7-69 ネカトを犯罪とします?

2020年12月24日掲載 

白楽の意図:ネカトを犯罪化すべきかどうか、決定を下す前に、考慮すべき複雑な問題点を、スウェーデンのゲルト・ヘルゲソン教授(Gert Helgesson)が整理・指摘・分析した「2018年8月のMed Health Care and Philos」論文を読んだので、紹介しよう。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.論文概要
2.書誌情報と著者
3.日本語の予備解説
4.論文内容
5.関連情報
6.白楽の感想
8.コメント
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【注意】「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直してあります。

●1.【論文概要】

この論文では、研究倫理学の多くの論文が支持している「研究不正行為を犯罪とする」ことを議論する。ねつ造・改ざん・盗用(ネカト)が最も深刻な形の研究不正行為と認め犯罪化すべきだが、他の形の研究不正行為は犯罪化すべきではないという意見には反対する。ただ、犯罪化をネカトに限定する線引きは、含まれるべき行為、除外されるべき行為について検討すべき点がある。なお、研究不正行為の犯罪化には大きな利点が期待されるが、法律を制定したことで、法規制外の疑わしい行為は「カウントされない」という誤った印象を与えるリスクが生じる可能性がある。研究不正行為を犯罪化することで、大学の負担が軽減され、研究公正が向上するかどうかは、不確かである。健全な研究環境を促進するためには、むしろ、犯罪化ではない措置を講じること方がより重要だという面もある。

●2.【書誌情報と著者】

★書誌情報

  • 論文名:Criminalization of scientific misconduct
    日本語訳:ネカトの犯罪化
  • 著者:William Bülow & Gert Helgesson
  • 掲載誌・巻・ページ:Med Health Care and Philos 22, 245–252 (2019).
  • 発行年月日:2018年8月28日
  • 引用方法: Bülow, W., Helgesson, G. Criminalization of scientific misconduct. Med Health Care and Philos 22, 245–252 (2019). https://doi.org/10.1007/s11019-018-9865-7
  • DOI: 10.1177/1745691612460687
  • ウェブ:https://link.springer.com/article/10.1007/s11019-018-9865-7
  • PDF:
  • 著作権:CC BY 4.0。論文の複製、頒布、説明で、著作権者の表示が必要

★著者

  • 責任著者:ゲルト・ヘルゲソン(Gert Helgesson)
  • 紹介:Gert Helgesson | Medarbetare
  • 写真:同上
  • ORCID iD:http://orcid.org/0000-0002-0075-0165
  • 履歴:(24) Gert Helgesson | LinkedIn
  • 国:スウェーデン
  • 生年月日:スウェーデン。現在の年齢:46 歳?
  • 学歴:スウェーデンのウプサラ大学(Uppsala universitet)で研究博士号(PhD)を取得、2002年
  • 分野:ネカト、医学倫理
  • 論文出版時の所属・地位:2015年5月1日よりカロリンスカ医科大学・教授(Karolinska Institutet: Stockholm, SE | Professor (Department of Learning, Informatics, Management and Ethics)

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カロリンスカ医科大学(Karolinska Institute)。Pressfoto: Janos Kovacs。写真出典

●3.【日本語の予備解説】

省略

●4.【論文内容】

《1》序論 

研究上の不正行為は研究界での一般的な問題で、研究の公正、信頼、客観性を損なう(Fanelli 2009; Pickett and Roche2018)。また、研究者と一般市民の信頼も損なう(Shamoo and Resnik 2009; Hansson 2011; Resnik2014)。したがって、研究上の不正行為に対抗する方法を検討することは重要である。

おそらく最も抜本的な提案は、深刻な不正行為(例えば、ねつ造・改ざん)を犯罪化し、不正者を処罰すべきという提案である(Redman and Caplan 2005、2015; Sovacool 2005; Bhutta and Crane 2014 ; Pickett and Roche 2018)。ここでの犯罪化とは、罰金、地域奉仕、投獄などの刑事罰を科す刑事犯罪とするという意味である。

研究倫理学の論文は、「研究不正行為を犯罪とする」必要性を支持している(例えば、Bhutta and Crane 2014; Redman and Caplan 2005、2015; Sovacool 2005; Pickett and Roche 2018)。

しかし、哲学的な観点では、特定の行動を犯罪化するには道徳的正当性が必要である。投獄などの刑事罰には、犯人からのさらなる危害を防ぐ面もあるが、犯人の自由を意図的に剥奪する。それは、犯人に社会的、経済的、感情的に依存している犯人の家族や関係者に不幸・不利益をもたらす。人間社会は故意に他人に不幸・不利益をもたらしてはならないという道徳的に主要な義務があることを考えると、特定の行動を犯罪化し、犯罪者を罰するには、道徳的正当性が必要である。

研究上の深刻な不正行為を犯罪化すべきと主張する人々は、ねつ造・改ざん・盗用(ネカト)が最も深刻な形の不正行為であるとしている(Bhutta and Crane 2014; Sovacool2005)。

その主張では、「研究結果の選択的提示」「ズサン」「統計の不適切な使用」などは犯罪化すべき不正行為には該当しないとしている(Sovacool2005)。しかし、ネカト以外にも犯罪化すべき研究上の深刻な不正行為があると主張する研究者もいる(Redman and Caplan 2005; Pickett and Roche 2018)。

この論文では、両方の主張について議論する。

この論文のネライは、「研究不正行為を犯罪化すべきかどうか、もしそうなら、その法律の詳細をどう構築すべきかについて最終的な答えを提示する」ことではない。研究不正行為を犯罪化すべきかどうか決定を下す前に、考慮すべき複雑な問題点を整理・指摘・分析することである。

特に、研究不正行為を犯罪化する場合の道徳的正当性を考えると、ネカトのみを対象とする法律は、包括的すぎ・排他的すぎる。つまり、ネカトだけを対象とすると、犯罪とすべきではない行為を含んでしまう面と、逆に、犯罪とすべき行為を除外してしまう面の両方がある。 ねつ造・改ざん・盗用で線を引けないが、研究上のどの不正行為を犯罪化すべきかは難しい。

法律を制定することで、ネカトを犯罪化したとしよう。

この法律制定の目的は研究公正の維持・促進なので、国民と研究界はすべての研究不正行為を取り締まれると期待するだろう。しかし、どのような中身の法律を制定しても、すべての研究不正行為を取り締まれるとは思えない。

逆に、法律化することで新たな問題を引き起こす可能性もある。研究不正行為の犯罪化は、その期待される利益にもかかわらず、法律で規制対象になった不正行為以外の疑わしい行為は「カウントされない」という誤った印象を与えるリスクがある。

また、研究不正行為を犯罪化すると、大学の負担が確実に軽減され、研究公正が向上するだろうか? この答えは不明である。

健全な研究環境を促進するためには、むしろ、犯罪化ではない措置を講じること方がより重要だという面もある。

《2》ネカトを犯罪とする道徳的基盤 

犯罪化は法哲学と刑法哲学の重要なトピックで、刑法の適切な適用はかなりの議論されている(例えば、Feinberg 1984; Husak 2008; Moore 2009; Duff 2014)。

それにもかかわらず、「研究不正行為を犯罪とする」議論の中で、研究倫理学者はこれら刑法の適切な適用に関する論文に言及することはほとんどない。

「研究不正行為を犯罪とする」支持者は、代わりに、研究不正行為の多くが、金融詐欺や窃盗などの犯罪行為に類似しているため、研究不正行為を同じように扱うべきだと主張する(たとえば、RedmanとCaplan 2015)。

潜在的な研究不正行為を阻止するために制裁が必要だという主張も多い(例えば、Sovacool 2005; Redman and Caplan 2005、2015; Bhutta and Crane 2014)。

これらの主張の根底にあるのは、研究不正行為が研究公正に悪影響を与えるし、また、それが研究者全体、そして、社会全体に悪影響を与えると強調する。

類推による議論は弱い。

Bを犯罪化するかどうかを議論しないで、「Aは犯罪である。BはAに類似しているため、Bも犯罪である」という類推による議論をする。類推による議論は、論理が弱い。

研究不正行為を犯罪行為と比較することは修辞的には強い効果がある。

しかし、問題は、それらは道徳的特性と不正行為の特徴を共有しているかどうかである。

そして、たとえ共有していたとしても、特徴を共有すれば犯罪化に十分なのかは明白ではない。

たとえば、すでに犯罪化されている不正行為と似ているからといっても、すべての「不誠実な行為(dishonest behavior)」が犯罪と見なされるわけではない。類推は脇に置いて、刑法の適切な適用を直接論じよう。

行為または行動が犯罪とされるためには、次の3つの基準を満たさなければならないと、私たちは主張する。

  1. 犯罪行為は、他人に重大な危害を与える、または引き起こす恐れがあることが必要である
  2. その行為は悪い事である
  3. その行為を犯罪とする法律は、法律以外の重要な価値を維持・促進する必要がある

