ラム・サシセカラン(Ram Sasisekharan)(米)

2022年5月20日掲載 

ワンポイント:マサチューセッツ工科大学・教授のサシセカランは、2015年と2018年の2論文でウイルス抗体のアミノ酸配列デザインを発表した。2019年、ダートマス大学のティルマン・ガーングロス教授(Tillman Gerngross)がこのアミノ酸配列は他の研究者のアイデアを盗用していると指摘した。サシセカラン(56歳?)は否定し、マサチューセッツ工科大学はネカト調査をしていない(推定)。論文は撤回・訂正されていない。その1年前の2018年、日本の大塚製薬は約430億円で関連会社を買収していたが、この事件で、株価は1.6%下落した。国民の損害額(推定)は2億円(大雑把)。

追記
・2023年8月25日記事:‘Gagged and blindsided’: how an allegation of research misconduct affected our lab
・2023年6月14日記事: Vindicated MIT professor says probe into his lab did lasting damage
・2023年3月20日記事:マサチューセッツ工科大学はシロと結論:‘No finding of research misconduct’: MIT ends 3.5-year review of biotech founder, professor Sasisekharan – Endpoints News
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

ラム・サシセカラン(Ram Sasisekharan、ORCID iD:?、写真出典)は、インドのバンガロール大学(Bangalore University)で学士号を取得後、渡米し、米国のマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)・教授になった。専門は生物工学である。

父親は著名な生命科学者のヴィスワナタン・サシセカラン(Viswanathan Sasisekharan – Wikipedia)である。

2015年と2018年の2論文でウイルス抗体のアミノ酸配列をデザインし、発表した。

2019年、ダートマス大学のティルマン・ガーングロス教授(Tillman Gerngross)が、サシセカランのデザインしたアミノ酸配列は他の研究者のアイデアを盗用していると指摘した。

ガーングロス教授は、論文で、抗体重鎖のアミノ酸配列の重複度は87%、類似度は96%。抗体軽鎖のアミノ酸配列の重複度は81%、類似度は88%、と数値を示している。酷似度が高いので、盗用だと指摘した。

サシセカラン(56歳?)は盗用を否定し、マサチューセッツ工科大学はネカト調査をしていない(推定)。論文は撤回・訂正されていない。

事件の1年前の2018年、日本の大塚製薬は約430億円で関連会社を完全子会社化していた。この事件で、株価が1.6%下落した。

マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:インド
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:ハーバード大学医科大学院
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1963年1月1日生まれとする。1985年に学士号を取得した時を22歳とした
  • 現在の年齢:61 歳?
  • 分野:生物工学
  • 不正論文発表:2015年(52歳?)と2018年(55歳?)
  • 発覚年:2019年(56歳?)
  • 発覚時地位:マサチューセッツ工科大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はダートマス大学のティルマン・ガーングロス教授(Tillman Gerngross)で、「2019年5月のMAbs」論文で指摘
  • ステップ2(メディア):「STAT」、「Scientist」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①マサチューセッツ工科大学は調査していない(推定)
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない(推定)
  • 大学の透明性:調査していない、発表なし(✖)
  • 不正:アイデアの盗用疑惑
  • 不正論文数:2報
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は2億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典:Harvard Magazine保存版

  • 生年月日:不明。仮に1963年1月1日生まれとする。1985年に学士号を取得した時を22歳とした。父親は著名な生命科学者のヴィスワナタン・サシセカラン(Viswanathan Sasisekharan – Wikipedia
  • 1985年(22歳?):インドのバンガロール大学(Bangalore University)で学士号取得:物理科学
  • 19xx年(xx歳):米国のハーバード大学(Harvard University)で修士号取得:生物物理学
  • 1992年(29歳?):米国のハーバード大学医科大学院(Harvard Medical School)で研究博士号(PhD)を取得:医科学
  • 1996年(33歳?):マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)・生物工学・助教授。その後、正教授になる
  • 2015年(52歳?):後でアイデア盗用とされた1報目の「2015年9月のProc Natl Acad Sci U S A」論文を発表
  • 2018年(55歳?):後でアイデア盗用とされた2報目の「2018年5月のCell Host Microbe」論文を発表
  • 2019年5月(56歳?):上記2論文がアイデア盗用と指摘された
  • 2022年5月18日(59歳?)現在:サチューセッツ工科大学・教授職を維持:Ram Sasisekharan, PhD | MIT Department of Biological Engineering

