2017年2月17日掲載。
ワンポイント:1988年(67歳)に、1966-1975年の4論文に盗用が見つかり辞職したハーバード大学医科大学院・教授・医師(男性)で、NIH・国立精神健康研究所・所長も務めた著名な精神医学者。2015年3月3日死去、享年93歳。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
シャーヴァート・フレーザー(Shervert H. Frazier、写真出典)は、米国のハーバード大学医科大学院(Harvard Medical School)・教授・医師で、専門は精神医学だった。
1988年8月(67歳)、ロチェスター大学(University of Rochester)・哲学専攻の28歳の院生・ポール・スカテナ(Paul Scatena)がフレーザー教授の盗用を発見し、ハーバード大学に公益通報した。
1988年11月28日(67歳)、 ハーバード大学は、フレーザー教授の1966 – 1975年の 4論文に盗用が見つかったこと、フレーザー教授も盗用を認めていること、フレーザー教授が辞職したこと、を発表した。
ハーバード大学医科大学院(Harvard Medical School)、 2009年。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国
- 医師免許(MD)取得:イリノイ大学
- 研究博士号(PhD)取得:なし
- 男女:男性
- 生年月日:1921年6月2日
- 現在の年齢:2015年3月3日死去、享年93歳
- 分野:精神医学
- 最初の不正論文発表:1966年(45歳)
- 発覚年:1988年(67歳)
- 発覚時地位:ハーバード大学・教授。大学付属マクリーン病院・院長
- ステップ1(発覚):第一次追及者は他大学の院生・ポール・スカテナ(Paul Scatena)で、ハーバード大学に公益通報
- ステップ2(メディア):
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①ハーバード大学・調査委員会。②米国・研究公正局はまだ設置されてていない
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 不正:盗用
- 不正論文数:4報
- 時期:研究キャリアの中期から
- 研究費:
- 結末:ハーバード大学は辞職したが、政府からの研究費を受給し、ハーバード大学付属のマクリーン病院で研究を続けた
●2.【経歴と経過】
- 1921年6月2日:ロサンゼルスで生まれる
- 1943年(22歳):イリノイ大学(University of Illinois)で医師免許(MD)取得
- 1942-1946年(21-25歳):医務官として米国海軍・大尉
- 1947年(26歳):グロリア・バーガー(Gloria Barger of Harrisburg)と結婚
- 1951-1958年(30-37歳):メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)で精神病の治療と教育
- 1958-1962年(37-41歳):コロンビア医科大学院(Columbia University College of Physicians and Surgeons)
- 1962-1968年(41-47歳):ベイラー医科大学(Baylor University College of Medicine in Houston)・精神学科・教授・学科長
- 1968-1972年(47-51歳):コロンビア医科大学院・臨床精神医学・教授。ニューヨーク精神病院(New York Psychiatric Institute)・副所長
- 1972-1989年(51歳):ハーバード大学付属マクリーン病院・精神科長(Psychiatrist-in-Chief at McLean Hospital in Belmont)
- 1972-1984年(51-63歳):ハーバード大学医科大学院(Harvard Medical School)・教授
- 1984-1986年(63-65歳):NIH・国立精神健康研究所・所長(Director of the National Institute of Mental Health in Bethesda)
- 1986-1988年(65-67歳):ハーバード大学医科大学院・教授。大学付属マクリーン病院・院長
- 1988年8月(67歳):盗用が発覚
- 1988年11月23日(67歳):盗用を認め、大学と病院長を辞任。大学付属マクリーン病院で研究を続けた
- 2015年3月3日(93歳):死去
●5.【不正発覚の経緯と内容】
1988年8月(67歳)、ロチェスター大学(University of Rochester)・哲学専攻の28歳の院生・ポール・スカテナ(Paul Scatena)がフレーザー教授の盗用を発見し、ハーバード大学に公益通報した。
スカテナは認知科学を専攻する院生だが、幻肢痛(げんしつう、phantom limb pain)の文献を調べていた。
幻肢痛とは、
事故や病気が原因で手や足を失ったり、生まれながらにして持たない患者が、存在しない手足が依然そこに存在するかのように感じる。その幻の部位に非常に強い痛みを感じることがあり、それを 幻肢痛(げんしつう)という(幻肢 – Wikipedia)。
院生・スカテナは、文献調査では、原著論文を読むようにしていた。
1970年のシャーヴァート・フレーザー教授の論文を読んでいました。フレーザー教授の論文を何度も読みました。すると、引用されていませんでしたが、文章の一部が「Scientific American」総説の文章と似ていることに気が付きました。それで、2階下の医学図書館に駆け込んで、「Scientific American」の総説を探すと、まさに同じ文章がそこに載っていたのです。
院生・スカテナの通報を受け、ハーバード大学は調査委員会を設置した。
1988年11月28日(67歳)、 ハーバード大学は、シャーヴァート・フレーザー教授(Shervert Frazier)の1966 – 1975年の 4論文に盗用が見つかったこと、フレーザー教授も盗用を認めていること、11月23日にフレーザー教授の辞職を承認したこと、を発表した。
以下に示す2つの論文・「1966年のDiseases of the Nervous System」論文と「1970年のOrthopedic Clinics of North America」論文に、盗用が見つかった。
被盗用文章は、「Scientific American」総説と「Clinical Neurosurgery」論文の文章だった。
- Psychiatric aspects of causalgia, the phantom limb, and phantom pain.
Frazier SH.
