「脅迫」:ギデオン・コレン(Gideon Koren)(カナダ)


ワンポイント:研究ネカトではない。学術界・研究現場の「いじめ」「脅迫」は研究犯罪だ

【追記】2017年4月30日記事あり:Years before Motherisk scandal, SickKids stood by doctor who wrote ‘poison pen letters’ | Toronto Star

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ギデオン・コレン(Gideon Koren)(カナダ)

【概略】
ギデオン・コレン(Gideon Koren、写真出典)は、カナダのトロント大学(University of Toronto)医学部・教授(Professor of Pediatrics, Pharmacology, Pharmacy and Medical Genetics)で、トロント大学付属病院である病気子供病院(HSC:The Hospital for Sick Children)・医師でもある。

専門は小児科、薬理学で、妊婦の教育・研究を行なう組織であるマザーリスク(Motherisk)の創設者で所長でもある。

なお、トロント大学は、「Times Higher Education」の大学ランキングでカナダ第1位の大学であるWorld University Rankings 2014-15: North America – Times Higher Education)。

事件の背景として、デフェリプロン(deferiprone)という新薬を巡って、コレンは有効で安全、同じトロント大学のナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)が無効で有害と対立していた。

1998-1999年、コレンは匿名で、トロント大学の数十人のオリビエリ賛同者に、口ぎたない「脅迫」文(ヘイトメール)を何通も送った。匿名だったが、コレンの仕業だとバレた。

この「脅迫」は、研究ネカトではない。研究クログレイでもないかもしれない。ただ、学術界・研究現場で「いじめ」「脅迫」「不当人事」などのハラスメントは一般的にはかなりあるだろう。そのほとんどは、事件や犯罪として扱われていない。しかし、これら「いじめ」「脅迫」「不当人事」などのハラスメントを研究犯罪として扱うのはどうだろうかという視点で、コレンの「脅迫」事件を考えてみる。

koren優しげに見える人がヒドイことをする。ギデオン・コレン(Gideon Koren)。写真出典

  • 国:カナダ
  • 成長国:イスラエル
  • 研究博士号(PhD)取得:
  • 男女:男性
  • 生年月日:1947年。仮に、1947年1月1日とする
  • 現在の年齢:70歳?
  • 分野:小児学
  • 最初の脅迫:1998年(51歳)
  • 発覚年:1999年(52歳)
  • 発覚時地位:トロント大学・教授
  • 発覚:同僚の調査
  • 調査:①同僚。②病気子供病院(HSC:The Hospital for Sick Children)・調査委員会
  • 研究犯罪:脅迫
  • 研究犯罪数:少なくとも脅迫文4回送付
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 結末:停職

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トロント大学付属病院の病気子供病院(HSC:The Hospital for Sick Children

【経歴と経過】

  • 1947年月日:イスラエル建国直前のイギリス委任統治領パレスチナのテルアビブに生まれる
  • 1973年(26歳):テルアビブ大学・医学部(Sackler School of Medicine at Tel Aviv University)を卒業。医師免許
  • 19xx年(xx歳):カナダ・トロント大学関連病院である病気子供病院(HSC:The Hospital for Sick Children)で研修医
  • 19xx年(xx歳):カナダ・トロント大学・医学部・教員、ドンドン昇進し、教授
  • 1998-1999年(51‐52歳):「脅迫」事件を起こす

受賞

  • 2012年: Sumner Yaffe Career Award in Pediatric Pharmacology
  • 2003年: Pippenger Award
  • 2000年: Medical Research Council of Canada’s Senior Scientist award
  • 1999年: Irving Sunshine Award
  • 1997年: Rawls-Palmer Award

【ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)】

515086839-2まず、コレンが脅迫したとされるナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri、写真出典)のことを知っておこう。

★経歴

  • 1950年頃生まれる
  • 19xx年(xx歳):カナダのトロント大学(University of Toronto)・自然科学部を卒業。学士号
  • 1978年(xx歳):カナダのマックマスター大学・医学部(McMaster University)を卒業。医師免許
  • 1982年(xx歳):カナダのトロント大学(University of Toronto)・医学部・教員、後に教授(Professor of Pediatrics, Medicine and Public Health Sciences)、トロント大学関連病院である病気子供病院(HSC:The Hospital for Sick Children)・医師。専門は血液学

