7-108 米英中の大学院生の盗用裁判

2022年9月2日掲載

白楽の意図:大学院生がレポートや学位論文の盗用で退学処分を受けた後、大学の懲戒処分は不当だったと裁判所に訴えた場合どうなるか? 米国の4件、英国の1件、中国の1件を示し、この問題の実情と改善策を示したジョナサン・ベイリー(Jonathan Bailey)の「2017年2月のPlagiarism Today」論文を読んだので、紹介しよう。その上で、日本はどうなっているのか見ていこう。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.日本語の予備解説
2.ベイリーの「2017年2月のPlagiarism Today」論文
9.白楽の感想
10.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●1.【日本語の予備解説】

在学中及び卒業した大学院生のネカト行為が発覚した時、所属している(していた)大学が調査し、調査の結果によっては大学院生を懲戒処分する。

大学院生がこの処分を不服に思うと、大学に抗議するが、それでも埒が明かない場合、裁判所に訴えることがある。

一般論として、大学院生のネカト行為、つまり、学業上の不正行為をした時、大学に専制で最高位の調査・判断・処分権があるのか、それとも、文部科学省や裁判所が関与でき、大学より上位の権限があるのか、どっちなんだろう?

大学院生がネカトをした時、教育上の問題なのだから、その大学にすべてを任せ、文部科学省や裁判所はでてくるな! で良いのか?

大学の調査・判断はまともと思える場合から、デタラメ・異常・隠蔽と思える場合までさまざまある。

まず、構造的な問題がある。大学は大学院生のネカト行為で大きな利害関係が生じる。

在学生を退学処分すれば授業料収入がなくなる。

他方、在学生・卒業生に甘い処分を科せば、その大学の教育研究の質の悪さが噂になり、評判は広まり、固定する。その結果、優秀な入学希望者や教員が長期的にこなくなり、外部からの研究助成金も減り、大学は衰退する。

だから、大学院生のネカト行為は最初からなかったことに、大学はしたい。

穏便なやり方から犯罪的で脅迫的なやり方まで、いろいろ画策・言動をして、とにかく、なかったことにしたい。別の言い方だと、隠蔽工作をする。

このように、大学院生のネカト行為で、大学は大きな利害関係(利益相反)が生じる。その利益相反はここではこれ以上論じない。

さて、ネカト大学院生の処分では、大学と裁判所のテリトリーというか上下関係というか、関連する法律・規則・慣習・考え方はどうなっているのだろう?

今回、大学院生が盗用し、大学から受けた処分が不服で裁判した時、どうなったかを、盗用研究者のジョナサン・ベイリー(Jonathan Bailey)が書いた2017年の論文を読んだので解説しよう。

●2.【ベイリーの「2017年2月のPlagiarism Today」論文】

★書誌情報と著者情報

  • 論文名:Academic Plagiarism, Real Courts
    日本語訳:学術盗用、実際の法廷
  • 著者:Jonathan Bailey
  • 掲載誌・巻・ページ:Plagiarism Today
  • 発行年月日:2017年2月7日
  • ウェブ:https://www.plagiarismtoday.com/2017/02/07/academic-plagiarism-real-courts/ 、保存版
  • 著者の紹介:ジョナサン・ベイリー(Jonathan Bailey)。2002年に米国・サウスカロライナ大学(University of South Carolina)でジャーナリズムとマスコミの学士号を取得した。知的所有権のコンサルタント会社・コピーバイト(CopyByte)の経営者で「Plagiarism Today」サイトで記事を書いている。(経歴と写真の出典保存版

●【論文内容】

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

ーーー論文の本文は以下から開始

《1》序論

盗用が見つかった場合、大学院生の処分は大学がする。

大学院生は、単位を与えられず、停学、退学などの処分が科される。卒業しても、数年後に学位を失うことがある。

この懲戒処分は大学院生に深刻な結果をもたらす。

現在の大学院及び卒業後に希望していた大学院に通へなくなる。これまで教育に費やした数千ドル(数百万円)を失う。卒業後に計画していたキャリアを放棄することになる。

そして、退学処分を受けた元・大学院生は、これら失ったものを取り戻そうと、多大な(通常は無駄な)努力をして、大学を被告に訴訟を起こす。

本来、これらの問題を、大学院生、そして大学も、簡単に回避できたのに、法廷闘争は長引き、双方に多額の費用がかかる結果になる。この状況をしっかりと認識することが重要である。

