「間違い」:気象学:ラルフ・キーリング(Ralph Keeling)(米)

2020年1月4日掲載  

ワンポイント:2019年ネカト世界ランキングの「1」の「5」に挙げられたので記事にした。スクリップス海洋研究所(Scripps Institution of Oceanography)・教授のキーリングが第二著者の「2018年のNature」論文は、炭酸ガスによる人為的地球温暖化が早まっているという論文であるが、データが問題視された。問題視されたデータはキーリングが担当した。2019年(60歳)、論文は撤回された。理由は、分析の「間違い」。研究所はネカト調査をしていない。キーリングは何も処分されていない。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

ラルフ・キーリング(Ralph Keeling、Ralph Franklin Keeling、ORCID iD:?、写真出典)は、米国のスクリップス海洋研究所(Scripps Institution of Oceanography)・教授で、専門は気象学(地球温暖化)である。スクリップス海洋研究所はカリフォルニア大学サンディエゴ校(University of California San Diego (UCSD))の一部である。

最初に断っておくが、炭酸ガスによる人為的地球温暖化に対して、白楽は懐疑的である。非常に胡散臭く、科学というより政治やビジネスの面が強いと感じている。本ブログは政治的主張に惑わされずに、なるべくバイアスをかけずに、ネカトの事実とその防止策を記述するが、著者の主張と無縁な文章はないので断り書きした。

ラルフ・キーリングの父親は、スクリップス海洋研究所・教授のチャールズ・デービッド・キーリング(Charles David Keeling、1928年4月20日 – 2005年6月20日)で、地球大気中の炭酸ガス濃度が長期的に増加していることを世界で最初に突き止めた偉大な学者である。

2018年(59歳)、ラルフ・キーリングが第二著者として「2018年のNature」論文を発表した。出版後すぐに、データが問題視された。問題視されたデータはキーリングが担当した。

2019年(60歳)、「2018年のNature」論文は、特定の系統的エラーをランダムエラーとして扱った「間違い」として、撤回された。

この事件は、2019年ネカト世界ランキングの「1」の「5」に挙げられた。

スクリップス海洋研究所(Scripps Institution of Oceanography)。写真出典、Invertzoo [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:ハーバード大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1959年、カリフォルニアで生まれる。仮に1959年1月1日生まれとする
  • 現在の年齢:65 歳?
  • 分野:気象学
  • 最初の問題論文発表:2018年(59歳)
  • 問題論文発表:2018年(59歳)
  • 発覚年:2018年(59歳)
  • 発覚時地位:スクリップス海洋研究所・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は英国の独立系気象学者であるニック・ルイス(Nic Lewis)で、ブログに発表
  • ステップ2(メディア):ニック・ルイスのブログ、「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②スクリップス海洋研究所は調査していない
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
  • 大学の透明性:調査していない(Ⅹ)
  • 問題:間違い
  • 問題論文数:1報で1報撤回
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

  • 生年月日:1959年、カリフォルニアで生まれる。仮に1959年1月1日生まれとする
  • 1979年(20歳):イェール大学(Yale University)で学士号取得:物理学
  • 1988年(29歳):ハーバード大学(Harvard University)で研究博士号(PhD)を取得
  • 1993年(34歳):スクリップス海洋研究所(Scripps Institution of Oceanography)の父の研究室に入る。後に同研究所・教授
  • 2018年10月31日(59歳):すぐに問題視された「2018年のNature」論文を出版
  • 2019年9月25日(60歳):「Nature」誌が「2018年のNature」論文を撤回

★受賞
Rosenstiel Award in 1992
Humboldt Research Award in 2009

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
動画:「The (Ralph) Keeling Curve – YouTube」(英語)5分44秒。
Scripps Oceanographyが2007/12/07

【動画2】
動画:「How Scientists Measure Carbon Dioxide in the Air – YouTube」(英語)2分24秒。
Scripps Oceanographyが2018/04/12

●4.【日本語の解説】

以下は事件の記事ではない。

★2016年09月29日:ScienceTime:【環境】『地球の二酸化炭素濃度が本当に危険な値を超えた ― もはや取り返しがつかない』

出典 → ココ、(保存版) 

最新の数字によれば、大気中の炭素レベルが公式に400ppmを超えた。これが安全なレベルに戻る望みはほとんどない。取り返しがつかない状況であるという事だ。

400ppmがなぜ大きな問題なのだろうか?大気中のCO2の「安全な」レベルは、350ppmとされており、最後に地球がこのレベルの濃度を経験したのは400万年前である。つまり、人類がこのCO2レベルを経験したことはかつてないということだ。