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★新薬デフェリプロン(deferiprone)

毎年20万人(数百万人という記述もある)の赤ん坊がサラセミア(thalassemia、地中海貧血)という遺伝性の病気をもって生まれる。ヘモグロビン遺伝子が異状なために起こる貧血である。

患者は2‐4週間ごとに輸血を受ける必要があり、心臓、肝臓、内分泌腺を含む体全体に有毒な鉄が蓄積される。その余分な鉄分を心臓から除去するための唯一の効果的な治療法が鉄キレート化剤の投与である。それでも平均寿命は30歳である。

1980年代まで、30年以上、デフェロキサミン(deferoxamine)が余分な鉄分を除く標準的な治療薬だった。しかし、筋肉注射及び点滴静脈注射で投与する煩雑さがあった。

それで、サラセミア患者には、経口投与できる有効なキレート剤の開発が望まれていた。

120px-Deferiprone_svgその状況下で、デフェリプロン(deferiprone)は経口鉄キレート剤として1980年代に英国で最初に開発された。デフェリプロンは左記の簡単な有機化合物で、鉄のキレート剤である。

1989年、オリビエリは、サラセミア患者が鉄過剰症になるのを防ぐ新薬としてデフェリプロンの研究を開始した。

1993年4月、オリビエリとコレンは、カナダの巨大製薬会社のアポテックス社(Apotex Inc)と契約し、資金の援助を受け、定期的な輸血が必要なサラセミア患者の鉄過剰症を防ぐために、新薬・デフェリプロン(deferiprone)の臨床試験を開始した。

1994年、デフェリプロン(deferiprone)はアジア(インド?)で医薬品として認可された。しかし、この時点では、欧州、カナダ、米国、日本では認可されていなかった。

1996年、オリビエリは、デフェリプロンは安全で有効だと6年間信じて臨床試験を行なっていたが、しかし、次の事態が生じたのである。

病気子供病院(HSC)で治療中の患者のデータを分析すると、18人のうち7人が肝臓中の鉄濃度が異常に高いことを、オリビエリは気が付いた。これは、デフェリプロンが肝臓の線維症を悪化させことになる。つまり、一部のサラセミア患者に対して、デフェリプロンは無効で危険だとデータは示していたのである。

この結果を急いで、アポテックス社に伝えると、アポテックス社は予想外の反応をした。

3f553b2アポテックス社・科学研究主任のマイケル・スピノ(Michael Spino、トロント大学・特任教授、後にアポテックス社・社長、写真出典)は、オリビエリの結果を、臨床試験中の患者に伝えずに、オリビエリの解釈がおかしいのではないかとオリビエリの分析を検証し始めたのである。

スピノは、オリビエリからの報告を受けても、デフェリプロンに問題があるとは全く疑わなかった。この時、アポテックス社はデフェリプロンの開発に、既に、数百万ドル(数億円)をかけていたという状況も政策決定に影響したかもしれない。

ブロンド小娘・オリビエリは、1人で(後に賛同者が加勢)、巨人のアポテックス社、トロント大学の同僚・コレン、病気子供病院(HSC)を相手に長い戦争を始めた。

オリビエリは臨床試験に参加している患者へインフォームド・コンセントをする必要があると考えた。しかし、アポテックス社は臨床試験の結果を患者に伝えることを拒んだ。なお、オリビエリは、臨床試験開始時に、アポテックス社の許可なく臨床試験の結果を公表しないという契約書にサインしていた。

Olivieriアポテックス社とコレンは、ブロンド小娘・オリビエリを過小評価していた。しかし、オリビエリは「患者に害があってはならない」、「科学は真実を追求し公表する」という信念から、契約違反ではあったが、一部の患者にはデフェリプロンが無効でありかつ有害だという知見を論文として発表することを決意した。

1998年、オリビエリと同僚は、論文を超一流医学誌「N Engl J Med.」誌の8月号に発表した。以下が書誌情報である。日本語要約は → 重症地中海貧血に対するデフェリプロンによる鉄キレート療法の長期安全性と有効性 | 日本語アブストラクト | The New England Journal of Medicine(日本国内版)

  • Long-term safety and effectiveness of iron-chelation therapy with deferiprone for thalassemia major.
    Olivieri NF, Brittenham GM, McLaren CE, Templeton DM, Cameron RG, McClelland RA, Burt AD, Fleming KA.
    N Engl J Med. 1998 Aug 13;339(7):417-23.