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
「ラム・サシセカラン」と紹介。
講演動画:「Ram Sasisekharan: Convergence of Life Sciences with Engineering – YouTube」(英語)39分40秒。
MoleCluesTV チャンネル登録者数 7650人 が2014/03/2 に公開

●4.【日本語の解説】

★2014年x月xx日: AFPBB News:著者不記載:「ヘパリンが死をもたらした理由を解明、研究報告」

事件とは無関係だが、ラム・サシセカラン(Ram Sasisekharan)が登場した。

出典 → ココ、(保存版) 

【4月24日 AFP】米国とドイツで死者数十人を出した血液凝固阻止剤ヘパリン(heparin)について、国際研究チームは、汚染されたヘパリンがどのように安全検査を通過したのかを示す2つの研究結果を発表した。

両研究を率いたのは、米マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology、MIT)のRam Sasisekharan教授。研究は汚染物質を特定するとともに、米国だけで少なくとも死者81人を出したアレルギー反応がヘパリンによってどのように引き起こされたかを示している。

続きは、原典をお読みください。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

ラム・サシセカラン(Ram Sasisekharan、写真: Bryce Vickmark 出典)の研究室は2つのモノクローナル抗体薬を開発した。

1つはインフルエンザに対する「2015年9月のProc Natl Acad Sci U S A」論文で、もう1つはジカウイルスに対する「2018年5月のCell Host Microbe」論文だった。

  1. A broadly neutralizing human monoclonal antibody is effective against H7N9.
    Tharakaraman K, Subramanian V, Viswanathan K, Sloan S, Yen HL, Barnard DL, Leung YH, Szretter KJ, Koch TJ, Delaney JC, Babcock GJ, Wogan GN, Sasisekharan R, Shriver Z.
    Proc Natl Acad Sci U S A. 2015 Sep 1;112(35):10890-5. doi: 10.1073/pnas.1502374112. Epub 2015 Aug 17.
  2. Rational Engineering and Characterization of an mAb that Neutralizes Zika Virus by Targeting a Mutationally Constrained Quaternary Epitope.
    Tharakaraman K, Watanabe S, Chan KR, Huan J, Subramanian V, Chionh YH, Raguram A, Quinlan D, McBee M, Ong EZ, Gan ES, Tan HC, Tyagi A, Bhushan S, Lescar J, Vasudevan SG, Ooi EE, Sasisekharan R.
    Cell Host Microbe. 2018 May 9;23(5):618-627.e6. doi: 10.1016/j.chom.2018.04.004.

2019年、ところが、上記の論文は、他の研究者の抗体と構造が酷似していて、盗用ではないかと指摘された。

具体的に書くと、2019年5月20日、ダートマス大学(Dartmouth College)のティルマン・ガーングロス教授(Tillman Gerngross – Wikipedia、写真Credit: Genevieve de Manio Photography出典)が以下の「2019年5月のMAbs」論文で指摘した。

ガーングロス教授は抗体開発に焦点を当てたバイオ企業・アディマブ社(Adimab LLC)の創設者でもある。

上記の論文で、ラム・サシセカラン(Ram Sasisekharan)の研究室が開発中のインフルエンザに対するモノクローナル抗体薬(VIS410)は、すでに発表された抗体FI6v3とよく似ていると指摘した。

以下の図(出典は原著論文)で示すように、重鎖アミノ酸配列の重複度は87%、類似度は96%。軽鎖アミノ酸配列の重複度は81%、類似度は88%、と酷似している。

FI6v3:別の研究室が「2011年8月のScience」論文で発表した抗体
VIS410:インフルエンザに対するサシセカランの抗体

FI6v3はスイスのアントニオ・ランザヴェッキア(Antonio Lanzavecchia)が以下の「2011年8月のScience」論文で発表したインフルエンザ抗体である。

ガーングロス教授はこの盗用は深刻な不正だと糾弾している。

サシセカランの論文は、コンピューターを使って新薬の開発を研究した論文である。インフルエンザ抗体とジカ抗体の両方とも、抗体ー抗原の界面と構造に関するアミノ酸配列をコンピューターで予測していた。

ところが、サシセカランの論文では、エピトープをどのように特定したか、抗体をどのように設計したかについて、明確に説明していなかった。それで、先行研究のアミノ酸配列を盗用したと指摘されたのだ。