Dis Nerv Syst. 1966 Jul;27(7):441-50. No abstract available.
PMID:5942780 - Psychiatric aspects of pain and the phantom limb.
Frazier SH, Kolb LC.
Orthop Clin North Am. 1970 Nov;1(2):481-95. No abstract available.
PMID:5521868
3つ目は、著書・「1975年の『American Handbook of Psychiatry』第2版」の章に、盗用が見つかった。
4つ目は、「1969年の『Current Psychiatric Therapies』」の章に、G. L. Engel著の『Psychological Development in Health and Disease』(1962年)の文章を盗用していた。
盗用論文と被盗用論文の盗用箇所を並列した盗用分析表がないので、白楽は盗用の程度を自分では判定できない。しかし、盗用した文章量が多いと記載されていて、フレーザー教授も盗用を認めているので、明確な盗用なのだろう。
フレーザー教授は、盗用を陳謝したうえで、意図的な盗用ではなく不注意だったと弁明している。文献に記載された内容をノートに書き写し、それをもとに、総説を書くというスタイルで執筆していた。原稿の仕上がりを急いだために、引用文献の記載を忘れたそうだ。
なお、盗用論文は4報とも総説で、オリジナルな研究結果を報告した論文ではない。また、データねつ造・改ざんではないので、このネカト論文を読んだ医師が患者の治療をミスリードする、ことはない。
ただ、ハーバード大学・調査委員会は、「この4報以外に盗用があるかどうか結論できなかった(the committee was unable to conclude whether or not there may have been additional instances of plagiarism)」とも言っている。
1988年11月28日(67歳)、フレーザー教授は盗用を認め、ハーバード大学とマクリーン病院・病院長を辞任した。しかし、その後、政府からの研究費を受給し続け、マクリーン病院で研究を続けた。
研究ネカトの調査・処分に関して、米国の1988年は微妙な時期である。研究公正局はまだ設立されていない。前身の科学公正局(Office of Scientific Integrity:OSI)が1989年3月設立された。この時期、国として、研究ネカトの調査やルールが確立していない。
それで、盗用したにもかかわらず、フレーザー教授は学術界から排除されず、政府からの研究費を受給し、マクリーン病院で研究を続けることができた。
●6.【論文数と撤回論文】
2017年2月16日現在、パブメド(PubMed)で、シャーヴァート・フレーザー(Shervert H. Frazier)の論文を「Frazier SH[Author]」で検索すると、1947~1998年の50年間の48論文がヒットした。
2017年2月16日現在、パブメドの論文リストでは撤回論文はない。
●7.【白楽の感想】
《1》盗用はウッカリ?
ハーバード大学医科大学院・教授・医師で、NIH・国立精神健康研究所・所長も務めた著名な精神医学者が4論文で盗用していたのだが、その動機は何だったのだろう?
まず、調査委員会の「この4報以外に盗用があるかどうか結論できなかった」という言及から、盗用論文は4論文だけではないのだろうか?
イヤイヤ、この言及は現在では陳腐に聞こえるが、1988年当時、コンピュータは現在ほど発達していない。盗用検出ソフトはない。多数の文献を対象に同じ文章があるかどうかを調査するのは、実質、不可能に近い。単に事実を述べただけで裏の意味はない? 多分、そうでしょう。
フレーザー教授の論文は、パブメドでは48論文しかヒットしないが、もっと多く出版したと思われる。しかし、多作ではない。
盗用論文で業績を増やしたことで、学術キャリアを上げ、つまり、ハーバード大学の教授になれたり、NIH・国立精神健康研究所の所長にもなれたのかどうか?
盗用論文は総説であって、オリジナルな研究結果の報告ではない。この盗用で、キャリアの上昇をしようとしたとは思えない。
他人の論文を自分のノートに記録し、それを論文に使用する時、ウッカリ、自分の文章のように記載してしまったのだろう。
いや、認識が甘い? ウッカリではなく、チャッカリ? いやシッカリ?
《2》調査委員が健全
ハーバード大学医科大学院・教授・医師で、NIH・国立精神健康研究所・所長も務めた著名な精神医学者でも、ハーバード大学・調査委員会は盗用と結論した。委員の人選も委員の判断も健全だ。
それに引き換え、日本の大学のネカト調査委員の人選と委員の判断は、不健全に思える場合が散見する。まっとうな調査をしていないように思える。ナニ、散見ではない? ソーカモ。
https://www.bostonglobe.com/metro/obituaries/2015/03/11/shervert-frazier-former-psychiatrist-chief-mclean-hospital-and-director-national-institute-mental-health/9IEVrIR43rsQov7cF2HuJO/story.html
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●8.【主要情報源】
① 1988年11月29日のローレンス・アルトマン(Lawrence K. Altman)の「NYTimes」記事:Eminent Harvard Professor Quits Over Plagiarism, University Says – NYTimes.com(保存版)
② 1988年11月29日のリサ・タガート(Lisa A. Taggart)の「Harvard Crimson」記事:Med School Professor Resigns After Admitting to Plagiarism | News | The Harvard Crimson(保存版)
③ 1989年5月14日のモートン・ハント(Morton Hunt)の「NYTimes」記事:Did the Penalty Fit the Crime? – NYTimes.com(保存版)
④ 2015年3月6日-13日のシャーヴァート・フレーザー(Shervert Frazier)の死亡記事:Shervert Frazier Obituary – Concord, MA | The Boxborough Beacon(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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