2018年9月4日掲載
ワンポイント:35歳で教授に昇進したマックス・プランク宇宙物理学研究所・教授で、数々の賞を受賞し、世界的に著名な研究者である。2018年(50歳)、「Spiegel」記事(ドイツ語)とその後の「BuzzFeed」記事(英語)でアカハラが世間に公知となった。実は、その2年前の2016年1月(48歳)、カウフマン教授のアカハラがマックス・プランク宇宙物理学研究所に伝えらえていた。2018年9月3日(50歳)現在、処分なし。国民の損害額(推定)は2億300万円。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
9.コメント
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●1.【概略】
グィネヴィア・カウフマン(Guinevere Kauffmann、Guinevere Alice Mei-Ing Kauffmann、写真出典)は、英国のケンブリッジ大学で研究博士号(PhD)を取得し、ドイツのマックス・プランク宇宙物理学研究所(Max Planck Institute for Astrophysics、独: Max-Planck-Institut für Astrophysik)の準教授になった。35歳で教授に昇進し、数々の賞を受賞し、世界的に著名な研究者である。専門は天文学(銀河・活動銀河核の形成・進化の理論・観測)である。写真の顔つきからアジア人と思えるが、人種は中国人50%、ドイツーユダヤ人50%だそうだ。
2018年(50歳)、「Spiegel」記事(ドイツ語)とその後の「BuzzFeed」記事(英語)でアカハラが世間に公知となった。実は、その2年前の2016年1月(48歳)、カウフマン教授のアカハラがマックス・プランク宇宙物理学研究所に伝えらえていた。
2018年9月3日(50歳)現在、グィネヴィア・カウフマンは処分されず、マックス・プランク宇宙物理学研究所・教授に在職している。
→ Home | Max Planck Institute for Astrophysics、(保存版)
マックス・プランク宇宙物理学研究所(Max Planck Institute for Astrophysics)。写真出典 Credit: Ghost writ0r via Wikimedia Commons/CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.en
- 国:ドイツ
- 成長国:南アフリカ共和国
- 研究博士号(PhD)取得:英国のケンブリッジ大学
- 男女:女性
- 生年月日:1968年。仮に1968年1月1日生まれとする
- 現在の年齢:56歳
- 分野:天文学
- 最初のアカハラ告発:2016年(48歳)
- 発覚年:2018年(50歳)
- 発覚時地位:マックス・プランク宇宙物理学研究所・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は不明だが、マックス・プランク宇宙物理学研究所に公益通報
- ステップ2(メディア):クリスティン・ハウグ(Kristin Haug)記者が「Spiegel」で記事にした
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①マックス・プランク宇宙物理学研究所・調査委員会。②マックス・プランク研究本部・調査委員会
- 研究機関・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 研究機関の透明性:実名報道だが機関のウェブ公表なし(△)
- 不正:アカハラ
- 被害者数:9人
- 時期:研究キャリアの中期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)。
- 処分:なし
- 日本人の知人:小松英一郎(マックス・プランク宇宙物理学研究所・教授、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構・主任研究員)
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は2億300万円。内訳 ↓
- ①研究者になるまで5千万円。研究者を辞めていないので損害額は0円。
- ②大学・研究機関が研究者にかけた経費(給与・学内研究費・施設費など)は年間4500万円。研究者を辞めていないので損害額は0円。