《2》事例:盗用事件と裁判 

★ジュリー・ブロック(Julie Bullock):米国

ジュリー・ブロック(Julie Bullock、写真出典)は米国人で、サザン・イリノイ大学法科大学院(Southern Illinois University School of Law)の院生だった。

【経歴】:出典

  • 2013年秋(22歳?):サザン・イリノイ大学法科大学院(Southern Illinois University School of Law)に入学
  • 2014年秋(23歳?):盗用が発覚
  • 2016年(25歳?):退学処分
  • 2017年1月9日(26歳?):裁判で敗訴

2013年秋(22歳?)、ジュリー・ブロック(Julie Bullock)はサザン・イリノイ大学法科大学院(Southern Illinois University School of Law)の大学院に入学した。

2014年秋(23歳?)、ブロックは弁護士実務学のレポートをインターネットで提出する時、同級生のレポートを間違えて送信し、盗用とされた。この時、コンピュータ操作を間違えたということを認めてもらった。しかし、成績は「0点」を付けられた。これが、1回目の盗用事件だった。

この学期末、彼女の学期のGPAは3.2で、累積のGPAは2.463になった。

2015年春(24歳?)、次学期なのだが、ブロックは再び弁護士実務学の授業のレポートでヘマをした。「草稿なので非常に大雑把です」と担当のアンダーソン教授に伝えて、レポートを提出した。しかし、アンダーソン教授はレポートを普通に採点し、情報源を適切に引用していない箇所が多々あったことで、盗用と断定し、「0点」の成績を付けた。

サザン・イリノイ大学法科大学院は、ジュリー・ブロックが3年生の時、退学処分にした。

【裁判】

ジュリー・ブロックは2回目の盗用が発覚した時、処分を受けるとしても、まさか退学処分になるとは予想していなかった。

3年生の時、退学処分になったのだが、処分の厳しさに驚いたブロックはサザン・イリノイ大学法科大学院を被告に、学位の取得と75,000ドル(約750万円)の損害賠償を要求する裁判を起こした。

ただ、大学の規則では、院生は3年生の時点で、累積GPAは2,300以上が必要という規則があった。ブロックは盗用で成績が落ちたため、累積GPAが2,300に至らず、退学処分になったと大学は主張した。盗用行為は退学処分の直接の理由ではなかった。

ブロックは敗訴した。

盗用発覚から決着まで、3年かかった。

以下は2017年1月9日の法廷文書の冒頭部分(出典:同)。全文(23ページ)は →
https://www.pacermonitor.com/view/OYXF2BQ/Bullock_v_BOARD_OF_TRUSTEES_OF_SOUTHERN__ilsdce-17-00009__0007.0.pdf

【出典論文】
① 2017年2月5日記事:Lawsuit filed against SIU Law School by former student – WSIL-TV 3 Southern Illinois
② 2017年1月13日記事:Ex-Law Student Sues School Over Plagiarism Allegations | Law.com

★スジャニー・ガマゲ(Sujanie Gamage):米国

スジャニー・ガマゲ(Sujanie Gamage、写真出典)はスリランカ出身のネバダ大学ラスベガス校・院生で、専攻は化学だった。

【経歴】:出典

  • 1996~2001年(18~23歳?):スリランカのコロンボ大学(University of Colombo)で学士号取得:化学
  • 2003~2006年(25~28歳?):米国のネバダ大学ラスベガス校(University of Nevada, Las Vegas)で修士号取得:化学
  • 2006年(28歳?):同・大学の博士院生:化学
  • 2011年(33歳?):同・大学に博士論文を提出
  • 2011年(33歳?):盗用が発覚、退学処分
  • 2014年1月(36歳?):米国地方裁判所で敗訴
  • 2016年4月(38歳?):控訴裁判所で敗訴

2011年(33歳?)、ガマゲは博士論文を提出した。この博士論文が盗用論文だった。

ネバダ大学ラスベガス校は、ガマゲに博士論文の盗用箇所を訂正する機会を何度も与えたが、ガマゲは訂正しなかった。それで、ガマゲに博士号を授与することなく、退学処分にした。

