「セクハラ」:氷河地質学:デイヴィッド・マーチャント(David Marchant)(米)

2022年10月10日掲載 

ワンポイント:マーチャントはボストン大学(Department of Government Boston University)のスター教授(男性)で、南極に自分の名前を冠したマーチャント氷河があるほど著名だった。ところが、1997~2001年(36~40歳)の4年間に少なくとも3人の女性院生に南極探検中にセクハラ行為(娼婦(whore)など侮蔑的に呼ぶ、排尿中に石を投げるなど)を繰り返していた。2016年10月(55歳)、被害者の1人・ジェーン・ウィレンブリング(Jane K. Willenbring)が17年前のセクハラ被害をボストン大学に告発した。2017年10月以降、「Science」誌がこのセクハラ事件を何度も報道し、大問題となった。2017年10月26日(56歳)、米国議会も調査に乗り出した。2017年11月(56歳)、ボストン大学は、マーチャントをセクハラ有罪とし、2019年4月12日(57歳)、解雇した。国民の損害額(推定)は20億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】

デイヴィッド・マーチャント(David Marchant、David R. Marchant、写真出典)は、ボストン大学(Boston University)・教授で、専門は地学(氷河地質学)である。南極に自分の名前を冠したマーチャント氷河があるほどこの分野では著名な学者だった。

ところが、マーチャントは1997~2001年(36~40歳)の4年間に少なくとも3人の女性院生に南極探検中にセクハラ行為(娼婦(whore)など侮蔑的に呼ぶ、排尿中に石を投げるなど)を繰り返していた。

2016年10月(55歳)、それから17年後、被害者の1人・ジェーン・ウィレンブリング(Jane K. Willenbring)がセクハラ被害をボストン大学に告発した。

2017年10月(56歳)以降、「Science」誌がこのセクハラ事件を何度も報道し、大問題となった。

2017年10月26日(56歳)、米国議会も調査に乗り出した。

2017年11月(56歳)、ボストン大学は、マーチャントをセクハラ有罪とし、2019年4月12日(57歳)、解雇した。

1999年、南極大陸のピボットピーク(Pivot Peak)を4人で探索。(中央)デイヴィッド・マーチャント(David Marchant)。(右)22歳の女性院生・ジェーン・ウィレンブリング(Jane K. Willenbring)。(左)マーチャントの弟。写真撮影はアダム・ルイス(Adam Lewis):出典

  • 国:米国
  • 成長国:英国
  • 研究博士号(PhD)取得:英国のエディンバラ大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1961年6月30日
  • 現在の年齢:62歳
  • 分野:地学(氷河地質学)
  • セクハラ行為:1997~2001年(36~40歳)の4年間
  • 最初に訴えられた:2016年10月(55歳)
  • 社会に公表年:2017年(56歳)
  • 社会に公表時地位:ボストン大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は被害者の女性・ジェーン・ウィレンブリング(Jane K. Willenbring)で17年後にボストン大学に公益通報
  • ステップ2(メディア):「Science」誌のメレディス・ワッドマン(Meredith Wadman)記者、と多数のその追従メディア
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①「Science」誌、②米国議会、③ボストン大学・調査委員会
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:あり:https://www.bu.edu/provost/files/2017/11/Results-of-Investigation-into-Allegations-against-Professor-David-Marchant-11-17-17.pdf、(保存版
  • 大学・処分のウェブ上での公表:あり
    https://www.bu.edu/president/files/2019/04/Letter-to-Faculty-from-President-Brown.pdf、(保存版
  • 大学の透明性:大学は実名発表し手紙などがウェブ閲覧可(〇)[機関以外が詳細をウェブ公表(⦿)]
  • 不正:セクハラ
  • 被害者数:少なくとも3人の女性院生だが、ボストン大学が被害者と認めたのは1人だけ
  • 時期:研究キャリアの中期から
  • 職:事件後は有給休職、その後、解雇(Ⅹ)
  • 処分:解雇
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は20億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

