2019年12月5日掲載
ワンポイント:ブリグは、インドの大学を卒業後、渡米し、米国で博士号を取得し、2009年4月(29歳?)、米国・ミシガン大学(University of Michigan)・ポスドクになった。2010年(30歳?)、同じ研究室の院生・ヘザー・エイムスの実験を妨害した。その妨害行為が防犯ビデオに記録され、裁判で有罪となった。2011年4月29日(31歳?)、研究公正局は、ブリグの実験妨害を改ざんと認定し、2011年4月7日から3年間の締め出し処分を科した。国民の損害額(推定)は2億円(大雑把)。この事件は、白楽指定の重要ネカト事件である:研究公正局が研究妨害を改ざんと認定した稀有な事件例。研究妨害行為がビデオで記録されたことも珍しい。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
ヴィプル・ブリグ(Vipul Bhrigu、写真出典)は、インドで生まれ育ち、インドの大学を卒業後、2003年に渡米し、2009年(推定)、米国・トレド大学で博士号を取得した。2009年4月(29歳?)から米国・ミシガン大学(University of Michigan)・総合がんセンターのテオドラ・ロス研究室のポスドクとして、がんの細胞生物学を研究していた。
2010年(30歳?)、同じ研究室の院生・ヘザー・エイムス(Heather Ames)の実験を妨害した(英語では「sabotage」:サボタージュ、妨害行為、破壊行為の意味)。その妨害行為が防犯ビデオで記録され、裁判で有罪となった。
この事件は、「The Scientist」誌の2010年の科学トップ・スキャンダルの第5位である(2010年ランキング | 研究倫理)。
ミシガン大学(University of Michigan)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:インド
- 男女:男性
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:米国のトレド大学
- 生年月日:不明。仮に、1980年1月1日生まれとした
- 現在の年齢:44歳?
- 分野:がん学
- 不正行為年:2010年(30歳?)
- 発覚年:2010年(30歳?)
- 発覚時地位:ミシガン大学・ポスドク
- ステップ1(発覚):第一次追及者は被害者の院生・ヘザー・エイムス(Heather Ames)で、教授に伝えた
- ステップ2(メディア): 「Nature News」「New York Times」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ミシガン大学・キャンパス警察。②ミシガン大学・調査委員会。③研究公正局。④裁判所
- 大学の透明性:実名報道だが大学のウェブ公表なし(△)
- 不正:実験妨害(英語では「sabotage」:サボタージュ、妨害行為、破壊行為の意味)
- 証拠:防犯ビデオで犯行が記録された
- 不正論文数:0報
- 時期:研究キャリアの初期
- 職:事件後に研究職を続けられなかった(Ⅹ)
- 結末:解雇。インドへ帰国。裁判で有罪。8,800ドル(約88万円)の弁償、600ドル(約6万円)の裁判費用・罰金、半年の執行猶予、40時間の社会奉仕
- 日本人の弟子・友人:不明
●2.【経歴と経過】
不明点多し。
- 生年月日:不明。仮に、1980年1月1日生まれとした
- 19xx年(xx歳):インドの xx大学を卒業
- 2003年(23歳?):インドから米国にきた
- 20xx年(xx歳):オハイオ州のトレド大学(University of Toledo)のジェームス・トレンペ(James Trempe)研究室で博士号取得
- 2009年4月(29歳?):米国・ミシガン大学・総合がんセンター(Comprehensive Cancer Center)のテオドラ・ロス教授(Theodora Ross)のポスドク
- 2010年4月(30歳?):不正が発覚
- 2010年9月(30歳?):裁判所が有罪と判決
- 2010年9月(30歳?):インドに帰国
●5.【不正発覚の経緯と内容】
この事件は他人の実験を妨害した事件である。以下のストーリーは、【主要情報源】①,②の記事が主な出典である。
①Research integrity: Sabotage! : Nature News、
②Lab sabotage deemed research misconduct (with exclusive surveillance video) : Nature News Blog
2009年(29歳?)、ヘザー・エイムス(Heather Ames、写真:Heather Ames)は、ミシガン大学のテオドラ・ロス研究室の大学院生だった。研究は順調に進んでいたが、ここ数か月、以前起こらなかった異常なことが頻発していた。
誰かが自分の実験試料に異物を入れているのではないかと疑うようになった。しかし、ヘザーは仲の良い友人でポスドクのヴィプル・ブリグ(Vipul Bhrigu)を疑ったことはなかった。
