2016年12月20日掲載。
ワンポイント:【長文注意】。研究ネカトと告発されたらどうする? バレたらどうする? ①訓練生(学部生、院生、ポスドク)、②大学教員・研究所研究員、③学長・社長・政治家・有名人で状況が異なる。さらに、それぞれ、(A)研究ネカトをしてしまったケース、(B)研究ネカトをしていないのに指摘されたケースで異なる。その上、各国毎に異なる。ネカトの質と量でも異なる。つまり、実際の学術界で起こる研究ネカトは、千人千様である。とはいえ、それなりの共通点もある。潔白でも学内抗争で研究ネカトと告発されると、研究者として死活問題である。そして、潔白でなければ、ダメージを最小に抑えたい。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.米国でならどうする?
3.米・カナダ・欧で許されるかも? のケース
4.日本でならどうする?
5.白楽の感想
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●1.【概略】
他人から、パブピアなどから、所属機関から、研究ネカトと指摘された。どうするとよいか? 研究ネカトをしていないのに嫌疑をかけられた人に適切な指針を示したい。ネカトを擁護する気はないが、してしまった人にも適切な指針を示したい。行為を憎んで人を憎まずである。
どうするとよいのか? どんなことが待ち受けているのか? 考えてみよう。
実は「どうするとよいか?」は確立してない。方法を解説しているサイトはない(と思う)。白楽流の視点で書くが、白楽もよくわからない。本記事に従って行動し、うまく処理できなくても責任はとれない。つまり、自己責任です。
2章で、米国でのケースを参考に示す。ただし、日本と米国は、研究ネカトの対処がかなり異なる。その他の国も、研究ネカトの対処は「少しから~とても」まで、それぞれ異なる。外国で研究する場合、渡航前に日本で、さらに、渡航後に当該国で、その国の研究ネカト基準・処罰・対処法のガイダンスがあるとよいのだが、ガイダンスはない(と思う)。
一般論として、日本人が外国で研究ネカトをした、あるいは嫌疑をかけられた場合、欧米先進国なら、日本でのケースよりかなり厳しい。アジアだと、日本より甘い国もある。
かつては、外国で研究ネカトしても日本に帰ってくれば、日本では問題視されない時代があった。しかし、2016年12月19日現在、それはあまり期待しない方がいい。外国での研究ネカト情報は容易に日本にも伝わる。外国で処罰された研究ネカトなのに、帰国後の日本でも処罰されたケースもある。
→ タカオ・タカハシ、高橋孝夫(Takao Takahashi)(米)
4章で、日本人が日本で起こしたケースを考える。
最終的に、研究ネカトの判定はシロかクロの二者択一になる。しかし、実際の「薄いグレー、濃いグレー」行為のどこかに線引きし判定する。つまり、程度問題である。自分では「薄いグレー」と思っても、クロと判定される場合もある。
また、判定は、神様が判定するのではない。あなたと同じような「人間」が判定するのである。公正な判定を過度に期待しないほうが良い。あなたを救うのは、あなたの知識・スキル・行動そしてプロの研究ネカト管理士である。イヤイヤ、プロの研究ネカト管理士なんていません。弁護士がいいでしょう。
そして、あなたを救う最大の武器は予防である。つまり、研究ネカトをしない、疑念を持たれない、ことだ。それには、白楽のこのサイトを隅から隅まで読んで、研究ネカトをしっかり習熟することだ。ナニ、すでに、告発されていて、今さら予防と言われても、もう遅いって?
●2.【米国でならどうする?】
★とにかく、必読
以下は必読です。
→ 研究ネカト被告発者が後悔する8つの無知:カラン・シュタイン(Callan Stein)、2015年8月13日
なお、米国での対応過程とともに専門英語を習得しておこう。日本も同じ過程で進みます。
研究不正に関する対応の基本的な手続は、研究不正の告発(allegation)から始まる。告発する者を告発者(complainant)、告発される者を被告発者(respondent)といい、告発が受け付けられると、予備調査(inquiry)、本調査(investigation)を経て研究不正の事実が認定(finding)される。その後行政的措置(懲戒処分、研究費返還等)に関する裁定(adjudication)が下される。これらの認定、裁定には、不服申立て(appeal)も可能である。(小林信一「我々は研究不正を適切に扱っているのだろうか(上)―研究不正規律の反省的検証―」、レファレンス 2014年9月号25-45 )
★予告なく、突然、証拠物品(研究ノート、スライド、試料)と電子記録(ESI)が差し押さられる
ポール・ターラー弁護士(Paul Thaler)は後で紹介するが、ターラー弁護士とカレン・カラス弁護士(Karen Karas、写真出典) が恐ろしい現実を書いている。
研究ネカトと大学・研究機関に告発されたら、大学・研究機関は、事前通告することなく、アナタの証拠物品(研究ノート、スライド、試料)と電子記録(ESI)を差し押さえる権利と義務がある。
そうなったら、アナタはどうする? は後で考えるにして、まず。そういう現実があることを知っておこう。
現代の訴訟では、電子記録(electronically stored information:ESI)が見つかるか、見つかったとしてもどの部分の電子記録が証拠として重要か、データが消失したのを復元できかなど、電子記録が問題になることがある。
研究ネカト事件の訴訟では、上記の点は、他の事件とかなり異なる。研究ネカト事件の訴訟では、電子記録(ESI)を見つけたかどうかの論争は全くない。というのは、所属研究者のネカト疑惑が大学・研究機関に通報されると、政府の助成を受けている大学・研究機関は疑惑研究者のすべてのネカト関連記録――証拠物品(研究ノート、スライド、試料)と電子記録(ESI)――を差し押さえる権利と義務がある。
差し押さえは、大学・研究機関がネカト嫌疑を研究者に伝える前に行なわれる。大学・研究機関には実験室の全ハード・ドライブを押収し保存する権限が与えられている。場合によっては、告発された研究者の所有するハード・ドライブだけでなく、共同研究者の所有するハード・ドライブも押収し保存する権限が与えられている。
