盗博:経済学:シニシャ・マリ(Siniša Mali、Синише Малог)(セルビア)

2021年10月16日掲載 

ワンポイント:ベオグラード大学で2013年に博士号を取得したマリは、翌・2014年、ベオグラード市長に就任した。しかし、2014年、盗博の明白な証拠がウェブサイトに暴露された。ところが、ベオグラード大学の調査委員会はビビッて、盗博なしと結論。大学上層部は再調査を要求。再調査でも盗博なし結論。その渦中、マリは、2018年にセルビア政府・財務大臣に就任し、現職である。学生は盗博を認めない学長に反対して、大学を封鎖し抗議した。盗博が社会問題になり、政治論争の的になり、研究公正がすっ飛んだ例である。盗用ページ率は約100%(推定)で、盗用文字率は約33%(推定)。国民の損害額(推定)は50億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

シニシャ・マリ(Siniša Mali、Синише Малог、写真出典)は、2013年にベオグラード大学・組織科学部で博士号を取得した。専門は経済学である。2021年10月15日現在、セルビア政府・財務大臣。

2014年4月24日(41歳)、ベオグラード市長に就任した。

2014年7月9日(41歳)、しかし、ドイツの欧州経営学大学院(EBS Business School)のラサ・カラパンジャ教授(Raša Karapandža)が、マリの博士論文は盗用だと、明白な証拠を添えて、ウェブサイトで暴露した。

ところが、ベオグラード大学のネカト調査委員会はビビッて、盗博なしと結論した。

大学上層部は再調査を要求。再調査でも盗博なし結論した。

2018年(45歳)、このゴタゴタにも拘わらず、マリはセルビア政府・財務大臣に就任した。

学生は盗博を認めない学長に反対し、大学を封鎖して抗議した。

2021年6月(48歳)、しかし、ベオグラード行政裁判所は、博士号に異議を唱えた決定を無効だと裁定した。

2021年10月15日(49歳)現在、マリは博士号を維持し、セルビア政府・財務大臣である。 → Finance – CorD Magazine

マリ盗博事件は盗博が社会問題、そして、政治論争になり、研究公正がすっ飛んだ例である。

盗用ページ率は約100%(推定)で、盗用文字率は約33%(推定)である。

ベオグラード大学・組織科学部(University of Belgrade Faculty of Organizational Sciences)。写真出典

  • 国:セルビア
  • 成長国:セルビア
  • 研究博士号(PhD)取得:ベオグラード大学・組織科学部
  • 男女:男性
  • 生年月日:1972年8月25日
  • 現在の年齢:51 歳
  • 分野:経済学
  • 不正論文発表:2013年(40歳)
  • 発覚年:2014年(41歳)
  • 発覚時地位:ベオグラード市長
  • ステップ1(発覚):第一次追及者はドイツの欧州経営学大学院(EBS Business School)のラサ・カラパンジャ教授(Raša Karapandža)で、ウェブサイトのペシュカニク(Peščanik)で公表
  • ステップ2(メディア):「Balkanist」(地元紙)
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ベオグラード大学・組織科学部・ネカト調査委員会。②ベオグラード大学・教授倫理委員会(Professional Ethics Committee)
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:まともなメディアが実名を発表した。調査報告書のウェブ公表なし(含・調査時点で削除されている)(△)[大学以外が詳細をウェブ公表(⦿)]
  • 不正:盗用
  • 不正論文数:博士論文1報
  • 盗用ページ率:約100%
  • 盗用文字率:約3割
  • 時期:研究キャリアの初期
  • 職:事件後に発覚時の地位を続けた(〇)。むしろ昇格
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は50億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

  • 1972年8月25日:ベオグラードで生まれる
  • 1995年(22歳):ベオグラード大学(University of Belgrade)で学士号取得:経済学
  • 1998年(25歳):同大学で修士号取得:経済学
  • 2002年(29歳):同大学に博士論文提出:経済学
  • 2011年(38歳):上記の博士論文が不合格
  • 2013年(40歳):ベオグラード大学(University of Belgrade)で研究博士号(PhD)を取得。経済学でなく組織科学
  • 2014年4月24日(41歳):ベオグラード市長・就任
  • 2014年7月9日(41歳):盗博が発覚
  • 2018年5月28日(45歳):ベオグラード市長・辞任
  • 2018年5月29日(45歳):セルビア政府・財務大臣
  • 2021年10月15日(49歳)現在:マリは博士号を維持し、セルビア政府・財務大臣 → Finance – CorD Magazine