出典:Dr. David Marchant

  • 生年月日:1961年6月30日生まれ:David R Marchant
  • 1993年(32歳):英国のエディンバラ大学(University of Edinburgh)で研究博士号(PhD)を取得
  • 19xx年(xx歳):米国のメイン大学(University of Maine)・助教授(?)
  • 1995年(34歳):米国のボストン大学(Boston University)・地球環境学科(Department of Earth and Environment)・助教授。その後、準教授、正教授
  • 1999年(38歳):結婚
  • 1999年(38歳):南極遠征で女性院生のジェーン・ウィレンブリング(Jane Willenbring)にセクハラ行為
  • 2004年(43歳):大学最高教育賞受賞(University’s highest teaching honor)
  • 2014~2018年(53~57歳):ハワード・ヒューズ医学研究所(Howard Hughes Medical Institute)・教授:David R. Marchant, PhD | HHMI
  • 2016年10月(55歳):ジェーン・ウィレンブリング(Jane Willenbring)がボストン大学にセクハラを告発
  • 2016年10月(55歳)(推定):ボストン大学は調査開始
  • [2017年10月5日:本事件とは異なる事件。映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインの性不正を「ニューヨーク・タイムズ」新聞が報道。この報道が切っ掛けで「#MeToo」運動が広まる]
  • 2017年10月6日(56歳):「Science」誌がセクハラを最初に、しかも詳細に報道
  • 2017年11月17日(56歳):ボストン大学は13か月の調査を終了し、マーチャントをセクハラ有罪とし、有給の停職処分にした。この時、55歳との記述もある
  • 2019年4月12日(57歳):ボストン大学はマーチャントを解雇(fired)
  • 2022年10月9日(61歳)現在:マーチャントの現況不明

●3.【動画】

【動画1】
「デイヴィッド・マーチャント」と呼んだ。
セクハラ事件の動画:「David R. Marchant – YouTube」(英語)1分12秒。
Wiki4All(チャンネル登録者数 3.81万人)が2021/04/16 に公開

【動画2】
セクハラ事件を受けて女性科学者育成のドキュメンタリー映画が製作された。マーチャントのセクハラを告発したジェーン・ウィレンブリング(Jane Willenbring)も登場する:映画「Picture a Scientist」(英語)97分の予告編(2分16秒)。
Uprising Productionが2020年に制作
以下の画像をクリックすると、映画予告編(2分16秒)のサイトになる。

●4.【日本語の解説】

★2018年3月29日:香取啓介 杉本崇、高橋真理子(朝日新聞デジタル):「セクハラは研究不正 米科学界でも「#MeToo」」

出典 → ココ、(保存版) 

ボストン大学は昨年11月、南極の氷床研究の第一人者デビッド・マーチャント教授の解雇を決めた。約20年前の南極調査の際、当時大学院生のジェーン・ウィレンブリングさんに「売春婦」などとののしったり、野外で用を足している際に岩を投げつけたりしたなどとして訴えられていた。

大学は「セクハラ行為は十分に悪質で多岐にわたる」などと一部事実を認定。ウィレンブリングさんはサイエンス誌に「他の若い女性研究者が女性蔑視の矢面に立つことを避けたかった。もう二度と起こって欲しくない」と述べた 。

以下は元記事を参照してください(後半有料)。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★デイヴィッド・マーチャント(David Marchant)の人生

デイヴィッド・マーチャント(David Marchant、写真出典)は英国のエディンバラ大学(University of Edinburgh)で研究博士号(PhD)を取得したので、英国生まれの英国育ちだと、推察した。

米国に渡り、メイン大学(University of Maine)・助教授(?)、そして、ボストン大学(Boston University)の助教授・準教授・正教授となった。

マーチャントの南極調査は1回に約2か月という長期調査が通常だった。

マーチャントは氷河を発見し世界のトップクラスの氷河地質学者になった。

1994年、南極地名諮問委員会(Advisory Committee on Antarctic Names)が彼の名前にちなんで彼の発見した氷河を「マーチャント氷河(Marchant Glacier)」と命名した(以下の写真)。

「マーチャント氷河(Marchant Glacier)」。写真出典

2018年9月、命名の24年後、本記事で説明したセクハラ事件を受けて、「マーチャント氷河(Marchant Glacier)」は「マタタウア氷河(Matataua Glacier)」に改名された。

マーチャントは彼の指導下の女性院生で南極大陸の研究にも同行したサラ(Sarah Tait Mills)と1999年に結婚し、2人の子供を設けた。2010年6月時点では離婚していない。子供は5歳と8歳である。それで、セクハラ事件を起こした時、結婚し子供がいた。

セクハラ事件と結婚や家族などの個人生活がどう絡むか不明であるが、関係していると考え、一応、記載している。

★ジェーン・ウィレンブリング(Jane K. Willenbring)

ジェーン・ウィレンブリング(Jane K. Willenbring – Wikipedia、写真出典)はマーチャントのセクハラ被害者で、セクハラ被害を最初に告発した女性である。

ウィレンブリングの経歴は以下の通り。ここでの年齢はウィレンブリングの年齢を示した。

  • 生年月日:1977年8月2日、米国で生まれた
  • 1999年(22歳):ノースダコタ州立大学(North Dakota State University)で学士号取得:地質学
  • 1999~2002年(22~25歳):米国のボストン大学(Boston University)で院生
  • 1999年(22歳)、2001年(24歳):南極遠征でマーチャントからセクハラ被害
  • 2002~2006年(25~29歳):カナダのダルハウジー大学(Dalhousie University)で研究博士号(PhD)を取得
  • 2006~2008年(29~31歳):米国のミネソタ大学(University of Minnesota)・ポスドク
  • 2008~2010年(31~33歳):ドイツのハノーファー大学(Leibniz Universität Hannover)・ポスドク
  • 2010~2016年(33~38歳):米国のペンシルベニア大学(University of Pennsylvania)・助教授
  • 20xx年(xx歳):Neil Malhotra – Wikipediaと結婚
  • 2012年11月29日(35歳):第一子誕生
  • 2016年7月(38歳):カリフォルニア大学サンディエゴ校のスクリプス海洋研究所(Scripps Institution of Oceanography)・準教授
  • 2016年10月(39歳):17年前のセクハラ行為をボストン大学に告発
  • [2017年10月5日:本事件とは異なる事件。映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインの性不正を「ニューヨーク・タイムズ」新聞が報道。この報道が切っ掛けで「#MeToo」運動が広まる]
  • 2020年(43歳):スタンフォード大学(Stanford University)・準教授

上記の経歴でわかるように、ウィレンブリングは22歳の院生1年生の時、南極遠征でマーチャントからセクハラ被害を受けている。24歳の時もセクハラ被害を受けた、

それで、マーチャントから被害を避けるためボストン大学退学し、カナダのダルハウジー大学(Dalhousie University)に大学院を変えた。

セクハラ被害で研究キャリアが歪んだが、カナダのダルハウジー大学で博士号を取得し、その後、順調に研究キャリアを積み上げた。

2016年7月(38歳)、スクリプス海洋研究所・準教授という安泰な地位に就いて、17年前のセクハラ被害を当時の大学に告発した。執念深いと言えば執念深いが、意志が強い人でもある。

なお、世間が注目した映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインの性不正を「ニューヨーク・タイムズ」新聞が報道したのは2017年10月5日なので、ウィレンブリングが告発したのは「#MeToo」運動が始まる1年以上も前だった。

ウィレンブリングはその時、結婚し子供を設けていた。

セクハラ被害を受けると、その被害を引きずり、学業を続けられなかった人、研究キャリアを断念する人、個人的な人生がメチャメチャになる人が多い(と思う。実際の数値は持っていない)。

しかし、ウィレンブリングは切り抜けた。

★セクハラ事件概略

デイヴィッド・マーチャント(David Marchant、写真出典)は、南極探検の旅行中に女性院生に対してセクハラ行為を行なった。ボストン大学キャンパス内でのセクハラ行為は指摘されていない。

明確な被害者は3人の女性院生で、期間は、1997~2001年(36~40歳)の4年間である。

実際は、被害女性はもっと多く、期間も長いと思うが、上記以外のセクハラ行為を告発した被害者が出てこなかった。

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1人目のセクハラ被害者は、上述したジェーン・ウィレンブリング(Jane K. Willenbring)である。

2016年10月(55歳)、ウィレンブリングがボストン大学にセクハラを告発した。

ウィレンブリングは、その3か月前の2016年7月、カリフォルニア大学サンディエゴ校のスクリプス海洋研究所(Scripps Institution of Oceanography)・準教授に就任したので、この分野で有力な研究者であるマーチャントからコクハラ(告発したために受けるハラスメント)を受けても研究を続けていけると踏んだのだ。

17年前の1999年、ウィレンブリングが22歳の院生1年生の時、南極遠征で、マーチャントは彼女を「ふしだらな女(slut)」「娼婦(whore)」と呼び、同行中だった弟とセックスするように彼女を促した。

そして、ウィレンブリングが野原で排尿しているとき、マーチャントは彼女に石を投げつけた。

火山灰の破片を彼女の目に吹き付けたり、彼女を急な坂道から繰り返し突き落としたりした。

――――
2人目のセクハラ被害者であるデボラ・ドー(Deborah Doe)(女性、仮名)は、南半球が夏の間、マーチャントと一緒に南極大陸に滞在し研究活動をした。

マーチャントは、彼女のことを繰り返し「cunt(卑猥な言い方の女性器・女)」や「bitch(雌犬)」と呼んだ。

マーチャントは、デボラ・ドーが博士号を取得した場合、科学庁(NSF)研究助成金の受給を妨害すると脅した。

デボラ・ドーはこれらのセクハラ発言に耐えられず、研究界を去った。
――――

3 人目の女性は、ヒラリー・タリー(Hillary Tulley、写真出典)で、2018年時点では、イリノイ州スコーキーの高校教師になっていた。

ヒラリー・タリーは院生の時の1998年、マーチャントと南極遠征に同行した。

彼女は、マーチャントと過ごした南極大陸は「毎日が恐ろしかった」と「Science」誌のインタビューに答えている。

ボストン大学の調査官にヒラリー・タリーは、「マーチャントは、終わることなく、私をあざけり、私の身体、頭脳について、品位を傷つけるコメントを何度も何度も繰り返した」と述べている。

ヒラリー・タリーはマーチャントのセクハラ被害を受け、人生がかなり紆余曲折している。ボストン大学を辞めてから、ヨットで料理人、レストランの経営、モンテッソーリ教育の支所長などの、多くの仕事をしてきたと書いている。また、テキサス大学オースティン校に再入学し脊椎動物の古生物学を学んでいる。 → ヒラリー・タリーのブログ:TEA: Tea_tulleyfrontpage

つまり、ヒラリー・タリーはマーチャントのセクハラ被害を受けて心身に異常をきたし、地質学の研究を諦め、人生の進む道を見失い、紆余曲折をしたと、白楽は推察した。

――――

2008年(47歳)以降、マーチャントと一緒に研究した複数の女性院生は、マーチャントからセクハラ被害を経験をていない。むしろ、マーチャントの人柄を称賛している。

2008年(47歳)にマーチャントに何があったのか、白楽は掴めなかった。結婚は1999年(38歳)にしている。正教授に昇進した年を把握できなかったが、昇進したためかもしれない。

★米国議会

ラマー・スミス議員(Rep. Lamar Smith)(左)。写真出典::Climate scientist requesting federal investigation feels heat from House Republicans | Science | AAAS、(保存版

