化学:ポール・ワイス(Paul Weiss)(米)

2024年2月10日掲載 

ワンポイント:ワイスはカリフォルニア大学ロサンゼルス校の著名な教授である。2023年4月(64歳)、2018年(59歳)に出版した「ACS Nano」論文が撤回された。研究室の3人の元院生が、測定に信頼性がないことと、元データがないことで、学術誌に撤回を要請したからである。データねつ造・改ざんと思われるが、カリフォルニア大学ロサンゼルス校はネカト調査をしていない。国民の損害額(推定)は1億円(大雑把)。この事件は、2023年ネカト世界ランキングの「2」の「3」である。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

ポール・ワイス(Paul Weiss、Paul S. Weiss、ORCID iD:?、写真出典)は、米国のカリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California, Los Angeles (UCLA))・殊勲教授(Distinguished Professor)で、専門はナノ化学である。

ワイスは、「UC Presidential Chair」(この肩書の内容を白楽は把握していない)であり、NIHと科学庁(NSF)から多数・多額の研究費を獲得している著名な研究者である。

2023年4月5日(64歳)、2018年(59歳)に出版した「ACS Nano」論文が撤回された。

研究室の3人の元院生が、測定に信頼性がないことと、元データがないことで、学術誌に撤回を要請したからである。

これはデータねつ造・改ざん事件だと白楽は思うが、2024年2月9日現在、カリフォルニア大学ロサンゼルス校はネカト調査をしている様子はない。

この事件は、2023年ネカト世界ランキングの「2」の「3」である。

image192012年7月9日。米国・カリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California, Los Angeles:UCLA)正門前の筆者(白楽)

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:カリフォルニア大学バークレー校
  • 男女:男性
  • 生年月日:1958年10月10日
  • 現在の年齢:65歳
  • 分野:ナノ化学
  • 不正論文発表:2018年(59歳)
  • ネカト行為時の地位:カリフォルニア大学ロサンゼルス校・殊勲教授
  • 発覚年:2023年(64歳)
  • 発覚時地位:カリフォルニア大学ロサンゼルス校・殊勲教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は研究室の院生3人。学術誌に撤回依頼
  • ステップ2(メディア):「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②カリフォルニア大学ロサンゼルス校は調査していない
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
  • 大学の透明性:調査していない(✖)
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:1報
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は1億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典:Prof. Paul S. Weiss

  • 1958年10月10日:米国で生まれる
  • 1980年(21歳):マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology、MIT)で学士号取得:化学
  • 1986年(27歳):米国のカリフォルニア大学バークレー校(University of California at Berkeley)で研究博士号(PhD)を取得:化学
  • 1986~1988年(27~29歳):ベル研究所(Bell Laboratories)・ポスドク
  • 1989~1995年(30~36歳):ペンシルベニア州立大学(Pennsylvania State University)・助教授
  • 1995~2001年(36~42歳):同・準教授
  • 2001~2013年(42~54歳):同・正教授
  • 2005~2013年(46~54歳):同・殊勲教授
  • 2009年(50歳):カリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California, Los Angeles (UCLA))・殊勲教授
  • 2014年(55歳):アメリカ芸術科学アカデミー(American Academy of Arts and Sciences:AAAS)・会員
  • 2018年5月22日(59歳):後に撤回される「2018年5月のACS Nano」論文を出版
  • 2023年4月5日(64歳):「2018年5月のACS Nano」論文の撤回
  • 2024年2月9日(65歳)現在:従来の職を維持

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
講演動画:「Paul Weiss – Leveraging Sparsity in Scanning Probe Microscopy – IPAM at UCLA – YouTube」(英語)1時間10分38秒。
Institute for Pure & Applied Mathematics (IPAM) (チャンネル登録者数 2.94万人)が2022/09/16 に公開

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★研究人生

ポール・ワイス(Paul Weiss、写真出典)は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA) の教授だが、並みの教授ではない。「UC Presidential Chair」(この肩書の内容を白楽は把握していない)で、殊勲教授(Distinguished Professor)である。

