2018年8月8日掲載。
ワンポイント:ネカト論文だが、ネカト者が特定されていない事件である。ダヴィドフが最後著者の「2012年のSurgery」論文がデータねつ造で、2016年に撤回された。しかし、所属するセント・ジュード小児研究病院(St. Jude Children’s Research Hospital)も研究公正局も無言である。ネカト論文なのにネカト者が特定されていない事件は、実は、かなりあるのではないだろうか。この種の記事は、論文責任者の名前の前に「責」をつけた。国民の損害額の総額(推定)は1億1100万円。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
アンドリュー・ダヴィドフ(Andrew Davidoff、写真出典)は、米国のセント・ジュード小児研究病院(St. Jude Children’s Research Hospital)・医師で、専門は外科学(小児固形腫瘍、神経芽細胞腫)である。
今回の記事は、通常の記事の構成と異なる。というのは、ネカト者を特定できていないネカト事件の記事である(「責」ネカト記事)。
ダヴィドフが最後著者の以下の「2012年のSurgery」論文はデータねつ造で2016年に撤回された。
- Liposome-encapsulated curcumin suppresses neuroblastoma growth through nuclear factor-kappa B inhibition.
Orr WS, Denbo JW, Saab KR, Myers AL, Ng CY, Zhou J, Morton CL, Pfeffer LM, Davidoff AM.
Surgery. 2012 May;151(5):736-44. doi: 10.1016/j.surg.2011.12.014. Epub 2012 Jan 28. Retraction in: Surgery. 2016 Feb;159(2):674.
しかし、ネカトが指摘されてから4年経過し、論文撤回から2年経過したというのに、著者たちが所属するセント・ジュード小児研究病院(St. Jude Children’s Research Hospital)がネカト調査をしたという話が流れてこない。研究公正局の発表もない。
第一著者のウェイン・オーア(Wayne Shannon Orr)がネカト者なのか、最後著者のアンドリュー・ダヴィドフ(Andrew M. Davidoff)がネカト者なのか、それとも、他の共著者がネカト者なのか、まるでわからない。
それでネカト者不明のまま記事にした。
ただ、それだと、事件を特定しにくい。それで、最後著者のアンドリュー・ダヴィドフ(Andrew M. Davidoff)が責任者なので、ダヴィドフ事件という看板で扱い、表題の名前の前に「責:アンドリュー・ダヴィドフ(Andrew M. Davidoff)」と「責」を入れた。
こういう、ウェブ上でネカトと告発されたのに、その後、何もなかったかのようなネカト事件(「責」ネカト事件)はどれほどあるのだろうか? 実は、かなりあると推定している。
セント・ジュード小児研究病院(St. Jude Children’s Research Hospital)。写真出典
- 国:米国
- 分野:外科学
- 不正論文発表:2012年
- 不正論文出版機関:セント・ジュード小児研究病院
- 不正発覚年:2014年
- ステップ1(発覚):第一次追及者は匿名(詳細不明)で「パブピア(PubPeer)」で指摘
- ステップ2(メディア): 「撤回監視(Retraction Watch)」、「パブピア(PubPeer)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部
- 所属機関・調査報告書のウェブ上での公表:なし。セント・ジュード小児研究病院は調査していない
- 所属機関の事件への透明性:発表なし・隠蔽(✖)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:1報。撤回
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億1100万円。内訳 →
- ①研究者になるまで5千万円。研究者を辞めていないので損害額は0円。
- ②大学・研究機関が研究者にかけた経費(給与・学内研究費など)は年間4500万円。研究者を辞めていないので損害額は0円。
- ③外部研究費。実際に受給していても、判明しないので0円とした。
- ④調査経費。第一次追及の調査費用は100万円。
- ⑤裁判経費は2千万円。裁判はないので損害額は0円。
- ⑥論文撤回は1報当たり1,000万円、共著者がいなければ100万円。撤回論文は1報なので損害額は1,000円。
- ⑦研究者の時間の無駄と意欲削減+国民の学術界への不信感の増大は1億円。
