2015年6月1日掲載、2025年12月23日(火)更新
【長文注意】。コレンはイスラエルで医師免許を取得し、1982年(35歳)、カナダに移住した。トロント大学・医学部・教授、トロント大学付属病院のトロント小児病院・医師になった。コレンは3つの事件、①「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」、②マザーリスク冤罪事件、③ネカト・クログレイ論文事件を起こした。①と②は大事件である。
オリビエリ(女性)は①で登場する。コレンと同僚の医師で、コレンの不正をあばき、いじめられるが、後に勇気ある正しい行動だったと「AAAS科学の自由と責任賞」や「ジョン・マドックス賞」を受賞した。コレンには停職処分と罰金が科された。②では、コレンが設置・運営したマザーリスク薬物検査研究所が10年間もデタラメな薬物・アルコール検査をし、8件以上の刑事事件(冤罪)と数千件の児童保護事件で利用された。2015年(67歳)、そのデタラメが発覚し、結局、オンタリオ州の医療免許を放棄した。2015年(67歳)、コレンは、カナダを追われ、イスラエルに帰国した。コレンは悪質で、レオニッド・シュナイダーはコレンを「腐敗し、貪欲で、嘘つきの悪党」と呼んでいる。国民の損害額(推定)は50億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.3件の不正事件とその後のコレン
《1》「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」事件
《2》マザーリスク冤罪事件
《3》ネカト・クログレイ論文事件
《4》イスラエルに帰ったコレン
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
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●1.【概略】
ギデオン・コレン(Gideon Koren、写真出典)は、カナダのトロント大学(University of Toronto)医学部・教授(Professor of Pediatrics, Pharmacology, Pharmacy and Medical Genetics)で、トロント大学付属病院のトロント小児病院(HSC:Hospital for Sick Children)・医師でもある。
「Hospital for Sick Children」は直訳すれば「病気子供病院」だが、日本では「トロント小児病院」と呼ばれている。本記事はそれに従った。
専門は小児科学と薬理学で、妊婦の教育・研究を行なう組織であるマザーリスク(Motherisk)をトロント小児病院内に創設し、所長だった。
コレンは2つの大事件と小規模なネカト・クログレイ論文事件を起こした。
その行状からは反省の色はうかがえない。レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)はコレンを「腐敗し、貪欲で、嘘つきの悪党(corrupt, greedy, lying crook)」と呼んでいる。
ーーー①「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」事件ーーー
1つ目の大事件は「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」事件である。
その事件で登場するのが、
ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri、ナンシー・オリヴィエリ、写真出典)で、オリビエリは正義の味方である。
オリビエリはコレンの同僚で、トロント大学(University of Toronto)医学部・教授、トロント大学付属病院であるトロント小児病院(HSC)・医師だった。
デフェリプロン(deferiprone)という新薬の臨床試験結果を巡って、コレンは有効で安全、オリビエリは無効で有害だと対立した。
1998年(コ51歳、オ44歳)、オリビエリはデフェリプロンの臨床試験結果を超一流医学誌「N Engl J Med.」誌の8月号に発表した。
巨大な製薬企業のアポテックス社、コレン、トロント大学はオリビエリを非難し、様々な攻撃をしてきた。
1998~1999年、トロント大学の数十人のオリビエリ賛同者に、コレンは匿名で、下劣な「脅迫」文(ヘイトメール)を何通も送った。脅迫状の送付をコレンは否定したが、封書のDNA鑑定でコレンの仕業だとバレた。
ーーー②「マザーリスク冤罪事件」ーーー
2つ目の大事件は「マザーリスク冤罪事件」である。
1999年、ギデオン・コレン(Gideon Koren)は、トロント小児病院(HSC)の「マザーリスク(Motherisk)」室にマザーリスク薬物検査研究所(Motherisk Drug Testing Laboratory:MDTL)を設置し運営し始めた。
マザーリスク薬物検査研究所は髪の毛に含まれる薬物(アルコール・麻薬)の検査を請け負った。
この検査は、親権や児童保護に関する訴訟で、カナダ全州の児童福祉機関は、マザーリスク薬物検査研究所の毛髪検査が薬物乱用の科学的証拠になると信じ、親が子供の養育に適しているかどうかを判断するために頻繁に利用した。
2015年まで、マザーリスク薬物検査研究所はカナダ全州から3万5000件以上の毛髪検査を実施した。
ところが、実は、この毛髪検査はズサンな検査で、ハッキリ言えば、デタラメだった。
2014年11月、トロント・スター紙のレイチェル・メンデルソン記者が、マザーリスク薬物検査研究所の毛髪検査はデタラメだと報道した(つまり、コレンのデタラメさを報道した)。
2015年、オンタリオ州・法務長官から調査を委託されたスーザン・ラング(Susan Lang)は、調査の結果、マザーリスク薬物検査研究所の毛髪検査には、重大な欠陥があった、コレンら検査員には法医毒物学の訓練や経験が全くなかった、そして、記録の管理、検査の監督、結果認定は不適切だった、と発表した。
このデタラメな薬物・アルコール検査は10年間・数千件の児童保護事件で利用されていたので、その後、8件以上の冤罪事件を引き起こした。
そのデタラメが発覚し、コレンは、オンタリオ州の医療免許を放棄させられた。
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コレンは、医師として患者を救い、教員として学生を育てた一方、①と②の事件で、かなりヒドイことをしてきたのである。
レオニッド・シュナイダーはコレンを「腐敗し、貪欲で、嘘つきの悪党」と呼んでいるように、コレンは悪質である。
ーーー③「ネカト・クログレイ論文事件」ーーー
2025年12月22日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでは、ギデオン・コレン(Gideon Koren)の5論文が訂正、3論文が懸念表明、6論文が撤回されている。
論文撤回の理由は、未申告の利益相反、共同研究者の同意なしのデータ使用(それに伴う著者在順)、疑惑データに不対応(データねつ造・改ざん)などのネカト・クログレイである。
なお、1999~2020年(52~73歳)の22年間の13論文に「パブピア(PubPeer)」のコメントがある。
ギデオン・コレン(Gideon Koren)は写真では優しげに見える。医師として患者を救い、教員として学生を育てた一方、かなりヒドイことをしてきた。写真出典
なお、トロント大学は、「Times Higher Education」の大学ランキングで2014-15年、そして2025年も、でカナダ第1位の大学である(World University Rankings 2014-15: North America – Times Higher Education)、(2026年版)。

トロント大学付属病院のトロント小児病院(HSC:The Hospital for Sick Children)。写真出典
★以下はギデオン・コレン(Gideon Koren)を主役として
- 国:カナダ
- 成長国:イスラエル
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 医師免許(MD)取得:テルアビブ大学
- 男女:男性
- 生年月日:1947年8月27日
- 現在の年齢:78歳
- 分野:小児学
- ーー以下1つ目の事件:「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」事件ーー
- 実行:1998~1999年(51~52歳)
- 実行時の地位:トロント大学・医学部・教授、トロント小児病院・医師
- 発覚年:2000年(53歳)
- 発覚時地位:トロント大学・医学部・教授、トロント小児病院・医師
- ステップ1(発覚):同僚のナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)が論文発表
- ステップ2(メディア):多数のメディアが報道
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①カナダ大学教員協会・調査委員会。②トロント小児病院(HSC:The Hospital for Sick Children)・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:大学はウェブ公表なし(含・調査時点で削除されている)(✖)
- 不正:改ざん、脅迫
- 不正行為数:トロント小児病院(HSC)スタッフ数十人に脅迫メール送信
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:停職
- 処分:停職処分と罰金
- 対処問題:大学の偏見と調査力不足(大学は当初、コレンを支持していた)
- 特徴:臨床試験結果を捻じ曲げ、告発者側に匿名で卑劣な脅迫状を送付するなど、性格と行為が悪質
- ーー以下2つ目の事件:マザーリスク冤罪事件ーー
- 実行:2005~2015年(58~67歳)
- 実行時の地位:トロント大学・医学部・教授、トロント小児病院・医師
- 発覚年:2015年(67歳)
- 発覚時地位:トロント大学・医学部・教授、トロント小児病院・医師
- ステップ1(発覚):アルバータ州主任検死官事務所の副主任毒物学者であるクレイグ・チャタートン(Craig Chatterton)が裁判で指摘
- ステップ2(メディア):トロント・スター紙のレイチェル・メンデルソン記者(多数のメディアが報道
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①オンタリオ州のスーザン・ラング調査委員会。②オンタリオ州医師会・調査委員会。③ オンタリオ州医師会・懲罰委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。州と医師会が調査したので大学は調査していない
- 大学の透明性:大学はウェブ公表なし(含・調査時点で削除されている)。州と医師会が調査したので大学は調査していない(✖)
- 不正:ズサン、デタラメ
- 不正検査数:10年間で3万5000件以上の毛髪検査をしたがズサン・デタラメな検査だったため、8件の冤罪事件を引き起こした。ズサン・デタラメな検査数は数百件なのか、数千件なのか、数万件なのか不明。
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:辞職
- 処分:トロント大学とトロント小児病院を辞職。オンタリオ州での医療免許を放棄、オンタリオ州で医療免許を再申請しない
- 対処問題:大学の隠蔽または調査力不足
- 特徴:臨床試験結果を捻じ曲げ、告発者側に匿名で卑劣な脅迫状を送付するなど性格と行為が悪質
- ーー以下3つ目の事件:ネカト・クログレイ論文事件ーー
- 実行:1999~2020年(52~73歳)の22年間
- 実行時の地位:トロント大学・医学部・教授、トロント小児病院・医師、イスラエルのアリエル大学・教授、トルコのマザーリスク・イスラエルの医師(地位は?)