Scripps Institution of Oceanographyの研究者によれば、2016年9月のCO2レベルは401ppm程度になるという。ここが問題なのだが、9月というのは一般的に一年で最もCO2レベルが低い月なのだ。

「2016年の10月が、9月より低い値を出し、400ppmを下回ることはありうるだろうか?まずありえないだろう」とScripps CO2 ProgramのディレクターであるRalph Keelingはブログに記している。

Keelingは、11月までにさらに数値を上昇させ、410ppmを超すこともありうるだろうという。

「我々が今年400ppm以下の月間値を見ることはないと言い切ってよいだろう。この先二度とないと言っても良いかもしれない」とも記している。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★2代目学者

ラルフ・キーリング(Ralph Keeling)は著名な学者の子供(5人の1人)に生れた。

父親は、スクリップス海洋研究所・教授のチャールズ・デービッド・キーリング(Charles David Keeling、1928年4月20日 – 2005年6月20日)である。

以下の写真(出典)。左が父親のチャールズ・デービッド・キーリング(Charles David Keeling)、右がラルフ・キーリング(Ralph Keeling)。

父親は、1958年からハワイのマウナロア観測所にて大気中の二酸化炭素濃度の精密な観測を継続的に実施し、二酸化炭素濃度が長期的に増加していることを世界で初めて突き止めた。この二酸化炭素濃度と年代の曲線はキーリング曲線(Keeling Curve)と呼ばれ、世界で高く評価されている。(出典:チャールズ・デービッド・キーリング – Wikipedia

キーリング曲線(Keeling Curve)(出典:Keeling Curve – Wikipedia

1993年(34歳)、ラルフ・キーリングはスクリップス海洋研究所(Scripps Institution of Oceanography)の父の研究室に入り、父と同じ研究テーマで、父の研究路線の延長上で研究を始めた。後に同研究所・教授になった(父は2005年没)。

★発覚の経緯

2018年10月31日(59歳)、プリンストン大学のローレ・レスプランジー(Laure Resplandy、写真出典)が第一著者(かつ連絡著者)で、ラルフ・キーリング(Ralph Keeling)が第二著者、その他8人が共著者になった「2018年のNature」論文が出版された。

ローレ・レスプランジー(Laure Resplandy)はフランスのソルボンヌ大学で研究博士号(PhD)を取得し、ラルフ・キーリング(Ralph Keeling)の研究室でポスドクを過し、プリンストン大学の助教授になった研究者である。ある意味、キーリングの弟子である。

書誌情報を以下に示す。

  • L. Resplandy, R. F. Keeling, Y. Eddebbar, M. K. Brooks, R. Wang, L. Bopp, M. C. Long, J. P. Dunne, W. Koeve & A. Oschlies
    Quantification of ocean heat uptake from changes in atmospheric O2 and CO2 composition. Nature, 563, 105-108, 2018. https://doi.org/10.1038/s41586-018-0651-8

「2018年のNature」論文は、世界の海が以前に信じられていたよりも速く温くなっていることを報告した論文である。

しかし、論文発表後すぐに、 議論の標的となり、分析は間違っていると批判された。例えば、英国の独立系気象学者であるニック・ルイス(Nic Lewis、ニコラス・ルイス、Nicholas Lewis、写真出典)が批判した。
 → 2018年11月6日のニック・ルイス(Nic Lewis、ニコラス・ルイス、Nicholas Lewis)の批判記事:A major problem with the Resplandy et al. ocean heat uptake paper | Climate Etc.

問題視された箇所はキーリングが担当したデータだった。

2週間後の2018年11月14日(59歳)、キーリングはニック・ルイスの指摘に感謝しつつ、論文をすぐに訂正するとした。
 → Resplandy et al. correction and response « RealClimate

2018年11月(59歳)、「Nature」誌は論文に「懸念表明(Expression of concern)」を付けた。

そして、出版してから11か月後の2019年9月25日(60歳)、「Nature」誌は論文の訂正ではなく、論文結果の信頼性が欠けるという理由で論文を撤回した。
 → 2018年9月25日、「Nature」誌の撤回公告:Retraction Note: Quantification of ocean heat uptake from changes in atmospheric O 2 and CO 2 composition | Nature