- ③外部研究費。外部研究費の助成を受けた研究でネカトをした場合、その研究費が無駄になる。損害額は0円。
- ④調査経費。第一次追及者の調査費用は100万円。大学・研究機関の調査費用は1件1,200万円。小計で1,300万円
- ⑤裁判経費は2千万円。裁判はなかったので損害額は0円。
- ⑥論文撤回は1報当たり1,000万円、共著者がいなければ100万円。撤回論文は0報なので損害額は0円。
- ⑦アカハラ被害者9人は優秀な院生・ポスドクだが、ドロップアウト、あるいは十分に教育されなかった。それは分国民の損害でもある。1人1,000万円として、損害額は9千万円。
- ⑧研究者の時間の無駄と意欲削減+国民の学術界への不信感の増大は1億円。
- ⑨健康被害:損害額は0円。
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:1968年、米国・カリフォルニアで生まれる。仮に1968年1月1日生まれとする
- 1988年(20歳):南アフリカ共和国のケープタウン大学(University of Cape Town)で学士号取得:応用数学と天文学
- 1990年(22歳):同大学で修士号取得:天文学
- 1993年(25歳):英国のケンブリッジ大学(University of Cambridge)で研究博士号(PhD)を取得:天文学。指導教授はサイモン・ホワイト(Simon White、当時42歳)、後にホワイトと結婚する
- 1993-1994年(25-26歳):米国のカリフォルニア大学バークレー校(University of California, Berkeley)・ポスドク
- 1994年(26歳):マックス・プランク宇宙物理学研究所(Max Planck Institute for Astrophysics)・準教授
- 1996年(28歳):同・C3ポスト
- 2003年(35歳):同・教授
- 2009年(41歳):アメリカ芸術科学アカデミー(American Academy of Arts and Sciences)・会員
- 2010年(42歳):ドイツ連邦共和国功労勲章(Order of Merit of the Federal Republic of Germany)・受賞
- 2010年(42歳):ドイツの国立科学アカデミー・レオポルディーナ(German Academy of Sciences Leopoldina)・会員
- 2012年(44歳):米国科学アカデミー(National Academy of Sciences of the USA)・会員
- 2018年(50歳):アカハラの新聞報道
- 2018年9月3日(50歳)現在:マックス・プランク宇宙物理学研究所・在職
●3.【動画】
アカハラ事件の動画はみつからなかった。
【動画1】
研究の話:「Partner Investigator Prof Guinevere Kauffmann, Max-Planck Institute for Astrophysics – YouTube」(英語)3分18秒。
CAASTRO が2013/01/01 に公開
●4.【日本語の解説】
アカハラ事件の日本語解説はみつからなかった。
★日経サイエンス 2002年9月号:暗黒物質が明かす銀河の生い立ち
出典 → ココ (保存版)
G.カウフマン、 F. ファン・デン・ボッシュ(マックスプランク宇宙物理研究所)
銀河には楕円型や渦巻型,不規則型,矮小型があり,それぞれに多種多様な形や大きさ,質量がある。そうした銀河はどのように形づくられるのか。高解像度の観測やシミュレーション技術の向上によって,銀河のでき方が少しずつわかってきた。そのカギを握るのが冷たい暗黒物質(コールド・ダークマター)だ。
(中略)
原始銀河は重力の作用で近くの銀河と合体し,次第に大きな銀河ができ上がった。銀河の合体や相互作用は初期の宇宙では特に頻繁に起きていたことが観測によって確かめられている。ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した古い銀河は多くが乱れた形をしており,相互作用があったことを物語っている。
これらのシミュレーションでほぼ忠実に再現できるようになったが,まだいくつか解決できない矛盾を抱えている。暗黒物質のハローの内部でガスが単純に冷え続けると銀河団の中心部に落下して銀河間の宇宙空間は空になってしまうが,実際はそうではない。天の川銀河の近くにある矮小銀河はモデルから予想された数の1/100から1/10に過ぎない──。
(中略)
著者
