アリエ・クェリド(Arie Querido)(オランダ)

2017年4月30日掲載。

ワンポイント:1923年、22歳の医学生だったクェリドたちが面白半分にデタラメ論文を仕上げ、面白半分に投稿したら、論文として出版された。没後の2003年、クェリドの自伝を読んでいた学術誌編集員が、デタラメ論文に気が付いて撤回した。94年前のねつ造論文事件から何を学べるのやら? Livescienceの「ナイストライ:2016年の5大撤回科学論文」:2016年12月28日の第5位である。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

アリエ・クェリド(Arie Querido、写真出典)は、1901年生まれで、オランダのアムステルダム大学(University of Amsterdam)の医学生だった。1923年(22歳)、ふざけて、デタラメな症例の医学論文を造り、投稿したら、出版されてしまった。

その後、アムステルダム大学・医学部・教授(社会医学)になり、そして、上院議員にもなり、1983年に82歳で亡くなった。

2003年(没後20年)、論文掲載の学術誌の編集員が著者の自伝を読んで、1923年の論文は、内容がデタラメだと自伝に書いてあることに気が付いた。それで、80年前の論文を撤回した。

2016年(論文撤回後13年)、撤回監視が、13年前の論文撤回に気が付いて記事にした。

94年前のネカト事件から、何が学べるのか?

クェリド事件は、2016年ランキングのLivescienceの「ナイストライ:2016年の5大撤回科学論文」:2016年12月28日の第5位である。

アムステルダム大学(University of Amsterdam)。写真出典

  • 国:オランダ
  • 成長国:オランダ
  • 医師免許(MD)取得:アムステルダム大学
  • 研究博士号(PhD)取得:?
  • 男女:男性
  • 生年月日:1901年1月18日
  • 没:1983年7月5日(82歳)
  • 分野:医学
  • 最初の不正論文発表:1923年(22歳)
  • 発覚年:没後20年の2003年
  • 発覚時地位:
  • ステップ1(発覚):学術誌「Ned Tijdschr Geneeskd」編集員が著者の自伝を読んで気が付いた
  • ステップ2(メディア):
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):学術誌「Ned Tijdschr Geneeskd」編集員
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 不正:イタズラのねつ造・改ざん
  • 不正論文数:1報撤回
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 研究費:
  • 結末:

●2.【経歴と経過】

  • 1901年1月18日:アムステルダムで生まれる
  • 1918年9月-1926年2月(18-25歳):アムステルダム大学Universiteit van Amsterdam)・医学部
  • 1923年(22歳):データねつ造論文を発表
  • 1952年(51歳):アムステルダム大学・医学部・教授。社会医学
  • 1958-1971年(57-70歳):労働党所属の上院議員
  • 1983年7月5日(82歳):死亡

●5.【不正発覚の経緯と内容】

以下は、「撤回監視(Retraction Watch)」記事による(【主要情報源】②)。

アリエ・クェリドと仲間の医学生は、試験勉強を終えて、ほっとした時間を一緒に過ごしていた。話が、架空の疾患の話になった。

僕たちは新しい架空の病気とその内容を考え始めたんです。最初は、気楽に始めたんですけど、だんだん面白くなって、「もしこの病気に苦しむなら、どんな症状だろう?」と考えました。

「もし臓器発達障害があって、腎臓(中腎)の成長が止まらなかったら」と、A君が言ったら、B君が 「胸部に背骨を横切る腎臓になってしまう」と答えた 。

「そうだ。そうだね」とA君。

B君はさらに、「中腎は精巣の輸出性の小管を形成するので、その場合、そこには精巣ができないね」 。

今度はC君が、「それは正しい」と言い、つづけて、「もしそして、半分人間の肺が感染したら、感染菌は初期の腎盂に広がり、…」

医学生たちは、この仮想疾患を学術誌に投稿してみようということになった。

僕達は試験を忘れるほど熱中した。僕達の見事なアイデアをどう論文にしようかと戦略を練った。オランダでこの疾患が見つかっていないことは過去の論文からすぐにわかった。

オランダオの植民地である東インド諸島に住む人の疾患として論文にまとめ、「H.van der Speck と geval van uroptoë Een 」の共著名で、面白半分に投稿した。

学生たちは、審査の段階で落とされるハズと想定した。まさか出版されるとは夢にも考えなかった。ところが、瓢箪から駒で、論文として出版されたのである。

論文は、患者を次のように記述している。

24歳の男性が肺炎で入院した。最初の診察で彼の身体は左右非対称であることがわかった。肺炎の治療中に容態が悪化した。3日目、彼は咳をし、多量の液体を吐き出したが、その液体の臭いは尿のようだった。それで、その液体のクレアチンを測定すると、尿のクレアチン濃度と同じだった。X線写真を撮影すると、胸に多量の胸膜液が蓄積していた。そして、1000mlの胸膜流を吐き出して間もなく、患者は死んだ。死体解剖すると、左胸部空洞に腎臓がみつかった。

このイタズラ論文のことを、晩年になって、アリエ・クェリドは記事にした。

  • Querido A. Doorgaand verkeer. Autobiografische fragmenten.
    Lochem: De Tijdstroom; 1980. p. 41-4.

2003年(没後20年)、その記事に気が付いた「Ned Tijdschr Geneeskd」誌編集者が、「1923年のNed Tijdschr Geneeskd」論文を編集者権限で2003年に撤回した。
→ 5頁目に英語の説明:https://www.ntvg.nl/system/files/publications/2003125090001a.pdf

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

以下の「1923年のNed Tijdschr Geneeskd」論文が2003年に撤回された。

  • Speck H van der. Een geval van uroptoë.  Ned Tijdschr Geneeskd 1923;67:1855-7.

●7.【白楽の感想】

《1》80年前の論文の撤回

80年前の論文を撤回した。

アリエ・クェリド(Arie Querido)

内容が正しいとしても、80年前の論文の内容がそのまま現代に通用すると考える研究者はほとんどいない。

こんなに古い論文の検証や撤回が必要だろうか?

論文には時効を設けるのが現実的だ。例えば、30年以上前の論文は、研究の歴史を語る以外、現在の研究論文の先行研究として引用しない。勿論、現代に通用する特定の論文は除く。例えば、過去5年以内に5回以上引用されているのを特定の論文とする。

《2》面白半分に投稿

22歳の学生たちが面白半分にデタラメ論文を仕上げ、面白半分に投稿した。それが論文として出版された事件だが、何をどうするのが健全なのだろうか?

なんか、元気があって、独創性を試す想像力の勝負でオモシロイ、という気もする。

しかし、ネカト学者としては、動機はどうであれ、データねつ造論文である。他のネカト論文と同じように対処する。それ以上でも以下でもない。

一般論として、科学の歴史では、過去にトンデモないデータねつ造事件があったことに感心する。「全期間ランキング」に記載したビジネス・インサイダーの「歴史的に最も有名な10大科学インチキ」:2016年9月11日、には驚いてしまう。

イグノーベル賞ならぬイグねつ造賞を設けて、素晴らしい発想の科学的インチキを毎年、募集したらどうだろう?
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●8.【主要情報源】

① ウィキペディア・オランダオ語版:Arie Querido – Wikipedia
② 2016年1月6日のシャノン・パラス(Shannon Palus)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:We have a new record: 80 years from publication to retraction – Retraction Watch at Retraction Watch
③ Biografisch Woordenboek van Nederland:1880-2000:Querido, Arie (1901-1983)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

アリエ・クェリド(Arie Querido)

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