【裁判①】

2011年末(33歳?)、ガマゲは、ネバダ大学ラスベガス校がガマゲの博士論文を盗用だと不当に扱い、名誉棄損、公民権侵害を犯したと主張し、復学と10,000ドル(約100万円)の損害賠償を求め米国地方裁判所に訴えた。

ガマゲは化学科のバーノン・ホッジ教授(Vernon Hodge)が多数の虚偽の主張をし、それをネバダ大学ラスベガス校・学生課(Office of Student Conduct)の担当者・フィル・バーンズ(Phil Burns)に提出したと非難した。

裁判で、ガマゲは博士論文がネバダ大学ラスベガス校の盗用規則に違反していたこと、および「過ち(mistakes)」を犯したことは認めた。しかし、ネバダ大学ラスベガス校が名誉棄損、公民権侵害をしたと主張した。

米国地方裁判所はガマゲの訴えを退けた。

【裁判②】

2014年1月(36歳?)、ガマゲは米国地方裁判所の判決を不服として控訴した。ガマゲは自分自身を弁護する公正な機会が与えられなかったと訴えた。

2016年4月7日(38歳?)、第9巡回控訴裁判所は、大学側の主張を認めた2014年の米国地方裁判所の判決を最終的に支持した。控訴裁判所はまた、ガマゲに約40,000ドル(約400万円)の弁護士費用を支払うよう命じた。

ネバダ大学ラスベガス校のトニー・アレン広報官(Tony Allen)は、「大学は最初の米国地方裁判所の判決に満足しており、第9巡回控訴裁判所の判決にさらに満足している」と述べた。

盗用発覚から決着まで、5年かかった。

以下は2016年4月7日の9巡回控訴裁判所の法廷文書の冒頭部分(出典:同)。全文(6ページ)は → http://cdn.ca9.uscourts.gov/datastore/memoranda/2016/04/07/14-15292.pdf

【出典論文】
① 2016年4月13日:Appeals court rules against ex-UNLV student in plagiarism case | Las Vegas Review-Journal

★クリステン・ハート(Kristen Hart):米国

クリステン・ハート(Kristen Hart)はニュージャージー州の小学校の先生(推定)だった。

2009年1月~2010年8月、ハートは、スクラントン大学(University of Scranton)の社会人院生として、ジョージ・ジョーンズ教授(George Jones)の初等教育学のオンライン授業を受講していた。

ジョーンズ教授から授業の課題提出を求められ、ハートは別の授業に提出したレポートを少し変えて提出した。 ジョーンズ教授はハートが別の授業に提出したレポートを自分の授業に提出したのは盗用(自己盗用)だと判定し、ハートの成績を0点にした。そして、ハートは退学処分になった。

この時、ハートはスクラントン大学の教育を受けるために15,000ドル(約150万円)以上のお金を使用していた。

【裁判】

2011年8月23日、クリステン・ハートは、契約違反でスクラントン大学を訴えたが、裁判所は大学に有利な判決を下した。

盗用発覚から決着まで、2年かかった。

以下は法廷文書の冒頭部分(出典:同)。全文(10ページ)は →
https://law.justia.com/cases/federal/district-courts/pennsylvania/pamdce/3:2011cv01576/86363/10/

【出典論文】
① 2012年1月9日記事:Higher Ed Morning » Blog Archive Online student expelled for cheating: Why she’s suing

★ジュニョク・パク(Junhyuk Park):米国

2006年秋、ジュニョク・パク(Junhyuk Park)は韓国系米国人(推定)の男性で、パデュー大学(Purdue University)・政治学の大学院に入学した。

パデュー大学・政治学では、大学院の最終段階で、教授陣に審査される博士論文を提出する必要があった。

2009年1月28日、パクは一回目の博士論文の草稿、そして、約1か月後の2009年2月25日に二回目の草稿を提出した。

2回の草稿に対して、2人の教授(Keith ShimkoとDaniel Aldrich)はいくつか肯定的なコメントをした。ただ、3人目のマーク・ティルトン教授(Mark Tilton)は、何もコメントをしなかった。

