ミンジュン・ジャン(Mingjun Zhang、张明君)(米)

2022年11月5日掲載 

ワンポイント:ジャンは、中国の浙江大学(せっこうだいがく、Zhejiang University)で研究博士号(PhD)を取得し、米国のオハイオ州立大学(Ohio State University)・教授になった。「2016年6月のProc Natl Acad Sci U S A.」論文を出版した3週間後、データ不正だと内部告発(氏名不明)された。2018年7月(50歳?)、オハイオ州立大学はジャンをネカト犯と結論した。科学庁(NSF)は調査結果を隠蔽。ジャンは中国に帰国し、清華大学・教授に就任した。懸念表明論文1報、撤回論文なし。国民の損害額(推定)は5億円(大雑把)。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】

ミンジュン・ジャン(Mingjun Zhang、*张明君、ORCID iD:?、写真出典)は、中国の浙江大学(せっこうだいがく、Zhejiang University)で研究博士号(PhD)を取得し、米国のオハイオ州立大学(Ohio State University)・教授になった。医師免許は所持していない。専門は生物医工学である。

2016年(48歳?)、「2016年6月のProc Natl Acad Sci U S A.」論文を出版したその3週間後、データ不正だと内部告発(氏名不明)された。

2018年7月(50歳?)、オハイオ州立大学はジャンをネカト犯と結論し、研究助成機関の科学庁(NSF)に報告した。

2020 年(52歳?)、ジャンはオハイオ州立大学を前年(2019年)に辞め、中国の清華大学・医学部・教授に転職した。

2022年11月4日(54歳?)現在、オハイオ州立大学がクロと結論してから4年(ネカト発覚から6年)経ったので、科学庁(NSF)の調査は終了していると思う。

ただ、例によって、科学庁(NSF)は隠蔽体質なので、国民にはこの事件がどう処理されたのかわからない。

科学庁(NSF)は事件の結末を「Proc Natl Acad Sci U S A.」に伝えていないらしく、論文は懸念表明のままで撤回されていない。

オハイオ州立大学(Ohio State University)。写真出典

  • 国:米国
  • 成長国:中国
  • 医師免許(MD)取得:なし
  • 研究博士号(PhD)取得:中国の浙江大学(せっこうだいがく、Zhejiang University)
  • 男女:男性
  • 生年月日:不明。仮に1968年1月1日生まれとする。1990年に学士号を取得した時を22歳とした
  • 現在の年齢:56 歳?
  • 分野:生物医工学
  • 不正論文発表:2016年(48歳?)
  • 発覚年:2016年(48歳?)
  • 発覚時地位:オハイオ州立大学・教授
  • ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)は内部の人。大学と学術誌に公益通報
  • ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②オハイオ州立大学・調査委員会。③科学庁(NSF)
  • 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし。「撤回監視(Retraction Watch)」が取得し公表→ https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2021/02/20170721-CII-Revised-Final-Report.pdf
  • 大学の透明性:大学は調査を終了した。科学庁(NSF)も調査を終了したと思うが隠蔽(✖)
  • 不正:ねつ造・改ざん
  • 不正論文数:1報
  • 時期:研究キャリアの中期
  • 職:事件後に移籍し研究職を続けた(◒)
  • 処分: 科学庁(NSF)から処分があったと思う。大学を辞職し他大学に移籍
  • 日本人の弟子・友人:不明

【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は5億円(大雑把)。

●2.【経歴と経過】

主な出典:(1):Mingjun Zhang’s homepage、(2)BME Seminar – Mingjun Zhang | Rutgers University, Biomedical Engineering

  • 生年月日:不明。仮に1968年1月1日生まれとする。1990年に学士号を取得した時を22歳とした
  • 1990年(22歳?):中国の浙江大学(せっこうだいがく、Zhejiang University)で学士号取得:機械工学
  • 1996年(28歳?):中国の浙江大学(せっこうだいがく、Zhejiang University)で研究博士号(PhD)を取得
  • 2000年(32歳?):米国セントルイスのワシントン大学(Washington University in St. Louis)・博士号(D.Sc.)取得
  • 2001年(33歳?):7年間、産業界で勤務
  • 2007年(39歳?):米国のスタンフォード大学(Stanford University)・修士号取得:生物医工学: Mingjun Zhang | Bioengineering
  • 2008年1月(40歳?):米国のテネシー大学(University of Tennessee Knoxville)・準教授
  • 2014年(46歳?):オハイオ州立大学(Ohio State University)・教授
  • 2016年(48歳?):「2016年6月のProc Natl Acad Sci U S A.」論文を出版した。3週間後、データ不正だと指摘された
  • 2017年12月(49歳?):関係があるかどうか不明だが、米国政府・研究公正局(ORI)の調査監査部長だったスーザン・ガーフィンケル(Susan Garfinkel)がオハイオ州立大学・研究コンプライアンス担当副学長補佐に移籍した
  • 2018年7月(50歳?):オハイオ州立大学はジャンをネカト犯と結論した
  • 2019年末(51歳?):オハイオ州立大学・教授を辞職
  • 2020 年(52歳?):中国の清華大学・医学部・教授