- ⑧健康被害:不明なので損害額は0円とした。
●2.【経歴と経過】
★アンドリュー・ダヴィドフ(Andrew Davidoff):ネカト者かどうか不明なので軽く
- 生年月日:不明。仮に1961年1月1日生まれとする。1987年に医師免許(MD)を取得した時を26歳とした
- 1987年(26歳?):米国のペンシルベニア大学医科大学院(Perelman School of Medicine at the University of Pennsylvania)で医師免許(MD)を取得
- 19xx年(xx歳):デューク大学医療センター(Duke University Medical Center)・研修医
- 19xx年(xx歳):セント・ジュード小児研究病院
- 2012年(51歳?):後に撤回される「2012年のSurgery」論文を発表
★第一著者のウェイン・オーア(Wayne Shannon Orr)
- 生年月日:不明。仮に1978年1月1日生まれとする。1996年に大学入学した時を18歳とした
- 1996-2000年(18-22歳?):米国のミシシッピ州のデルタ州立大学(Delta State University)で学士号取得:化学
- 2002-06年(24-28歳?):米国のミシシッピ大学医科大学院(University of Mississippi School of Medicine)で医師免許(MD)を取得
- 2006-13年(28-35歳?):テネシー大学健康科学センター(University of Tennessee Health Science Center)・研修医
- 2009-11年(31-33歳?):セント・ジュード小児研究病院・フェロー
- 2012年(34歳?):後に撤回される「2012年のSurgery」論文を発表
- 2013-15年(35-37歳?):テキサス州立大学 MDアンダーソンがんセンター(The University of Texas MD Anderson Cancer Center)・フェロー
- 2015年(37歳?):ミシシッピ大学医科大学院(University of Mississippi School of Medicine)・助教授
●5.【不正発覚の経緯と内容】
2014年8月、「パブピア(PubPeer)」がアンドリュー・ダヴィドフ(Andrew Davidoff)研究室から出版された複数の論文のデータの異常を指摘した。
★「2012年のSurgery」論文
ウェイン・オーア(Wayne Shannon Orr)が第一著者で、アンドリュー・ダヴィドフ(Andrew Davidoff)が最後著者の以下の「2012年のSurgery」論文が出版された。データねつ造明らかである。2人を含め著者全員、セント・ジュード小児研究病院に所属している。
- Liposome-encapsulated curcumin suppresses neuroblastoma growth through nuclear factor-kappa B inhibition.
Orr WS, Denbo JW, Saab KR, Myers AL, Ng CY, Zhou J, Morton CL, Pfeffer LM, Davidoff AM.
Surgery. 2012 May;151(5):736-44. doi: 10.1016/j.surg.2011.12.014. Epub 2012 Jan 28. Retraction in: Surgery. 2016 Feb;159(2):674.
2016年2月、上記の「2012年のSurgery」論文は撤回された。
→ 2016年2月の撤回記事:Retraction notice to “Liposome-encapsulated curcumin suppresses neuroblastoma growth through nuclear factor-κB inhibition”: [j.surg 151 (2012) 736-744] – ScienceDirect
撤回理由は、図3Eが異常で、共著者とセント・ジュード小児研究病院が調査した結果、画像がねつ造されたとの結論に至ったため、とある。
以下がその図3Eである(原論文から引用:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3331939/)。ただ、画像を眺めていても、どの部分がねつ造だかわからない。「パブピア(PubPeer)」も図3Eの異常を指摘していない。
★6論文の図の異常
2018年8月7日現在、「パブピア(PubPeer)」はアンドリュー・ダヴィドフ(”Andrew M Davidoff”)の6論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.