最初の基準は、ジョン・スチュアート・ミルの「危害原理(Millian harm principle)」である。

つまり、国家が個人の自主・自由を制限することが許されるのは、その個人が他人に危害を与えるのを防ぐ場合だけである。他人に危害を与えない不道徳があると仮定するとする。そのような不道徳を国家が犯罪と決める、または制限する、十分な根拠はない(Mill 1977)。

犯罪化するには、そして最終的に刑事罰を科すためには、その行為は「悪い事(wrongful)」だという条件を満たさなければならない。これが2番目の基準である。もちろん、何をもって「悪い事(wrongful)」と見なすかは議論の余地がある。

Douglas Husak(2009)にあるように、私たちは、「悪い事(wrongful)」の内容は主に道徳哲学から導き出されるべきだと考えている。

少なくとも、他人に危害を引き起こす、または引き起こす恐れのあることを故意にする人は、そうする十分な道徳的理由がないのに、「悪い事(wrongful)」をしている。例えば、臨床研究に参加する治験者(患者)を健康上のリスクにさらしてはならないという義務があるのに、怠慢・ズサンさで健康上のリスクにさらす場合も、「悪い事(wrongful)」であるとみなされる。

刑法の議論では、重大な危害を引き起こす「悪い(wrongful)」行為のみを犯罪化すべきだという主張がしばしばなされる。そして、この主張が犯罪化推進の足かせになってきた(例えば、Husak 2008)。

ダグラス・フサック(Douglas Husak – Wikipedia)が指摘するように、犯罪は取るに足らない危害も含めるべきである。これは、実際には被告の行為は法律が示す危害を引き起こさなかった、または、引き起こす恐れがなかったことを示唆している(Husak 2008、p.67)。

次のセクションで説明するように、犯罪化は、重大な危害を引き起こす、または引き起こす恐れのある悪い行為を対象とするだけでなく、法律とは別次元の重要な価値を促進する手段として機能することも必要である。

ただし、大きな危害を与える行為や悪質な行為を基準の最初に考えれば、深刻な研究不正行為を対象に犯罪化しようとするのは自然の流れである。たとえば、ねつ造・改ざんは、間違いなく悪質な行為で、社会に大きな危害を与える可能性がある(Resnik2014)。

医学研究でのねつ造・改ざんは、治療効果や患者の安全性について誤った知識を招き、結果として健康被害をもたらす可能性がある。その直接的な害に加えて、ねつ造・改ざんデータに基づいて危険な製品を製造してしまう可能性もある。

また、ネカトは世間から大きな注目を集めることが多いため、研究に対する国民の信頼を簡単に損なう可能性もある(Resnik 2014; Hansson2011)。国民の信頼を損なうと、臨床試験や動物実験などの重要な研究活動ができなくなる。そのリスクを最小にするためには、国民の研究への信頼は必須で、その信頼を確保するためにも、研究には厳格な倫理基準が必要である(Hansson2011)。

大きな危害を与える行為や悪質な行為が犯罪となる可能性があるということは、犯罪にしなければならないという意味ではない。

これらの基準が当てはまる場合でも、犯罪化に反対する十分な理由がある。

《3》ネカトを犯罪とする論理的基盤 

「研究不正行為を犯罪とする」ことが重要な価値を促進するのに役立つかどうかの問題は、研究倫理学の論文で議論されてきた。

研究不正行為を犯罪化することを支持する主な議論は、研究公正だけでなく、研究参加者と一般大衆を保護するために必要だということだ(Bhutta and Crane 2014; Redman and Caplan 2005、2015; Sovacool 2005)。

たとえば、ベンジャミン・ソバクール(写真By Benjamin K. Sovacool, Public Domain, 出典)(Sovacool 2005)は、より厳しい罰則は、ねつ造・改ざん・盗用などの意図的な研究不正行為を阻止するのに役立つと主張している。告発者の保護を強化することと組み合わせることで、大学は研究公正を促進する制度改革を促進できる(Sovacool 2005)。

同様に、Redman and Caplan(2005)は、研究不正行為の抑止力として役立たせるためには、悪質な研究不正行為に刑事罰を下すことは有効だとしている。

この主張を支持すると、悪質な研究不正行為に対する最大の罰則が、一流学術誌での論文掲載禁止程度では、研究不正がもたらす利益を考えると、抑止力としては不十分である(Redman and Caplan 2005)。

