7-171 大学がネカト調査報告書を公表すべき理由

2025年5月10日掲載 

白楽の意図:「撤回監視(Retraction Watch)」を運営しているアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)とアダム・マーカス(Adam Marcus)が、大学のネカト調査報告書を公表すべきと主張した「2025年4月のJournal of Law, Medicine & Ethics」論文を読んだので、紹介しよう。おススメ論文です。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
2.オランスキーとマーカスの「2025年4月のJournal of Law, Medicine & Ethics」論文
7.白楽の感想
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。

記事では、「論文」のポイントのみを紹介し、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説を加えるなど、色々と加工している。

研究者レベルの人が本記事に興味を持ち、研究論文で引用するなら、元論文を読んで元論文を引用した方が良いと思います。ただ、白楽が加えた部分を引用するなら、本記事を引用するしかないですね。

●2.【オランスキーとマーカスの「2025年4月のJournal of Law, Medicine & Ethics」論文】

★読んだ論文

●【論文内容】

★序論

2012年12月、米国の研究公正局(ORI)は、オハイオ州立大学の研究者であるテリー・エルトン(Terry Elton)が、論文や助成金申請書のウェスタンブロット画像をねつ造していたと発表した。 → テリー・エルトン(Terry Elton)(米) | 白楽の研究者倫理

テリー・エルトン(Terry Elton)(米)

この事件は一見単純に思えた。

しかし、実は、上記発表の前年(2011年)の7月、オハイオ州立大学は2010年に匿名者からの告発を受け、エルトンの画像に誤りがあったのは「研究不正」ではなく「単なる間違い」だと結論していた。

2013年1月5日、この事実を、コロンバス・ディスパッチ新聞が報道した。 → Probe by OSU missed fraud

つまり、研究公正局(ORI)は、オハイオ州立大学の1回目の調査結果を問題視し、再調査を指示していたのだ。

先に述べたように、2回目の調査の結果、2012年12月、研究公正局はテリー・エルトンの不正行為を認定し、エルトンへの連邦政府の資金提供を3年間停止した。

1回目の調査結果(2011年7月)の事を知ることができたのは、コロンバス・ディスパッチ新聞が公文書請求(public records request)を行ない、オハイオ州立大学の調査報告書、さらには、研究公正局とオハイオ州立大学の間のやり取りのメールを入手し、新聞記事として報道したからだ。

なお、この時期、研究公正局(ORI)が大学にネカト再調査を命じたのはオハイオ州立大学のケースが初めてではなかった。

フロリダ大学でも同様のことが起こっていた。

研究公正局の調査員は、フロリダ大学が1報の論文でデータを改ざんしたと結論したネサー・チェギニ準教授(Nasser Chegini)の調査報告書を受け取った。

しかし、その調査報告書を精査した研究公正局の調査員は、フロリダ大学が「デューデリジェンス(diligence、適切な注意義務)を怠った」と結論し、再調査を命じたのだ。

フロリダ大学は新しい研究コンプライアンス担当者を採用し、再調査した結果、ネサー・チェギニ準教授に、最初に見つけた1論文とは別の9論文に意図的な改ざんが見つかったと研究公正局に報告した。 → ネサー・チェギニ(Nasser Chegini)(米) | 白楽の研究者倫理

米国のアメランダス研究社(Amerandus Research)のロバート・バウフヴィッツ(Robert Bauchwitz)らの2016年の論文は、「生命科学系の研究不正行為を告発しても、大学が却下する割合は驚くほど高い」と指摘している。 → The Essential Need for Research Misconduct Allegation Audits | Science and Engineering Ethics。 → 7-67 ネカト予備調査記録の欠落 | 白楽の研究者倫理

その2016年論文は、生命科学系の研究不正行為を告発しても、大学は、その約90%を予備調査なしで却下し続けていると指摘した。予備調査なしで却下しているので、当然、この場合、ネカトの告発があったことを含め、関連する具体的な記録を、研究公正局に提出していない。

オハイオ州立大学は米国の州立大学、つまり公的機関で、かつ、公文書法に対処している進歩的な大学なので、第三者が大学内の作業をある程度精査できる。

オハイオ州立大学は、エルトン事件だけではなく、ネカト調査でクロ判定を複数回の逃れていたカルロ・クローチェ事件(Carlo Croce、ニューヨーク・タイムズの一面を飾った)を経て、研究不正対処の透明性を高めてきた。 → カルロ・クローチェ(Carlo Croce)(米) | 白楽の研究者倫理