●3.【動画】

【動画1】
デモ行進の動画(セルビア語)54秒。
2019年9月29日 に公開。以下をクリック
Serbian Protesters Target Plagiarism Scandal, CCTV, Public Spending

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★経済学の博士論文が不合格

シニシャ・マリ(Siniša Mali、写真出典)はベオグラード大学(University of Belgrade)の経済学部(Faculty of Economics)出身で、経済学の学士号と修士号を取得している。

しかし、2002年(29歳)に同大学・経済学部に提出した以下の博士論文(経済学)が、質の悪さと論文の価値がないという理由で、9年後の2011年に不合格になった。[白楽注:博士論文審査に9年もかかるのは異常]

博士論文(経済学)のタイトルは「企業の販売方法による民営化――理論的概念とセルビアの事例(Privatization by the Method of Enterprises Selling – Theoretical Concepts and the Case of Serbia)」である。

2013年(40歳)、博士論文(経済学)を書き直し、今度は経済学部でなく同大学・組織科学部(Faculty of Organizational Sciences (FON))に提出し、研究博士号(PhD)を取得した。

博士論文(組織科学)(写真出典)のタイトルは「リストラと民営化のプロセスによる価値創造――セルビアでの理論的概念と達成された結果(Value Creation through the Process of Restructuring and Privatisation – Theoretical Concepts and Achieved Results in Serbia)」である。

★発覚

2014年4月24日(41歳)、博士号を取得した翌年、シニシャ・マリ(Siniša Mali)はベオグラード市長に就任した。

前年に博士号を取得したことは選挙で有利に働いたに違いない。

2014年7月9日(41歳)、ドイツの欧州経営学大学院(EBS Business School)のラサ・カラパンジャ教授(Raša Karapandža)が、ウェブサイトのペシュカニク(Peščanik)が博士論文(組織科学)の3割は盗用だと指摘した。 → Velike tajne Malog majstora – Ili kako je Siniša Mali ukrao doktorat – Raša Karapandža – Peščanik(セルビア語)(保存版

ラサ・カラパンジャ教授(Raša Karapandža、写真出典)(保存版)は、マリは、オランダの経済学者であるスティファノス・ハイレマリアム教授(Stifanos Hailemariam)の2001年の博士論文「企業価値の創造、ガバナンス、民営化:移行期の企業の再構築と管理――エリトリアの事例(Corporate Value Creation, Governance and Privatisation: Restructuring and Managing Enterprises in Transition – The Case of Eritrea)」を主に盗用したが、他の論文、セルビア民営化庁のサイト、ウィキペディアの記事からも盗用したと指摘した。

マリは、セルビア語論文の逐語盗用もしたが、ハイレマリアム教授の英語論文をセルビア語に翻訳するという翻訳盗用も多用した

★調査と処分

ベオグラード大学・組織科学部(Faculty of Organizational Sciences (FON))はネカト調査委員会を設置した。

2014年10月(42歳)、驚いたことに、組織科学部・ネカト調査委員会はマリの博士論文は盗用ではないと結論した。
 → 2014年10月23日記事:FON Committee:”Sinisa Mali’s doctoral thesis is not plagiarized” – Serbian MonitorSerbian Monitor

しかし、2014年12月10日、ベオグラード大学上層部はこの決定を拒否した。

2016年11月(44歳)、組織科学部は2度目の新しいネカト調査委員会を設立した。

2016年12月19日(44歳)、またしても驚いたことに、組織科学部・調査委員会はマリの博士論文は盗用ではないと結論した。

2017年1月18日(44歳)、手続きの不備を理由に、ベオグラード大学上層部はこの調査結果を再度、却下した。

一方、2018年5月29日(45歳)、盗博で揉めている最中、マリは、ベオグラード市長からセルビア政府・財務大臣に栄転した。

2019年2月(46歳)まで、ベオグラード大学・組織科学部は3度目の新しい調査委員会を設置できなかったが、3度目の新しいネカト調査委員会は、論文の6.97%に類似の文章はあったが、盗博と結論するには不十分だと結論した。

2019年7月15日(46歳)、ベオグラード大学上層部は3度目の新しいネカト調査委員会の調査結果は「不完全、不明確、矛盾」だと述べ、再び却下した。組織科学部に60日間の猶予を与え、新たな審議を行なうよう指示した。

2019年10月23日(47歳)、4度目の新しい委員会は3度目の委員会と同じメンバーで結成し、3度目のネカト調査委員会と同じ報告書を提出した。

2019年11月21日(47歳)、ベオグラード大学・教授倫理委員会(Professional Ethics Committee)は4度目のネカト調査委員会の結論を否決し、マリに研究不正行為があったと満場一致で確認した。

2019年12月12日(47歳)、ベオグラード大学・理事会は満場一致で、博士論文の盗用という理由で、マリの博士号を取消した。 → Senat Univerziteta u Beogradu poništio doktorat Siniše Malog

2021年6月(48歳)、しかし、ベオグラード行政裁判所は、ベオグラード大学の教授倫理委員会(Professional Ethics Committee)と理事会の決定、つまり博士号に異議を唱えた決定を無効だと裁定した。この決定は、盗博があったかどうかという盗博自体の審議の結論ではなく、技術的および手続き上の誤りがあるので、無効だとした。 → 2021年7月21日:ODBOR ZA PROFESIONALNU ETIKU UB PRIZNAO: Predmet o doktoratu Siniše Malog bio nezakonit | Novosti.rs

事件は再審理のために所管官庁に返還された。

イワンカ・ポポビッチ学長(Ivanka Popović、写真出典)は裁判所の結論を受け入れた。

しかし、ベオグラード大学の教授倫理委員会(Professional Ethics Committee)は、マリの博士号は違法だとしている。

つまり、ベオグラード大学のヴク・ラドビッチ理事長(Vuk Radović)は、イワンカ・ポポビッチ学長(Ivanka Popović)の判断は容認できないとしている。

★社会・政治問題

この間、マリの盗博問題は学術界の境界を越え、セルビアの政治問題と広範な社会問題になった。国民がデモで抗議し、大学が封鎖され、政治的分裂も起こった。

2019年7月19日、ベオグラード大学の学生たちは、盗博の宣言をするように求め、ベオグラード大学を1日閉鎖した。

問題が解決されなかったため、2019年9月13日から25日まで再びベオグラード大学を閉鎖した。以下の動画(セルビア語、3分11秒。Al Jazeera Balkansが2019/09/17に公開)。

【盗博の具体例】

2014年7月9日(41歳)、ウェブサイトのペシュカニク(Peščanik)が博士論文(組織科学)の3割は盗用だと指摘した。 →  → Velike tajne Malog majstora – Ili kako je Siniša Mali ukrao doktorat – Raša Karapandža – Peščanik(セルビア語)

以下はその記事から。

約230ページの博士得論文を盗用検出ソフトに掛けると、以下のように、全ページに渡って盗用があった。横軸が論文のページ番号で、縦軸は各頁の盗用文字率である。

125頁目を以下に示す。著色部分が逐語盗用の部分である。

126頁目を以下に示す。著色部分が逐語盗用の部分である。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

研究者ではないので省略。

●7.【白楽の感想】

《1》政治家の盗博 

シニシャ・マリ(Siniša Mali)事件では、盗博が明白なのに、学長は盗博と認めない。それで、博士号は剥奪されていない。

政治家の盗博は、ネカト調査委員会が盗博と認めないケースから、今回のようにネカト調査委員会は盗博と認めているのに学長が認めないなど、いろいろな段階で、公正が侵害される。

このタイプの盗博で、博士号が剥奪されず、政治家として活躍している人は多数いる。

有名な例は、現在、欧州委員会委員長(2019年 -)に就任しているウルズラ・フォンデアライエン(Ursula G. von der Leyen)である。 → 盗博VP152:ウルズラ・フォンデアライエン(Ursula G. von der Leyen)(ドイツ) | 白楽の研究者倫理

政治家として偉くなれば、盗用した博士論文で博士号を取得したことがバレても、博士号は剥奪されない。「正義は時の権力者が決める」。「泣く子と地頭には勝てぬ」。イヤな世の中です。

https://tekdeeps.com/interview-sinisa-mali-we-are-raising-salaries-and-pensions-the-dinar-remains-stable/

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●9.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:Siniša Mali – Wikipedia
② ウィキペディア英語版:Siniša Mali plagiarism scandal – Wikipedia
③ 2014年7月9日のラサ・カラパンジャ教授(Raša Karapandža)記者の「Balkanist」記事:Belgrade Mayor Sinisa “Little” Mali is a Big-time Plagiarist – Balkanist
Siniša Mali plagiarism scandal | owlapps
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