撤回公告は、おおむね以下のようだ。

論文を出版するとすぐに、「2018年のNature」論文へのニコラス・ルイスのコメントがウェブにアップされました。それで、論文が特定の系統的エラーをランダムエラーとして扱ったことで、不確実性が過小評価されていることに、Nature編集部は気付きました。さらに、不確実性の分析でいくつかの小さな問題があることにも気付きました。 これらの問題を修正しても海洋温暖化の推定値は実質的には変わりませんが、不確実性が約4倍も増加し、海洋温暖化と気候感度の上方修正に対する影響は著しく弱くなりました。それで、Nature編集者は論文を撤回することにしました。訂正された論文は、別の学術誌に出版されると思います。

「撤回監視(Retraction Watch)」がどうして「懸念表明(Expression of concern)」から撤回まで10か月もかかったのかと「Nature」誌に質問した。

「Nature」誌の広報部長(Press Manager at Springer Nature)のリサ・ブーシェ(Lisa Boucher、写真出典)は次のように答えている。

一般に、私たちが発行した論文について「懸念表明(Expression of concern)」が生じた場合、確立されたプロセスに従います。つまり、著者に相談し、場合によっては査読者や他の外部専門家から助言を求めます。これらの問題はしばしば複雑であり、その結果、編集者と著者が問題を十分に解明するのに時間がかかる場合があります。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

論文総数は調べていない。

★撤回論文データベース

2020年1月3日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでラルフ・キーリング(Ralph Keeling)を「Keeling, R F」で検索すると、2論文がヒットしたが、2論文は同じ論文である。本記事で問題視した「2018年のNature」論文・1論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2020年1月3日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ラルフ・キーリング(Ralph Keeling)の論文のコメントを「R. F. Keeling」で検索すると、本記事で問題視した「2018年のNature」論文・1論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》不思議 

ネカト記事を書いていて、この手の「間違い」論文でいつも不思議に思う。

論文の共著者、査読者は何をしていたんだろう?

「2018年のNature」論文の共著者は10人もいた。「Nature」論文なので、一流の査読者が査読したはずだ。

それが、独立系気象学者であるニック・ルイスに「分析」の「間違い」を指摘され、結局、撤回したのである。

数値のねつ造・改ざんだと、生データを見られない第三者がネカトを指摘するのは難しい。しかし、今回はそうではない。第三者(ニック・ルイス)が「分析」の「間違い」を指摘しているのである。それなら、最も恥ずべき人は著者たち(10人の共著者)であり、次いで査読者だ。

これでは、学術論文の査読機能がお粗末すぎる! 出版前査読、やめちまえ。

やめて、「7-36.まず論文掲載、後からキュレート」したらどうか。

《2》なぜ10選の1つ?

ラルフ・キーリングの「2018年のNature」論文の撤回は、2019年ネカト世界ランキングの「1」の「5」に挙げられた。それで今回の記事にした。

「撤回監視(Retraction Watch)」が「2019年の論文撤回10選」の1つに、キーリング事件を選んだのである。しかし、どうして、10選の1つに選んだのか、白楽は腑に落ちない。怪訝な気持ちである。

この事件の何が重要なのか? 学べる点は何なのか? はっきりしない。

事件の重要さではなく、地球温暖化という研究分野の話題のためなのか? キーリングが有名人だからのか?

《3》地球温暖化

炭酸ガスによる人為的地球温暖化に対して、白楽は懐疑的だと最初に断った。

  • 1つ目は、炭酸ガスによる人為的地球温暖化そのものの真偽が科学的に不明なこと。
  • 2つ目は、地球温暖化で害の主張が多いが、益の主張がないこと。
  • 3つ目は、すでに、長いこと、科学の問題ではなく、政治やビジネスでの国家・権力・金の闘争道具になっていること。

これらを掘り下げて議論・説明すると、ブログの本旨とズレるので、ここでやめるが、例えば以下の記事がある(全面的に賛成というわけではないが・・・)。
 → 2019年11月15日の渡辺 正(東京理科大学・教授)の記事:「温暖化対策」100兆円をドブに、日本はバカなのか?

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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https://scripps.ucsd.edu/news/carbon-dioxide-levels-hit-record-peak-may

●9.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Ralph Keeling – Wikipedia
② 2018年11月13日のジョシュア・エマーソン・スミス(Joshua Emerson Smith)記者の「San Diego Tribune」記事:Climate contrarian uncovers scientific error, upends major ocean warming study – The San Diego Union-Tribune
③ 2019年9月25日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Nature paper on ocean warming retracted – Retraction Watch
④ 2019年9月27日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Did the IPCC’s new oceans report mean to cite a now-retracted paper? – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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