通常はここで審査の実質部分が終わる。

パクは、二回目の草稿を手直しした博士論文の完成版を提出した。

すべての博士論文に対してそうするわけではないが、この時、なんとなく、マーク・ティルトン教授は、その頃、普及し始めていた盗用検出ソフトを使ってみようと思った。

そして、パクの博士論文(完成版)を盗用検出ソフトにかけた。するとパクの博士論文(完成版)に盗用があることがわかった。

パクの博士論文は却下され、パクは退学処分となった。

不満に思ったパクはパデュー大学の盗博について、自分でいろいろ調べた。

すると、自分の博士論文より、もっと多く盗用していたのに、その院生(女性)が懲戒処分を受けていない過去の例を見つけた。

マーク・ティルトン教授(Mark Tilton)は、それまでアジア系学生を蔑視する発言をしていた。

それで、韓国系のパクは、韓国系ということで人種差別され、退学処分されたとひどく憤慨した。

【裁判】

2010年8月30日、パクは人種、出身国、性別、で不当に差別されたと主張し、パデュー大学が公民権法と教育改正法に違反していると裁判所に訴えた。

つまり、パクは盗用を認めた上で、人種などが原因で標的にされたと主張した。

裁判では、パクの申立ては一部認められたが、主張の主要な点は却下され、敗訴した。

盗用発覚から決着まで、2年かかった。

以下は2011年4月11日の法廷文書の冒頭部分(出典:同)。全文(16ページ)は →
https://cases.justia.com/federal/district-courts/indiana/inndce/4:2009cv00087/60329/65/0.pdf?ts=1411538957

【出典論文】
① 2011年4月11日記事:Park v. Trustees of Purdue University, 4:09-CV-87 JVB | Casetext Search + Citator

★ハジム・ムスタファ(Hazim Mustafa):英国

2007年、ハジム・ムスタファ(Hazim Mustafa)はアラブ首長国連邦の大学を卒業し(推定)、英国のロンドン大学クイーン・メアリー校(Queen Mary, University of London)・経営学修士に入学した。

ムスタファはプロジェクト管理学の課題で「ドバイの地下鉄システム」というタイトルのレポートを提出した。しかし、その主要部分はウェブサイトの他人の文章を逐語盗用したものだと指摘された。

ムスタファは、段落の最後に参考文献として角かっこで囲んだ文献を示したので、盗用ではないと主張した。

ロンドン大学クイーン・メアリー校の委員会は、この主張を否定し、「エッセイは連続した文章・文脈として読まれ、引用した場合、引用文章の引用を適切に示さなければ、どの文章が外部の文献からの文章で、どの文章がムスタファ自身の文章かを判別できない。この状況は盗用になる」とした。

ムスタファは、他の複数の授業の試験にも不合格だったこともあって、ロンドン大学クイーン・メアリー校・経営学修士を卒業できなかった。

【裁判】

ムスタファは、ロンドン大学クイーン・メアリー校に抗議したが却下された。

それで、ムスタファは、英国の全国的な審査委員会である独立裁定官事務所(Office of the Independent Adjudicator – Wikipedia)(OIA)に上訴した。

2010年、ムスタファの申立ては独立裁定官事務所(OIA)が却下した.

ムスタファはその後、訴訟を裁判所に持ち込んだ。

2013年5月23日、裁判所もまたロンドン大学クイーン・メアリー校の判断を支持した。

盗用発覚から決着まで、6年かかった。

【出典論文】
① 2013年5月23日:R Hazim Mustafa v The Office of the Independent Adjudicator for Higher Education Queen Mary, University of London (Interested Party) – Case Law – VLEX 792545493

