2015年2月11日掲載、2024年3月20日更新
ワンポイント:ファン・パライス はベルギー出身の若いスター科学者で、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology:MIT)・準教授だった。 2009年1月23日(39歳)、発覚から4年5か月後(遅いですね)、研究公正局は、ファン・パライスのハーバード大学・大学院在籍中の1997年(27歳)から、カリフォルニア工科大学・ポスドク時代を経て、マサチューセッツ工科大学・準教授の2004年(34歳)に至るまでの8年間に研究不正があったと発表した。7報の発表論文、3本の投稿論文、1つの書籍の章、複数の他の発表、5件のNIHグラントにデータねつ造・改ざんがあった。2008年12月22日(38歳)から5年間の締め出し処分を科した。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。
ーーーーーーー 目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
ルク・ファン・パライス(Luk van Parijs、ルク・ヴァン・パリース、写真出典:有料サイトで未確認)は、スター科学者である。ベルギー出身で米国のハーバード大学で研究博士号(PhD)を取得し、米国のマサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology:MIT)・準教授になった。専門は免疫学で、研究テーマは、自己免疫疾患のsiRNA(short-interference RNA)である。疾患に伴う免疫細胞の異常を研究していた。
2004年8月(34歳)、マサチューセッツ工科大学は匿名(研究室の院生・ポスドク)の公益通報を受け、ファン・パライスのデータねつ造・改ざん調査を秘密裏に開始した。
2004年9月(34歳)、マサチューセッツ工科大学はファン・パライスを休職にした。
2005年10月6日(35歳)、カリフォルニア工科大学もネカト調査を開始した。
2005年10月27日(35歳)、マサチューセッツ工科大学は調査の結果、ねつ造・改ざんと認定し、ファン・パライスを解雇した。
2005年10月28日(35歳)、マスメディアが大々的な報道を始めた。
ファン・パライスは研究職を廃業した。
2009年1月23日(39歳)、発覚から4年5か月後、解雇から3年3か月後、(遅いですね)、研究公正局(ORIロゴ出典)は、ハーバード大学・大学院在籍中の1997年(27歳)から、カリフォルニア工科大学・ポスドク時代を経て、マサチューセッツ工科大学・準教授の2004年(34歳)までの8年間の、7報の発表論文、3本の投稿論文、1つの書籍の章、複数の他の発表、5件のNIHグラントにデータねつ造・改ざんがあった、と発表した。
2008年12月22日(38歳)から5年間の締め出し処分を科した。5年間の締め出し処分は幾分重い処分である。
2011年6月13日(41歳)、裁判で、刑期6か月が求刑されたが、6か月の自宅謹慎、400時間のコミュニティサービス、61,117ドル(約611万円)の大学への支払いという温情の判決がなされた。
妻(研究者)と3人の子供がいる。
マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:ベルギー、英国
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:米国のハーバード大学
- 男女:男性
- 生年月日:1970年。仮に、1970年1月1日生まれとする
- 現在の年齢:54 歳
- 分野:免疫学
- 不正論文発表:1997~2004年(27 ~ 34歳)の8年間
- 不正論文発表時の地位:ハーバード大学・大学院、カリフォルニア工科大学・ポスドク、マサチューセッツ工科大学・準教授
- 不正発覚年:2004年(34歳)
- 発覚時地位:マサチューセッツ工科大学・準教授
- 写真出典
- ステップ1(発覚):第一次追及者(匿名)は研究室の院生・ポスドク。大学に公益通報
- ステップ2(メディア):「Nature 」、「New Scientist」、「Science」、「New York Times」、「撤回監視(Retraction Watch)」など
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①マサチューセッツ工科大学の調査:2004年8月~2005年10月27日。期間:1年3か月。②カリフォルニア工科大学の調査:2005年10月6日~2007年3月。期間:1年半。③研究公正局の調査:20xx年~2009年。④米国・連邦地裁(US District Court in Boston)。調査:20xx年~2011年6月13日
- 不正:ねつ造・改ざん。
- 不正文書数:7報の発表論文、3本の投稿論文、1つの書籍の章、複数の他の発表、5件のNIHグラント。撤回論文数は5報
- 時期:研究キャリアの初期
- 結末:大学から解雇。裁判で、6か月の自宅謹慎、400時間のコミュニティサービス、61,117ドル(約611万円)のマサチューセッツ工科大学への支払い
- 特徴:ケンブリッジ大学、ハーバード大学、カリフォルニア工科大学、マサチューセッツ工科大学と超名門大学を渡り歩いたエリート研究者。ポスドク時のボスはノーベル賞受賞者で、ファン・パライスは超優秀な若手研究者とみなされていた。しかし、院生時代から8年もネカトという根っからのネカト者
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】 国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
経歴出典:① ウィキペディア英語版:Luk Van Parijs – Wikipedia, the free encyclopedia 、② Luk Hendrik Lavery-VanParijs | LinkedIn
- 1970年頃:ベルギーで生まれる。仮に、1970年1月1日生まれとする
- 1993年(23歳):英国のケンブリッジ大学・卒業
- 1993 – 1997年(23 – 27歳):米国のハーバード大学・大学院の院生。アブル・アッバス(Abul K. Abbas、写真出典)研究室で研究する
- 1997年(27歳):ハーバード大学で研究博士号(PhD)取得
- 1998 – 2000年(28 – 30歳):カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)のデイヴィッド・ボルティモア(David Baltimore)(ノーベル賞受賞者)研究室のポスドク
- 2000年(30歳):マサチューセッツ工科大学・就職
- 2001年(31歳):同大学・助教授
- 2004年7月(34歳):同大学・準教授
- 2004年8月(34歳):マサチューセッツ工科大学は匿名(研究室の院生・ポスドク)の公益通報を受け、研究ネカトの秘密調査を開始
- 2004年9月(34歳):マサチューセッツ工科大学が休職命令、出勤禁止命令
- 2005年10月6日(35歳):カリフォルニア工科大学が調査開始
- 2005年10月27日(35歳):マサチューセッツ工科大学は調査の結果発表。ねつ造・改ざんと認定し、ファン・パライスを解雇
- 2005年10月28日(35歳):マスメディアが大々的な報道を始める
- 2006年11月 – 2007年6月(36 – 37歳):企業「IPM Integrated Project Management Company, Inc.」のProject Managerに就任
- 2007年3月(37歳):カリフォルニア工科大学が「研究ネカトあり」との調査結果を発表し、4論文の訂正を求めた
- 2007年6月 – 2011年2月(37 – 41歳):会計事務所のデロイト社(Deloitte)のManager Corporate Strategyに転職
- 2009年1月23日(39歳):研究公正局が「研究ネカトあり」との調査結果を発表した:Federal Register: Vol. 74, No. 14, Notices, Pp. 4201-2
- 2011年3月(41歳):ボストンの米国連邦地裁(US District Court in Boston)で6か月の刑務所刑の求刑
- 2011年6月13日(41歳):ボストンの米国連邦地裁は、6か月の自宅謹慎、400時間のコミュニティサービス、61,117ドル(約611万円)の大学への支払いという温情の判決を下した。
- 2012年3月 – 2017年1月(42 – 47歳):教育テクノロジー企業のスコートライアー社(Scoutlier by Aecern)を共同設立
- 2017年1月 – 2020年2月(47 – 50歳):教育テクノロジー企業のジェイソン\ラーニング社(JASON Learning)の研究開発室長に転職
- 2020年2月(50歳) – 現:教育テクノロジー企業のスコートライアー社(Scoutlier by Aecern)のChief Operating Officer
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★獲得研究費
ルク・ファン・パライス(Luk van Parijs)は、NIHから2001~2007年(31~37歳)の7年間に5件、計1,119,328ドル(約1億1193万円)の研究費を獲得した。 → RePORT ⟩ Luk van Parijs
★マサチューセッツ工科大学
2004年8月(34歳)、米国・マサチューセッツ工科大学は、ルク・ファン・パライス(Luk van Parijs)の研究室の院生・ポスドクからの公益通報を受け、マサチューセッツ工科大学・アリス・ガスト副学長(Alice Gast 、写真出典)の指揮下で、ファン・パライスの研究ネカトの調査を開始した。
2日後、スター科学者のファン・パライスは、あっさりとねつ造を認めた。後に、「あっさりとねつ造を認めた」ことは、彼の減刑に役立った。
2004年9月(34歳)、ファン・パライスは、休職が科され、出勤が禁止された。
2005年10月27日(35歳)、米国・マサチューセッツ工科大学は調査の結果、ファン・パライスのデータねつ造・改ざんを認定し、ファン・パライスを解雇した。
2005年10月28日の「New Scientist」誌の記事に、マサチューセッツ工科大学の調査結果の公表前に、「New Scientist」誌は、5人の専門家に依頼し、どの論文のどこにデータねつ造・改ざんがあるのかを検討してもらった、とある。 → MIT professor sacked for fabricating data | New Scientist
その結果、専門家は、生データを見ないとハッキリしたことは言えないとしつつも、ハーバード大学・院生時代の1998年の以下の論文(事件処理後の2009年4月17日に撤回)は、データが異常だと指摘した。
- The Fas/Fas ligand pathway and Bcl-2 regulate T cell responses to model self and foreign antigens.