- 発覚年:2018年(71歳)
- 発覚時地位:イスラエルのアリエル大学・医学部・教授
- ステップ1(発覚):トロント・スター紙の記者が新聞発表
- ステップ2(メディア):トロント・スター紙多数のメディアが報道
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌編集部。②トロント大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:大学はウェブ公表なし(含・調査時点で削除されている)(✖)
- 不正:共同研究者の同意なしのデータ使用、それに伴う著者在順、データ捏造・改ざん
- 不正論文数:6論文が撤回
- 時期:研究キャリアの後期
- 職:
- 処分:なし
- 対処問題:
- 特徴:新聞は「400論文以上」を疑惑視と報じたが、「パブピア(PubPeer)」では13論文にコメントがあるだけ
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は50億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
★ギデオン・コレン(Gideon Koren)
主な出典:①:Gideon Koren – Wikipedia, the free encyclopedia
- 1947年8月27日:イスラエル建国直前のイギリス委任統治領パレスチナのテルアビブに生まれる
- 1973年(26歳):テルアビブ大学・医学部(Sackler School of Medicine at Tel Aviv University)を卒業。医師免許取得
- 1982年(35歳):カナダに移住。トロント大学関連病院であるトロント小児病院(HSC:The Hospital for Sick Children)の医師
- 1985年(38歳):トロント小児病院にマザーリスク室(Motherisk)を設立
- 19xx年(xx歳):カナダ・トロント大学・医学部・教授
- 1998~1999年(51~52歳):「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」事件を起こす
- 1999年(52歳):マザーリスク室にマザーリスク薬物検査研究所(Motherisk Drug Testing Laboratory:MDTL)を運営
- 1999~2020年(52~73歳):この22年間の13論文に「パブピア(PubPeer)」のコメントがある
- 2000年(53歳):「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」事件で、トロント小児病院とトロント大学はコレンを停職処分とし、罰金を科した
- 2005~2015年(58~67歳):マザーリスク薬物検査研究所でデタラメな毛髪検査を実施
- 2015年4 月(67歳):「マザーリスク冤罪事件」でマザーリスク薬物検査研究所を閉鎖。この時、トロント大学とトロント小児病院を辞職した(推定)
- 2015年(67歳):カナダを追われイスラエルに帰国
- 2019年2月(71歳):カナダのオンタリオ州での医療免許を放棄、オンタリオ州で医療免許を再申請しないことに同意
- 20xx年(xx歳):イスラエルのアリエル大学(Ariel University)・アデルソン医学部(Adelson School of Medicine)・教授
- 2025年12月22日(78歳)現在:イスラエルのアリエル大学(Ariel University)・教員ではない:Faculty – בית הספר לרפואה
受賞
- 2012年: Sumner Yaffe Career Award in Pediatric Pharmacology
- 2003年: Pippenger Award
- 2000年: Medical Research Council of Canada’s Senior Scientist award
- 1999年: Irving Sunshine Award
- 1997年: Rawls-Palmer Award
★ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)
主な出典:Nancy Fern Olivieri – Wikipedia, the free encyclopedia
- 1954年生まれ。仮に、1954年1月1日生まれとした。父親のフェルナンド・オリビエリは1909年イタリアからカナダに移住し、トロント大学を卒業し小児科医になった:‘Uncle Red’: Barton Street’s kid doctor
- 19xx年(xx歳):カナダのトロント大学(University of Toronto)・自然科学部を卒業。学士号
- 1978年(オ24歳):カナダのマックマスター大学・医学部(McMaster University)を卒業。医師免許
- 1982年(オ28歳):カナダのトロント大学(University of Toronto)・医学部・教員、後に教授(Professor of Pediatrics, Medicine and Public Health Sciences)、トロント大学関連病院であるトロント小児病院(HSC:The Hospital for Sick Children)・医師。専門は血液学
- 1993年4月(オ39歳):新薬・デフェリプロン(deferiprone)の臨床試験を開始
- 1998年(オ44歳):デフェリプロンの有害性を論文発表
- xxxx年(オxx歳):トロント小児病院(HSC)解雇
- xxxx年(オxx歳):トロント小児病院(HSC)解雇から7年後、復職
- xxxx年(オxx歳):トロント大学・小児科教授
- 2009年(オ55歳):AAAS科学の自由と責任賞(AAAS Award for Scientific Freedom and Responsibility – Wikipedia)を受賞:AAAS – Award for Scientific Freedom and Responsibility – 2009 Award Recipient
- 2023年(オ69歳):ジョン・マドックス賞(John Maddox Prize)を受賞:Maddox Prize 2023 – Sense about Science
●3.【動画】
【動画1】ギデオン・コレン(Gideon Koren)
「ドクター コレン」と呼び掛けている。フィフス・エステートの共同司会者マーク・ケリー(Mark Kelley)が突撃インタビューした動画。コレンは答えず逃げた:「Confronting Motherisk co-founder Dr. Gideon Koren – YouTube」(英語)1分4秒。Toronto Star(チャンネル登録者数 13.5万人) が 2017/10/20に公開
【動画2】ギデオン・コレン(Gideon Koren)
研究内容を解説している動画:「Meconium Testing to Determine Alcohol Exposure — Dr. Gideon Koren – YouTube」(英語)4分40秒。 Saskatchewan Prevention Institute(チャンネル登録者数 9450人) が 2014/03/20に公開
=====ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)=========
【動画3】ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)
講演動画:「Nancy Olivieri – Doctor Discusses The Controversy She’s Faced Around Corporate Driven Science- YouTube」(英語)13分00秒。
ideacity(チャンネル登録者数 7.35万人) が 2020/07/09に公開
【動画4】ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)
サイモンフレーザー大学(Simon Fraser University)の名誉博士号授与の授与式とオリビエリのスピーチ:「2006: Dr. Nancy Olivieri- YouTube」(英語)12分55秒
【動画5】ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)
講演動画:「Dr. Nancy Olivieri – Whistleblowing in Medical Research- YouTube」(英語)1時間5分25秒
Consilium Scientific(チャンネル登録者数 839人) が 2024/10/07に公開
●5.【3件の不正事件とその後のコレン】
最初にことわっておく。今回の事件は一冊の本になるほど情報量が多い。イヤイヤ、一冊ではなく数冊分はある。
最初の「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」事件だけで既に464ページの1冊の英語本が出版されている。
白楽記事では、しかし、そんな余裕はないので、解説を端折った。と、ご理解ください。
●【1.デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫】
まず、ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri、ナンシー・オリヴィエリ、写真出典)は正義の味方であることを強く伝えておく。
オリビエリはギデオン・コレン(Gideon Koren)の同僚で、トロント大学(University of Toronto)医学部・教授、トロント大学付属病院であるトロント小児病院(HSC)・医師だが、コレンと対立し、コレンに脅迫された被害者である。
コレンと対立したのは新薬デフェリプロン(deferiprone)の臨床試験の結果の扱いだった。
★新薬デフェリプロン(deferiprone)
毎年20万人(数百万人という記述もある)の赤ん坊がサラセミア(thalassemia、地中海貧血)という遺伝性の病気をもって生まれる。ヘモグロビン遺伝子が異状なために起こる貧血である。
患者は2~4週間ごとに輸血を受ける必要があり、心臓、肝臓、内分泌腺を含む体全体に有毒な鉄が蓄積される。
その余分な鉄分を心臓から除去するための唯一の効果的な治療法が鉄キレート剤の投与である。それでも平均寿命は30歳である。
1980年代まで、30年以上、デフェロキサミン(deferoxamine)が余分な鉄分を除く標準的な治療薬だった。しかし、筋肉注射及び点滴静脈注射で投与するという煩雑さがあった。
それで、サラセミア患者に経口投与できる有効なキレート剤の開発が望まれていた。
その状況下で、デフェリプロン(deferiprone)は経口鉄キレート剤として1980年代に英国で最初に開発された。
デフェリプロンは左記(出典)の簡単な有機化合物で、鉄のキレート剤である。
1989年(オ35歳)、オリビエリ(写真出典不明)は、サラセミア患者が鉄過剰症になるのを防ぐ新薬としてデフェリプロンの研究を開始した。
1993年4月(コ45歳、オ39歳)、オリビエリとコレンは、カナダの巨大製薬会社のアポテックス社(Apotex Inc)と契約し、資金の援助を受け、定期的な輸血が必要なサラセミア患者の鉄過剰症を防ぐために、新薬・デフェリプロン(deferiprone)の臨床試験を開始した。
1994年(コ46歳、オ40歳)、デフェリプロン(deferiprone)はアジア(インド?)で医薬品として認可された。しかし、この時点では、欧州、カナダ、米国、日本では認可されていなかった。
★デフェリプロン(deferiprone)の試験結果
オリビエリは、デフェリプロンは安全で有効だと6年間信じて臨床試験を行なっていた。
しかし、次の事態を見過ごせなかった。
1996年(コ48歳、オ42歳)、トロント小児病院(HSC)で治療中の患者のデータを分析すると、18人のうち7人が肝臓中の鉄濃度が異常に高いことを、オリビエリは気が付いた。
これは、デフェリプロンが肝臓の線維症を悪化させたことになる。つまり、一部のサラセミア患者に対して、デフェリプロンは無効で危険だとデータは示していたのである。
この結果を急いで、巨大製薬会社のアポテックス社に伝えると、アポテックス社は予想外の反応をした。
アポテックス社・科学研究主任のマイケル・スピノ(Michael Spino、トロント大学・特任教授、後にアポテックス社・社長、写真出典(リンク切れ)、ココにもある)は、オリビエリの結果を、臨床試験中の患者に伝えずに、オリビエリの解釈がおかしいのではないかとオリビエリの分析を検証し始めたのである。
スピノは、オリビエリからの報告を受けても、デフェリプロンに問題があるとは全く疑わなかった。
この時、アポテックス社はデフェリプロンの開発に、既に、数百万ドル(数億円)をかけていたという状況も政策決定に影響したかもしれない。
「ブロンドの小娘」・オリビエリは、1人で(後に賛同者が加勢)、巨人のアポテックス社、トロント大学の同僚・コレン、トロント小児病院(HSC)を相手に長い戦いを始めた。
オリビエリは臨床試験に参加している患者に臨床試験の結果を伝える必要があると考えた。
しかし、アポテックス社は臨床試験の結果を患者に伝えることを拒んだ。
なお、トロント小児病院(HSC)は、臨床試験開始時に、アポテックス社の許可なく臨床試験の結果を公表しないという秘密保持条項がある契約書にサインしていた。
アポテックス社はオリビエリに対し、同社の許可なく研究結果を公表したり、患者に通知したりしないよう指示した。
アポテックス社とコレンは、オリビエリ(写真出典)を「ブロンドの小娘」と呼び、過小評価していた。
ところが、オリビエリは「患者に害があってはならない」、「科学は真実を追求し公表する使命がある」という信念から、契約違反ではあったが、デフェリプロンが一部の患者に無効でかつ有害だという知見を論文として発表することを決意した。
オリビエリが研究結果を公表した場合、アポテックス社は法的措置を取ると警告した。
しかし、1998年(コ51歳、オ44歳)、オリビエリと同僚はひるむことなく、論文を超一流医学誌「N Engl J Med.」誌の8月号に発表した。以下が書誌情報である。
- Long-term safety and effectiveness of iron-chelation therapy with deferiprone for thalassemia major.
Olivieri NF, Brittenham GM, McLaren CE, Templeton DM, Cameron RG, McClelland RA, Burt AD, Fleming KA.
N Engl J Med. 1998 Aug 13;339(7):417-23.
日本語要約は → 重症地中海貧血に対するデフェリプロンによる鉄キレート療法の長期安全性と有効性 | 日本語アブストラクト | The New England Journal of Medicine(日本国内版)。
オリビエリは、論文発表しただけではなく、患者たちにも事実を伝えた。
ポテックス社は法的措置を取るとオリビエリを脅迫した。
それで、オリビエリアはトロント小児病院とトロント大学に助けを求めた。
しかし、トロント小児病院はオリビエリを支援するどころか、オリビエリのアラを見つけようと、不正行為の調査を開始した。
アポテックス社は臨床治験を中止し、資金援助を打ち切った。
この状況に勢いづいたコレンは、オリビエリへの攻撃を開始した。
コレンは学会抄録と査読付き論文(Diav-Citrin et al 1999、後に撤回)を発表し、デフェリプロンは素晴らしい効果を発揮すると主張した。ただ、アポテックス社から受け取った25万ドル(約2500万円)の裁量的助成金については言及しなかった。
コレンは調査委員会に捏造した告発文を提出し、アポテックス社にも虚偽の証言文を提出した。さらに、コレンは匿名でメディアに5通の手紙を送り、オリビエリとその支持者を中傷し続けた。
トロント小児病院(HSC)は、オリビエリの研究部長の地位を剥ぎ取り、トロント大学は、トロント小児病院(HSC)及びアポテックス社とオリビエリの仲介を拒否した。
2000年、トロント小児病院(HSC)は、トロント大学とオンタリオ州医師会(CPSO:College of Physicians and Surgeons of Ontario)に対し、オリビエリの職務上の過失を調査するよう要請した。(その後、職務上の不正行為を行なったと認定された)。この措置は、オリビエリの医療免許剥奪につながる可能性もあった。
しかし、そのわずか数か月前、コレンはトロント小児病院(HSC)と大学から「重大な不正行為」で数か月の無給停職処分と3万5000ドル(約350万円)の罰金という懲戒処分を科された。「重大な不正行為」は次項で詳しく解説する。
このように、事態は、トロント大学、トロント小児病院、学術界、そしてカナダの総理大臣までを巻き込んだ大スキャンダルに発展した。
実はこの時、トロント大学は、医学部新棟の建設のため、アポテックス社から9,200万ドル(約92億円)の寄付の申込みを協議していたのだった。この騒動で、結局、寄付はされなかった。
オリビエリの戦いは、患者の安全を犠牲にする倫理的な問題、学術研究の自由の抑圧、商業的な助成研究による利益相反、不法な威圧、地位剥奪、研究ネカトなど諸問題が複雑に絡んでいた。

★ピーター・デューリー教授への「脅迫」
ピーター・デューリー(Peter Durie、2018年8月27日没、写真出典リンク切れ。ココにある)はトロント大学・小児科教授でトロント小児病院(HSC)の医師でもあった。
そして、ナンシー・オリビエリの行動を支援した。
1998年10月~1999年年5月、ギデオン・コレン(Gideon Koren)は、ナンシー・オリビエリが新薬・デフェリプロンに疑問を表明しているのをヤメさせるために、トロント大学のトロント小児病院(HSC)スタッフ数十人に匿名の「脅迫」文(ヘイトメール)を送ったのである。
3通の「脅迫」手紙を、ピーター・デューリー(Peter Durie)に、4通目の「脅迫」手紙は、ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)と彼女の3人の同僚を含む23人のトロント小児病院(HSC)病院スタッフに送った。
脅迫文には、研究者には「非倫理的!」とか「ブタ野郎!」などの口ぎたない言葉を浴びせ、ピーター・デューリーに対しては「病院を辞めろ!」と書いた。
===1例目===
全文の翻訳をしなくてスミマセンが、2行目冒頭に「ブタ野郎!(pigs)」や4行目中央に「非倫理的!(unethical)」という単語がある。 → 出典:2007年5月9日記事: Scientific Misconduct Blog: Any complaints? The case of Gideon Koren and the anonymous letters
===2例目===
以下の手紙はピーター・デューリー教授(Peter Durie)宛の3通目である。 → 出典:2007年5月9日記事: Scientific Misconduct Blog: Any complaints? The case of Gideon Koren and the anonymous letters
――手紙の部分訳――
ピーター・デューリーへ 1998年10月21日
(中略)
病院の多くの医師と科学者は、あなたはトロント小児病院(HSC)を去るべきだと思っていることを、あなたに伝えるために手紙を書いています。
(中略)
今が、他の病院に移籍するのに良い時です。
(中略)
―――
★舐めて封筒を封:DNA分析
デュリーたちは、臨床試験の扱いに関してトロント小児病院(HSC)と争っていたオリビエリを支持していた。
デュリーは、匿名の人物から「脅迫」手紙を受け取ったとトロント小児病院(HSC)に報告をした。しかし、トロント小児病院は何も対応しなかった。
そして、ギデオン・コレン(Gideon Koren)は、脅迫手紙を送ったことを否定した。
1999年春(52歳)、トロント小児病院の対応に不満なデュリーは私立探偵を個人的に雇った。
探偵は、なかなか優秀で、匿名の手紙のうちの1通のコピーをギデオン・コレンの家のゴミ箱から見つけた。
トロント小児病院(HSC)も、ようやく、弁護士と法医学的検査員を雇って、調査し始めた。
1999年12月20日(52歳)、トロント小児病院(HSC)・調査委員会は300ページに及ぶ調査報告書(白楽は入手不可)を書き上げ、トロント小児病院(HSC)のマイケル・ストロフォリノ(Michael Strofolino)病院長に渡した。
ストロフォリノ病院長は、報告書をコレンとオリビエリに渡し、「病院が永久的な決断をする前に、両者が、調査報告書を読み、何らかの行動をする機会を与えたい」と、伝える予定だった。
ところが、ギデオン・コレンは、報告書を受け取る直前、前言をひるがえし、実は、私が脅迫手紙を送りましたと白状した。
トロント大学はギデオン・コレンを停職処分に科した。
実は、デュリーと4人の医師は、自分たちのお金で、脅迫手紙の封筒からDNAを採取し、分析していた。
当時、カナダでは、封筒の封をする時、自分の舌で舐めて封をする習慣があった。
デュリーと4人の医師は、さすがに医学者である。舌で舐めたと思われる部分から得た極微量の唾液DNAを分析したのである。
匿名の脅迫手紙のDNAとギデオン・コレンから来た手紙のDNAを比べると、両方のDNAは一致したのである。つまり、匿名の脅迫手紙の送り主はギデオン・コレンだという科学的な証拠を得ていたのである。
デュリーと4人の医師は、コレンの仕打ち・病院の対応に激怒した。
そして、約30万ドル(約3,000千万円)の私費を使って調査したこともあり、「コレンは学術界・病院から完全に消え去る」のが唯一の適切な行動だと主張した。
上は2000年4月のローラ・ボネッタ(Laura Bonetta)の論文:Hate-mail author trapped by DNA | Nature Medicine
2001年、カナダ大学教員協会の依頼でジョン・トンプソン(Jon Thompson)、パトリシア・ベアード(Patricia Baird)、ジョセリン・ダウニー (Jocelyn Downie)がデフェリプロン論争とナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)の調査報告書(527ページ)を作成した。
以下はカナダ大学教員協会の調査報告書の冒頭部分(出典:同)。全文(527ページ)は膨大で、白楽は一部しか読んでません。 → https://forbetterscience.com/wp-content/uploads/2020/06/olivieriinquiryreport.pdf

上記の379ページからコレンに関する部分がある。以下はその冒頭部分(出典:同)。全文(20ページ)。白楽は一部しか読んでません。 → https://forbetterscience.com/wp-content/uploads/2020/06/olivieriinquiryreport-koren.pdf
527ページの調査報告書を作成した3人、ジョン・トンプソン(Jon Thompson)、パトリシア・ベアード(Patricia Baird)、ジョセリン・ダウニー (Jocelyn Downie)は、調査の状況を「2002年7月9日のCMAJ」論文に以下のように書いている。 → Independent inquiry – PMC
第一に、調査委員会の独立性についてです。本件に関する調査委員会の必要性が明らかになった際、そのような調査を委託し、かつ完全に独立に調査できる外部機関は、カナダ大学教員協会(CAUT)のみでした。
アポテックス社はもちろん、トロント大学とトロント小児病院(HSC)は利害まみれで、独立に調査できるとは思えなかったのだ。
[白楽の感想:カナダ大学教員協会(CAUT)の3人は、重要な問題だからと委員を引き受け、2年間も無報酬で活動した。エライ! しかも、独立性を確保するため、カナダ大学教員協会(CAUT)を含む組織と個人から独立し、報告書はそのまま全部公表すると決めた。エライ! 現在、米国・日本を含め多くの国は不正疑惑者が所属する機関(つまり利害関係者)が調査している。大多数の研究者は「それはおかしい」と異議申し立てをしない。ヘン!]