健康福祉省(Department of Health and Human Services)から助成を受けた研究の研究ネカトは、連邦規則第42条第93章305項(42 C.F.R. §93.305)に従うことになる。
→ 連邦規則第42条第93章305項(42 C.F.R. §93.305):「研究記録と証拠の保存と押収の責任(Responsibility for maintenance and custody of research records and evidence)」
NIHは健康福祉省に含まれる。米国の生命科学研究のほぼ全部がNIHから助成を受けているので、米国の生命科学研究のほぼ全部が連邦規則第42条第93章305項「研究記録と証拠の保存と押収の責任」の対象になる。
原文では、以下に連邦規則第42条第93章305項の全文章を記載している。白楽は面倒なので(a) (b)の概略だけを示す。法律文章なので、厳密には原文をあたってください。
(a) 大学・研究機関は、告発(allegation)、予備調査(inquiry)、本調査(investigation)のいずれかを被告発者に告知してすぐに、あるいは、告知する前に、被告発者のすべての研究記録と証拠を即座に強制的に押収しなければならない。
(b) 妥当なら、被告発者に研究記録のコピーを与える、研究記録へのアクセスを監督下で行なう。
(c) (d)白楽が省略
上記の連邦規則に決められたように、研究ネカトは通常の訴訟と異なり、被告発者(研究者)は、法廷に何を提出するか、あるいは、何を提出しないかを決める機会はない。状況に依存するが、押収された研究関連物品は調査が終わるまで押収されている。ということは、数か月、1年、あるいは1年以上、自分の研究関連物品にアクセスすることが制限される。
自分の研究関連物品にアクセスする件で裁判官に交渉することはできない。被告発者(研究者)の研究関連物品の押収と保管に関しては、大学・研究機関だけが責任と権限を持つ。
ナントも激しい、しかし、連邦規則は実効性のある調査手法を定めているのである。
上記の手法が米国では当然実施されている。それで。米国の事件では、このことはイチイチ言及されない。それで、米国の事例ではなく、フィンランドや英国の事例だが、事前通告なく、突然、証拠物品(研究ノート、スライド、試料)と電子記録(ESI)が差し押さられた被告発者の状況を例に挙げておこう。
→ 「非ネカト」:マテヤ・オレシ(Matej Orešič)(フィンランド)
→ ロバート・ライアン(Robert Ryan)(英)
★弁護士を雇う
白楽自身は弁護士を雇った経験はないが、研究ネカトと疑われたら、バレたら、証拠物品(研究ノート、スライド、試料)と電子記録(ESI)が差し押さられたら、優秀な弁護士を雇うことだ。米国と欧州では、弁護士を雇うことが、ここ数年、急増している。
米国ではなくドイツだが、ウェンツ事件のティナ・ウェンツは、著名人の訴訟問題を扱うことで有名な法律事務所ヘッカー社の弁護士を雇った。結局、ケルン大学は調査の結果、ティナ・ウェンツの論文に研究ネカトがあったと発表したが、ティナ・ウェンツにとって、弁護士を雇わないより、雇ったほうが結果は良好だったろう(推定)。
→ ティナ・ウェンツ(Tina Wenz)(ドイツ)
米国のクマール事件では、大学の不当な扱いに対して、800万ドル(約8億円)の損害賠償を訴え、最終的には大学と示談し、クマールは教授職をキープしている。大学職員のいい加減な対処を優秀な弁護士が突いたので、かなり有利な示談で決着した(示談内容は非公開なので推定である)
→ ラケシュ・クマール(Rakesh Kumar)(米)
クマールが雇った弁護士は、やり手のポール・ターラー(Paul Thaler、写真出典)だった。
ターラーは、親族・兄弟に学者や弁護士が多く、また、研究ネカトの法的処理で100件以上、25年の経験がある。母親(Barbara Mishkin)も弁護士で、研究公正局の初期の規則を作成したり、大学・研究機関の研究ネカト事件の処理に貢献した。ターラーは、その母親を補佐する形で研究ネカト事件の法的処理に参入した。
100件以上あるそうだが、どの事件に関わったか公表されていない。白楽が感知した他の事件を挙げると、アガワル事件でアガワルの弁護士になっていた。
→ 「バラット・アガワル(Bharat Aggarwal)(米)」
★ポール・ターラー(Paul Thaler)弁護士の考え・人となり
撤回監視がポール・ターラー(Paul Thaler)弁護士にインタビューしている。ターラー弁護士の研究ネカトに対する考え、親族・人となりが理解できる。
→ 2016年6月28日のシャノン・パルス(Shannon Palus)の撤回監視記事:Here’s why this lawyer defends scientists accused of misconduct – Retraction Watch at Retraction Watch
ターラー弁護士の意見をまとめよう。
研究ネカトをしてしまった場合でもその悪さの程度はいろいろある。米国連邦政府が定義するネカトでクロと判定されれば、米国連邦政府の官報に公示される。これは、非常に衝撃的で科学者のキャリアに致命的なことは明白である。
しかし、クロと判定するには、連邦規則に示されている一定のネカト行為の証拠が必要で、ネカトと告発されても、連邦政府の定義する研究ネカトに当てはまらないこともある。また、研究ネカトを調査する所属大学は独自の規則を定めていて、その規則が、標準とズレていることもある。
研究ネカトの対処の最終目標は、研究公正を維持することである。一般社会でも、犯罪で逮捕されたすべての人が、悪い人間(bad people)というわけではない。罪を償った後、社会に大きく貢献するかもしれない。 同じように、研究ネカトを犯した研究者もまた、必ずしも学術界から排除される必要はない。そして忘れてはならないのは、研究ネカトの嫌疑をかけられたが、潔白が証明された研究者はたくさんいる、ということだ。
撤回監視が質問する。
大学・研究機関は研究ネカトの調査を秘密にする。「有罪と証明されるまで無罪」という原則である。一方、ある割合の人々(含・撤回監視)は、研究ネカト調査にはもっと透明性が必要だと考えている。透明性を高めることで、研究者は他の研究者の誤りから学ぶことができる。(調査員の選定、調査の分析・解釈の公正さ、結論の公正さがチェックでき、調査の健全さが保てる・・・白楽の補充)。研究助成機関は限られた予算をより有効に配分できる。あなたはどちら側なのか?
