない」と、博士号ははく奪されなかった。国防相を辞任していない。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.盗用解析
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

ウルズラ・フォンデアライエン(Ursula G. von der Leyen、ウルズラ・フォン・デア・ライエン、写真出典)は、1991年3月15日(32歳)にハノーファー医科大学(Hannover Medical School)で医学の博士号を取得した。後に政治家になり、2013年12月17日(55歳)、ドイツで最初の女性の国防相に就任した。

2015年9月26日(56歳)、ヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)が盗博を告発した。152番目の事件である。
→ 1‐4‐10.ヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)

2016年3月9日(57歳)、ハノーファー医科大学は、「盗博の過失があったが、意図的な不正ではない」と、博士号をはく奪しなかった。

ハノーファー医科大学(Hannover Medical School)。写真出典

  • 不正:盗博(盗用博士論文)
  • 国:ドイツ
  • 成長国:ドイツ
  • 研究博士号(PhD)取得年月日:1991年3月15日(32歳)
  • 研究博士号(PhD)取得大学:ハノーファー医科大学
  • 分野:医学
  • 博士論文タイトル:C-reaktives Protein als diagnostischer Parameter zur Erfassung eines Amnioninfektionssysndroms [sic] bei vorzeitigem Blasensprung und therapeutischem Entspannungsbad in der Geburtsvorbereitung
    (日本語訳):出産前段階での早期膜破裂と治療的リラックス風呂において、羊膜感染症候群の診断パラメーターとしてのC 反応性タンパク質
  • 博士論文審査教授: Prof. Dr. Axel GehrkeProf. Dr. Henning Zeidler
  • 公開:  Hannover 1990. → Nachweis Deutsche Nationalbibliothek
  • 盗博発覚年月日:2015年9月26日(56歳)
  • 盗用ページ率:43.5%
  • 盗用文字率:約15%
  • 研究博士号(PhD)はく奪状況:2016年3月9日(57歳)、はく奪なし
  • 男女:女性
  • 生年月日:1958年10月8日
  • 現在の年齢:65 歳
  • 発覚時地位:国防相
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)の法学教授のゲアハルト・ダンネマン(Gerhard Dannemann)
  • ステップ2(メディア):
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ハノーファー医科大学・調査委員会
  • 結末:博士号はく奪なし。地位維持

●2.【経歴と経過】

  • 1958年10月8日:ベルギーのブリュッセルで生まれる。父親は後に、ドイツのニーダーザクセン州首相
  • 1977年(18歳):ドイツのゲッティンゲン大学に入学。経済学専攻。すぐに、ドイツのミュンスター大学に転学、その後、英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに転学
  • 1980年(21歳):ドイツのハノーファー医科大学に入学し直す
  • 1986年(27歳):結婚。その後、7人の子供をもうけた
  • 1987年(28歳):医師国家試験に合格
  • 1991年3月15日(32歳):ハノーファー医科大学で医学・博士号取得
  • 1992年(33歳):夫が米国・スタンフォード大学に移籍したことで、家族で米国に移住
  • 1996年(37歳):ドイツに帰国し、ハノーファー医科大学の疫学・社会医学・保健システム研究部で助手
  • 2001年(42歳):公衆衛生学修士号を取得
  • 2005年11月(47歳):第1次メルケル内閣の家族相
  • 2009年(50歳):ドイツ連邦議会議員に初当選し、家族相として留任
  • 2013年12月17日(55歳):ドイツで最初の女性の国防相
  • 2015年9月26日(56歳):24年前の盗博が発覚
  • 2016年3月9日(57歳):ハノーファー医科大学は、「盗博だが、間違いだった」とし、博士号をはく奪しなかった

●3.【動画】

 

 

【動画1】
「盗博」事件ニュース。「Plagiatsvorwürfe Hälfte der Doktorarbeit kopiert Ursula von der Leyen streitet Vorwürfe ab 」(ドイツ語)1分17秒
N-F-G-11 が2015/09/28 に公開

【動画2】
「学歴詐称」事件ニュース。「Germany: DM Ursula von der Leyen did not ‘misuse’ Stanford name – DM spokesperson」(ドイツ語)1分55秒
Ruptly TVが2015/10/12 に公開

●4.【日本語の解説】

★2007年xxx日(推定):高橋容子「ウルズラ・フォンデアライエン

出典 → ウルズラ・フォンデアライエン – ドイツ生活情報満載!ドイツニュースダイジェスト保存版

1958年10月8日ブリュッセル生まれ。90年にCDU入党。現在メルケル政権で青少年・家族相を務める

勤務時間を短縮して育児を引き受ける親に対し、所得に応じて月額300〜1800ユーロの両親手当(Elterngeld)を支給する制度を提唱、今年1月1日の0時に施行させた。このため、年明けまで出産を遅らせる妊婦が続出。フォンデアライエン連邦家庭相は一躍時の人になった。

