7-53 撤回監視データベースから学ぶ

2020年5月4日掲載 

白楽の意図:「撤回監視(Retraction Watch)」は撤回論文のデータベースである撤回監視データベース(Retraction Watch Database)を作成し、2018年10月に公開した。ネカトは撤回理由の大きな割合を占める。撤回論文を科学的に分析し、撤回論文の実態を把握することは、ネカトの実態を知り、ひいてはネカトの予防策を考える上で重要な知見になる。ジェフリー・ブレイナード(Jeffrey Brainard)とジア・ユー(Jia You)が撤回監視データベースの全体像を解説した「2018年10月のScience」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
8.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

白楽注:本論文は学術論文ではなく学術誌の記事である。本ブログでは統一的な名称にするため論文と書いた。

論文に概要がないので、省略。

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

★著者

  • 第1著者:ジェフリー・ブレイナード(Jeffrey Brainard)
  • 紹介:
  • 写真:https://www.sciencemag.org/news/2018/10/what-massive-database-retracted-papers-reveals-about-science-publishing-s-death-penalty#
  • ORCID iD:
  • twitter:https://twitter.com/JeffreyBrainard
  • 履歴:https://www.linkedin.com/in/jeffrey-brainard-ba1832a/
  • 国:米国
  • 生年月日:米国。現在の年齢:52 歳?
  • 学歴:米国・マサチューセッツ州のウィリアムズ大学(Williams College)で学士号(哲学)、ボストン大学(Boston University)で修士号(科学ジャーナリズム)を取得
  • 分野:科学ジャーナリズム
  • 論文出版時の所属・地位:「Science」社・副ニュース編集者: Science as an associate news editor in 2017.

「Science」社。1200 New York Ave, NWWashington,DC20005、USA。写真出典

●3.【日本語の予備解説】

★2019年10月28日更新:エナゴ学術英語アカデミー(著者名の記載なし):撤回された論文のデータベース公開

出典 → ココ、(保存版) 

1年間に何本ぐらいの論文が学術雑誌(学術誌)から撤回されていると思いますか?なんとその数は年500~600本にもおよび、しかも、過去数十年の撤回数は確実に増えているというのですから驚きです。撤回の理由は研究不正や意図していないミスなどさまざまですが、不正と判断される多くは、データの捏造・偽造・盗用に起因しています。しかし、論文が撤回された場合、なぜ撤回となったのか明確な理由が分からないままということも多々あります。そこで、この状況を打開すべく、2018年10月末、論文撤回を監視するサイト「Retraction Watch」が18,000本の撤回論文のデータベースをオンラインに公開し、 撤回論文 の閲覧および検証を行うことを可能としたのです。

以下略す。

記事は有益です。ご自分でお読みください。

★2013年1月号:ゾーイ・コービン(Zoë Corbyn)(翻訳:菊川要):Nature ダイジェスト:論文撤回の主な理由は、詐欺的行為!?

出典 → ココ、(保存版) 

これまで、論文撤回の最も多い理由は、意図しないミス(過失)だと思われてきた。ところがそうではないという残念で驚くべき結果が、広範囲にわたる調査研究から明らかになった。Proceedings of the National Academy of Sciencesに発表された論文(Fang, F. C.,et. al. :2012)によれば、これまでに撤回され、科学記録から抹殺された生命科学論文の5分の2は、データの改ざんやねつ造を含む科学の詐欺的行為ないしはその疑いを理由としており、学術雑誌の撤回公告においては、撤回理由が控えめに発表されるケースが少なくないことが明らかになった。

●4.【論文内容】

《1》序論 

学術誌が撤回した論文数は、過去10年間で10倍に増加した。撤回理由の約60%はネカトやクログレイだった。

論文撤回は10,000論文のうちの約2論文で統計的には比較的まれである。撤回理由には、ネカトではない「誠実な間違い」もある。

それでも、撤回論文数が急増したことで、多くの人が、出版社、編集者、ゲートキーパーに、悪い研究を根絶するため、さらに大きな努力を払うように呼びかけた。 また、この急増は、「撤回監視(Retraction Watch)」を創設・運営しているアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)とアダム・マーカス(Adam Marcus)を刺激した。それで、2人は「撤回監視データベース(Retraction Watch Database)」を作り始めた。

2018年10月、撤回監視データベース(Retraction Watch Database)が、検索可能なデータベースとして正式にリリースされた。1970年代から現在に至るまでの問題のある出版論文18,000報を学会要旨を含め、撤回(Retraction)、訂正(Correction)、懸念表明(Expression of Concern)に分類しデータベース化した。現在、この種のデータベースとして、世界最大で最も包括的なデータベースである。