ターラー弁護士が答える。
最初に、連邦規則や大学・研究機関の規則は、研究ネカトの被告発者を秘密扱いにするよう定めている、ことを指摘したい。つまり、開示することは禁じられている。例外は「知る必要」原則である。研究ネカト・調査委員会を発足させるまでは「知る必要」原則が適用される。研究ネカトが起こっていることを知らされなければ、調査委員会を立ち上げることはできない。
研究者にとって、研究ネカト絡みのプライバシーはとても重要である。そもそも、単に研究ネカトと告発された研究者のことを、一般大衆が知る必要も、知る権利もない。
一般大衆が知る権利があるのは、悪事と判定された研究者についてである。悪事と判定された時点で、一般大衆に知らさせ、警報が出される。
しかし、研究者にとって、研究者としての評判は研究キャリアにとても重要で、一度、研究ネカト疑惑が公表されれば、告発の幽霊が、一生、研究者としての評判を頻繁に傷つけることになる。
従って、研究ネカトの調査が完全に終わるまで、一般大衆に公表せず、調査過程の機密を守ることは必要である。
確かに、私達は、科学に悪影響を与える悪事を働いた研究ネカトの実態について知りたい。しかし、本来は良い研究者(good scientists)なのだが、学内政治抗争に巻き込まれ、研究ネカトの嫌疑がかけられた研究者を一般大衆に知らせる必要はないし、知らせるべきでもない。
★クロと判定されても研究者として生きのびる
出典 → 2008年8月8日、フィリップ・ボール(Philip Ball)の「Nature」の記事:Crime and punishment in the lab : Nature News(保存版)
出典 → 2008年8月12日:Yun Xieの「Ars Technica」 記事:「研究ネカトでクロの行く末(What are the consequences of scientific misconduct?)」:What are the consequences of scientific misconduct? | Ars Technica
米国・研究公正局で、研究ネカトでクロと判定された後、研究者はどうなったのだろうか?
フィラデルフィア大学のレッドマンとメルツが「2008年のScience」論文で、「研究ネカトは刑事犯が適切?(Scientific misconduct: do the punishments fit the crime?)」という論文を書いた。
→ 無料閲覧不可(白楽は未読):Redman, B. K. & Merz, J. F. Science 321, 775 (2008).: Scientific misconduct: do the punishments fit the crime?
レッドマンとメルツの「2008年のScience」論文は、研究ネカト者の約2割が学術界に復帰して研究活動をしていたというものだった。(白楽注:白楽のデータでは、2%程度だ。2割はとても多い。何かの間違い?)
1994-2001年の8年間で、研究公正局は106人の研究者をクロと判定した。106人の内、院生・ポスドク・テクニシャンが63人で、残りの43人が確立した研究者である。
43人の研究者の内、17人は1回の違反で、残り26人は複数回の違反である。28人を追跡調査できたが、10人は学術界で働いていた。28人の内、7人とインタビューできたが、年平均1.3報の論文を出版していた。
白楽としては、「43人のクロ研究者の内10人は学術界で働いていた」という、この数値は信じられない。研究公正局がクロと判定したら、研究業界から排除するのが米国の原則だ。
だから、研究以外に生きる道を探すのをおススメする。
クロ判定後、米国で研究者として生き延びている人は少数である。しかし、日本人なら、以前より厳しくなったとはいえ、日本に帰国すれば、米国に比べれば研究者としてかなり生き延びやすいだろう(おススメしませんが)。
米国でクロと判定されたネカト研究者が研究を続けた例を別記事にまとめてある。日本に帰国した日本人も約10人いる。研究者名を再掲しないが、以下のサイトをご覧ください。
→ 研究ネカト者が研究を続けた | 研究倫理(研究ネカト)
→ 研究者の事件一覧(世界:生命科学) | 研究倫理(研究ネカト)の一覧表の「検索」に「日本」と入れてください。
●3.【米・カナダ・欧で許されるかも? のケース 】
研究ネカトをしたが(あるいは疑惑段階)、許されたケースがある。米国を中心に探ってみた。
なお、撤回監視が研究ネカト関連で「(研究者として)正しいことをした(doing the right thing)」と推奨している行為がある。どんな行為が「(研究者として)正しいことをした(doing the right thing)」とされているのか、ヒマな時に、米国標準の習得をオススメする。
→ doing the right thing Archives – Retraction Watch at Retraction Watch
★17年前なら不問に付す
出典 → 2016年9月23日のアリソン・マクック(Alison McCook)の撤回監視記事: Author asks to retract nearly 20-year old paper over figure questions, lack of data – Retraction Watch at Retraction Watch
撤回監視の「(研究者として)正しいことをした(doing the right thing)」の1つである。
2016年、「1999年のJ. Biol. Chem.」論文のデータねつ造疑惑がパブピアで指摘された。
Peer 1:( August 30th, 2016 8:39am UTC )
出典:https://pubpeer.com/publications/DD6A82A89875C34B3324BB628A1125#fb68462
同じ画像を別のバンドとして使用していることが明白で、データねつ造である。
論文の書誌情報は以下の通りであある。
L Ruel, V Stambolic, A Ali, A S Manoukian, J R Woodgett, J. Biol. Chem., 274 (1999)
カナダのジム・ウッドゲット(Jim Woodgett、最後著者)研究室のポスドクだったローラン・リュエル(Laurent Ruel)が第一著者で、ローラン・リュエルが画像をねつ造・改ざんした。
しかし、ローラン・リュエルは1999年にウッドゲット研究室を去り、2016年現在、フランスのニース・ソフィア・アンティポリス大学(University of Nice Sophia Antipolis)に所属している。
2016年になって、ねつ造疑惑が生じた。ローラン・リュエルはオリジナル・データを保存しているかと問われ、保存していないと答えた。そりゃそうだ。17年前にポスドクで過ごした研究室の論文のオリジナル・データを持っていないだろう。それで、ボスのウッドゲットは論文撤回を依頼した。
オリジナル・データを保存していないと調査は難しい。撤回論文(予定)のネカトで、しかも、現在他国にいる17年前のポスドクの研究ネカトを調査する意味があるのだろうか?
