「錯誤」:ジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste)(仏)

2015年1月21日掲載、2023年10月20日更新

ワンポイント:35年前の1988年の事件。ベンヴィニストは、フランス国立保健医学研究所(INSERM)・部長・医師で、ノーベル賞候補になったカリスマ研究者である。「1988年のネイチャー」論文で「水分子は抗体と一緒にいたという記憶がある」と主張した。この主張は、多数の研究者から猛攻撃され、メディアは「水の記憶」(memory of water)事件として大騒ぎした。ベンヴィニストは、学術界から排除され、2004年10月3日、69歳、失意のうちに亡くなった。ただ、その後、ノーベル賞受賞者のリュック・モンタニエ(Luc Montagnier)は、ベンヴィニストの主張を再検討すべきだとしている。国民の損害額(推定)は20億円(大雑把)。この事件は、白楽指定の重要「錯誤」事件である。実験科学者として、データをどう見るか? 何を真理と捉えるか? 学術誌はどうあるべきなのか? 人間はどういう契機で何を正しいと思い込むのか? 科学研究はどうあるべきなのか、など考えさせられる。

ーーーーーーー 目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

150114 13_200[1]ジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste、写真出典)はフランスのフランス国立保健医学研究所(INSERM)・部長で医師免許所持者。専門は免疫学だった。

ベンヴィニストをバンヴェニスト、ベンベニスト、ベンヴィニーストと表記する例もあるが、ここでは英語発音のベンヴィニストを使う。

ベンヴィニストは、1979年(44歳)、血小板活性化因子(platelet-activating factor)の構造とヒスタミンとの関係についての著名な論文を発表した。

フランスのセレブ学者で、ノーベル賞候補にもなったカリスマ研究者である。

ところが、1988年(53歳)、抗体が存在しないほど薄めた水溶液に「抗体と一緒にいたという水分子の記憶」が残っていて、水溶液に抗体活性があるとした「1988年のネイチャー」論文を発表した。

この「1988年のネイチャー」論文には多数の研究者が猛反発した。メディアも巻き込んで大騒動になり、ベンヴィニストは総攻撃され、1993 年末(58歳)、研究室は閉鎖された。

2004年10月3日、失意のうちに、心臓病で亡くなった。享年69歳。

ベンヴィニストの主張は、錯誤(本人は真実と信じていたが研究界では誤りとされた学説)で、「水の記憶」(memory of water)事件と呼ばれている。

ただ、ベンヴィニストの没後、ノーベル賞受賞者のリュック・モンタニエ(Luc Montagnier)は、ベンヴィニストの「水の記憶」(memory of water)は正しいかもしれないので再検討すべきだと主張している。

モンタニエの言説を見聞きすると、白楽も、ベンヴィニストの主張は正しく、大発見かもしれないと少し思う。

フランス国立保健医学研究所・本部(Inserm’s headquarter)、 写真By Eric Furlan – Transmitted directly by author in order to be added to WikiCommons, CC0, 出典

  • 国:フランス
  • 成長国:フランス
  • 医師免許(MD)取得:パリ大学
  • 博士号取得:
  • 男女:男性(150114 ベンヴィニスト5写真出典
  • 生年月日:1935年3月12日
  • 没年:2004年10月3日。享年69歳
  • 分野:免疫学
  • 「錯誤」論文発表:1988年(53歳)
  • 「錯誤」論文発表の地位:フランス国立保健医学研究所(INSERM)・UNIT200部長(免疫学・アレルギー・炎症)
  • 発覚年:1988年(53歳)
  • 発覚時地位:フランス国立保健医学研究所(INSERM)・UNIT200部長(免疫学・アレルギー・炎症)
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はネイチャー誌編集者・論文査読者
  • ステップ2(メディア):「Nature」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ネイチャー誌の調査班。②フランス国立保健医学研究所(INSERM)は調査していない
  • 研究所・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していないので
  • 研究所の透明性:該当せず(ー)
  • 不正:錯誤
  • 「錯誤」論文数:1988年の1報と後続の数報
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
  • 処分:研究室の閉鎖、名声の失墜
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】 国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