ただ、完全ではない。というのは、すべての論文発行元が撤回論文を公表するわけではない。また、撤回理由を説明するわけでもない。そして、共著者の内のどの著者が主犯なのかを知るのが難しい場合もある。

今回、それでも、撤回論文の宝庫である撤回監視データベースを使い、約10,500報の撤回論文の中身を分析した。撤回論文の急増と聞くと、学術界にネカトが急増していると危惧する人がいるが、実際はそうでもないことを最初に述べておこう。

《2》撤回論文のあれこれ 

★撤回論文率の増加は鈍化

分析すると、年間撤回論文の絶対数は増加したが、撤回論文率の増加は鈍化していることが分かった。

過去数十年間の撤回論文数は年間100報未満だったが、2014年にはほぼ1,000報に増加していた。

2003年から2009年にかけて急速に増加し、約2倍になり、2012年以降は横ばいである。この動向に影響する大きな因子は分母、つまり、論文総数である。2003年から2016年にかけて、毎年発行される研究論文の総数は2倍以上に増加した。

撤回論文数の上昇は、学術誌側の監視体制の強化・改善の反映と思われる。というのは、ネカトが増加しているなら、学術誌あたりの撤回論文数が増加するはずである。ところがそうなっていない。

1997年にはわずか44学術誌が論文撤回を報告しただけだが、2016年にその数は10倍以上の488学術誌に増加した。しかし、学術誌あたりの平均撤回論文数は1997年以降増加せず、ほぼ横ばいである。

Fanelli3_cut_small横ばいは、学術誌が全体的に論文の監視を強化・改善していることを示唆していると、英国のネカト研究者のダニエル・ファネーリ(Daniele Fanelli、ロンドン経済・政治大学のフェロー、写真出典)は指摘する。

ミシガン大学アナーバー校の研究倫理学者のニコラス・ステネック(Nicholas Steneck)は、「編集慣行が改善され、出版社が学術誌・編集者に論文撤回を正面から受け止めるよう指示しているため、撤回数が増加している」と語った。

また、研究者たちは、パブピア(PubPeer)などの公開ウェブサイトで、論文の欠陥を指摘し、学術誌へ圧力をかけている。

さらに、英国の非営利団体である出版規範委員会(COPE)は、現在12,000人を超える学術誌・編集者に助言しており、学術誌の論文撤回方法のガイドライン(Retraction guidelines | COPE: Committee on Publication Ethics)を公表するなど、論文撤回の指針がわかりやすくなってきたことも、編集慣行の改善をうながした。

★編集者の無能・怠慢

しかし、編集者にはさらに一層の努力が求めれれることは確かだ。

エリザベス・ビック(Elisabeth Bik)の「2016年のmBio」論文によると、解析した20,621報の論文に意図的なねつ造・改ざん画像が約2%(約400報)もあった。 → The Prevalence of Inappropriate Image Duplication in Biomedical Research Publications | mBio

さらに、私たちの分析では、研究論文データベースの「Web of Science」に12,000の学術誌が登録されているが、そのほとんどは、2003年以降、1報も論文撤回を報告していない。

★多数論文撤回者

撤回監視データベース(Retraction Watch Database)を分析していくと、比較的少数の著者が、膨大な数の論文を撤回する「多数論文撤回者」がいることが見えてくる。

論文監視データベースに名前が登録された約30,000人の著者の中の約500人(共著者を含む)が、分析した10,500報の撤回論文の約4分の1を占めていた。

図に示したように、「多数論文撤回者」上位100人は1人当たり各13報以上の論文を撤回している。撤回理由はもちろん「誠実な間違い」ではなく、意図的なネカトである。

★国別比較

論文撤回率は国によって異なる。

国によるバラツキは、その国の研究者の研究公正意識というより、その国に熱心なネカト・ハンターがいるかどうかを反映している面がある。そのために、各国の論文撤回率を比較して、研究公正のウンヌンを議論するのが難しい。

しかし、一般論として、ネカト行為に対する規則と制度を発展させた国での研究者は、論文撤回数が少なくなる傾向があると、ダニエル・ファネーリ(Daniele Fanelli)は「2015年のPLOS ONE」論文で報告した。

