1‐2‐7.✖ 日本版・研究公正局の設置:白楽の提言

以下は2014年7月19日の記事である。2016年12月5日現在「日本版・研究公正局の設置」を提言しない。
理由は、「1‐5‐5.研究ネカトは警察が捜査せよ!」である。
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「どうすべきか?」の最初に、科学公正委員会 (科学CIA、日本版研究公正局)を創設を提言する。

【日本版・研究公正局の設置】

白楽は、「日本政府は政府機関として科学公正委員会 (科学CIA、日本版研究公正局)を創設すべきである」と主張してきた[1]。拙著を読んでいただきたいが、簡単に書くと、提言は2つあり、セットである。

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【提言】  『科学研究者の事件と倫理』に記述した2つの提言[1]。

  • 提言1.
    政府は政府機関として科学公正委員会 (科学CIA、日本版研究公正局)を創設すべきである。
  • 提言2.
    主要大学は、理系学部(医工理農薬歯など)に科学文化学研究室を設置すべきである。

米国の社会文化(民主主義、透明性、自律性など)と比べ、日本は封建的・垂直的な文化なので、政府機関の「科学公正委員会」は強権的になるだろう。また、研究規範の思想・知識・スキルをもつ人材育成システムが、現在の日本には欠けている。

これらの欠点を補填する仕組みとして、大学に科学文化学研究室を設置することが大事である。研究室の担当教員(科学文化学教員)は所属大学の学生・大学院生・教職員に研究規範を教育する。また、米国の大学・研究機関に義務化されていて、現在、4,500人いる研究規範官(Research Integrity Officer)はいずれ日本に必要になる。その役も担う。科学文化学教員は、政府機関の「科学公正委員会」を批判しつつ、「科学公正委員会」委員とも相互に人事交流する。

なお、すべての科学文化学研究室が、研究規範を専門とするのではなく、生命倫理、医療倫理、工学倫理、科学史、科学メディア、科学コミュニケーション、科学と法律、科学と政治、など大学・学部によって多様でよい。
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2015年4月、日本医療研究開発機構が発足する。その中に日本版・研究公正局を作る案がある。白楽は、その中に作るのは反対だ。

2014年2月、米国・研究公正局の所長・デビッド・ライト(David Wright)は、連邦政府の官僚機構のヒドさに頭にきて2年余りで辞職した。彼は、米国・研究公正局の大きな問題は「独立性が高い組織になっていない」点であると指摘している。(出典:Jocelyn Kaiser、4 April 2014:「Former U.S. Research Fraud Chief Speaks Out on Resignation, ‘Frustrations’ | Science/AAAS | News」)

科学技術の公正性は府省の枠と無関係だ。大学、公立研究機関、企業の枠とも無関係だ。日本では、厚生労働省・文部科学省の枠を超えて、日本の全ての科学技術の研究公正に対処する組織にすべきなのだ。だから、日本版・研究公正局は、内閣府の外局として、公正取引委員会と同列の組織にすべきである。

米国・研究公正局の構成員は28人である。内、研究博士(Ph.D.)16人、法務博士(J.D.=弁護士)6人、医師免許(MD)3人だ。この人数では人員が足りなくて、必要な対処ができていない。日本の組織も同程度の資格所持者を配置すべきだろう。しかし、これは至難である。そういう資格者を専任で配置するのは非現実的だ。

それで、非正規職員を雇用する。日本には、定年退職した科学技術人材があふれている。日本版・研究公正局を核に、駐車違反を監視する駐車監視員のような研究公正監視員を設けるとよい。

もう1つの問題は、正規職員、非正規職員にしろ、「研究公正」性の高度な考え方・知識・スキルをもっている人材が日本には少ない。教育してもすぐに身に付くものでもない。近い将来のために、いくつかの大学に早急に科学文化学研究室を設けるべきだろう。

「研究規範(研究倫理)」研究の日本の第一人者である愛知淑徳大学の山崎茂明教授も、2002年の著書で、「米国・研究公正局をモデルにした日本版・研究公正局の設置」を改革の重要なステップだとしている[2]。

「研究規範」について日本でもっとも詳しい2人が「日本版・研究公正局の設置」を長いこと提案してきた。しかし、2014年現在、日本政府は設置できていない。どうしてなんだろう?