2017年10月26日(56歳)、「Science」誌がセクハラを報道した20日後、米国・下院の科学・宇宙・技術委員会(U.S. House Science, Space, and Technology Committee)のラマー・スミス委員長とエディ バーニス ジョンソン首席議員(Eddie Bernice Johnson)(民主党、テキサス州選出)は、マーチャントが 1990年代後半以降、アメリカ航空宇宙局(NASA)と科学庁(NSF)から 約550万ドル(約5億5千万円)の研究費を受け取っていたことを指摘し、超党派でマーチャントのセクハラ調査を開始した。 → 2017年10月26日記事:SST Committee Opens Bipartisan Investigation into Alleged Sexual Harassment by Boston University Professor | House Committee on Science, Space and Technology

スミス議長とジョンソン首席議員は、ボストン大学、アメリカ航空宇宙局(NASA)、科学庁(NSF)に、以下に関する文書、通信、情報を求める書簡を送った。

  • マーチャント教授の獲得助成金と受賞のリスト
  • マーチャント教授による性不正・アカハラの申し立て書と調査書類のすべて
  • ボストン大学、アメリカ航空宇宙局(NASA)、科学庁(NSF)の各組織が上記申し立てに対して取った措置

以下はボストン大学に送った書簡の冒頭部分(出典:同)。全文(7ページ)は → https://science.house.gov/imo/media/doc/10-26-17%20SST%20to%20BU%20President%20re%20Professor%20Harassment%20Allegations.pdf

手紙の一部は次のとおりである。

2016年10月と2017年5月にマーチャントと南極研究旅行に参加した元院生の2人が、ボストン大学に別々に性不正の告発をした。これらの告発では、マーチャントが、南極研究の進歩を妨害し、将来の 科学庁(NSF)研究資金への受給を妨害するために、彼の著名な地位と多額の資金を利用するという脅迫が含まれていた。

告発が事実なら、学術科学コミュニティや研究環境としては許容できない言動である。委員会は、連邦政府のお金を受領する者が納税者の信頼に値することを保証する責任がある。科学における女性の進歩と支援を妨げるいかなる行動も容認されない。委員会はこの告発に関するすべての事実を要求する。

★大学の調査

2017年11月(56歳)、ボストン大学は、13か月の調査の結果、マーチャントがウィレンブリングにセクハラをしたと結論付けた。ただ、他の人にはしていないとした。

以下はボストン大学の2017年11月17日付け調査報告書の冒頭部分(出典:同)。全文(2ページ)は →
https://www.bu.edu/provost/files/2017/11/Results-of-Investigation-into-Allegations-against-Professor-David-Marchant-11-17-17.pdf

★大学の処分

2019年4月12日(56歳)、ボストン大学はマーチャントを解雇した。

ボストン大学の教職員委員会(5人の委員構成)は、マーチャントを3年間の無給停職にすることを勧告したが、ロバート・ブラウン学長(Robert A. Brown)は、マーチャントを解雇すると決定した。 →2019年4月15日のジョシュア・レット・ミラー(Joshua Rhett Miller)記者の「New York Post」記事:Boston University professor fired over sex harassment on Antarctica trips 

以下はボストン大学のロバート・ブラウン学長(Robert A. Brown)の2019年4月12日付け手紙全文。出典は上記の「New York Post」記事でサイトは →
https://www.bu.edu/president/files/2019/04/Letter-to-Faculty-from-President-Brown.pdf

Readable」 を使った日本語訳を最初に、その後、元の英語を示す。

190412Letter 2 190412Letter-to-Faculty-from-President-Brown

 

ブラウン学長は、「教職員委員会の勧告を受け入れるか・拒否するかにかなり悩みました。そして、すべての関連証拠を慎重に検討した結果、この件に関する適切な制裁は解雇であると判断しました」と述べている。

最初に告発したジェーン・ウィレンブリング(Jane K. Willenbring)は、「セクハラの訴訟に勝者はいないとよく言われますが、私は間違っていました。解雇の発表のおかげで、科学、学術界、ボストン大学は勝者です」と述べた。

現在シカゴに住んでいる被害者のヒラリー・タリー(Hillary Tulley)は、目に涙をためて、「大学の決定に満足していると同時に驚いています。正義が勝つとは思っていなかったので、今日はとても感謝しています」とグローブ新聞記者に語った.