同じように、研究資金の受給禁止や学術界でのキャリア喪失も、抑止力としては不十分である。

この主張が妥当なら、悪質な研究不正行為の犯罪化は道徳的に正当化される。

「研究不正行為を犯罪とする」主張を支持するために私たちが見た議論の多くは、罰することで研究不正行為の抑止になることに焦点を絞っている。対照的に、罰することの他の目的に言及していない。したがって、研究不正行為を犯罪化することを支持するために与えられた議論は、報復的正義の考えまたは表現主義的な罰の理論からも支持を見つける可能性があることを指摘する価値がある。

標準的な報復主義者理論(standard retributivist theories)によれば、不正の程度の応じた処罰を不正者に科すことは道徳的に正当である。つまり、悪質度に比例した処罰を科すことは道徳的に正しい(Walen2016)。

こう考えると、若手研究者が研究不正をした時の処罰だが、研究資金を申請する機会の剥奪や、学術的地位の剥奪は、悪質度に比例した処罰ではないと批判される。

表現主義的な処罰理論(expressivist theories of punishment)でも同様の結論で・・・・。[ゴメン。白楽、この文節の意味を把握できません。ギブアップ]

「研究不正行為を犯罪とする」支持者は、犯罪化という目的だけでなく、公正でバランスの取れたネカト調査をするためにも犯罪化が必要だと主張する(Sovacool 2005; Redman and Caplan2005)。

さらに、犯罪化のもう1つの利点は、大学からネカト調査の負担を取り除くことと、その調査の正当性と効率を高めることだと主張している(Sovacool 2005)。

上記とは対照的に、犯罪化以外に研究不正行為の蔓延に対処する他の非懲罰的な方法があると主張する人々もいる。

たとえば、Birgitta Forsmanは、航空の安全性の考え方を真似し、「逸脱報告」のシステムを導入することで「事故」のリスクを排除する方法である。このように、「事故」のリスクを排除する(つまり、ネカト行為を排除する)ことを目的とした対策に焦点を当てる必要があると主張した(Forsman2009)。

なお、私たちは、航空関係者は航空事故を引き起こすことに個人的な利益はないという点で、航空の安全性と研究不正行為との間に本質的な類似性がないと批判している(Eriksson and Helgesson 2013、p.54)。

ただし、研究不正行為を犯罪化すると、逸脱報告システムと比較して、研究者が不正行為の発生を報告する可能性を低くする。従って、不正を検出できる可能性が低くなる点に注意する必要がある。

これは、犯罪化することで、賭け金が引き上げられるので、研究者が同僚を刑務所に送りたくない、または犯罪捜査に関与したくないと考え、同僚の研究不正を通報しなくなる可能性があるためだ。

《4》ネカトを犯罪とする困難さ 

ある領域を犯罪化する際に重要な2つの質問は、次の2つだ。

  1. 適切な一連のケースが含まれているか? 
  2. 適切な一連のケースが除外されているか?

言い換えれば、犯罪にすべきではないケースが含まれているか? 除外されるべきではないケースが除外されているか? である。

研究不正行為の深刻なケースを犯罪化したい場合、深刻なすべてのケースだけを含め、それ以外を含めない。これが理想である。

nsteneckニコラス・ステネック(Nicholas Steneck 2006、p.54)は、「ねつ造・改ざん・盗用」が研究上の不正行為としては「最悪の行動」であると一般的に認められている、と述べている。

もちろん、「ねつ造・改ざん・盗用」は研究上の不正行為の唯一の形ではない。研究不正行為の定義は国により異なり、場合によっては大学間でも異なる(Resnik etal. 2015a、b)。

しかし、ねつ造・改ざん・盗用は、深刻な不正行為の典型的な例だと多くの人が認めている。これに沿って、ソバクール(Sovacool 2005)など研究不正行為の犯罪化を支持する一部の人たちは、他の種類の研究不正行為を除外し、問題をねつ造・改ざん・盗用に限定している。

ソバクールは、犯罪化は「故意に、または軽率に(purposely, knowingly, or recklessly)に不正行為を行なった」人々のみを対象とすべきだと主張している(2005年、4ページ)。同時に、ソバクールは、「研究結果の選択的発表(データ選択出版)、見落とし(sins of omissions)、ズサン、統計の不適切な使用、異なる学術誌へ同じ論文を二重投稿するなどの比較的軽微な違反は含まない」と明確に述べている(同上、 p.4)。私たちは、以下に示すように、ソバクールの主張は多すぎるという理由と、逆に、排他的すぎるという理由で、批判する。

