「白楽の感想」集:2019年1-2月

2019年8月22日掲載

研究者倫理の2019年1-2月記事の「白楽の感想」部分を集めた。

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《1》博士号工場

1人の教授が6年間に77人に博士号を授与させるほど院生を教育できるとは思えない。

事件では、博士論文の内容の質やネカトに関しての言及はないが、質が悪いことは容易に想像がつく。

しかし、博士院生に博士号を取得させれば1人につき25,000ユーロ(約350万円)とか35,000ユーロ(約420万円)の報酬をもらえれば、いい商売である。しっかりした制約がなければ、量産するだろう。

今回、メディアが問題を取り上げたから、可視化したが、一般的に博士号の基準は曖昧である。世界のあちこちの大学、イヤイヤ、日本のあちこちの大学でも、質を度外視(妥協?)した博士号を授与する博士号工場になっている研究室があるような気もする。

博士号の質を保ちたい。しかし、博士課程の終了時に博士号を取得させたい。矛盾した要求である。基準がとても厳しく、博士号を取得できないと、博士院生は路頭に迷い、大学は経営に差し支える。

日本の大学では、博士号取得基準を「査読付き論文1報の出版」としている大学院が多いと思う。この基準は、明確ではあるが、内容を規定していない。そのために、いい加減な内容でも論文を出版してくれる捕食学術誌に投稿し、捕食論文を出版することで博士号を取得するという問題が生じてくる。「査読付き論文1報の出版」の査読がいい加減なので、博士号の質は保証・維持できない。

投稿論文と同じように、博士論文の質を精査する意識・仕組み・組織も必要だ。多数の博士号取得者を出す教授がいないか、監視も必要だろう。

《1》ネカトの原因

2018年1月、京都大学iPS細胞研究所の36歳の特定拠点助教がデータねつ造事件を起こした。ノーベル賞受賞者の山中伸弥所長が謝罪した。この助教の雇用期限は2018年3月だったこともあり、一部のメディアは、「ポスト不足と不安定雇用」がネカトの原因だとした。

この指摘はネカト問題を大きくゆがめてしまう。「ポスト不足と不安定雇用」がネカトの原因なら、解決は、期限付きではない研究職ポストを増加すべきという、別の方向になる。

「★4.事件者の職位」で示すように、ネカト・クログレイ事件者に占める助教の割合は12%でしかない。12%に焦点を当てた対策を立てたら88%はどうなるのだ。ネカト・クログレイ問題を調べれば、ネカト・クログレイ問題の解決のためには58%を占める指導教員(教授・准教授・講師)をターゲットにすべきことは容易にわかる。

その視点に立てば、「DORAのブログ」が指摘しているように、若手がネカト行為をするのは「指導教官からの強いプレッシャー」だという解釈も理解できる。

それにしても、日本のネカト問題はデータに基づいた対策・施策がほとんどされていない。思い付きが大手を振っている。

どうしてだろうか?

日本にまともなネカト研究者がいないし・育っていないからだ。

博士課程をもつ複数の基幹大学にネカト研究室を設けるべきだろう。その研究室がネカト研究をし、かつ、院生を育てる。そうしないと、ネカト事件にトンチンカンなコメント・提案をする状況が続くだろう。

《2》ネカト・クログレイ事件データ集計:世界編

「ネカト・クログレイ事件データ集計:世界編」は、機会を見つけて分析しまとめようと思う。作業は膨大で死にそうである。

《1》不明

ドゥアンはどのような状況でネカトをしたのか、白楽にはわからない。

1994~2001年の8年間にボスであるロジャー・ポメランツ教授(Roger J. Pomerantz)と共著の論文を27論文も発表している。かなり優秀だったと思える。

27論文の内の2論文にデータ不正が指摘された。トーマス・ジェファーソン大学が全27論文を精査しての結果なのか、2論文だけを精査した結果なのか、白楽にはわからない。

法則:「ネカト癖は研究キャリアの初期に形成されることが多い」

基本知識によれば、他の25論文にもデータ不正があると思える。中国では今でもそうだが、研究倫理の意識が弱い。そのスタイルを習得してしまったと思われる。

しかし、もし、データ不正が2論文だけなら、米国の学術界で必死に成功を収めようとして、魔が差したのだと思える。

なお、日本から米国に渡り、米国の研究で研究公正局からクロと判定された日本人は2019年2月19日現在までに8人いる。全員、日本に帰国している。
→ 日本のネカト・クログレイ事件一覧 | 研究倫理(ネカト、研究規範)

《1》特徴

トレイシーはどのような状況でネカトをしたのか、わからない。

しかし、画像のねつ造・改ざんでよく使用されるPhotoShopを使った事件である。この手のねつ造・改ざんの初期の事件と思われる。

米国の白人研究者がネカトでクロとなるケースは少数である。米国の研究者というと、白人を想像してしまうかもしれないが、米国のネカト者の大半は白人ではない。割合を調べていないが、2割いるかどうかだろう。

《1》運用か本質的か

南アフリカの論文報奨金は運用の問題ではないのか?

