ワンポイント:有望な中堅準教授が不正経理で辞職。逮捕
●【概略】
ドナルド・クーパー(Donald C. Cooper、または、Don C. Cooper、写真出典)は、米国・コロラド大学ボルダー校(University of Colorado Boulder)・準教授で、医師ではない。専門は神経科学(記憶)だった。研究成果が何度も大学新聞に取り上げられ、かなり有望な研究者だった。
2013年(42歳)、不正経理(fiscal misconduct)が発覚。
2014年(43歳)、コロラド大学ボルダー校を辞職。
2015年5月5日(44歳)、窃盗罪で逮捕された。
研究ネカト以外の不正の例である。
コロラド大学ボルダー校(University of Colorado Boulder)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:米国
- 研究博士号(PhD)取得:シカゴ大学医科大学院
- 男女:男性
- 生年月日:1971年頃。仮に、1971年1月1日とする
- 現在の年齢:53 (+1)歳
- 分野:神経科学
- 最初の不正経理:2009年(38歳)?
- 発覚年:2013年(42歳)
- 発覚時地位:コロラド大学ボルダー校・準教授
- 発覚:
- 調査:①コロラド大学ボルダー校の内部監査。~2013年8月15日。②裁判所。2015年10月29日時点では終了していない
- 不正:不正経理
- 不正経理:2万~10万ドル(約200~1,000万円)の窃盗罪
- 時期:研究キャリアの中期から
- 結末:辞職。逮捕
2010年のクーパー(左)、写真出典
●【経歴と経過】
主な出典:Don C. Cooper | Editor | SciTechnol | International Journal of M
- 1971年頃生まれる:仮に、1971年1月1日生まれとする
- 19xx年(23歳):xx大学を卒業
- 2000年(29歳):米国・シカゴ大学医科大学院(Chicago Medical School)で研究博士号(PhD)を取得した。専攻は神経科学。
- 2000-2004年(29-33歳):ノースウェスタン大学(Northwestern University)・神経生物学/生理学科・ポスドク
- 2004年(33歳):テキサス大学サウスウェスタン医学校(University of Texas Southwestern Medical Center)・精神科学科・助教授
- 2009年4月(38歳):コロラド大学ボルダー校(University of Colorado Boulder)・行動遺伝学研究所(Institute for Behavioral Genetics)・準教授
- 2013年(42歳):不正経理が発覚する
- 2013年x月-2013年8月15日(42歳):コロラド大学ボルダー校の内部監査
- 2014年7月30日(43歳):コロラド大学を辞職した
- 2015年5月5日(44歳):窃盗罪で逮捕され、不正経理が新聞記事になり、事件が初めて世間に公表された
●【研究内容】
クーパーの研究の長期目標は、脳の動機づけ/報酬メモリー回路の情報処理を理解し、うつ病、中毒、精神分裂症に関連した適応や神経記憶機構の損傷を明確にすることだ。.
★【動画】
学術講演「神経教育学(Neuropedagogy)」(英語)1時間19分:
2010年9月16日(Neuropedagogy – Flash (Large) – 20100916 11.43.52AM – IndependentLearning’s library)
★【動画】
科学番組の中での研究紹介とインタビュー
「コカイン中毒(CU Science Update 28 – Cocaine Addiction) – YouTube」(英語)24分45秒。
2012/07/12 に公開
以下の画像をクリックすると最初から始まる。10分12秒頃からクーパーが登場する
しかし、神経科学以外にも才能を持っていた。
2005年、以下の美しいアクリル画をクーパーと妻・リー・レベリッチ(Leah Leverich、研究博士号(PhD)所持者、後に離婚)と共に描いている。PLOS Biology: Switching Signals in the Brain
2005年、アクリル画。脳の海馬台CA1領域のピラミッド・ニューロン。作者はクーパーと妻・リー・レベリッチ(Leah Leverich)。出典
2009年1月25日、テキサス大学サウスウェスタン医学校(University of Texas Southwestern Medical Center)の記事に、「脳の1つの神経細胞に1分より長い記憶が保持されること、つまり、記憶バッファーを発見した」と、写真入りで取り上げられた(写真出典)。記事は翌日、BBCニュースでも取り上げられた(BBC NEWS | Health | Single cell ‘can store memories’)。
2010年10月xx日、神経細胞の記憶バッファーがクーパーの写真(出典)入りで記事になった(Colorado Arts & Sciences Magazine » Buff Brains can now major in neuroscience)。
2013年8月20日、クーパーは神経科学とは全く異なることにも着手し、モーバイル・アッセイ社(Mobile Assay Inc.)を設立したことがコロラド大学ボルダー校の記事になっている。