【間違った包含?】

ネカトを深刻な研究不正行為と同等にすることに対する私たちの最初の批判は、あまりにも多くが含まれているということだ。つまり、ネカトには、重大な科学的不正行為の事例に該当しない、または少なくとも明らかにそうではない事例が含まれている。

例えば、盗用のいくつかの種類が、その好例である。

盗用は、「他人の知的作品(テキスト、アイデア、結果など)を自分のものであるように使用する」と定義されている(Helgesson and Eriksson 2015、p.94)。

他の研究者の画期的なアイデアや研究結果の大部分を盗用するのは、深刻な科学的不正行為の明らかな例である。しかし、物差しの別の端を見てみよう。

論文の「序論」や「方法」のセクションで標準的な背景や方法をコピペして、他人の文章の言い回しのいくつかを流用しても、それが社会や学術界にどのような害を及ぼすのか? (Helgesson 2015)。

言い換えれば、盗用は、明らかな科学的な不正行為という事例もあれば、研究善行からのほんの少し逸脱しただけの幅があり、深刻さの点でかなり異なる。

改ざんは非常に広いカテゴリである。 実験データを広範囲に操作するケースが含まれるが、それほど深刻ではないケースも含まれている。

たとえば、データを分析するときに4つの異常値が削除された論文があった。この論文では特定の理論に基づいてデータ処理をしたが、実際には、削除された4つの測定ポイントのうち3つだけに適用し、4番目の測定ポイントを削除する明確な根拠を示していなかった。 この程度のデータ改ざんが社会や学術界に大きな害を、イヤイヤ、小さな害でも、与えるとは思えない。

別のケースでは、研究方法が少し間違って記述されていて、記述されていた通りに実験を実行しなかった。しかし、記述内容と実際に行なった研究方法との違いはわずかで、実験結果にもわずかな違いしか生じなかった。このデータ改ざんも、社会や学術界に大きな害を、イヤイヤ、もう一度言うけど、小さな害でも、与えるとは思えない。

ねつ造でさえ、何をもって深刻と判断するかによるが、それほど深刻ではないケースもある。

研究善行からの深刻な逸脱、つまり科学的な観点からは深刻であると解釈されたねつ造はすべて、非常に深刻な不正である。そのようなねつ造行為を犯罪化するのなら、おそらく、研究不正行為の犯罪化の根拠として十分である。

しかし、社会的影響を見ると、深刻さは異なる。たとえば、地球から安全な距離を通過する彗星の化学組成に関するデータをねつ造した場合、このデータねつ造は学術界以外にはほとんど悪影響がない(多くのメディアの注目を集めた場合、学術研究への信頼を失うリスクは別として)。

この議論が明確に示唆しているのは、研究不正行為の犯罪化の根拠として何をもって深刻と捉えるかである。

研究善行からの逸脱の程度に関係する深刻さなのか、それとも健康、幸福、安全、社会的安定、または生態学的視点、他の環境への影響も考慮する必要がある深刻さなのか?

「研究不正行為を犯罪とする」と主張する人々の多くは、ネカトを不正行為の深刻な事例であると見なしている一方で、犯罪化の理由として、人々の健康と福祉に害を及ぼす可能性を訴えている(Redman and Caplan2005; Sovacool 2005; Bhutta and Crane 2014)。

しかし、ネカトと危害との関係は、多くの場合、明白ではない。

これまでのところ、刑事罰を正当化するほど深刻ではないネカトの事例があり、すべてのネカト事例を罰しなければならないという主張は度を越えていると主張してきた。

ネカトをターゲットにすることで、最も深刻な形の研究不正行為を捕らえることができるが、すべてのケースのネカトを罰するのは不適切である。

しかし、ネカトで線を引くと、ネカトと同様に深刻な形の不正行為があっても、それが犯罪から除外されてしまう。この論理を認めると、ネカトで線を引いて犯罪化すべきでという主張には問題が生じる。

【間違った除外?】

ネカトで線を引いて犯罪化すべきでという主張に対する2番目の批判は、ネカトと同程度に深刻な不正行為が除外されるということだ。

ネカトと同じくらい深刻な不正行為として、私たちが念頭に置いている1つ目の例は、米国の食品医薬品局(FDA)またはスウェーデンのスウェーデン医療製品庁 (Läkemedelsverket)などの国家医療機関が新しい医薬の承認を保留するケースである。