なお、デイヴィッド・マーチャント(David Marchant)は無実を主張している。

法的選択肢を検討していると、彼の弁護士は述べた。

【セクハラの具体例】

セクハラの具体例は、上述したので再掲しない。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

省略

●7.【白楽の感想】

《1》日本のメディア

マーチャント事件は、日本の主要メディアの朝日新聞が記事にした。外国の研究者の性不正事件を日本の主要メディアが記事にするのは珍しい。

日本の主要メディアは、どうしてもっと記事にしないのか?

ワカリマセン。

では、どうして記事にしたのか?

記者が「香取啓介 杉本崇、高橋真理子」とある。

高橋真理子は白楽の知人だが、朝日新聞の科学部長だった偉い人で、感度は特段に優れ、勇気のある記者だ。女性の科学部長だったから、性不正を記事にする視点があったと思う。

《2》米国議会

米国議会のラマー・スミス委員長ってスゴクない。

「Science」誌がセクハラを報道した20日後、米国・下院の科学・宇宙・技術委員会(U.S. House Science, Space, and Technology Committee)のラマー・スミス委員長とエディ バーニス ジョンソン首席議員(Eddie Bernice Johnson)(民主党、テキサス州選出)が、調査に乗り出している。 → 2017年10月26日記事:SST Committee Opens Bipartisan Investigation into Alleged Sexual Harassment by Boston University Professor | House Committee on Science, Space and Technology、(保存版

マーチャント事件の全貌をつかむ意図で、「申し立て書と調査書類のすべて」を要求し、「上記申し立てに対して取った措置」がどんなものだったか、報告を求めている。

関係部署のボストン大学、アメリカ航空宇宙局(NASA)、科学庁(NSF)の各組織は措置が悪ければ、叱責されるだろう。

そして、その調査事実をウェブ上にアップし、報告を要求した手紙を公開している。

日本、ここは学んでほしいですね、シッカリと。

《3》セクハラと私生活

マーチャント事件では、1999年、マーチャントが38歳の時、南極遠征で女性院生のジェーン・ウィレンブリング(Jane Willenbring)にセクハラ行為をした。

その前後もしているが、2008年以降は性不正の被害報告はない。

1997~2001年(36~40歳)の4年間のセクハラしていたが、丁度その最中の1999年にマーチャントは結婚している。結婚前後にセクハラをしている。

婚約者そして、結婚したばかりの新妻がいるのに、どうしてセクハラしたのだろう?

性不正行為は私生活の充実とは全く別次元の行為なのだろうか?

デイヴィッド・マーチャント(David Marchant)https://www.huffpost.com/archive/in/entry/women-scientists-report-sexual-harassment-on-boston-university-expeditions_a_23238050?utm_hp_ref=in-homepage

《4》性不正と野外研究

野外研究では性不正が多いようだ。 → 7-2.フィールド研究界に蔓延するセクハラと性的暴力:キャスリン・クランシ―(Kathryn Clancy)他、2014年6月16日 | 白楽の研究者倫理

野外研究に大きく2種類ある。

野外研究とはいえ、一般的に野宿などはないだろう。夜はソコソコ設備の整ったテント生活ができ、遺跡発掘などだと、昼間も比較的安全にトイレが使えるだろう。

しかし、戦場、山岳、砂漠、南極などで、野外での宿泊を伴う野外研究では昼も夜もウオッシュレットのトイレはないし、温水シャワーもバスタブもない。

野外研究では、排泄物を持ち帰る決まりだと思うが(白楽は把握していない)、これも一苦労だろう。

マーチャントの南極遠征は、約2か月という長期調査研究だった。

従来、女性研究者は野外での宿泊を伴う南極研究から除外されていただけでなく、極地研究そのものから女性研究者を排除していた。

多くの極地研究機関は、観測所には女性のための施設がないと主張し、女性の排除を正当化していた。(2017年論文:Seag, M.:Women need not apply: gendered institutional change in Antarctica and Outer Space: The Polar Journal: Vol 7, No 2