  • 1935年3月12日:パリの裕福なユダヤ人家庭に生まれる
  • 1960年(25歳):パリ大学医学部を首席で卒業。医師免許取得
  • 1965‐1969年(30‐34歳):フランスの国立科学研究センター(CNRS)・研究員
  • 1969‐1972年(34‐37歳):米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校(University of California, San Diego)のスクリプス臨床・研究研究所(Scripps Clinic and Research Foundation)に研究留学
  • 1972‐1997年(37‐62歳):フランス国立保健医学研究所(INSERM)研究員、部長150114 ベンヴィニスト4(写真出典
  • 1984年(49歳):フランス首相より「Sir.(卿)」の称号を授与される
  • 1985年(50歳):癌研究でフランスの国立科学研究センター(CNRS)の銀賞を受賞
  • 1988年(53歳):ネイチャー誌に錯誤論文を発表。以後、名声を失い、没落していく
  • 1993 年末(58歳):フランス国立保健医学研究所(INSERM)の研究室は閉鎖
  • 1997年(62歳)?:フランス国立保健医学研究所(INSERM)を退職
  • 1997年(62歳):研究関連企業のDigiBio会社を設立
  • 2004年10月3日(69歳):パリで死亡。2回結婚、5人の子供をのこして。

●3.【動画】

★【動画1】
「ベンヴィニスト」と紹介している。
講演動画:「Jacques Benveniste at the Cavendish, 1999 (University of Cambridge) – YouTube」、(英語)1時間14分26秒
Conference on the Physics Chemistry and Biology of Water(チャンネル登録者数 3380人)が2018/10/08 に公開

★【動画2】
「ジャック・ベンヴィニースト」と紹介している。
◎ノーベル賞受賞者のモンタニエのドキュメンタリー動画:「Water Memory (2014 Documentary about Nobel Prize laureate Luc Montagnier) – YouTube」、(英語)50分27秒
wocomoDOCS(チャンネル登録者数 24.9万人)が2016/01/29 に公開

★【動画3】
「ベンヴィニスト」と紹介している。
◎ドキュメンタリー動画:「The memory of water- YouTube」、(英語)9分59秒Dyule’s channel (チャンネル登録者数 216人)が2008/10/01 に公開

★【動画4】
ベンヴィニスト が実験を説明している動画:「Dr. Jacques Benveniste digibio- YouTube」、(英語)12分42秒、
Stillpoint X (チャンネル登録者数 760人)が2018/10/30 に公開

●4.【日本語の解説】

日本語の解説文は多数(推定2桁数)ある。

末尾の主要情報源に記載したが、ジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste)の著書の日本語訳版『真実の告白 水の記憶事件』(2006/2/6)も出版されている。

★掲載日不明の江本勝 – Wikipediaの「オフィス・マサル・エモト」記事:DR. JACQUES BENVENISTE

出典:ココ保存版

なお、江本勝は、2009年に同じ内容の文章を書いている:水は情報を記憶する

後でも修正引用するので、この記事の色を通常の引用とは別の色にした。

70年代から80年代にかけて、ベンベニスト博士はパリの国立保健医学研究所にある研究室で、ヒトの血液から取り出した好塩基球と呼ばれる白血球の一種を使って、アレルギー反応を分析していました。好塩基球を入れた試験管の中にアレルギーの原因物質を添加すると、好塩基球は反応して細胞内の顆粒を外に放出します。この反応は脱顆粒反応と呼ばれています。ある種の抗血清(抗IgE抗血清)もこの反応を引き起こすことが知られており、ベンベニスト博士はこの抗血清を使って脱顆粒反応の性質について調べていました。

1981年~1982年頃、ベンベニスト博士の研究室にはベルナール・ポワトヴァンという名前の研究者がいました。彼はホメオパシー医でもあったので、抗血清を“高度希釈”した時にどういう結果が得られるかについて実験したいと言ってきました。

ベンベニスト博士は、当時ホメオパシーについてまったく知らなかったので、「君の好きなようにやってみたら。でも何も結果は出ないよ。高度希釈すれば、それはただの水だから」と言ったのでした。

続きは、原典をお読みください。

★2013年4月13日の矢倉英隆の「医学のあゆみ 245 (2): 203-206, 2013」記事:パリから見えるこの世界?。第15回 「水の記憶」の科学者ジャック・バンヴェニストとリュック・モンタニエ

出典:ココ(リンク切れ)。保存版

アレルギーを起こす IgE 抗体を含む血清をどんどん薄めていき、その中に抗体の一分子も含まないところまで希釈した段階でアレルギー反応を起こす活性を調べたところ、驚くべきことに陽性の反応を観察したフランス人がいたというのである。

その成果は 1988 年に Nature 誌に発表され、マスコミはこの現象を水にはその中を通ったものを記憶する能力があるとしてセンセーショナルに報じた。しかしその後、公開実験までやったが再現性は見られず、その人はフランスの科学界から排斥され、不遇のうちに亡くなったという。免疫学者ジャック・バンヴェニスト(Jacques Benveniste, 1935-2004)博士の話である。

続きは、原典をお読みください。

★2012年2月3日の著者名不記載(ホメオパシー株式会社Staff blog)記事:ベンベニスト博士――タブーの実験をしたために転落した科学者

出典:ココ(削除された)。保存版

科学者として輝かしい功績をもつベンベニスト博士は、ノーベル賞を受賞するだろうと目されていた人物でした(もちろん『水の記憶事件』が起きるまでですが…)。

そして運命の 1988 年、イギリス科学誌『ネイチャー』への「高希釈された抗血清中の抗免疫グロブリンE(抗IgE抗体)によって誘発されるヒト好塩基球の脱顆粒化」と題する歴史的論文の発表によって、彼は転落の人生が始まります。詳細は、『真実の告白――水の記憶事件』をお読みください。

上記の経歴を見るとわかるようにベンベニスト博士をインチキ科学者であるとか、似非科学者であるとか、揶揄することがどれだけ的外れで無知なことであるかが理解していただけると思います。

もしあなたが科学者ならば、ダーウィンが行った実験をやってみてください。ベンベニスト博士が行った実験をやってみてください。水が原物質の情報を保存しているとしか考えられない現象を目にするでしょう。

続きは、原典をお読みください。

★白楽が翻訳した『グリンネルの研究成功マニュアル(1998年10月、本表紙の写真も同サイト)

150114 グリンネル

157 ページ目を以下に示す。

続きは、訳書をお読みください。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

日本語文章がシッカリあるので、白楽が新たに解説文を起さないで、過去の2つの記事を修正引用する。

  1. 白楽が翻訳したグリンネルの研究成功マニュアル(1998年10月)からの修正引用(着色で示した)。
  2. 江本勝記事「DR. JACQUES BENVENISTE」からの修正引用(着色で示した

★無限に希釈しても生物活性はあるか:ベンヴィニスト事件

問題の論文は、「1988年6月のNature」論文である。その論文のタイトルを日本語にすると「抗IgE抗体はすごく薄めてもヒト好塩基球の顆粒を放出させる」である。

150114 ベンヴィニスト1ジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste) 写真出典

ベンヴィニストたちは好塩基球という血液中にある細胞を使って実験を行なった。この細胞は細胞表面に免疫グロブリンE(IgE)をもっている。そのため、IgEに対する抗体(これを抗IgE抗体という)を加えると抗体はこの細胞に結合する。抗体が結合すると、細胞はヒスタミンを含む顆粒を細胞のそとに放出する。

常識的に考えれば、抗血清を希釈すればするほど、その効果はどんどん弱くなっていき、やがて完全にゼロになるはずです。すなわち図1のような結果が予想されます(図の出典も江本勝記事)。

ところが驚くべきことに、実際に実験を行ったところ、図2の結果が得られたのです(図の出典も江本勝記事)

ベンヴィニストの論文の結論は、加える抗IgE抗体を1/1030(上図では1/1060まで薄めても、まだ生物活性をもっていた、という驚異的なものだった

1/1030まで薄めるというのはどういうことか?

アボガドロ数が6x1023だから、1ミリモル溶液(抗体としては極端に濃い溶液)でも6x1020まで薄めれば、1リットル中に抗体分子が約1分子しか存在しないという希釈率だ。

1/1030というのは、それをさらに十億倍も薄めた値である。抗IgEの抗体分子がその溶液中にまったく存在しないのに限りなく近い液となる。微量、極微量、極々微量はあるかというと、答はほんとうにゼロ、まったくないのに限りなく近い液である。

こんなに希釈したら、当然、水溶液には抗IgE抗体分子はないのだが、過去に抗IgE抗体と一緒にいたという「水の記憶」(memory of water)が残っていて、抗体活性があるというのだ。

とても信じられない。

ベンヴィニストは、薄めたときに生物活性があるのは、薄めるときに、はげしく撹拌(ボルテックスという小型撹拌器で撹拌)した場合だけであると書いている。だから、<この生物活性は、水の分子構造に関係してる可能性がある>とした。そして最後に次のように述べていた。

この現象の細部はよく説明できませんでした。私たちが思うには、分子が実在しないときにも生物活性があるという事実をまずはっきりさせなくてはなりません。

今後、この<無分子下の>生物学を理解するには、抗体分子と水の相互作用に撹拌がどう影響するのかという新しい物理学が必要です。そうすれば、抗体分子の活性が何に担われるのかがわかってくると思います。もっとも、残念ながらいまのところ、こういう説は現在どれも立証されていません。

150114 ベンヴィニスト2ベンヴィニスト(写真出典)の論文に対してすごい量の反論があった。

後でわかったことだが、ベンヴィニストの論文には出版条件があった。その条件は、ネイチャー誌の調査班がフランスのベンヴィニストの研究室を訪問し、データと実験を実地検証するというのだった。調査チームにはネイチャー誌編集長のJ.マドックス、プロの魔術師のJ.ランディ、本来はNIHの研究者だけどパートでねつ造研究の専門家となったW.ステュアートが入っていた。

調査チームが実地検証してみるといろいろな問題が出てきた。

たとえば、ベンヴィニスト論文の共著者のうち二人は、研究結果に深くかかわるフランスの医薬品会社から給料をもらっていた。

また、高度に希釈したときの生物活性はいつもあったわけじゃなかった。あるときは数カ月も再現できなかった。それでも、彼らは学説に問題があるとは考えなかった。この時期の水に何か問題があったと考えていた。また、ある実験では、コントロールが抗体希釈溶液よりも高い読みを示していた。そのときは最初の読みが<間違ってた>と考え、コントロールだけをもう一度測定し直していた。あるデータでは、コントロールの値と抗体希釈溶液の値を別々に行なった実験から得ていた。

これらの調査結果は、ネイチャー誌の<ニュースと見解(News and Views)>に<真実を薄めた高希釈実験>としてのった

150114 ベンヴィニスト2ベンヴィニスト(写真出典)は、反論した。

<実験にはたしかに間違いもあったけど、データのレベルはネイチャー誌の他の論文と同じで質は高い>と。

ネイチャー誌の編集長は論文を引き下げるよう要請した。もし引き下げないのであれば、調査チームが指摘した点に納得のいく対応をし、データの質をもっと高めるようにと要請した。

これに対し、ベンヴィニストは、調査チームは素人集団でその行動も不適切だったと批判した。たしかに調査チームの陣容は、データと同じぐらいおかしかったかもしれない。

ベンヴィニストは、彼の批判を次のように締めくくった。

真理を求める世界中の科学者の皆さん。皆さんのなかには、明らかに偏見に満ちたことを言ってくる人もいましたが、私たちの論文に刺激された人もいたと思います。さて、私たちの発見は間違いだったのか、それとも新しい分野を切り開く先駆的な研究だったのでしょうか? 真理を求める科学者の皆さんこそが、それを確かめる知的手段も技術的手段ももっているはずです。

もちろん、ベンヴィニストの実験を再現する論文をも出版されている。例えば、

★正しいかも

ヒト免疫不全ウイルスの発見で2008年にノーベル生理学・医学賞を受賞したフランスのリュック・モンタニエ(Luc Montagnier、2022年2月8日没、享年89歳)は、ベンヴィニストの「水の記憶」(memory of water)は正しいかもしれないので再検討すべきだと主張している。

以下の江本勝記事「DR. JACQUES BENVENISTE」の説明が優れている。引用すると長くなるし、江本勝の記事以上に的確に書くのは難しい。江本勝記事を読むことをお勧めする。

Dr. Jacques Benveniste

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2023年10月19日現在、パブメド(PubMed)で、ジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste)の論文を「Benveniste J[Author]」で検索すると、265論文 論文がヒットしたが、2004年没なので、1968年~2004年の37年間の262論文が正当だろう。

2023年10月19日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

なお、問題の「1988年6月のNature」論文の書誌情報は以下である。

しかし、「パブメド(PubMed)」では、

となっていて、最期の3人が「et al」と省略されている。
 
そのために、「Benveniste J[Author]」で検索しても「1988年6月のNature」論文はヒットしない。つまり、「1988年6月のNature」論文はベンヴィニストの論文として扱われていない。
 
なお、「1988年6月のNature」論文は、2023年10月19日現在、撤回されていない。
 

★撤回監視データベース

2023年10月19日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste)を「Benveniste」で検索すると、0論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2023年10月19日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste)の論文のコメントを「Jacques Benveniste」で検索すると、0論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》錯誤 

今回、錯誤を取り上げた。

「錯誤」は、広辞苑第六版によれば、以下の通りだ。

①あやまり。まちがい。「―を犯す」。
②事実と観念とが一致しないこと。現実に起こっている事柄と考えとが一致しないこと。「時代―」

本人は真実と信じていたが研究界では誤りとされた学説を、白楽ブログでは「錯誤」の看板下にまとめた。英語の「pathological science」のことで、これを「病的科学」と訳す日本語もあるが、誤解を与える悪訳である。

研究者にとって「錯誤」はつきものである。極端に言えば、新しい仮説はほぼ全部「錯誤」と同様なメカニズムで提唱される。

ただ、事実や理論に合わない、あるいは、再現実験ができないと、研究者は自分の新しい仮説を事実や理論に合うように、また、再現実験できるように修正する。それをしないで元の仮説に固執すると、研究界で無視され、忘れ去られる。

超有名・カリスマ研究者が、事実・理論に合わない新しい仮説を修正しないで、主張し続けると、研究界はxx事件として仮説を排斥する。

その仮説を「錯誤」とみなすのである。中級以下の研究者が同じことをしてもxx事件にはならない。単に無視されるだけである。

錯誤は、研究ネカトではない。本人は真実と信じているが、研究界では誤りとされる考え方である。

つまり、公式には「間違い」である。だから、本来、錯誤とされた論文は撤回されるべきである。ネカトかクログレイかとの二択を迫られれば、錯誤はクログレイになる。

研究者当人へのペナルティはどうあるべきなのだろう? 研究界が誤りとするので研究費などの支援は得られなくなる。しかし、ネカトと違い、本人に悪意はないのでペナルティは不要である。

「錯誤」は、新しい仮説の誕生に付き物である。

そして、科学上の真理は、多数決で決まらない。政治や宗教で決めることもできない。そういう例はたくさんある(例:ガリレオ・ガリレイ)。

しかし、現実は、科学上の大多数の真理は多数決で決まってきた。

科学上の真理は、本来、どう決まる、どう決めるべきなのか? 

《2》ネイチャー誌のゲスな対応 

ベンヴィニストの主張に対して、反論する気持ちはよくわかる。

現代の科学では、「分子が実在しないときにも生物活性がある」わけがない。「ある」と主張するのはクレージーだ。この状況は、理系の大学生以上なら充分理解している。化学・物理・生物学の基本中の基本だ。

「分子が実在しない」のに生物活性があるのは、「一緒だったことを水が記憶している」と主張しても、詭弁だと多くの科学者は思う。

だから、大多数の科学者は、「水に記憶がある」と主張する前に「そんな馬鹿な」アイデアを採用しないのが通常だ。

科学的な冷静さを欠いている。これは妄想だ。

という気持ちはよくわかる。

しかし、ネイチャー誌の対応はヒドイ。かなり下品である。3流週刊誌相当である。

調査チームにはネイチャー誌編集長のJ.マドックス、プロの魔術師のJ.ランディ、本来はNIHの研究者だけどパートでねつ造研究の専門家となったW.ステュアートが入っていた。

最初からベンヴィニストを笑い者にするようセットしている。

これはまともな学術誌がやることではない。

科学者をおちょくり、主張を炎上させ、面白がる。ひいては、ネイチャー誌の売り上げを伸ばす、という汚い魂胆が見え見えである。

常軌を逸している。卑劣である。

それに便乗したメディアもメディアである。

学術誌は、真理追求を真摯に議論し人類の知を蓄積する場である。

《3》科学研究とは何か? 

グリンネルの研究成功マニュアル』(1998年10月)の修正引用を続ける。

ベンヴィニスト事件の終わりごろには、論文の内容に対してたくさんの批判が集まっていた。ただ、残念なことに、ベンヴィニストの研究結果を科学的に納得できるように説明したものは一つもなかった。

ベンヴィニストの見たものは間違っていたのだろうか? そうだとしたら、どこがどのように間違っていたのか?

それにしても、どんな小さなことでも不正だと疑って調査すれば、それだけで、科学も科学者も大きなダメージを受ける。不正だと騒いで科学をおもしろおかしく週刊誌ネタにしてしまう危険性は、実のところかなり大きい。このことを肝に銘じておきたいものである。(『グリンネルの研究成功マニュアル』(1998年10月)

研究室の院生が予想と反する実験データを持ってきた時、ボス(研究者)はどのような思考をするのか?

① 院生がどこかを間違えた。② 予想を立てる根拠とした論文がおかしい。③実験デザインがおかしい。

しかし、実際は他にもいろいろある。④市販の薬品のラベルと中身が違っていた。⑤ 院生がデータねつ造した(この場合は予想に沿う実験データが多い)。⑥ その他の理由。

多くの場合、理由はよくわからない。理由の追求途中で、時間がかかるし、面倒だからデータを放棄する。

そして、⑦ 従来の理論・概念と異なる新発見、ということがマレにある。

白楽は院生の時、従来の理論と異なる大発見をした。実験室で夜11時ころ、1人で実験し、顕微鏡を使った画像で大発見をした。スゴク興奮した。翌日、再現実験をしたが、再現できなかった。1週間ほど何度も何度も再現を試みたが、二度と再現できなかった。どこを間違えたのか?

仕方なく、友人にも指導教授に大発見のことを何も言わないで、そっと、データを放棄した。

その後、何年も経って、米国の研究者が「ほぼ」同じ発見をして、その分野の研究は大きく前進した。

そういう経験は、その後、白楽が中堅研究者になった時にも、1回あった。

でも、再現できなければ、負けである。

現実には、再現できない実験データはソコソコあって、ほとんどは「間違い」のガラクタである。

というわけで、実験科学者として、データをどう見るか? 何を真理と捉えるか? そう単純ではない。

ベンヴィニスト事件で、科学研究はどうあるべきなのか、いろいろ、考えさせられた。

150114 ベンヴィニスト3ジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste) 写真出典

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の協力もあり、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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●9.【主要情報源】

① ◎ウィキペディア英語版:Jacques Benveniste – Wikipedia
② ウィキペディア日本語:ジャック・バンヴェニスト – Wikipedia
③ ◎著書 『グリンネルの研究成功マニュアル』(1998年10月)
④ 2004年10月8日のフィリップ・ボール(Philip Ball)の「Nature」記事:The memory of water : Nature News
(白楽未読)2005年4月のジャック・ベンヴィニスト(Jacques Benveniste)の著書『Ma verite sur la ≪memoire de l’eau≫』(日本語訳版『真実の告白 水の記憶事件』2006/2/6。ジャック・ベンベニスト (著), フランソワ・コート (著), 由井 寅子 (著), 堀 一美 (著), 小幡 すぎ子 (著))(表紙出典、原書日本語訳)。
⑥ 2023年8月21日の著者名不記載の「CodeList」記事:Jacques Benveniste, the water salesman who deceived Nature magazine – CodeList
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●コメント

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