この承認保留には深刻な負の副作用がある。承認していればその医薬で治療されたはずの人々が、承認保留されたために、死亡または健康喪失につながる可能性がある。

2つ目の例は、データを選択して論文出版するデータ選択出版である。データ選択出版は、新薬導入の効果と有効性について多くの誤解を招く可能性があり、健康管理の決定の基礎となる情報をゆがめることになる。

データ選択出版は研究結果が再現できないという厄介な要因だとも指摘されている(Pickett and Roche2018)。

データねつ造・改ざんとデータ選択出版を比較した米国での世論調査で、Pickett and Roche(2018)は、「データねつ造・改ざんとデータ選択出版の両方が道徳的に間違っており、深刻な制裁に値するというコミュニティメンバー間の強いコンセンサスがある」と結論している。

したがって、ソバクール(Sovacool 2005)とは対照的に、Pickett and Rocheは、研究結果の選択的発表(データ選択出版)を軽微な不正とは考えていない。

データ選択出版がねつ造・改ざんと同じように、論文内容の誤解を招き、その結果何が起こるかを考えると、データ選択出版は軽微な不正ではないと主張するのは当然である。データ選択出版は重大な危害を引き起こす恐れがあるのだ。

研究公正への影響のみに焦点を当てると、ネカトと同等または同等の悪い研究行為の例は他にもある。

たとえば、研究結果の関連性と重要性を誇張して発表する例である。また、推測であるにもかかわらず、推測を事実と受け取られるように記述する例だ。これらの場合、研究公正に悪影響を及ぼし、研究結果の誤解を招く(Redman and Caplan2005)。

さらに複雑なことだが、ネカトを犯罪化することで、実際には犯罪に含めるべきケースを除外してしまう状況も生じる。

ネカトを犯罪とする目的が、研究に起因する危害を排除または軽減することだとした場合、「重大な危害」の範囲を「重大な危害」に限定すべきかどうか? 個々の行為の悪質度だけ、つまり、「重大な危害」を与えるかどうかだけを考えればよいのだろうか? それとも、全体としてみた時に大きな危害を与える不正行為にも焦点を当てる必要があるのかどうか?

現実には、ほとんどの大学で、ネカト事件は起こっている。

大学によって事件の絶対数は異なるが、発生率はかなり低い(Fanelli 2009; George2016)。対照的に、研究善行からの少し逸脱した程度の小さな不正行為は、不正行為と見なされず、小さな害しかもたらさない。しかし、その小さな不正行為の発生率はとても高い。そのため、小さな不正行為もチリが積もって大きくなり、全体としては大きな害をもたらす(Eriksson and Helgesson 2013 ; Zigmond and Fischer 2002)。

小さな不正行為の例としては、自分の研究結果を事実よりも少し見栄えよくする行為がある。

この小さな不正行為は、研究結果の再現が困難になる状況をもたらす(Schmidt 2009; Francis 2012; Open Science Collaboration 2015; Anderson et al.2016)。

Zigmond and Fischer(2002)が主張しているように、「結果」のセクションは小さな不正でも問題が大きくなる「軽い罪の中心領域(prime area for misdemeanors)」(p.232)なのだ。

たとえば、「データを表示しない(data not shown)」や「未発表の観察結果(unpublished observations)」などの一般的なフレーズは、論文スペースを節約するための1つの手段であるが、精査に耐えられないデータを秘匿するための手段でもある(Zigmond and Fischer 2002)。

これは、ねつ造と同等の悪質な行為ではないが、読者を誤解させ、研究公正に悪影響を与える不正行為の1つである。

しかし、ねつ造・改ざん・盗用の総行為数が研究界に与える悪影響よりも、これらの小さな不正の総行為数が研究界に与える悪影響が大きい可能性を排除できない。大きいという証拠はないが、ここでは、何をもって不正・悪事とするか、その判定が難しいと述べておきたい。

研究善行からのわずかな逸脱、小さな不正の広範囲にわたる発生は、最も深刻な形の科学的不正行為を犯罪化するだけでは解決されない。これは、ネカトを犯罪化することで、さらに状況が悪化する可能性がある。

【ネカトで線を引く知覚効果】

ネカトを犯罪とした時の1つのリスクは、犯罪行為から除外された研究不正はもはや悪事ではないと思わせることだ。

適切な研究規範から逸脱している行為なのに、ネカトの範囲外なら「犯罪とみなされない」ので、これらの規範逸脱行為を自由に続けることができるという結論になる。

研究行為のいくつかの非倫理的な面を強調し、他の面を無視するというこの効果は、倫理的に重要な分野の法的規制をするときはいつでも発生する。

小さな研究不正行為に対処するための措置をしないと、これは気になる問題だ。 Zigmond and Fischer(2002)が指摘したように、軽微でそれほど深刻ではない小さな研究不正行為に注意を払わないと、「責任ある行動についての間違ったメッセージを研究界と一般社会に伝えることになる」(p 233)。