2014年(55歳)、アメリカ芸術科学アカデミー(American Academy of Arts and Sciences:AAAS)・会員に選出された。

★獲得研究費

ポール・ワイス(Paul Weiss、Paul S. Weiss)は、NIHから1989~2020年の32年間に61件、科学庁(NSF)から1989~2020年の32年間に39件、計100件の研究費を獲得していた。ただ、本記事のポール・ワイス以外の人も含まれているようなので、この数値は不正確である。 → Grantome: Paul S. Weiss

RePORT ⟩ Paul S. Weiss 」で調べると、NIHから2001~2018年の18年間に16件、$4,639,752ドル(約4億6398万円)の研究費を獲得していた。ただ、本記事のポール・ワイス以外の人も含まれているようなので、この数値は不正確である。

★発覚の経緯

2018年5月22日(59歳)、ポール・ワイス(Paul Weiss)は以下の「2018年5月のACS Nano」論文を出版した(電子版は2018年3月14日に公表)。

この論文は、ナノスピア(nanospears)と呼ぶ破片のような構造が遺伝子治療に役立つ可能性があることで、 メディアの注目を集めた。 → 2018年3月15日記事:Nanospears May Revolutionize Gene Therapy

なお、ワイスは学術誌「ACS Nano」の創刊編集長だった。 → 2010年9月xx日記事:Paul Weiss on the History, Success, and Future Goals of ACS Nano – ScienceWatch.com – Clarivate

「2018年5月のACS Nano」論文はWeb of Scienceで80回引用されていたので、重要視された論文だった。

ーーー白楽は以下理解不能であるーーー

論文が最初に出版された約1カ月後(a month after the paper was initially published)、3人の博士院生(内1人は論文の共著者のナッチャ・ワタナトーン:Natcha Wattanatorn、写真出典)が測定に問題があったことに気がついた。

3人は、徹底的に元データ(顕微鏡データ)を探したが、アーカイブされていなかったので見つけられなかった。それで、もう一度実験をし直すつもりだったが、「設備も人材も利用できなかった」ため、論文を撤回することにした。

ーーーここまでーーー

論文の最初出版の約1カ月後(a month after the paper was initially published)ということは、2018年3月14日に電子版で公表されているので、同年4月中旬である。

その時点で、論文に使用した元データが見つからないのは、とてもヘンである。しかも、「設備も人材も利用できなかった(the equipment and people were not available)」というのも、とてもヘンである。

出版の約1カ月後ではなく、4~5年後の間違いではないだろうか?

★論文撤回

2023年4月5日、「2018年5月のACS Nano」論文は撤回された。

この時の「ACS Nano」誌・編集長は、シンガポールの南洋理工大学のシャオドン・チェン教授(Xiaodong Chen)だった。

撤回公告は次のようだ。 → 2023年4月5日:撤回公告 | ACS Nano

著者らは、トランスフェクション効率を決定した蛍光法に信頼性がなく、不正確と思われるが、元データも現在は見つからず、確認できなかった。効率を過大に評価したと思われるとのことなので、この論文を撤回する。

測定の問題を伝えてくれた3人の博士(1人はナッチャ・ワタナトーン:Natcha Wattanatorn、他の2人の名前を白楽が省略)に感謝します。

同日の2023年4月5日、論文の連絡著者であるポール・ワイスはツイッターで撤回を発表した。

2018年の磁性ナノスピアに関する論文は、トランスフェクション効率の測定に使用された蛍光分析法が不正確であり、大幅な過大評価につながり、元のデータが入手できなくなったため、撤回しました。(DeepLの翻訳)

論文撤回に、同じ分野の複数の研究者が称賛している。

 

【ねつ造・改ざんの具体例】

以下の1報が撤回された。

本文に書いたが、撤回理由をくり返すと、トランスフェクション効率を決定した蛍光法に信頼性がなく、不正確で、効率が過大評価されたため、とある。

それ以上の具体的な内容は不明。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

データベースに直接リンクしているので、記事を閲覧した時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えていると思います。

★パブメド(PubMed)

2024年2月9日現在、パブメド(PubMed)で、ポール・ワイス(Paul Weiss、Paul S. Weiss)の論文を「Paul S. Weiss[Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2003~2024年の22年間の419論文がヒットした。

2024年2月9日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、本記事で問題にした「2018年5月のACS Nano」論文・1論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2024年2月9日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでポール・ワイス(Paul Weiss、Paul S. Weiss)を「Paul S. Weiss」で検索すると、本記事で問題にした「2018年5月のACS Nano」論文・1論文が2023年4月5日に撤回されていた。

★パブピア(PubPeer)

2024年2月9日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ポール・ワイス(Paul Weiss、Paul S. Weiss)の論文のコメントを「”Paul S. Weiss”」で検索すると、本記事で問題にした「2018年5月のACS Nano」論文を含め4論文にコメントがあった。

●7.【白楽の感想】

《1》選んだ理由 

この事件は、2023年ネカト世界ランキングの「2」の「3」である。

「撤回監視(Retraction Watch)」が「2023年の論文撤回トップ10」にポール・ワイス(Paul Weiss、写真出典)事件を選んだ理由が、白楽にはよくわからない。

3人の博士院生(内1人は論文の共著者)が測定に問題があり、かつ、元データがない、とのことで論文を撤回した、と学術誌は説明している。

しかし、この撤回はありふれたネカト事件である。

特記するような事件ではないと思うが、しいて特徴を挙げると、以下の2点である。

①ポール・ワイス(Paul Weiss)が有名な研究者だから?
②ほぼ自発的に撤回したという善行だから? 

白楽はわかりません。

というか、そんな表面的な理由で選ぶな! と言いたい。もっと深刻な研究不正事件があるでしょうに。

《2》元データ 

「撤回監視(Retraction Watch)」記事のコメント欄で、ネカトハンターのチェシャー(Cheshire)は、NIHと科学庁(NSF)から助成された数年前の研究論文なのに、ポール・ワイス(Paul Weiss)の研究室が元データを保持していないことに失望したと批判している。

白楽は全面的に同意する。

元データが見つかると、データねつ造・改ざんの証拠になるので、コッソリ廃棄したな、と白楽は勘ぐった。

第一著者のシャオビン・シュー(Xiaobin Xu、写真出典)は、2024年2月9日現在、中国・上海の同済大学(どうさいだいがく、Tongji University)・教授だが、この人がネカトした可能性が高いのではないだろうか? → Group Members-Xiaobin Xu’s Group 同济大学许晓斌课题组

シャオビン・シューはネカト実行者ではないかもしれないが、不正データを出した人をワイス教授は知っているハズだ。

どうして、それを前提に対処しないのか?

《3》ヘン? 

ワイス事件は、3人の博士院生(内1人は論文の共著者)が測定に問題があり、かつ、元データがないと学術誌に通知したことで、論文が撤回された。

一般的には、3人の博士院生が測定に問題があると気がつけば、ボスに伝える。

不正データを出した人をボスは知っているので、その人を捕まえて、ボスは直ぐに状況を把握する。測定値を含め実験操作や実験過程を丁寧にチェックする。

そして、データねつ造・改ざん疑惑が高まれば、大学・事務局にネカト疑惑を伝える。

大学がネカト調査をする。

ワイス事件は、この過程が記述されていない。ということは、この過程がない。つまり、3人の博士院生が学術誌に直接伝えた(らしい)。

以上が正しいとすると、なんかヘンである。

ワイス教授(研究室主宰者)は不正データの対応に関与していないのか? そして、カリフォルニア大学ロサンゼルス校はネカト調査をしていない。

ワイス教授は多忙すぎて、実質的には研究室を「運営」していないのだろうか?

ワイス教授は年間30万マイル(48万km、地球12周)、つまり、毎月、地球を1周する移動をしているという話しだ。 → Paul Weiss (nanoscientist) – Wikipedia

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる
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●9.【主要情報源】

① ウィキペディア日本語版:ウィキペディア英語版:Paul Weiss (nanoscientist) – Wikipedia
② ポール・ワイス(Paul Weiss)のウェブサイト:Paul S. Weiss Group
③ 2023年5月9日のダルミート・チャウラ(Dalmeet Singh ChawlaCategories)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Prominent nanoscientist retracts paper after PhD students flagged error – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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