その6論文は上記の「2012年のSurgery」論文以外に、アンドリュー・ダヴィドフの.「2011年のBMC Cancer」論文、「2012年のJournal of Interferon & Cytokine Research」論文、「2007年のJournal of Pediatric Surgery」論文、「2006年のBlood」論文、「2013年の PLoS ONE」である。
例えば、2014年8月に「2011年のBMC Cancer」論文の図の異常を指摘している。同じ2014年8月に「2012年のJournal of Interferon & Cytokine Research」論文の図の異常も指摘している。
6論文の図の異常が指摘されているので、アンドリュー・ダヴィドフがネカト者と思われる。
しかし、図の異常が指摘されてから4年も経過したというのに、著者たちが所属するセント・ジュード小児研究病院(St. Jude Children’s Research Hospital)がネカト調査をしたという確かな話がは流れてこない。「2012年のSurgery」論文の撤回公告で、共著者とセント・ジュード小児研究病院が調査したと触れられているだけである。
2018年8月7日現在、研究公正局は何も発表していない。
第一著者のウェイン・オーア(Wayne Shannon Orr)がネカト者なのか、最後著者のアンドリュー・ダヴィドフ(Andrew Davidoff)がネカト者なのか、それとも、他の共著者がネカト者なのか、まるでわからない。
それで容疑者不明のまま「責」ネカト記事にした。
★「2006年のBlood」論文
2018年8月7日現在、「パブピア(PubPeer)」がアンドリュー・ダヴィドフ(”Andrew M Davidoff”)の6論文にコメントした論文の内、最古の「2006年のBlood」論文の図の異常も紹介しよう。
書誌情報を以下に示す。2018年8月7日現在、撤回されていない。「2012年のSurgery」論文の第一著者だったウェイン・オーア(Wayne Shannon Orr)は著者に入っていない。
- Self-complementary adeno-associated virus vectors containing a novel liver-specific human factor IX expression cassette enable highly efficient transduction of murine and nonhuman primate liver.
Nathwani AC, Gray JT, Ng CY, Zhou J, Spence Y, Waddington SN, Tuddenham EG, Kemball-Cook G, McIntosh J, Boon-Spijker M, Mertens K, Davidoff AM.
Blood. 2006 Apr 1;107(7):2653-61. Epub 2005 Dec 1.
2014年8月4日、図1Bの電気泳動バンドがおかしいと、指摘された「Peer 1: (commented August 4th, 2014 1:23 AM and accepted August 4th, 2014 1:23 AM )」。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/C4C0240AD82667996D6A39BBE668DF#1
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
本記事で問題にした「2012年のSurgery」論文は2016年2月に撤回された。
- Liposome-encapsulated curcumin suppresses neuroblastoma growth through nuclear factor-kappa B inhibition.
Orr WS, Denbo JW, Saab KR, Myers AL, Ng CY, Zhou J, Morton CL, Pfeffer LM, Davidoff AM.
Surgery. 2012 May;151(5):736-44. doi: 10.1016/j.surg.2011.12.014. Epub 2012 Jan 28. Retraction in: Surgery. 2016 Feb;159(2):674.
第一著者のウェイン・オーア(Wayne Shannon Orr)がネカト者なのか、最後著者のアンドリュー・ダヴィドフ(Andrew Davidoff)がネカト者なのか、それとも、他の共著者の誰かがネカト者なのか、まるでわからない。
それで、「論文数と撤回論文」を省略した。
★パブピア(PubPeer)
記事で行きがかり上調べたアンドリュー・ダヴィドフ(”Andrew M Davidoff”)の結果を再掲する。
2018年8月7日現在、「パブピア(PubPeer)」はアンドリュー・ダヴィドフ(”Andrew M Davidoff”)の6論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.
●7.【白楽の感想】
《1》「ネカトはなかった」同然
「火のない所に煙は立たぬ」という諺はあるが、「責」ダヴィドフ事件では、火、つまり、ネカト論文は確かにあるのに、煙が立っていない(ネカト者が特定されていない)。
所属するセント・ジュード小児研究病院(St. Jude Children’s Research Hospital)が調査し、結論を発表しないからである。
「研究ネカト事件対処の4ステップ説」で述べたように、「当局(オーソリティ)」が調査し、結論を出さないと、ネカト行為があって、告発され、メディアが追及しても、「ネカトはなかった」も同然になってしまう。
→ 1‐5‐3.研究ネカト事件対処の4ステップ説 | 研究倫理(ネカト)
勿論、研究者の所属する大学・研究機関にネカトの調査をさせる、というおかしなシステムを米国や日本を含め各国が行なっている。だから、大学・研究機関が知らぬ存ぜぬで75日も放っておけば、ネカトの噂は途絶え、「ネカトはなかった」も同然になってしまうのである。
このように、ネカト論文なのにネカト者が特定されていない事件は、実は、かなりあるのではないだろうか。
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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●8.【主要情報源】
① 2015年11月9日のアリソン・マクック(Alison McCook)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:St. Jude investigation finds faked data in brain tumor paper – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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