★ヤンル・ユ(Yanru Yu、于艳茹):中国

ヤンル・ユ(Yanru Yu、于艳茹、写真出典)は北京大学(Peking University)の院生で専攻は歴史学だった。

【経歴】:出典

  • 1979年生まれ。仮に1979年1月1日生まれとした
  • 2006年(27歳?):北京師範大学で修士号取得:歴史学・世界史
  • 2008年9月(29歳?):北京大学・歴史学科・大学院入学
  • 2013年7月(34歳?):北京大学・歴史学科で博士号取得:歴史学
  • 2013年7月(34歳?):中国社会科学院・世界史研究所・ポスドクに着任
  • 2015年1月10日(36歳?):ヤンル・ユの論文に盗用が発覚し、博士号が取り消された
  • 2015年1月20日(36歳?):ヤンル・ユは正式に北京大学に苦情を申し立てた
  • 2015年3月15(36歳?):北京大学・学生控訴委員会は北京大学・学位評価委員会の当初の決定(博士号取消)を支持すると決定した。それを受けて、ヤンル・ユは北京大学の高等教育行政部門に書面による控訴と行政再審を提出した
  • 2017年1月17日(38歳?):北京第一中級人民法院(裁判所)は、ヤンル・ユの博士号を取り消すという北京大学の決定は違法であり、明確な法的根拠に欠けているとし、北京大学が彼女の学位を取り消すという以前の決定を取り消した

2013年(34歳?)、ヤンル・ユは博士号を取得した。その後、学術誌「国际新闻界(国際出版)」に論文・「1775年法国大众新闻业的“投石党运动”(1775 年のフランスのジャーナリズムの「投石運動」)」を発表した。

2014年8月17 日(35歳?)、中国人民大学の学術誌「国际新闻界(国際出版)」にヤンル・ユの「2013年の国际新闻界(国際出版)」論文が盗用だという記事が掲載された。

ヤンル・ユの「2013年の国际新闻界(国際出版)」論文は、1984年に別の人(外国人)が外国語で書いた論文の大部分を中国語に翻訳したものだった。また、その論文に引用された文献を注釈としてそのまま使っていた。

学術誌「国际新闻界(国際出版)」の編集長で、中国人民大学のチェン・リダン教授(Chen Lidan、陈力丹)は、ほぼ全文が盗用されていると述べた。

2015年1月(36歳?)、ヤンル・ユが2013年に北京大学に提出した博士論文が盗用のため無効とされ、博士号が剥奪された。

[白楽注:「2013年の国际新闻界(国際出版)」論文は博士論文本体ではないと思うが、ハッキリしない。本記事では、本体ではないとした]

なお、一般論として、中国では大学院生の盗用は多発していて、その結果、退学処分となる事件は頻繁に起こっていた(いる)。

【裁判】

盗用と指摘されたヤンル・ユの「2013年の国际新闻界(国際出版)」論文は、学位申請書に参考論文として記載したが、博士論文そのものではない(白楽の推定)。

「2013年の国际新闻界(国際出版)」論文は在学中ではなく卒業後に公開された。

北京大学のガイドラインによると、論文出版は博士号取得の要件ではない。

ヤンル・ユは、盗用と判定した審査過程が不公平で違法なので、博士号の剥奪は違法だと、裁判所に訴えた。

裁判所は以下のように裁定した。

北京大学の「学位授与業務における学術倫理と学術規範の構築の強化に関する国務院学位委員会の意見」と「北京大学・大学院生の基本学術規範」は法律でも規則でもない。このガイドラインは、学位の取り消しの法的根拠として使用できない。

つまり、北京大学の決定は不明確で証拠がない。博士号の剥奪は違法で、そもそも、北京大学は「2013年の国际新闻界(国際出版)」論文の盗用を理由に学位を取り消す権利はない。

2017年1月17日(2017年6月6日?)、ヤンル・ユは勝訴した。北京第一中級人民法院(裁判所です)は、ヤンル・ユの博士号を取り消すという北京大学の決定は違法であり、明確な法的根拠に欠けていると認定し、北京大学が彼女の学位を取り消すという以前の決定を取り消した。

ヤンル・ユのカン・デファン弁護士(Kong Defeng)は、盗用そのものの是非を論点にすることを避け、その代わりに(北京大学の)手続き上の欠陥を取り上げた。

中国の学位取消手続きには明確なガイドラインがないが、北京大学はヤンル・ユの説明に十分に耳を傾けなかったため、学生の主張に正しく対応すべきという大学の原則に違反したと、裁判所は説明した。

なお、裁判所は、ヤンル・ユの博士論文が盗用かどうかについては判断していない。

ヤンル・ユのカン・デファン弁護士(Kong Defeng)は「大学は権力を乱用している可能性があります。大学は学位を発行するための規則を独自に作成できるため、誰に学位を授与するかに関してかなりの裁量権を持っています。卒業に必要なエッセイの数は大学によって異なり、権力の侵害が起こる可能性があります。そのため、この状況自体に問題があるのです」と述べた。