Van Parijs L, Peterson DA, Abbas AK.
Immunity. 1998 Feb;8(2):265-74.
上記論文の図1は、下図に示すマウスの細胞のフローサイトメトリー (flow cytometry)のデータである。図の左側3つの図は、3匹のマウス(3A9/+、 3A9/lpr、3A9/gldと標記)から得た細胞のデータだが、とても酷似している。1匹のマウスのデータを少し改変して3つの図にねつ造したと判断された(出典:上記「New Scientist」誌の記事)。
★カリフォルニア工科大学
2005年10月6日(35歳)、「New Scientist」誌の指摘を受け、カリフォルニア工科大のデイヴィッド・ボルティモア(David Baltimore)学長は、エリオット・マイヤーウィッツ教授(Elliot Meyerowitz 、写真出典)を委員長に学長とは独立にネカト調査を開始させた。
ボルティモア学長とは独立にネカト調査を始めさせたのは、理由がある。
ファン・パライスはボルティモア学長のかつてのポスドクだったのだ。しかも、1999年に共著論文を2報、発表していた(2報とも後に不正論文と結論され、撤回された)。
2007年3月(37歳)、カリフォルニア工科大学は、ファン・パライスの論文にデータねつ造・改ざんがあったとの調査結果を発表し、4報の論文に訂正を求めた。
★研究公正局
2009年1月23日(39歳)、発覚から4年5か月後、解雇から3年3か月後、(遅いですね)、研究公正局は、マサチューセッツ工科大学・準教授だったファン・パライスにネカトがあったと発表した。研究不正していた期間は、ハーバード大学・大学院在籍中の1997年(27歳)から、カリフォルニア工科大学・ポスドク時代を経て、マサチューセッツ工科大学・準教授の2004年(34歳)に至るまでの8年間という長さだった。
ネカトは、7報の発表論文、3本の投稿論文、1つの書籍の章、複数の他の発表、5件のNIHグラントのデータねつ造・改ざんだった。
研究公正局は、2008年12月22日(38歳)から5年間の締め出し処分を科した。5年間の締め出し処分は幾分重い処分である。
5件のNIH 研究費申請書は以下の通り。研究公正局の発表のママ。
- 3件:NIAID, grant applications R01 AI54519–01A1, R01 AI54973–01, and R01 AI54973–01A1
- 1件: NCI, grant application 2P30 CA14051–34
- 1件: NIDDK, grant application R21 DK69277–01.