アフリカの農業で穀物のカビを検出する装置をクーパーが考案する。その検出器で、例えば、癌物質のアフラトキシンを検出したら、農業者同士がモバイル機器を使って素早く連絡を取り大きな被害を防ぐというプロジェクトだそうだ(CU professor to use new mobile technology to test for agricultural pathogens in Africa | News Center)。
●【不正発覚の経緯と内容】
2008年6月、コロラド州ボルダーにボルダー科学資材社(Boulder Science Resource: BSR)が設立された。クーパーの父親(ゲーリー・クーパー:Gary Cooper)が社長でクーパーの妻・リー・レベリッチ(Leah Leverich、研究博士号(PhD)所持者、後に、コロラド大学の同じ研究所の研究員、後に離婚。写真出典)が役員となった。
この時点では、クーパーはテキサス大学サウスウェスタン医学校(University of Texas Southwestern Medical Center)・精神科学科・助教授だったが、コロラド大学ボルダー校に移籍する計画で、ダミー会社を設立したのだと、後に、解釈された。
2009年4月(38歳)、クーパーはコロラド大学ボルダー校(University of Colorado Boulder)・行動遺伝学研究所(Institute for Behavioral Genetics)・準教授に栄転した。
コロラド大学に雇用されてから、以下の研修を受けた(研修名を英語のままでスミマセン)
- Conflict of Interest NIH、研修日 12/5/2012、得点 100
- Discrimination & Harassment、研修日 7/21/2011、得点 93
- Procurement Purch & Contract、研修日 6/11/2009、得点 75
- Fiscal Code of Ethics、研修日 6/11/2009、得点 79
- FINーProcurement、研修日 5/12/2009、得点 86
- Procurement Card Holder、研修日 6/12/2009、得点 80
従って、クーパーは経理規範(Fiscal Code of Ethics)、職員規範、利益相反規則(Conflict of Interest NIH)を知っているハズだと、後にコロラド大学に指摘されている。
クーパーの父親は科学の経験はないがビジネスの経験があった。レーザー機器などを中国から仕入れ、コロラド大学のクーパー研究室に売却した。
ところが、ボルダー科学資材社の住所は、クーパーの自宅住所と同じで、そこにクーパーとクーパーの父親も住んでいた。
さらに、クーパーはボルダー科学資材社の銀行口座の開設を手伝い、自分で口座にアクセスでき、その口座のお金を自分の口座に振り込むこともした。クーパーは、これは、単に便利だからそうしたまでで、不正の振込ではないと述べている。
クーパーの話では、クーパーの父親はボルダー科学資材社は中国から仕入れたレーザー機器、あるいは中古品を修復し、保証書をつけ、格安で販売した。
ところが、コロラド大学に保存されているクーパーの電子メールを精査すると、クーパーの父親ではなくクーパー自身が中国の会社に連絡し、スペックと値段の交渉をし、さらには、出荷前にボルダー科学資材社のロゴを機器に刻印するよう指示していた。
クーパーの話では、大学は中国から物品を直接購入するのを禁じているので、ボルダー科学資材社から購入したと述べている。
でも、ボルダー科学資材社の顧客はコロラド大学とモーバイル・アッセイ社(Mobile Assay Inc.)しかいなかった。それに、モーバイル・アッセイ社はクーパーが所有する技術移転会社である。
コロラド大学ボルダー校のクーパー研究室で、ボルダー科学資材社からレーザー機器などの実験機器を通常の3倍の値段で購入した。経費はNIH研究費である。
2009年1月1日から2013年4月30日の間、コロラド大学ボルダー校は、ボルダー科学資材社に$97,554.03(約976万円)支払った。
コロラド大学ボルダー校の試算では、水増し額は65,036ドル(約650万円)である。他に約25,000ドル(約250万円)のクーパーのNIH研究費が不適切に使用されているとコロラド大学は述べている。
2013年、話が前後するが、コロラド大学ボルダー校はクーパーの経理に疑念を抱き、調査を始めたのは、2013年だった。
2013年8月15日、コロラド大学は内部監査書をまとめた(2015年5月6日、サラ・クタ(Sarah Kuta)がウェブにアップ:CU’s internal audit report about Donald Cooper)
2013年9月26日、クーパーはセス・ベネズラ弁護士(Seth Benezra、写真出典)を雇用し、9ページの申し立て届(notice of claim)を出した。州を訴えるには、最初に、申し立て届を出さなければならないからだ(Notice of claim filed by Donald Cooper)。
申し立て届は、コロラド大学は内部監査書について記載しているのだが、なんと、コロラド大学は2013年夏の給料をクーパーに払っていなかったのだ。その不当性も訴えていた。
2014年7月30日(43歳)、クーパーはコロラド大学を辞職した。解雇される可能性を予感したので、辞職の示談に応じたのだ。辞職することで、コロラド大学はクーパーの弁護士費用として2万ドル(約200万円)を払うことと、8万ドル(約800万円)のクーパー自宅(大学所有の物件?)のローンの支払いを免除することなどを認める示談をした(CU settlement with Donald Cooper)。