盗用発覚から決着まで、4年かかった。

【出典論文】
① 2015年10月14日記事:女博士因抄袭被撤销博士学位 起诉北大要求恢复 ——凤凰网房产北京
② 2015年10月15日記事: Chinese PhD scholar accused of plagiarism takes Peking University to court | South China Morning Post 
③2017年1月19日記事:Peking University Loses Plagiarism Lawsuit
④ 2020年5月9日論文(有料)(白楽未読):Yu Yanru V.peking University’ S Dismissal Of Doctoral Case
⑤ 于艳茹_百度百科

《3》問題の防止策 

★裁判になる3タイプ

今回、盗用で懲戒処分された大学院生が裁判に訴えた複数のケースを前章で示した。他の理由で懲戒処分を受けた後に大学を被告に裁判で訴えたケースもかなりあると思うが、今回は対象から除いた。

今回示した複数の事例でわかるように、大学に懲戒処分された時、大学から軽くあるいは不当に扱われたと感じた大学院生が、半ば腹いせに、大学を法廷に引きずり込んでいる。裁判になったことで、大学は時間と資源という対価を払うことになった。

ただ、前章で示したように、裁判に持ち込んでも、ほとんどの場合、大学院生が勝訴する可能性は少ない。

大学院生自身が、最初から盗用しない、盗用しても、初期の段階で盗用だと指摘された時、対応していれば回避できたはずの事件である。

大学院生が法廷に持ち込む盗用事件は、通常、次の 3つのどれかである。

  1. 手続きが不適切な場合
    大学院生は、盗用判定の手続きが不適切だと感じると怒りを覚える。特に、自分たちの主張や意見を聞いてもらえなかった場合、怒りを覚え、法廷に持ち込む。
  2. 差別されたと思い込んだ場合
    多くの大学院生は、人種、性、その他の理由で不当に標的にされたと思うと、不当だと法廷闘争に持ち込む。盗用を犯したことを裁判所で認めても構わない覚悟で訴訟を起こす場合もある。
  3. 契約違反の疑い
    多くの大学院生は、大学が約束した大学院生の保護をせず、大学が規則を守らなかった、と感じると、訴訟を起こす。

3つのタイプを書いたが、ハッキリさせるために言うと、懲戒手続きが公正、公平、規則通りに行なわれたとしても、現実には、懲戒処分に不満を抱く大学院生は常にいる。

裁判所に提訴する方法がある限り、訴訟を起こす大学院生は決してなくならない。

大学にとって幸いなことは、裁判所は概して、学業不正に関する決定を大学に任せるのを好み、大学院生が勝訴することはめったにないことだ。

裁判所は通常、学者の決定を覆すことに消極的である。

★ドーフマン事件

大学院生が大学を訴えるのは、大学にとってはいらだたしい。

しかし、裁判所が原告の大学院生を公平に扱ったとしても、大学院生の味方になるような判決を下すことはほとんどない。

もちろん、例外もある。

例えば、ドーフマン事件である。

ジョナサン・ドーフマン(Jonathan Dorfman)は、カリフォルニア大学サンディエゴ校の学生だった2011年、化学の試験で、別の学生の答えをカンニングしたことが見つかった。
 → 2016年10月4日記事:Judge rules in favor of UCSD student accused of cheating – The San Diego Union-Tribune
 → 2016年10月11日記事:Judge Rules Against UCSD in Academic Integrity Case – UCSD Guardian

ドーフマンは一連の懲戒聴聞会の後に退学処分となった。

2012年8月、ドーフマンは復学を求めて訴訟を起こした。

大学に有利な判決が出た。

ドーフマンは上訴した。

大学の学業不正調査委員会は、実は、ドーフマンがカンニングをした相手の学生を「学生X」と呼んでいたが、その人物を特定していなかった。「学生X」が5年前の試験中に彼と同じ教室に座っていたとしても、どの人物かを特定していなかった。試験の答案が「学生X」の答案と似ていたことでカンニングと結論していたのだ。

