「児童性的虐待」:フレンチ・アンダーソン(French Anderson)(米)

2019年8月28日掲載 

ワンポイント:アンダーソンは、1990年(53歳)、NIHの研究者だった時、人類で最初の遺伝子治療に成功した。その後、「遺伝子治療の父」と呼ばれている。1997年(60歳)、南カリフォルニア大学(University of Southern California)・教授だった時、部下の中国系の女性研究者の10歳の娘に性的暴行を始めた。1997年-2002年(60-65歳)の5年間、性的暴行をしていた。2004年(67歳)、逮捕され、2007年(70歳)、14年の刑務所刑が科され、1年3か月前の2018年5月17日(81歳)、刑が短縮され出所した。国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。
この事件は、白楽指定の重要「性不正」事件である:世界的に著名な研究者が部下の子供に性的暴行をした。子を持つ親は安心してはいけないという例である。類似した事件が多数起こっていると思う。ウマい防止策がない。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
8.白楽の手紙
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

フレンチ・アンダーソン(French Anderson、William French Anderson 、ORCID iD:、写真出典)は、米国の南カリフォルニア大学(University of Southern California)・教授・医師で、専門は遺伝子治療学である。1990年、NIHの研究者だった時、人類で最初に遺伝子治療に成功した著名な研究者で、「遺伝子治療の父」と呼ばれている人である。

1997年(60歳)、南カリフォルニア大学(University of Southern California)・教授だった時、部下の中国系の女性研究者の10歳の娘に性的暴行を始めた。1997年-2002年(60-65歳)の5年間、性的暴行をしていた。

2004年(67歳)、逮捕され、2007年(70歳)、14年の刑務所刑が科された。

2018年5月17日(81歳)、今から1年3か月前、刑務所内の善行で刑が短縮され、出所した。

南カリフォルニア大学ケック医科大学院(Keck School of Medicine of the University of Southern California)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:米国
  • 医師免許(MD)取得:ハーバード大学医科大学院
  • 研究博士号(PhD)取得:なし
  • 男女:男性
  • 生年月日:1936年12月31日
  • 現在の年齢:84 歳
  • 分野:遺伝子治療
  • 性的暴行:1997年-2002年(60-65歳)の5年間
  • 最初に訴えられた年:2004年(67歳)
  • 社会に公表年:2004年(67歳)
  • 社会に公表時地位:南カリフォルニア大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は被害者の母親で、警察に通報した(推測)
  • ステップ2(メディア):多数のメディア
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①警察。②裁判所。
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
  • 大学の透明性:大学以外が詳細をウェブ公表(⦿)
  • 不正:部下の女性研究者の10歳の娘に5年間も性的暴行
  • 被害者数:1人(?)
  • 時期:研究キャリアの後期
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けられなかった(Ⅹ)
  • 処分:14年の刑務所刑
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】 国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。 

●2.【経歴と経過】

  • 1936年12月31日:米国で生まれる
  • 1958年(21歳):ハーバード大学(Harvard College)で学士号取得
  • 1960年(23歳):英国のケンブリッジ大学(Cambridge University)で修士号取得。ノーベル賞受賞者のフランシス・クリック(Francis Crick)の研究室
  • 1961年(24歳):ケンブリッジ大学の同級生のキャシー・アンダーソン(KathyAnderson。後に、ロサンゼルスの小児病院の外科部長)と結婚。キャリアのため子供産まないとした
  • 1963年(26歳):米国のハーバード大学医科大学院(Harvard Medical School)で医師免許(MD)を取得
  • 1965-1967年(28-30歳):米国のNIH・ポスドク。ボスはマーシャル・ニーレンバーグ(Marshall Nirenberg、1968年ノーベル賞受賞者)
  • 1967年7月(30歳):NIHで研究室主宰
  • 1990年(53歳):人類で最初の遺伝子治療に成功
  • 1992年(55歳):南カリフォルニア大学(University of Southern California)・教授
  • 1997年(60歳):少女への性的暴行はじめる
  • 2004年7月30日(67歳):児童性的虐待で逮捕
  • 2006年7月19日(69歳):児童性的虐待(child molestation)で有罪
  • 2006年7月19日(69歳):南カリフォルニア大学は停職処分。テニュアはく奪・解雇の手続き開始
  • 2007年2月2日(70歳):14年の刑務所刑
  • 2018年5月17日(81歳):刑が短縮され出所

【受賞】 タイム誌の1997年「医学のヒーロー」など 多数ある。

●4.【日本語の解説】

★2006年7月25日:日刊ベリタ:エリート博士がわいせつ行為で転落 米国遺伝子治療の第一人者

以下は抽出引用。 出典 → ココ、(保存版

 “遺伝子治療の父”といわれる南カリフォルニア大学遺伝子治療研究所所長のウィリアム・フレンチ・アンダーソン博士(69)が、部下の女性研究者の娘に5年間にわたって性的なわいせつ行為を加えた。