コロラド大学ボルダー校の研究担当副学長補佐(assistant vice chancellor for research)で契約グラント室長(director of the Office of Contracts and Grants)のデニタ・ウォード(Denitta Ward、写真出典)は、「連邦政府の研究助成金は、納税者のお金であり、それらが確実に適切に使われるようにするのは、大学の責任である」と述べている。
「不正経理は大学規則および連邦規則の違反で、私達が、研究助成金が適切に使われていないと気づきました。私達は、研究助成機関に不正経理を報告する義務があります」とも述べている。
2014年12月、コロラド大学ボルダー校はクーパーの不正経理でNIH研究費を不当に使用した責任をとって、NIHに24,956ドル(約250万円)を返金した。なお、コロラド大学ボルダー校(University of Colorado Boulder)は年間約4億ドル(約400億円)の外部研究費を得ている大学である。大学にとって返金額はとるに足らない額である。
2015年5月5日、クーパーはコロラド州ボルダーの自宅で逮捕された。罪状は、2万~10万ドル(約200~1,000万円)の窃盗罪である。ただし、保釈金5,000ドル(約50万円)で拘束が解かれている。
2015年10月29日現在、裁判の結論はでていない。
●【論文数と撤回論文】
本記事は研究ネカトが主眼ではないが、研究論文の出版状況、撤回状況を調べた。
2015年10月28日、パブメドhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmedで、ドナルド・クーパー(Donald C. Cooper)の論文を「Donald C. Cooper [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2015年までの14年間の34論文がヒットした。
2015年10月28日現在、撤回論文はなかった。
●【白楽の感想】
《1》綱渡り
クーパー事件は、有能な研究者が綱渡りし、綱から落ちたという印象である。38歳で、コロラド大学ボルダー校の準教授で経歴も申し分なく、美しい奥さんと可愛い子供がいる。順風漫歩である。
そして、少しトクしようと、軽いワルをした。それが、大学の経理に見つかり、綱から落ちた。
2万~10万ドル(約200~1,000万円)の窃盗罪とのことだが、年収以下の額である(多分)。生活に困っていたとは思えない。
と、解釈したのだが、ギャンブル、異性、クスリなどが事件の背後にあるのかもしれない。
《2》研究者の給与外の金儲け
研究者は給与外の金儲けでは何が許されているのか? 研究者を国立大学教授等の(準)国家公務員と考えよう。仕事で研究しそれには対価として国から給与が支払われている。給与以外の収入があるのはおかしい? おかしいくない?
例えば、仕事で行なったのに、以下の別収入がある。
- 賞金:ノーベル賞だとスウェーデン通貨で1000万クローネ。つまり、約1億5000万円。複数受賞が多いので、3分の1として5000万円。
- 特許:ノーベル賞・生理学医学賞を受賞した大村智の特許収入250億円だそうだ。
- 執筆料・印税:多くて数億円?
- 講演料:多くて年間数百万円
仕事で行なった研究活動には給与が支払われているのに、別収入があるのは、他の業種ではどうなんでしょう? 業績の高いサラリーマンに社長賞の金一封が支給されることがある。でも、5~10万円程度ですよね。
勿論、大学教授が仕事以外で不動産収入、株、趣味などで収入を得るのは、1億円でも10億円でも問題ないでしょう。どんな職種の人でもそれはあるので。
一方、大学教授が自分の研究成果を生かして会社を設立し、高額な収入を得る。この場合、問題でしょうか? 米国では問題なし。日本では、ベンチャー企業を起業するよう政府が大学教授に求めている。
今回のクーパー事件は、大学教授が会社を設立したケースに近いですね。この場合、売買代金が適正なら不正経理に相当しなかったのか? 親子間の取引だから不正経理なのか? ダミー会社が問題なのか? クーパーは、それらを総合して糾弾されている。
研究者の金がらみの問題ははっきりしません。
白楽が大学院生の時、教授が、ドイツのノーベル賞受賞者に講演を依頼した。講演後、空港まで見送りした時、謝礼とは別に高価な真珠ネックレス(数十万円相当?)を渡したら、箱をすて、中身だけシャツのポケットにしまって通関した。申告しないんだと、教授は驚いていた。
●【主要情報源】
① 2015年5月5日、サラ・クタ(Sarah Kuta)の「Boulder Daily Camera」記事:DA: Ex-prof set up company to re-sell lab equipment to CU at 300% markup – Boulder Daily Camera
② 2015年5月20日、サラ・クタ(Sarah Kuta)の「Boulder Daily Camera」記事:CU-Boulder pays feds $25,000 following former professor’s alleged fiscal misconduct – Boulder Daily Camera
③ 2013年8月15日のコロラド大学内部監査書を2015年5月6日にサラ・クタ(Sarah Kuta)がウェブにアップ:CU’s internal audit report about Donald Cooper
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。