最初の裁判で、大学は「学生X」を特定できていなかったという証拠を示さなかった。

2015年9月、控訴裁判所は、カリフォルニア大学サンディエゴ校が「学生X」を特定できていなかったという証拠を、最初の裁判で示さなかったことで、ドーフマンの権利を侵害したとの判決を下した。

ドーフマンが勝訴した。

再度述べるが、ドーフマン事件は例外的なケースである。

★大学の最善の防御策

大学が盗用と判定した時、大学院生が訴訟を起こすのは珍しい。

クレムソン大学(Clemson University)に本拠を置く学業公正国際センター(International Center for Academic Integrity)のテディ・フィッシュマン所長(Teddi Fishman、写真出典)は「大学院生の盗用事件の大多数は、裁判所なしで解決されています」と、述べている。

フィッシュマン所長は、大学が規則を破る大学院生を叱責するのはとても重要だと強調し、「大学が盗用学位論文に目をつぶると、その大学が授与する学位・資格は無価値になる」と指摘した。

このような訴訟に対する大学の最善の防御策は、盗用という不正行為について、大学院生向けの規則をしっかり制定し、文字で公表し、大学院生に周知し、実際の対処では公平で均等に適用することだ。

大学は盗用(とその他のネカト違犯や学業不正違犯)に対する強い理念を持ち、明確な規則を制定し示すことが重要である。

盗用を検出する方法、盗用だと判定する基準と方法、盗用に対応する方法など、プロセスのすべてのステップを文書化し、すべての大学院生に平等に適用することが重要である。

大学院生は懲戒プロセスの結果に不満を抱く可能性がある。

特にそれが退学または学位の取り消しにつながる場合、懲戒プロセスが不公平・不適切だと感じれば不満は限りなく膨らむ。

大学院生向けの規則を制定し、文字で公表し、実際の対処では公平で均等に適用することで、公正な結果を保証することになる。

この方法で不満を抱く大学院生の数を減らすことができるだけでなく、問題を法廷に持ち込まれても、大学院生が勝訴する可能性ははるかに低くなる。

これらは大学ができる最大のことだ。

ただ、残念ながら、多くの大学がこの点に関して十分な対処をしていない。

本論文を読んだ大学関係者は、この問題に注意を払い、大学の欠点を正すことを期待する。

●9.【白楽の感想】

《1》文化と制度 

本論文は学術論文ではなくウェブ記事である。ジョナサン・ベイリー(Jonathan Bailey)が十分調査して書いた論文ではない(と思う)。

大学院生の盗用で退学処分され、その後、裁判に持ち込んだ米国の4件、英国の1件、中国の1件を扱った。盗用事件そのものは白楽がかなり加筆した。

ベイリーは米英中国の6事件を、まとめて論じている。

いいんですけど、しかし、米英中の事件、それに訴訟までいくと、文化や制度が国によって異なるので、まとめて論じるのは、無理があると、白楽は思うんです。

まあ、英中は無視して、米国の事件に絞った方がよかった気がしました。

《2》政治家の盗修・盗博 

院生の盗用といっても、盗用した人が権力者だと、大学も裁判所も正義は通せない。政治抗争になってしまう。

白楽ブログでも、政治家の盗博・盗修事件を何度も解説してきたが、2022年9月1日現在、隣の国の盗博事件が紛争中だ。

以下の出典(写真も) → 2022年8月22日のwowKorea(ワウコリア)記事:金建希夫人の論文をめぐり韓国の与野党が攻防…共に民主党「再調査」、国民の力「李在明議員も」保存版

金建希夫人(画像:wowkorea)

国会教育委員会全体会議で、韓国の与野党がユン・ソギョル(尹錫悦)大統領の配偶者であるキム・ゴンヒ(金建希)夫人のクンミン(国民)大学博士号論文盗作疑惑をめぐって対立した。共に民主党(野党)は論文検証過程の公開と再調査を求め、国民の力(与党)はイ・ジェミョン(李在明)共に民主党議員の過去の論文盗作疑惑に言及し、大学の自律に任せるべきだと主張した。

カン・ミンジョン(姜旼姃)共に民主党議員は22日、全体会議で「教育部はどんな根拠によって、国民大学が論文検証結果資料報告書と調査委員名簿非公開措置を取ったのかについて細かく問い詰める責任がある。論文事件情報提供者として誠実に応じなければならない義務があるのに、なぜしっかり要求しないのか」と尋ねた。

・・・中略・・・

一方、イ・テギュ(李泰珪)国民の力議員は「世界のどの国が個人の論文に対し、政府が関与するのか。(論文盗作の可否は)大学が自律的に判断し、その判断と決定については大学が責任を負うことだ」と対抗した。

日本も米国も世界中、同じだろうが、政治家の不見識・横暴さにはうんざりする。しかし、政治家は強い権力を持っている。

それで、「新・三権分立」(白楽のアイデアではない)というわけにはいかないものか?