●5.【不正発覚の経緯と内容】

★科学庁(NSF)案件

ミンジュン・ジャン(Mingjun Zhang)は以下に示すように、2009~2014年に科学庁(NSF)から4件の研究助成を受け、2018年にNIHから1件の研究助成を受けている。以下出典

問題の論文は2016年出版の論文なので、政府機関が対処するとすれば、この事件は研究公正局ではなく、科学庁が担当すると思われる。

そして、実際に科学庁が担当した。

★報告書あり、詳細な記事

レト・サプナール(Leto Sapunar)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事はいつも、とても詳細である。

「撤回監視(Retraction Watch)」は情報公開法で得たこの事件の記録を公表している。全部で200頁弱に及ぶ。記録公表は以下の3件である。

以下は2017年7月21日のネカト調査報告書の冒頭部分(出典:同)。全文(26ページ)は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2021/02/20170721-CII-Revised-Final-Report.pdf

以下は2018年7月31日のネカト調査報告書の冒頭部分(出典:同)。全文(26ページ)は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2021/02/20180731-COEIC-Final-Investigation-Report.pdf

以下は収集した電子メールの冒頭部分(出典:同)。全文(143ページ)は → https://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2021/02/PRR-20-0246-Communications.pdf

★発端と1回目の結論はシロ

2014年、ミンジュン・ジャン(Mingjun Zhang)は、テネシー大学(University of Tennessee Knoxville)・準教授から、オハイオ州立大学(Ohio State University)の教授に移籍した。

2016年6月7日(46歳?)、ジャンは、「2016年6月のProc Natl Acad Sci U S A.」論文を出版した。

2016年7月1日(46歳?)、出版の3週間直後に、匿名の内部告発者が、オハイオ州立大学(Ohio State University)と学術誌「Proc Natl Acad Sci U S A.」に、「著者ジャンは、故意に、意図的に、繰り返し、データねつ造・改ざんをしている」と通報した。

オハイオ州立大学の研究公正官であるジェニファー・ユーセル(Jennifer Yucel、写真出典)が対処した。

オハイオ州立大学は4人の委員でネカト調査を始めた。調査委員の名前は把握できるが、名前を含め、調査の詳細を省く(白楽が)。

2017年4月28日(47歳?)、ネカト調査委員会は、投票の結果、3対1でネカトは「なかった」と結論した。その結果をキャロライン・ウィタクレ研究担当副学長(Caroline Whitacre)に報告した。

しかし、事件はここで終らなかった。

★2回目の結論はクロ

2017年4月5日(47歳?)、ネカト調査委員会から「シロ」と報告を受けた13日前、キャロライン・ウィタクレ研究担当副学長(Caroline Whitacre、写真出典)は、ミンジュン・ジャンの弁護士から別の書類を受け取っていた。

2017年4月28日の「ネカトはなかったと結論した」ネカト調査委員会に対して、ウィタクレ研究担当副学長は、弁護士から書類を考慮して再評価するように指示した。

その結果、ネカト調査委員会は、投票の結果、今度は、3対1でネカトが「あった」と結論したのだ。

どうして投票結果が変わったのか?

調査での面談でジャンが回答した内容と、別途得ていた記録に矛盾があったからだ。

調査での面談では、ジャンは一貫して、自分は研究に密接には関与していなかったと主張し、当時彼の研究室の院生で論文の第一著者のユージアン・フアン(Yujian Huang、写真出典)がネカト犯だと非難していた。

ジャンは委員会に、「論文原稿は学術誌から何度も不採択にされたので、だんだん、論文原稿に対する熱が冷めていった。自分は実験作業をしていないし、論文原稿の作成もしていないし、査読への返答も院生に任せて、自分ではしていません。最後の方では、改訂した論文原稿を読んでさえいませんでした」と述べていた。

調査委員会は、データねつ造・改ざん問題とは別に、ジャンが、主任研究者としての責任を著しく怠っていたことを懸念する状況だった。

しかし、ジャンの研究室員からのメールを分析すると別の面が見えてきた。このメールはジャンの弁護士が提供した(白楽の推定)。

メールを分析すると、ジャンは研究プロジェクトに密接に関与していた。

ジャンは研究のすべての過程に関与していて、DNA配列相同性の意味や問題点を完全に理解していた。

これは、明らかにジャンの回答と矛盾していた。

矛盾が見つかったことで、調査委員会は、ジャンの発言の信憑性を疑い、故意にデータねつ造・改ざんをしたという見方に、投票結果が変わったのだ。

2018年7月(50歳?)、オハイオ州立大学はジャンをネカト犯と結論した。「2016年6月のProc Natl Acad Sci U S A.」論文の撤回を学術誌に要請した。

しかし、ジャンは、ネカト行為のすべての申し立てを否定した。

★顛末:中国の清華大学・教授

2019年末(51歳?)、ジャンは、オハイオ州立大学・教授を辞職した。

2020 年(52歳?)、中国の清華大学・医学部・教授に就任した。

学術誌「Proc Natl Acad Sci U S A.」は科学庁(NSF)のネカト調査が終了していないので、その結果待ちだと説明している。 → 2019年8月26日の「懸念表明」:Editorial Expression of Concern: Nanospherical arabinogalactan proteins are a key component of the high-strength adhesive secreted by English ivy | PNAS

2022年11月4日現在、オハイオ州立大学がクロと結論してから4年(ネカト発覚から6年)経ったので、科学庁(NSF)の調査は終了していると思う。

科学庁(NSF)が隠蔽体質なので、国民はこの事件がどうなったかわからない。

科学庁(NSF)は「Proc Natl Acad Sci U S A.」に伝えていないらしく、論文は撤回されていない(なんかヘンですね)。

【ねつ造・改ざんの具体例】

★「2016年6月のProc Natl Acad Sci U S A.」論文

「2016年6月のProc Natl Acad Sci U S A.」論文の書誌情報を以下に示す。2019年8月26日に懸念表明が付いた。しかし、現在、撤回されていない。

懸念表明によると、図3と図S4Aがねつ造・改ざんとある。 → 2019年8月26日の懸念表明公告:Editorial Expression of Concern | PNAS

以下に図3と図S4Aを示す(図の出典は原著論文:https://www.pnas.org/doi/full/10.1073/pnas.1600406113

なお、白楽には、どこがねつ造・改ざんなのか、わからない。

ーーーーー図3ーーーーー

ーーーーー図S4Aーーーーー

 

●6.【論文数と撤回論文とパブピア】

★パブメド(PubMed)

2022年11月4日現在、パブメド(PubMed)で、ミンジュン・ジャン(Mingjun Zhang)の論文を「Mingjun Zhang [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2000~2022年の23年間の282論文がヒットした。

2022年11月4日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、0論文が撤回されていた。

★撤回監視データベース

2022年11月4日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回監視データベースでミンジュン・ジャン(Mingjun Zhang)を「Mingjun Zhang」で検索すると、本記事で問題にした「2016年6月のProc Natl Acad Sci U S A.」論文・1論文が2019年8月26日に懸念表明されていた。訂正論文と撤回論文は無かった。

★パブピア(PubPeer)

2022年11月4日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ミンジュン・ジャン(Mingjun Zhang)の論文のコメントを「”Mingjun Zhang”」で検索すると、本記事で問題にした「2016年6月のProc Natl Acad Sci U S A.」論文を含め4論文にコメントがあった。

但し、「2016年6月のProc Natl Acad Sci U S A.」論文以外は同姓同名の別人である。

●7.【白楽の感想】

《1》隠蔽 

オハイオ州立大学(Ohio State University)は正式にネカト調査をし、その報告書も作成している。ミンジュン・ジャン(Mingjun Zhang、写真出典)はこの事件で教授を辞任している。

ミンジュン・ジャン事件は中規模のネカト事件である。資料も公表されている。しかし、「撤回監視(Retraction Watch)」が報じただけで、他のメディアは何も報じない。

どうしてなんだろうか?

大きな理由は科学庁(NSF)が扱ったネカト事件だからと思える。

研究公正局が扱ったネカト事件は調査結果を公表するが、科学庁(NSF)は調査結果を隠蔽する。それで、他のメディアは報じなかったのだろう。

米国の2大ネカト調査機関の一方(研究公正局)はネカト者の氏名を公表するのに、他方(科学庁(NSF))はひたすら隠蔽する。

両者が不統一なことを不思議に思う。

科学庁(NSF)のやり方は隠蔽そのものである。

ジャン教授は論文の第一著者であるユージアン・フアン(Yujian Huang、写真の最左、隣はジャン教授、出典)がネカト犯としたが、ハッキリしない。

もし濡れ衣ならネカト犯とされたフアンの研究人生は不当に大きく狂ってしまっただろう。

科学庁(NSF)は、透明性と説明責任をどうとらえているのか、さらに、有効なネカト防止策をどうとらえているのか、いつも疑問に思う。

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●9.【主要情報源】

① 2021年2月19日のレト・サプナール(Leto Sapunar)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Exclusive: Ohio State researcher kept six-figure job for more than a year after a misconduct finding – Retraction Watch
张明君(清华大学医学院教授)_百度百科

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