テオドラ・ロス教授(Theodora Ross)写真
2009年12月12日(29歳?)、ヘザー・エイムスは、ハッキリと気がついた。誰かが自分の実験試料に異物を入れている。
というのは、めったに失敗しないルーチン作業であるウェスタン・ブロットに、異常なバンドが検出されたのだ。誰かが自分のタンパク質試料に関係のないタンパク質を入れたとしか考えられない。
5日後の2009年12月17日、また、同じ異常が検出された。エイムスは、関係のないタンパク質を入れられたのではなく、誰かが、細胞培養容器のフタのラベルを書き換えたと気が付いた。というのは、その培養細胞からタンパク質を調製したウェスタン・ブロットに、異常なバンドが検出された。それで、エイムスは、細胞培養容器のフタにラベルを書くとともに、細胞培養容器の底にもラベルを書いた。
そうこうしているうちに、次の異常が現れた。混入するはずのないタンパク質が試料に混入していたのだ。そのために、ウェスタン・ブロットに異常なバンドが現れるという事態に遭遇した。
それが2回も起こったので、フィアンセのいる近くの実験室でウェスタン・ブロットをしたら、そこでは異常が見つからなかった。
研究室内の誰かが異常なことをしている。しかし、証拠はない。犯人と思える人も見当たらない。友人に相談すると、「妄想だよ~」と一蹴された。
2010年1月24日のウェスタン・ブロット写真:右半分下部の大きく黒い領域はヘザーの試料にはもともと含まれていないタンパク質だった。出典
★培養液に毒物
ロス研究室は小さな研究室で、テオドラ・ロス教授以下、数人の学生・院生、ポスドクのヴィプル・ブリグ、9年目の研究室マネージャーであるカテリーヌ・オラヴェッツ=ウィルソン(Katherine Oravecz-Wilson)が主要構成メンバーだった。
2010年2月28日(日曜日)、ヘザー・エイムスは、再び、別の実験妨害に出くわした。
培養細胞の培養液を交換しようとしたら、細胞が弱っていて培養器から剥げ落ちた。つまり、細胞が死にかけていた。これは、誰かが培養液に毒物を入れたために起こったに違いない。
培養液を取り出して、電灯に透かして見ると、ウィスキーに水を注いだ時にできるような透明な渦が、赤い培養液中にできていた。臭いをかぐと、アルコール臭がした。本来の培養液にアルコールは入っていないので臭うはずはない。それどころか、アルコールは細胞に毒である。
エイムスは、今までの異常な出来事は、自分が間違えたのではなく、誰かが実験妨害していたことを確信し、その証拠を得たと思った。今度こそハッキリできると思った。
2010年2月。エタノール(細胞毒)を加えられた細胞培養液。出典
この日は日曜日だったが、実験室から、自宅にいたロス教授にすぐに電話し、「実験妨害の証拠をつかんだので実験室に来て下さい」と伝えた。ロス教授は実験室にきて、培養液の臭いをかぎ、アルコール臭がしたので、おかしいことを認めてくれた。
しかし、ロス教授は、研究室の誰かが実験妨害するなんて前代未聞の事態をにわかに信じることができなかった。捜査することを最初はためらった。
エイムスが自分の研究がうまく進まないのを誰か他人のせいにしているのではないかと数人に相談した。しかし、エイムスが何度も何度も捜査してほしいと言うので、ロス教授は、ようやく問題を取り上げることにした。
★キャンパス警察
ロス教授は大学の法律サービス担当副所長のレイ・ハッチンソン、所長のパトリシア・ワードに相談した。2人とも、このようなケースは初めてだった。何回か会って対応を相談したが、その間に、2回ほど培養液にアルコールが入れられた。
最初の培養液エタノール事件の9日後、2010年3月9日 法律サービス担当所長のパトリシア・ワードはキャンパス警察に連絡した。キャンパス警察は直ちに始動した。
キャンパス警察は、まず、ヘザー・エイムスにインタビューを2回行い、ポリグラフも行なった。キャンパス警察はエイムスが嘘をついていないと判定した。
約1か月後の2010年4月18日(日曜日)午前4時、キャンパス警察は、実験室内の2か所に隠しカメラ(ビデオカメラ)を設置した。この日は日曜日だが、エイムスは朝から午後5時まで実験室で実験作業をした。
翌日の2010年4月19日(月曜日)、午前10時15分、実験室内にやってきたエイムスは、培養液にアルコールが入れられたことを発見した。
★ビデオ記録
ロス教授とキャンパス警察は隠しカメラの映像を巻き戻し、チェックした。
すると、ナント、月曜日の午前9:00、ヴィプル・ブリグ(Vipul Bhrigu)が実験室に入ってきて、カメラに背を向けて、46秒間、エイムスの冷蔵庫でなにか工作をしているようすが撮影されていた。動画では、彼が何をしたかを明確にはわからなかった。
【動画】出典
★自白
キャンパス警察は、ブリグをキャンパス警察本部に連行し、質問した。
ブリグは「実験室に隠しカメラが設置されていた」と聞いて、血の気が引き、コップ一杯の水を求めた。そして、「ごめんなさい」と謝り、自分が「培養細胞にエタノールを散布し、培養液に雑菌を混入させた」と告白した。
ブリグはロス教授に次のように謝った。