Guinevere Kauffmann / Frank vanden Bosch
2人はドイツにあるマックスプランク宇宙物理研究所に所属しており,銀河形成のモデルについては世界的な大家だ。カウフマンはスローン・デジタル・スカイ・サーベイ(Sloan Digital Sky Survey)で得られたデータの解析に力を入れている。このプロジェクトの観測結果によって,この記事で強調した謎に対する回答が得られると彼女は考えている。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★マックス・プランク宇宙物理学研究所
小松英一郎(マックス・プランク宇宙物理学研究所・教授、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構・主任研究員)の「ふと,気づけばミュンヘン」(天文月報 2016 年2月、写真同)によると、マックス・プランク宇宙物理学研究所の概要は以下のようである。
所員の研究者は教授(ディレクターという役職名)、パーマネント・スタッフ、ポスドク、院生で総勢約90人である。研究所の言語は英語。
教授(ディレクター)は4人(2015年10月当時)
- サイモン・ホワイト(カウフマンの夫):宇宙の大規模構造のシミュレーション
- グィネヴィア・カウフマン(Guinevere Kau¬mann):銀河やAGNの形成・進化の理論的・観測的研究を
- ラシッド・スニヤエフ(Rashid Sunyaev):高エネルギー天体物理と宇宙マイクロ波背景放射の理論的研究
- 小松英一郎:ホワイトが招聘した
教授(ディレクター)は3年ごとに,順番で学科長(マネージング・ディレクターという役職名)になる(雑用係、問題解決係)。2015年の1月から小松英一郎が学科長(マネージング・ディレクター)だった。
2015年10月当時、ホワイトとスニヤエフは数年後に定年退職の予定だった。
2018年9月3日現在、マックス・プランク宇宙物理学研究所のウェブサイトの陣容は以下の通りで、スニヤエフ教授の名前がなく、フォルカー・スプリンジェル教授が加わった。
→ Home | Max Planck Institute for Astrophysics、(保存版)
- サイモン・ホワイト:Prof. Dr. Simon D.M. White
- グィネヴィア・カウフマン:Prof. Dr. Guinevere Kauffmann
- フォルカー・スプリンジェル:Prof. Dr. Volker Springel
- 小松英一郎:Prof. Dr. Eiichiro Komatsu
★カウフマン教授は著名な研究者
グィネヴィア・カウフマン(Guinevere Kauffmann)と夫のサイモン・ホワイト(Simon White)は、世界的に著名な天文学者である。2人の間に息子・ジョナサン(Jonathan)が1人いる。
カウフマンは35歳でマックス・プランク宇宙物理学研究所の正教授になり、以下の会員に選出されたり、賞を受賞している。
- 2007年(39歳):ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ賞(Gottfried Wilhelm Leibniz)・受賞
- 2009年(41歳):アメリカ芸術科学アカデミー(American Academy of Arts and Sciences)・会員
- 2010年(42歳):ドイツ連邦共和国功労勲章(Order of Merit of the Federal Republic of Germany)・受賞
- 2010年(42歳):ドイツの国立科学アカデミー・レオポルディーナ(German Academy of Sciences Leopoldina)・会員
- 2012年(44歳):米国科学アカデミー(National Academy of Sciences of the USA)・会員
夫のサイモン・ホワイト(Simon White、1951年9月30日 -)も多くの賞を受賞している(サイモン・ホワイト – Wikipedia)。
- 1986年:Helen B. Warner賞(アメリカ天文学会)
- 2005年:ハイネマン賞天文物理学部門(アメリカ天文学会、アメリカ物理学会)
- 2006年:王立天文学会ゴールドメダル
- 2008年:Dirk Brouwer賞(アメリカ天文学会)
- 2011年:グルーバー賞宇宙論部門
- 2017年:ショウ賞天文学部門
★アカラハの訴え
