「白楽の感想」集:2014年12月

2020年8月30日掲載 

「白楽の研究者倫理」の2014年12月記事の「白楽の感想」部分を集めた。これ以前のは集め損ねた。

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《1》 査読システムと論文出版の問題

この事件は、査読システムの盲点をついたことになっているが、そもそも、現行の査読システムと論文出版のあり方には多数の問題がある。問題の明示・議論・洞察・改善の努力をするようにと、随分前から指摘されていた。

研究者は研究成果を出すだけという研究文化が、そもそも、事態を捻じ曲げ、必要な処置を放置する状況を作ってきたのだ。

2013年12月13日の読売新聞に「3科学誌は商業主義…ノーベル受賞者が「絶縁」」の記事がある。

【ワシントン=中島達雄】今年のノーベル生理学・医学賞を受賞した米カリフォルニア大バークレー校のランディ・シェックマン教授(64)が、世界的に有名な3大科学誌は商業主義的な体質で科学研究の現場をゆがめているとして、今後、3誌に論文を投稿しないとの考えを明らかにした。

教授は9日、英ガーディアン紙に寄稿し、英ネイチャー、米サイエンス、米セルの3誌を批判した。研究者の多くは、評価が高まるとして、3誌への掲載を競うが、教授は「3誌は科学研究を奨励するよりも、ブランド力を高めて販売部数を増やすことに必死だ」と指摘した。

その上で「人目を引いたり、物議を醸したりする論文を載せる傾向がある」との見方を示し、3誌が注目されやすい流行の研究分野を作り出すことで「その他の重要な分野がおろそかになる」と問題を提起した。(2013年12月13日15時23分  読売新聞)

最近、他にも査読偽装が報告されているが(中国のGuang-Zhi He、経済学のKhalid Zamanなど)、実際は、昔からもっとたくさんあったのではないだろうか?

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《1》 公益通報者の重要性

ティルチェルヴァンは、数えていない細胞数の数値をデータとして「ねつ造」した。ティルチェルヴァン研究室に細胞数を測定する設備がないのはティルチェルヴァンに近い研究者でなければわからない。

以前、共同研究者が細胞数の測定を依頼され、測定した。それが、今度は測定を依頼されないのに細胞数のデータが載った論文が発表された。誰が測定したのだろうという疑念から「ねつ造」に気付いて、公益通報した。

これが発覚の発端である。内部からの公益通報がなければ、不正研究と気がつくのはとても困難だったろう。

《2》 不正研究者の他の論文の信頼性

ティルチェルヴァンの2005年の論文がねつ造とされたが、その2報だけでねつ造データを使ったのだろうか? その前後の論文は、どれも、同じ意図、つまりデータねつ造されたハズではないのか?

それなのに、問題視したのは公益通報された2報だけである。なんかヘンだ。

その前年の2004年から2012年までにティルチェルヴァンは23報の論文を発表している。その内20報が上司のコリー=シュレヒタと共著である。これも、なんかヘンだ。コリー=シュレヒタは、ティルチェルヴァンの2005年の2報だけがおかしく、他の論文ではデータねつ造がないと、知っていたのか?

そうでないなら、一度、信頼を裏切った部下の他の研究論文をどういう理由で信頼しているのだろうか?

データねつ造は細胞数だけではない。論文はデータが満載なので、別のデータがねつ造・改ざんされていないという保証はない。事件が表面化した後の共著論文でも、2012年に1報、2011年に1報、2008年に2報、2007年に3報ある。これらに不正研究はないのだろうか?

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《1》臨床試験

臨床試験(治験)の経費の約8割を製薬企業が負担している現実がある。この仕組みを変えないと、研究公正性を保てない。当たり前の論理なのに、どうして、改善されないのだろう? 誰かに得だからだ。

得するのは、製薬企業、研究大学、医師である。損するのは、一般大衆である。

人間はカネで曲がる。研究は助成金で捻じ曲げられる。助成金バイアスをなんとかすべきだ。

《2》悪い奴ほど出世する

2010年も、2003年の騒動でも、イーステルは、企業寄りのデータばかりを発表し、企業に都合の悪いデータは握りつぶす、自分に都合の悪い研究員も解雇する人物に思える。

