中国学:ホゥイ・ワン(汪晖、汪暉、Hui Wang)(中国)

2021年4月22日掲載 

ワンポイント:ホゥイ・ワンは清華大学(Tsinghua University)・教授である。2010年3月(50歳)、南京大学のビンビン・ワン教授(王彬彬、Binbin Wang)に、22年前のホゥイ・ワンの「1988年の博士論文」は盗用だと訴えられた。ホゥイ・ワンを擁護する一派も現れ、事件はウヤムヤになり、ホゥイ・ワンは処分されなかった。中国では有名な事件だが日本では全く報道されていない。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

ホゥイ・ワン(汪晖、汪暉、Hui Wang、ORCID iD:?、写真出典)は、中国の清華大学(清华大学、Tsinghua University)・教授で、専門は中国学である。

ホゥイ・ワンは英語訳の著書が数冊ある。日本語訳の著書も5冊ある国際的に有名な学者である。

2010年3月(50歳)、南京大学のビンビン・ワン教授(王彬彬、Binbin Wang)が、ホゥイ・ワン(汪晖、Hui Wang)の22年前の「1988年の博士論文」である「反抗绝望——鲁迅及其文学世界(Resisting Despair:Lu Xun and His Literary World)」は盗用だと告発した。

ビンビン・ワン教授はホゥイ・ワンの他の著作にも盗用があると指摘した。

しかし、ホゥイ・ワンは既に有名で重要な学者になっていた。それで、「盗用した」・「つべこべ言うな」の両方が対立し、所属大学が調査しなかったこともあり、盗用事件は、ウヤムヤになり、結果的には解雇などの処分を受けなかった。

このホゥイ・ワン盗用事件は中国では有名な事件だが、日本では全く報道されていない。

清華大学(Tsinghua University)。写真出典

  • 国:中国
  • 成長国:中国
  • 研究博士号(PhD)取得:南京大学
  • 男女:男性
  • 生年月日:1959年10月10日、中国の江蘇省揚州で生まれた
  • 現在の年齢:65 歳
  • 分野:中国学
  • 不正論文発表:1988年(29歳)
  • 発覚年:2010年(51歳)
  • 発覚時地位:清華大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者は南京大学のビンビン・ワン教授(王彬彬、Binbin Wang)で論文で指摘
  • ステップ2(メディア):中国の多数の新聞
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。調査していない
  • 大学の透明性:調査していない(✖)
  • 不正:盗用
  • 不正論文数:博士論文の他に数報
  • 時期:研究キャリアの初期から
  • 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)を続けた(〇)
  • 処分:なし
  • 日本人の弟子・友人: 村田雄二郎(東京大学名誉教授、同志社大学教授。ホゥイ・ワンの著者を日本語に翻訳している)

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

  • 1959年10月10日:中国の江蘇省揚州で生まれた
  • 1981年(22歳):工場労働者として2年間働いた後、揚州大学(Yangzhou University、当時は揚州師範大学Yangzhou Normal College)で学士号取得
  • 1988年(29歳):中国社会科学院(Chinese Academy of Social Sciences)の南京大学(Nanjing University)で研究博士号(PhD)を取得
  • 1988年(29歳):中国社会科学院文学研究所・助手。のちに教授
  • 1989年(30歳):天安門広場の抗議行動に参加
  • 2002年(43歳):清華大学(Tsinghua University)・人文科学部・教授
  • 2010年3月(50歳):盗用と糾弾
  • 2018年(59歳):清華大学・上級教授

●3.【動画】

以下は事件の動画ではない。

【動画1】
インタビュー動画:「古典と思想-人文科学の清華教授にインタビュー [8.8.1]- ホゥイ・ワン:鲁迅と・・・(经典与思考—人文清华大师面对面-清华大学-[8.8.1]–汪晖:鲁迅和我-网易公开课)」(中国語)12分36秒。
2021/03/22に公開
以下をクリック。このサイトには同様なインタビュー動画が数編ある。

https://open.163.com/newview/movie/free?mid=WFJJKRVES&pid=KFJIQEHNM

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★優秀な学者

1988年(29歳)、ホゥイ・ワン(汪晖、Hui Wang、写真出典)は博士論文「反抗绝望——鲁迅及其文学世界(Resisting Despair:Lu Xun and His Literary World)」を提出し、研究博士号(PhD)を取得した。