7報の発表論文、3本の投稿論文、1つの書籍の章、複数の他の発表は省略。
2009年当時、研究公正局の報告書では、データをねつ造・改ざんした箇所を「JEM 186:1119-1128, 1997」論文の図4のコレコレなどと説明していた。
しかし、不正論文をリスト化していなかった。それで、白楽記事でも不正論文のリストを省略、ゴメン。
★裁判
ファン・パライスは、米国政府から研究費200万ドル(約2億円)(上記の白楽調べだと、1,119,328ドル(約1億1193万円))を得ていたが、その申請書にねつ造・改ざんデータを使用していた。つまり、研究費の不正受給ということになる。そのことで、ファン・パライスは裁判の被告になった。
2011年3月(41歳)、ファン・パライスは、ボストンの米国連邦地裁で裁判官デニス・キャスパー(Denise Casper)に政府研究費申請書の虚偽記載の罪を認めた。その額の多さ、ねつ造データの悪質度から、ファン・パライスに刑務所での6か月の服役が求刑された(懲役5年+監督下の釈放・最長3年+罰金25万ドル(約2500万円)が求刑された、という記載もある)(2011年3月3日記事:USDOJ: US Attorney’s Office – District of Massachusetts)。
裁判では、ファン・パライスのポスドク時代のボスであるデイヴィッド・ボルティモア(ノーベル賞受賞者、2報の撤回論文の共著者)や、マサチューセッツ工科大学のリチャード・ハインズ教授(Richard Hynes、写真出典)などの著名な研究者が、ファン・パライスに温情の判決を嘆願した。
2011年6月13日(41歳)、著名な研究者の嘆願と、ファン・パライス自身が深く反省していることを表明し、求刑された6か月服役に比べはるかに温情的な判決が下された。
具体的な判決は、電子監視付きの6か月の自宅謹慎、400時間のコミュニティサービス、61,117ドル(約611万円)のマサチューセッツ工科大学への支払いだった(2011年6月14日:USDOJ: US Attorney’s Office – District of Massachusetts)。
なお、61,117ドル(約611万円)は、マサチューセッツ工科大学がNIHに返金したグラントの金額だった。
●【ねつ造・改ざんの具体例】
ハーバード大学・院生の時、アブル・アッバス教授(Abul K. Abbas)の指導下に出版した「1998年2月のImmunity」論文でのネカトは既に述べた。
ねつ造・改ざんはフローサイトメトリー (flow cytometry)のデータに対してなされた。
もう1報、「1999年12月の Immunity」論文を取り上げよう。
★「1999年12月の Immunity」論文
以下の「1999年12月の Immunity」論文は、2014年12月1日に撤回された。
論文は、カリフォルニア工科大学・ポスドク時代の論文で、指導者であるノーベル賞受賞者のデイヴィッド・ボルティモア(David Baltimore)が最後著者である。
- Autoimmunity as a consequence of retrovirus-mediated expression of C-FLIP in lymphocytes.Immunity. 1999 Dec;11(6):763-70. doi: 10.1016/s1074-7613(00)80150-8.
詳細を省くが、図のねつ造・改ざんである。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
データベースに直接リンクしているので、記事を閲覧した時、リンク先の数値は、記事執筆時の以下の数値より増えていると思います。
★パブメド(PubMed)
2024年3月19日現在、パブメド(PubMed)で、ルク・ファン・パライス(Luk van Parijs)の論文を「Luk van Parijs[Author]」で検索すると、2002年~2009年の8年間の25論文がヒットした。
「Van Parijs L[Author]」で検索すると、1976年~2009年の34年間の51論文がヒットした。
2009年の3論文は論文撤回の告知なので省略した。最古の3論文の著者は「van Parijs LG」で論文タイトルから推察して、別人と思われる。
残る、1980年~2006年の27年間の45論文がパブメドでヒットした論文となる。
2024年3月19日現在、「Retracted Publication」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、5論文が撤回されてい。
最新(2003年)の論文。
- Autoimmunity as the consequence of a spontaneous mutation in Rasgrp1.
Layer K, Lin G, Nencioni A, Hu W, Schmucker A, Antov AN, Li X, Takamatsu S, Chevassut T, Dower NA, Stang SL, Beier D, Buhlmann J, Bronson RT, Elkon KB, Stone JC, Van Parijs L, Lim B.
Immunity. 2003 Aug;19(2):243-55. Retraction in: Immunity. 2012 May 25;36(5):886.
最古(1997年)の論文。
- Role of interleukin 12 and costimulators in T cell anergy in vivo.
Van Parijs L, Perez VL, Biuckians A, Maki RG, London CA, Abbas AK.
J Exp Med. 1997 Oct 6;186(7):1119-28. Retraction in: J Exp Med. 2009 May
★撤回監視データベース
2024年3月19日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでルク・ファン・パライス(Luk van Parijs)を「Van Parijs, Luk」で検索すると、上記と同じ5論文が撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2024年3月19日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ルク・ファン・パライス(Luk van Parijs)の論文のコメントを「”Luk van Parijs”」で検索すると、11論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
●【事件の深堀】
★研究ネカトは伝染性?