2018年2月27日(50歳)、クリスティン・ハウグ(Kristin Haug)記者が「Spiegel」紙でドイツの研究所にアカハラ教授がいる、と記事にした。ただし、記事では、特定の教授名を挙げず、研究所名も挙げなかった。
しかし、ハウグ記者はマックス・プランク宇宙物理学研究所に2回も取材を依頼していた。それで、マックス・プランク宇宙物理学研究所は自分の研究所が対象になっていることを知った。
2018年4月(50歳)、小松教授は、研究所の所員と院生にメールを送付した。そのメールで、「Spiegel」紙の記事で指摘された研究所は当研究所であること、研究所はアカハラを含めいかなるタイプのハラスメントも許さない、と強調した。そして、所員や院生がマックス・プランクの教授に苦情を伝えるのが難しいことを認め、「問題に取り組むためにさまざまな対策を講じていますが、いつもうまくいくとは限りません」とも書いている。
以下の英語メール(の一部)をクリックすると、全文のPDFファイル(76.0 KB、3ページ)が別窓で開く。
2018年6月27日(50歳)、「BuzzFeed」紙は、「Spiegel」紙の指摘したアカハラ事件を3か月も調査し、カウフマン教授の名前とマックス・プランク宇宙物理学研究所の名前を出して、カウフマン研究室の9人の院生・ポスドクが何年にも渡って、カウフマン教授にアカハラされていたという記事を掲載した。
記事の翌日、当時、マックス・プランク宇宙物理学研究所のポスドクで(カウフマン研究室ではない)、現在はアムステルダム大学(Univ. of Amsterdam)・準教授のアンナ・ワッツ(Anna Watts)は、カウフマン研究室のアカハラは当時、良く知られていたとツイッターした(以下)。
https://twitter.com/drannawatts/status/1012235850569211906
実は、「Spiegel」紙の記事が掲載される2年前の2016年1月(48歳)、カウフマン教授のアカハラがマックス・プランク宇宙物理学研究所に伝えらえていた。
そして、アカハラと指摘され、カウフマン教授はアカラハ研修を受けた。それ以降、カウフマン研究室の院生・ポスドクからアカハラの苦情はでていない。
だから、研修後は、カウフマン教授のアカラハ言動は修正できたようだ(修正できていないという指摘もある)。
2018年9月3日(50歳)現在、グィネヴィア・カウフマンはマックス・プランク宇宙物理学研究所・教授に在職している。カウフマン研究室は、ポスドクが4人、院生が6人、他1人が研究していて、カウフマン教授を含めると総勢12人である。
→ Home | Max Planck Institute for Astrophysics
→ Galaxy Formation | Max Planck Institute for Astrophysics、(保存版)
★アカラハの具体的言動
カウフマン教授のどのような言動が研究室員にアカハラと受け止められたのだろうか?
「BuzzFeed」紙は、カウフマン教授が院生に送ったアカラハ・メールを入手していた。
- 「彼に関してもう時間を無駄にしないでください。彼は詐欺師です。彼はコンピュータプログラムが何であるかを知りません」
- 「・・・あなたは片方またはもう片方をやってみることができます。・・・これは悪い中国の習慣です」と、中国人の研究者に、中国人の悪い習慣だと指摘している。[白楽:スミマセン。白楽はこのメールが示す“悪い習慣”が解りません]
- 「件名:インド人
・・・いつも不正直だ。彼らのお陰で私は狂ってしまう!」。当時、研究室にインド人がいた。 - 「私たちは皆、若い女性が年長者の意見を聞かないことを知っています。同性愛者もまた同じ問題を抱えています」、と院生(女性)に書いた。
「BuzzFeed」紙記者は上記のようなメールを10件ほど入手した。
上記に示したように、電子メールは学術上のやり取りではなく、自分の権力を示し、研究室員の体面を傷つけ、人種差別するメールである、と「BuzzFeed」紙記者は決めつけている。
[白楽注:これらの文面だけから判断すると、アカハラの程度は弱いと思える。「BuzzFeed」紙記者が過剰に記述した印象もある。ただ、現場の雰囲気や感情は文章からは判断しにくい。実際は、院生・ポスドクにショックを与える言動だったのだろう]。
カウフマン教授は、院生を侮辱しただけでなく、強いプレッシャーをかけ、契約を延長する、あるいは解雇すると脅迫したとも言われている。[白楽注:これは強烈だ]。
カウフマン教授は、院生を個人攻撃した電子メールを国際的な研究者仲間にも送っていた。それらの研究者仲間は将来、院生を研究者として採用してくれる可能性がある人たちである。
