7-26.論文報奨金

2019年1月9日掲載

白楽の意図:ネカト論文や捕食論文を出版するのは、出版に見返りがあるからである。つまり、問題の背景には論文出版に対する見返りという問題がある。一般的に、論文を出版すると、博士号取得などの資格授与、研究職への採用、職位の昇進、研究費と院生・ポスドクの獲得などの研究職上の利得、ノーベル賞を含めた各賞受賞による名声など、論文出版は研究者に富・名声・名誉を与える。また、論文ではないが研究結果の特許申請で金銭的利得がある。見返りがあるので、研究者は論文を出版する。そして、意図的にネカト論文を、または粗悪を承知で捕食学術誌に論文を出版する。大学・研究機関は、出版論文の多い著名な研究者や研究費を多く獲得できる研究者がいることで、優秀な学生・院生・研究者、外部研究費に伴う30%の間接経費、そして寄付金をたくさん集めることができる。学術界と社会はこの仕組みを当然視し非難しない。この仕組みを増強する方策として、大学・研究機関は論文を出版した研究者に論文報奨金、つまり、お金を支給する。本記事は、論文報奨金の実態を理解しようとした。読んだ論文は、ウェイ・クアン(Wei Quan)らの「2017年のarxiv.org」論文、アリソン・アブリティスの「2017年のScience」論文、編集委員の「2017年のNature」論文、その他で、それらを紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.論文内容
4.関連情報
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

今回は特定の論文を解説するスタイルではなく、複数の論文を読んで、論文出版報奨金の実態を理解する。

●2.【書誌情報と著者】

「書誌情報と著者」は各項目ごとに記載した。

●3.【論文内容】

【1.中国の報奨金:ウェイ・クアン(Wei Quan)らの「2017年のarxiv.org」論文】

★2018年5月1日:学術英語アカデミー記事:論文掲載への報奨金 は学術界にプラス?マイナス?

出典 → ココ、(保存版

2017年9月、中国政府による論文掲載への報奨金制度が明らかになりました。中国人科学者の発表論文数が急増した背景に、多くの研究者がScienceやNatureなどの著名な国際学術ジャーナルに論文が掲載された際に報奨金を得たことが発覚。金銭目的に投稿される論文の信頼性や中国の科学全般の公正さについて、疑念を持つ声が上がりました。実際、査読過程で不正が見つかった論文が、多数取り下げられたこともありました。

しかし中国の他にも、カタールや台湾、オマーン、そしてアメリカなど多数の国の研究機関が、論文を発表した研究者に報奨金を支払っています。研究者にとっては研究資金を得ることができ、大学や研究機関にとっては、このインセンティブによって論文投稿が増え、ひいては国全体の学術研究における威信が高まることが期待されています。

気になる金額は?

中国の大学に所属するWei QuanとBikun Chen、カナダの大学に所属するFei Shuの3名の研究者がプレプリント投稿した、中国の論文掲載への報奨金制度に関する文献(Publish or impoverish: An investigation of the monetary reward system of science in China)に、興味深い調査結果が示されています。これは、報奨金の提供をウェブサイトに公開している100の大学を対象とし、約20年の間(1999-2016年)に作成された報奨金に関する168の文書を分析したものです。これによると、中国の大学がWeb of Science採録の雑誌で公開された論文に提供した報奨金の幅は、30ドルから165,000ドル。報奨金の平均は、過去10年間で増加していることが実証されました。

報奨金の平均額が高いのはNatureとScienceで、2016年はなんと43,783ドル(約460万円)。

日本の国税庁によると、同年の日本の民間給与の平均は422万円。中国の研究者は、著名な学術ジャーナルへの1本の論文掲載で、日本の平均年収を上回る報酬を得ることになるのです。もちろん、学術ジャーナルによって水準は異なり、PLOS OneやMIS Quarterlyなどへの掲載の場合は先述の2誌より低く、例えばMIS Quarterlyの2016年の平均は2,938ドル(約31万円)でした。高額2誌のわずか1/10以下にとどまります。