「あなたを傷つけ、研究室を傷つけ、私は自分が恥ずかしいです。あなたは私を決して許さないでしょう。 私は研究妨害するたびにひどい気持ちになり、もしビデオカメラが記録してくれて、自分の悪行を止めてくれたらと、何度か思いました。 ヘザーはとても賢いので、彼女の実験を妨害するためにしてしまいました。 それは私の内の狂気の仕業です」(出典:【主要情報源】④)。
ロス教授は後に、「ブリグは 私の研究室で最も協力的で情熱的で友好的なメンバーでした。 彼は私たちの容疑者リストの一番下にいました」と語っている。
2010年6月(30歳?)、ミシガン大学はブリグを有罪と結論した。残るは、裁判である。
ただ、このような実験妨害が発覚すると、研究室にあるすべての試薬・細胞・機器・装置がどこまでが汚染・操作されたか容易に判定できない。
ロス教授は、研究室の機器・装置を再チェック・再整備したが、試薬や細胞のチェックは困難で時間がかかる。それまで使用していたすべての試薬と細胞を廃棄した。それで結局、半年以上、実験は中断された。
経費・手間・時間、そして、それまでの研究データの廃棄と、損害は膨大である。
なお、被害者だった院生のヘザー・エイムスは、事件3年後の2013年、ミシガン大学で医師免許と研究博士号(PhD)を同時に取得し、2019年12月4日現在、メリーランド大学医科大学院(University of Maryland School of Medicine )・病理学の助教授である。 → Ames, Heather | University of Maryland School of Medicine
★裁判
2010年9月某日(30歳?)、ミシガン州ウォッシュトノー郡裁判所のハインズ裁判官(Elizabeth Pollard Hines、写真出典)は、被告・ヴィプル・ブリグに、試薬・試料に対して約8,800ドル(約88万円)の弁償、600ドル(約6万円)の裁判費用・罰金、半年の執行猶予、40時間の社会奉仕を命じた。
2010年10月に予定した次の裁判で、検察は、ブリグの給料、エイムスの支給金の半分、エイムスの実験回復を手伝うテクニシャンの給料、研究室の試薬の4分の1の弁償として7万2千ドル(約720万円)を請求する予定だった。
しかし、裁判の前に、米国滞在のビザ(有職が条件)の有効期限が切れ、保護観察中の身ながら、ブリグは妻とともにインドに帰国した。
結局、器物損壊で3万ドル(約300万円)の弁償金の支払いが科された。
2011年4月27日時点で、3万ドル(約300万円)の弁償金の内、2万ドル(約200万円)は弁償されていた。その後、全額弁償した。
★大学院時代の教授
話しを少し戻す。
2010年6月(30歳?)、ミシガン大学がブリグを有罪と結論し、ブリグ事件は一段落した。それで、ロス教授は、ブリグの大学院時代の指導教員であるトレド大学(University of Toledo)のジェームス・トレンペ教授(James P Trempe)に電話で事件を伝えた。
トレンペ教授は、自分の研究室で博士号を取得したブリグが実験妨害をしたと聞いてショックを受けた。
そして、トレンペ教授はさらに大きなショックを受けた。
というのは、実は、トレンペ教授はブリグを研究室員として雇用していたのである。
ブリグはロス教授とウマが合わないからミシガン大学のロス教授の研究室を辞めたいとトレンペ教授に泣きついてきた。モチロン、実験妨害のことを何も話さなかった。それで、トレンペ教授は、かつての教え子のブリグを研究室員に雇用していたのである。
ロス教授の報告を受け、もちろんすぐに、ブリグをクビにした。
★ 研究公正局の報告書
この事件は、米国・研究公正局が調査に入り、2011年4月29日、研究公正局はブリグを改ざんでクロと認定した。
NIHのデータベース(NIH Research Portfolio Online Reporting Tools) で、テオドラ・ロス教授(Theodora Ross)が獲得したNIHの2009年・2010年の研究費を調べた。
ブリグが在籍した2009年・2010年、テオドラ・ロス教授(Theodora Ross)は「Huntingtin-interacting protein-1(HIP1) 1 and the promotion of neopasia」という研究課題で、NIHの研究費(R01 CA098730)を受給していた。
2009年の受給額は28万1,370ドル(約2,813万円)、2010年の受給額は26万5,965ドル(約2,659万円)だった。この研究費でブリグをポスドクとして雇用したのだ。
それで、研究公正局が調査に入ったのだ。
2011年4月29日の米国・研究公正局の報告書によれば、ブリグの研究妨害行為を以下のように「改ざん」と認定した(NOT-OD-11-070: Findings of Research Misconduct)。
ブリグは、
① 5つの免疫沈殿/ウェスタン・ブロットの実験試料を故意に操作した。
② 実験が失敗するように4枚の細胞培養皿のラベルを書き換えた。
③ 同僚の実験が失敗するように、同僚の細胞培養液に培養細胞が死ぬエタノールを加えた。