ウッドゲットがパブピアの指摘に素早く誠実に対応したことで、問題が大きくなっていない。この点を、撤回監視は「正しい行為(doing the right thing)」と認定した。
そして、データねつ造した(推定)ローラン・リュエルは調査されないし、ペナルティも科されていない。
つまり、約17年前のネカト行為は不問に付された。
そして、いくつかの国には研究ネカトの時効がある(別記事に書く予定)。
なお、行為が古ければ不問に付される、とは限らない。例えば、ドイツのアネッテ・シャヴァン教育相は約30年前に提出した博士論文の盗用で博士号がはく奪され、教育相を辞任している。
★ネカトを告白した方がいい、しない方がいい?
撤回監視の「(研究者として)正しいことをした(doing the right thing)」の1つである。
出典 → 2014年4月20日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)の撤回監視記事:Brutal honesty: Author takes to PubPeer to announce retraction – and tells us she’ll lose PhD, professorship – Retraction Watch at Retraction Watch
日本人のネカトだが、論文は「2007年のOncogene」論文で、第一著者の鈴木絵里子(Suzuki Eriko)がカリフォルニア大学ロサンゼルス校のベンジャミン・ボナヴィダ(Benjamin E. Bonavida)研究室で行なった研究成果の論文である。
2014年、パブピアに「2007年のOncogene」論文の疑念が示された。その時、鈴木絵里子(Suzuki Eriko)は、既に、米国から日本に帰国し、博士号を取得し、大学教員になっていた。
パブピアのコメントに、鈴木絵里子は図を間違えたので論文撤回すると日本から返信したあと(I have already contacted the Oncogene editorial office and asked to retract the paper.)、「博士論文に関連データを使用しているので、博士号がはく奪され、現在の職が解雇されるだろう(Since relevant data were included in my Ph.D thesis, my degree and position will be rescinded.)」と述べた。
つまり、博士号がはく奪され、大学教員を解雇される覚悟で、自分でネカトを告白した。この正直さ、誠実さを、撤回監視は「(研究者として)正しいことをした(doing the right thing)」と認定した。
ところが、2016年7月8 日時点の「世界変動展望」の解説では、博士号ははく奪されていない、大学教員も解雇されていない。
この論文はPubPeerで画像の捏造、改ざんが指摘されていた。鈴木絵里子はリトラクションウォッチの取材に対して「Since relevant data were included in my Ph.D thesis, my degree and position will be rescinded.」と回答。鈴木絵里子は2008年に慶応大で博士(理学)を取得。この論文は博士論文の基礎なのだろう。それが捏造、改ざんかその疑義で撤回されたのだから、学位や地位が剥奪されると回答しても不思議ではない。
現在のところ慶應大が鈴木絵里子の博士を取り消した事や調査の公表はない。東京農工大もこの件について何も公表していない。(出典:2016年7月8 日の「世界変動展望」記事:鈴木絵里子 東京農工大らの論文が不適切さのため撤回! – 世界変動展望)
米国での研究ネカトを日本の大学・研究機関が調査するのは、かなり大変である。
この事件から、自分でネカトを告白すると研究ネカトが不問に付されるかもしれない、との教訓を学んで良いだろうか? イヤイヤ、米国では不問に付されない(多分)。日本の大学だから不問に付された可能性が高い。
一般的には、告白しても許されないと思ったほうがいい。博士号ははく奪され、大学教員は解雇される。
メレディス・フォーブスは米国のアルベルト・アインシュタイン医科大学・院生で、指導教授と提出する予定の博士論文の内容をディスカションしていた。そのディスカションしている時、自分が研究ネカしていたと告白した。
→ メレディス・フォーブス(Meredyth Forbes)(米)
告白した時は、まだ、誰からもネカト疑惑を指摘されていなかった。それでも、というか当然、アルベルト・アインシュタイン医科大学及び研究公正局はネカト調査をし、クロと判定し、処分を科している。本人は大学院を退学した。
むしろ、以下に示すように、安易な告白は事態を不利にする可能性が高い。
→ 研究ネカト被告発者が後悔する8つの無知:カラン・シュタイン(Callan Stein)、2015年8月13日の【3.研究ネカトの責任を認めると、研究公正局(ORI)の処罰は軽減するかもしれないが、法廷では痛手となる】。
★故人・重要人物は無処分
故人は無処分と言われても、研究ネカト処分を避けるために今さら故人になるわけにもいかない。「研究ネカトと告発されたらどうする? バレたらどうする?」の役には立たないけど、マー、知っておこう。
また、重要人物が無処分の例を1例挙げる。例外的なケースである。こちらも、告発されて数日のうちに重要人物になれるわけではないけど、「マー」ついでに、知っておこう。なお、基本的には、ノーベル賞受賞者でも国の首相でも、研究ネカト処分の方が上位である。つまり、欧米先進国では、真実と正義はすべての人を支配する。日本では某大学・学長が無処分なので、真実と正義が学長に及ばない(ことが多々あった)。
●マーティン・ルーサー・キング牧師:故人