【なぜ、米国の25年遅れ?】

米国は、1980年代、過去の研究不正が問題視されたのをきっかけに、連邦政府、研究助成機関、学術出版界などが、研究不正問題に真剣に取り組んだ。

その結果、米国連邦政府は、対策の柱として、1989年3月、政府機関である科学公正局(Office of Scientific Integrity、OSI)を設置した。科学公正局は研究公正局(ORI、Office of Research Integrity)へと発展的に解消した。研究公正局(ORI)は、現在、研究不正の中枢機関として機能している。

米国が1980年代に学術界の不祥事に対処した時、日本の政府・学術界・大学教員・研究者は、全く無関心だった。もともと、それ以前から自国のスキャンダルとして学術界の不祥事は報道されていたのだが、正面から改革に着手しようとしなかった。そういう体質を反映して、身近な米国であれほど大々的に取り上げられていたのに、日本に導入しようとしなかった。どうしてか?

知らなかった? そんなことはない。というか、身近な米国で大々的に取り上げられていたのに本当に知らなかったら、日本の科学政策は本当にアウトだ。

イヤ、実は、日本は「本当にアウト」なのかもしれない。研究者は論文を読み、国際学会に出席し、世界の研究動向を追い、知っている。そこで知った研究上の問題点は日本の研究者に伝えるルートがある。しかし、社会的な問題点を日本の政治家、官僚、メディア、一般社会に伝えるルートがない。

白楽は、1980~2年、米国NIH・国立がん研究所に研究留学していた。1981年、コーネル大学でマーク・スペクター事件が勃発した。データねつ造事件である。同僚がコーネル大学・大学院出身だったことから、実験室の同僚にコーネル大学の友人から電話がかかってきて、同僚は、実験室で興奮して話していた。白楽は、事件を他人ごとではないと感じ、米国からいち早く日本の生命科学系雑誌に事件の顛末を解説した。しかし、当時、社会的な問題ととらえられず、日本から何も反応はなかった。日本は全く動かなかった。

米国に25年遅れ、2006年8月8日、文部科学省はようやく「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」を作成した[3]。このガイドラインは、つい最近、2014年2月に「見直し・運用改善」がされたが、白楽から見ると、出来そこないの「見直し・運用改善」である[4]。それは、なにかの折に記述することにして、25年遅れの本質的問題は、日本の学術システムを改革する意識がきわめて貧弱だということだ。

日本の学術組織は偉い人たちの組織である。一般大衆から見ると、はるか雲の上の存在である。この学術組織は、官僚と学者ボスの利権構造に守られていて、雲の上の存在にすることで、一般大衆からの正面からの批判も封じている。専門家集団である大多数の研究者・大学院生は、研究費、ポスト、昇進、学位という下世話な自分の身の安全を考え、日本の学術組織の問題点を正面から分析・批判・改革を主張しない。

そのことで、日本の学術組織は、官僚と学者ボスに都合の状態が維持されている。官僚的と学者ボスの不利になるかもしれない学術システムの改革が提言されても、強力に足を引っ張る。この本質は現在も変わらない。

【なぜ、各研究機関に対処させるのか?】

文部科学省のガイドライン(2006年、2014年)では、研究不正への対処は、「被告発者の所属する研究機関が行なう」、としている。つまり、大学や研究所が研究不正の調査委員会を設けて対応することになっている。

研究不正が全国的に発生しているということは、各研究機関の特殊事情ではない。日本全体に共通した問題だ。それを、どうして所属研究機関に対処させるのだろうか?

そもそも、今までの大学や研究所の機能に研究不正に対処する機能はない。「研究規範」のエキスパートはいない。だから、研究不正の調査委員(いわゆる“偉い人”たち)を選任しても、「研究規範」の知識・経験・対応能力がない。本来、専門分野の研究に忙殺されている人たちだ。事務局職員の調査資料を基に、にわか勉強して対処するのだろうが、これでは、体力があり健脚かもしれないが、オニギリとスニーカーで冬山登山に向かうようなものだ。

2014年上半期、理化学研究所の小保方事件が日本で大騒動になった。この事件で、小保方さんの「研究規範」の欠落が明らかになった。しかしそれだけでなく、小保方さんの論文を調査する調査委員自身の「研究規範」の欠落も露呈した。

STAP論文調査委員長、自らの論文疑義で辞任
STAP(スタップ)細胞の論文問題で、理化学研究所の調査委員会委員長を務める石井俊輔・上席研究員(62)が24日夜、自分の論文に関する疑義が出ているとして、委員長を辞任する意向を理研に伝えた。
・・・2014年04月25日 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

理研調査委員2氏の論文にも疑義
新型万能細胞「STAP(スタップ)細胞」の論文問題で、理化学研究所の小保方(おぼかた)晴子氏を不正と認定した理研調査委員会の委員のうち、理研に所属する2人の論文計5本に画像を切り張りした疑いが指摘されていることが1日、分かった。理研は本格的な調査が必要かを判断する予備調査を始めた。
  指摘されたのは理研の古関明彦グループディレクターと真貝洋一主任研究員で、対象論文は古関氏が責任著者として平成15~23年に発表した4本と、真貝氏と前調査委員長の石井俊輔上席研究員が共著で17年に発表した1本。いずれも遺伝子を調べる実験結果の画像の一部を切り張りしたのではないかとの指摘が外部からあった。・・・2014年5月1日 MSN産経ニュース

そりゃそうだ。現在の日本の大学教授・研究者の「研究規範」はイイカゲンな人が多い。そもそも、日本は研究者育成の過程で「研究規範」が教育されていない。だから、現在の大学教授・研究者の「研究規範」の思想・知識・スキルは危険な人が多い。当然ながら、文部科学省のガイドラインなど公的な規則にも不備が多い。

だから、トットと、「研究規範」の知識・経験・対応能力を持つ専門家集団の科学公正委員会(日本版・研究公正局)を設置し、研究規範教育を徹底しておくべきだったのだ。そして、研究不正だけでなく学術界の不祥事をすべて扱う中枢機関として機能させておくべきだった。研究機関で発生した主要な事件の処理を請け負い、研究機関への資料提供、アドバイスなども行なわせるべきだった。

ここまで、書いたら、2014年5月1日、英科学誌ネイチャーも同じことを提言している。

STAP「同僚に疑いの目、嫌がる文化」…英誌
STAP(スタップ)細胞の論文を掲載した英科学誌ネイチャーが、1日付の同誌論説で「米国の研究公正局のように、日本も研究不正を監視する公的組織を設立すべきだ」と提言した。・・・2014年05月02日読売新聞(YOMIURI ONLINE) 

ただ、政府が日本版・研究公正局を設置しても、白楽は複雑な気持ちになる。1996年、白楽は研究費制度の改革を提言した[文献5]。それで、プログラムオフィサーが設置されたが、日本は、米国(プログラムディレクター)とは似て非なる名目だけの役職を作ってしまった。日本版・研究公正局は、米国版・研究公正局と似て非なる名目だけの組織にしないでほしい。

【文献】

  1. 白楽ロックビル(2011):『科学研究者の事件と倫理』、講談社、東京: ISBN 9784061531413  2014年4月30日閲覧
  2. 山崎茂明(2002):『科学者の不正行為 捏造・偽造・盗用』、丸善、ISBN:4-621-07021-5
  3. 文部科学省(2006年8月):「研究活動の不正行為への対応のガイドラインについて」、2014年5月2日閲覧
  4. 文部科学省(2014年2月): 「公正な研究活動の推進に向けた「研究活動の不正行為への対応のガイドライン」の見直し・運用改善について(審議のまとめ)」、2014年5月2日閲覧
  5. 白楽ロックビル (1996) 『アメリカの研究費とNIH』、 196p., 共立出版