★アカラハを受けた院生:ニルス(仮名、男性)
マックス・プランク宇宙物理学研究所で博士号を取得したハンス(仮名)は、「院生・ポスドクの就職・昇進は教授の推薦状に依存しています。だから、教授のアカハラを研究所に告発するのは恐い」と述べている。
マックス・プランク宇宙物理学研究所の1人の研究者(女性)は、カウフマン教授のアカハラの噂を聞いていたので、「カウフマン教授の研究室を選ばない方がいいと」大学院入学希望者に警告していた。でも、「残念ながら、何人かの学生はカウフマン教授の研究室を選ぶんです」。
彼女の警告にもかかわらず、2013年-2014年にカウフマン教授の研究室を選んだ院生のニルス(仮名、男性)は、まだ自分の経験を「BuzzFeed」紙・記者に会って話すのは難しいと返事してきた。
それで、ニルスは電子メールで伝えてきた。
ニルスは、研究所での最初の1年間はすべてがうまくいっていた。しかし2年目に入ると、彼は1人では解決できない研究上の問題に直面した。その問題をカウフマン教授に相談すると、カウフマン教授はニルスをサポートする代わりに、プレッシャーをかけてきた。
カウフマン教授は、ニルスに「研究が遅すぎる」と言った。「その言葉は、僕には脅迫のように聞こえました。それで、僕は研究室の中で孤立してしまいました(自室に引きこもった?)。今から思えば、それは間違いだったのですが・・・」。
「実際はスケジュールどおりに研究博士号(PhD)を取得できる十分な時間があったのです。それにもかかわらず、カウフマン教授に何度も「遅すぎる。これが最後の通告だ」と言われ、自分は馬鹿で無能だと落ち込んでしまったのです」。
結局、研究所は2014年にニルスの奨励金を停止した。それで、ニルスは収入がなくなった。
ニルスは、カウフマン教授の夫であるサイモン・ホワイト教授と研究所のオンブズマンに、奨学金が停止されお金がない窮状をを訴えた。しかし、彼らは助けてくれなかった。
留学生にとって奨学金の停止は致命的で、お金がない状態でドイツに閉じ込められ、失業申請もできなかった。
2014年当時、研究所に安全ネットはなかった。この点が問題視され、翌・2015年に規則は変更された。留学生は現在、研究所と雇用契約を結ぶことになっていて、教授の一存で簡単に解雇できなくなっている。
ニルスがこの窮状をどう切り抜けたのか、「BuzzFeed」紙は記述していない。
しかし、ともかく、ニルスは、最終的にヨーロッパの他の研究所に移籍し、1年後の2015年、研究博士号(PhD)を取得した。つまり、なんとか自力で彼自身の問題を解決し、科学論文を書くことができた。 それでも、「カウフマン教授は研究者以外の職業を捜した方がいいと言っていた」と友人から伝え聞いた。
ニルスは「BuzzFeed」紙の記者に、カウフマン研究室での経験について話しているうちに、カウフマン教授に受けたつらい経験は彼だけに起こったのではないことに気がついたようだ。
★アカラハを受けたポスドク:アンドレッサ・ジェンデライエック(女性)
アンドレッサ・ジェンデライエック(Andressa Jendreieck、写真出典)もカウフマン教授からアカハラを受けたポスドクの1人だった。
ジェンデライエックはブラジル出身で、2011年8月にミュンヘン大学で研究博士号(PhD)を取得し、ポスドクとしてカウフマン研究室で研究を行なった。
ジェンデライエックはニルスの友人で、2017年の夏までマックス・プランク宇宙物理学研究所で研究していた。現在は学術界で働いていないので、顕名で登場してもコクハラの恐れはほとんどない。
ジェンデライエックは カウフマン教授のアカハラ言動を証言した1人で、カウフマン教授がオフィスで叫んで(screaming)いるのを見たことがあると述べている。ニルスの友人なので、カウフマン教授が電子メールでニルスを精神的に追い詰め、壊した状況を知っている。
ただ、ジェンデライエック自身が具体的にどのようなアカハラ言動を受けたのか、「BuzzFeed」紙は記載していない。
★アカラハ対処の構造的問題
カウフマン教授のアカハラ事件を通して、マックス・プランク宇宙物理学研究所はアカハラ対処に構造的問題があったと指摘されている。
例えば、相談制度のオンブズマン制度だが、現在のオンブズマン(女性)は、オンブズマンに就任してから過去6年間、2人の個人が訪れただけだそうだ。2人しか苦情を訴えなかったということは、苦情そのものが存在しないことを意味してはいない。実際に、彼女がオンブズマンに任命される前は、もっと多くの人々が彼女に相談した。