この論文で指摘する、①捕食学術誌の認定に問題があるなら、もっとしっかり認定する。②共著者の間で分配法を再考する。③共同研究を推進する方策にする。・・・などで、解決できないのだろうか?

本質的な問題だと思いにくいが・・・。

ただ、院生が研究と関係がないアルバイトをしなければならないのは、大きな無駄だと思う。日本の院生のアルバイト状況を白楽は把握していないが、もししているなら、無駄だと思う。

ヘディング準教授が主張する研究者評価プログラムの開発、これも、とても大事だと思う。

白楽は、論文報奨金は運用次第だと思うが、南アフリカのような貧しい国では、ヘディング準教授が主張するような別の使い方をした方が国民のために思える。

《1》メディアと学者

https://www.britannica.com/biography/Mehmet-Oz

白楽は、テレビで活躍する学者に対して、肯定的である。白楽自身は才能がないので、出たいとは思わないし、うらやましいとも思わない。

テレビでの売れっ子は超多忙、そして、コロンビア大学・外科教授も超多忙だろう。だから、もちろん、両立は難しく、学術面はおろそかになるだろう。それでも、かまわないと思う。

学術界は、メディアで活躍する学者・研究者を応援すればいいのにと白楽は思うが、一般的には、妬み、足を引っ張る否定的な学者・研究者が圧倒的に多い。

オーストラリアのABC局のテレビ番組「キャタリスト(Catalyst)」で医療・医学問題の番組を制作・司会していた女性のマリアン・デマシ(Maryanne Demasi)(豪)もナンダカンダと批判されている。

メディア界で活躍する学者・研究者も間違えるし行き過ぎはあるだろう。しかし、そのマイナス面よりも、プラス面である社会的貢献度はとても大きいと思う。

学問的にパッとせず、もちろん、メディアに登場することもない学者・研究者はゴマンといる。そういう人を非難せず(非難しなくてもいいけど)、学問的にママ頑張って、テレビで活躍する学者に対し、大学・研究機関が応援・協力するシステムを作るべきだ。メディア対応室、あるいはそういう研究室を作ったらどうだろう。少なくとも、学者・研究者は、足を引っ張らないようにならないものだろうか。

《2》父親の死亡

本題とは無関係だが、おととい(2019年2月9日)、ドクター・オズの父親・ムスタファ・オズ(Mustafa Oz )がトルコのイスタンブールで亡くなった。享年94歳。
→ 2019年2月9日記事:Father of Dr. Oz dies aged 94 in Istanbul

《3》長女

Mandatory Credit: Photo by Stewart Cook/REX/Shutterstock (8772382bw)
Daphne Oz
Daytime Emmy Awards, Arrivals, Los Angeles, USA – 30 Apr 2017

もひとつ本題とは無関係だが、長女のダフネ・オズ(Daphne Oz、写真出典)は、プリンストン大学を卒業し、テレビのトークショー料理番組『チュー(The Chew)』の司会者をしていた(2011‐2017年)。現在33 歳。

《1》編集長

今回のように、学術誌の編集長が査読プロセスで不正を働いた場合、不正を見つけるのは難しい。

《2》イタリア

正確に調べたわけではないが、イタリアの大学はネカト調査をしないことが多い。どうしてなんだろう?

《1》ヤな奴

メールのやり取りを読むと、ケイレブ・ラック助教授は「ヤな奴」で、パワハラみたいに感じた。

もちろん、ビジネス上の交渉なので、パワハラではない。イヤならアンジェリーナが止めればいいだけだから。でも、「ヤな奴」という印象は満開です。

一方、ACAM誌の担当者・アンジェリーナ・ジョヴォヴィッチは我慢強く、誠実で、丁寧に対応している。

《2》査読システムを改善

クリムゾン出版社は捕食出版社とされているが、結局、捕食論文の根源的な問題は、粗悪論文を投稿する研究者に責任がある。そして、粗悪論文が投稿されても受理しなければいいだけだから、中心的な問題は、査読の質である。

出版社は掲載作業にかかわる経費、つまり、論文掲載料をもらって、論文を掲載するだけだ。

査読に問題があるなら、世界の学術誌の査読システムを改善すべきだろう。

例えば、世界査読機構を作り、査読者を登録制にする。研究者IDであるORCID(Open Research and Contributor Identifier)と同じように、世界査読機構は査読者を認定し、査読者IDであるOPRID (Open Peer Review Identifier、白楽の造語)を与える。いい加減な査読をした人の査読者資格をはく奪する。

査読者は顕名にし、査読文を公表する。人事考査のように、査読中は、査読者と投稿者との連絡を禁じる。

研究者は論文が業績として評価される。同じように、査読も業績として評価される。そうすれば、いい加減な査読をすると評価が低くなるので、それなりの質が保ててる。

あるいは、以下のフロンティアーズ社(Frontiers)のように共同で論文の質を向上する方式も一考の価値がある。 → 企業:学術業(academic business):フロンティアーズ社(Frontiers)(スイス) | 研究倫理(ネカト、研究規範)

査読についても、初回の査読が済んだ後に著者とレビュワーがオンラインフォーラム上で議論を行い、最終的に出版される論文にはレビュワーの名前が掲載されるというシステムになっています(2013年3月1日:カレントアウェアネス・ポータル)。

そして、査読を有料とする。査読者をランクABCに分け、査読者ランクAは1回20万円、Bは1回10万円、Cは1回5万円とし、論文の採択・不採択にかかわらず、徴収する。こうすることで、著名な教授への査読は高くなり、超一流紙への投稿と同じ、質的ランクがでて需要と供給のバランスが働く。

大学教員が査読する時、大学に届け、半分は大学の収入、半分は査読教員の報奨金にする。そうしないと、査読者は単に負担が増えるだけだ。

などなど。

《1》処罰されない

多くのセクハラ事件は中高年の男性(教授)が若い女性(院生・研究者)をターゲットにしている。ロネル事件では、男女が逆になっている。珍しいというほどではないが、少ない事件である。

セクハラは犯罪である(sexual harassment is illegal:Sexual harassment – Wikipedia)。

アヴィタル・ロネル(Avital Ronell)は、刑事事件としては処罰されていない。ナンカ、おかしくないか? 2年間の休職処分だけである。

と思う反面、ロネル教授とライトマンとの間のやり取りをあからさまにしたニューヨーク・タイムズの記事を読むと、男女間の恋愛のもつれではないのか? という印象を強く受ける。恋愛関係の破綻の結果、一方が、セクハラと訴えた、ということではないんだろうか?

《2》イヤです

セクハラであれ恋愛行為であれ、ロネル教授はライトマン以外にも同様なセクハラ行為または恋愛行為をしていたに違いない。ただ、いつからこのようなことを行なっていたのか新聞には書かれていない。

それで推測になる。

ロネル教授は美人なので、多分、20代・30代の若い時から男性と頻繁に性的関係を持っていたに違いない。

中高年になっても、同じように、若い男性と頻繁に性的関係を持っていた。相手に院生や研究者が多かったろう。それでも、相手が嫌がらなければ問題にならない。恋の火遊びである。セクハラではなく、ロマンスである。「据え膳食わぬは・・・」なので、ほとんどの男性の院生・研究者はウェルカムだったろう。

ニムロッド・ライトマンも、本人が嫌がらない限り、師弟で性的関係をもっても、違法ではないし、両方とも独身なので、悪いことではない。

ところが、問題は、ニムロッド・ライトマンは嫌だった(と後で訴えている)。ゲイだったためかもしれない。ゲイとは知らずに、ロネル教授はちょっかいを出してしまった。

だから、ポイントは、ライトマンがいつどのように、ロネル教授に「イヤです」と伝えたかである。そう思って記事を読むと、2012年春、最初に性的行為があった時の翌朝、ライトマンはロネル教授に「イヤです」と伝えたと主張している。

これはライトマンの言い分である。

一方、ライトマンがセクハラ被害を大学に申し立てるまで、ロネル教授はライトマンがイヤがっていたことを知らなかったと述べている。この認識は単なる言い訳かもしれないが、どうだろう?