2018年には、それまでどの大学・研究所も行なっていなかった異例ともいうべき進歩的な調査をした。オハイオ州立大学はチンシー・チン教授(Ching-Shih Chen)のネカトを「自発的・自律的に調査」し、調査報告書を積極的に公表し、チンシー・チンの辞任を発表した。 → チンシー・チン、陳慶士(Ching-Shih Chen)(米) | 白楽の研究者倫理

しかし、一般的に言えば、大学・研究所がまとめる研究不正の調査報告書の大部分は、公表されない。

一方、連邦政府機関である研究公正局と米国科学庁(NSF)監察総監室は調査結果の概要を公表する。

公表されるので、ある面有用ではあるが、事件内容は詳しく記載されていない。

その上、米国科学庁(NSF)監察総監室の場合、ネカト者・所属大学・問題論文など重要なポイントをシッカリ隠蔽するので、具体的内容はまったく不明である。

両機関からの報告書の年間件数は、通常は数十件程度で、不正行為件数のごく一部に過ぎない。

大学・研究所の調査報告書は、たとえ記載が詳細でなくても、公表してくれれば、学術界における潜在的な問題について、国民や関係者に警告を与えることができる。

調査報告書の数と内容は、どのような研究不正がどの程度あったかを少なくとも部分的に示している。また、研究不正数の下限も示している。

オハイオ州立大学のような公立大学は、公文書の開示に関する法律の対象となっているが、我々(オランスキーとマーカス)の経験では、多くの州では、たとえ公立大学であっても、こうした種類の記録の開示について、法律は役に立たない。

調査報告書を人事記録とみなし開示適用外としている州もあれば、請求者が当該州の居住者であることを要件としている州もある。

さらに、州や連邦政府機関による最終決定(往々にして引き延ばし可能)があるまでは改訂の対象だと主張し、開示請求に応じない州もある。つまり、ねじまげた曲解だと思うが、すべての調査報告書を下書きとみなしているのである。

こうした適用除外の一部は、専門の弁護士に依頼すればうまく争えるかもしれないが、それを行なうには、それなりの手間と費用がかかる。

しかも、大学・研究所は、請求者との消耗戦に勝つために、関連文書の法的審査にかかる費用として法外な費用を請求することが多い。

そしてもちろん、私立大学は公文書法の対象ではない。

これらすべてのために、研究公正を改善しようとしても、得られる元データは極端に少ない。

2021年のアーモンド(Armond)らの論文は、「ネカト調査結果の情報不足のため、事例・経験を調査研究できず、政策や研修プログラムの有効性を評価することは困難である」と指摘している。 → A scoping review of the literature featuring research ethics and research integrity cases – PMC

この不透明さは、社会と研究界に悪い結果をもたらしている。

2023年の著書でレッドマン(Redman)は、「科学界は、権威を守るために研究不正行為を隠蔽する。スキャンダルが公になった場合だけ、科学は自己規制できていると宣伝する」と批判している 。→ Institutional Responsibilities for Research Integrity | SpringerLink

しかし、実際のケースでは、多くの場合、科学は自己規制できていない。大学・研究所と個人の双方が、研究不正改革よりも自己の利益を優先していることを示している。

引用カルテル、論文工場、査読偽装などの不正行為が実際に行なわれているということは、多くの研究者が出版システムを悪用していることを示している。

人工知能(AI)が学術論文の制作に急速に浸透しているが、これは研究公正に対するこれまでで最大の脅威となるだろう。

ここ数十年の歴史を考えると、楽観視できる理由は何もない。

総合すると、研究不正疑惑が生じた場合、「研究実施過程と結果発表過程」と「研究不正調査」、の両方の情報開示、透明性、が極めて重要である。

★調査報告書の公表

法律は国によって様々で、世界的に統一することは困難である。

それで、調査報告書の公表も世界的に統一することは困難だろうが、国内で統一することはできる。

ネカト調査とその結果の公表で、望ましい優れたモデルを実施している国がある。

例えば、ネカト調査報告書の公表を大学に義務付けている国が、世界で、少なくとも1か国ある。

それは、日本である。

日本の調査報告書は匿名化されているが、匿名化は形式的で、文脈を読み解けば、ネカト研究者の姓名を推察できることが多い。特に、問題の論文リストが掲載されている場合、ネカト研究者の姓名を特定するのは容易である。