被害に遭った女性は、当時は未成年だったが、現在は19歳の学生。母親は中国からの移民。

少女が10歳から15歳までの時に、繰り返しわいせつな行為を加えたとして、2004年7月逮捕された。

1997年に同州サンマリノの博士の自宅で、博士(黒帯を取得者)から武術のテコンドーを習い始めてから、性的な行為を受けた。

博士は、部下の女性研究者とは、家族付き合いをしていた。研究者の娘たちはしばしば、博士宅のプールで遊んだりした。また子どもたちが、博士宅でパーティーを開くこともあった。

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★フレンチ・アンダーソン(French Anderson)の人生

米国で生まれ育ち、ハーバード大学(Harvard College)の学部生時代に論文を出版するほど優秀な人物だった。

ハーバード大学卒業後に、英国のケンブリッジ大学(University of Cambridge)で修士号を取得した。その時の指導教授は、ノーベル賞受賞者のフランシス・クリック(Francis Crick)である。

1961年(24歳)、ケンブリッジ大学の同級生のキャシー・アンダーソン(Kathy Anderson)と結婚した。2人はキャリアを伸ばすために子供を産まないことにした。

1963年(26歳)、米国のハーバード大学医科大学院(Harvard Medical School)で医師免許(MD)を取得し、1965-1967年(28-30歳)、米国のNIH・ポスドクになった。ボスはマーシャル・ニーレンバーグ(Marshall Nirenberg)である。

マーシャル・ニーレンバーグ(Marshall Nirenberg)研究室での研究が大成功で、ニーレンバーグは1968年にノーベル賞を受賞した。

1967年7月(30歳)、ニーレンバーグへの大貢献が認められ、NIHに自分の研究室を持つことができた。

アンダーソンとデシルバ picture credit: pbs.org。https://geneninfo.weebly.com/ashanti-desilva.html

そして、遺伝子レベルのいろいろな発見をするが、それは省略。

1990年9月14日(53歳)、人類で最初の遺伝子治療に成功したのである。

4歳のアシャンティ・デシルバ(Ashanti DeSilva)は、重度の免疫系不全であるADA-SCID(アデノシン・デアミナーゼ欠損による重症免疫不全症)だった。

ADA-SCIDは、両親から受け継いだ遺伝子異常によって引き起こされる極めて稀少な疾患です。この遺伝子異常により、白血球の一種であるリンパ球の産生に必要なアデノシン・デアミナーゼ(ADA)と呼ばれる必須タンパク質が産生されなくなります。先天的にADA-SCID となった小児患者は健康な免疫システムを構築することができないため、日々の感染症に対する抵抗力がなく、重篤かつ生命を脅かす疾患に至ります。直ちに治療しない場合、この疾患は生後1年以内で死に至ります。欧州では、1年間に約15名がADA-SCIDを発症すると推定されています。(出典:極めて稀少な疾患であるADA-SCID における初の遺伝子治療、GSKのStrimvelis(TM)が欧州医薬品委員会より肯定的見解を受ける | GSK グラクソ・スミスクライン株式会社

アンダーソンの指揮下にNIHで、デシルバの血液細胞の欠陥遺伝子を機能的変異体に置き換える遺伝子治療が施された。

2013年、27歳のデシルバ

アシャンティの免疫システムは部分的に回復した。 不足している酵素アデノシン・デアミナーゼの産生は一時的に増加したが、機能的な遺伝子を含む新しい細胞は生成されなかった。それで、彼女は2か月ごとに定期的に注射をすることで、通常の生活を送ることができた。

1992年(55歳)、妻のキャシー・アンダーソン(Kathy Anderson)がロサンゼルスの小児病院の外科部長に就任したのに伴い、東海岸から西海岸に移住し、南カリフォルニア大学(University of Southern California)・教授に就任した。

そして、1997年(60歳)、少女への性的暴行はじめたのである。

その時、フレンチ・アンダーソン(French Anderson)は「遺伝子治療の父」と呼ばれている世界的に著名な医師であり研究者だった。研究者としてエリート中のエリートコースを歩み、大成功の研究人生だった。

私的生活でも順風満帆に見えた。24歳で結婚したキャシー・アンダーソンとの結婚生活も続けていた。「児童性的虐待」事件を起こした時、子供はいなかったが妻はいた。

Dr. W. French Anderson at Gene therapy press conference (cropped).jpg
フレンチ・アンダーソン(French Anderson)。By Unknown photographer – This image was released by the National Cancer Institute, an agency part of the National Institutes of Health, with the ID 3158 (image) (next)., Public Domain, Link

★フレンチ・アンダーソン(French Anderson)の児童性的虐待(Child Sexual Abuse)事件

アンダーソンは部下の中国系の女性研究者メイ・リン(Mei Lin、仮名)と家族レベルの付き合いをしていた。

メイ・リンはアンダーソンの家の近くに住んでいたこともあり、メイ・リンの双子の娘たちはしばしば、アンダーソン家のプールで遊んでいた。

1997年(60歳)、アンダーソンは武術のテコンドーの黒帯を持っていて、当時10歳だったメイ・リンの双子の娘の1人にテコンドーの指導をした。この時、同時に、わいせつな行為を始めた。

10歳から 15歳になるまでの5年間、繰り返しわいせつ行為をした。性的暴行(Sexual Assault)の児童性的虐待(Child Sexual Abuse)だが、性交を伴っていたのかどうか、白楽は、記事からは分からなかった。

アンダーソンはメイ・リンの娘たちに、クリスマスに自転車、小学校卒業に卒業パーティ・ドレスをプレゼントしていた。パサデナの高級ホテル・リッツカールトンホテル(Ritz-Carlton Hotel in Pasadena)のディナーにも連れていった。アンダーソンは、メイ・リンの娘たちに淑女教育をしたかったと述べている。

2002年(65歳)、しかし、双子の姉妹の1人が、アンダーソンにわいせつ行為をされていることを、もう1人の姉妹に話したことで、性不正が表沙汰になった。

2004年7月30日(67歳)、発覚してから2年後、児童性的虐待行為を始めてから7年後、アンダーソンは逮捕された。

アンダーソンの弁護士は、アンダーソンは無実である。彼への告発は、被害者の母親であるメイ・リンが研究所のナンバー2で、アンダーソン所長の評判をおとしめ、自分が研究所長になろうとしたのだと主張した。

アンダーソンは、被害者の女性に、「あなたが告発したことが、私の医学的治療で命を救うことことができる患者たちの回復を妨げ、私を正しい生き方のモデルとみなした人々を幻滅させる」と警告した。

2006年7月19日(69歳)、ロサンゼルス郡上級裁判所の12人の陪審員(10人男性、2人女性)は、結論を得るまで1日以上かかったが、69歳のアンダーソンを児童性的虐待(child molestation)で有罪とした。最大22年の刑務所刑である。

この時、被害者の女性(メイ・リンの娘)は19歳の大学生になっていた。

フレンチ・アンダーソン(French Anderson)。出典:https://www.wired.com/2007/09/ff-anderson/ Anderson after his 2004 arraignment. AP Photo/The Pasadena Star-News, Walt Mancini

2006年7月19日(69歳)、有罪の判決を受けて、南カリフォルニア大学は、アンダーソンを停職処分にし、テニュアを剥奪し、解雇の手続きを開始した。また、キャンパスに来ること、南カリフォルニア大学の教職員、学生、またはスタッフに連絡すること、さらに、南カリフォルニア大学関連でビジネスを行なうことの一切を禁止した。

2007年2月2日(70歳)、14年の刑務所刑が宣告され、68,000ドル(約680万円)の賠償金、罰金、手数料を支払うよう命じられた。

この裁判では、アンダーソンは無実を主張した。妻のキャシーも法廷に顔をみせ、閉廷後、記者団に対し、「彼は無実であり、犯してもいない犯罪で有罪になった」と語った。

2018年5月17日(81歳)、アンダーソンは刑が短縮され出所したが、監視GPSを装着させられ、5年間の仮釈放という条件である。

フレンチ・アンダーソン(French Anderson)。https://www.statnews.com/2018/07/23/w-french-anderson-father-of-gene-therapy/

【児童性的虐待の具体例】

アンダーソン事件で、児童性的虐待された被害者の名前や顔写真は報道されていない。

性的虐待の具体的行為は少し報道されているが、ココに具体的に示しても、今後の児童性的虐待事件の改善に役立つとは思えない。

事件を理解するにはわかっている事実をすべて書くべきだと思う気持ちもあるが、今回は記述しない。

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2019年8月27日現在、パブメド(PubMed)で、フレンチ・アンダーソン(French Anderson)の論文を「French Anderson [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、1990~2010年の21年間の33論文がヒットした。

「Anderson WF[Author]」で検索すると、1944~2019年の76年間の736論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多数含まれていると思われる。

2019年8月27日現在、「Anderson WF[Author] AND Retracted」でパブメドの論文撤回リストを検索すると、1論文が撤回されていた。

★撤回論文データベース

2019年8月27日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでフレンチ・アンダーソン(Anderson, W French)を検索すると、2論文がヒットし、1論文が撤回されていた。 

★パブピア(PubPeer)

2019年8月27日現在、「パブピア(PubPeer)」では、フレンチ・アンダーソン(French Anderson)の2論文にコメントしている:PubPeer – Search publications and join the conversation. 

●7.【白楽の感想】

《1》防止策

世界的に著名な研究者で大学教授・医師が部下の家族の当時10歳の女の子に性的暴行をした。それも、60歳になってからである。しかも5年間もである。

暗い気持ちになる。被害者の子供は地獄である。なんとも救いがたい。

しかし、フレンチ・アンダーソン(French Anderson)という人間が極めて特殊ということはないだろう。人間は性欲がある。しかし、それをコントロールして社会で暮らす。アンダーソンは、地位・名誉・富のほぼすべてを手中にしていた。優しく美しい妻もいた。反社会的行為をすれば、それらを失うことはわかりきっていた。それなのに、児童性愛(しょうにせいあい)に手を出した。

児童性愛(しょうにせいあい)は、

子供をセックスの対象に選ぶ異常性欲。ジャーナリズムなどでは,よく変質者として取扱われている。子供は同性であっても,いろいろな点で異性的でもある。ペドフィリア(児童性愛)で,性行為にいたるものはむしろまれで,体をなでたり,抱いたり,キスをしたりする行為がよくみられる。知的障害,ある種の異常性格,老年痴呆 (ちほう) ,アルコール依存症などの精神医学的疾患をもつ者に,このような行為に出る者が多いといわれている。実際には,子供だけをセックスの対象に選ぶ例はむしろ少く,適当な異性を求めえない場合に,子供が選ばれることが多いようである。(出典:ペドフィリアとは – コトバンク

上記の説明だと、「適当な異性を求めえない場合」とあるが、優しく美しい妻がいた。もし、妻と不仲なら、地位・名誉・富をもつアンダーソンなのだから、大人の異性を同意のもとに求めることは難しくなかっただろう。

なお、アンダーソン事件と同様な事件はソコソコ多いと白楽は思う。しかし、公表されない。

また、アンダーソンは60歳になってからの児童性的虐待を始めたことになっている。

しかも、その裁判で性的暴行を否定している。つまり、反省の気持ちがない。

思うに、アンダーソンは、この手の性的暴行を、もっと若い時から常習的に行なってきたのではないだろうか? エライ学者だから、表沙汰にならなかった、ということはないのだろうか?

そう思って記事を読むと、1980年代、つまり40代に、NIHのあるメリーランド州の警察に児童性的虐待で訴えられたとの記載があった。不起訴になったそうだ。

このような事件、つまり、著名な研究者が部下の子供に性的暴行をするのを、どう防ぐことができるのだろうか? 厳罰に科すという警告しかないのだろうか?

《2》遺伝子治療

遺伝子治療の分野にノーベル賞が授与されてもおかしくないと思う。そして授与されるなら、「遺伝子治療の父」と呼ばれているのだから、アンダーソンは第1候補だろう。

しかし、犯罪者にノーベル賞を授与できない。

この事件のためにアンダーソンが存命中は、遺伝子治療の分野は授賞対象から外される。

重要な発見をした研究者が反社会的行為で刑罰を受ければ、ノーベル賞などの科学賞は授与されない。

しかし、研究上の業績が優れていることと、その人物の道徳・善行とは無関係である。

日本社会は、どういうわけか、研究上の業績が優れている人を道徳を含めすべての点で優れているとみなす傾向がある。おかしいよ。

フレンチ・アンダーソン(French Anderson)。William French Anderson, physician, geneticist, molecular biologist and pioneer of gene therapy. Here he is shown looking at a DNA sequencing gel sheet. https://www.statnews.com/2018/07/23/w-french-anderson-father-of-gene-therapy/
フレンチ・アンダーソン(French Anderson)。https://www.statnews.com/2018/07/23/w-french-anderson-father-of-gene-therapy/

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●9.【主要情報源】

① ウィキペディア英語版:William French Anderson – Wikipedia
② 2006年7月20日のピーター・ホン(Peter Y. Hong)記者の「Los Angeles Times」記事:Scientist Guilty of Child Sexual Abuse – Los Angeles Times
③ 2006年7月20日のイシャニ・ガングリ(Ishani Ganguli)記者の「Scientist」記事:W. French Anderson convicted | The Scientist Magazine®、(保存版)
④ 2018年7月28日のシャロン・ベグリー(Sharon Begley)記者の「Stat」記事:“Father of gene therapy” faces harsh reality: a tarnished legacy and an ankle monitor
⑤ 2018年7月31日のダニエル・エンバー(Daniel Engber)記者の「Slate」記事:What do we do with the science of abusive men?
⑥ 2007年9月25日のジェニファー・カーン(Jennifer Kahn)記者の「WIRED」記事:Molest Conviction Unravels Gene Pioneer’s Life | WIRED
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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