文献では、中国をはじめ複数の国々による報奨金の付与ならびにその結果から鑑みて、次のような変化が学術界にもたらされるとしています。
・研究者たちは報奨金が付与される研究機関での仕事を選ぶようになる
・研究者たちは権威ある学術誌への論文掲載に向け、熱心に研究活動を行う結果、科学研究が進む
・研究者たちは権威ある学術誌への掲載に執心するあまり、後進の育成がおろそかになる
・自らの競争力を高めるため、報奨金を提供し、それを公表する研究機関が増える
・資金に余裕のない中小規模の大学・研究機関でも、研究者にとって魅力的なインセンティブを付与することで、優秀な研究者を確保できるようになる
・公平性を保つため政府が報奨金を付与するようになる
・公平性を期すため、学術ジャーナルが報奨金を禁止する可能性も

上記の元論文は

  • Publish or impoverish: An investigation of the monetary reward system of science in China (1999-2016)
    https://arxiv.org/abs/1707.01162
    Wei Quan, Bikun Chen, Fei Shu
    (2017年7月4日投稿)
  • 第1著者:ウェイ・クアン(Wei Quan)
  • 写真: https://www.researchgate.net/profile/Qin_Wei7
  • 履歴:
  • 国:中国
  • 生年月日:
  • 学歴:
  • 分野:
  • 論文出版時の地位・所属:武漢理工大学:Wuhan University of Technology | WHUT · School of Electronic Mechanical Engineering

要点は以下のようだ。

  • 100大学の論文報奨金を調べていて、中国の大学では、論文報奨金が普通のようだ。
  • 第一著者だけが報奨金をもらえるが、NatureとScienceは例外で、他の共著者も少しもらえる。
  • 報奨金は、30ドルから165,000ドル(約3千円から1,650万円)である。
  • 中国で論文報奨金を支給するようになったのは1990年代である。
  • 論文報奨金制度は、一応、学外にはマル秘扱いである。

報奨金の額を示した表5(出典:原典)。

★ウェイ・クアン(Wei Quan)らの「2017年のarxiv.org」論文の別の日本語解説
→ 2017年9月15日記事:MIT Tech Review: ネイチャー掲載で年収20倍、中国の報奨金制度の実態が判明

【2.中国の報奨金】

★2016年11月25日:寺岡伸章(NOBUAKI TERAOKA):習近平への提言

出典 → ココ、(保存版

1.「良い」論文を書けば収入が増える!?

  • 上海交通大学では、大学内の学術委員会が学術誌のインパクトファクター(IF)を参考に雑誌をS(Nature,Cell,Science)、A、B、Cに分け、例えばAクラスの学術誌に論文を投稿すると5千元の報奨金が支払われる。
  • 大学や研究所に設置されている「国家重点実験室」では、投稿学術誌のIFの2乗×100元が支払われる。学術誌のIFが20であれば、論文当たりの報奨金は4万元(白楽記:2019年1月1日レートで638,660 円)となる。
  • これらの施策のお陰?で、IFの高い学術誌152誌への2015年の投稿論文数は8286編の世界2位で、前年比50%の伸び。NCS掲載論文数は290編と日本を上回り、前年比18%の伸び。
  • このような過度な定量的評価は弊害もあるとして、北京大学、清華大学、科学院研究所(一部)等では取り止めまたは軽減して、国際評価委員会の導入などオリジナリティを重視したピアレビューへの転換を模索中。
  • なお、研究者の人事評価は3~5年毎に、論文の質と量、総説数、獲得した研究費の額、特許出願数、セミナー開催数、海外との共同研究数、招待講演数等に細かく定量化されて行われる。中国人は評価指標が透明化されていれば、競争を厭わない。

2.競争的研究費等を獲得すれば収入が増える!?

  • 政府の競争的研究費や企業の研究委託費を獲得すると、総額の5~20%が代表研究者や共同研究者の人件費として得られる。また、自然科学基金委員会(NSFC)の競争的資金の間接経費は採択研究者の所属機関に配分されるが、その一部はボーナスとして採択研究者に支払われる。
  • 海外の超優秀な中国人研究者を呼び戻す「千人計画」に採択される(競争率100倍)と、中央政府、地方政府等から合計300万元(無税)(白楽記:2019年1月1日レートで47,899,500円)の報奨金が支給され、高額研究費も保証される。

8.問題点

  • カネを「飴」に、定量的指標を「鞭」として研究者を論文製造に駆り立てるのが中国式研究システムである。この手法は論文数と被引用数の急増をもたらした反面で、大量の「ゴミ論文」の発生、捏造等研究不正、科学業績よりも論文重視という主客転倒、過当競争による研究者の多忙・焦り等の問題を引き起こしている。