★撤回理由

論文撤回は、必ずしもネカト行為を示すものではない。

多くの研究者や一般の人々は、研究者が何らかの研究不正を犯したために論文が撤回されると思う傾向が強い。しかし、研究不正ではない場合もある。ただ、撤回理由が示されない撤回公告もそこそこある。

撤回理由を調べると、米国政府が研究不正の定義とした「ネカト(ねつ造、改ざん、盗用)」が約50%を占めた。

約40%は、間違い、再現性の問題、その他の理由だった。

約10%は、著者在順、査読偽装、臨床試験違犯、動物実験違反などのクログレイ行為だった。このクログレイ行為は増加傾向にあることから、ネカト研究者の一部は、米国政府の研究不正の定義をクログレイ行為まで拡大すべきだと主張している。

なお、論文撤回理由を正確に判断することが困難な場合もある。

例えば、「著者の規範違反(ethical violation by the author)」など、不正行為を漠然としか記載していない撤回公告が約2%ある。

この約2%の中のいくつかは、著者は自分の評判が傷つくので、編集者に撤回理由を曖昧にするよう説得し、応じないと、名誉毀損で訴えると脅しているケースが少なくない。脅迫に屈した、または、忖度した編集者が撤回理由を曖昧に記載している。

★撤回理由の経年変化

撤回理由の経年変化を以下のグラフに示す。盗用検出ソフトのアイセンティケイト(iThenticate)が2004年に導入されてから盗用(の発覚)は急速に上昇した。 一方、画像のねつ造・改ざんは徐々に低下している。査読偽装は2010年から始まった。

★撤回を嫌がる

多くの研究者や一般の人々は、研究者が何らかの研究不正を犯したために論文が撤回されると思う傾向が強い。この認識のため、ある意味、皮肉なことに、著者はどんな場合でも撤回を容易には認めない。

多くの研究者は、自分の論文が問題視されると、とても敏感になる。それで、論文撤回を拒む方向に強く抵抗する。それで、学術誌・編集者は、正当な理由があるのに、論文撤回をためらう。しかし、撤回すべき論文を撤回しないと、学術界全体の知の蓄積である論文のその公正が保てなくなる。

たとえば、国立医学図書館のパブメド(PubMed)データベースのコンサルタントをしていたヒルダ・バスティアン(Hilda Bastian、写真出典)は、かつては「誠実な間違い」で撤回された論文が、現在では撤回されず、「訂正(corrected)」されている、と指摘した。

「論文を撤回したいのか? したくないのか?」、どう受けとれば良いのか不思議に思う訂正公告もしばしば見る。

出版規範委員会(COPE)は、論文をいつ訂正すべきか、いつ撤回すべきか、そして、撤回公告の詳細を明確にするためのガイドラインを提示している。しかし、編集者はケースバイケースで判断を下さなければならない。

一部のコメンテーターによると、有用な改革の1つは、撤回公告と訂正公告のひな型を作り、学術誌がそれに従うことだと指摘する。ひな型では、撤回(訂正)理由と撤回(訂正)に至った責任者(どの著者、または学術誌自体)を示させることで、撤回と訂正の内容が明確になる。

★撤回監視データベースを維持せよ

ヒルダ・バスティアンは、「オランスキーとマーカスの撤回監視データベースは、学術論文の重要な問題である撤回・訂正に関する最も包括的な情報源で、本当に深刻で必要なインフラストラクチャです」と強調している。しかし、その資金が長期的に不足していて、このインフラストラクチャが「崩壊しやすい、でも、決して崩壊してはならない」、と指摘した。

論文撤回を研究しているワシントン大学(シアトルの、University of Washington in Seattle)のフェリック・ファン(Ferric Fang、臨床微生物学者)は、「人々が撤回監視データベースを利用し、研究がどのように機能しているのか、どのように機能していないのか、そして、どのように機能させると良いのか? を、より詳しく調べることを望みます。そして、論文撤回に関する報告は、それも透明な報告は、学術研究をより強化するのに役立つと思います。私たちは間違いから学びます」と述べた。

《3》出版社1社で7,300報の撤回 

【この章は「撤回監視(Retraction Watch)」のアリソン・マクック(Alison McCook)が執筆】

撤回論文の約40%は、出版社1社の論文である。過去10年間、ニューヨークの電気・情報工学学会(IEEE:Institute of Electrical and Electronics Engineers)は、何千もの会議要旨を撤回してきた。

図に示すように、会議要旨のほとんどは、2009年から2011年の間に開催されたIEEE会議の要旨である。IEEEは全部で7,300以上の会議要旨を撤回した。著者のほとんどは中国からで、論文は物理学、ビジネス、テクノロジー、社会科学などの多様なトピックをカバーしていた。

撤回公告の多くは、撤回理由をちゃんと書いていない。例えば、「正式な専門家委員会によってこの論文の内容を注意深く検討した結果、IEEE出版規則に違反していたことが判明しました」、などである。

IEEEに何が起こったのだろう?