事態は、トロント大学、病気子供病院、学術界、そしてカナダの総理大臣までを巻き込んだ大スキャンダルに発展した。

病気子供病院(HSC)は、オリビエリの研究部長の地位を剥ぎ取り、トロント大学は、病気子供病院(HSC)とアポテックス社の仲介を拒否した。この時、実は、トロント大学は医学部新棟の建設のため、アポテックス社から数百万ドル(数億円)の寄付の申込みを協議していたのだった。

オリビエリの戦いは、患者の安全を犠牲にする倫理的な問題、学術研究の自由の抑圧、商業的な助成研究による利益相反、不法な威圧、地位剥奪、研究ネカトなど諸問題が複雑に絡んでいた。
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【研究犯罪の経緯】

★ピーター・デューリー教授への「脅迫」

9592-04996ピーター・デューリー(Peter Durie、写真出典)はトロント大学・小児科教授で病気子供病院(HSC)医師でもあった。

そして、ナンシー・オリビエリの行動を支援していた。

1998年10月-1999年年5月、ギデオン・コレン(Gideon Koren)は、ナンシー・オリビエリが新薬に疑問を表明しているのをヤメさせるために、トロント大学の病気子供病院(HSC)スタッフ数十人に匿名の「脅迫」文(ヘイトメール)を送ったのである。

3通の「脅迫」手紙を、ピーター・デューリー(Peter Durie)に、4通目の「脅迫」手紙は、ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)と彼女の3人の同僚を含む23人の病気子供病院(HSC)病院スタッフに送った。

脅迫文には、研究者には「非倫理的!」とか「ブタ野郎!」などの口ぎたない言葉を浴びせ、ピーター・デューリーには「病院を辞めろ!」と書いていた。

一例目。

全文の翻訳をしなくてスミマセンが、2行目冒頭に「ブタ野郎!(pigs)」や4行目中央に「非倫理的!(unethical)」という単語が目に入る。

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二例目。

以下の手紙はピーター・デューリー教授(Peter Durie)宛の3通目である。
―――
手紙の部分訳
ピーター・デューリーへ    1998年10月21日

(中略)
病院の多くの医師と科学者は、あなたは病気子供病院(HSC)を去るべきだと思っていることを、あなたに伝えるために手紙を書いています。
(中略)
今が、他の病院に移籍するのに良い時です。
(中略)

ますます悪く
愕然とするあなたの同僚
―――
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デュリーたちは、臨床試験の扱いに関して病院と争っていたオリビエリを支持していた。

デュリーは、病気子供病院(HSC)に匿名の「脅迫」手紙の報告をしたが、病気子供病院は何も対応してくれなかった。

そして、ギデオン・コレン(Gideon Koren)は、彼が脅迫手紙を送ったことを否定した。

1999年春、病気子供病院の対応に不満なデュリーは私立探偵を個人的に雇った。探偵は、匿名の手紙のうちの1通のコピーをギデオン・コレンの家のゴミ箱から見つけた。

病気子供病院(HSC)も、ようやく弁護士と法医学的検査員を雇って、調査した。

1999年12月20日、病気子供病院(HSC)・調査委員会は300ページに及ぶ調査報告書を書き上げ、病気子供病院(HSC)のマイケル・ストロフォリノ(Michael Strofolino)病院長に渡した。

マイケル・ストロフォリノ病院長は、報告書をコレンとオリビエリに渡し、「病院が永久的な決断をする前に、両者が、調査報告書を読み、何らかの行動をする機会を与えたい」と、伝える予定だった。ところが、ギデオン・コレン(52歳)は、報告書を受け取る直前、前言をひるがえし、実は、私が脅迫手紙を送りましたと白状した。