【3.オーストラリアの報奨金】

★2009年2月5日:Doc07(オーストラリアの大学教員)記事:報奨金 | 大学教員のうわごと - オーストラリアで昏迷するDoc07の日記

出典 → ココ、(保存版

大学や学科によるんだけれども、オーストラリアでは、論文を査読ありのジャーナルに発表するとボーナスが支給されることになっているところが少なくない。

オーストラリア人にとっては、サラリーというのは従業員になったことに対する報酬に過ぎないようで、実際に仕事をしてほしければ、サラリーとはべつににんじんをぶら下げてもらわなければならないという人が多い。出版論分数は政府の大学補助金配分の基礎資料なので、大学としては、なんとしても教官に論文を書いてもらわなければ困る。そこで論文一本いくら(数百ドルから数千ドル)(数万円から数十万円)の報奨金である。

【4.ロシアの報奨金】

★2018年9月3日:中島淳一(ロシアのボリス・エリツィン記念ウラル連邦大学 (UrFU) 天文測地学科・教授)記事:【第68回】ウラル連邦大学の論文報奨金制度

出典 → ココ、(保存版

私の職場には、論文をロシア国外の学術誌から出版すると学術誌のインパクトファクター(IF値)に応じて報奨金がもらえるという報奨金制度があります。一番少ないケースで2万ルーブル(IF値がつかない学術誌の場合)、最大で30万ルーブル(IF値が10以上の場合)が支払われます。職場のスタッフが論文に共著者として入っている場合には人数で等分されます。

白楽記:2019年1月1日レートの為替レート。2万ルーブルは31, 488円。30万ルーブルは471,750円。

論文報奨金が支払われるのは、国が進めている高等教育改革プロジェクト(5-100プロジェクト)の重点大学に選定されている大学に属する研究者のみ。

報奨金制度を、報奨金をもらう当事者として経験すると実にいろいろな問題があることがわかります。まず、同じ職場の研究者が複数著者に入っていると報奨金が人数で等分されるので、共著者に名前を入れる入れないでトラブルになることがあります。また、本来は共著者に名前を入れるほどのことではないような簡単な相談等を持ちかけても共著者に入れるように言われる場合があるので、職場の同僚に研究上の相談を持ちかけにくくなります。

さらに、報奨金は主著者でも共著者でも関係なく等分されるので、自分で主著者として論文を書くよりも、共著者として他人の仕事を少しだけ手伝い、共著者として名前を入れてもらって報奨金を稼ぐ「ずるい」人が大量に発生します。こういう態度は、傍から見ていてあまり感じの良いものではありません。

論文報奨金制度を経験して率直に思うのは、報奨金制度というものは学術研究の生産性向上にはほとんど寄与していないのではないかということです。工場におけるライン作業のような、もっと単純な労働であれば、報奨金によって生産性が向上するかもしれません。しかし、基礎科学研究のように、何度も試行錯誤を繰り返し、場合によっては、自分がやった仕事であっても、信頼のおけない結果であれば、世に出さないという厳しい判断すらしなくてはいけない高度に知的な仕事においては、報奨金がもらえるからといってアウトプットの質がよくなるなんていうことは、まずありえないと思います。

【5.南アフリカの報奨金】

★2013年7月13日:Ishmael Tongai:Incentives for researchers drive up publication output

日本語訳:イシマエル・トンガイ:研究者へのインセンティブは論文出版を促進する

出典 → ココ、(保存版

関連して、2010年6月6日のカトリオナ・マクラウド教授の記事:SOUTH AFRICA: Incentive system bad for scholarship

研究が商品化している。南アフリカのほとんどの大学は、論文出版に対する奨励金制度を設けています。1つは報奨金として、もう1つは研究費として、研究者に論文出版の見返りを与えている。また、政府の高等教育訓練省は論文出版数に応じて、大学への補助金を増減している。

2000年から2010年の間に、南アフリカは論文数を3,617報から7,468報へと倍増した。論文報奨金制度は、論文数増加の推進力の一つとみなされている。

例えば、南アフリカのステレンボッシュ大学(Stellenbosch University)は、生産性の高い研究者に高額の報奨金を与えることで論文出版数を上げ、一流の研究機関としての名声を高めている。