ただし、ネカトがどのように生じたのかを理解し、研究不正問題の改善に役立つような内容ではない。

[白楽注:皆様ご存じのように、日本では匿名化されていない優れた報告書もあります。しかし、匿名化された報告書の場合、オランスキーらはかなり偏った理解をしている。つまり、彼らは姓名を推察できたケースを主に扱うので、「姓名を推察できることが多い」としているが、そんなことはありません。ネカト研究者の姓名を推察できない場合はかなりあります]

英国のコンコルダート(The Concordat to Support Research Integrity)は、大学にネカト調査に関する統計の提供を義務付けているが、報告書自体や各調査の概要の提供は義務付けていない。

デンマークは、研究情報技術省内の3つの独立した委員会であるデンマーク科学不正委員会(Danish Committees on Scientific Dishonesty)で、不正行為の告発を調査している。

オランダの研究公正性委員会(Netherlands Board on Research Integrity)は、国立研究機関に対し、各自が調査対象とする事例について助言を行なっている。

ベルギーでは、フランダース科学公正性委員会(Flemish Committee for Scientific Integrity)と研究公正性委員会(Commissions on Research Integrity)の2つの機関が、ネカト調査を監督している。

なお、2021年の論文で、ベルギーの研究者・シラ・アブディ(Shila Abdi)らは当初12か国のネカト調査委員会の調査を検討した。しかし、9か国が機密保持とデータ保護に関する規制を持ち出して情報を提供しなかったため、調査対象を3か国に絞り込まざるを得なかったと述べている。 → What criteria are used in the investigation of alleged cases of research misconduct?: Accountability in Research: Vol 30, No 2

この2021年の論文は、欧州の調査委員会が研究不正疑惑の調査をどのように扱っているかを理解する助けとなる。

このような分析をさらに実施することで、少なくとも政策立案者はネカト調査の質を改善していくことができるだろう。

理想的には、政府が介入し、プライバシーなどの懸念事項を適切に保護しつつも、障害となる規制を免除することで、ネカト調査報告書の充実とその公開を促進するのが望ましい。

米国の研究公正局は、大学からの反発を受け、2024年の規制改訂で、調査報告書の機密保持を緩和しない選択をした。しかし、今後は研究公正局が公開を優先する方向に進むことを期待する。 → Universities oppose plan to bolster federal research oversight

★調査報告書の質的評価(Assessing report quality)

白楽の解説を省略。

★学術誌ができること(What journals can do)

白楽の解説を省略。

★機密保持は誰のためか?

学術機関の世界では、守秘義務の原則は極めて重要であると同時に、しばしば曲解されている。

確かに、ネカト調査中に個人を特定できる情報をどの程度公表するか、また、どの段階で公表するかは、ある程度の慎重さが必要だ。

被疑者のプライバシー保護は、大学の規則上の問題でもあるが、法律の問題でもある。

プライバシー保護には十分な理由がある。

例えば、教員に関する不正確な情報が公表されれば、その人の個人的および職業的地位に壊滅的な結果をもたらす可能性がある。

しかし、この機密保持の社会的利益は、科学に対する国民の信頼の確保、国民の命と健康の保護、納税者の資源の効果的な管理などと同等ではない。

それなのに、大学は隠蔽する。

ここで、守秘義務を課すことで誰が利益を得るのかを考えてみよう。

短絡的に、当該研究者と答える人が多い。

しかし、実際には、匿名にすることで、当該研究者と同等か、あるいはそれ以上の利益を大学が得ている。だから、大学は隠蔽するのだ。

大学には、自らの評判を傷つける可能性のある情報の流出を抑制し、ネカトハンター、ジャーナリスト、弁護士、資金提供者など、外部の関係者による不正疑惑調査を阻止する強い動機がある。

ネカト調査が進行中で、有罪か無罪かがまだ確定していない間は、この行為が正当化される面はあるが、ネカト調査が終わり報告書が完成すれば、正当な理由はない。

公立大学の研究者がネカトで有罪と結論された場合、調査報告書を秘密にしておくべき根拠は何だろうか?