人種差別で戦い、「I Have a Dream」で有名なマーティン・ルーサー・キング牧師は、1964年にノーベル平和賞を受賞している。1955年6月5日(26歳)、ボストン大学から宗教学の研究博士号(PhD)を授与された。
1991年10月、ボストン大学・調査委員会はキング牧師の博士論文は盗用だったと結論した。キング牧師は、その23年前の1968年4月没で、今さらはく奪しても意味がないという理由で博士号をはく奪しなかった。
●シリル・バート:故人
心理学:シリル・バート(Cyril Burt)(英) | 研究倫理(研究ネカト)
●フォン・デア・ライエン:重要人物
2016年12月19日現在、ドイツの国防大臣だが、1990年にハノーバー医科大学から授与された研究博士号(PhD)の博士論文が盗用だった。
2016年3月、なんと、ハノーバー医科大学は「過失があったが、意図的な不正ではない」として、博士号をはく奪しなかった。
全62頁の博士論文の27頁(27頁目ではない)に盗用があれば「意図的な不正ではない」という解釈は強弁にしか聞こえない。しかし、ドイツのメルケル政権は盗博で既に数人の現職大臣が辞任している。
26年前の盗博で、さらに現職大臣を辞任させることと研究公正の真実と正義を天秤にかけた。そして、真実と正義が負けた。辞任の方が国益を損なうと、ハノーバー医科大学がメルケル政権にオモねり・ヒヨったのだろう。
→ 独国防相の博士号取り消さず 論文盗用疑惑で出身の医科大「意図的な不正ではない」 – 産経ニュース
★指摘に素早く誠実に対応する
出典 → 2016年3月23日:ベン・パー (著)、小林弘人、依田卓巳、依田光江、茂木靖枝 (翻訳)、「ヤフーCEOがクビ! 学歴詐称は日本だけじゃない」:ヤフーCEOがクビ! 学歴詐称は日本だけじゃない|アテンション――「注目」で人を動かす7つの新戦略|ベン・パー|cakes(ケイクス)
研究界での話ではなくビジネス界の話だが、盗用の疑念に正面から素早く対応するという教訓を述べている。但し、盗用していないのに、盗用したと誤解されたケースである。実際、盗用していたら、指摘は「誤解」ではないので、素早く否定したら、火に油でしょう。
濡れ衣で炎上したら、あなたが真っ先にすべきこと
評判を傷つけるもうひとつの方法がある。「誤解」だ。不正確な情報や誤解にもとづいて、誰かが別の誰かを批判する。
ぼくの身に起こったことを話そう。
大手ニュースサイトMashableに在籍していたころ、ぼくはカレントTV(現アル・ジャジーラ・アメリカ)のローラ・リンとユナ・リーというふたりのアメリカ人ジャーナリストについて記事を書いた。その数カ月前に北朝鮮政府がふたりを捕え、氷上を「乱暴に引きずり」ながら陸軍基地に連行し、尋問したのだ。ふたりのジャーナリストは、解放されてから初の声明を公開したばかりだった。ぼくは記事を書き、両名の長い声明文をまるごとシェアした。その声明文はカレントTVのウェブサイトで見つけたものだった。ほかのサイトも、ロサンジェルス・タイムズ紙も同じことをした。
記事を公開してからほどなく、ある有名ブロガーが、ロサンジェルス・タイムズからの盗用だとぼくを公然と非難した。彼はロサンジェルス・タイムズのウェブサイトを見て、ぼくが無断で声明を借用したと思いこんだらしい。
ぼくには3つの選択肢があった。1、その主張を無視する。2、個人的にそのブロガーにメールを送って状況を説明する。3、ぼくのジャーナリストとしての品位を落とすガセネタをこれ以上広めさせないために、公然と立ち向かう。ぼくはやり返すことにした——すばやく、大っぴらに。TwitterとFriendFeed(2009年にフェイスブックに買収された)に、くだんのブロガー宛ての返答を投稿した。それから問題点がすっかり説明されるまで、両SNS上で事細かに、1時間以上話し合った。
結果、誤解は氷解し、ぼくの評判は再度確立された。われわれの友情にひびが入ることはなかった。
自分の人格が不当に攻撃されているという確信があるなら、拡散する情報にはすばやくかつ慎重に、事実をもって応酬するのが最善策だ。誤解されたまま時間がたてば、そのぶん人々の記憶に残る可能性が高まる。最終的には汚名を払拭できたとしてもだ。大事なのは、できるだけ早く応酬すること、事実を明確に述べること、非難する人を攻撃する手段をとらず、評判を守ることに注力することだ。非難している人ではなく、非難そのものに集中する。
★真実を伝えること、心からの謝罪
出典 → 2016年3月23日:ベン・パー (著)、小林弘人、依田卓巳、依田光江、茂木靖枝 (翻訳)、「ヤフーCEOがクビ! 学歴詐称は日本だけじゃない」:ヤフーCEOがクビ! 学歴詐称は日本だけじゃない|アテンション――「注目」で人を動かす7つの新戦略|ベン・パー|cakes(ケイクス)
上記と同じ記事である。
研究界での話ではなくビジネス界の話だが、最良の行動は、真実を伝えることと心からの謝罪だと述べている。研究ネカトは謝罪しても許してくれる次元ではないので、白楽は、この方法を推奨しない。しかし、やり方によっては効果があるかもしれない。
最良の行動モデルは、つねに真実を伝えることだ。それも早いうちに。
それでもまちがいを犯したときの次善策は、迅速かつ心からの謝罪だ。
下から2番目に悪い策は、待つこと——ソーシャルメディアのおかげで、放っておけば事態が「収束する」時代は終わった。それでも、ウソを隠すためにウソを重ねるほど悪いことはない。元連邦議会議員のアンソニー・ウェイナーが自身の局部の画像をツイートして、それがハッカーの仕業だと強弁したときに学んだように。かりにもし、ただちに謝罪して二度としないと誓えば、人々は彼をゆるしたかもしれない。
●4.【日本でならどうする?】
日本で研究ネカトをしてしまった、あるいは、他人から、研究ネカトと指摘されたら、どうするとよいか?