だから、出世したのだろう。そういう文化・仕組みを変えないと、「研究上の不正行為」は減らないだろう。

141220 13l[1]2009年のリチャード・イーステル(Richard Eastell)(左):第36回欧州石灰化組織学会(ECTS:European Calcified Tissue Societ)、ウィーン、2009年。写真出典

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《1》 功労者
この事件の重要な役割を演じたのは、ネイチャー誌編集部の行動と判断である。フランスチームの原稿の不正に気がつき、論文として掲載しなかった。さらに、盗用の顛末を記事にした。これで、フランスの「世紀の発見を横取りする陰謀」を阻止することができたのである。

《2》 盗用写真

マーク・エルドマンのシーラカンスとチョッと比較すれば、スキャナーで画像をパソコンに取り込み、画像をねつ造したと簡単にわかる。それなのに、共著者は、どうしてねつ造論文を投稿したのだろう?

事件の責任をどう取ったのかわからないが、ベルナー・セレ(Bernard Seret)は、現在、フランス・パリにある国立自然史博物館の学芸員として働いている。サメの研究で著名である。 写真出典
bernard-seret-171936[1]

一方、マーク・エルドマン(Mark V. Erdmann)は現在、環境問題の国際NGOであるコンサベーション・インターナショナル (Conservation International)のインドネシア海洋プログラムの上級アドバイザーである(出典。写真も)。141205 ci_51115351

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《1》人間関係が崩れていた

ヘルマンはブラッハと長い間、実質的な夫婦で、一緒に住んでいた。

公益通報された1997年、ヘルマンは48歳で、フラッハは37歳だった。この頃、2人の男女関係に亀裂が生じ、それまでの良好な人間関係が崩れていた。

そのために、研究室員の人間関係もギスギスし、不正が外部に出る状況になっていたのだろう。

前にも書いたが、「研究上の不正行為」が明るみに出るには、研究室の人間関係が崩れた時だと言ってよいと思う。

《2》ドイツ政府の処置の悪さ

ダン・アギン(Dan Agin)は、2007年の著書『Junk Science: How Politicians, Corporations, and Other Hucksters Betray Us』で、この事件に対するドイツ政府の処置を批判している。

この事件はなんだったのだろうか? データをねつ造・改ざんし、多数の論文を書いたので、研究者は出世が早く、著名になった。それが、高い年収、富をもたらす教授職、さらに富と名声をもたらす研究費の獲得へとつながった。

しかし、結局、ヘルマンを無罪にしたので、多くのドイツ国民は、ドイツ政府の処理に憤慨し、失望した。

ドイツ政府は、科学界が大きくダメージを受けるのを避けるために、ヘルマンを擁護し、事件の収束に腐心し、うわべを取り繕っただけではないのか?

ヘルマンが率いた1つの研究グループで、国際一流誌にねつ造・改ざん論文を100報近くも発表した。それらは、世界中の誰も追試できなかった。それなのに、処分はこれだけである。

もし、エバーハルト・ヒルト(Eberhard Hildt)が、公益通報しなかったら、いまだに、ねつ造・改ざんは発覚せず、糾弾されていなかっただろう。

日本もそうだけど、ドイツ政府や研究所上層部はどうして甘い処置をしたのだろう。処置が甘いから、改革が進まない。

結局、ドイツ研究振興協会(DFG、German Research Foundation)、大学教授、科学界上層部は、改革よりも、傷つくことを恐れた。将来よりも今取り繕うほうをとった。

なぜか?

仲間を守るというより、実は、自分たちも「研究上の不正行為」をしていたのだろう。ヘルマンの不正が洗いざらい表に出て糾弾されると、自分の不正行為も引きずり出される。自分の不正行為が明るみに出ないように、「研究上の不正行為」追及の活動一般を鎮静化したい。それで、臭いものにフタをしたのだ。自分の保身行動だったのだろう。

日本でも、白楽が研究不正に取り組んだ初期、白楽の昔の先生筋の人(某国立大学の学長になった)から、「そういう操作は、昔は必要悪だったんだよ。その問題は、危険だから触れないように」と諭されたことがある。そして、白楽が素直に従わないと知ると、白楽が申請したポジション(彼は審査員の1人)が不採用になった。

《3》公益通報者の組織

世界各国に公益通報者の組織があることは知らなかった。日本にもありました。

公益通報支援センター(Public Interest Speak-up Advisers :PISA) (日本)がある。「研究上の不正行為」に特化してはいませんが。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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