オーストラリア南極局は1970年代後半から、そして、英国・南極調査局は1980年代前半から、女性が南極基地に滞在することを許可したが、南極研究で許可したのは陸上での研究活動だけだった(2016年論文:van der Watt, L.M. & Swart, S. 2016.:The Whiteness of Antarctica: Race and South Africa’s Antarctic History | SpringerLink)。

遠隔地の野営地では女性は一人でトイレに行くのが困難な場合が多く、性的な被害を受けやすい (2019年論文:Nash et al.:“Antarctica just has this hero factor…”: Gendered barriers to Australian Antarctic research and remote fieldwork | PLOS ONE)。

そもそも、野外研究では長年、「男臭い野蛮な世界」で、昼間の過酷な作業・探索のため、夜の宿舎ではポルノ、泥酔が普通という文化環境だった。

ジェーン・ウィレンブリング(Jane K. Willenbring)。写真出典

男女問わず、夜間はそれなりの設備のある場所で排泄できても、昼間に「自然に呼ばれ(Nature calls me)」体液を排泄したくなる場合もある。

この場合、青空トイレ、ブッシュトイレ、花摘み(女性の場合)となる。

白楽は、南極探索の経験はないが、想像するに、南極では土と石ころばかりで、ブッシュも花もない。隠すものがない明るい青空トイレで排尿することになるだろう。

22歳の女性・ウィレンブリングが野原で排尿しているとき、マーチャントは彼女に石を投げつけたのだ。

ウィレンブリングはそれで、飲水をなるべく我慢した。その結果、泌尿器に障害を起こしている。

妙齢の女性は、青空トイレで排尿するのはかなり躊躇するだろう。しかし、「出物腫れ物所嫌わず」。南極大陸なら、同行者以外、人はいないので、同行者が向こうを向いていればいいだけで、排尿だろうが全裸になろうが(全裸になる必要はなかったな)、かまわない、とも思う。

研究の場で性的関心が高まることは、普通はない、と白楽は思う。

白楽はお茶の水女子大学に30年近く奉職し、初期は筑波大学からきた男性院生もいた。その後、学部生・院生は女性ばかりだったが、性的関心が高まることは、「全く」ない。男性同僚とそういう話題になったこともない。

裸婦のデッサンをしている時、画家にとって裸婦は絵の対象物であって、性的対象物ではないのと同じだろう。

《5》女性差別思想

マーチャントがなぜセクハラしたのか、なかなか理解できなかった。

メイン大学(University of Maine)・助教授でマーチャントと何度も南極探検研究に同行しているアダム・ルイス(Adam Lewis、写真出典)はセクハラ被害院生のウィレンブリングやタリーと一緒に南極遠征をしている。

ルイス助教授によると、マーチャントは「女性は野外地質学者になるべきではない」と考えていたそうだ。

ルイス助教授は、「メイン大学やボストン大学のキャンパスで見るマーチャントは、南極で見たマーチャントとはまったく違う男性に見えた。マーチャントは南極に行くと女性不信に変貌した」、と述べている。

つまり、マーチャントのセクハラは性的欲求によるものではなく、野外地質学での女性差別という思想によるものだった。

でもそうなら、不思議である。

まず、マーチャントは研究室に、どうして、女性院生を受け入れたのか? 院を希望する女性が来ても、他の研究室に行くように言えば済む話だ。

さらに、研究室に受け入れても、2か月も一緒に過ごす南極探検に女性院生を連れて行かなければ済む話だ。

そして、

2002年に21歳の学部生の時、南極大陸でマーチャントたちと一緒に研究した女性エミリー・ジャセスコ(Emily Jacesko)は、マーチャントのセクハラを目撃したことも経験したこともないと述べている。

他にも、南極大陸でマーチャントと一緒に研究した複数の女性は、マーチャントのセクハラ言動を強く否定している。

これらのことは、マーチャントのセクハラは女性差別思想によるものという説明に合わない。

マーチャントは、ボストン大学キャンパスでは正常なのに、南極に行くと女性不信に変貌という「ジキルとハイド」説もおかしい。

なんか、ヘンだ。

《6》メディアの威力

マーチャントのセクハラ事件が公になったのは、2017年10月6日、メレディス・ワッドマン(Meredith Wadman)記者が「Science」記事として報道したからだ。

ボストン大学は「Science」記事の1年前から調査をしていた。「Science」記事の1か月後、ボストン大学は調査結果を公表した。

ワッドマン記者が、記事にしなければ、ボストン大学は調査をグズグズ続け、調査結果を発表しなかったかもしれない。

2017年10月26日(56歳)、「Science」誌がセクハラを報道した20日後、米国・下院の科学・宇宙・技術委員会(U.S. House Science, Space, and Technology Committee)のラマー・スミス委員長は、ボストン大学、アメリカ航空宇宙局(NASA)、科学庁(NSF)に、マーチャント事件の全貌を報告するよう要求している。

ワッドマン記者の「Science」記事が国家を動かしている。社会の木鐸になっている。

そして、その後、ワッドマン記者は事件の詳細を継続して「Science」誌に掲載した。

日本のメディアも見習って欲しい。

《7》「性不正、アカハラ」ウオッチャー

性不正、アカハラの研究は日本で今後発展すると思う。院生の博士論文そして、大学教員の研究テーマとして、有望だと思う。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●8.【主要情報源】

①  ウィキペディア日本語版:ウィキペディア英語版:David R. Marchant – Wikipedia
② 2017年10月6日のメレディス・ワッドマン(Meredith Wadman)記者の「Science」記事:Disturbing allegations of sexual harassment in Antarctica leveled at noted scientist | Science | AAAS
③ 2017年10月26日のメレディス・ワッドマン(Meredith Wadman)記者の「Science」記事:House science committee investigating sexual harassment allegations against Boston University geologist | Science | AAAS
④ 2017年11月17日のメレディス・ワッドマン(Meredith Wadman)記者の「Science」記事:Boston University concludes geologist sexually harassed student | Science | AAAS
⑤ 2017年12月15日のマーゴット・ノコウィッツ(Margot Nockowitz)記者の記事: (1) Sexual Assault at BU | Margot Mitchell-Nockowitz – Academia.edu
⑥ 2018年11月28日のメレディス・ワッドマン(Meredith Wadman)記者の「Science」記事:Geologist appeals finding that he sexually harassed grad student in Antarctica | Science | AAAS
⑦ 2018年2月28日のメレディス・ワッドマン(Meredith Wadman)記者の「Science」記事:Boston University rejects geologist David Marchant’s appeal of termination | Science | AAAS
⑧ 2019年4月12日のメレディス・ワッドマン(Meredith Wadman)記者の「Science」記事:Boston University fires geologist found to have harassed women in Antarctica | Science | AAAS
⑨ 2019年4月13日記事:BU professor fired amid sexual harassment probe – Boston News, Weather, Sports | WHDH 7News
⑩ 2019年4月15日のジョシュア・レット・ミラー(Joshua Rhett Miller)記者の「New York Post」記事:Boston University professor fired over sex harassment on Antarctica trips
⑪ 「2021年10月のAntarctic Science」論文:Meredith Nash; Antarctic Science , Volume 33 , Issue 5 , October 2021 , pp. 560 – 571National Antarctic Program responses to fieldwork sexual harassment | Antarctic Science | Cambridge Core

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