日本では「どうするとよいか?」という解説文は皆無である(推定)。今読んでるこの文章が、日本初のハウツウ文章である(多分)。
まず、2章の「米国でならどうする?」を参考にする。
しかし、日本と米国では「かなり」異なる。どの点がどう「かなり」異なるかと、問われると、答えは難しいが答えよう。
- 日本は、ネカト処理の標準が米国ほど確立していない。大学・研究機関の知識・スキル・経験が乏しく、大学・研究機関ごとに調査・処分の程度・軽重が大きく振れる。
- 日本は、予告なく、突然、証拠物品(研究ノート、スライド、試料)と電子記録(ESI)を差し押さえない。
- 日本では、研究者の倫理観や行動規範の立場から研究記録の保存を求める傾向がある。米国では、研究記録の不存在は、研究不正の定義に基づき改ざんであり、かつ故意性の証拠とされる。(出典:小林信一「我々は研究不正を適切に扱っているのだろうか(下)―研究不正規律の反省的検証―」、レファレンス 2014年10月号5-33 )
- 米国で研究ネカト者は学術界から排除されるのが基本である。日本ではその基本はない。大学・研究機関から懲戒解雇される場合もあるが、停職から場合によると無処分まであり、処分が甘い。
- 発覚後でも辞職すると、大学・研究所から懲戒解雇などの処分をされない(懲戒解雇相当とされることはある)。退職金など、得となる方法を考えよう。
- 米国では在職・辞職に関係なく、研究公正局はネカト者をシロ・クロ判定する。クロなら、締め出し処分(通常3年間)をし、ネカト行為内容を実名ともに研究公正局のサイトや官報に公告する。日本では、クロ判定でも、実名発表しない大学・研究機関が少数ある。新聞・テレビは独自調査をほとんどしないので、大学・研究機関が実名発表しなければ、新聞・テレビも実名発表しない。クロでも、ネカト行為内容と実名が官報に公告されることはない。
なお、日本にも研究費申請の締め出し処分はある(一般的に、実名発表がない場合、この処分はない)。
という違いを理解して、「日本でならどうする?」を示そう。イヤイヤ、白楽といえども簡単には示せない。手探りで進めよう。
★匿名Aのアドバイス
「どうするとよいか?」という解説文は皆無である(推定)」と書いたが、匿名Aのアドバイスがある。以下の3項目目の「捏造で、再現も取れない場合」が該当するが、冗談っぽく書いているので、実質的な参考にはならない。マー、引用するけど。
サイト「知識連鎖」に要領よくまとめられているので、そちらから引用した:大量84論文に不正疑惑、大阪大学医学系で特に多数 匿名Aの指摘
・生データがあり、うっかりミスだった場合
すぐに生データを公開し、会見してください。表向きは謝罪会見ですが、実質的には評判は非常に高まるはずです。理研の石井先生を叩くのは極一部の馬鹿です。
・生データがないが、再現が取れる場合
すぐメインデータを含めたデータについて公開再現実験をして、コリゲ(引用者注:おそらくcorrigendum(論文の訂正)のスラング)してください。叩く人はいるでしょうし、厳重注意程度はされるかもしれませんが、逃げ切れるはずです。再現が公開実験で取れれば、この捏造時代、実質的な評判は間違いなく上がるでしょう。
・捏造で、再現も取れない場合
私のようなコピペ調査を今すぐ初めてください。私が探したのは1500報程度に過ぎません。下記の通り、私は地理的に非常に片寄った調査をしています。雑誌もTokyo以外はJBCしかほとんどみていません。1000報程度見つけたら、「匿名A」という名前でここに書き込みましょう。誰もが私が書き込んだと誤解するでしょうし、1000報コピペがあれば、もはや厳罰は無くなるはずです。学長のコピペなんか見つければ絶対安心です。
★弁護士を雇う
ここからが、「日本でならどうする?」の実質的な話です。
文部科学省の相談窓口やプロの研究ネカト管理士に相談する。イヤイヤ、プロの研究ネカト管理士なんていませんんて。いいとこ、研究ネカトの専門家に相談する程度です。
ところが、日本では相談できる文部科学省の相談窓口はないし、相談できる研究ネカトの専門家は配備されていない。それで、研究ネカトを疑われたら、バレたら、2章の「米国でならどうする?」と同じで、優秀な弁護士を雇うことをおススメする。
白楽自身は弁護士を雇った経験はないし、推薦できるほど弁護士の知識はない。それに、日本には研究ネカト専門の弁護士はいない。研究ネカトを守備範囲にできる弁護士を探すのは簡単ではない。そのつもりで弁護士を見つけ・依頼する。
なお、有名どころでは、小保方晴子事件を担当した三木秀夫・弁護士などは、研究ネカトを守備範囲にできる弁護士でしょう。
研究倫理の質問に回答している荒川和美・弁護士はどうだろう? → 研究者倫理と弁護活動。事実上、研究者の世界では死んでしまった「研究上の不正行為を働いた研究者」の何を守ることができるのでしょうか? – 弁護士ドットコム
★ネット対策・マスメディア対策
研究ネカトと告発されたらどうする? バレたらどうする? の一貫として、ネット対策・マスメディア対策がある。
白楽はネカト者の情報をウェブ上で探るが、ネカトで問題視された研究者の多くは、ネット上の写真や文章がとても少ない。積極的に削除していると思われる。
個人の好みだが、かなりしっかり削除した方がいい。