説明がない。

IEEEは毎年1,700件を超える学術集会を開催しているが、学術集会の開催前に発表者は学会要旨と論文を提出し、査読される。しかし数年前、IEEEスタッフは数十年前の学会要旨集に、IEEE出版規則に違反していた何千もの要旨に気がついた。ただ、運用上の公正を保つという理由で、どのように気がついたかを明らかにしていない。

カリフォルニア工科大学パサデナ校(California Institute of Technology in Pasadena)のコンピュータ生物学者のリオル・パクター教授(Lior Pachter – Wikipedia、写真出典)は、「IEEEの学会要旨と論文は、従来の学術誌の論文と比べ、査読が甘かったと思われます。タイムテーブルが詰まっていて、研究結果を素早く発表し、迅速に共有していたのです。それで、間違いがすり抜けたのでしょう」と述べている。

今後の大量撤回を防ぐために、IEEEは、会議資料の「ゲートキーパー」となる専門委員会を設立した。パクター教授は、「それは良い改善に思えます。コンピュータ生物学などの動きの速い分野の研究者は、学術集会の要旨・論文の多くは問題があることを以前から知っていました。学会員は彼らの学術集会にゴミ(ジャンク論文)を持ちこんで欲しくないのです」と述べた。

《4》ネカトは患者を殺す 

【この章は「撤回監視(Retraction Watch)」のアダム・マーカス(Adam Marcus)が執筆】

生物医学の撤回論文のほとんどは人間の健康に害を及ぼしていない、と思う。しかし、かつては人間の健康に害を及ぼす撤回論文事件があった。

ドイツの著名な麻酔科医・ヨアヒム・ボルト(Joachim Boldt)が発表したネカト論文は、人間の健康に害を及ぼした例である。ネカト論文が患者を殺した可能性がある。

白楽注:この項の内容は、上記の記事をご覧ください。以下の引用部分は上記ブログから。

141024 Dr_-Joachim-Boldt-620x380ヨアヒム・ボルト (Joachim Boldt、写真出典)は、ドイツのギーセン大学・教授、シュタット・ルートヴィヒスハーフェン病院(Klinikum der Stadt Ludwigshafen)・主任麻酔科医で、人工血漿、静脈内輸液のカリスマ専門家として世界的に高い評価を得ていた。手術中に血液量を増やすための輸液コロイド(HES::ヒドロキシエチルでんぷん液)の使用を推奨していた。

調査により、ボルトが共著者とともに発表した98報の論文で、ボルトがデータをねつ造し、倫理規則を無視し、その他の不正行為を犯したことが明らかになった。2報の論文を除くすべての論文が撤回された。

そして、ボルトのネカト論文は、実際に、多数の患者に深刻な健康障害を及ぼした可能性が高い。

しかし、ネカト論文で特定の患者が苦しみ死亡したことを証明するには、高価で大規模な研究が必要になる。ネカト論文が患者を殺した可能性が高いが、残念ながら、証明されていない。

ドイツ当局は、ボルトの刑事告訴を検討したと伝えられているが、刑事告訴はされていない。

《5》共著者の悲劇 

【この章は「撤回監視(Retraction Watch)」のアリソン・マクック(Alison McCook)が執筆】

以下の表は、撤回論文数の世界ランキングである。出典:「撤回論文数」世界ランキング | 研究者倫理

2011年、ドイツのバイロイト大学(University of Bayreuth)・化学・ポスドクのベルンハルト・ビアザック(Bernhard Biersack、写真出典)は、米国を拠点とし潤沢な研究資金を持つ癌研究者と共同研究する素晴らしい契約を結んだ。彼らは複数年の共同研究で、オリジナルの研究成果を報告した7論文を含め、12論文を学術誌に発表した。

しかし、この生産的な共同研究はすぐにビアザックの悪夢となった。彼が共同研究した相手はウェイン州立大学のフォジュルル・サルカール(Fazlul Sarkar)で、サルカールは、現在41報の論文が撤回されている。

ネカト論文のスキャンダルに巻き込まれた他の共同研究者はゴマンといる。

注目度の高い事件を挙げると、社会心理学者のディーデリク・スターペル(Diederik Stapel)のネカト事件である。58報の論文が撤回され、共同研究者には多数の院生・ポスドク・若手研究者が含まれていた。

共同研究者にネカトが発覚すると、どうなるか?