ニーダーザクセン州で州首相を務めたエルンスト・アルブレヒト(CDU)を父に持つ。ドイツでは珍しい2世の政治家だが、表舞台に登場したのは遅い。まずは医学を修め、ハノーファー大学病院の産婦人科に医師として勤務。同僚と結婚し、4年間米スタンフォード大学経済大学院で学んだのち、再びハノーファー大で社会衛生学を研究してきた。同時に子供を7人産んでいる。スーパーキャリア・ママの政治家として話題になったのは03年4月。ニーダーザクセン州のヴルフ新政権から社会相へと抜擢されてからだった。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

http://fanpix.famousfix.com/gallery/ursula-von-der-leyen/p44879135

1991年3月15日(32歳)、ウルズラ・フォンデアライエン( Ursula G. von der Leyen )は、ハノーファー医科大学で医学・博士号を取得した。(1990年に博士号取得とする記事もある。以下、混在のまま書く)

父親が政治家だった影響で、40歳ころから急速に、医学界から政界へと転身した。

2013年12月17日(55歳)、ドイツで最初の女性の国防相に就任した。

★「盗博」事件

2015年9月27日(56歳)、フンボルト大学ベルリンの法学教授のゲアハルト・ダンネマン(Gerhard Dannemann) が、24年前の1990年のフォンデアライエンの博士論文には、62ページの内の27ページに盗用があると、ヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)で、フォンデアライエンの盗博を告発した。

フォンデアライエンは、「授与したハノーファー医科大学に調査してもらいましょう」と応じた。

半年がたった。

2016年3月9日(57歳)、発覚半年後、ハノーファー医科大学のクリストファー・バウム学長(Christopher Baum、写真同)は、「確かに盗博だが、だます意図はなかった。これは間違い(mistake)であって、ネカト(misconduct)ではない」と、フォンデアライエンの博士号をはく奪しなかった。

★「学歴詐称」事件

1992年(33歳)、夫が米国・スタンフォード大学に移籍したことで、フォンデアライエンは家族で米国に移住した。

フォンデアライエンは、この時の経験を自分のウェブサイトに「1993年:米国・スタンフォード大学・ビジネス大学院のauditing guest(監査ゲスト?)」に在籍したと書いていた。

2015年10月11日(56歳)、米国・スタンフォード大学の代表者は、フォンデアライエンはスタンフォード大学のいかなるコースも卒業していない。その場合、履歴書に書くのはおかしい。それに、スタンフォード大学に「auditing guest(監査ゲスト?)」という職位はないと批判した。
→ Stanford accuses von der Leyen of misrepresentation | News | DW.COM | 11.10.2015

この学歴詐称事件は、その後、大きな問題には発展しなかった。

フォンデアライエンは、スタンフォード大学・ビジネス大学院のクラスには何回か出席したようで、まあ、学歴詐称といっても実態との差は小さい。単純な「間違い」かもしれない。

白楽の印象では、「詐称」的要素はあるにしても、取り立てて非難するレベルではないと思う。というのは、この「詐称(?)」で、大きく得することはないと思うからだ。
AFP/Getty。写真:出典

★指紋ハッキング事件

ネカトとは関係ないし、フォンデアライエンは被害者だが、以下の話題もある。

2015年、政治家の記者会見で撮影された写真からその政治家の親指の指紋を複製することに成功したドイツ人ハッカーが登場し、世界に衝撃を与えた。

その驚きの手法は、ドイツに拠点を置くハッカー集団「カオス・コンピューター・クラブ」(CCC)が同年10月に開いた年次総会で発表されている。

ハッカーが使ったのは、ドイツのウルズラ・フォン・エア・ライデン国防相の親指を写した写真数枚。(2017年1月12日記事: スマホ写真で指紋を復元 現実に起きていた「指紋盗撮」 : J-CASTニュース

英文記事と写真(下)の出典:2014 年12月28日の「DW.COM 」記事:German Defense Minister von der Leyen′s fingerprint copied by Chaos Computer Club | News | DW.COM | 28.12.2014

ただ、海外では、2014 年12月に報じられているのに、日本で話題になったのは、その2年後である。セキュリティ関連の事件が、2年も遅れて日本に報道される日本の鈍感さよ。日本のセキュリティ、大丈夫?