世の中には、人を傷つけて快感を得る人がいる。その人の餌食になり、傷を深くえぐられないために自衛する。
他人や公的組織が掲載しているネット上の自分の写真や文章は、自分では削除できないが、ダメ元で削除依頼をしよう。削除してもらえるものは削除してもらう。なお、削除したからと言って、当局(オーソリティ)の処分が軽減することはない。
また、日本の新聞・テレビ・雑誌などのマスメディアから、取材依頼があるかもしれない。
もちろん、自分の潔白を表明するチャンスではあるが、マスメディアは事件を社会に知らせるためで、アナタの味方・擁護者ではない(味方・擁護者になってくれる場合もある)。基本的には断る方が安全である。
ただし、マスメディアへの対応に自信がある人は、マスメディアを利用し、事態を有利に展開できる可能性はある。当局(オーソリティ)の処分が軽減する場合がある。しかし、逆の場合もある。
米国の撤回監視(リトラクション・ウオッチ:Retraction Watch)は、日本のアナタに電話してくるかもしれない。メールしてくるかもしれない。基本的には断る・無視する方が安全である。しかし、対応に自信がある人は、対応し、事態を有利に展開できる可能性はある。
パブピアで論文のネカト指摘がされていた場合、自分の身の潔白を明確に説明できる自信がある人は、パブピアに返信し、事態を有利に展開できる可能性がある。そうでないなら、放置しておこう。
★日本の事情:予告無し押収なし
日本の研究ネカト処理の基本は、文部科学省の2014年のガイドライン「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(平成26年(2014年)8月26日)である(以下、文科省ガイドラインと略す)。
「どうする?」対策を考えるには、この文科省ガイドラインを精読する。
調査は予備調査と本調査の2段階だが、予備調査の時に調査委員会を設置する、とある。
文科省ガイドライン4-2(2)②(イ)に、「調査機関は、調査委員会を設置したときは、調査委員の氏名や所属を告発者及び被告発者に示すものとする。」とあるので、調査委員会を設置した段階で、被告発者は自分が調査されることを知ることができる。
「本調査は、告発された事案に係る研究活動に関する論文や実験・観察ノート、生データ等の各種資料の精査」とある。
しかし、日本には連邦規則第42条第93章305項「研究記録と証拠の保存と押収の責任」のような規則がないので、予告なく、突然、証拠物品(研究ノート、スライド、試料)と電子記録(ESI)が差し押さられることはない。
なお、会計検査の場合は、研究ネカトと異なり、「購入物件の予告無しの監査」が可能である。
以下に示すように、東京薬科大学は「購入物件の予告無しの監査」をしている。
研究ネカト疑惑が生じた場合、日本全国で、「予告無し」に「証拠物品(研究ノート、スライド、試料)と電子記録(ESI)の押収」ができると、調査側にとっては最高だ(被告発者側には最悪)。しかし、そうなっていない。
平成28年11月16日(水)に、本学事務局 学務部 検収センターによる購入物件の予告無しの監査を実施いたしました。実施に際しては、本学内部監査の一環として内部監査員の立会のもと行いました。
予告無しの監査は、文部科学省の「研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン(実施基準)」に基づく本学公的研究費不正防止計画により、架空発注や購入物件の不正利用の防止を含めたコンプライアンスの強化を図ることを目的として実施しております。(予告無しの監査の実施について | 東京薬科大学)
★不利になる行為
研究ネカト調査に明らかに非協力的な態度はとらない方がいい。調査は不愉快で腹立たしいと思うが、協力した方が良い。少なくとも、表面上は、調査委員に「非協力的」と絶対思われないようする。
電子記録(ESI)が差し押さられないからと言って、廃棄したり、提出しないと、その行為自体がねつ造・改ざんと解釈される。
例えば、2009年4月21日、毎日新聞の比嘉洋・記者が、東北大学の上原亜希子・助教(39歳)の事件を次のように報じている。
一連の論文は、別々の実験に基づくデータとしているにもかかわらず、実験結果の顕微鏡写真などの画像が複数の論文でぴったり一致していたという。さらに、上原助教は実験の証拠となる記録について「パソコンに保存していたが、パソコンの故障とウイルス感染により喪失した」として、提出しなかったため、実験データの不正を認定した。(東北大大学院:女性助教の11本の論文で不正行為 – 毎日jp(毎日新聞))
また、2006年にデータねつ造と結論された大阪大学の杉野明雄も実験データが紛失したと抗弁し、提出を拒んだ。
杉野元教授は、実験データの一部が何者かに持ち去られてしまったので有効に反論できないと主張されている。(2008年9月27日の日本分子生物学会論文調査ワーキンググループの報告書)
肝心部分の電子記録(ESI)をどんな理由であれ不提出なら、それだけで、調査員は「クロ」という心証を持つだろう。普通に考えれば、肝心部分の電子記録(ESI)がないハズがないからだ。不提出に対して、どんな言い訳も通用しない。
★日米比較から日本の事情を学ぶ
小林信一が研究ネカト処理の手順や考え方について詳細な日米比較を行なっている。この日米比較を読むことで、日本の研究ネカト処理の手順を読み解くことができる。