それにしても、2012年春の最初の1回限りで止めておけば、事件は大きくならなかった気もする(白楽は1回なら許されると主張しているわけではない)。

「イヤです」と伝えた「つもり」と、実際に相手に「伝わった」、この差が、どうもはっきりしない。

もう一つよくわからないのは、ロネル教授はレズビアン(クイア)だとある。レズビアンは男性に性的興味がないと思うのだが、白楽の誤解だろうか? レズビアンとはいえ、クイアなら性的嗜好が特殊で、男性もOKということなのだろうか? 白楽は、性的嗜好の用語と実態をうまく把握できていない。どうなっているのだろう? と思う。

《3》「セクハラ」加害者の匿名・顕名:日米差

著名な生命科学者のセクハラ事件でも同じ趣旨のことを書いた。再掲する。
→ 犯罪「セクハラ」:インダー・ヴェルマ(Inder Verma)(米) | 研究倫理(ネカト)

日本と比べると、米国のセクハラ事件は、事件を本気で解決しようとする気合が感じられる。

日本では、セクハラをした大学教員は匿名だから、それと知らずに、他大学が採用してしまう。採用し、解雇し、裁判で負け・・・。最初から採用すべきではないでしょう。教授1人の年間給与が1000万円として、裁判費用、大学のダメージなどが計1000万円、合計2000万円ほどの損害でしょうか?

前任校で「セクハラ行為があった」などと認定されたために、新たな勤務先の都留文科大(山梨県都留市)から解雇されたのは不当だとして、同大元教授の40歳代男性が同大に解雇無効などを求めた訴訟で、東京地裁立川支部(太田武聖裁判官)は21日、男性の主張を認め、同大に解雇期間中の賃金の支払いを命じる判決を言い渡した。

判決などによると、男性は宮崎大(宮崎市)を2012年3月に退職、同年4月から都留文科大に勤務していた。男性が宮崎大を退職後、同大は「在職中にセクハラ行為などがあり、懲戒解雇に相当する」と公表。男性は事実関係を争っていたが、都留文科大は宮崎大の公表内容を理由に、男性を解雇した。
(「「前任校でセクハラ」教授解雇、大学に無効判決」、2014年04月22日 Yomiuri Shimbun)

日本の大学では、被害者を守るためという口実でセクハラ加害者を匿名にする。

そのことで、実際は、加害者を守り、セクハラ者を支援し、再犯を促進している。セクハラ事件を本気で解決し、再発を防ごうとしているようには思えない。

米国でも中国でも実名報道をしているのに、日本は匿名である。日本は実質上、被害者を守らないことが多いのに、セクハラ事件では害者を守るという口実でセクハラ加害者を匿名にし、害者を守っている。世界でまれにみる隠蔽国のように思える。
→ 日本のネカト・クログレイ事件一覧 | 研究倫理(ネカト)の【日本の研究者のセクハラ・アカハラ・パワハラ事件一覧】

《4》日本の「レイプ」加害者が、現在、医師。そして

「レイプ」はセクハラより悪質である。

匿名報道だった「レイプ」加害者が、現在、医師になっている。いいんだろうか?

1999年5月、慶大医学部の学生5人が20歳の女子大生を集団でレイプした(逮捕は7月)。主犯の男は23歳だったが、実名は報じられなかった。被害女性との間に示談が成立し、最終的に不起訴処分となった。この学生は慶大を退学したものの、他の国立大学医学部に再入学し、現在は医師として働いている。(2019年1月18日記事:名門医学部「純血主義」が生む「不正」「性犯罪」「医療事故」–上昌広 | ハフポスト

そして、2019年1月25日の産経ニュースに以下の記事があった。とても驚いた。日本は、おかしくなってしまった。

酩酊(めいてい)状態だった女子大生に乱暴したなどとして、準強制性交容疑などで計5回にわたって逮捕された慶応大2年の男子学生(22)について、横浜地検は25日、不起訴処分にしたと明らかにした。また、共犯として逮捕されていた犯行当時少年で同大1年の男子学生(20)ら3人についても不起訴処分とした。(性的乱暴で5度逮捕の慶応大生ら全員不起訴 横浜地検

《1》わかりやすい

捕食論文悪ふざけは、研究者以外の人に捕食論文の粗悪ぶりを伝えるにはわかりやすい。メディアの関心も引くだろう。

しかし、捕食出版社を撲滅するのに有効とは思えない。

《2》日本学術会議

日本学術会議は、2019年4月19日に「危機に瀕する学術情報の現状とその将来 Part 2」という学術フォーラムを開催し、そこで捕食学術問題を論じようとしている。興味のある方はご参加を。なお、白楽は関与していません。

《1》わかりやすい

捕食論文悪ふざけは、研究者以外の人に捕食論文の粗悪ぶりを伝えるにはわかりやすい。メディアの関心も引くだろう。

しかし、捕食出版社を撲滅するのに有効とは思えない。

《2》日本学術会議

日本学術会議は、2019年4月19日に「危機に瀕する学術情報の現状とその将来 Part 2」という学術フォーラムを開催し、そこで捕食学術問題を論じようとしている。興味のある方はご参加を。なお、白楽は関与していません。

《1》合法でも非倫理的

7-26.論文報奨金」に書いたが、研究界では論文出版に対する見返りがある。一般的に、論文を出版することで、博士号取得などの資格授与、研究職への採用、職位の昇進、特許申請で金銭的利得、研究費と院生・ポスドクの獲得で研究職上の利得、ノーベル賞を含めた各賞受賞による名声など、論文出版は研究者に富・名声・名誉を与える。学術界と社会はこの仕組を当然視した制度設計をしている。

この仕組みを増強する方策として、大学・研究機関は論文を出版した研究者に論文報奨金、つまり、お金を支給している。

だから、場合によると(あるいは研究者によると)、ネカト論文や捕食論文でもかまわないから論文を出版しようと思うだろう。

今回、さらに社会通念として許容スレスレ(と非許容)である脅迫・贈収賄・性的サービスのケースを書いた。これらも、ネカト論文や捕食論文の出版を促進すると思われる。

論文出版は、基本的に、人間の欲得とそれを満たす行為、に関連している。

研究者は人間なので、研究者の欲得を刺激することで研究者の研究意欲を高めることはできる。それで、研究者に成果を出させる研究システムに利用している。このことは当然と言えば当然である。

研究システムの中で、「人間の欲得を満たす行為」の1つ1つが、倫理、法律とどう折り合うのか?

倫理的にOKで合法な場合は良い。非合法であれば、勿論マズイ。論外である。問題は、合法でも非倫理的と思える場合である。

例えば、セクハラ問題など、国・宗教・男女により異なる。また時代と共に大きく変化してきた。現在でも、合法で非倫理的と非難されない国もある。

現代日本で、論文出版に伴う性的サービスの要求・提供は、ありえないと考えたい。しかし、誰が誰に対し、どの状況で、どのくらいの頻度で起こっているのか? 白楽は実態を把握できていない。

《2》捕食学術に関する白楽の記事リスト

捕食学術に関する白楽の記事リストのページ「捕食学術の記事リスト(1)」を作りました。ご利用ください。

《1》N-ニトロソジメチルアミン事件

他人を傷害あるいは殺すためにN-ニトロソジメチルアミン(NDMA)を意図的に投与した事件は、世界でいくつか報告されている。

1978年、ドイツの教師が、ジャムにN-ニトロソジメチルアミンを混ぜて、妻に食べさせ、妻を殺害しようとした。裁判で終身刑が宣告された。

1978年、米国ネブラスカ州でスティーブン・ハーパー(Steven Roy Harper)はN-ニトロソジメチルアミン(NDMA)をレモネードに入れた。それを飲んだ、30歳のドウェイン・ジョンソン(Duane Johnson)と11か月のチャド・シェルドン(Chad Sheldon)が死亡した。ハーパーは死刑を宣告された。なお、死刑が執行される前にハーパーは刑務所内で自殺した。
→ 1979年10月7日記事:Rocket Fuel Poisoning – The Washington Post

2013年、中国の復旦大学(Fudan University)の28歳の医学生・フアン・ヤン(Huang Yang)はルームメイトにN-ニトロソジメチルアミンを盛られ、16日後に死亡した。つまり、毒殺された。
→ 復旦大学事件:① 2013年4月21日記事:Poisoning, death of Fudan student recalls disturbing case of Zhu Ling | South China Morning Post、② Fudan poisoning case – Wikipedia

加害者である復旦大学・医学生のリン・センハオ(Lin Senhao、以下の写真:出典)は死刑が宣告され、2015年12月11日に執行された。

《2》日本での類似事件

N-ニトロソジメチルアミン(NDMA)とは異なる毒物だが、日本の大学・研究機関で類似の事件は報道された事件数として2桁はある(多分)。以下、2例。

    1. 1999年6月、理研・脳科学総合研究センターの研究室のポットに毒物であるアジ化ナトリウムが入れられ、お茶を飲んだ研究員が救急車で運ばれた。警察は、犯人を特定せず(できず)、逮捕して(できて)いない。
    2. 2008年 6月、岡山大学・薬学部の男性教授(50代)が午前7時ころ、研究室でコーヒーを入れて飲んだところ、意識もうろうとなりしゃがみ込んだ。教授の胃からはアジ化物が、研究室の飲み物からアジ化ナトリウムが検出された。警察は、犯人を特定せず(できず)、逮捕して(できて)いない。