2002年(43歳)、清華大学(Tsinghua University)・人文科学部・教授に就任した。

ホゥイ・ワンは多数の著書・論文を出版している。以下リストした(出典:ウィキペディア。英語版:Wang Hui (intellectual) – Wikipedia

• From An Asian Perspective: The Narrations of Chinese History (《亞洲視野:中國歷史的敘述》, 2010);
• For Alternative Voices (《別求新聲》, 2009);
• Depoliticized Politics (《去政治化的政治》, 2008);
• The Rise of Modern Chinese Thought (four volumes), (《現代中國思想的興起》, 2004–2009); and
• Rekindling Frozen Fire: The Paradox of Modernity (《死火重溫》, 2000).

複数の著書は英語に翻訳された。

日本語に翻訳された著書は、『思想空間としての現代中国』(2006年)、『世界史のなかの東アジア -台湾・朝鮮・日本』(2015年)など5冊もある(表紙出典はアマゾン)。

★告発の経緯

以下の出典は主に → ウィキペディア英語版:Hui Wang (intellectual) – Wikipedia

2010年3月(50歳)、南京大学のビンビン・ワン教授(王彬彬、Binbin Wang、写真出典)は、ホゥイ・ワン(汪晖、Hui Wang)の22年前の「1988年の博士論文」である「反抗绝望——鲁迅及其文学世界(Resisting Despair:Lu Xun and His Literary World)」は盗用だと告発した。

ビンビン・ワン教授の告発は、最初は学術誌に掲載されたが、後に、「Southern Weekly(南方周末)」に再び掲載された。 → 2010年3月25日の「Southern Weekly(南方周末)」汪晖《反抗绝望》的学风问题 | 南方周末

某コメンテーターは、「1988年の博士論文」のいくつかの段落は他人の文章を逐語盗用していると指摘した。

ビンビン・ワン教授はさらに、ホゥイ・ワンの『現代中国思想の台頭(The Rise of Modern Chinese Thought)』(1991)(表紙出典はアマゾン)も、ロビン・ジョージ・コリングウッド(Robin George Collingwood)の著書『歴史のアイデア(The Idea of History)』(1946)を盗用していると指摘した。

ビンビン・ワン教授とは別に、浙江省社会科学院(Zhejiang Academy of Social Sciences)のシャン・イーワ研究員(Xiang Yihua)もホゥイ・ワンの不適切な脚注を指摘し、引用なしで元文献を流用している(つまり、盗用だ)と指摘した。

シャン・イーワ研究員はまた、ホゥイ・ワンのエッセイ『「赛先生」在中国的命运』《中国の「ミスター・サイエンス」の運命(The Fate of ‘Mr. Science’ in China)》の評論を発表し、そのエッセイの独創性に疑問を投げかけた。つまり、内容は盗用ではないかと。

2010年6月6日(50歳)、在米のユーシェン・リン教授(Yu-sheng Lin、ウィスコンシン大学マディソン校名誉教授、写真出典)は、盗用疑惑は終わっていないと、盗用を指摘した。

2010年7月6日(50歳)、そして、60人以上の学者が署名した書簡が公開され、中国社会科学院と清華大学に盗用事件を調査するよう求めた。 → 2010年07月07日記事:多位学者联名发表公开信 吁调查汪晖涉嫌剽窃问题——中新网

★擁護

一方、ホゥイ・ワンのは盗用ではなくズサンな引用だと、ホゥイ・ワンを擁護する国際的な学者たちもいた。

2010年7月9日(50歳)、上記のように調査を求める書簡が公開された3日後、ホゥイ・ワンを擁護する国際的な学者たちは、ホゥイ・ワンの学問的誠実さを支持すると、清華大学・学長及び副学長に書簡を送付した。書簡には96人の国際的な学者たちが署名していた。 → 2010年7月9日記事:科学网—80位国际知名学者发公开信支持汪晖否认剽窃、保存版https://archive.ph/wip/t7SGG

