2019年6月26日掲載。
ワンポイント:チンは台湾大学病院(National Taiwan University Hospital)・医師、研究主宰者で、 シィアォは国立陽明大学(National Yang-Ming University)・生物薬学研究所・教授である。2019年1月、チン(49歳)の2011-2016年の10論文にデータねつ造が見つかった。5論文は シィアォが共著でネカト従犯である。科学技術省は締め出し期間は「生涯」に次ぐ厳しさの「10年間」をチンに科した。また、680万台湾ドル(約2,400万円)の研究助成金を科学技術省に返還するよう命じた。一方、 シィアォ教授には「5年間」を科し、325,000台湾ドル(約113万円)を返還するよう命じた。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
クェンフォン・チン、陳昆鋒(Kuen-feng Chen、クェンフォン・チェン、 ORCID iD:https://orcid.org/0000-0002-4686-7019、写真出典)は、台湾大学病院(National Taiwan University Hospital)・医師、研究主宰者で、専門は分子病理学(肝癌新薬開発)だった。2014年に第11回国家イノベーション賞を受賞するなど、台湾の有力研究者だった。
2019年1月9日(49歳)、ネカト発覚の経緯は不明だが、台湾のメディアがチンの10論文にデータねつ造が見つかったと報じた。その後、台湾のメディアは大騒ぎしている。
10論文の内、5論文は台湾の国立陽明大学(National Yang-Ming University)・生物薬学研究所・教授のチョンワイ・ シィアォ、蕭崇瑋(Chung-wai Shiau、写真出典)と共著である。
科学技術省は締め出し期間は「生涯」に次ぐ厳しさの「10年間」をチンに科した。また、680万台湾ドル(約2,400万円)の研究助成金を科学技術省に返還するよう命じた。一方、 シィアォ教授には「5年間」を科し、325,000台湾ドル(約113万円)を返還するよう命じた。
ペナルティの重さから、主犯はチンで シィアォは従犯である。本記事ではチンを主体に述べ、 シィアォを副次的に述べる。
2019年6月25日現在、論文は1報も撤回されていない。
台湾大学病院(National Taiwan University Hospital)(圖/記者徐文彬攝)。写真出典
- 国:台湾
- 成長国:台湾
- 医師免許(MD)取得:台湾大学
- 研究博士号(PhD)取得:米国のオハイオ州立大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1970年1月1日生まれとする。1988年に大学に入学した時を18歳とした。また、2019年1月9日の新聞に49歳とあった
- 現在の年齢:54歳?
- 分野:分子病理学
- 最初の不正論文発表:2005年(35歳)
- 不正論文発表:2005-2017年(35-47歳)
- 発覚年:2019年(49歳)
- 発覚時地位:台湾大学病院・医師、研究主宰者
- ステップ1(発覚):第一次追及者は不明
- ステップ2(メディア):蘋果日報やETtodayなど多数
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②台湾大学病院・調査委員会。③科学技術省?
- 機関・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 機関の透明性:実名報道だが機関のウェブ公表なし(△)
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:2005-2017年に出版した10論文。撤回論文なし
- 時期:研究キャリアの初期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ
- 処分:10年間の締め出し処分
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
★クェンフォン・チン、陳昆鋒(Kuen-feng Chen)
主な出典:①:Academic Hub | National Taiwan University、②:KUEN-FENG CHEN | NTU Scholars
- 生年月日:不明。仮に1970年1月1日生まれとする。1988年に大学に入学した時を18歳とした。また、2019年1月9日の新聞に49歳とあった
- 1988年9月-1995年6月(18-25歳?):台湾大学(National Taiwan University)で学士号取得:医学。医師免許取得
- 2001年9月-2005年9月(31-35歳?):米国のオハイオ州立大学(Ohio State University)で研究博士号(PhD)を取得:薬学
- 2005年10月(35歳?):台湾大学病院(National Taiwan University Hospital: Taipei)・医師、研究主宰者
- 2012年2月1日(42歳?):兼任:台湾大学(National Taiwan University)・非常勤準教授(Adjunct Associate professor)
- 2016年11月(46歳?):不正研究が発覚。台湾大学病院が調査開始
- 2017年(47歳?):台湾大学病院はクロと結論したが結果を発表せず
- 2017年(47歳?):台湾大学病院と台湾大学を辞任(解雇?)(推定)
- 2018年1月(48歳?):科学技術省がクロと結論し処分決定
- 2019年1月(49歳):メディアがチンのネカト事件を報道
【受賞】
2014年 第12回科学技術論文賞
2014年 第11回国家イノベーション賞
2013年 徐千田癌研究優秀賞
2011年 国家科学評議会呉達沙記念賞
●3.【動画】
