2022年6月1日掲載
白楽の意図:2022年5月、米国議会で新しい法律「239条」が導入され、NIHが資金提供した研究者が性不正・アカハラしたら、大学・研究所はNIHに報告しなければならないことになった。この一歩前進を解説したジョスリン・カイザー(Jocelyn Kaiser)の「2022年5月のScience」論文を読んだので、紹介しよう。マイク・ラウアー(Mike Lauer)の「2022年5月のNIH Extramural NEXUS」論文も付記した。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.ジョスリン・カイザー(Jocelyn Kaiser)の「2022年5月のScience」論文
3.マイク・ラウアー(Mike Lauer)の「2022年5月のNIH Extramural NEXUS」論文
9.白楽の感想
10.コメント
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【注意】
学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。
「論文」ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説など加え、色々加工している。
研究者レベルの人で、元情報を引用するなら、自分で元情報を読んでください。
●1.【日本語の予備解説】
★NIHの性不正・アカハラ対策のステップ
以下は「Science」記事でみた、NIHの性不正・アカハラ対策の一連のステップである(網羅的に記述していない)。
- 2020年6月:NIHから資金提供を受けた研究者による性不正・アカハラについて、NIHは開示を要求した → NIH strengthens policies to alert agency to sexual harassment by grantees | Science | AAAS
- 2019年6月:NIHは性不正・アカハラ規則を強化する準備をしている → NIH prepares to toughen harassment rules
- 2018年9月:NIHが性不正・アカハラに対処する行動を約束したように、科学庁(NSF)も性不正・アカハラ規則を問題視した → NSF issues sexual harassment policy as NIH promises action
●2.【ジョスリン・カイザー(Jocelyn Kaiser)の「2022年5月のScience」論文】
★書誌情報と著者情報
- 論文名:NIH gains new power to police sexual harassment
日本語訳:NIHはセクハラを取り締まる新しい力を得る - 著者:Jocelyn Kaiser
- 著者の紹介:ジョスリン・カイザー(Jocelyn Kaiser、写真出典は同論文)は、1988年に米国のプリンストン大学(Princeton University)で学士号(化学工学)、19xx年に米国のインディアナ大学(Indiana University)で修士号(ジャーナリズム学)、を取得した。論文出版時の所属・地位は、1995年からサイエンス誌のスタッフ記者(staff writer for Science magazine)。出典:Jocelyn Kaiser | Smithsonian Magazine
- 掲載誌・巻・ページ:Science, Vol 376, Issue 6595.
- 発行年月日:2022年5月12日
- 指定引用方法:
- DOI:10.1126/science.adc9861
- ウェブ:https://www.science.org/content/article/nih-gains-new-power-police-sexual-harassment
- PDF:
●【論文内容】
本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
方法論の記述はなく、いきなり、本文から入る。
ーーー論文の本文は以下から開始
★米国議会の新しい法律
2022年5月10日、米国議会は新しい法律を制定した。 → 2022年5月10日の記事:Congress Strengthens NIH’s Ability To Address Harassment in NIH-funded Activities – NIH Extramural Nexus
→ Consolidated Appropriations Act, 2022 | Congress.gov | Library of Congress
新しい法律は、NIH(National Institutes of Health)から資金提供を受けた研究者が性不正・アカハラで懲戒処分を受けたかどうか、大学はNIHに報告することを法的に義務付けた。
大学は、従来、性不正・アカハラ研究者を隠蔽することが多かったが、この新しい法律はその隠蔽を防ぐ重要な手段だと、NIHは考えている。
NIHの所外研究部(Extramural Research)のマイケル・ラウアー副部長(Michael Lauer、写真出典)は、「私たちがまったく報告を受けていない過去の性不正・アカハラ事件が報告されてくるのは間違いありません」と述べている。
NIHは報告を義務化したが、他方、科学庁(NSF)はまだ義務化していない。このため、科学庁(NSF)関係では、現在進行中のいくつかの性不正・アカハラ調査は闇に葬られる可能性がある。
★NIHの改革
数年前に注目を集めた著名な生命科学者の性不正・アカハラ事件があった事、そして、米国の理工医系の「#MeTooSTEM」運動に対応し、NIHは、性不正・アカハラ規則を強化してきた。
NIH助成金を受領した主宰研究者(PI)が性不正・アカハラでクロと認定された場合、大学は、その研究プロジェクトを他の研究者や別の大学に移すことをNIHは認めてきた。
2020年6月、そのような変更があった場合、性不正・アカハラ事件に関連するかどうかを全米の大学に報告するよう求めた(NIH strengthens policies to alert agency to sexual harassment by grantees | Science | AAAS)。
すると、2022年現在までの集計で、全米の大学で過去4年間(2018年1月1日~2022年3月25日)に、112件の性不正・アカハラ行為があって、92人の主宰研究者(PI)が排除されたと、大学は報告してきた。
しかし、NIHのローレンス・タバック代理所長(Lawrence Tabak、写真出典)は、「2020年までの規則では、牙がありませんでした。大学は性不正・アカハラを「報告すべき」と言われているだけで、NIHに報告する法的義務はありませんでした」、と弱点を述べている。
「それで、NIHは、性不正・アカハラ事件の情報を十分把握できていなかったし、必要な措置もとれなかったのです」と述べた。
2022年5月の今回の法改正のおかげで、性不正・アカハラの報告が義務化された。
NIH助成金の主宰研究者(PI)を変更した時に報告するだけでなく、懲戒処分した時も報告するよう義務化された。
繰り返すと、大学は、NIH助成金を受領した主宰研究者(PI)が性不正・アカハラ行為に関する懸念のために職務から外された場合(教育禁止や休職など)、または懲戒処分を受けた場合、30日以内にNIHに報告しなければならないという義務が課されたのである。
大学は、オンライン上の書類に記入して、性不正・アカハラ行為の申し立てや懸念事項、およびそれに対処した措置を含め、事件の詳細を報告する義務がある。
その報告を受けた後、NIHは、研究者の交代や研究助成金の終了など、追加の処置を実行できる。
大学が報告義務を怠ったり無視した場合、NIHは大学への助成を一時停止することもできる。
NIHの新しい規則は、科学庁(NSF)の規則にはまだ一部達していない面がある。科学庁(NSF)の規則では、性不正・アカハラの発見または調査で、大学がどのような「*行政措置(administrative action)」をしたかの報告も要求している。 → Term and Condition: Sexual Harassment, Other Forms of Harassment, or Sexual Assault | NSF – National Science Foundation
「*行政措置(administrative action)」は、性不正・アカハラの調査中に主宰研究者(PI)が学部生・院生の教育を禁止するなどの措置である。
マイケル・ラウアー副部長は、新しい規則により、NIH助成金を受領した研究者の性不正・アカハラ行為が隠蔽されることはなくなるだろうと予想している。研究者が休職などの処分を科された場合、NIHはそれを知ることができると考えているからだ。
なお、性不正・アカハラ被害の申し立ての正式な調査結果では、クロの割合は25%~30%となっている。つまり、70%~75%は「不正行為はなかった」という結論である(白楽注、この数値の出典不明)。
アメリカ医科大学協会(Association of American Medical Colleges)のヘザー・ピアス(Heather Pierce、写真出典)は、NIHはまた、被害者及び、NIHに連絡してきた関係者からも事情聴衆することができる、と述べている。
ヘザー・ピアスは、「全体として、新しい規則は何を報告する必要があるか明確で、役に立つ」、と好意的である。
ただし、一部の識者は、ネカト行為の連邦規則と同様に、性不正・アカハラも、調査を開始した時点、つまり、シロクロ判定の前、大学はNIHに通知するよう義務化すべきだと主張している。
NIHセクハラ・ワーキンググループ(NIH working group on sexual harassment)の委員会のメンバーだったカリフォルニア大学サンタクルーズ校のキャロル・グライダー(Carol Greider、ノーベル賞受賞者)は、「大学の調査開始」通知は、2019年の報告書の重要な推奨事項だったと述べている。 → ACD Working Group on Changing the Culture to End Sexual Harassment – NIH Advisory Committee to the Director
サスカチュワン大学(University of Saskatchewan)のウイルス学者であるアンジェラ・ラスムーセン(Angela Rasmussen、写真出典)も、その委員会の委員を務めていて、そのアイデアを支持している。
「著名な教授に加害者の嫌疑がかかった場合、大学はそもそも、調査や懲戒処分を何とか回避しようとしてきた。新たに監視を強化したことで、大学は著名な不正者の保護・隠蔽をさらに強化し、逃れようとする可能性がある。といわけで、大学の調査開始をNIHが知っていることは重要である」と指摘した。
●3.【マイク・ラウアー(Mike Lauer)の「2022年5月のNIH Extramural NEXUS」論文】
★書誌情報と著者情報
- 論文名:Congress Strengthens NIH’s Ability To Address Harassment in NIH-funded Activities
日本語訳:議会は、NIHが資金提供する活動における嫌がらせに対処するNIHの能力を強化します - 著者:Mike Lauer and Marie Bernard
- 著者の紹介:マイク・ラウアー(Michael Lauer、Mike Lauer、写真出典同)。論文出版時の所属・地位は、NIHの所外研究部(Extramural Research)の副部長
- 掲載誌・巻・ページ:NIH Extramural NEXUS
- 発行年月日:2022年5月10日
- 指定引用方法:
- DOI:
- ウェブ:https://nexus.od.nih.gov/all/2022/05/10/congress-strengthens-nihs-ability-to-address-harassment-in-nih-funded-activities/
●【論文内容】
本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。
本論文は上記のジョスリン・カイザー(Jocelyn Kaiser)の「2022年5月のScience」論文のベースになった論文で、上述したように、著者のマイク・ラウアー(Michael Lauer、Mike Lauer)はそこで、最初に登場している。
話しが重複するので、要点をかいつまんだ。
ーーー論文の本文は以下から開始
★新しい法律「239条」
最近可決された2022会計年度包括予算割当法案(Consolidated Appropriations Act for fiscal year 2022)に、NIHが資金提供する研究者の安全な労働条件を確保するための「239条」が含まれている。
「239条」を英語のママ示す。
Sec. 239. The Director of the National Institutes of Health shall hereafter require institutions that receive funds through a grant or cooperative agreement during fiscal year 2022 and in future years to notify the Director when individuals identified as a principal investigator or as key personnel in an NIH notice of award are removed from their position or are otherwise disciplined due to concerns about harassment, bullying, retaliation, or hostile working conditions. The Director may issue regulations consistent with this section.
以下は「DeepL翻訳」の、無料翻訳のママである。
第239条 国立衛生研究所長は、2022会計年度および将来の会計年度において、助成金または協力協定を通じて資金を受け取る機関に対し、NIHの授与通知において研究責任者または主要職員として特定される個人が、嫌がらせ、いじめ、報復、または敵対的労働条件に関する懸念のためにその地位を解任またはその他の懲罰を受けた場合、今後局長に通知することを義務づけるものとする。長官は、本節と整合性のある規則を発行することができる。
つまり、NIHの助成金受領者は、性不正・アカハラ(嫌がらせ、いじめ、報復、敵対的な労働条件)で職務から外された場合や懲戒処分を受けた場合、大学・研究所はNIHに通知しなければならない。
この法律は、生命科学の研究現場での性不正・アカハラ文化を変える大きな一歩である。
★NIHグラント規則第4条
NIHグラント規則第4条(NIH Grants Policy Statement Section 4)は、NIHの資金を受給する大学・研究所は、所属の職員に対して、安全で健康的な労働条件を提供し、質の高い研究につながる職場環境を維持・促進することが期待されていると述べている。 → NIHグラント規則第4条(NIH Grants Policy Statement Section 4):4 Public Policy Requirements, Objectives and Other Appropriation Mandates
NIHグラント規則第4条のこの目的に向けて、全米アカデミーズの2018年の報告・「Sexual Harassment of Women 」とNIH諮問委員会のNIH所長への2019年の勧告・「Changing the culture to end sexual harassment」に応える形で、NIHは次のステップに踏み出した。
NIHグラント規則第4条のおよびその他の関連する取り組みで、以下の表に示すように(出典、赤字は白楽)、2018年1月1日~2022年3月25日に、全米の大学・研究所の444件の性不正・アカハラ事例があったことをNIHは把握している。444件の内、全米の大学・研究所は92人を処分した。残りの352件に対しては他の措置を講じた。
NIHのローレンス・タバク代理所長(Lawrence Tabak)が本日(2022年5月10日)発表した声明で説明されたように、性不正・アカハラ行為者をNIHに報告するよう資金提供した大学・研究所に要求する明確な権限がNIHにはなかった。今回、「239条」の導入で、その法的権限を得た。このことで、NIHは生物医学研究における性不正・アカハラを終わらせる目標に向かって一歩前進した。出典:同論文
●9.【白楽の感想】
《1》不正大国
米国では、大学の性不正・アカハラを取り締まるシステムが一歩一歩確実に進んでいる。
一方、日本は国・大学・学術界・メディアのどこにも、まともな動きが感じられない。師子角允彬・弁護士が時々、「アカハラ」を解説している程度だ。 → 師子角允彬・弁護士のブログ。
どうなっているんだろう?
以下は、再掲である。出典:7-99 大学は不正行為の隠蔽を止めよ! | 白楽の研究者倫理
日本は言葉では「説明責任と透明性(accountability and transparency)」は重要だと言いながら、現実の対応は真逆である。
大学の性不正事件では、悪事を働いた加害者を匿名にし、「被」害者よりも「加」害者を守る事に熱心である。
日本の大学に、学内から性不正、アカハラ、研究不正を排除する本気度をまるで感じない。これらの悪事を本気で排除する施策・実行は全くない。被害を申立てられると、その都度、対処するだけである。加害教員は特定されないように匿名で保護され、処分は停職が多く、素知らぬ顔で復職できる。
ネカト排除の改善をしてこないので研究不正大国のままだが、同じように考えると、いずれ、性不正大国・アカハラ大国になるのではないかと心配している。ウン? もうなっている?
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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●10.【コメント】
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