簡単に言えば、ケースバイケースである。

一部の共同研究者は、腹立たしい戦いをすることになる。テキサス大学アーリントン校(University of Texas in Arlington)の会計学教授であるトーマス・ホール(Thomas Hall、写真出典)は、ジェームス・ハントン(James H. Hunton)と共同執筆した2002年の論文が2015年に撤回された。

論文中のジェームス・ハントン(James H. Hunton)のデータはネカトでも、論文で報告したホールの研究結果は有効だと、ホールは主張した。しかし、出版元であるアメリカ会計学会(American Accounting Association)はこの要求に応じなかった。

他方、一部の共同研究者は、比較的無傷で事件の被害を回避できる。

たとえば、先ほど述べたビアサックはフォジュルル・サルカールの共同研究者だったが、幸運なことに、撤回論文の共著者ではなかった。それでも、ビアサックはサルカールのネカト行為を知ったとき、サルカールからデータと文章を得ていたので、とても不安だった。それで結局、ビアサックは出版論文を自分で再チェックし、問題が無いことを確認した。

なお、共著者が論文撤回に見舞われても、あなたの研究キャリアが終わるわけではない、ことを書き添えておこう。

[白楽注:論文は「研究キャリアが終わるわけではない」と書いてるが、実際は、研究キャリアが大きくダメージを受ける。例えば、博士号が取得できない、取得できても、論文数が少なく、研究職につけない、昇格人事でうまくいかないなど。ただ、共著者のダメージを調べた体系的な研究はない(と思う)]

《6》ネカト・ハンターが小国をランク上位に 

【この章は「撤回監視(Retraction Watch)」のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)が執筆】

国別の論文撤回ランキングを調べると、イランが第1位でルーマニアが第2位である。

なんで?

撤回論文の絶対数ではイランとルーマニアは世界の第1位・第2位ではない。その地位は、米国と中国に譲っている。

とはいえ、米国と中国が国別の論文撤回ランキングの第1位・第2位というは誤解を招く恐れがある。論文数が多ければ間違いや不正がランダムに起こっても、絶対数が多くなるから、撤回論文の絶対数は多くなるのが当然だ。米国と中国は出版論文数で第1位・第2位なのである。

それで、ここでは、国を比較する2つの指標を作成した。

1つ目は、国の研究開発費1ドルあたりの撤回論文数である。国別の研究開発費:Research and development (R&D) – Gross domestic spending on R&D – OECD Data

2つ目は、論文発表数当たりの撤回論文数である。この指標では、図に示すように、イランが第1位でルーマニアが第2位だ。

なお、1つ目の指標の研究開発費当たりの論文撤回数では、ルーマニアがトップの座を獲得した。 米国は34位、中国は14位になった。

しかし、話はここで終わらない。

ルーマニアの研究開発費当たりの論文撤回数が高いのは、ルーマニアに強力なネカト・ハンターがいるためと思われる。

2013年、ルーマニアのトゥルグムレシュにある医学薬学大学(University of Medicine and Pharmacy in Târgu Mureş)の遺伝学教授のステファン・ホバイ(Stefan Hobai、写真出典)がネカト・ハンティングを開始した。

ホバイ教授は同大学が発行している学術誌「Acta Medica Marisiensis」に盗用論文があると編集者に伝えたが、編集者はホバイ教授の通報を17回も無視した。それで、ホバイ教授は、頭にきて、ネカト・ハンターになってウェブサイトに盗用比較図を掲載し、盗用を糾弾し始めたのだ。そのプロジェクト名をパンドラ(PANDORA:Project dedicated to arrest of the name decline of the Romanian achievement)となづけた。

パンドラ(PANDORA)に2人の匿名メンバーが加わり盗用ハンティング活動をしている。

学術誌「Acta Medica Marisiensis」の編集者はホバイ教授の活動を悪質と呼んだが、他の3つの学術誌の編集者はパンドラ(PANDORA)の摘発に基づいて盗用論文に対処している。

しかし、必ずしも理想的な対処ではなかった。つまり、盗用論文を撤回告知や理由もなしにウェブサイトから削除し、論文が出版された痕跡を残さない処置もした。これは、学術誌・編集者に助言する国際的なグループである出版規範委員会(COPE)が発行したガイドラインに反している。