2011年に優れた学術論文を出版した39人に約5千米ドル(約50万円)の報奨金を与えた。39人の内11人はさらに政府の高等教育訓練省から約5千米ドル(約50万円)の報奨金が与えられた。

報奨金は教員だけが対象で、学科長や優秀研究機関(centres of excellence)所属の教員は対象外である。

2010年、ロードス大学(Rhodes University)の心理学科長であるカトリオナ・マクラウド教授(Catriona Macleod、写真出典)は、論文出版で個人の収入が増える、または研究費が増えるのは研究者にとって魅力的だと述べている。

しかし、マクラウド教授は、次のような悪い副作用があると付け加えている。

第1点。サラミ論文を増やす。論文の数を増やすため、1つの論文にまとまる内容をできる限り分割して複数の論文として出版する。

第2点。共同研究を妨げる。単著論文なら報奨金の全部を1人でもらえる。2人の著者なら50%。3人の著者なら33%、以下同。従って、できるだけ共同研究しない方向で研究を遂行しようと考える。結果として、研究の深みがなくなる。大きなチームで大きな研究に取り組むのを嫌う傾向になる。

第3点。これが最後だが、最も重要である。報奨金の対象論文は超一流誌や三流誌などの区別がない。そうすると、研究者は採択率が高い学術誌、つまり、学問的にはランクの低い三流学術誌でもかまわないから、とにかく論文を出版しようと考える。結局、悪貨は良貨を駆逐する。

マクラウド教授が論文発表した時に所属していたロードス大学は、南アフリカの大学の中で論文報奨金制度がない数少ない大学の1つだった。

しかし、マクラウド教授は、かつては、論文報奨金制度のある大学の教員だった。その当時の大学に、2年間で6つの論文を三流学術誌(または捕食学術誌)に出版した研究者と、この2年間慎重に研究に取り組み、1つの論文をトップクラスの学術誌に出版した研究者がいた。両者を比較すると、前者の6論文はほとんど引用されなかったが、後者の1論文はたくさん引用されていた。南アフリカの研究資金配分と知識の生産にはどちらが良いか、明白であると、マクラウド教授は述べている。

【6.世界各国:「2017年のScience」論文】

★2017年8月10日:Alison Abritis, Alison McCook, Retraction Watch 著:Cash bonuses for peer-reviewed papers go global | Science | AAAS

日本語訳:論文をグローバル化するための金銭的インセンティブ(Science 目次 (TOC) | サイエンス誌

上記の日本語訳がわかりにくい。
白楽の日本語訳:「査読付き論文の出版に現金のボーナスを払うのは世界的である」

出典 → ココ、(保存版

ウェイ・クアン(Wei Quan)らの中国での論文報奨金に関する「2017年のarxiv.org」論文が発表されたので、「Science」も世界の大学の論文報奨金を調べた。

ウェブで検索した単語は英語で「publishing cash incentives(報奨金で動機・意欲付けした論文出版)」と「schemes cash publishing(報奨金論文の方針)」である。( )内は白楽の日本語訳。英語で検索したので、ヒットしたのは英語国の大学の論文報奨金である。

世界の大学の論文報奨金を右図に示した。数字は、最大額である(単位はUSドル)。

米国の大学を含め、世界中のあらゆる地域の大学が論文報奨金を出していた。論文報奨金は現金で支給するケースがほとんどである。また、論文を出版した時にもらえるだけでなく、米国・アラバマ州のオークウッド大学(Oakwood University)では、論文が引用された時、著者は10ドル(約1,000円)もらえるというシステムもあった。それにしても10ドル(約1,000円)は少額ですね。論文報奨金の支給は、教員に限定する大学と、院生も対象にする大学があった。

ジョージア州立大学の経済学教授・ポーラ・ステファン(Paula Stephan)は、論文出版への見返りが論文出版に与える影響を研究してきた。

ポーラ・ステファン(Paula Stephan)https://aysps.gsu.edu/paula-stephan-headshot/

サイエンス誌のデータを見て、論文出版に対して現金を支給するシステムが欧米諸国に拡大しているのに「やや驚いた」、とステファン教授は述べている。

米国では図に示したようにユタ州のウェバー州立大学(Weber State University)の6,000ドル(約60万円)が最高額だが、オハイオ大学の教育学部(Gladys W. and David H. Patton College of Education, Ohio University)では3,000ドル(約30万円)である。ウェスタンケンタッキー大学の経営学(Gordon Ford College of Business, Western Kentucky University)では1,600ドル(約16万円)である。インディアナ州のミラー経営大学院(Miller College of Business)では、経営学関連の学術誌に100報以上の査読付きの論文を掲載すると、2,000ドル(約20万円)もらえる。