従来の三権分立は、立法、行政、司法の三権だが、「新・三権分立」は、「政府(旧・三権分立)」「メディア」「アカデミア」の三権で国の権力の均衡を図るという案だ。

どう?

《3》日本の場合 

日本では、盗用した大学院生の学位を学位授与後に取消したケースは約30件ある。

学位審査中の学位論文の盗用発覚およびレポートの盗用で大学院生を退学処分にしたケースはなかった(と思う)。

学位を取得し、大学を離れてから、学位を取消されている。

そして、取得した学位を取消された元・大学院生が裁判に訴えたケースもなかった。

ただ、研究者の場合、ネカト処分された研究者が処分は不当だったと大学を被告に裁判所に訴えたケースは数件ある。

最近の例だと、大学ではないが、防衛研究所・職員の例がある。ただ、この事件の盗用者の職種は事務官となっていて、研究者かどうかハッキリしない。とはいえ、記事では、「単独で担当した特別研究の報告書」とあるので、「特別研究の報告書」を1人で書いたのだから研究者だと思う。
 → 2022年5月11日記事:防衛研究所職員の報告書「盗用に当たらず」国の控訴棄却…休業損害も一部認める  東京高裁 – 弁護士ドットコム保存版

以下、上記記事から引用した。

一審・東京地裁は、「特別研究の報告書」について、防衛省の内部の政策立案のため職務上作成される内部資料であり、防衛研究所長に対する報告も、職務上の成果を上司に提出・報告する性質のものと認定。国側が主張していた盗用の対象となる「発表された研究成果」とは認めなかった。

また、岩田さんは、特別研究の報告書は対外的に公表されるまでは防衛省の内部資料であり、他の特別研究の報告書の内容を引用する場合に表示をしなくとも、「盗用」には当たらないとの認識を有していたと認定。

中略

二審・東京高裁も、一審判決を支持し、国側の控訴を棄却。

この記事でわかるように、裁判所の判断は地裁も高裁もとてもヘンである。

2014年8月26日の文部科学省の「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」では盗用を以下のように定義している。

盗用
他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を当該研究者の了解又は適切な表示なく流用すること。

内部資料でも盗用は盗用である。

ただ、とてもヘンなことに、文部科学省は「投稿論文など発表された研究成果」だけを不正の対象にした。それで、「盗用しても文部科学省的には不正ではない」盗用ができてしまった。

「学術的に不正でも文部科学省的には不正ではない」盗用があるなんて、日本はどうかしている。日本の研究倫理が大きく歪んでいる。防衛研究所職員の今回の判例はその歪みを強固にしてしまった。

地裁も高裁も「内部資料なら引用しなくても盗用ではない」というニュアンスの異常な判決をしてしまった。

この論理だと「内部資料ならデータねつ造・改ざんしても、不正ではない」ことになってしまう。これでは、「日本の常識、世界の非常識」である。

日本の裁判所は他にも盗用に関する判断が異常というかヘンである。

有名なところでは小林英夫大内裕和保存版)の盗用疑惑に対する裁判所の判断がヘンである。

大内裕和の盗用を被盗用者の三宅勝久が追求しているが、2022年8月31日、裁判所は異常な判決をした。

米英中の大学院生の盗用裁判から、日本の大学院生の盗用やその裁判を考察するうちに、話がズレてしまった。

米英中の大学院生はヘンでも、米英中の裁判所はまともだった。

ところが、日本の場合、大学院生はともかく、裁判所の盗用判断が異常・ヘンということが多すぎる。是正するにはどうすれば良いのか?

裁判所に訴える?

イヤ、だから、その、・・・、裁判所が異常で、ヘンなんですって。

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