7-173 「書評」:チャールズ・ピラー:『ドクタード』アルツハイマー病研究詐欺

2025年5月30日掲載 

白楽の意図:チャールズ・ピラー(Charles Piller)の著書『Doctored: Fraud, Arrogance, and Tragedy in the Quest to Cure Alzheimer’s』(2025年2月出版)の書評であるジェームズ・ボール(James Ball)の「2025年2月のGuardian」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.書籍
2.ボールの「2025年2月のGuardian」論文
7.白楽の感想
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【書籍】

★『ドクタード(Doctored)』

チャールズ・ピラー(Charles Piller、写真出典)の著書・『Doctored: Fraud, Arrogance, and Tragedy in the Quest to Cure Alzheimer’s』は2025年2月4日に出版された。

直訳すると『ドクタード:アルツハイマー病治療法探求での詐欺、傲慢、悲劇』となる。

説明不要だと思うが、以下、お節介で、説明する。

本のタイトルの「ドクタード(Doctored)」は「不正に加工した」という意味だけど、「doctor」は名詞でドクター、つまり「医師、博士」、他動詞として「〔~を〕治療する」「人を欺くために文書などを〕改ざんする、不正に変更する」という意味がある。(出典:doctorの意味・使い方・読み方|英辞郎 on the WEB)。

「医師、博士」が「人を欺くために文書を不正にねつ造・改ざんした」という両方の意味を含んだ味のある単語をタイトルとして使用した(と白楽は感心した)。

以下、表紙を含め書誌情報の出典はアマゾン

Publisher ‏ : ‎ Atria/One Signal Publishers (February 4, 2025)
Language ‏ : ‎ English
Hardcover ‏ : ‎ 352 pages
ISBN-10 ‏ : ‎ 1668031248
ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1668031247
Item Weight ‏ : ‎ 1.06 pounds
Dimensions ‏ : ‎ 6 x 1 x 9 inches

★解説と書評の記事リスト(網羅的ではない)

この『ドクタード(Doctored)』は、英語圏メディアでたくさん取り上げられ、たくさんの書評がある。適当に見つけただけで、以下のようにたくさんあった。

その中から「4」を選んで、次章「2」で読み解いた。

  1. 2025年2月4日のチャールズ・ピラー(Charles Piller)自身の解説「Transmitter」:‘Doctored: Fraud, Arrogance, and Tragedy in the Quest to Cure Alzheimer’s,’ an excerpt | The Transmitter: Neuroscience News and Perspectives
  2. 2025年1月24日のチャールズ・ピラー(Charles Piller)自身の解説「New York Times」:Opinion | The Long Shadow of Fraud in Alzheimer’s Research – The New York Times
  3. 2025年2月4日のIvan Oranskyとチャールズ・ピラー(Charles Piller)のインタビュー「medcentral」:The Science We Depend On: Behind Alzheimer’s Disease with Charles Piller
  4. ●2025年2月20日のジェームズ・ボール(James Ball)の書評、「Guardian」記事:Doctored by Charles Piller review – the scandal that derailed Alzheimer’s research | Science and nature books | The Guardian
  5. 2025年3月3日のジョセフ・フリードマン(Joseph H. Friedman)の書評、「R I Med J (2013). 2025 Mar 3;108(3):51-52.」記事:2025-03-51-bookreview-friedman.pdf
  6. 2025年3月5日のチャバ・サボ(Csaba Szabo)の書評、「For Better Science」記事:“Doctored” by Charles Piller – book review – For Better Science
  7. 2025年3月31日のロバート・プレンティス(Robert Prentice)の書評、「Ethics Unwrapped」記事: Doctored: A Behavioral Explanation of Research Fraud and Alzheimer’s – Ethics Unwrapped
  8. 2025年5月29日のマイケル・ベンダー(Michael Bender)の書評、「British Psychological Society」記事:A cascade of mistrust

●2.【ボールの「2025年2月のGuardian」論文】

★読んだ論文

  • 論文名:Doctored by Charles Piller review – the scandal that derailed Alzheimer’s research
    日本語訳:チャールズ・ピラー著『ドクタード』書評 – アルツハイマー病研究を狂わせたスキャンダル
  • 著者:James Ball
  • 掲載誌・巻・ページ:Guardian
  • 発行年月日:2025年2月20日
  • ウェブサイト:https://www.theguardian.com/books/2025/feb/20/doctored-by-charles-piller-review-the-scandal-that-derailed-alzheimers-research
  • 著者の紹介:ジェームズ・ボール(James Ball、写真出典は本論文)は多数の賞を受賞している英国の著名な作家でジャーナリスト。
  • 学歴:xxxx年に英国のオックスフォード大学(University of Oxford)で学士号(哲学・政治・経済学)、2008年にロンドン大学シティ(City, University of London)で修士号(雑誌ジャーナリズム)。経歴の出典
  • 分野:ジャーナリズム
  • 論文出版時の所属・地位:作家でガーディアン社・記者(Guardian)

●【論文内容】

★アルツハイマー病

老いるまで生きることは、誰もが望む最高の人生である。

それなのに、老いるまで生きると、認知症で自分が誰なのか分からなくなるというのは、皮肉で残酷である。

最も一般的な認知症であるアルツハイマー病を発症する今後10年間の確率は、65歳で約20分の1で、75歳で約7分の1、85歳で3分の1である。

アルツハイマー病が患者と患者の周辺の人々に与える負担は大きく、世界中の何億もの家族が治療法の進歩を望んでいる。

科学者はアルツハイマー病の原因を特定した、とか、治療法は現在試験中である、などの見出しと共に、何年もの間、治療法は間もなく見つかると、メディアは報じてきた。

★著書・『ドクタード(Doctored)』

チャールズ・ピラー(Charles Piller)の著書・『ドクタード(Doctored)』の副題は、「アルツハイマー病治療法探求での詐欺、傲慢、悲劇」である。この副題は既に、結末をネタバレしている。

学術誌『サイエンス』のジャーナリストである著者のチャールズ・ピラーは、この本で、ネカトハンターが見つけたアルツハイマー病の研究詐欺を詳細に記述した。

この研究詐欺は、一般社会で大きく報道すべきスキャンダルだと思うが、科学界以外では、あまり取り上げられていない。

物語は複雑だが、要約すると次のようになる。

何十年もの間、アミロイド仮説と呼ばれる仮説がアルツハイマー病研究を支配し、新薬開発への数十億ドル(数千億円)の公的・私的資金が、アミロイド仮説の関連研究に投入されてきた。

アルツハイマー病で亡くなった人々の脳の神経細胞にアミロイド・プラーク(amyloid plaques)と呼ばれる粘着性タンパク質の塊が見つかった。これがアルツハイマー病の原因だと考えるのは理にかなっているように思えた。

それで、アミロイド・プラークの研究はアルツハイマー病の中心的な研究対象になった。しかし、当初期待されていた成果は、なかなか、得られなかった。

ヘンだと思える事実として、アミロイド・プラークを持っているのにアルツハイマー病の兆候を示さない人が多数いた。つまり、アミロイド仮説には何かが欠けているように思えた。

そして、決定的な証拠と思われるものが発表された。

2006年、ミネソタ大学のシルヴァン・レズネー(Sylvain Lesné)とカレン・アッシュ(Karen Ashe)は、アミロイドにはいくつかのサブタイプがあり、その1つのサブタイプが記憶障害を引き起こすことを突き止めた。

そして、その「2006年3月のNature」論文は、アルツハイマー病の研究分野で最も引用される論文の1つとなった。

しかし、16年後の2022年、ネカトハンターは、その「2006年3月のNature」論文の重要な画像が、どうやら、仮説に合うように人為的に加工された可能性があることを見つけた。 → シルヴァン・レズネー(Sylvain Lesné)、カレン・アッシュ(Karen Ashe)(米) | 白楽の研究者倫理

シルヴァン・レズネー(Sylvain Lesné)、カレン・アッシュ(Karen Ashe)(米)

当初、ミネソタ大学の研究者・シルヴァン・レズネー(Sylvain Lesné)はこの人為的加工に反論したが、「2006年3月のNature」論文は、2025年現在、撤回されている。同じ研究結果に基づく他の論文も撤回されている。

本書『ドクタード(Doctored)』で説明されているように、ネカト調査は継続中で、関与した複数の研究者は不正行為について一切知らないと、ネカトを否定している。

どうやら、アルツハイマー病の研究に費やされた何十年もの努力と数十億ドル(数千億円)は、偽りの証拠に基づいた上の、嘘を上塗りする虚構の作業だったようだ。この損害の規模は計り知れないほど大きい。

著者・ピラーは、経験豊かな専門記者らしく、難しい題材を辛抱強く、細心の注意を払って書いている。

しかし、本を読み進めるにつれ、読者は不快になるだろう。

物語は、1人または少数の科学者による画像の偽造疑惑から始まる。

そして、最後には、すべての研究成果は信頼できないかもしれない、という科学への不信感が残る。

『ドクタード(Doctored)』は明らかに、優秀で粘り強いジャーナリズムの成果である。それを賞賛するのは簡単だが、読むのは苦痛である。

著者・ピラーは、主要人物の全員を、出生地、両親・祖父母の職業を調べ記載するペン・ポートレート(pen portraits)のスタイルで記述している。

物語に人間味を持たせようとしたためだと思うが、これを何回も続けて読まされると、読者はイライラする。

この点は残念だが、『ドクタード(Doctored)』の核心である研究詐欺スキャンダルは、とても重要である。もっと多くの人に知ってもらいたい。

このスキャンダルによって、アルツハイマー病の治療法を見つけるのが何年も何十年も遅れたと思われる。

科学や医学の研究者だけでなく、多くの人々、特に、科学政策を決定をする人たちも、この本を読むべきである。

●7.【白楽の感想】

《1》神経科学のネカト事件の日米差 

ここ1~2年、アルツハイマー病の研究詐欺に関して、米国では多数の著名な研究者のネカト行為が発覚し(例:以下)、科学研究の信頼が失われ、危機的だと批判する論評がいくつもある。

29 .「ネカト疑惑で告発されたアルツハイマー病・高レベル研究者のリスト」:2024年10月20日

一方、日本では、この問題を研究者向けメディアも国民向けメディア(主要新聞など)もほとんど取り上げない。

日本人のネカト事件ではないからだろうが、日本のこの無知と閉鎖性は欧米の研究公正に対する感覚とおおきなギャップを生むだろう。

著書の表紙と著者のチャールズ・ピラー(Charles Piller)。写真出典:https://www.kqed.org:443/forum/2010101908735/how-fraud-greed-and-negligence-have-stymied-alzheimers-research-and-progress-toward-a-cure

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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