パンドラ(PANDORA)は、研究者たちが文献を綺麗にするために活動しているグループの一例である。このように特定の国の論文を対象とするハンター・グループがあれば、パブピア(PubPeer)などの国際的なハンター・グループもある。

特定の国の論文を対象とするハンター・グループとしては、論文盗用をクラウドソーシングするドイツのヴロニプラーク・ウィキ(VroniPlag Wiki)やロシアのディザーネット(Dissernet)がある。

2つ目の指標は、論文発表数当たりの撤回論文数である。この指標で、図(再掲)に示すように、イランが第1位でルーマニアが第2位になった(2003~2016年に10万報以上の論文を発表した国が対象)。イランの第1位は、査読偽装など大きなスキャンダルを反映している可能性がある。

しかし、この数値はイランの論文撤回率を過大評価しているかもしれない。というのは、論文発表数は米国・科学庁(U.S. National Science Foundation)の集計値を利用しているが、その論文は英語で書かれた論文だけだからだ。ペルシア語(イランの国語)で書かれた論文を含めると、数値は変わるだろう。

●5.【関連情報】

【動画1】
アイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)が2018年のワークショップで撤回監視データベースについて講演した動画:「JROST Flashtalk: Retraction Watch Database – YouTube」(英語)8分41秒。
Hypothesisが2018/09/12に公開

①  論文:J Med Genet. 2019 Nov;56(11):734-740. doi: 10.1136/jmedgenet-2019-106137. Epub 2019 Jul 12.:Reasons for and time to retraction of genetics articles published between 1970 and 2018. – PubMed – NCBI

② 論文:Med Clin (Barc). 2020 Feb 28;154(4):125-130. doi: 10.1016/j.medcli.2019.04.018. Epub 2019 Jun 22.:Analysis of biomedical Spanish articles retracted between 1970 and 2018. – PubMed – NCBI

③ 論文:PLoS One. 2019 Apr 15;14(4):e0214272. doi: 10.1371/journal.pone.0214272. eCollection 2019.:Research misconduct in health and life sciences research: A systematic review of retracted literature from Brazilian institutions. – PubMed – NCBI

●6.【白楽の感想】

《1》論文の検算 

「《6》ネカト・ハンターが小国をランク上位に」では、米国・科学庁(U.S. National Science Foundation)の集計値で、2003~2016年に10万報以発表した国を対象にしていると書いてある。

調べると、ルーマニアの論文発表数は111,079報だった。

さらに、ルーマニアの撤回論文数を撤回監視データベースで調べると、2003~2016年に出版した論文の122報が撤回されていた。この122報は、論文がデータ調査した日の2018年8月30日までに撤回公告された数字である。

図の「10,000報あたり」に直すと、122/111,079=11.0/10,000。つまり、11.0となる。図ではルーマニアの論文撤回率は10,000報あたり10.4と出ている。どうして11.0ではなく 10.4なのか不明だが、ママ、妥当な数値だろう。

《2》日本は? 

日本は「撤回論文数」世界ランキングで、3位以内に2人、6位以内に4人、11位以内に6人いた。6人とも生命科学の研究者である。多数論文撤回者が多い。
 → 出典:「撤回論文数」世界ランキング | 研究者倫理

しかし、論文発表数当たりの撤回論文数で、日本は10位以内に入っていない、では何位なんだろう?

米国・科学庁(U.S. National Science Foundation)の集計値で、2003~2016年に1,481,747報発表している。

日本の撤回論文数を撤回監視データベースで調べると、2003~2016年に出版した論文の573報が撤回されていた。この573報は、論文がデータ調査した日の2018年8月30日までに撤回公告された数字である。

「《6》ネカト・ハンターが小国をランク上位に」の図に当てはめると、573/1,481,747=3.87/10,000なので、3.87である。

表では第10位のオランダが4.4なので、何位なのかわからないが、近接している。第20位くらい?

《3》パンドラ(PANDORA) 

ルーマニアのネカト・ハンター・グループとして本論文が紹介した「パンドラ(PANDORA:Project dedicated to arrest of the name decline of the Romanian achievement)」がウェブ上に見つからない。解散してしまったのだろうか?

一方、ルーマニアの有名なネカト・ハンターにジャーナリストのエミリア・セルカン(Emilia Şercan)がいる(写真出典)。セルカンは多くの脅迫にめげずに活動している。素晴らしい。ただ、セルカンとパンドラ(PANDORA)の関係を、白楽はつかめていない。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今後、日本に飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条報は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●8.【コメント】

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