実験妨害は数か月にわたっていたので、ブリグの本当の悪業はもっと多岐にわたり、量も多いだろうが、証拠があり、かつ、ブリグが認めた行為は上記だけということだった。
●【事件の深堀】
ノースカロライナ大学シャーロット校(University of North Carolina, Charlotte)のリサ・ラスムッセン(Lisa M. Rasmussen、写真出典)は、研究妨害を改ざんとした研究公正局の判断について、以下の論文を発表している。
- The case of Vipul Bhrigu and the federal definition of research misconduct.
Rasmussen LM.
Sci Eng Ethics. 2014 Jun;20(2):411-21. doi: 10.1007/s11948-013-9459-y. Epub 2013 Sep 4.
つまり、研究妨害を改ざんとした研究公正局の判断は間違っていると主張している。この判断を先例とすると、将来のネカト事件に問題を残すというのだ。
興味のある方は原著を読まれたし。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2019年12月4日現在、パブメド(PubMed)で、ヴィプル・ブリグ(Vipul Bhrigu)の論文を「Vipul Bhrigu [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2009年に2報、2013年に1報の3論文がヒットした。2013年の論文はインドからの論文である。
「Bhrigu V[Author] 」で検索しても、上記と同じ3論文がヒットした。
2019年12月4日現在、「Bhrigu V[Author] AND Retracted 」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。
★撤回論文データベース
2019年12月4日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでヴィプル・ブリグ(Vipul Bhrigu)の論文を検索すると、0論文がヒットし、0論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2019年12月4日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ヴィプル・ブリグ(Vipul Bhrigu)の0論文にコメントがあった:PubPeer – Search publications and join the conversation.
●7.【白楽の感想】
《1》なんで?
なんで、同じ研究室の人の実験を妨害したのだろう?
「競争相手は、同じ研究室ではなく、世界中の他の研究室である。同じ研究室の人たちは自分への協力者である」と考えるのが、通常だと思う。同級生ならポスト獲得の競争相手だが、数年後輩だと競争相手ではないだろう。ポスドクが同じ研究室の数年後輩の院生の足を引っ張っても、本人には得にならないだろう。
ブリグは既婚者だが、妻は妊娠していた。エイムスは隣の研究室にフィアンセがいた。色恋沙汰の話は表面には出てこない。ブリグはエイムスに恋愛感情(行為)を抱いて、そのもつれ? ということはないだろう。
「ヘザーはとても賢いので、彼女の実験を妨害するためにしてしまいました。 それは私の内の狂気の仕業です」と述べているので、賢さに嫉妬した行動だ。
嫉妬だとすると、防ぐには、嫉妬心を起こさせないようにするのが対策の1つと言えるが、これは難しい。
監視体制の強化が予防策になるだろう。
《2》実験妨害の頻度
他人の実験試料を破壊して実験を妨害する行為(英語では「sabotage」:サボタージュ、妨害行為、破壊行為の意味)が研究者の事件として扱われたことは珍しい。
白楽が知る限りでは、他に、1992年のプリンス・アロラ(Prince K. Arora)と2017年のイアン・リプキン(Ian Lipkin)(白楽の記事なし)の2件がある。 → 「妨害」:プリンス・アロラ(Prince K. Arora)(米) | 研究者倫理
しかし白楽は、他人の実験を妨害する行為は、狭義のねつ造・改ざん・盗用行為の総数よりもズット多いと思っている。日本を含め、世界中で事件が起こっているハズだ。ただ、証拠をつかむことが難しいので、ウヤムヤニになっていた(いる)だけだ。
白楽は教員の立場で、異常と思える学部生・院生に少数ながら遭遇している。今回の事件に似たケースで言えば以下のケースだろう。
研究室に所属していた少数の学部生・院生が研究室を去る1~2か月前から、こちらの指示を無視して、研究記録を持ち帰り、残さない。許可も相談もなく研究試料・データを廃棄した。
白楽は、これを研究妨害行為だと思う。これらはウッカリではなく、休日や夜間、研究室に誰もいないときに、その学部生・院生が行なった。異常に気がついて当該の学部生・院生本人に連絡しても、応対しない、研究室に来なかった。
白楽の研究室でさえ、そういう学部生・院生が少数だがいたので、全国的には、かなり多いのではないだろうか?