●6.【盗用解析】

ウルズラ・フォンデアライエン(Ursula G. von der Leyen )の博士論文のタイトルは 「C-reaktives Protein als diagnostischer Parameter zur Erfassung eines Amnioninfektionssysndroms [sic] bei vorzeitigem Blasensprung und therapeutischem Entspannungsbad in der Geburtsvorbereitung
(日本語訳):出産前段階での早期膜破裂と治療的リラックス風呂において、羊膜感染症候群の診断パラメーターとしてのC 反応性タンパク質」である。

博士論文の盗用分析図は以下の5色のバーコードである。博士論文は62ページ、盗用ページ率は43.5%、盗用文字率は約15%だった。

なお、元の盗用分析図では、バーコードがページ毎の盗用分析にリンクしている。→ http://de.vroniplag.wikia.com/wiki/Ugv

★イラスト表示

以下はページ毎に色分けしたイラスト表示である。

盗用の色分けは、灰色= 逐語盗用(コピペ、文献提示なし)、赤色 = 加工盗用(ロゲッティング、文献提示なし)、黄色 =流用部分が曖昧な盗用(文献提示あり)、 青色 = 翻訳盗用、である。緑色は? ピンクは?

★各ページの盗用分析

ウルズラ・フォンデアライエン(Ursula G. von der Leyen )の博士論文の各ページ毎に盗用分析がされている。盗用があるページは青色で、盗用がないページは赤色である。青色をクリックすると、各ページが開く。

Haupttext
001002003004005006007008009010011012013014015016017018019020
021022023024025026027028029030031032033034035036037038039040
041042043044045046047048049050051052053054055056057058059060
061062

【21ページ目】

1例として、21ページ目(つまり、021)をクリックすると、盗用比較図が出てくる。以下はその1部分を示した。

左側がウルズラ・フォンデアライエンの博士論文で右が被盗用論文である。着色部分の文章が同一である。

単語は流用しているけど、数ページにわたる逐語盗用ではない。加工盗用(ロゲッティング)である。

白楽の意見は、専門用語を別の単語に言い換える必要はないし、言い換えるのは難しい。白楽は、流用しても盗用とは思わない。

博士論文全体では盗用という判断が妥当なのかもしれないが、上に示した21ページ目の部分部分を見ると、盗用と断定するのは疑問だと感じる。

白楽は、論文では、新発見の内容が重要であって、文章は他人の文章の流用でもよいとする、少数派である。科学論文は小説とは違い、文章の創作性・芸術性はどうでもいい。

なお、白楽は、ウルズラ・フォンデアライエンの博士論文の全ページの盗用分析をチェックしていない。一部の単語の類似性だけ取り上げて、論文全体の盗用の判断はできない。盗用かどうかの判断は、全体の枠組みやアイデアを把握する必要がある。

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●7.【白楽の感想】

《1》政治的?

フォンデアライエンの盗用ページ率の43.5%、盗用文字率の約15%は、決して低くない。

2016年3月9日(57歳)、発覚半年後、ハノーファー医科大学のクリストファー・バウム学長(Christopher Baum)は、「確かに盗博だが、だます意図はなかった。これは間違い(mistake)であって、ネカト(misconduct)ではない」と、フォンデアライエンの博士号をはく奪しなかった。

「盗博なのに、ネカトではない」なら、「盗博で、ネカトである」場合との違いを示してほしい。つまり、博士号がはく奪される場合の盗博とされない場合の盗博の違い、さらに言えば、罰する盗用基準(線引き)を具体的に示してほしい。

ハノーファー医科大学は、政界からの圧力を受けていないだろうが、感じてはいただろう。白楽は、政治的判断を優先したなと感じた。

ドイツ社会は盗博にうんざりし、大学も国民も、博士号をはく奪したくない気分なのかもしれない。しかし、ドイツ社会が盗博ウミを出しているこの機会に大掃除と新しい規範を確立しないと、将来に禍根が残るだろう。

http://www.emma.de/fmt-persons/leyen-ursula-gertrud-von-der

http://www.ursula-von-der-leyen.de/

●8.【主要情報源】

① ヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)のウルズラ・フォンデアライエン(Ursula G. von der Leyen)サイト:Ugv | VroniPlag Wiki | Fandom powered by Wikia
② ウィキペディア・英語版:Ursula von der Leyen – Wikipedia
③ 2015年9月28日のグレッチェン・フォーゲル(Gretchen Vogel)記者の「Science」記事:German defense minister accused of plagiarism | Science | AAAS保存版
④ ウィキペディア・日本語版(盗博事件の記載はない):ウルズラ・フォン・デア・ライエン – Wikipedia
⑤ 2016年3月9日の「BBC News」記事:German Defence Minister Von der Leyen cleared of plagiarism – BBC News保存版
⑥ 本人のウェブサイト:Ursula von der Leyen | Bundesministerin der Verteidigung
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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