これまでの議論とは異なり、この問題は必ずしもネカトを犯罪とする場合に限定されるわけではない。一定の研究不正行為のみを対象とする法律がある場合には、この問題が生じる。

この種の知覚効果は、研究公正を高めたい人にとっても、犯罪化が必要だと考える人にとっても気になる問題である。

特定の種類の違法行為のみを罰することから生じるメッセージは、特にネカトと同じくらい悪い不正行為を除外した場合、誤ったメッセージ(おそらく不正なメッセージ)なので、道徳的な非難を受けるだろうし、場合によると、国民からは承認されない。

《5》ネカトを犯罪とするさらなる複雑さ 

上記では、ネカトに焦点を当てた研究不正行為の犯罪化に関連するいくつかの問題を議論してきた。

このセクションでは、研究不正行為の犯罪化に関してより一般的な問題がある点を取り上げる。特に、研究善行からの逸脱のすべてが犯罪化されない限り、どこに犯罪・非犯罪の線を引くかという、境界の問題が起こる。そして、次に、効率、正当なプロセス、および公平性の問題が出てくる。

【どのように線を引くべきか?】

ネカトだけが犯罪とされるべきであるという提案の1つの利点は、ネカトが法律の範囲内にあるべきものとそうでないものを明確に示す方法です。しかし、私たちが論じたように、「重大な違法行為」はネカトと混同されるべきではないため、犯罪とすべき違法行為の種類をどのように区別し、どのように定義するかという課題が残っている。

これを正確に行なう方法は、この論文の範囲を超えており、法的な専門知識を持つ人に任せるたい。つまり、研究不正行為に関する規範的立場を国内法または国際法の構造に移すことだ。

ただし、言及する価値のあることの1つは、研究不正行為を犯罪化する支持者が時々主張するように、この課題に取り組む場合、犯罪化は意図的な詐欺や違法行為に限定されるべきであると単に主張するだけでは不十分だ(たとえば、Bhutta and Crane 2014を参照)。

結局のところ、故意であっても、間違いなく犯罪となるほど深刻ではない不正行為の形がある。同様に、重大な怠慢はまた、法律の適切な対象となるのに十分なほど深刻なある種の違法行為を引き起こす可能性がある。したがって、何が十分に深刻であると見なされるべきであり、何がそうではないかをどのように決定するかという問題が残っている。

【大学にとっての実際的な問題はかなり残る】

研究善行からの犯罪的逸脱と非犯罪的逸脱の間に線を引くことの知覚効果が、法的規制の範囲外の慣行が重要でないと認識され、したがって無視されることでない限り、非倫理的な科学的慣行の事例を扱う大学にとっての実際的な問題は残る。

法律はいくつかのケースを処理しますが、他の多くのケースはそのように処理されないため、大学自身が処理する必要がある。

この側面は、特に非懲罰的な目的を促進するために研究不正行為の犯罪化がどのように行われているのかを考えると、考慮することが重要である。

以前に指摘したように、研究不正行為の犯罪化を支持する人々の一部は、公正でバランスの取れた違法行為の調査を確実にするために、犯罪化に続く基本的な正当なプロセスが必要であると主張している(Sovacool 2005; Redman and Caplan2005)。また、そのような調査に関連する負担を大学から取り除くことができ、そのような調査の効率を高めるのに役立つ(Sovacool2005)。

バランスの取れた調査を実際にどの程度許可し、公平性を確保し、効率を高め、その結果、大学の負担を軽減するかは、法規制の範囲外であるか事例の割合に依存し、効率と負担の軽減のために、いずれかのカテゴリに事例を分類するのにどれだけ時間がかかるかによる。

法律が非倫理的な研究慣行の最も深刻な例のみを対象としている場合(ネカトの深刻な事例のみが含まれているか、より包括的であるかに関係なく)、事件の大部分は依然として刑事裁判所ではなく大学によって処理される。

もしそうなら、そのようなシステムが、大学が研究不正行為に関するすべての調査を処理するシステムよりも明らかに効率的または公正であるかどうかは疑問視される可能性がある。

それに応じて、犯罪化は、大学が(個々に)それほど深刻ではないタイプの違法行為により多くの注意を向けることを可能にするという意味で、依然として大学に負担をかけないことを認識すべきだ。

ここで論じたように、最も深刻な形の科学的詐欺と同様に、研究公正にとって問題となる可能性のある軽微な不正に大学がもっと焦点を当てることができれば、確かに価値がある。軽微な不正を真剣に受け止めることは、非犯罪行為が重要ではないという前述の知覚的影響を回避するためにも重要である。

犯罪化は研究不正行為の蔓延に関して大学が直面している問題の解決策ではなく、必ずしも研究公正を高めるものでもないことを示唆している。

このためには、はるかに多くのことが必要です。研究倫理学の論文で擁護されているように、犯罪化の衝動は、犯罪化の必要性が擁護されているため、個々の研究者が優れた科学的行動を順守する明確な動機を持つ環境を作り出すことがいかに難しいかを示している。

現在、阻害要因がないか、ほとんどない場合、抑止力として機能するという理由がある。ただし、犯罪化の予想される影響について過度に楽観的である人々とは異なり、犯罪化自体は提案者が期待するすべての影響をもたらすわけではない。

《6》結論 

この論文は、研究倫理学の論文で議論され、擁護されてきたように、「研究不正行為を犯罪とする」ことについて議論してきた。

「研究不正行為を犯罪とする」最も明白な利点は、研究不正行為と戦う有効な措置になることと、疑わしい不正行為を正当にかつ公正に調査できるようになることだ。

ただし、研究不正行為の一部を犯罪化するだけだと、他の多くの不正行為が依然として個々の大学によって処理されるため、犯罪化支持者が望んでいたほど大きな利益が得られない可能性はある。

この点に対してさらなる対策と取らないと、法規制の範囲外になる疑わしい研究行為は「カウントされない」という誤った印象を与えるリスクがあり、結果として、研究公正に悪影響を与える。

また、犯罪をねつ造・改ざん・盗用(ネカト)に限定すると、「研究不正行為を犯罪とする」支持者が見落としがちな重要な境界の問題が生じる。

研究規範からの逸脱をすべて犯罪としない限り、重大な研究不正行為なのに犯罪とならない問題が生じる。

また、逆に、取るに足らない小さな研究規範違反を犯罪としてしまう問題も生じ、犯罪対象を詳細に詰める必要がある。

●5.【関連情報】

① 7-55 ネカトを刑法犯とする | 白楽の研究者倫理
② 1‐3‐2.研究ネカトは警察が捜査せよ! | 白楽の研究者倫理

【動画1】
紹介動画:「Gert Helgesson, Professor of Medical Ethics – YouTube」(英語)0分56秒。
Karolinska Institutetが2015/11/12 に公開

【動画2】
講演動画:「Professorsföreläsning: Gert Helgesson – YouTube」(英語)28分39秒。
Karolinska Institutetが2017/02/23 に公開

●6.【白楽の感想】

《1》犯罪化すべき

白楽は「研究不正行為を犯罪とする」支持者である。むしろ、なぜ犯罪化しないのか、不思議に思っている。 → 1‐3‐2.研究ネカトは警察が捜査せよ! | 白楽の研究者倫理

大学教授や研究者が自分の欲得、自分の立身出世のために、データねつ造・改ざんや盗用をし、多額の税金(多分、日本だけで毎年数百~数千億円)を無駄にし、学術研究を侮辱・信用失墜させているのに、ネカトが発覚しても逮捕されず、起訴もされず、匿名の停職処分だったり、最悪でも辞職で済む現実に、大学・学術界・社会は、オカシイと思わないのだろうか?

数百万円の公金をデタラメに使って、罪に問われないのだろうか?

日本は研究不正大国だと揶揄されているが、研究者のネカト事件はたくさん起こっている。ネカト行為数は増えているのか減っているのかデータがないので不明だが、ネカト事件は、日本だけでなく世界中で起こっていて、減少する印象はない。どの国も有効な施策をしていないからだ。

本「2018年8月のMed Health Care and Philos」論文は、スウェーデンのカロリンスカ医科大学のゲルト・ヘルゲソン教授(Gert Helgesson)が「研究不正行為を犯罪とする」前段階の考慮点を整理・指摘・分析した論文だが、ナルホドと感心させられた。

なお、本論文の共著者(第一著者)はストックホルム大学・哲学科(Department of Philosophy, Stockholm University)・ポスドクのウィリアム・ビューロー(William Bülow、写真出典)である。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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●8.【コメント】

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