アジ化ナトリウム事件は日本特有ではない。米国のハーバード大学医科大学院・病理学教室でも同様な事件が起こっている。
→ 2009年10月25日記事:Poisoning at Harvard – BostonHerald.com

また、日本の研究者・医師が毒物・病原菌を入れた事件も報道された事件数として2桁はある(多分)。以下3例。

    1. 1939年のチフス菌を入れた事件:チフス饅頭事件 – Wikipedia
    2. 1950年の青酸カリを入れた事件:東大助教授毒殺事件 – Wikipedia
    3. 1966年の腸チフス菌を入れた事件:千葉大腸チフス菌事件 – クール・スーサン(音楽 芸術 医学 人生 歴史)

《3》研究妨害事件

研究室員の研究を妨害する行為を、研究公正局はかつてネカトとした。実験妨害によってデータが変わるので、「改ざん」だとした。現在も同じ方針かどうかわからないが、興味深い。
→ ヴィプル・ブリグ(Vipul Bhrigu)(米) | 研究倫理(ネカト、研究規範)

《4》防ぐ方法

このような事件を防ぐにはどうしたらよいのだろうか?

うまい方法を思いつけない。

しかし、最低限、犯人を逮捕し処罰すべきだ。過去の事件で犯人を逮捕しな(できな)かったことから、この点、日本の警察は腰が引けている印象だ。

噂を信じるわけではないが、被害者がでた研究室に関係する人は、加害者はほぼ特定できるという話だ。研究室の人間は限られているので、白楽も、そう思う(乱暴な意見ですが)。

明確な犯罪なのだから、犯人逮捕と厳罰は必須で、それが防止策でしょう。

《1》連続盗用

リチャード・バーネット(Richard L E Barnett)は連続盗用者で、1999 年-2014年のトータル26論文が撤回されている。

こうなると、根っからのネカト者との烙印が押されるが、初期にネカトが発見されていれば、26論文も盗用しなかった(できなかった)ハズだ。

多量にネカト論文を出版したネカト者を見るにつけ、ネカト行為の再発を防ぐ早期発見システムと厳罰化の導入が必須だと痛感する。

法則:「強い衝撃がなければ、研究者はネカトを止めない」

《1》詳細は不明

この事件の詳細は不明です。

2019年1月2日に研究公正局がクロと発表してすぐに資料を集めたが、スリカント・サンタナム(Srikanth Santhanam)のウェブ上の情報はほとんど削除された(ようだ)。また。少数の新聞がサンタナム事件を報じたが、ネカト状況を掘り下げる取材をしていないので、研究公正局の発表と「撤回監視(Retraction Watch)」記事以上のことはわからない。

非常に最近の事件だが、ネカト発生の状況を理解できる情報がない。ネカト防止策を考えたい立場の白楽には、残念というか、モッタイナイ。

インド出身者が米国でネカトしがちであるという以外、ネカト防止策は、この事件からは学べない。

《1》グレーの学術誌

今まで、いくつかの捕食出版社を解説してきたが、フロンティアーズ社(Frontiers)の学術誌は捕食誌なのか真正誌なのか、判断が難しい。

ヒンダウィ出版社(Hindawi Publishing Corporation)も捕食か真正か微妙な捕食ボーダーライン学術誌とされている。

このような捕食ボーダーライン学術誌はかなりあると思われる。

状況(財政。投稿数、評判など)に応じて、捕食誌が真正誌に、またその逆に真正誌が捕食誌に変るだろう。

《2》捕食学術に関する白楽の記事リスト

捕食学術に関する白楽の記事リストのページ「捕食学術の記事リスト(1)」を作った。ご利用ください。

《3》フロンティア?

世界的に学術誌のあり方・将来が揺れている。フロンティアーズ社(Frontiers)は学術出版の開拓者(フロンティア)なのだろうか?