ファン・パライスは、1998 – 2000年(28 – 30歳)、米国・カリフォルニア工科大学(California Institute of Technology)のデイヴィッド・ボルティモア研究室でポスドクをした。
そのデイヴィッド・ボルティモア(ノーベル賞受賞者)は、1986年から1996年頃まで別のデータねつ造事件に巻き込まれていた。最終的にはシロとなったが、途中、ボルティモア自身もクロとされた。
ファン・パライスがボルティモア研究室で過ごしたときは、ボルティモアのデータねつ造事件は済んでいたが、ファン・パライスに不正行為が伝染したのだろうか? 偶然だろうか?
「研究上の不正行為」事件者の近くから、別の独立したクロ研究者が出現する頻度が高いように思える。
例えば、1974年にサマリンのねつ造を公益通報したジョン・ニネマン(John L. Ninnemann)は、20年後の1994年に不正研究(改ざん)で「クロ」となった。
★超優秀で人柄が良い研究者が不正事件を起こす
周囲の人は、ファン・パライス(写真出典)は優秀で人柄が良いと評価している(2006 年 10 月 30 日記事:What ever happened to Luk Van Parijs? – Adventures in Ethics and Science)
カリフォルニア工科大学でファン・パライスと同じ研究室にいたシャオフェン・キン(Xiao-Feng Qin)は、2015年当時、エム・ディー・アンダーソン・癌センター(MD Anderson Cancer Center)の助教授だったが、ファン・パライスは優秀で出世も早く、ゴールデン・ボーイだったと評価している。
研究者が仲間の研究者を“優秀”と評価するとき、世間一般の優秀とは基準が異なる。世間一般では、博士号取得者は「とても優秀」である。その「とても優秀」な人たちの集団の中でなおかつ“優秀”というからには、本当に『超優秀』なのである。
大学院時代の指導者であるのアブル・アッバス教授(Abul K. Abbas)は、ファン・パライスの印象を次のように述べている。
「私の研究室にいた時、ファン・パライスがデータをねつ造・改ざんしている片鱗は一片もありませんでした。だから、マサチューセッツ工科大学でねつ造・改ざんが発見されたと聞いた時、大変驚きました。私の研究室でファン・パライスが発表した論文も調査しなければならないとは、直ぐに思い至りませんでした。それでも念のため、調査した方が良いのかどうか、大学の上層部に相談したほどです」
ポスドク時代の指導者であるデイヴィッド・ボルティモア教授(写真出典)は、次のように述べている。「ファン・パライスはとても魅力的な人間で、楽しく、思慮深く、科学の造詣も深い。彼の論文に疑念があると聞いたとき、私は心底、とても驚きました」。
人間性に関しては、研究者は世間の普通の人と同じである。研究者が仲間の研究者を、“魅力的な人間で、楽しく、思慮深く、科学の造詣も深い”と評価するとき、世間一般の「魅力的な人間で、楽しく、思慮深く、科学の造詣も深い」と同等である。
また、不正に対する潔癖さでも、研究者は世間の普通の人と同じである。イヤ、研究者は、常識にチャレンジする傾向があるので、世間一般より、ルール破りの傾向は強い。つまり、世間一般より、不正(含・結果的に不正となる)をする傾向は強いと思われる。
研究者の場合、「優秀さ」x「人柄」x「不正」の組み合わせは以下の表になる。「優秀さ」は「超優秀」と「優秀」しか書いてないが、それ以下の人は、研究者になれない。
「人柄」が悪い場合、ボスや同僚は、その人のデータを批判的にみる傾向が強いので、不正はすぐに検出される。「人柄」が良い研究者に比べ、「人柄」が悪い研究者の場合、不正事件に発展しない可能性がはるかに高い。
優秀さ | 人柄 | 不正 | 事件に発展 |
超優秀 | 良い | した | かなりする |
しなかった | 不正なし | ||
悪い | した | すぐ発覚する | |
しなかった | 不正なし | ||
優秀 | 良い | した | する |
しなかった | 不正なし | ||
悪い | した | すぐ発覚する | |
しなかった | 不正なし |
「超優秀」で「人柄が悪い」例に挙げて申し訳ないが、例えば、2014年にノーベル賞(物理学)を受賞した中村修二さんが該当する。中村修二さんは、「人柄が悪い」のではないが、個性が強い。あのような個性の強い言動なら、周囲の人は、データを批判的にみる。だから、不正をすれば、すぐに検出される。
一般的に、偉い研究者は、ファン・パライス(写真出典)のように「超優秀(または優秀)」で「人柄が良い」若い研究者にコロッとだまされる。だから、「超優秀で人柄が良い研究者が不正事件を起こす」ことになる。さらに、コマッタことに、「優秀さ」は巧妙に不正し・隠蔽する上手さにも発揮されてしまうのである。
●【防ぐ方法】
《1》大学院・研究初期
ネカトの法則:「ネカト癖は研究キャリアの初期に形成されることが多い」。
学部の卒論や大学院の1・2年生の研究キャリアの初期段階で、研究のあり方を習得するときに、研究規範をしっかり習得させるべきだ。
研究博士号(PhD)の指導教員が規範をしっかり躾けていれば、「研究上の不正行為」をしない研究人生を過ごす可能性は飛躍的に高まる。
《2》不正の初期
ネカトの法則:「ネカトでは早期発見・厳罰処分が重要である」。
「研究上の不正行為」は、初めて不審に思った時、徹底的に調査することだ。
2011年7月28日のユージニー・ライヒ(Eugenie Samuel Reich)の「ネイチャー」記事にも同様な記載がある(Fraud case we might have seen coming : Nature News)。
ファン・パライスの場合、公式には、34歳の2004年、米国・マサチューセッツ工科大学・準教授の時にネカトが発覚した。
しかし、その7年前の1997年(27歳)、ファン・パライスがハーバード大学・院生の時に発表した論文(Van Parijs, L. et al. J. Exp. Med. 186, 1119-1128 (1997) )に、英国・ロンドン大学(University of London)の神経免疫学者・デイヴィッド・ベーカー教授(David Baker、写真出典)が、既にネカト疑惑を指摘していた。
ベーカーは、論文が掲載された「J. Exp. Med.」編集部にネカト疑惑を指摘する電子メールを送ったが、編集部はボンクラで対応しなかった。ベーカーに返事もしなかった。
当時、「J. Exp. Med.」編集部は専任の編集者がいなくて、2人の研究者がボランティアで編集作業を行なっていたと後で言い訳している。そして、2人の研究者は、ベーカーの電子メールが記憶にないそうだ。まったくボンクラである。それで、編集者でございと、ヨクも言えますね。
ベーカーが指摘したその時、編集者が対応し、ファン・パライスに注意と警告を与え、論文撤回するなど、不正の初期段階で適正な対処をしておけば、ファン・パライスは、①改心して、以後、不正をしない。②あるいは、研究者以外の道に進む。のどちらかになっていた公算が高い。
「研究上の不正行為」は、知識・スキル・経験が積まれると、なかなか発覚しにくくなるし、発覚しないとネカト者は不正行為をズルズル続け、連続ネカト犯になる。
●【白楽の感想】
《1》昔の報道の方が優れている
ファン・パライス事件は、「Nature 」、「New Scientist」、「Science」、「New York Times」、その他のメディアが報道している。
2005年頃、米国の一般紙も学術誌もネカト事件を報道している。
記者なりの切り口、問題点も示している。有益で興味深い。
しかし、約20年前のファン・パライス事件の時代と比べ、2024年現在、米国のメディアはネカト事件を報道しなくなった。報道しても表面的である。記事の質が落ちている。
記事の質が落ちている傾向は、ある意味、日本の方が顕著である。日本のメディアは大学が発表したことをそのまま表面的に報道することが多い。つまり、日本の記者は当事者に取材、専門家の意見を聞くなど、頭とエネルギーを使って、事件の問題点や裏側を把握しようとしない。取材しない、深く考えない、シッカリとは報道しない、しない、しない。
《2》巻き添え、ネカト被災者
1997年(27歳)、ファン・パライスがハーバード大学・院生の時に発表した論文(Van Parijs, L. et al. J. Exp. Med. 186, 1119-1128 (1997) )にねつ造・改ざんデータが見つかった。
そして、結局、1997~2004年(27 ~ 34歳)の8年間もネカト論文を出版したと公式に認定されている。
ハーバード大学・院生時代の指導教授であるアブル・アッバス(Abul K. Abbas)と共著論文が1994~2009年の16年間の21報もある。内、ファン・パライスが第一著者の4論文は撤回されたが、その他の論文はセーフなのだろうか? 普通に考えれば、ネカトまみれだと思われる。
さらに、その渦中の1997年(27歳)にハーバード大学に提出した博士論文も、普通に考えれば、ネカトまみれだと思われる。
言及はないので断言できないが、ハーバード大学は博士論文をネカト調査していない。
なんか、ヘンである。
《3》巻き添え、ネカト被災者
ファン・パライスの場合、マサチューセッツ工科大学のガスト副学長が公益通報に敏感に対応し、素早く対処したことは、管理者としてみごとである。
しかし、ファン・パライスの共著者、研究室のポスドク・院生・テクニシャンは自分の失策ではないにも関わらず、多大な被害をこうむり、何ら補償されていないという問題が指摘されている。
共著だった論文が撤回されれば、ポスドク・院生は、業績論文が減り、数か月~数年の努力が無駄になる。
場合によると、一生、悪いうわさがついて回る。
また、博士号が取れない、就職・転職・昇進できない、研究グラントが採択されない、など多大な不利益をこうむる。
研究室での仲間関係も構築されない。これらの不利益に対し、大学は補償してくれない。裁判の判決でも、これらの人に対する補償は一切、考慮されていない。
もし、企業の1つの部署(職員が10人の課としよう)で、課長が飲酒運転事故を起こし逮捕され、解雇されたとしよう。課は消滅しないし、課員はクビにはならない。企業は、課員が不利にならないように、面倒見る。しかし、大学では研究室は消滅し、ポスドク・院生は研究テーマを変え、チリジリに再配置される。大学が研究室員の面倒を見ると言っても再配置を考慮する程度だ。
社員が10人の小企業としよう、社長が飲酒運転事故を起こし逮捕され、倒産した。小企業は、社員の面倒を見れない。このケースが大学の研究室員に相当する。
しかし、大学は10人の小企業というより、どの大学も大企業並みの規模である。
研究室主宰者や研究室の別の人のネカトで大きな損害を被らないよう、同じ研究室の院生・ポスドク・テクニシャンの世話をする体制の構築が必要である。
とにかく、名門大学であろうと無名大学であろうとすべての大学は、研究室主宰者や研究室の事件・事故・病気で突然研究室を閉鎖した場合、ポスドク・院生・テクニシャンの面倒をみるシステムが必要だ。
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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の協力もあり、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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●9.【主要情報源】
① 研究公正局の報告:(1)2009年3月xx日:ORI Newsletter Volume 17, No. 2 March 2009 pp.7-9。(2)2009年1月23日の連邦官報(Federal Register): Vol. 74, No. 14, Notices, Pp. 4201-2:Federal Register, Volume 74 Issue 14 (Friday, January 23, 2009) 。(3)2009年 1月23日の連邦官報:Federal Register :: Findings of Scientific Misconductt。(4) 2009年 1月23日:NOT-OD-09-040: Findings of Scientific Misconduct
② ウィキペディア英語版:Luk Van Parijs – Wikipedia, the free encyclopedia
③ 2011年6月28日のユージニー・ライヒ(Eugenie Samuel Reich)の「Nature 474, 552 (2011) 」記事:Biologist spared jail for grant fraud : Nature News
④ 2005年10月28日のユージニー・ライヒ(Eugenie Samuel Reich)の「New Scientist」の記事:MIT professor sacked for fabricating data | New Scientist
⑤ 「Parijs」で検索した「撤回監視(Retraction Watch)」記事:You searched for Parijs – Retraction Watch at Retraction Watch
⑥ 2005年10月28日のケリー・リヴォワール(Kelley Rivoire)記者の「Tech」記事:MIT Fires Professor Van Parijs for Using Fake Data in Papers – The Tech
⑦ 2005年11月4日のジェニファー・クージン(Jennifer Couzin)記者の「Science」記事:MIT Terminates Researcher Over Data Fabrication | Science
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