2016年10月3日掲載。
ワンポイント:英国の著名な心理学者が、2014年に総説を発表し、批判を受け、「取り下げ(Withdrawal)」たが、「間違い」で通し、2016年7月、新しい論文として「更新(Update)」した。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】
デイヴィッド・フォックスクロフト(David Foxcroft、写真出典)は、英国・オックスフォード・ブルックス大学(Oxford Brookes University)・教授である。専門は心理学(国民健康学)で、簡単に言えば、「飲酒する前に食べろ(Eat before you drink)」などアルコール予防の行動心理学である。医師ではない。
欧州予防研究学会(European Society for Prevention Research、EUSPR)の2015-2017年の会長、欧州予防科学学術ネットワーク(European Science for Prevention Academic Network、SPAN)のコーディネーターである。
2014年8月(50歳)、問題の総説「2014年のCochrane Database Syst Rev」を発表した。データねつ造・改ざんに思えるが、「間違い」で通した。総説は一度「取り下げ(Withdrawal)」た。2016年7月、新しい論文として「更新(Update)」した。
英国・オックスフォード・ブルックス大学(Oxford Brookes University)。写真出典
- 国:英国
- 成長国:英国
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:英国のハル大学
- 男女:男性
- 生年月日:1963年11月x日
- 分野:心理学
- 最初の問題論文発表:2014年(50歳)
- 発覚年:2014年(50歳)
- 発覚時地位:オックスフォード・ブルックス大学(Oxford Brookes University)・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は同じ分野の3人研究者(実名)で、学術誌編集局への公益通報
- ステップ2(メディア):第一次追及者が論文で批判した
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌編集局
- 不正:間違い
- 不正論文数:1報
- 時期:研究キャリアの後期から
- 結末:辞職なし
●2.【経歴と経過】
主な出典:David Foxcroft | LinkedIn
- 1963年11月x日:英国で生まれる
- 1984年 – 1987年(20 –23歳):英国のハル大学(University of Hull)を卒業。学士号。心理学
- 1987年 – 1990年(23 –26歳):英国のハル大学(University of Hull)で研究博士号(PhD)を取得した。心理学
- 1993年 – 1999年(29 –35歳):英国のポーツマス大学(University of Portsmouth)の講師(Lecturer)
- 1998年 – 2000年(34 –36歳):オックスフォード大学(University of Oxford)でポストグラデュエート・ディプロマ(PGDip≒修士課程)。専攻:Evidence Based Health Care
- 2001年 – 2002年(37 –38歳):National Public Health Leadership Programme
- 1999年(35歳):オックスフォード・ブルックス大学(Oxford Brookes University)・教授。社会心理学・国民健康学
- 2014年8月(50歳):問題の総説「2014年のCochrane Database Syst Rev」を発表
- 2015年8月(51歳):総説「2014年のCochrane Database Syst Rev」が強く批判され、9月に「取り下げ(Withdrawal)」た
- 2016年7月8日(52歳):新しい論文として出版した
- 2016年10月2日現在、(52歳):オックスフォード・ブルックス大学(Oxford Brookes University)・教授を維持。辞職なし
●3.【動画】
【動画1】
研究内容の講演:「David Foxcroft – Prevention Research – An Overview of “What Works” – YouTube」(英語)23分26秒。
UNODC – United Nations Office on Drugs and Crime が2016/07/11 に公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
2014年8月20日、デイヴィッド・フォックスクロフト(David Foxcroft)は後に問題視される総説「2014年のCochrane Database Syst Rev」を発表した。
- Motivational interviewing for alcohol misuse in young adults.
Foxcroft DR, Coombes L, Wood S, Allen D, Almeida Santimano NM.
Cochrane Database Syst Rev. 2014 Aug 21;(8):CD007025. doi: 10.1002/14651858.CD007025.pub2. Review. PMID:25140980、 PDF
最初に、「動機づけ面接(motivational interviewing)」とは何かを説明しよう。
動機づけ面接は、人間の行動には、いろいろな意味があるが、カウンセリングで話しているうちに、対象者や患者が自分の心の中にある特定の行動に自分で動機づけることで、対象者や患者に自律的に行動を変化させる手法である。
フォックスクロフトは、若者の危険な飲酒行動を動機づけ面接で変えられるかという研究を行なった。
結論を簡単に書くと、総説は、「25歳以下の若者のアルコール中毒防止には、動機づけ面接は有効ではなかった。社会、政策決定者、行政は別の方法を考える必要がある」とした。
★総説「2014年のCochrane Database Syst Rev」
総説の内容を少し詳しく読んでみよう。
研究者は、15歳から26歳までの若い人々の飲酒を対象に面接した。その時、動機づけ面接をした場合としない場合を比較した。
15歳、と書いてあるのが数字の間違いと思うあなた、英国の最低飲酒年齢は、「家庭では5歳。16歳で、ビールとリンゴ酒をバーやレストランで飲むことが認められ、18歳で全面的に飲酒が認められる(酒 – Wikipedia)」だそうです。
研究では、17,901人の人々から66人の対象者を選んだ。ほとんどは大学生で、キャンパスで面接した。残りは刑務所や少年院などに収容されている若者を対象に面接した。
ほとんどの参加者は、カウンセラーと1対1で、面接を1回行なった。残りは、グループ面接または1対1とグループ面接の両方を行なった。
4か月後、動機づけ面接をした場合、週平均で2.5日、12.2回飲酒し、動機づけ面接をしない場合、週平均で2.7日、13.7回飲酒した、というデータを得た。
動機づけ面接をした場合、血液中のアルコール濃度の平均値は変わらなかったが、最大値が少し低下した。深酒や飲酒運転などの危険行動パターンには変化がなかった。
フォックスクロフトは、結論として、幾つかの差は偶然というより有意な差だが、結局のところ動機づけ面接の効果はほとんどなく、政策決定者や行政で採用するのは妥当とは思えない、とした。
★論文の取り下げ(Withdrawal)
ムン(Eun-Young Mun)、アトキンス(David Atkins)、ウォルター(Scott Walters)の3人の同じ分野の研究者は、フォックスクロフトの総説が発表されるとすぐに、総説の中で使用されている方法とデータ処理が問題だと感じた。
直ぐに気が付いたのは、3人の内の2人、ムン(Eun-Young Mun)とウォルター(Scott Walters)の論文が、フォックスクロフトの総説で言及されていたからだ。
2015年8月、ムン(Eun-Young Mun)、アトキンス(David Atkins)、ウォルター(Scott Walters)の3人は、フォックスクロフトの「2014年のCochrane Database Syst Rev」論文を強く批判する「2015年のPsychol Addict Behav.」論文を出版した。
- Is motivational interviewing effective at reducing alcohol misuse in young adults? A critical review of Foxcroft et al. (2014).
Mun EY, Atkins DC, Walters ST.
Psychol Addict Behav. 2015 Dec;29(4):836-46. doi: 10.1037/adb0000100. Epub 2015 Aug 3.
PMID:26237287
以下に批判の一部を示す。
フォックスクロフトの総説は、研究プランの欠陥、研究対象者の選択の不備、、間違ったデータ解釈、研究対象サイズの不適切さなど、おかしな点がいくつもある。さらに、メタアナリシスで必要なことだが、異種および複雑なデータ構造であることを注意深く考慮していない。
2015年6月、「2015年のPsychol Addict Behav.」論文が受理されたのを受け、ムン(Eun-Young Mun)、アトキンス(David Atkins)、ウォルター(Scott Walters)の3人は、問題点を「Cochrane Database Syst Rev」編集長のデイヴィッド・トービー(David Tovey)に伝えた。
2015年8月5日、トービー編集長から読者投稿欄を使うようにアドバイスを受けた3人は、読者投稿欄で「2014年のCochrane Database Syst Rev」論文の「懸念」を表明した。
2015年9月1日、フォックスクロフトは、それを受け、自分の論文の「取り下げ(Withdrawal)」をした。以下が説明である。
総説に大きな「間違い(errors)」が見つかり、改訂版と交換するため論文を「取り下げ(Withdrawal)」ます(Motivational interviewing for alcohol misuse in young adults – Foxcroft – 2015 – The Cochrane Library – Wiley Online Library)。
フォックスクロフトは、「私達はデータの使用でいくつかの誤り(mistakes)を犯してしまいました。このことは、他の研究者から指摘されて気が付きました。それで、私達は論文を「取り下げ(Withdrawal)」、データの誤りを修正します。近い将来、改訂論文を再出版します」と弁明している。
ムン(Eun-Young Mun)、アトキンス(David Atkins)、ウォルター(Scott Walters)の3人は、フォックスクロフトが意図的に読者をミスリードしたとは思えないと述べている。しかし、フォックスクロフトの「2014年のCochrane Database Syst Rev」論文は、既に、若者の飲酒行動の政策や行政に社会的ダメ―ジを与えた。
★新しい総説として「更新(Update)」
2016年7月8日、フォックスクロフトは、取り下げた総説「2014年のCochrane Database Syst Rev」の内容を改訂し、以下に示すように、新しい総説として「更新(Update)」した。しかし、このことで、社会的ダメージが払拭されるだろうか。
- Motivational interviewing for the prevention of alcohol misuse in young adults.
Foxcroft DR, Coombes L, Wood S, Allen D, Almeida Santimano NM, Moreira MT.
Cochrane Database Syst Rev. 2016 Jul 18;7:CD007025. doi: 10.1002/14651858.CD007025.pub4. Review.
PMID:27426026
●6.【論文数と撤回論文】
2016年10月2日現在、パブメド(PubMed)で、デイヴィッド・フォックスクロフト(David Foxcroft)の論文を「David Foxcroft [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2004~2016年の13年間の43論文がヒットした。
2016年10月2日現在、撤回論文はない。本記事で問題にされた「2014年のCochrane Database Syst Rev」論文は、2015年9月号で内容が「更新(Update)」され、2016年7月号で、新しい総説として「更新(Update)」された。
- Motivational interviewing for alcohol misuse in young adults.
Foxcroft DR, Coombes L, Wood S, Allen D, Almeida Santimano NM.
Cochrane Database Syst Rev. 2014 Aug 21;(8):CD007025. doi: 10.1002/14651858.CD007025.pub2. Review.
Update in: Cochrane Database Syst Rev. 2015;(9):CD007025. PMID: 25140980
●7.【白楽の感想】
《1》杜撰な研究
杜撰な研究プラン・実施方法・解釈だった。その論文にネカトはなくても、研究結果に「間違い」がある。
多くの人(含・研究者)は、研究の過程を精査しないで、論文の結論を「正しい」と受け取る。つまり、論文の「間違った」結論が独り歩きしてしまう。
だから、意図的なねつ造・改ざんでなくても、杜撰な研究は学術界・社会に害毒を垂れ流す。
白楽は、「杜撰」「間違い」も程度によって、ネカトと同レベルの不正と扱うべきだと思う。
トラックの運転手が、「杜撰」な運転で運転を「間違」え、交通事故を起こし、死者を出す。業務上過失致死罪は、「業務上必要な注意を怠り、よって人を死亡させる犯罪をいう」とある。
つまり、研究者も運転手と同じで「業務上必要な注意を怠る=杜撰」で、結果として「間違い」(意図的でない)が生じ、学術界や社会に害悪を及ぼす。
研究者は、自分の富が増え、メンツが満たされるから、「杜撰」「間違い」の研究でも、論文として発表し、論文数を増やそうとする。
「杜撰」「間違い」の研究論文にペナルティが必要だと白楽は思う。
ただ、現実問題、人間は「杜撰」「間違い」が多い。白楽のこのブログでも、「杜撰」「間違い」があちこちにある。気が付けば直すが、膨大である。「杜撰」「間違い」の発表にペナルティ科す場合、しっかりとした基準作りが必要だろう。
●8.【主要情報源】
① 2015年10月22日のロス・キース(Ross Keith)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Cochrane withdraws criticized alcohol misuse report for “major errors” – Retraction Watch at Retraction Watch
② 2014年8月21日、アンドリュー・シーマン(Andrew M. Seaman)のロイター記事:Motivational interviewing may not curb drinking among young adults | Reuters(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。