2003年5月(?)、オンタリオ州医師会(CPSO)の懲罰委員会の9ページの報告書もウェブ上に公表されている。
オンタリオ州医師会の懲罰委員会の記録もウェブ上に公表されている。 → 2004年5・6月号の文書の最後にコレンの懲罰が記載されている)
★著書・『薬物試験(The Drug Trial)』

2005年、この白楽記事で述べた「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」事件を詳しく書いたミリアム・シュクマン(Miriam Shuchman)の著書・『薬物試験(The Drug Trial)』(464ページ)が出版された(表紙出典:アマゾン)。
副題は、『ナンシー・オリビエリとトロント小児病院を揺るがした科学スキャンダル(Nancy Olivieri and the Science Scandal that Rocked the Hospital for Sick Children)』とある。
この本はオリビエリを悪者に描いていて、今まで白楽が書いてきたのとは反対の描写が多い。
BMJ誌の副編集長であるクリストファー・マーティン(Christopher Martyn)が書評を書いているが、書評は辛辣である。
マーティン副編集長は、多くのメディアが、オリビエリを勇敢な内部告発者、ヒロインとして描き、正しいことをしたと報道している、と皮肉っぽく述べている。
オリビエリの行為の実際は、所属機関と学術界で対立・分裂・個人的な敵意を引き起こし、同僚の多くは、控えめに言っても、彼女を支持していなかったと書いている。
そして、この本は、「関係者の性格、お互いについて何を言ったか、誰が誰と寝ていたか、そして、相手の評判を落とすためにどんな策略を巡らせたかにこだわっている」と批判している。
オリビエリは、デフェリプロンの毒性に対して、自分の不安が過剰反応だと把握していたにもかかわらず、依然としてデフェリプロンの禁止を望んでいたとも述べている。
なお、この本の日本語訳は出版されていない。
★デフェリプロン(deferiprone)のその後
欧州は1999年にデフェリプロンを認可した。
2011年、米国の食品医薬品局(FDA)はサラセミア患者の鉄過剰症治療薬としてデフェリプロンを認可した(FDA、「Ferriprox」をサラセミア患者の輸血後鉄過剰症の治療薬として承認:日経バイオテクONLINE)。この時点で世界61か国で認可されていた。
2013年9月10日時点で、日本は未承認である(米国で承認済みで日本で未承認の医薬品について|厚生労働省)。
2015年2月17日、カナダでもようやくデフェリプロンが認可された(ApoPharma Announces Health Canada Approval of Ferriprox (deferiprone))。
2025年12月22日現在、世界各国のデフェリプロン認可状況を、白楽は調べていない。ゴメン。
★ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)のその後
ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)は、その後、トロント小児病院(HSC)を解雇された。
そして、7年以上にわたる法廷闘争の後、オリビエリの無実が認められた。
トロント大学とトロント小児病院(HSC)は、製薬会社との紛争でオリビエリを適切に支援しなかったとされた。
それで、オリビエリはトロント小児病院(HSC)に復職し、トロント大学・小児科・教授になった。
オリビエリは、医師として患者のために、科学者として真実のために戦ったのである。
後に、この功績が学術界で高く評価され、いくつかの賞を受賞し、いくつかの大学から名誉博士号の授与などの褒賞が与えられた。
- 受賞:Joe Callaway Award for Civic Courage from the Shafeek Nader Foundation
- 受賞:Community Champion Award from Civil Justice Foundation of the American Trial Lawyers’ Association;
Milner Memorial Award from the Canadian Association of University Teachers. - Masters in Medical Ethics and Law at Kings’ College, University of London
- 2006年(オ52歳)、サイモンフレーザー大学(Simon Fraser University)の名誉博士号
の授与とオリビエリのスピーチ。Simon Fraser Universityが2009/04/08 にアップロード(https://www.youtube.com/watch?v=yxIaQXSWs6E)
2009年(オ55歳)、アメリカ科学振興協会(AAAS)の「科学の自由と責任(Scientific Freedom and Responsibility)」賞を受賞(記事と写真)- 2023年(オ69歳):ジョン・マドックス賞(John Maddox Prize – Wikipedia)を受賞:Maddox Prize 2023 – Sense about Science
【2.マザーリスク冤罪事件】
★マザーリスク薬物検査研究所
1985年(38歳)、ギデオン・コレン(Gideon Koren)はトロント小児病院(HSC)内に、「マザーリスク(Motherisk)」室を設立した。
- マザーリスク総合ヘルプライン(Motherisk General Helpline)は、妊娠中または授乳中の女性を対象に、薬剤、天然物、化学物質、疾病、放射線、環境因子、その他の曝露による妊娠、胎児、乳児への安全性またはリスクを検査し、科学的な安全情報を提供した。
- マザーリスク・アルコール・薬物使用ヘルプライン(Motherisk Alcohol and Substance Use Helpline )は、アルコール、ニコチン、禁煙製品、メタドン、ブプレノルフィン、マリファナ、コカイン、エクスタシーなどの薬物を妊娠中および授乳中の女性が摂取した時、妊娠、胎児、乳児へのリスクを検査・研究し、科学的な安全情報を提供した。
また、ヘルプラインとは別に、 マザーリスク薬物検査研究所(Motherisk Drug Testing Laboratory:MDTL)を 1999年から運営していた。
なお、本章で述べるように、マザーリスク薬物検査研究所は、検査のズサン・デタラメが問題視され、2015 年 4 月に閉鎖された。
★タマラ・ブルームフィールド事件
この節の主たる出典:掲載日不明で記者名不記載の「CRWC」記事(Tamara Broomfield – CRWC)による。
なお、CRWCはCanadian Registry of Wrongful Convictions(カナダ冤罪記録局)の略で、カナダの裁判所、検察、あるいは国家が認定した冤罪事件を詳細に記録したサイトで、ボランティアが作成した。

2005年7月31日、トロントで暮らしていた23歳の母親タマラ・ブルームフィールド(Tamara Broomfield)は意識不明の2歳の息子マリク(Malique)を病院に連れて行き、マリクが発作を起こし脳が損傷したのではないか、と伝えた。
息子はすぐにトロント大学付属病院のトロント小児病院(HSC)に移送された。
検査の結果、息子マリクの体内からコカイン(麻薬)が検出された。また、マリクには肋骨と腕の複数の骨折があった。
母親のブルームフィールドは逮捕された。
警察への供述の中で、ブルームフィールドはコカインの使用を否定した。
また、マリクがどのようにして薬物に接触したのかは知らないと述べた。彼女は児童福祉協会の職員とマリクの保育士にも同じことを述べていた。
当時、マザーリスク薬物検査研究所の所長だったギデオン・コレン(Gideon Koren)は、ブルームフィールド被告の裁判で、息子マリクの毛髪分析の結果、高濃度のコカインが検出されたと証言し、これほど高濃度のコカインが検出された子供は見たことがないと述べた。
そして、コレンは「偶発的な曝露や摂取ではあり得ないほど子供の体内のコカイン濃度が高い。過去14か月間、継続的にコカインに曝露されていた」と結論付けた。
コレンの証言に基づき、裁判官は、ブルームフィールド被告が14か月間にわたり、息子に「故意に、そして繰り返し」クラック・コカインを与えていたと認定した。
2009年、母親ブルームフィールド(27歳)にはそれまで前科はなかったのだが、2歳の息子マリクに繰り返しコカインを与え、致命的な過剰摂取に至らせたとして有罪判決を受けた。
翌2010年、コカイン関連犯罪で懲役7年、暴力犯罪で懲役2年の刑が28歳のブルームフィールドに科され、刑務所へ移送された。
それから4年が経過した。
2014年、ブルームフィールドはコカイン関連の有罪判決を不服として控訴していた。弁護人は、アルバータ州主任検死官事務所の副主任毒物学者であるクレイグ・チャタートン(Craig Chatterton、写真出典)による新たな証拠を提示し、マザーリスク薬物検査研究所の毛髪検査の手法に疑問を呈した。
チャタートンの証言によれば、マリクの毛髪検査で行なった検査はスクリーニング検査に過ぎず、「正確な定量結果を提供できない」測定法だった。
さらに、この事件で検出されたコカイン濃度は異常に高く、検査結果を信頼できない。また、マリクの毛髪サンプルが検査前に洗浄されたという記録がなく、どこかでコカインに汚染された毛髪を洗浄せずに検査された可能性がある、と主張した。
チャタートンの証言を基に、カナダのトロント・スター紙のレイチェル・メンデルソン記者(が徹底的な調査を始め、2014年11月、マザーリスク薬物検査研究所の毛髪検査がズサン・デタラメだったと(つまり、コレンのデタラメさ)をトロント・スター紙に最初に報道した。
トロント・スター紙は、その後も調査を続け、記事に発表し、マザーリスク冤罪事件はカナダ社会で大騒動になった。このことは次項でまとめる。
ブルームフィールド事件としては、マザーリスク薬物検査研究所の毛髪検査のズサン・デタラメさの指摘を受け、オンタリオ州控訴裁判所はタマラ・ブルームフィールド(Tamara Broomfield)のコカイン関連の有罪判決を破棄した。
この時、ブルームフィールド被告は息子マリクの骨折関連に科された2年の刑期の2倍にあたる49か月の刑期を務めていた。
白楽は、2014年11月のトロント・スター紙の記事をウェブ上に見つけられなかったが、その報道をまとめた記事 を見つけたので、示しておく。 → 2017年10月19日のレイチェル・メンデルソン記者(トロント・スター記事: Motherisk: Separated by a hair | Toronto Star
以下は、2017年10月20日にアップされたレイチェル・メンデルソン記者(「Motherisk story is ‘far from over’ – YouTube」である。
★タミー・ホワイトマン事件
前項のタマラ・ブルームフィールド事件と同様の事件、つまり、マザーリスク薬物検査研究所の毛髪検査のデタラメさ(つまり、コレンのデタラメさ)によって、子供が親から引き離された事件は約50件、起こっていた。
この項で取り上げる母親タミー・ホワイトマン(Tammy Whiteman)の事件もその1つである。
この節の主たる出典:2017年10月19日のリサ・メイヤー(Lisa Mayor)記者の「CBC News」記事: ‘It’s a tragedy’: How the flawed Motherisk hair test helped fracture families across Canada | CBC News
2008年、カナダ・オンタリオ州のマスコーカ家庭青少年児童サービス局(Family Youth and Child Services of Muskoka)は、タミー・ホワイトマン(Tammy Whiteman)の精神状態と育児に深刻な懸念があるとして、9歳と13歳の娘たち(クリスタとキラ)を彼女から引き離した(写真出典、ホワイトマン(中央)、娘のクリスタ(左)とキラ(右))。
母親ホワイトマンは娘たちを取り戻すために戦ったが、当初は取り戻せなかった。
その理由の一つは、トロント小児病院(HSC)のマザーリスク薬物検査研究所が行なったの毛髪検査の結果だった。
当時、理由はわからなかったが、毛髪検査の結果は、母親ホワイトマンが慢性的なアルコール依存症者であることを示していた。(なお、現在、この毛髪検査に欠陥があったことがわかっている)。
「4回の毛髪検査の結果は、慢性的にアルコールを常用している人が毎日飲む最高値の2倍から4倍の値を示していました。医師から、1日16~18杯飲んでいるね、と言われました」とホワイトマンは述べている。
彼女は当時、お酒を一切飲んでいなかったと抗議したが、彼女の主張は聞き入れられなかった。
彼女は飲酒の事実を否認しているだけだと言われ、カウンセリングを受けることも強制された。
ところが、その後、彼女が当時使用していたヘアスプレーに70%のアルコールが含まれていて、検査がズサンだったため、そのアルコールを毛髪中の残留アルコールと誤認したことが判明した。
そして、最終的に、マザーリスク薬物検査研究所は、ヘアスプレーで陽性反応が出たことを認めた。
以下は2017年10月21日にアップされた動画で、タミー・ホワイトマン事件や他の事件を解説した「マザーリスク:汚染されたテストと壊れた家族 – 第五権力」である。
★欠陥検査
1999年(52歳)、ギデオン・コレン(Gideon Koren)は、トロント小児病院(HSC)にマザーリスク薬物検査研究所(Motherisk Drug Testing Laboratory:MDTL)を運営し始めた。
マザーリスク薬物検査研究所は髪の毛に含まれる薬物の検査を請け負った。
カナダ全5州の児童福祉機関は、マザーリスク薬物検査研究所の毛髪検査が薬物乱用の科学的証拠になると信じ、費用を負担していた。
この検査は、親権や児童保護に関する訴訟で、親が子供の養育に適しているかどうかを判断するために頻繁に利用された。
2005年から2015年(58~67歳)までの10年間、研究所は前々項のタマラ・ブルームフィールド、前項のタミー・ホワイトマンのケースを含め、カナダ全土から3万5000件以上の毛髪検査を実施した。
毛髪の薬物・アルコール検査を行ない、数百万ドル(数億円)の収入を得ていた。
しかし、2014年11月(67歳)、マザーリスク薬物検査研究所の毛髪検査のズサン・デタラメさ(つまり、コレンのズサン・デタラメさ)をトロント・スター紙のレイチェル・メンデルソン記者が報道した。
オンタリオ州・法務長官は即座に対応し、退職判事のスーザン・ラング(Susan Lang、写真出典)に独立調査を委託した。
2015年(67歳)、オンタリオ州・法務長官が委託した独立調査は、マザーリスク薬物検査研究所の薬物検査結果と方法論に重大な欠陥があること、コレンら検査員には法医毒物学の訓練や経験が全くないこと、そして、適切な記録管理、監督、認定制度が欠如していたと指摘した。
結局、「2005年から2015年にかけてマザーリスク薬物検査研究所が行なった毛髪薬物・アルコール検査は信頼性が低く、国際的に認められた法医学基準を満たしておらず、児童保護や刑事手続きの証拠として使用するには不適切だった」と結論した。
マザーリスク薬物検査研究所が行なったズサン・デタラメな薬物・アルコール検査の結果は、少なくとも8件の刑事事件と数千件の児童保護事件で利用されていた。
毛髪アルコール検査はカナダ全土の犯罪者と児童(児童虐待)に対して行なわれていたが、測定値の正確さに欠け、検査の信頼性が失われていた(Sick Kids suspends Motherisk’s hair drug testing | Toronto Star)。
その結果、親と子ども、時には子ども兄弟同士を引き離す児童保護事件の決定に影響を与え、多くの家族が破壊された。
2015年4月17日(67歳)、スーザン・ラングの調査がまだ終わっていないのに、トロント小児病院(HSC)はマザーリスク薬物検査研究所を閉鎖した(Sick Kids shuts down hair tests at Motherisk lab | Toronto Star)。
2015年x月(67歳)、コレンは詐欺罪で有罪判決を受けること及びトロント小児病院(HSC)から解雇されるのを嫌って、トロント小児病院(HSC)を辞職し、イスラエルに帰国した。
2017年(69歳)、オンタリオ州医師会は、ギデオン・コレンに対し、マザーリスク研究所の責任者として在任中に職務上の不正行為または無能行為があったかどうかの調査を開始した。
2019年(71歳)、その結果、いわば示談の形で、ギデオン・コレンはオンタリオ州の医療免許を返上し、オンタリオ州で二度と医療行為をしないことに同意した。 → 2019年2月22日記事: Former head of Sick Kids’ Motherisk lab gives up medical licence amid investigation
以下は、’Parents lost their children and children lost their parents’ – YouTube
以下は再掲。マザーリスク:汚染されたテストと壊れた家族 – 第五権力 – YouTube
【3.ネカト・クログレイ論文事件】
前述したように、ギデオン・コレン(Gideon Koren)は以下の①②の大事件を起こしていたが、発表論文でもトンデモナイことをしていた。
①「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」事件
②「マザーリスク冤罪事件」
2018年12月(71歳)、トロント・スター紙は、ギデオン・コレン(Gideon Koren)の科学論文400論文以上に、不十分な査読、未申告の利益相反、方法の不正確などの問題があると報じた。 → 2018年12月21日記事:Inside the flawed world of medical publishing that allowed a lie in a paper coauthored by Dr. Gideon Koren to pollute the scientific record
ーーー「1999年2月のTherapeutic Drug Monitoring」論文ーーー
そして、2019年4月、20年前に出版されたコレンの「1999年2月のTherapeutic Drug Monitoring」論文が撤回された。
- An investigation into variability in the therapeutic response to deferiprone in patients with thalassemia major.
Diav-Citrin O, Atanackovic G, Koren G.
Ther Drug Monit. 1999 Feb;21(1):74-81. doi: 10.1097/00007691-199902000-00011.
Retraction in: Ther Drug Monit. 2019 Apr;41(2):256. doi: 10.1097/FTD.0000000000000607.PMID: 10051057
この論文は撤回前に、2004年4月、巨大製薬会社のアポテックス社(Apotex Inc)から研究助成されたことを記載していない「未申告の利益相反」があったと指摘され、訂正していた。 → 訂正公告
それから15年後の2019年4月、トロント大学の調査結果と筆頭著者(Orna Diav-Citrin)の撤回要請に基づいて、この論文は撤回された。撤回理由は、共同研究者の同意なしのデータ使用、およびそれに伴う著者在順だった。 → 撤回公告
なお、コレンは自分の意に反して論文が撤回されたことを強く抗議し、学術誌「Therapeutic Drug Monitoring」の編集者に対して法的措置を取ると脅した。 → 2019年2月19日の撤回監視記事:Controversial pediatrics researcher has 20-year-old paper retracted for misconduct – Retraction Watch
ーーー「2020年9月のExpert Rev Clin Pharmacol」論文ーーー
2022年3月、コレンの「2020年9月のExpert Rev Clin Pharmacol」論文が撤回された。
- Fetal safety of medications used in treating infertility.
Koren G, Barer Y, Cem Kaplan Y.
>Expert Rev Clin Pharmacol. 2020 Sep;13(9):991-1000. doi: 10.1080/17512433.2020.1803738. Epub 2020 Oct 3.
Retraction in: Expert Rev Clin Pharmacol. 2022 Mar;15(3):i. doi: 10.1080/17512433.2022.2044624.PMID: 32815747
撤回理由は、論文発表以降、本論文のデータと結果に疑惑が指摘された。編集部が著者らに説明を求められたが、著者らは元データや必要な裏付け情報を一切提供しなかった。それで、研究内容が妥当だとの検証ができない、という理由で論文は撤回された。 → 2022年3月3日:撤回公告
なお、2025年12月22日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでは、ギデオン・コレン(Gideon Koren)の5論文が訂正、3論文が懸念表明、6論文が撤回されている。
2018年12月(71歳)、トロント・スター紙は、ギデオン・コレン(Gideon Koren)の科学論文400論文以上に、不十分な査読、未申告の利益相反、方法の不正確などの問題があると報じた、と前述した。
しかし、「パブピア(PubPeer)」では13論文にコメントがあるだけで、「400 論文以上」も疑惑視されていない。「400 論文以上」の根拠は不明だが、トロント・スター紙の記事は、誇張したデタラメな数値だと白楽は思う。
【4.イスラエルに帰ったコレン】
★ イスラエルに帰ったコレン
2015年x月(67歳)、ギデオン・コレン(Gideon Koren)は詐欺罪で有罪判決を受けること及びトロント小児病院(HSC)から解雇されるのを恐れて、トロント小児病院(HSC)を辞職し、カナダからイスラエルに帰国した。
イスラエルに帰国したコレンはマッカビ健康保険(Maccabi Health Insurance)の研究所で上級研究員として働き始めた。また、少なくとも2つの大学で講義していた。
しかし、カナダでヒドイことをして逃げてきた医師をイスラエルの会社や大学が雇うのって、おかしくない?
そう、米国に本拠を置く非営利人権 NGO「Physicians for Human Rights(医師のための人権団体)」がマッカビ健康保険に連絡を取り、コレンの採用について苦情を申し立てた。
2018年12月18日(71歳)、イスラエル・トデイ紙がコレンの行状を詳しく報道し、次のことも記載した。 → 2018年12月18日記事: הרופא הישראלי והסערה הקנדית、保存版
マッカビ健康基金は、ギデオン・コレン(Gideon Koren)を研究所の上級研究員に雇用しているが、コレンは、約20年前にカナダでの研究で、不適切かつ非倫理的な職業行為を理由に懲戒処分を受けている。さらに、ここ数年、コレンが運営する研究室で、アルコールや薬物の検査でデタラメな検査をしていたとカナダで非難されている。
「イスラエル・トゥデイ」紙の取材を受け、マッカビは、コレンは当院の職員でなく、時々ボランティアとして病院に来ていただけだ。そして、しばらく休暇を取る、と発表した。
コレンはマザーリスクでの職務上の不正行為疑惑の調査を受けている間、カナダのオンタリオ州での医療免許を放棄し、オンタリオ州で医療免許を再申請しないことに同意している。
しかし、これは医師免許の剥奪ではなく、医療行為に関することなので、オンタリオ州以外のカナダ、および、イスラエルでは医療免許を申請できる。
イスラエルのアリエル大学(Ariel University)は、占領下のヨルダン川西岸のアリエル(Ariel)に1982年に開校した大きな公立大学である。
2018年8月(71歳)、アリエル大学にアデルソン医学部(Adelson School of Medicine)を設置し、2019年10月に学業を開始した。
ギデオン・コレン(Gideon Koren)はタイミングよく、このアデルソン医学部・教員22人のうち1人に採用された。
2025年12月22日(78歳)現在、イスラエルのアリエル大学(Ariel University)の教員リストに入っていない。年齢から考えて、退職したと思われる。 → Faculty – בית הספר לרפואה
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
ギデオン・コレン(Gideon Koren)のデータだけを記載した。
★パブメド(PubMed)
2025年12月22日現在、パブメド(PubMed)で、ギデオン・コレン(Gideon Koren)の論文を「Gideon Koren[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、1990~2025年の36年間の1,105論文がヒットした。
2025年12月22日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、4論文が撤回されていた。
★撤回監視データベース
2025年12月22日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースで、ギデオン・コレン(Gideon Koren)を「Gideon Koren」で検索すると、5論文が訂正、3論文が懸念表明、6論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2025年12月22日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ギデオン・コレン(Gideon Koren)の論文のコメントを「Gideon Koren」で検索すると、1999~2020年(52~73歳)の13論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》日本での報道
①「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」事件
②「マザーリスク冤罪事件」
上記の2つはとても大きな事件である。しかし、日本で全く報道されていない。
2つの事件の対処中あるいは対処後、以下に示すように、トロント小児病院に滞在した日本人研究者は7~8人以上いると思われる(以下は網羅的ではない)。
- 藤田 祥典(川崎医科大学):2013 年 6 月の1か月 → 海外研修報告 The Hospital for Sick Children ~ トロント小児病院 ~
- 小林 徹 (国立研究開発法人 国立成育医療研究センター 臨床研究開発センター 開発企画部 臨床研究企画室 室長):2013年9月~2015年3月の1年6か月→ 日本臨床薬理学会海外研修を終了して
- 小池 勇樹(三重大学大学院医学系研究科 消化管・小児外科):2015年4月~2017年3月の2年間 → トロント留学記 The Hospital for Sick children (通称Sickkids Hospital)
- 井上 建(獨協医科大学埼玉医療センター 小児科・子どものこころ診療センター):2017年6月~ 2019年9月 の2年3か月→ カナダからの手紙 -トロント小児病院に留学して-
医療上および学術上の大きな事件なので、トロント小児病院に滞在した日本人研究者は事件の様子を知っていたと思われる。非難する意図はないが、日本に伝えてくれてもよかったのに、と白楽は思いましたとさ。
というか、日本人の研究者は、自分が外国で所属した機関に大きな事件があっても、日本に伝える文化になっていない。残念だと思う。
《2》製薬企業の研究犯罪
製薬企業がカネで研究公正を曲げる今回の事件は、カナダでは大スキャンダルだったが、日本ではなにも報道されなかった。
日本の主要メディアも外国の学術上の事件をもっと報道すべきだと思うが、どういうわけか、学術界の複雑な面を主要メディアは報道しない。
日本の科学部記者は科学の応援団員だと思っているのだろうか? つまり、科学の素晴らしい面だけしか報道しないのだろうか? これって、本当に応援する人の姿勢ではないと思うけど。
どうしてなんだろう?
外国の科学技術事件を日本の新聞記者・雑誌記者は、能力的に、読み解き・取材し、新聞・雑誌記事にできない。そういう人材が育っていない、と多くの人から聞いたが、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。白楽はわからない。
ただ、新聞記者・雑誌記者でなくも、大学の医学研究者・薬学研究者が解説すべきとも言える。こちらは、ハッキリ、そういう人材が育っていない。日本には育つ仕組みがない。
製薬企業の研究犯罪は、実は広範で根深いと感じている。何かの折にトコトン調べてみようと思う。
今回の事件と少し似たケースとして、カリフォルニア大学のベティ・ドン(Betty Dong)は、製薬企業から圧力をかけら研究発表が7年も遅れた。この事件は2022年6月25日に掲載した。
人間はカネに弱い。企業にすり寄る(カネにすり寄る)大学上層部、個々の研究者はたくさんいる。
企業:レボチロキシン(Levothyroxine)、ベティ・ドン(Betty Dong)、ブーツ医薬社(Boots Pharmaceuticals Inc.)(米) | 白楽の研究者倫理
企業:レボチロキシン(Levothyroxine)、ベティ・ドン(Betty Dong)、ブーツ医薬社(Boots Pharmaceuticals Inc.)(米)
《3》「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」事件のオリビエリ
ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri、写真出典)は、研究結果を患者に役立せるための真っ当な活動をしただけで、同僚からの追放、数回の職の喪失、30年以上も20件を超える訴訟に耐えている。
ただ、デフェリプロンを巡るオリビエリの言動については、賛否両論がある。
医師の立場、学術的な立場、医薬品業界の立場という立場によって賛否が異なる。
また、巨額のカネと大きな名声が絡むので、損得で賛否が異なる。
賛否はその背景や利害をしっかり把握・勘案しなと、ダマされる可能性が高い。著名学者だからと言って信用してはいけない。厄介である。
この白楽記事で、オリビエリに対する賛否を議論するつもりはなく、新薬の臨床試験結果を巡って多数の同僚に匿名の脅迫文を送ったコレンの卑劣な行為を問題にした。
《4》「デフェリプロン臨床試験の虚偽と脅迫」事件のコレン
多数の同僚に匿名の脅迫文を送った点に関して、ギデオン・コレン(Gideon Koren)は完全にクロである。研究者の行為ウンヌンより、人間として卑劣である。
研究ネカトの不正レベルを越え、「真実を追求し公表する」研究を破壊する卑劣な犯罪である。刑事事件で、学術界から追放すべきだったろう。
その上、真実を「脅迫」で捻じ曲げようとした行為は人間性が腐っているとしか思えない。
臨床研究で患者に害をもたらす可能性があるとデータが示しているのに、それを隠蔽した。医師として失格である。とても危険である。
研究犯罪の1つとして違法化すべきだろう。
白楽は、ほとんどの人間には「善もあれば悪もある」と思っている。
コレンは、医師として患者を救い、教員として学生を育ててきた善もあるだろうが、悪知恵能力の高い悪党の印象が強い。
なお、レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)はコレンを「腐敗し、貪欲で、嘘つきの悪党(corrupt, greedy, lying crook)」と呼んでいる。
《5》研究犯罪
学術界・研究現場では、昔から「いじめ」「脅迫」は横行している。人間社会では「いじめ」「脅迫」は珍しくないかもしれないが、ある程度を越えれば犯罪である。
学術界・研究現場では、その特殊性から「いじめ」「脅迫」の実態がつかみにくいが、研究者に多大な苦痛を与え、健全な研究の発展を阻害している。
その悪質性は、研究ネカトの不正レベルを越えている。
従来、学術界・研究現場では、「いじめ」「脅迫」を正面からとらえていなかったが、今後、「いじめ」「脅迫」などのハラスメントを研究犯罪として扱うべきだろう。日本の実態を調べ、なんらかの法律を制定し、健全な学術界・研究現場を構築すべきだ。
なお、不適切な人事(採用・昇進・昇給・賞罰)が根本にある。見識・能力が低い人を昇進させたり、高い地位に選ぶから、学術界・研究現場の改革ができない。
《6》擁護集団
学術界は男性社会である。しかも、北米ではユダヤ系が強い。コレンはイスラエル出身である。
そこに、ブロンドのイタリア系小娘が異議を唱えた。
学術上の異議は、本来、性別も人種も年齢も無関係だが、メンツ・コネと保身・仲間擁護は人間社会では、それも学術界では特に、強力である。
オリビエリを擁護する集団がある一方、コレンを擁護する集団もある。オリビエリとコレンの両人ともトロント大学・教授で、両人とも、多数の賞を受賞した。
また、コレンはユダヤ人なので、ユダヤ系(?)のメディアはコレンが正義で、オリビエリを悪者にした。(例:①2012年の記事:SickKids doctor honoured for work with women | The Canadian Jewish News、リンク切れ)
ギデオン・コレン(Gideon Koren)、写真出典
●9.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版Gideon Koren:Gideon Koren – Wikipedia, the free encyclopedia
② ウィキペディア英語版Nancy Olivieri:Nancy Fern Olivieri – Wikipedia, the free encyclopedia
③ 1999年12月21日のバーバラ・シバルド(Barbara Sibbald)の「eCMAJ Today」記事:Poison-pen letters lead to suspension of Sick Kids’ MD (リンク切れ)
③ 1998年11月29日のビジネスウィーク(Businessweek)の記事:The Doctor Vs. The Drugmaker – Businessweek
④ 2001年、カナダ大学教員協会の依頼でジョン・トンプソン(Jon Thompson)、 パトリシア・ベアード(Patricia Baird)、ジョセリン・ダウニー (Jocelyn Downie)がデフェリプロン論争とナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)の調査報告書(527ページ):The Olivieri Report
⑤a 2005年7月9日、クリストファー・マーティン(Christopher Martyn)の「BMJ」論文: The Drug Trial: Nancy Olivieri and the Science Scandal that Rocked the Hospital for Sick Children – PMC
⑤b 2007年5月9日、オーブリー・ブラムゾーン(Aubrey Blumsohn)のコレン事件のサイト: Scientific Misconduct Blog: Any complaints? The case of Gideon Koren and the anonymous letters
⑥ 2017年4月30日のレイチェル・メンデルソン(Rachel Mendleson)記者の「Tronto Star」記事:Years before Motherisk scandal, SickKids stood by doctor who wrote ‘poison pen letters’
⑥ ◎2017年10月19日のレイチェル・メンデルソン記者(トロント・スター記事: Motherisk: Separated by a hair | Toronto Star
⑥ 2017年10月19日のリサ・メイヤー(Lisa Mayor)記者の「CBC News」記事: ‘It’s a tragedy’: How the flawed Motherisk hair test helped fracture families across Canada | CBC News
⑦ 2019年2月19日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Controversial pediatrics researcher has 20-year-old paper retracted for misconduct – Retraction Watch
⑧ 2019年10月29日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事: Report by former Motherisk lab director of cocaine exposure in a child is subjected to an expression of concern – Retraction Watch
⑨ ◎2020年6月29日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)の「より良い科学のために」記事: Motherisk crook Gideon Koren now at Ariel University – For Better Science
⑩ ◎(閲覧有料)2024年8月20日のサラ・リアドン(Sara Reardon)の「nature」記事:Whistleblowing in science: this physician faced ostracization after standing up to pharma
ーーー Nancy Olivieriに関する記事はたくさんある ーーー
右の表紙:『Nancy Fern Olivieri』 by Lambert M. Surhone (Editor), Mariam T. Tennoe (Editor), Susan F. Henssonow (Editor) ISBN-13: 9786134635547, Publisher: Betascript Publishing Publication date: 12/16/2010, Pages: 88- 2004年2月14日、ジュリアン・サブレスク(Julian Savulescu)の「BMJ」論文:Thalassaemia major: the murky story of deferiprone
- 2004年2月x日の「J Med Ethics」論文:Introduction to The Olivieri symposium
- 2007年2月9日記事:Hooked: Ethics, Medicine, and Pharma: The Olivieri Case: She Said, They Said…
- CAUT – J. Turk, Academic Scandal
- このサイトに資料がリンク:Dr. Nancy Olivieri
- 2017年12月15日、ナンシー・オリビエリ(Nancy Olivieri)を脅迫したアポテックス社(Apotex Inc)の社長夫妻(バリー・シャーマン(Barry Sherman)(75)と妻のハニー・シャーマン(Honey Sherman))が殺害された。:2018年1月27日「AFP」記事:カナダ製薬大手創業者夫妻不審死、警察が「標的型殺人」と判断 国際ニュース:AFPBB News
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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