情報開示請求で、報告書を黒塗りにしたり、文字を削除した場合、その理由は何で、その理由は精査に耐えられるものだろうか?

データ数は少ないが、間違い(mistakes)を率直に認めた研究者は、将来の論文の引用数が増加するという形で「信頼の配当」を得られる。→ The Retraction Penalty: Evidence from the Web of Science – PMC

この増加の理由は、自分の研究成果の間違い(mistakes)をオープンにできる研究者は、データに誠実で、今後さらに注意深くなる可能性が高いと他の研究者が受け止めているからである。

大学・研究所も、ネカト調査プロセスの透明性を高め、自らが掲げる「厳格、オープン、誠実」の基準を満たしていると見なされることで、同様の利益を得られると、我々(オランスキーとマーカス)は思う。

調査報告書の公表には、もう一つの重要な目的がある。

それは、ネカト疑惑調査が適切な範囲、内容、判断、結論、処罰だったことを、国民(the public)と関係者に示すことだ。

大学はしばしば、教職員による不正行為の告発に対して、不適切な対応、不適切は調査、誤った判断と結論をする。

結果として、その調査報告書は「公式」ではあるものの、真実を追求し、適切な対処をしたという信頼を得られない。

デューク大学(Duke University)のアニル・ポティ事件(Anil Potti)はその一例である。 → アニル・ポティ(Anil Potti)(米)更新 | 白楽の研究者倫理

デューク大学は、臨床試験で患者がポティの不正行為にさらされるのを防ぐことができたはずなのに、内部告発者を強く抑圧し、時には無視したのである。 → Duke Officials Silenced Med Student Who Reported Trouble in Anil Potti’s Lab – The Cancer Letter

★隠蔽と公表

ネカト調査があったことを、出版社は論文の撤回公告で示したがらない。

同様に、大学も、法的懸念およびプライバシー上の懸念という理由で、ネカト調査報告書を公表しない。

米国の大学は、ネカト調査報告書を公表しない理由として、研究不正行為を規定する連邦規則集第42編第93条(以下の図)の「§ 93.106 守秘義務.」条項(42 CFR § 93.106 – Confidentiality)をしばしば引用する。

[白楽のお節介:「42 CFR § 93.106 – Confidentiality(§ 93.106 守秘義務)」の日本語説明がウェブ上にないので、以下、DeepLで翻訳した。白楽は段落や空白などを修正したが、法律文書なので単語は何も変えていない。

§ 第 93.106 条 守秘義務
(a) 研究不正行為手続の実施中、回答者、申立人及び証人の身元を開示することは、研究不正 行為手続の徹底、適性、客観的かつ公正な実施に合致し、かつ法律で認められる範囲内で、機関が決定した知る必要のある者に限定される。知る必要のある者には、機関内審査委員会、ジャーナル、編集者、出版社、共著者、共同研究機関が含まれる。回答者、申立人、証人の身元開示に関するこの制限は、研究機関が研究不正の所見について最終的な判断を下した後は、もはや適用されない。ただし、当該研究機関は、本項に基づく研究不正行為の手続きに関するORIの審査に従って、回答者、申立人、その他の関係者の身元をORIに開示しなければならない。
(b) 適用される法律に別段の定めがある場合を除き、研究対象者が特定される可能性のある記録または証拠については、秘密を保持しなければならない。開示は、研究不正手続を遂行するために知る必要のある者に限定される。
(c) 本条は、研究機関が公表されたデータを管理したり、データが信頼できない可能性があることを認めたりすることを禁止するものではない。(42 CFR § 93.106 – Confidentiality のDeepL翻訳)

しかし、この「守秘義務」条項は一部の大学が主張するほど厳格なものではない。・・・[白楽注:日本の文部科学省は米国のこの条項を米国より厳格に守ろうとしている]

ネカト調査報告書は情報公開法(public disclosure laws)の対象となることが多いという事実は、この「守秘義務」条項の規制が厳格ではないことを明白に示している。

調査報告書に調査委員会メンバー、同僚、不正行為の目撃者などの名前が記載されることが多い。調査報告書を公表すると、その人たちがリスクと責任を負うことになるのを、大学と教員は懸念している。