院生・ポスドクは、報復の恐れなしにアカハラを訴えることができる人がマックス・プランク宇宙物理学研究所にはいないと述べている。そういう階層構造になっていて、所内の風通しが悪いとの指摘である。
マックス・プランク協会(Max Planck Gesellschaft:MPG)のストラートマン会長(Martin Stratmann 、写真出典)は、問題の解決に乗り出した。
マックス・プランク宇宙物理学研究所のアカハラ事件は「もっと効果的に対処されるべきだった」と述べ、マックス・プランク協会として、ハラスメント行為に対処する改善策を模索した。
そして、今後、マックス・プランク宇宙物理学研究所の所員・院生・ポスドクがハラスメントを受けたら、どのようなハラスメントであれ、マックス・プランク宇宙物理学研究所とは独立の法律事務所に相談できるよう、マックス・プランク協会が法律事務所と契約した。
2018年5月、また、さらに、ハラスメントの現状を把握するため、マックス・プランク宇宙物理学研究所は研究所の院生・ポスドク115人に匿名アンケートを実施した。
2018年7月10日、そのアンケート結果を公表した。
→ 2018年7月10日記事:Statement of the Max Planck Society | Max-Planck-Gesellschaft
アンケートの結果は以下の通りだった。
院生・ポスドク115人の内、女性11人を含む61人が回答した。その結果、51人(84%)は上司に「満足」または「とても満足」と回答した。
2人の男性と2人の女性の合計4人の回答者は、「不満足」と回答した。一方、3人がアカハラの経験を訴え、2人がセクハラされた経験があると回答した。
話は脇道に逸れるが、匿名アンケートで「セクハラされた経験がある」と回答された研究所はどうするのだろう? 回答文書にセクハラした人を名指ししていれば調査は進められる。ただ単に「セクハラされた経験がある」項目にㇾ印をした回答だと難しい。誰が加害者かわからない。匿名者に名乗り出るように所内に掲示する?
★カウフマン教授の謝罪・弁明
前述したように、2016年1月(48歳)、カウフマン教授のアカハラがマックス・プランク宇宙物理学研究所に伝えらえ、カウフマン教授はアカラハ研修を受けた。それ以降、カウフマン研究室の院生・ポスドクからアカハラの苦情がでていない。
カウフマン教授は「ネイチャー」誌の質問に応えて、「私は人種差別主義者ではありません」と主張している。
「私は人々の文化的な違いに非常に関心があります。私の院生・ポスドクへのコメントは前後の文章が取り除かれていて、文脈を捻じ曲げられています」。
「アカハラとのことですが、私が若い時、研究者に強いプレッシャーがかかっていた時代でした。私は、その強いプレッシャーに負けずに生き残れた1人です。現代では、そういうプレッシャーが容認されないことを私は認識しています。私は、アカハラ研修を受け、この18か月間、自分の言動が修正できたと思っています」。
彼女はまた、「院生を評価し、誠実にフィードバックする方法はいろいろあって、一様ではありません。院生・ポスドクの育て方は様々です。院生がうまくできない時に注意点を指摘せずに黙っていたら、彼(女)らは、博士号を取れないとか、研究職に採用されないことになります。そうでなくて、注意点を指摘して、院生の強みを発揮させ、キャリアを成功させようとする方法もあります」。私は後者のカテゴリーに入る研究者です。
カウフマン教授は「ネイチャー」誌以外のメディアのインタビューや質問に直接回答していない。
マックス・プランク協会の広報官・ハンネロア・ヘマーレ(Hannelore Hämmerle、写真出典)を通して、カウフマン教授は、マックス・プランク宇宙物理学研究所と研究室員に「申し訳なかった」と謝罪した。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
省略
●7.【白楽の感想】
《1》アカハラ
アカハラが世界の学術界で問題になってきた。白楽も、ネカトブログで、もう少し掘り下げようと思い始めた。
《2》アカハラ研究者の共通項
ネカトブログで記事にしたアカハラ研究者は以下の通りだ。
- 「アカハラ」:天文学:マルセラ・カロロ(Marcella Carollo)(スイス):女性、52歳?、辞職
- 「アカハラ」:ナズニーン・ラーマン(Nazneen Rahman)(英):女性、50歳、辞職
今回の記事のカウフマン教授は「女性、50歳、天文学、辞職なし」である。上記2人と共通しているのは、「女性、50歳頃、著名な研究者」である。3人の内2人が天文学ということは、たまたまだろうか?