記者がサシセカランにコメントを求めると、「問題の2つ抗体には根本的な違いがあり、ガーングロス教授の主張は不正確で無作法です」と反論した。また、インフルエンザ抗体の開発は彼の研究室ではなく、彼が10年以上前に共同設立したバイオテクノロジー企業のビステラ社(Visterra)が行なったと付け加えた。

記者がマサチューセッツ工科大学にコメントを求めると、マサチューセッツ工科大学は「連邦政府の規則とマサチューセッツ工科大学の規則により、本学の特定の研究者の研究公正についてコメントすることは認められておりません。提起された懸念を調査する場合、機密保持することになっております」とツンケンした回答をしてきた。

なお、この事件の1年前の2018年7月11日、日本の大塚製薬はビステラ社(Visterra)を4億3000万ドル(約430億円)で買収(完全子会社化)していた。 → 米国バイオベンチャー「ビステラ社」の買収について-抗体プラットフォーム技術を獲得-|大塚製薬保存版

この事件のニュースが報じられた後、大塚製薬の株価は1.6%下落した。

【盗用の具体例】

ラム・サシセカラン(Ram Sasisekharan)は抗体の作成アイデア、つまり、アミノ酸配列を盗用したとの疑惑を受けた。

本文にも書いたが、具体的な部分を再掲すると以下のようである。

以下の図(出典は原著論文)で示すように、重鎖アミノ酸配列の重複度は87%、類似度は96%。軽鎖アミノ酸配列の重複度は81%、類似度は88%、と酷似している。

FI6v3:別の研究室が「2011年8月のScience」論文で発表した抗体
VIS410:インフルエンザに対するサシセカランの抗体

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2022年5月18日現在、パブメド(PubMed)で、ラム・サシセカラン(Ram Sasisekharan)の論文を「Ram Sasisekharan[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2022年の21年間の143論文がヒットした。

2022年5月18日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2022年5月18日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでラム・サシセカラン(Ram Sasisekharan)を「Ram Sasisekharan」で検索すると、 0論文が訂正、0論文が懸念表明、0論文が撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2022年5月18日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ラム・サシセカラン(Ram Sasisekharan)の論文のコメントを「Ram Sasisekharan」で検索すると、本記事で問題にした「2018年のCell Host & Microbe」論文・1論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》判定 

ラム・サシセカラン(Ram Sasisekharan)がアイデアを盗用したのかどうか、判定は難しい。

論文では、抗体をどのように設計したかについて、明確に説明していなかった。そして、かなり高い類似度である。しかも、盗用との指摘に対する対応に誠実さが欠けている。誠実さの欠如はネカト者の特徴の1つである。

白楽の印象は盗用だと思う。

しかし、印象で事を進められない。シロクロを判定するには、サシセカラン研究室で抗体設計した際の研究記録を入手し、記録を分析しないと、たまたま似てしまったのか、盗用したのか、判断できない。

《2》透明性と説明責任 

マサチューセッツ工科大学は調査したのか、しなかったのか、大学がコメントしない方針なので、わからないが、問題発覚から3年が経過している。①ネカト調査しなかった、②ネカト調査の結果、シロと判定した、のどちらかだろう。

しかし、マサチューセッツ工科大学には驚いた。

世界的に著名な大学なのだから、もっと透明性と説明責任を高めるべきである。状況を説明しないという態度は、傲慢で国民をバカにしている。

ラム・サシセカラン(Ram Sasisekharan)。Photo by Bryce Vickmark。出典: https://news.mit.edu/2020/3-questions-ram-sasisekharan-hastening-development-infectious-disease-vaccines-treatments-1008

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●9.【主要情報源】

① 〇2019年5月21日のダミアン・ガルド(Damian Garde)記者の「STAT」記事:MIT professor accused of claiming others’ scientific discoveries as his own
② 2019年5月23日のアレックス・キオン(Alex Keown)記者の「BioSpace」記事:MIT Professor Passed Off the Work of Others as His Own, Paper Claims | BioSpace
③ 2019年5月24日のコリーン・フラハティ(Colleen Flaherty)記者の「Inside Higher Ed」記事:MIT Bioengineer Accused of Research Misconduct
④ 〇2019年5月29日のキャサリン・オフフォード(Catherine Offord)記者の「Scientist」記事:MIT Researcher Allegedly Copied Other Groups’ Drug Designs | The Scientist Magazine®
⑤ 閲覧有料・白楽未読。2019年5月26日のジョセフ・ウォーカー(Joseph Walker)記者の「WSJ」記事:MIT Scientist’s Biotech Research Is Called Into Question – WSJ
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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