【動画1】
ニュース動画:「《蘋果》踢爆台大醫爆論文造假醜聞 科技部擬修法主動公開 | 台灣蘋果日報 – YouTube」(中国語)3分21秒。
蘋果新聞網が2019/01/09 に公開
【動画2】
ニュース動画:「驚! 台大醫師陳昆鋒 10篇論文涉造假遭追68萬 – YouTube」(中国語)1分32秒。
TVBS NEWSが2019/01/09 に公開
【動画3】
ニュース動画:「台大醫陳昆鋒涉論文造假 科技部停權10年 20190110 公視中晝新聞 – YouTube」(中国語)2分37秒。
公視新聞網が2019/01/09 に公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★発覚
発覚の経緯は不明である。
以下の図に示すように、クェンフォン・チン、陳昆鋒(Kuen-feng Chen)が2011-2016年に出版した10論文にデータ異常が指摘された。
10論文の内、5論文は台湾の国立陽明大学(National Yang-Ming University)のチョンワイ・ シィアォ、蕭崇瑋(Chung-wai Shiau)と共著だった。
2016年11月(46歳?)、台湾大学病院はネカト調査を始めた。
2017年(47歳?)、台湾大学病院はクロと結論したが結果を発表せず、科学技術省に報告した。
2018年1月(48歳?)、科学技術省は処分を決定していたが、これも世間に公開しなかった。
2019年1月9日(49歳)、中国語の新聞「蘋果日報(Apple Daily)」がチンの10論文にデータねつ造が見つかったと報じた。ねつ造は画像の加工と重複流用である。
台湾のメディアは大騒ぎになった。以下、2019年1月9日・10日の新聞報道の6件並べた。
★処分
科学技術省は締め出し期間は「生涯」に次ぐ厳しさの「10年間」をチンに科した。また、680万台湾ドル(約2,400万円)の研究助成金を科学技術省に返還するよう命じた。一方、シィアォ教授には「5年間」を科し、325,000台湾ドル(約113万円)を返還するよう命じた。
2017年x月(47歳?)、台湾大学病院と台湾大学をチン(47歳?)を懲戒解雇した。2017年8月25日には存在していた大学のチンのサイトは、2019年5月30日時点で閉鎖されていた。
国立陽明大学のシィアォはネカト論文を出版したことで教授に昇進したとされ、準教授へ降格処分されるらしい。2019年6月25日現在、降格や辞職はなかった。というのは、国立陽明大学のサイトにはシィアォが教授として掲載されているからだ。
2018年、国立陽明大学・学術公正委員会がシィアォ教授の論文を調査した時、ネカト行為を発見できなかった。
科学技術省は、再度、国立陽明大学にシィアォ教授がチンと共著の5論文の調査をすよう要求した。国立陽明大学は科学技術省の要求に従うと述べているので、調査の結果によっては、シィアォ教授は別の処分が科される可能性はある。
シィアォ教授は、研究助成金325,000台湾ドル(約113万円)を科学技術省に返還するように大学に要請したが、救済策も求めている。
★2人の関係
クェンフォン・チン、陳昆鋒(Kuen-feng Chen)とチョンワイ・ シィアォ、蕭崇瑋(Chung-wai Shiau)のつながりは、チンの米国留学時にできたようだ。
チンは2001年9月-2005年9月(31-35歳?)の4年間、米国のオハイオ州立大学(Ohio State University)のチンシー・チン教授(Ching-Shih Chen)の研究室に滞在し、薬学の研究博士号(PhD)を取得した。シィアォもチンの滞在期間とほぼ重なるように2001年8月-2005年10月の4年間、院生として滞在していた(Dr. Chung-Wei Shaiu)。
その時に出版した「2005年のMol Pharmacol.」論文は、以下の書誌情報に示すように、シィアォが第2著者、チンが第5著者の共著になっている。
- Peroxisome proliferator-activated receptor gamma-independent ablation of cyclin D1 by thiazolidinediones and their derivatives in breast cancer cells.
Huang JW, Shiau CW, Yang YT, Kulp SK, Chen KF, Brueggemeier RW, Shapiro CL, Chen CS.
Mol Pharmacol. 2005 Apr;67(4):1342-8. Epub 2005 Jan 13.
するどい読者はお気づきと思うが、オハイオ州立大学(Ohio State University)のチンシー・チン教授(Ching-Shih Chen、写真出典)は、ネカト者である。
2018年3月(62歳?)、チンとシィアォが台湾に帰国した後の2006-2014年の8論文で、ネカトを犯していたとオハイオ州立大学から結論された。それで、大学が発表する前の2017年9月、オハイオ州立大学を辞職し、台湾に戻った。
→ チンシー・チン、陳慶士(Ching-Shih Chen)(米) | 研究倫理(ネカト、研究規範)
●【ねつ造・改ざんの具体例】
台湾のメディアは大騒ぎでネカト報道しているが、どの論文のどの図が、どのようにねつ造・改ざんされたのかを、具体的に示していない。
仕方がないので、パブピアで探った。
★「2015年のOncotarget」論文
「2015年のOncotarget」論文の書誌情報を以下に示す。チョンワイ・ シィアォ(Chung-wai Shiau)と共著である。2019年6月25日現在、撤回されていない。
- Afatinib induces apoptosis in NSCLC without EGFR mutation through Elk-1-mediated suppression of CIP2A.
Chao TT, Wang CY, Chen YL, Lai CC, Chang FY, Tsai YT, Chao CH, Shiau CW, Huang YC, Yu CJ, Chen KF.
Oncotarget. 2015 Feb 10;6(4):2164-79.
どの部分がどのように不正だったのか、パブピアで見てみよう。
2018年6月24日に、図1Cの電気泳動バンド(赤枠内)が、サンプルが異なるのに、図2Aの電気泳動バンド(赤枠内)と同じだと、指摘された「#2 Indigofera Tanganyikensis (commented June 24th, 2018 10:29 AM and accepted June 24th, 2018 6:10 PM)」。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/A816670BF9A8AE0044858AF122AA21#2
★「2012年のNeoplasia」論文
「2012年のNeoplasia」論文の書誌情報を以下に示す。チョンワイ・ シィアォ(Chung-wai Shiau)は共著者ではない。2019年6月25日現在、撤回されていない。
- Degradation of epidermal growth factor receptor mediates dasatinib-induced apoptosis in head and neck squamous cell carcinoma cells.
Lin YC, Wu MH, Wei TT, Chuang SH, Chen KF, Cheng AL, Chen CC.
Neoplasia. 2012 Jun;14(6):463-75. Erratum in: Neoplasia. 2017 Mar;19(3):252-254.
どの部分がどのように不正だったのか、パブピアで見てみよう。
2016年11月29日に、図2のUMSCC1(sensitive)のSrc電気泳動バンド(赤枠内)が、サンプルが異なるFAD(resisitant)の「薄赤枠内」と同じだと、指摘された「#1 Unregistered Submission Tanganyikensis (commented November 29th, 2016 3:36 AM and accepted November 29th, 2016 5:59 AM)」。
以下のパブピアの図の出典:https://pubpeer.com/publications/D378D4DB7063A4F4B0980B611F079F#1
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2019年6月25日現在、パブメド(PubMed)で、クェンフォン・チン(Kuen-feng Chen)の論文を「Kuen-feng Chen [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2004~2019年の16年間の92論文がヒットした。
「Chen KF[Author]」で検索すると、1963~2019年の57年間の533論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多いと思われる。
2019年6月25日現在、「Chen KF[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。
★撤回論文データベース
2019年6月25日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでクェンフォン・チン(Kuen-feng Chen)を検索すると、0論文がヒットし、0論文が撤回されていた。Retraction Watch Databaseの上右「Nature of Notice」の右にチェックを入れ、「Retraction」にすると、撤回論文(数)が表示される。
★パブピア(PubPeer)
2019年6月25日現在、「パブピア(PubPeer)」は、クェンフォン・チン(Kuen-feng Chen)の16論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation.
●7.【白楽の感想】
《1》ネカト文化
クェンフォン・チン、陳昆鋒(Kuen-feng Chen)、チョンワイ・ シィアォ、蕭崇瑋(Chung-wai Shiau)が、米国で研究を学んだ教授は同じ台湾出身のオハイオ州立大学(Ohio State University)のチンシー・チン教授(Ching-Shih Chen)だった。しかし、チンシー・チン教授がそもそも、ネカト者だった。
→ チンシー・チン、陳慶士(Ching-Shih Chen)(米) | 研究倫理(ネカト、研究規範)
3人が偶然ネカトを犯したのではなく、ネカト文化をお互いに学ぶ、というか、お互いにネカト行為の影響を受けあったのだろう。つまり、朱に交わって赤くなった。
人間の行動や価値観は周囲から影響を受け、また周囲に影響を与える。
だからこそ、学術界にネカトフリーの研究環境を保つことが、ネカト防止に役立つのだ。
《2》ネカト被災者
研究室のボスがネカトを犯して研究室が閉鎖された時、学部生・院生・ポスドク・研究員の被害は相当大きい。かなりの人が研究キャリアをあきらめる。あきらめなくても、数年間の研究がパアになって、やり直さなくてはならない。共著の論文が撤回されれば博士号取得が怪しくなる。業績が減るので研究職への就職にもマイナスである。
いつも思うのだが、この人たちの補償はどうなっているのだろう?
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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●8.【主要情報源】
① 2019年1月9日のションミン・ケン(權聲明)記者の「ETtoday」記事:台大醫院爆論文造假!名醫專精肝癌新藥 還回68萬研究費 | ETtoday生活 | ETtoday新聞雲、(保存版)
② 2019年1月10日のヤンシエン・ホン(黃雅旋)記者の「上報」記事:台大名醫陳昆鋒爆10篇論文造假 陽明大學教授蕭崇瑋亦涉其中 — 上報 / 焦點
③ 2019年1月11日のアン・マクソン(Ann Maxon)記者の「Taipei Times」記事:NTU physician fabricated research: report – Taipei Times、(保存版)
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