《3》実験妨害の対策
ある時期、日本の研究室のポットに毒物を入れる事件が多発した。これは、混入毒物が証拠として残るので事件性が明確である。
しかし、ブリグ事件のように細胞や試料をいじられると、判定が難しい。ロス教授は院生のエイムスが自分の研究がうまく進まないのを誰か他人のせいにしているのではないかと、当初、思ったそうだ。同じように、ほとんどの教授は本人の不注意や研究が下手なのを他人のせいにしていると、思うだろう。
ただ、日本でポット毒物事件が起こったことから、当時、研究室の試薬管理が煩雑になった。試薬庫を購入させられ、試薬庫に鍵をかけ、薬品の量を記録するという管理が施行された。
白楽は、こういう対策に大きな疑問を感じたし、今も感じる。
ブリグは、エイムスにとって同じ研究室の仲の良い同僚である。そういう人が起こした今回の事件だが、そのような事件に、上記の対策が役に立たないことが、日本の官僚・大学管理者はどうしてわからないのだろうか?
研究者の事件では、日本の官僚・大学管理者は、事件の実体とはかけ離れた的外れな対策をする場合がとても多い。
実験室の出入りをカードキーにし、入退出を記録する。これは既に多くの大学の研究室や企業研究所で行なわれている。そして、24時間、実験室内を監視カメラで記録するのはどれほど普及しているのだろうか? ドライブレコーダーが普及した現在、実験室を常時記録するラボレコーダーをセットするのは、経費と技術の点では簡単だ。
しかし、結局、研究室仲間を信じられなければ、研究室での研究は成り立たない。研究仲間は、実験設備・試料・試薬の共有だけでなく、データ・知識・スキルの共有もあり、学問的議論もし、私生活でも深く付き合う濃密な世界なのだ。信頼がなければ、研究チームはとっても無理だ。管理を強化する方向は施策・視点がズレている。
《4》実験妨害は研究ネカト?
米国・研究公正局がこの実験妨害事件を「改ざん」とし、クロと判定した。実験妨害によってデータが変わるので、「改ざん」だという。白楽は、チョッと違うと感じた。ノースカロライナ大学・哲学科のラスムッセン(Rasmussen LM.)も、2014年6月の論文で問題視している。
実験妨害を研究ネカトに分類する判断は無理があり過ぎだ。
確かに、実験妨害は研究上の不正行為ではある。セクハラ・性不正行為よりもはるかに直接的な研究上の不正行為である。実験妨害(研究妨害)を事件として扱い、禁止したい。
しかし、「研究妨害」を「改ざん」の1種とするのは、白楽も、無理が大きいと思う。「無理が通れば道理が引っ込む」。だから、ここは、ネカトの定義を変えて、研究ネカトの1つに研究妨害を新たに加えるのが1つの方策だ。
というより、今回のブリグ事件にキャンパス警察そして裁判所が介入したように、「研究妨害」は警察が捜査し刑事事件として扱うべきでしょう。なお、白楽はネカトそのものも警察が捜査すべきという立場である。 → 1‐5‐5.研究ネカトは警察が捜査せよ! | 研究者倫理
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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●8.【主要情報源】
① ◎ 2010年9月29日のブレンダン・メーラー(Brendan Maher)の「Nature News」記事:Research integrity: Sabotage! : Nature News
② ◎ 2011年4月27日のブレンダン・メーラー(Brendan Maher)の「Nature News Blog」記事:Lab sabotage deemed research misconduct (with exclusive surveillance video) : Nature News Blog
③ 2011年4月29日の研究公正局の報告書:NOT-OD-11-070: Findings of Research Misconduct
④ 2017年1月287日のテオドラ・ロス(Theodora Ross)の「New York Times」記事:A Crime in the Cancer Lab – The New York Times 保存済
⑤ 旧版: 2014年11月27日
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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