以下は手紙(出典:上記)。

冒頭を意訳すると、

清華大学・顾秉林・学長および谢维和・副学長殿

私たちは、国際的は学者、翻訳者、編集者、歴史家、文化批評家の集まりです。現在中国のメディアから攻撃を受けているホゥイ・ワン教授を支援する意図で手紙を書いています。この不可解で組織的なメディア攻撃は、どの学者に対しても起こり得るため、私たちは実名で署名し、手紙を公開します。

第一に、ホゥイ・ワン教授は盗用と告発されているが、Zhong Biao、Shu Wei、Wei Xingなどによる慎重な分析の結果、盗用に該当しないとされています。

第二に、私たちの中には中国研究を専門とする多くの研究者がいますが、ホゥイ・ワン教授の学問的誠実さとアジア研究における彼の重要性を保証します。ホゥイ・ワン教授は2010年春にアジア研究協会の年次大会に招待された最初の中国人学者です。彼の学問の幅、深さ、信頼性、そして彼の研究が多くの研究者に賞賛され、トピックの重要性が称えられてきました。ホゥイ・ワン教授は私たち学者コミュニティの中では最高レベルの学者という認識です。ホゥイ・ワン教授は、中国と世界の学者に影響を与え、両方の構成員に同時に話しかけ、両者の架け橋を築いてきました。

以下略

書簡には署名した学者のリストが添付されていた。

日本在住者が4人いた。以下にピックアップした。

  1. 村田雄二郎,東京大学・教授 (Murata Yujiro, Professor, Graduate School of Arts and Sciences, University of Tokyo, JAPAN)
  2. 石井剛,日本 東京大学・副教授 ( Ishii Tsuyoshi, Associate Professor, University of Tokyo, JAPAN)
  3. Patricio N. Abinales,京都大学・教授 (Patricio N. Abinales, Professor, Center for Southeast Asian Studies, Kyoto University, JAPAN)
  4. 伊藤るり,一橋大学・教授 (Ruri Ito, Professor of sociology, Graduate School of Social Sciences, Hitotsubashi University JAPAN)

★その後

結局、学術界とメディアはそれぞれ、ホゥイ・ワン教授が「盗用した・していない」の両方にわかれ喧々諤々の議論をし、ハッキリとした結論が出ないままになった。

「盗用していない」側の主張を、もう少し正確に言うと、「盗用したらしいけど、大したことではない。ホゥイ・ワン教授は重要な学者なので、つべこべ言うな」である。

上記した擁護派の書簡で明らかなように、擁護派は、盗用したことの真偽とは別の次元と論理で、ホゥイ・ワン教授を擁護した。

さらに、2010年8月19日(50歳)、ホゥイ・ワンの弁護士は告発したビンビン・ワン教授に書面で謝罪するよう求める手紙を送付した。この手紙送付事件は、北京ニュースやオリエンタルモーニングポストなどで報道された。  → 2010年8月20日記事:王彬彬称收到汪晖律师函 称其要求停止失实指责–南方报业网

要するに、「盗用した」・「つべこべ言うな」の両方が対立したままである。

その大きなポイントは、ホゥイ・ワンが所属する清華大学(Tsinghua University)が調査していない。また、博士論文を提出した南京大学(Nanjing University)も調査していないためと思われる。

2021年4月22日現在、結局、ホゥイ・ワンの博士論文はそのままであり、盗用者として処罰されなかった。

2013年(53歳)時点では、「サザンウィークエンド」新聞と「サザンメトロポリスデイリー」新聞は28の関連記事を発表したが、記事のすべてはホゥイ・ワン教授の盗用を指摘し、ホゥイ・ワン教授に否定的だった。北京ニュースは15の関連記事を発表したが、そのうち3記事だけがホゥイ・ワン教授に肯定的だった。

【盗用の具体例】

省略

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

省略

★撤回監視データベース

2021年4月22日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでホゥイ・ワン(汪晖、Hui Wang)を「Hui Wang」で検索すると、 37論文がヒットした。

所属を「Tsinghua University」と限定する、 0論文が訂正、0論文が懸念表明、0論文が撤回されていた。つまり、上記37論文は全部、本記事で問題にしている研究者以外の論文と思われる。

★パブピア(PubPeer)

2021年4月22日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ホゥイ・ワン(汪晖、Hui Wang)の論文のコメントを「”Hui Wang”」で検索すると、553論文にコメントがあった。

全部、本記事で問題にしている研究者以外の論文と思われる。

●7.【白楽の感想】

《1》白楽の理解は、盗用 

白楽は、中国語の博士論文と被盗用論文を読んで比較していない。以下、白楽の印象になる。

印象で語るが、ホゥイ・ワン(汪晖、汪暉、Hui Wang、写真出典)の博士論文は盗用である。

第1に、白楽は多数の盗用事件を解析してきたが、盗用でない論文を盗用と主張することはほぼ100%ない。

第2に、擁護派でも、ホゥイ・ワンの引用方法が標準と異なっていることを認めている。ただ、ホゥイ・ワンは出典を隠そうとしていない。つまり、悪意で盗用する意図はなかった。適切な引用をしなかっただけだ、と主張している。

これは、ネカトのいいわけに百万回登場する言い訳である。あたかも「盗んでおいて、盗み気はなかった」という言いわけである。

包丁を喉に突き刺しておいて、「殺す気はありませんでした」と弁解するレベルである。「じゃ、どういうつもりで喉に刺したんだ!」と怒鳴りたくなる。

《2》他山の石ではなく、自山の石 

南京大学のビンビン・ワン教授(王彬彬、Binbin Wang)が盗用を指摘したが、被盗用者や第三者が、盗用でない論文を盗用と主張することはほぼ100%ない。

しかし、盗用者が盗用ではないと主張するケースはそこそこある。ただ、盗用は証拠がハッキリしているので、盗用ではないと否定し続けることは滅多にない。誰が見ても盗用は明白なので、非現実的である。

従って、白楽が追求している野呂瀬崇彦の盗用を名古屋大学が否定しているのは、「きわめて」を3回書くほど珍しい  →  (1):5C 名古屋大学・博士論文の盗用疑惑事件:② 隠蔽工作?、(2)③ 疑惑の証明

「名古屋大学・博士論文の盗用事件」では、結局、名古屋大学は盗用と認めていないのに、博士論文を書き換えるよう要請した。

書き換える=問題があった、からなのだ。それでも、問題に向き合わず、隠蔽に走っている。

つまり、「盗用」博士論文を「改ざん」博士論文に差し替えようとしている。

これは、「きわめて」を10回書くほど異常である。名古屋大学が大学ぐるみで研究不正を働き、研究公正を歪めている。

今回のホゥイ・ワン事件で、中国の学術研究者とメディアは盗用に対して、喧々諤々に議論している。

振り返って、名古屋大学の研究不正を白楽が指摘しても、名古屋大学そして、日本の学術研究者とメディアはまるで静かである。これでは、日本はよくならないだろうとつくづく思う。

2021年4月20日の記事で、性不正事件に向き合わない日本の大手メディアをジャーナリストの牧野 洋が批判しているが、白楽も、研究不正に向き合わない日本の大手メディアに失望している。

《3》中国のネカト 

日本は中国のネカト問題への関心がほぼない。しかし、中国のネカトを調べると、欧米とは異なる幅広さと奥深さがある。

白楽は、中国のネカトを少ししか解説していないが、感触としては、ドップリと入り込まないと根本を掴めない、と感じている。「中国のネカト」を専門に研究する人が必要だ。

中国が世界の学術界をリードする日は遠くない。欧米先進国の学術界を打ち負かすと言っているわけではないが、間もなく、それなりに重要は存在感を世界に示するだろう。日本は、中国をもっと理解した方がいい。

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●9.【主要情報源】

① ウィキペディア。英語版:Wang Hui (intellectual) – Wikipedia、中国語版:汪晖 – 维基百科,自由的百科全书
② ウィキペディア中国語版:汪晖事件 – 维基百科,自由的百科全书
③ 2010年4月25日のヨジャナ・シャルマ(Yojana Sharma)記者の「university world news」記事:CHINA: Universities fail to tackle plagiarism
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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