「人々は見返りに反応する」とステファン教授は指摘する。「そして大学は今や論文数やインパクトファクターなどの計量的数値に振り回されている」とステファン教授。どこの大学も教員のインパクトファクター、引用データ、それらのアウトプットに注視している。

ステファン教授の「2011年のScience」論文は次のように述べている。

「Science」誌への論文掲載に現金の見返りが得られると、研究者は「Science」誌に多く投稿する。しかし、多く投稿しても受理数は上がらない。結局、「ごく一部の学術誌への論文掲載に大きな見返りを与えると、その学術誌に論文を出版しようとする動機・意欲は高まるが、受理される論文数が多くなるわけではない。その結果、その学術誌の出版システムはますます非効率的になる」。つまり、見返りは結果的に、学術誌に負担をかける、と結論した。

なお、ステファン教授の「2011年のScience」論文の第1著者はイタリアのミラノ工科大学(Politecnico di Milano)のキアラ・フランツォーニ準教授(Chiara Franzoni)だが、「2011年のScience」論文の出版で、3,500ドル(約35万円)のボーナスを受け取った。フランツォーニ準教授は、それを慈善団体に寄付したそうだ。

論文報奨金に対する肯定的な面として、ステファン教授は共同研究が盛んになることを挙げている。Science誌やNature誌に頻繁に論文出版する物理学者をステファン教授は知っているが、その教授に、現在、中国の研究者からたくさんの共同研究が申し込まれているそうだ。マー、これはいいことでしょう。

記事をまとめてから、「2017年のScience」論文の日本語解説があることに気が付いた。
→ 2017年12月16日:膝ががくがくする高額報奨金:標高360メートルのブログ

【7.否定的:編集委員の「2017年のNature」論文】

★2017年7月7日:編集委員: Don’t pay prizes for published science : Nature News & Comment

日本語訳:科学の出版に報奨金を払わないでください

出典 → ココ、(保存版

2週間前(2017年6月)、中国の四川農業大学(Sichuan Agricultural University)は、鳴り物入りで、「Cell」誌に論文(以下)を出版した研究グループに、1,350万元(200万米ドル、約2億円)の報奨金を授与したと発表した。

「Cell」論文1報で1,350万元(200万米ドル、約2億円)の報奨金と発表されたので、報奨金の額が多すぎると、ソーシャルメディアが騒いだ。

四川農業大学・稲研究所の所長で著者で、出版された論文の共著者であるリー・ピン教授(Li Ping)は、1,350万元(200万米ドル、約2億円)の資金の大部分は将来の研究のための研究助成金だとブログで説明している。賞金は50万元(約800万円)だけで、それは共著者27人で分割したそうだ。

リー・ピン教授(Li Ping)は、中国の小規模大学の研究者は安定した研究助成金を得るのが難しいので、この研究費は有望な研究を続けるために不可欠だと述べている。

リー・ピン教授(Li Ping)の病害抵抗性遺伝子の発見は、世界の国々の食糧供給に役立つだろう。だから、大学がエキサイトする状況は理解できる、しかし、報奨金の授与は、急すぎる。論文が「Cell」誌に発表されたのが6月29日木曜日で、報奨金の授与の発表は翌日の6月30日金曜日である。こんな急な報奨金の授与は、正しいのだろうか?

論文を出版した研究者に金銭的に報いる習慣は、中国の大学・研究機関に深く根付いている。 多くの教員・研究者にとって、それは大学の規則に書かれた公式の規則である。 例えば、浙江農林大学(Zhejiang Agricultural and Forestry University)は、「Cell」「Science」「Nature」論文に一律、50万元(約800万円)を支払うとある。

他の学術誌の論文での報奨金は計算式がある。たとえば、インパクトファクター(IF)が10より大きい学術誌の論文の場合、賞金はIF×1.5×10,000元である。

2016年の人民日報によると、中国の約90%の大学に論文報奨金制度がある。論文報奨金制度は中国独自のものではなく、カタールやサウジアラビアなどの国々の教員たちも同じように報いられている。

論文報奨金制度は研究者にとって良いことかもしれない。そしてそれは研究成果の宣伝になるので、大学にとっても良いことかもしれない。

ただ、長期的に見て、論文報奨金制度は研究の発展に優れた制度だろうか? 難しい問題だ。答えはおそらく「ノー」である。

第1点。研究を迅速な収入を得る手段とみなす研究文化を生み出す。事実を深く追求する最善の方法を検討する代わりに、論文を発表することに重点を置くようになる。

第2点。おそらくもっと重要なのは、出版後すぐに報奨することは、まだ追試されていない研究結果を報奨していることになる。四川農業大学の科学者の発見(真菌病のイネいもち病に対する抵抗性を付与する遺伝子の発見)が出版後の査読の精査に耐えられない理由はないと思うけど、もし、耐えられなかった場合、どうなるのか? 一般的に、内容は間違っていなくても、発表時、過大評価された論文は過去に多数ある。

【8.研究費報奨金】

論文と同じように外部研究費の獲得でも報奨金がある。
どうやら、日本の多くの大学が施行しているようだ。

では、外部研究費の獲得した教員にどのくらいの報奨金が払われるのか?

論文出版からズレるので、以下少しだけ、日本の事情を引用した。

★香川大学:研究費総額の1%

出典 → 2009年6月29日制定、2013年7月19日施行:香川大学における科学研究費助成事業を活用した研究活動推進者に対する報奨金の支給に関する要項

第4条 報奨金の額は、研究費総額の1%に相当する額とする。ただし、報奨金の額は、50万円を上限とする。

★九州大学:最大100万円

出典 → 教員の報奨制度 | 研究活動支援 | 研究・産学官民連携 | 九州大学(KYUSHU UNIVERSITY)

研究代表者としての受託研究費及び共同研究費の受入額並びに競争的研究資金の獲得額が、5千万円以上となる職員を対象とします。
 なお、上記の研究費及び研究資金は、間接経費(全学共通分)、一般管理費又は共同研究の管理費が付随しているものに限ります。

★東工大、名古屋大学

出典 → 2014年11月15日記事:科研費を獲得した研究者への報奨金の授与 | 日本の科学と技術

研究者の科研費獲得へのモチベーションを高める工夫として、報奨金制度を導入する大学が出てきています。報奨金の対象となる研究費の金額や、報奨金の金額は大学ごとにまちまちですが、公的研究費の一部がささやかながら研究者個人に還元される仕組みです。(東工大、名古屋大学)

科研費申請を行わない研究者には大学は研究費を減額、あるいは支給しない。

科研費の申請をおこなわないことを2年続けると、研究費がゼロになるというペナルティー。(高知大学)

「1人1課題以上の申請」を「義務」化し、それを果たさなかった教員には翌年度の研究経費の10%をカットする。(熊本大学)

【9.特許報奨金】

論文と同じように特許でも報奨金がある。

特許は本質的に金もうけの道具なので、特許報奨金で発明者に報いるのは、むしろ当然である。

大学で特許取得した教員にどのくらいの報奨金が払われるのか?

論文出版からズレるので、以下少しだけ、日本の事情を引用した。特許報奨金なので、企業研究者が主な対象となる。

★「2011年の大湾・長岡」論文

2011年3月:OWAN Hideo & NAGAOKA Sadao著:Intrinsic and Extrinsic Motivations of Inventors
出典 → ココ

日本語要旨があるので以下に引用した。

発明者の内発的動機と外発的動機
大湾 秀雄 (東京大学)、長岡 貞男 (研究主幹)

研究開発者の研究意欲を高める動機づけ要因として何が重要なのかを理解することは、彼らの研究環境や待遇を規定する制度を設計する上で基本となる。研究開発生産性と発明者の動機の強さとの相関をみると(下表参照)、研究開発者の生産性を決定する要因の中で、科学への貢献意欲や、困難な問題の解決への興味といった内発的動機が極めて重要であることを示唆している。企業レベルの研究開発生産性を上げるためには、科学技術への貢献意欲が高く、チャレンジ精神の高い人材を集めるだけでなく、そうした動機付けを伸ばす自律的な研究環境の整備が求められる。

内発的動機が低いと予想される場合には、金銭的報酬によって生産性が上昇する可能性があるが、既に内発的動機が高く自由度も高い職場で、金銭的報酬が提示されると、プロジェクトの選択が歪められる可能性が出てくる。つまり、本来選択するべき価値の高いチャレンジングな研究課題ではなく、成功確率の高い安全な研究課題を選択する方向に意思決定が歪められる。この問題を避けるためには、すべての発明に報酬を与えるのではなく、ブレイクスルーを起こして会社の利益に大きな貢献をもたらした研究のみに報奨金を払うか、もしくは発明報奨金ではなく事後的な昇給昇進という形で功績に報いることが必要であろう。

★特許報奨金の相場

2013年8月16日の大平国際特許事務所の記事:発明して特許を取ると会社員の給料はどのくらい増える?

年間数千万円の特許報奨金をもらっている社員もいますが、社外はもちろん、社内でも公表はしていない。

年間数十万円~数百万円程度の報償金をもらっている人はどの会社にも相当数いると思われます。

この発明報奨金は、大学では売上(ライセンス料)の3割とかが普通ですが、これは会社の基準から見れば、とんでもなく高いです。大企業では1%を超えるところはあまり無いと思います。0.1%~0.01%の間の会社も多いと思われます。

●4.【関連情報】

① 2006年6月14日の編集委員の「Nature」論文:Cash-per-publication… | Nature
② 2017年10月9日のMark W Neff著の「Science and Public Policy」論文:Publication incentives undermine the utility of science: Ecological research in Mexico | Science and Public Policy | Oxford Academic
③ 「2011年のScholarly Kitchen」論文
2011年8月8日:Phil Davis著:Are Cash Bonuses the Right Incentive for Science Authors? – The Scholarly Kitchen
日本語訳:現金ボーナスは論文著者への正しいインセンティブなのか?
出典 → ココ

前述したように、ジョージア州立大学の経済学教授・ポーラ・ステファン(Paula Stephan)らが論文報奨金に関する「2011年のScience」論文を発表した。その論文に対して、フィル・デイビス(Phil Davis、写真出典)が「Scholarly Kitchen」が意見を述べた。

●5.【白楽の感想】

《1》動機・意欲

意図に書いたが、研究界では論文出版に対する見返りがある。一般的に、論文を出版することで、博士号取得などの資格授与、研究職への採用、職位の昇進、特許申請で金銭的利得、研究費と院生・ポスドクの獲得で研究職上の利得、ノーベル賞を含めた各賞受賞による名声など、論文出版は研究者に富・名声・名誉を与える。学術界と社会はこの仕組を当然視した制度設計をしている。

この仕組みを増強する方策として、大学・研究機関は論文を出版した研究者に論文報奨金、つまり、お金を支給する。

これは、歩合制という考え方であるが、日本が間接経費を導入したことが根本にある。つまり、教員が科研費を獲得すると、研究に直接かかる費用(直接経費)とは別に、直接経費の30%が間接経費として大学・研究機関に付与される。

そして、間接経費は、科研費を獲得した国(研究助成機関)からの報奨金という概念が日本に定着してしまった。本家の米国では、間接経費は元々そのような報奨金ではないのだが、日本が歪曲して導入してしまった。

なお、古い話だが、白楽は、1995年、文部省在外研究員として、米国NIHの研究費配分部局に5か月滞在した。プログラム・ディレクターの立場から、米国NIHの研究費配分システムを研究し、帰国後、『アメリカの研究費とNIH』を出版した。米国の研究費配分システムを研究した最初の日本人だった。
→ アメリカの研究費とNIH (ロックビルのバイオ政治学講座) | 白楽ロックビル | Amazon

当時、『アメリカの研究費とNIH』は、霞が関のバイブルと呼ばれていたそうだ(官僚の話)。入れ替わり立ち代わり、たくさんの官僚が研究室に来られた。自民党本部に呼ばれ、数十人の政治家・官僚の前で講演(解説?)をした。そして、その数年後、日本の研究費制度の大改革が始まった。

大学・研究機関は論文を出版した研究者に論文報奨金を支給することは、研究者にとって論文出版の動機・意欲付けとなる。なんとなく、合理的に思える。

米国の大学も論文報奨金を出しているが、主要な大学を含め大半の大学は出していない。一方、中国やロシアでは主要な大学を含め大半の大学が熱心に論文報奨金を出している。どっちが資本主義国でどっちが社会主義国なのか、単純な頭の白楽は混乱している。