また、女性で50歳頃ということはホルモンが関係した更年期障害の1つなのだろうか? イエイエ、カロロもラーマンも10年以上前からアカハラをしていた。更年期になって急にアカハラをするようになったのではない。
今後記事にするアカハラ研究者は以下の通りなので、「女性、50歳頃、天文学、著名な研究者」が特徴というのは、言い過ぎだろう。あれ? 天文学者がさらに1人いますね。
- タニア・シンガー(Tania Singer)(ドイツ):女性、48歳
- トーマス・ジェッセル(Thomas M Jessell)(米):男性、66歳 ← 調べたら、セクハラでした。ゴメン。
- 天文学:リチャード・ブーウェンズ(Rychard Bouwens)(オランダ):男性
《3》どう防ぐアカハラ
研究室員の研究成果を最大に引き出そうとの言動で、ボスはアカハラと訴えられる。
どうすると防げるか?
ボスが研究室員にしてはいけないことは以下のようだ。
「人前で叱る」「脅す」「欠点を他人に伝える」「ハードワークを求める」「声を荒げる」「解雇すると言う」「博士号を取れないという」・・・言葉の暴力、心理的暴力
「叩く」「殴る」(今回は該当しません)・・・肉体的な暴力
これら「してはいけないこと」を自覚させれば、ボスはアカハラをしなくなるだろうか? もしそうなら、ボスをアカハラ教育すれば、事態は好転する。
そうではなく、ボスの人間性の一部で性格であり修正できないとすると、アカハラ体質の人を研究者に採用しない、現在研究者になっているアカハラ研究者は解雇する、などが問題の解決になる。
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日本がもっと豊かに、そして研究界はもっと公正になって欲しい。正直者が得する社会に!
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●8.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Guinevere Kauffmann – Wikipedia
② 2018年2月27日のクリスティン・ハウグ(Kristin Haug)記者の「Spiegel」記事:Max-Planck-Gesellschaft: Vorwürfe gegen Professoren – SPIEGEL ONLINE
③ ◎2018年6月27日のパスカル・ミュラー(Pascale Mueller)記者の「BuzzFeed」記事: A Star Scientist From The Max Planck Society Allegedly Harassed And Bullied Her Colleagues、(保存版)
④ 2018年7月4日のアリソン・アボット(Alison Abbott)記者の「Nature」記事:Max Planck astrophysicist at centre of bullying allegations speaks up、(保存版)
⑤ 2018年7月20日の「Physics World」記事:Max Planck Institute for Astrophysics hit by bullying allegations – Physics World、(保存版)
⑥ 2018年8月15日のカイ・クッパ―シュミット(Kai Kupferschmid)記者の「Science」記事:Q&A: Doctoral students at Germany’s Max Planck Society say recent troubles highlight need for change | Science | AAAS
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント