2019年2月20日掲載
ワンポイント:ドゥアンは、中国で医師免許(MD)を取得し、1989年、29歳(?)で米国に渡り、医薬品開発の研究をした。19年前の2000年6月27日、研究公正局は、トーマス・ジェファーソン大学(Thomas Jefferson University)・助教授のドゥアン(40歳?)が、データ不正をしたと発表した。2年間の締め出し処分を科した。国民の損害額(推定)は2億2,700万円。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
リィンシィン・ドゥアン(Lingxun Duan、写真)は、中国で医師免許(MD)を取得し、1989年、29歳(?)で米国に渡り、医薬品開発の研究をした。1991年(31歳?)、米国のトーマス・ジェファーソン大学(Thomas Jefferson University)の研究員、その後、助教授になった。医師で、専門は遺伝子工学である。
2000年6月27日(40歳?)、研究公正局は、トーマス・ジェファーソン大学の助教授のドゥアンがデータ不正を行なったと発表し、2000年6月7日から2年間の締め出し処分を科した。
1998年(38歳?)頃、ドゥアンはネカト発覚後、トーマス・ジェファーソン大学を解雇された(辞職した)。しかし、中国に帰国せず、バイオベンチャーを立ち上げた。
2019年2月19日(59歳?)現在、サンディエゴ(San Diego)にあるエルディー・バイオファーマ社(LD Biopharma Inc)の社長である。
トーマス・ジェファーソン大学医科大学院(Sidney Kimmel Medical College at Thomas Jefferson University)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:中国
- 医師免許(MD)取得:中国・上海の第二軍医大学
- 修士号(MS)取得:中国の北京基礎医学研究大学(Beijing Basic Medical Research Instutite)
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1960年1月1日生まれとする。1978年に第二軍医大学に入学した時を18歳とした
- 現在の年齢:64 歳?
- 分野:遺伝子工学
- 最初の不正:1994年(34歳?)
- 発覚年:1998年(38歳?)頃
- 発覚時地位:米国のトーマス・ジェファーソン大学・助教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は不明。
- ステップ2(メディア):
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①トーマス・ジェファーソン大学・調査委員会。②研究公正局
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:研究公正局でクロ判定(〇)
- 不正:データ不正。調査委員会に元データを提出しない
- 不正数:1論文撤回。1論文訂正
- 時期:研究キャリアの初期
- 職:事件後に研究職をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:NIHから2年間の締め出し処分
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は2億2,700万円。内訳 ↓
- ①研究者になるまで5千万円。事件発覚後、研究者を廃業したが、生命科学系の仕事を続けたので、損害額は0円。
- ②大学・研究機関が研究者にかけた経費(給与・学内研究費・施設費など)は年間4,500万円。期間を10年間とすると4億5000万円。この2割が無駄になったとして、損害額は9,000万円。
- ③外部研究費。損害額は②に含めた。
- ④調査経費。第一次追及者の調査費用は100万円。大学・研究機関の調査費用は1件1,200万円、研究公正局など公的機関は1件200万円、学術出版局は1つの学術誌あたり100万円で2つの学術誌なので200万円。小計で1,700万円
- ⑤裁判経費は2千万円。裁判はなかったので損害額は0円。
- ⑥論文撤回は1報当たり1,000万円、共著者がいなければ100万円。共著者がいる撤回論文は1報なので損害額は1,000万円。
- ⑦アカハラ・セクハラではない。損害額は0円。
- ⑧研究者の時間の無駄と意欲削減+国民の学術界への不信感の増大は1億円。
- ⑨健康被害:損害額は0円とした。
●2.【経歴と経過】
主な出典:①:https://haklak.com/post_Robert_Tracy.html
- 生年月日:不明。仮に1960年1月1日生まれとする。1978年に第二軍医大学に入学した時を18歳とした
- 1978年 – 1983年(18 – 23歳?):中国・上海の第二軍医大学(Shanghai Second Military Medical University)卒業:医師免許取得
- 1985年 – 1988年(25 – 28歳?):中国の北京基礎医学研究大学(Beijing Basic Medical Research Instutite)・修士号:遺伝子工学
- 1989年 – 1991年(29 – 31歳?):米国のフォックス・チェイス癌センター(Fox Chase Cancer Center )・客員研究員
- 1991年(31歳?)(推定):米国のトーマス・ジェファーソン大学(Thomas Jefferson University)・研究員
- 1996年(36歳?):同大学・助教授
- 1998年(38歳?)頃:ネカトが発覚
- 1999年 – 2002年(39 – 42歳?):ジーンウェイ・バイオテク社(GenWay Biotech)を共同設立
- 2000年6月27日(40歳?):研究公正局がネカトでクロと発表。締め出し期間は2000年6月7日から2年間
- 2003年 – 2008年(43 – 48歳?):アヴィヴァ・システムス・バイオロジー社(Aviva Systems Biology)を共同設立
- 2009年(49歳?):エルディー・バイオファーマ社(LD Biopharma Inc)を設立し、社長
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★中国から米国へ
リィンシィン・ドゥアン(Lingxun Duan)は、中国で医師免許を取得し、その後、遺伝子工学の修士号を所得した。1989年、29歳(?)で米国のフォックス・チェイス癌センター(Fox Chase Cancer Center )・客員研究員になった。
1991年(31歳?)に、トーマス・ジェファーソン大学(Thomas Jefferson University)のロジャー・ポメランツ教授(Roger J. Pomerantz、上の写真出典)研究室の研究員、その後、同大学の助教授になった。
★研究公正局
ネカト発覚の時期は不明だが、1998年(38歳?)頃にトーマス・ジェファーソン大学(Thomas Jefferson University)を去っているので、1998年(38歳?)頃に発覚したと思われる。
発覚の経緯も不明である。
出版した論文のデータと元データが異なると指摘され、トーマス・ジェファーソン大学が調査した。
ドゥアンはネカトを否定しつつも、元データを紛失したという理由で元データの提出を拒んだ。
調査はラチが明かなくなったので、トーマス・ジェファーソン大学はドゥアンをクロと結論し研究公正局に伝えた。
その後、研究公正局が調査した。
2000年6月27日(40歳?)、研究公正局は、リィンシィン・ドゥアン(Lingxun Duan)がデータ不正をしたと発表し、2000年6月7日から2年間の締め出し処分を科した。ドゥアンはこの処分を了承した。
データ不正とされた論文は、「1994年のProc Natl Acad Sci U S A」論文と「1996年のJ Virol.」論文である。以下に示すが前者は撤回され、後者は2回訂正された。
- Potent inhibition of human immunodeficiency virus type 1 replication by an intracellular anti-Rev single-chain antibody.
Duan L, Bagasra O, Laughlin MA, Oakes JW, Pomerantz RJ.
Proc Natl Acad Sci U S A. 1994 May 24;91(11):5075-9.
Retraction in: Duan L, Laughlin MA, Oakes JW, Pomerantz RJ. Proc Natl Acad Sci U S A. 1998 Aug 18;95(17):10344. - Intracellular expression of single-chain variable fragments to inhibit early stages of the viral life cycle by targeting human immunodeficiency virus type 1 integrase.
P Levy-Mintz, L Duan, H Zhang, B Hu, G Dornadula, M Zhu, J Kulkosky, D Bizub-Bender, A M Skalka, R J Pomerantz
J Virol. 1996 Dec; 70(12): 8821–8832.
Correction in: J Virol. 1998 Apr; 72(4): 3505.
Correction in: J Virol. 2001 Jan; 75(2): 1092.
これらの研究は、NIH・国立アレルギー・感染症研究所 (NIAID; National Institute of Allergy and Infectious Diseases)のグラント「R01 AI36552:” Intracellular antibodies and HIV 1 (細胞内抗体とHIV 1)”」の助成を受けて行なわれていた。
また、食品医薬品局(FDA)の遺伝子治療フェーズⅠのグラント「Intracellular immunization against HIV-1 infection using an anti-rev single chain variable fragment (SFV)(抗rev一本鎖可変フラグメント(SFV)を用いたHIV-1感染に対する細胞内免疫)”」の申請書にも不正データを記載していた。
★事件後の人生
1998年(38歳?)頃、ドゥアンはネカトが発覚し、トーマス・ジェファーソン大学を解雇された(辞職した)。そして、中国に帰国しなかった。
翌・1999年、39歳(?)の時、バイオベンチャーのジーンウェイ・バイオテク社(GenWay Biotech)を共同設立した。
その後、2009年(49歳?)、エルディー・バイオファーマ社(LD Biopharma Inc)をサンディエゴ(San Diego)に設立し、2019年2月19日(59歳?)現在、その会社の社長である。白楽は、経理状況や従業員数など会社概要を把握できていない。
→ 特許:Patents Assigned to LD Biopharma, Inc. – Justia Patents Search
研究論文は書いていないが、生命科学の知識と経験を活かし、ネカト後の人生を有益に過ごしている。
エルディー・バイオファーマ社(LD Biopharma Inc)社屋。サンディエゴ(San Diego)。グーグルの写真。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
2019年2月19日現在、パブメド(PubMed)で、リィンシィン・ドゥアン(Lingxun Duan)の論文を「Lingxun Duan [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2007年と2009年の2論文がヒットした。
「Duan L[Author]」で検索すると、1987~2009年の23年間の2076論文がヒットした。
トーマス・ジェファーソン大学(Thomas Jefferson University)の研究室のボスであるロジャー・ポメランツ教授(Roger J. Pomerantz)と共著の論文を「Duan L[Author] AND Pomerantz RJ[Author]」で検索すると、1994~2001年の8年間の27論文がヒットした。
2019年2月19日現在、「Duan L[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、3論文が撤回されていた。しかし、名前を調べると3論文の内の2論文の「Duan L[Author]」はLi-Jun Duan、Liqun Duanで別人だった。
結局、このリィンシィン・ドゥアン(Lingxun Duan)事件に該当する撤回論文は、以下の1論文だけだった。
- Potent inhibition of human immunodeficiency virus type 1 replication by an intracellular anti-Rev single-chain antibody.
Duan L, Bagasra O, Laughlin MA, Oakes JW, Pomerantz RJ.
Proc Natl Acad Sci U S A. 1994 May 24;91(11):5075-9.
Retraction in: Duan L, Laughlin MA, Oakes JW, Pomerantz RJ. Proc Natl Acad Sci U S A. 1998 Aug 18;95(17):10344.
★パブピア(PubPeer)
省略
●7.【白楽の感想】
《1》不明
ドゥアンはどのような状況でネカトをしたのか、白楽にはわからない。
1994~2001年の8年間にボスであるロジャー・ポメランツ教授(Roger J. Pomerantz)と共著の論文を27論文も発表している。かなり優秀だったと思える。
27論文の内の2論文にデータ不正が指摘された。トーマス・ジェファーソン大学が全27論文を精査しての結果なのか、2論文だけを精査した結果なのか、白楽にはわからない。
法則:「ネカト癖は研究キャリアの初期に形成されることが多い」
基本知識によれば、他の25論文にもデータ不正があると思える。中国では今でもそうだが、研究倫理の意識が弱い。そのスタイルを習得してしまったと思われる。
しかし、もし、データ不正が2論文だけなら、米国の学術界で必死に成功を収めようとして、魔が差したのだと思える。
なお、日本から米国に渡り、米国の研究で研究公正局からクロと判定された日本人は2019年2月19日現在までに8人いる。全員、日本に帰国している。
→ 日本のネカト・クログレイ事件一覧 | 研究倫理(ネカト、研究規範)
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい(富国公正)。正直者が得する社会に!
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●8.【主要情報源】
① 2000年6月27日、研究公正局の発表:Findings of Scientific Misconduct
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント