7-28.ジョン・マックールの捕食論文悪ふざけ

2019年1月30日掲載

白楽の意図:捕食学術誌にトンデモない論文を投稿して、採用されるかどうかを試す捕食学術誌への悪ふざけは、既に何回も記事にしている。今回も同じような悪ふざけである。この手の悪ふざけは食傷気味だが、「2017年ネカト世界ランキング」の「2」の7番目なので、記事にした。ジョン・マックール(John McCool)の「2017年のScientist」記事である。紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.論文内容
4.関連情報
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

捕食学術誌にトンデモない論文を投稿して、原稿内容のチェックや査読がいい加減さを示した「悪ふざけ」の顛末である。この事件は、「2017年ネカト世界ランキング」の「2」の7番目である。

●2.【書誌情報と著者】

悪ふざけを仕掛けた人は、ジョン・マックール(John McCool)である。

★書誌情報

★著者

●3.【論文内容】

【1.序論】

今年(2017年)の初め、私(ジョン・マックール)は怪しげな泌尿器科学誌に論文を投稿するよう依頼された。 私は医者ではないし、泌尿器学の研究者でもない。私は捕食学術誌に強い反感を抱いている科学編集者です。そして、私はテレビドラマ『となりのサインフェルド』(Seinfeld)の大ファンでもあります。

『となりのサインフェルド』(Seinfeld)は1989年7月5日から1998年5月14日までアメリカのNBCで放送された、アメリカ人の4人に1人が見たという国民的コメディドラマで1990年代で一番の人気を誇ったニューヨークを舞台にしたシチュエーション・コメディ。(となりのサインフェルド – Wikipedia

『となりのサインフェルド』(Seinfeld)の主要登場人物。左から:ジェリー・サインフェルド(主役)、ジョージ・コスタンザ(ジェリーの高校時代からの親友)、エレイン・ベネス(ジェリーの元彼女)、コズモ・クレイマー(ジェリーのアパートの隣人)。非営利目的での再使用が許可された画像。写真出典:https://vimeo.com/257041306

【2.原稿作成】

そこで私(ジョン・マックール)は、この出版社に挑発的な論文を投稿してみることにしました。

学術誌は、メド・クレイヴ社(MedCrave Group)の学術誌「泌尿器科学と腎臓学のオープンアクセス学術誌(Urology & Nephrology Open Access Journal)」である。

『となりのサインフェルド』(Seinfeld)の1991年の古典的なエピソード「駐車場(Parking Garage)」に、架空の病気である「尿膜炎」を発症した男性の話がある。その話を基に「症例報告」論文を完全にねつ造した。

ドラマでは、サインフェルドは、モールの駐車場でなかなか自分の車を見つけることができなかった。ところが、オシッコをしたくなり、ついに、我慢できなくなった。それで、ガレージ脇で立小便をした。そこを、運悪く、警備員に見つかった。それで、サインフェルドは「尿膜炎」にかかっていて、尿意を催したときに小便をしないと死ぬ可能性があると主張して、その場を切り抜けた。というエピソードである。

論文の著者を『となりのサインフェルド』(Seinfeld)でコズモ・クレイマーが演じる内科医マーティン・ファン・ノストランド(Martin van Nostrand、写真出典)とし、さらに偽の共著者を2人加えた。

マーティン・ファン・ノストランド(Martin van Nostrand)の電子メールアカウントを作成し、著者が研究していたとする架空の研究機関「アーサー・バンデレー泌尿器学研究所(Arthur Vandelay Urological Research Institute)」も作成した。

論文の謝辞欄には、『となりのサインフェルド』(Seinfeld)のエピソード「心臓発作(The Heart Attack)」に登場する奇妙な霊的治療師トム・エックマン(Tor Eckman)への謝辞を記載した。

そして、私(ジョン・マックール)は、可能な限り実際の症例報告に近いスタイルの原稿を書いた。ただし、それは100パーセントの偽物でした。

そして、2017年3月22日に投稿した。

【3.論文出版】

驚いたことに、投稿して1時間も経たないうちに、学術誌の担当者から、原稿は査読中だとの返事が来た。

私達はあなたの原稿が受理され、査読プロセスに入ったことをお伝えできることをうれしく思います。論文の進行を適切にお伝えいたします(We are glad to inform you that, your manuscript is accepted for further Peer Review process and will let you know the article updates timely.)

さらに驚くことには、その3日後、原稿は条件付きで受理されたのである。

条件は、要約を少し削除し、患者の検査結果を含めるなどのマイナーな修正を行なうこと。そして、799ドル(約8万円)の論文掲載料を支払うこととあった。

論文掲載料の支払いを除き、私は要求された修正のすべてを行なった。

そして、2017年3月22日、私の論文は学術誌のウェブサイト(PDF)に出版されました。ただ、要求された料金は支払っていませんし、今後、支払うつもりもありません。

白楽が論文を探すと、学術誌のウェブサイトから論文は削除されていた。しかし、保存版が見つかった。2頁の短い症例報告で、以下に書誌情報を示す。
→ ココ

  • Uromycitisis Poisoning Results in Lower Urinary Tract Infection and Acute Renal Failure: Case Report
    Urol Nephrol Open Access J 2017, 4(3): 00132
    Nostrand MV, Riemenschneider J, Nicodemo L
    DOI: 10.15406/unoaj.2017.04.00132
    Received: March 22, 2017 | Published: March 31, 2017

要旨の冒頭を以下に示す。

尿膜炎は、米国では毎年2,000人を超える人、主に成人男性および女性、が罹患している。まれではあるが深刻な症状になる。簡単に説明すると、尿膜炎は長期間、膀胱の内容物を排出しなかったことで引き起こされ、「尿膜炎中毒」として知られる下部尿路の重篤な感染症をもたらす。もし治療しないと、急性腎不全を引き起こす可能性があり、死亡率は高い。

【4.チェックなし】

論文に記載した著者の所属は以下のようだった。

1. Department of Interventional Urology, Arthur Vandelay, Urological Research Institute, USA
2. Department of Psychology, Weill Cornell Medical College, USA
*Corresponding author: Martin van Nostrand, Arthur, Vandelay Urological Research Institute, 129 W 81st Street, New York, NY 10024, USA, Email:xxxx@xxx.

所属の1番目は、既に説明したように、架空の研究機関「アーサー・バンデレー泌尿器学研究所(Arthur Vandelay Urological Research Institute)」である。

所属の2番目は、日本語ではコーネル大学・心理学科である。この大学・学科は実在していそうだが、実は、架空である。「Weill Cornell Medicine」という大学はあるが、「Weill Cornell Medical College」という大学はない。また、コーネル大学には心理学科はない。精神科学の中に心理学コースがあるだけだ。

論文で報告した病名「尿膜炎(uromycitisis)」は実在しない。また、連絡著者の「マーティン・ファン・ノストランド(Martin van Nostrand)」を単純にグーグル検索すると(英語で)、『となりのサインフェルド』(Seinfeld)が何千もヒットする。病名「尿膜炎(uromycitisis)」も検索すると(英語で)、『となりのサインフェルド』(Seinfeld)がヒットする。

さらに、参考文献欄にリストした「論文」を1つでも、編集者または査読者がチェックすれば、論文がデタラメだと容易に判断できたハズだ。

このように、デタラメだと簡単に識別できる論文を、学術誌はなぜ出版したのか?

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読者は私に「なぜ、こんな馬鹿げたことをしたのか?」と尋ねるでしょう。

私は1年近く、捕食学術誌の撲滅運動を個人的にしてきました。既に、捕食学術誌について数報の記事を書いています。

2016年、私はメド・クレイヴ社(MedCrave Group)の別の学術誌「Journal of Nanomedicine Research」から論文を投稿するよう依頼されました。私はこのことにについて「LinkedIn」に記事を投稿しましたが、しかし、それは広く読まれず、またこの学術誌が捕食的だと指摘した効果もさほどありませんでした。

2017年、それで、同じメド・クレイヴ社の学術誌「泌尿器科学と腎臓学のオープンアクセス学術誌(Urology & Nephrology Open Access Journal)」から投稿を依頼された時、極端な方法ではあるが、挑発的な論文を投稿する方が効果的ではないかと私は思いました。それで、架空の症例報告を書いたのです。

私の短期的な目標は、お金を払えば、メド・クレイヴ社はフィクションを研究論文として印刷する出版社である、ことを示すことです。

そして、私の長期的な目標は、野心的な目標だと思いますが、学術出版界から捕食学術誌を完全に撲滅することです。

【5.メド・クレイヴ社の反論】

ジョン・マックール(John McCool)の「2017年のScientist」記事の公称出版日は2017年4月6日である。実際はその数日前に出版されたと思われる。

マックールの記事が出版されると直ちに、メド・クレイヴ社は「メド・クレイヴ社は捕食出版社ではありません」と題する記事をアップした。
→ 2017年4月3日記事:Medcrave Is Not Predatory Publisher: Medcrave – Open Access Publishing Group

内容は、ジョン・マックール(John McCool)の「2017年のScientist」記事には何も触れずに、次のような真っ当な意見を述べている。

得られた知識は共有されるべきです。 この信念に基づいて、メド・クレイヴ社は、科学的コンテンツ(論文)を無制限に閲覧できるオンライン出版を始めました。研究情報を集めることは、院生や研究者にとっては骨の折れる作業です。多くのオンラインサイトで科学的コンテンツ(論文)が提供されていますが、それらのほとんどは有料です。メド・クレイヴ社は、隠れたコストなしに、そのようなコンテンツへの無料アクセスを提供しています。科学研究を推進するにあたり、メド・クレイヴ社は科学愛好家や学者がそれぞれの分野で研究するのを助けています。 メド・クレイヴ社のサイトでは、研究のために、幅広いトピックに関する論文や学術誌を利用することができます。

以下略

●4.【関連情報】

① 2017年4月6日のアリソン・マクック(Alison McCook)記者の「論文撤回監視(Retraction Watch)」記事:Hello…Newman: Yet another sting pranks a predatory journal, Seinfeld-style – Retraction Watch

【捕食学術誌への悪ふざけリスト(1)】

捕食学術誌への悪ふざけリスト(1)」を作りました。ご利用ください。

【捕食学術に関する白楽の記事リスト】

捕食学術に関する白楽の記事リストのページ「捕食学術の記事リスト(1)」も作りました。ご利用ください。

●5.【白楽の感想】

《1》わかりやすい

捕食論文悪ふざけは、研究者以外の人に捕食論文の粗悪ぶりを伝えるにはわかりやすい。メディアの関心も引くだろう。

しかし、捕食出版社を撲滅するのに有効とは思えない。

《2》日本学術会議

日本学術会議は、2019年4月19日に「危機に瀕する学術情報の現状とその将来 Part 2」という学術フォーラムを開催し、そこで捕食学術問題を論じようとしている。興味のある方はご参加を。なお、白楽は関与していません。

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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●6.【コメント】

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