現代は、従来の伝統的な学術誌が廃れ、新しい完全オープンアクセス型の学術誌へと移行する過渡期だが、研究者のコミュニケーションの形態(論文発表、学会発表、訪問面談。また、伝統的な出版社、新興出版社、論文庫・リポジトリ)がどうあるべきか、誰がいくら払うのか? 確かな方向が見えてこない。

2019年4月に日本学術会議が「危機に瀕する学術情報の現状とその将来 Part 2」という学術フォーラムを開催する。興味のある方はご参加を。なお、白楽は何も関与していません。
サイト → http://www.scj.go.jp/ja/event/pdf2/273-s-0419.pdf

273-s-0419

《1》厳罰化

ラマデュグのネカトは普通のデータねつ造・改ざんに思える。ところが、研究公正局は5年間の締め出し処分を科した。

研究公正局は処分の厳罰化を始めたのだろうか?

《2》インド

米国のネカト事件ではインド出身者がとても多い。

人種差別と糾弾されるからメディアはインド出身者だと指摘しない。しかし、素性を知らないと、米国で生まれ育った白人がネカトをしていると勘違いしてしまう。

日本は日本人研究者以上に、日本で研究する外国人のネカトに注意すべきだ。ところが、実際は外国人に対して日本はとても甘い。

《1》動機・意欲

意図に書いたが、研究界では論文出版に対する見返りがある。一般的に、論文を出版することで、博士号取得などの資格授与、研究職への採用、職位の昇進、特許申請で金銭的利得、研究費と院生・ポスドクの獲得で研究職上の利得、ノーベル賞を含めた各賞受賞による名声など、論文出版は研究者に富・名声・名誉を与える。学術界と社会はこの仕組を当然視した制度設計をしている。

この仕組みを増強する方策として、大学・研究機関は論文を出版した研究者に論文報奨金、つまり、お金を支給する。

これは、歩合制という考え方であるが、日本が間接経費を導入したことが根本にある。つまり、教員が科研費を獲得すると、研究に直接かかる費用(直接経費)とは別に、直接経費の30%が間接経費として大学・研究機関に付与される。

そして、間接経費は、科研費を獲得した国(研究助成機関)からの報奨金という概念が日本に定着してしまった。本家の米国では、間接経費は元々そのような報奨金ではないのだが、日本が歪曲して導入してしまった。

なお、古い話だが、白楽は、1995年、文部省在外研究員として、米国NIHの研究費配分部局に5か月滞在した。プログラム・ディレクターの立場から、米国NIHの研究費配分システムを研究し、帰国後、『アメリカの研究費とNIH』を出版した。米国の研究費配分システムを研究した最初の日本人だった。
→ アメリカの研究費とNIH (ロックビルのバイオ政治学講座) | 白楽ロックビル | Amazon

当時、『アメリカの研究費とNIH』は、霞が関のバイブルと呼ばれていたそうだ(官僚の話)。入れ替わり立ち代わり、たくさんの官僚が研究室に来られた。自民党本部に呼ばれ、数十人の政治家・官僚の前で講演(解説?)をした。そして、その数年後、日本の研究費制度の大改革が始まった。

大学・研究機関は論文を出版した研究者に論文報奨金を支給することは、研究者にとって論文出版の動機・意欲付けとなる。なんとなく、合理的に思える。

米国の大学も論文報奨金を出しているが、主要な大学を含め大半の大学は出していない。一方、中国やロシアでは主要な大学を含め大半の大学が熱心に論文報奨金を出している。どっちが資本主義国でどっちが社会主義国なのか、単純な頭の白楽は混乱している。

《2》運用と本質

論文報奨金の欠陥やマイナス面を指摘する人が多い。否定的な意見が主流である。

しかし、論文報奨金の運用の下手さと制度そのものの本質的な欠陥を混同している意見が多い。

例えば、大量の「ゴミ論文」が発生すると批判するが、「ゴミ論文」を論文報奨金の対象外にすればいいだけだ。

例えば、出版後すぐに報奨することの弊害を指摘しているが、ある程度評価が定まってから報奨すればいいだけだ。

いちいち反論しないが、批判者は嫌悪感が先にあるようだ(以下《3》に示すように白楽も同じように嫌悪感があった)。

なお、本質的な欠陥を指摘する論文もある。以下はその1例。

大学と限定した研究ではないが、企業や組織が社員の成果に報奨金を与えると「職場の不正行為を増やす」と、米国の研究者が2018年9月の「Journal of Accounting, Ethics & Public Policy」論文で述べている。

研究チームは数々の仕事の現場を調査・分析した結果、金銭報酬が伴うゴール設定は職場の不正行為を増やす原因となっていることを示唆している。

「これらの意図しないネガティブな帰結は従業員の不誠実、非倫理的行動、リスクテイクの増加、立場への固執、自己制御の低下につながる可能性があります」(ビル・ベッカー准教授)(2019年1月7日記事:インセンティブが不正の温床に!?組織のモラル低下を防ぐ4つの対策 – グノシー

《3》日本の大学の論文報奨金

日本の大学はどうして論文報奨金を出さないのだろう?

日本の大学の論文報奨金制度をウェブで探る限り、ヒットしてこない。

実は、論文報奨金制度は少し変形して存在する。

ウッカリしていたが、白楽が所属していたお茶の水女子大学では、論文出版すると給料が増える制度を導入していたと思う。つまり、論文報奨金制度があったと思う。

論文出版数だけでなく、指導した院生数、賞の受賞など、教育と研究上の成果を点数にして申告し、その申告に対して翌年度の給料が増減したと思う。研究費報奨金もあったかもしれない。ただ、白楽は、学会賞を受賞したことがあり、大学に連絡した。しかし、ボーナス(金銭的な収入)はなかった、と思う。

自分の事なのに「思う」という曖昧な書き方をしているが、実は、白楽自身、当時、この制度に嫌悪感を抱いていていた。

そもそも、大学からこの制度の導入について説明を受けた記憶がない。この制度がいつ、どのような経過で導入されたのか、白楽は知らない。意図がわからない。

どうやら制度が施行されたようだとウスウス感じた後でも、白楽はへそ曲がりなので、指導した院生数、論文出版数をまともに申告しなかった、と思う。

振り返って、自分はどうして、そのような態度をとったのか考えてみた。

第1点。前述したように、この制度の導入について説明を受けていないので、状況がわからなかった。説明を求めても答えてくれる人もいなかった。

第2点。こちらが基本的な思いである。指導した院生数、論文出版数、賞の受賞などに金銭で報いる方式は、なんというか、金もうけのために院生を集め、金もうけのために論文を出版する低俗な人間とみなされた気がして、嫌悪感が強かった。つまり、教育・研究を金もうけの道具とみなす価値観に嫌悪感を抱いていた。金もうけのために院生を育てているのではない、金もうけのために研究しているのではない、という気持ちである。

今から思うと、白楽はバカだった。素直に申告しても害はなかった、と思う。

2019年1月8日現在、白楽は論文報奨金や研究費報奨金システムに賛成する。但し、インセンティブ(動機・意欲付け)なので、1報出版したら数万円ではなく、数十万円を支給する。1千万円の研究費を獲得したら100万円を支給する。1億円の研究費を獲得したら1,000万円を支給する。つまり、直接経費の10%を報奨金とする。大学・研究機関は直接経費の30%が間接経費として付与されるのだから、10%を報奨金としても20%は手元に残る。

要するに、インセンティブ(動機・意欲付け)なのだから、ハッキリと、意欲を刺激する金額を支給すべきである。中国方式は金額・論文のランク付けなど学ぶ点が多い。

話がズレたので本論に戻す。

日本の大学では、論文出版を歩合とみなし、給与に反映させる制度があると、思う。ただ、ゴメン、具体的にどの程度あるのか、論文1報当たり何万円なのか、白楽は、知りません。実態が把握できないので、制度の功罪も深く考察できていません。

《1》コンペラ教授を罰すべき

カダムの32論文の内、29論文はボスのウデイ・コンペラ教授(Uday B. Kompella)と共著である。2009~2013年の院生時代の5年間に29論文も出版している。

2015年1月14日の撤回監視(Retraction Watch)記事によると、撤回論文(含・予定)は10報で、その他8論文のデータに疑念がもたれている、とある。

カダムが院生時代の5年間に29論文も出版し、その大半のデータがねつ造・改ざんまたは疑念がもたれている現状を考えると、指導教授であるウデイ・コンペラ教授に大きな責任がある、と白楽は思う。コンペラ教授を処分すべきだと思う。

そう思って読むと、撤回監視(Retraction Watch)記事のコメントに同様な意見がいくつも見つかった。

《2》グズ

2014年2月にコロラド大学デンバー校は調査を終えたのに、研究公正局の発表はその4年9か月後の2018年11月30日である。

行政不服審査(Departmental Appeals Board)に訴えられたわけでもない。事件は単純なデータねつ造・改ざん事件である。研究公正局はどうしてこんなにグズなんだろう?