トロント大学はギデオン・コレンを停職処分に科した。

実は、デュリーと4人の医師は、自分たちのお金で、匿名の手紙の封筒の封の部分のDNAを分析していた。当時、カナダでは、封をする時、自分の舌で舐めて封をする習慣があった。

デュリーと4人の医師は、さすがに医学者である。舌で舐めた部分の極微量の唾液のDNAを分析したのである。

匿名の手紙のDNAと明らかにギデオン・コレンから来た手紙のDNAを比べると、両方のDNAは一致したのである。つまり、匿名の手紙の出し主はギデオン・コレンだという科学的な証拠が得られたのである。

デュリーと4人の医師は、コレンの仕打ち・病院の対応に激怒した。約30万ドル(約3,000千万円)の私費を使って調査したこともあり、「コレンは学術界・病院から完全に消え去る」のが唯一の適切な行動だと述べている。
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【デフェリプロン(deferiprone)のその後】

欧州は1999年にデフェリプロンを認可した。

米国は2011年に食品医薬品局(FDA)がデフェリプロンを認可した(サラセミア患者の鉄過剰症治療薬としてdeferiproneを承認,米FDA:医師のための専門情報サイト[MT Pro])。この時点で世界61か国で認可されていた。

2013年9月10日時点で、日本は未承認である(米国で承認済みで日本で未承認の医薬品について|厚生労働省)。

2015年2月17日、カナダでもようやくデフェリプロンが認可された(ApoPharma Announces Health Canada Approval of Ferriprox (deferiprone))。

【ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)のその後】

ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)は、医師として患者のために、科学者として真実のために戦ったのである。後に、この功績が学術界で高く評価され、いくつかの賞を受賞し、いくつかの大学から名誉博士号の授与などの褒賞が与えられた。

★褒賞

  • 受賞:Joe Callaway Award for Civic Courage from the Shafeek Nader Foundation
  • 受賞:Community Champion Award from Civil Justice Foundation of the American Trial Lawyers’ Association;
    Milner Memorial Award from the Canadian Association of University Teachers.
  • Masters in Medical Ethics and Law at Kings’ College, University of London
  • 2006年、サイモンフレーザー大学(Simon Fraser University)の名誉博士号
    【動画】
    「2006: Dr. Nancy Olivieri」12分55秒。名誉博士号の授与式とオリビエリのスピーチ。
    Simon Fraser Universityが2009/04/08 にアップロード
  • nrd774-f12009年、アメリカ科学振興協会(AAAS)の「科学の自由と責任(Scientific Freedom and Responsibility)」賞を受賞(記事と写真

【2015年の関連事件】

2015年4月17日、コレンが1985年に創設したマザーリスク(Motherisk https://en.wikipedia.org/wiki/Motherisk)で行われていた毛髪アルコール検査が停止された(Sick Kids shuts down hair tests at Motherisk lab | Toronto Star)。

毛髪アルコール検査はカナダ全土の犯罪者と児童(児童虐待)に対して行なわれていたが、測定値の正確さに欠け、検査の信頼性が失われていたそうだ(Sick Kids suspends Motherisk’s hair drug testing | Toronto Star)。

本記事とは直接の関係はないが、問題病院の末路なのだろう。

【白楽の感想】

《1》オリビエリ事件

デフェリプロンを巡るオリビエリの言動については、賛否両論がある。医師の立場、学術的な立場、医薬品業界の立場という発言者が基盤とする場所もあるが、巨額のカネや大きな名声が絡むので、賛否両論はその背景や利害をしっかり調査し勘案しないと、ダマされる可能性が高い。著名学者だからと言って信用できない。厄介である。

この記事では、オリビエリ事件に対する意見を述べるつもりはない。

焦点を、学術的な論争に脅迫文を送るというコレンの卑怯な行為を問題に合わせたい。

この点に関して、コレンは完全にクロである。いわばテロ行為であり、研究ネカトの不正レベルを越え、「真実を追求し公表する」研究の本質を破壊する卑劣な行動である。学術界から追放されるべきだったろう。

また、真実を「脅迫」で捻じ曲げる行為は、臨床研究では患者に害をもたらす可能性が高く、とても危険である。

しかし、現実に「脅迫」は学術界に横行していると思える。研究犯罪の1つとして違法化すべきだろう。
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《2》研究犯罪

学術界・研究現場では、昔から「いじめ」「脅迫」は横行している。人間社会では「いじめ」「脅迫」は珍しくないかもしれないが、ある程度を越えれば犯罪である。学術界・研究現場では、その特殊性から「いじめ」「脅迫」の実態がつかみにくいが、研究者に多大な苦痛を与え、健全な研究の発展を阻害している。

その悪質性は、研究ネカトの不正レベルを越えている。

従来、学術界・研究現場では、「いじめ」「脅迫」を正面からとらえていなかったが、今後、「いじめ」「脅迫」などのハラスメントを研究犯罪として扱うべきだろう。

そして、もっと不透明なのが人事(採用・昇進・昇給・賞罰)である。権力者は人事権を利用して陰湿な「いじめ」を行なっている。このことも含めて「研究犯罪」という概念を明確にし、法律「研究犯罪防止法」も作り、健全な学術界・研究現場を構築すべきだろう。

《3》製薬企業の研究犯罪

製薬企業がカネで研究公正を曲げる事件は、今回の記事はカナダでは大スキャンダルだったが、日本ではなにも報道されなかった。

どうしてなんだろう?

多くの人が指摘するが、外国の科学技術事件を日本の新聞・雑誌記事にできる新聞記者・雑誌記者がいない。そうかもしれない。そういう人材が育っていない。

新聞記者・雑誌記者でなくも、大学の医学研究者・薬学研究者が解説すべきだろう。そうかもしれないが、そういう人材も育っていない。

製薬企業の研究犯罪は、実は広範で根深いと感じている。何かの折にトコトン調べてみようと思う。今回の事件と似たケースとして、カリフォルニア大学のベティ・ドン(Betty Dong)のデータ発表が製薬企業から圧力をかけられた話がある。

人間はカネに弱い。企業にすり寄る大学上層部、個々の研究者はたくさんいる。

《4》ブロンド小娘とユダヤ社会

学術界は男性社会である。しかも、北米ではユダヤ系が強い。

そこに、若い女性が異議を唱えた。その異議は、本来、性別も人種も無関係だが、人間社会はカネ・コネ・メンツと保身・仲間擁護は強力である。それは善悪の問題ではなく、大部分は、動物としての必然、人間社会の必然でもある。

オリビエリを擁護する集団がある。一方、コレンを擁護する集団もある。オリビエリとコレンの両人ともトロント大学・教授を続け、両人とも、その後、多数の賞を受賞した。

また、コレンはユダヤ人なので、ユダヤ系(?)のメディアはコレンが正義で、オリビエリを悪者にしている。(例:①News on Relevant Science: The 10 Biggest Research Scandals in Academic History、②SickKids doctor honoured for work with women | The Canadian Jewish News

MAILMASTER Subject: On 2014-06-24, at 6:17 PM, Bruser, David wrote: Dr. Gideon Koren, director of Motherisk. Gideon Koren.jpg (Hospital for Sick Children photo)
MAILMASTER
Subject: On 2014-06-24, at 6:17 PM, Bruser, David wrote: Dr. Gideon Koren, director of Motherisk. Gideon Koren.jpg (Hospital for Sick Children photo)

【主要情報源】
① 1999年12月21日のバーバラ・シバルド(Barbara Sibbald)の「eCMAJ Today」記事:Poison-pen letters lead to suspension of Sick Kids’ MD
② 2007年5月9日、オーブリー・ブラムゾーン(Aubrey Blumsohn)のコレン事件のサイト: Scientific Misconduct Blog: Any complaints? The case of Gideon Koren and the anonymous letters
③ ウィキペディア英語版Gideon Koren:Gideon Koren – Wikipedia, the free encyclopedia
④ ウィキペディア英語版Nancy Olivieri:Nancy Fern Olivieri – Wikipedia, the free encyclopedia
⑤ 1998年11月29日のビジネスウィーク(Businessweek)の記事:The Doctor Vs. The Drugmaker – Businessweek
⑥ Nancy Olivieri事件の記事はたくさんある。