しかし、告発された不正疑惑者は通知を受けるので、調査委員会メンバーを知っている。また、調査で聞き取り調査を受けた人物も知っている。それで、上記の懸念は小さく、懸念は回避できるだろう。

また、大学は不正行為がなかった時の調査報告書を公表するのにも懸念があるという。

特に、告発がネカト疑惑者の人事選考に関連した場合、公表されたネカト疑惑者が不当な不利益を受けかねないからである。

しかし、我々(オランスキーとマーカス)は、結果がシロでもクロでも、調査報告書を公表することが最善だと考えている。

科学論文でも、事実を伝えるためには、「否定的」な研究結果の発表も重要なのと同じである。

ただ、調査報告書の一部を非開示にした方が良い可能性はあるので、どのような開示基準を設けるべきなのかは、検討と議論が必要だ。

我々(オランスキーとマーカス)は、これらの問題を検討するために、国立倫理研究倫理センター(National Center for Principled and Research Ethics)と共同でワークショップを開催する予定だ。

同様に、本調査(full investigations)に至らなかった初期調査(予備調査、initial inquiries)でも、その概要を公表すべきだと思う。

同様のシステムは学術研究コミュニティにも適用可能であり、また適用すべきだと我々(オランスキーとマーカス)は考えている。

縁故主義、事なかれ主義、防御行動、不透明といった特異な行動を防ぐ最善の方法は、合理的または正当な理由がある事項だけを例外として、すべてを公表するというシステムを構築することだ。

我々(オランスキーとマーカス)は、研究不正行為を扱う中央集権的な司法プラットフォームの設立を主張するライデン大学のジーゲリンク(Siegerink)らに賛同する。 → Full article: The argument for adopting a jurisprudence platform for scientific misconduct

また、ジーゲリンクらは「プライバシーの過剰保護は、広く信じられている科学研究の透明さの重要性、研究データの公開、という科学の基本的概念と相容れない」と述べている。

科学に対する国民の信頼を維持する上で、科学研究の透明さの重要性は、個人のプライバシー保護という狭い目的を上回るべきのものなのだ。

調査報道の透明性に懐疑的な人の中には、そうした公表は不当に告発された者を不当に罰していると批判する。

しかし、適正な手続きが明確に確立されている刑事司法制度でも、告発が裁判所に提出された瞬間に機密性はなくなる。つまり、告発が正式に受け付けられた瞬間に公になる。

司法制度と学術界の決定的な違いは、刑事告発は直ちに公表されるが学術界はそうではないという点である。

さらに、刑事告発は疑惑に基づくものではなく、証拠に基づくもので、検察官が事件を裏付ける証拠があると判断した上で行なわれる。

一方、学術上の不正行為の調査は、匿名の告発者やその他個人から(含・ネカトハンター)の告発をきっかけに開始される。

確かに、刑事事件だと誤って起訴され、本当は無実なのに、最終的に有罪判決を受ければ、評判や人生全体に重大な影響を受ける。

しかし、こうした不幸な事件の影響を軽減する最善の方法は、事実を公表・公表・公表、公表することだ。つまり、報道を減らすのではなく、増やすことだ。米国の著名な最高裁判所陪席判事だったルイス・ブランダイス(Louis Brandeis)の有名な言葉にあるように、「日光は最高の消毒剤(sunlight is the best disinfectant)」なのだ。

学術界でも同じことが言える。不正行為を行なった研究者は当然、名誉を傷つけられる可能性はあるが、その責任は本人にある。

一方、調査で無罪とされた研究者も、学術界、同僚、社会から名誉を守るために、その事実を明らかにしてもらうべきだ。

ただ、ネカト調査報告書には、編集が必要となる情報が含まれていることが多い。

例えば、特定の人物について個々の目撃者が述べた内容などは、公表すべきではないだろう。

しかし、こうした詳細なことは、対処上の問題なので、明確なガイドラインがあれば回避可能である。

★前進への道

我々(オランスキーとマーカス)は、大学のネカト調査報告書の公表を標準とすることを提言する。公表しない場合の例外は、その理由を明確に説明すべきとする。

この提言は初めてではない。

例えば、我々の同僚のシーケー・ガンセイラス(C.K. Gunsalus、写真出典)は、2019年に「大学の主務とする研究成果と同じように、ネカト調査にも厳格で、オープンで、説明責任のあるシステムが必要です」と述べている。 → Make reports of research misconduct public

2022年、ベルギーのデ・ペウターとコニックス(De Peuter and Conix)は、ネカト者の処罰と告発者への報復措置を含め、匿名化したネカト調査報告書を、大学は公表すべきだと主張している。ネカト調査を安全、迅速、専門的、かつ満足のいく形で実施する大学という名声と信頼を得るためでもある。 → Fostering a research integrity culture: Actionable advice for institutions | Science and Public Policy | Oxford Academic

すべてではないにせよ多くの専門職(弁護士や医師など)の資格審査委員会は、ネカトのような不正行為に対する制裁措置の調査結果を公表している。

反論として、資格の剥奪は犯罪行為をした場合だけであって、ネカトを含めた学術上の不正行為のほとんどは重罪とはみなされていないという意見はある。

しかし、この反論は重要な点を見落としている。専門職としての認定と学術界での良好な地位(good standing)は、会員資格の継続に不可欠な基準を順守していることを示している。

この基準を守れない場合、懲戒処分が科されることがあり、またそうすべきである。

2022年、スタンフォード大学の当時の学長だったマーク・テシア=ラヴィーン(Marc Tessier-Lavigne)に対するネカト報道をきっかけに始まった研究不正への国民の関心の高まりは、その後、論文工場などの不正行為が世界中の新聞の一面を飾り、依然として衰える兆しを見せていない。 → マーク・テシア=ラヴィーン(Marc Tessier-Lavigne)(米) | 白楽の研究者倫理

これは、学術界以外の関係者や政治家が、大学の研究不正対策のまずさに苛立ち、厳しい措置をとる可能性を示している。

大学は、そのような動きを懸念するなら、ネカト調査報告書の公表を標準化するなど、透明性向上に向けた措置を講じるべきだ。

●7.【白楽の感想】

《1》裏事情 

大型連休で遊びに行く直前に体調を崩し、予定していた旅行をキャンセルした。

白楽ブログに執筆に時間をかけ過ぎて、過労気味なんです。

しかし、自分の記事を読み返すと、誤字脱字が多いし、文章の切れも悪い。皆さん、脳内変換してお読みください。

古い記事は改訂が必要だけど、余力がないので、スミマセンが、少しずつしか進みません。

《2》短い感想 

今回紹介した「2025年4月のJournal of Law, Medicine & Ethics」論文で、オランスキーとマーカスはネカト調査の諸過程を公表すべしと主張し、いい点をついているなと思いました。

ただ、日本の大学もそうだけど、米国の大学も、保身が強く、隠蔽体質で、研究公正は飾り程度にとらえていることがよくわかる。

ベン・ランドー=テイラー(Ben Landau-Taylor)は急所を突いている。

7-170 学術界ぐるみの不正許容文化(根深い慣行) | 白楽の研究者倫理

7-170 学術界ぐるみの不正許容文化(根深い慣行)

とはいえ、米国のメディアは強いですね、日本に比べると、はるかに。

もっとも、研究公正局の2024年の規則改訂は、最初の提言は斬新で、調査結果の公表に積極的だったのに、大学連合に負けてしまい、最終的には、研究公正の透明性は後退してしまった。 → 7-160 米国・研究公正局の規則改訂:その6、最終規則 | 白楽の研究者倫理

それを、トランプが追い打ちをかけている。

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日本の人口は、移民を受け入れなければ、試算では、2100年に現在の7~8割減の3000万人になるとの話だ。国・社会を動かす人間も7~8割減る。現状の日本は、科学技術が衰退し、かつ人間の質が劣化している。スポーツ、観光、娯楽を過度に追及する日本の現状は衰退を早め、ギリシャ化を促進する。今、科学技術と教育を基幹にし、人口減少に見合う堅実・健全で成熟した良質の人間社会を再構築するよう転換すべきだ。公正・誠実(integrity)・透明・説明責任も徹底する。そういう人物を昇進させ、社会のリーダーに据える。また、人類福祉の観点から、人口過多の発展途上国から、適度な人数の移民を受け入れる。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
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