《2》運用と本質

論文報奨金の欠陥やマイナス面を指摘する人が多い。否定的な意見が主流である。

しかし、論文報奨金の運用の下手さと制度そのものの本質的な欠陥を混同している意見が多い。

例えば、大量の「ゴミ論文」が発生すると批判するが、「ゴミ論文」を論文報奨金の対象外にすればいいだけだ。

例えば、出版後すぐに報奨することの弊害を指摘しているが、ある程度評価が定まってから報奨すればいいだけだ。

いちいち反論しないが、批判者は嫌悪感が先にあるようだ(以下《3》に示すように白楽も同じように嫌悪感があった)。

なお、本質的な欠陥を指摘する論文もある。以下はその1例。

大学と限定した研究ではないが、企業や組織が社員の成果に報奨金を与えると「職場の不正行為を増やす」と、米国の研究者が2018年9月の「Journal of Accounting, Ethics & Public Policy」論文で述べている。

研究チームは数々の仕事の現場を調査・分析した結果、金銭報酬が伴うゴール設定は職場の不正行為を増やす原因となっていることを示唆している。

「これらの意図しないネガティブな帰結は従業員の不誠実、非倫理的行動、リスクテイクの増加、立場への固執、自己制御の低下につながる可能性があります」(ビル・ベッカー准教授)(2019年1月7日記事:インセンティブが不正の温床に!?組織のモラル低下を防ぐ4つの対策 – グノシー

《3》日本の大学の論文報奨金

日本の大学はどうして論文報奨金を出さないのだろう?

日本の大学の論文報奨金制度をウェブで探る限り、ヒットしてこない。

実は、論文報奨金制度は少し変形して存在する。

ウッカリしていたが、白楽が所属していたお茶の水女子大学では、論文出版すると給料が増える制度を導入していたと思う。つまり、論文報奨金制度があったと思う。

論文出版数だけでなく、指導した院生数、賞の受賞など、教育と研究上の成果を点数にして申告し、その申告に対して翌年度の給料が増減したと思う。研究費報奨金もあったかもしれない。ただ、白楽は、学会賞を受賞したことがあり、大学に連絡した。しかし、ボーナス(金銭的な収入)はなかった、と思う。

自分の事なのに「思う」という曖昧な書き方をしているが、実は、白楽自身、当時、この制度に嫌悪感を抱いていていた。

そもそも、大学からこの制度の導入について説明を受けた記憶がない。この制度がいつ、どのような経過で導入されたのか、白楽は知らない。意図がわからない。

どうやら制度が施行されたようだとウスウス感じた後でも、白楽はへそ曲がりなので、指導した院生数、論文出版数をまともに申告しなかった、と思う。

振り返って、自分はどうして、そのような態度をとったのか考えてみた。

第1点。前述したように、この制度の導入について説明を受けていないので、状況がわからなかった。説明を求めても答えてくれる人もいなかった。

第2点。こちらが基本的な思いである。指導した院生数、論文出版数、賞の受賞などに金銭で報いる方式は、なんというか、金もうけのために院生を集め、金もうけのために論文を出版する低俗な人間とみなされた気がして、嫌悪感が強かった。つまり、教育・研究を金もうけの道具とみなす価値観に嫌悪感を抱いていた。金もうけのために院生を育てているのではない、金もうけのために研究しているのではない、という気持ちである。

今から思うと、白楽はバカだった。素直に申告しても害はなかった、と思う。

2019年1月8日現在、白楽は論文報奨金や研究費報奨金システムに賛成する。但し、インセンティブ(動機・意欲付け)なので、1報出版したら数万円ではなく、数十万円を支給する。1千万円の研究費を獲得したら100万円を支給する。1億円の研究費を獲得したら1,000万円を支給する。つまり、直接経費の10%を報奨金とする。大学・研究機関は直接経費の30%が間接経費として付与されるのだから、10%を報奨金としても20%は手元に残る。

要するに、インセンティブ(動機・意欲付け)なのだから、ハッキリと、意欲を刺激する金額を支給すべきである。中国方式は金額・論文のランク付けなど学ぶ点が多い。

話がズレたので本論に戻す。

日本の大学では、論文出版を歩合とみなし、給与に反映させる制度があると、思う。ただ、ゴメン、具体的にどの程度あるのか、論文1報当たり何万円なのか、白楽は、知りません。実態が把握できないので、制度の功罪も深く考察できていません。

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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●6.【コメント】

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