「研究ネカトと告発されたらどうする? バレたらどうする?」のアナタのケースに該当する部分があるのかどうか、判らないが、役に立つことはあると思う。
→ 小林信一「我々は研究不正を適切に扱っているのだろうか(下)―研究不正規律の反省的検証―」、レファレンス 2014年10月号5-33
例えば、以下のように、日本では、告発されたら、自分で潔白を証明しなければならない。でもその考え方はヘンだよね、と小林信一は述べている。
日本の多くの研究不正規律は、被告発者に証明責任を負わせている。文科省 2006指針は、「①調査委員会の調査において、被告発者が告発に係る疑惑を晴らそうとする場合には、自己の責任において、当該研究が科学的に適正な方法と手続に則って行われたこと、論文等もそれに基づいて適切な表現で書かれたものであることを、科学的根拠を示して説明しなければならない。そのために再実験等を必要とするときには、その機会が保障される。」と被告発者が証明責任を負うことを示し、またこの「説明責任の程度」については「研究分野の特性に応じ、調査委員会の判断にゆだねられる。」としている。また、「被告発者の説明及びその他の証拠によって、不正行為であるとの疑いが覆されないときは、不正行為と認定される。」としている。
しかし、日本の民事訴訟においては、原則として告発する側が証明責任を負う。また、被告発者に証明責任を負わせる原則は、米国の研究不正の考え方とも異なっている。被告発者の側が証明責任を負うことは自明ではない。特別な証明責任のあり方を採用する以上は、それを合理的だとする根拠が必要である。
★研究ネカトをもっと学ぶべき:トンデモない思い違いの事例
日本の個別事例を取り上げて、ドウコウ議論するつもりはないが、最近の事件で気になった例を1つ挙げる。
2016年9月7日、国立長寿医療研究センターが、「所員がデータ改ざんしました」という調査報告書を公表した。この時点では、ネカト者は匿名だった(研究活動不正行為取扱規程に基づく調査結果の公表について | 国立長寿医療研究センター、保存済)。
2016年11月24日、国立長寿医療研究センターは、2016年11月14日付のネカト者の「意見」を実名(中島美砂子と村上真史)で公表した。以下に一部を貼り付ける。「意見」の全文(PDF)はその後に貼り付けた。
中島美砂子と村上真史は、上記のように、「左側にあったものが右側に移動したところで、結果が変わるものではなく、改ざんではありません」と主張しているが、「左にあったものを切り取って、右に移動させています」という行為は改ざんである。結果が変わるかどうかは別次元の話だ。
文部科学省の改ざんの定義は以下である(「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(平成26年(2014年)8月26日)。
(2)改ざん
研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。
結果が変わるかどうかなどは定義に含まれていない。
上記の主張の後に次の文章がある。
中島美砂子と村上真史は、ここでも、「結果が変わってしまうような加工は行っておらず、改ざんではありません」と主張しているが、「切り取っています」「追加挿入しています」行為は改ざんである。結果に影響するかどうかは別次元の話だ。
「意見」を素直に読めば、中島美砂子と村上真史は、「改ざん」の意味が解っていない。となると、このグループの今までの発表論文には多数の改ざんが見つかるに違いない。
中島美砂子と村上真史は、不幸なことであるが、研究ネカトの知識が貧困と思われる。意図的にズルしようとしたのではない、と思われるが、結果的には不適切な行為をしている。また、改ざんと指摘されているのに、この「意見」を公表するのだから、研究ネカトの専門家または弁護士に相談していない、と思われる。
kenkyufusei_iken●5.【白楽の感想】
《1》告発されてもクジケナイ
ポール・ターラー弁護士が言うように「研究ネカトの嫌疑がかけられたが、潔白が証明された研究者はたくさんいる」。
データは少し古いが、米国・研究公正局にネカトと通報された81%はガセネタ・誹謗中傷、他省扱い、または情報不足で、調査に入らなかった。通報数の19%しか調査に入らない。そして、調査の結果、19%の半分はシロで半分がクロだった。つまり、クロは通報数の約1割でしかなかった(出典:Lawrence J. Rhoades, 2004年:https://ori.hhs.gov/sites/default/files/Investigations1994-2003-2.pdf)。
つまり、大半の通報は調査されない通報である。そして。本調査しても半分はシロなのだ。
だから、研究ネカトと告発されてもクジケない。ただ、非常に消耗するだろうし、研究キャリアに大きなダメージになる。
どうすべきかというマニュアルが欲しい。科学技術振興機構(略称JST)が作るわけにもいかないだろうから、どこでしょうか・・・。
また、相談窓口も欲しい。無料法律相談や消費者相談と同じように、気軽に相談できる組織、サポートする組織が必要です。科学技術振興機構(略称JST)に相談できないだろうから、どこでしょうか・・・。