ワンポイント:2013年に研究公正局が、院生時代の発表論文・博士論文、その後の研究費申請書にデータ改ざんがあったと発表したが、博士号ははく奪されなかった
●【概略】
ニチン・アガワル(Nitin Aggarwal、写真出典)は、米国・ウィスコンシン医科大学(Medical College of Wisconsin)で研究博士号(PhD)を取得し、ウィスコンシン大学マディソン校(University of Wisconsin-Madison)・研究助手を経て、ブリストル・マイヤーズ・スクイブ社(Bristol Myers-Squibb)・研究員になった。医師ではない。専門は薬理学・毒性学である。
パブメドで検索すると、最初の論文は2006年出版で、所属がインドの病院である。同姓同名の別人かもしれないが、インド出身の米国研究者と思われる。
2013年10月2日(34歳?)、研究公正局がアガワルの院生時代の出版論文、博士論文、研究助手時代の研究費申請書にデータねつ造・改ざんがあったと発表した。3年間の締め出し処分(debarment)を科した。
博士論文はデータ改ざん論文なのに、2009年に授与された研究博士号(PhD)ははく奪されていない。研究ネカトでクロなのに、ブリストル・マイヤーズ・スクイブ社を解雇されない。おかしい、と指摘する人もいる。
- 国:米国
- 成長国:インド?
- 研究博士号(PhD)取得:米国・ウィスコンシン医科大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1979年1月1日生まれとする。最初の論文は2006年出版で、所属がインドの病院だったインド出身の米国研究者と思われる。2009 年の米国での研究博士号(PhD)取得時を30歳とした
- 現在の年齢:45 歳?
- 分野:薬理学
- 最初の不正論文発表:2008年(29歳?)
- 発覚年:2012年(33歳?)?
- 発覚時地位:ブリストル・マイヤーズ スクイブ社の研究員
- 発覚:?
- 調査:①ウィスコンシン医科大学・調査委員会。②研究公正局。~2013年10月2日
- 不正:ねつ造・改ざん
- 不正論文数:2論文、1研究費申請書、博士論文
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:辞職なし。博士号はく奪なし
●【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1979年1月1日生まれとする。最初の論文は2006年出版で、所属がインドの病院だったインド出身の米国研究者と思われる。2009 年の米国での研究博士号(PhD)取得時を30歳とした
- 20xx年(xx歳):xx大学を卒業
- 2008年(29歳?):米国・ウィスコンシン医科大学に博士論文を提出。論文タイトル「Chronic hypoxia enhances 15-lipoxygenase-mediated vasorelaxation in rabbit arteries」。指導教授はウィリアム・キャンベル(William B. Campbell、写真出典)
- 2009年(30歳?):米国・ウィスコンシン医科大学から博士号が授与された
- 2009年(30歳?):米国・ウィスコンシン大学のジョナサン・マキールスキー(Jonathan Makielski)研究室で研究助手
- 2012年(33歳?):ブリストル・マイヤーズ スクイブ社の研究員
- 2013年10月2日(34歳?):研究公正局がアガワルのデータねつ造・改ざんを発表した
●【不正発覚の経緯と内容】
不正発覚の経緯は不明だが、アガワルの2008年の論文が問題視された。
2012年(33歳?)、ブリストル・マイヤーズ スクイブ社の研究員に採用されている。その前に、公式な調査が開始されていたら採用されないと思われるので、調査開始はその後だろう。
2013年10月2日(34歳?)、ウィスコンシン医科大学の調査を踏まえ、研究公正局がアガワルの院生時代の出版論文、博士論文、研究助手時代の研究費申請書にデータねつ造・改ざんがあったと発表した。3年間の締め出し処分(debarment)を科した。
具体的に研究ネカトの例を示すが、アガワルの不正点は、ウェスタンブロット像のバンドの濃淡を自分の研究ストーリーに合うように改ざんした。その改ざんデータを論文に発表し、同時期に書き上げた博士論文に使用し、すぐ後の研究費申請書にも使用した。
★「2008年のAmerican Journal of Physiology」論文
問題の論文は以下である。
- Chronic hypoxia enhances 15-lipoxygenase-mediated vasorelaxation in rabbit arteries.
Aggarwal NT, Pfister SL, Gauthier KM, Chawengsub Y, Baker JE, Campbell WB.
Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2009 Mar;296(3):H678-88. doi: 10.1152/ajpheart.00777.2008. Epub 2008 Dec 26.
以下の図1A、1B が改ざんだった。つまり、図1Aのウェスタンブロット像のß-actinの濃淡を改ざんした。図1Bは、図1Aのバンドの濃淡を数値化したデータなので、同時に改ざんされたことになる。
以下の図2A、2B が改ざんだった。図2Aのウェスタンブロット像のß-actinと15-LO-1の濃淡を改ざんした。図2Bは、図2Aのバンドの濃淡を数値化したデータなので、同時に改ざんされたことになる。
●【論文数と撤回論文】
2016年5月23日現在、パブメド(PubMed)で、ニチン・アガワル(Nitin Aggarwal)の論文を「Nitin Aggarwal [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2006~2014年の9年間の27論文がヒットした。
2016年5月23日現在、2論文が撤回されている。2008年と2009年の2論文で、ともに、ウィスコンシン医科大学の院生時代に発表した論文である。2013年12月と2014年8月に撤回されている。
- Chronic hypoxia enhances 15-lipoxygenase-mediated vasorelaxation in rabbit arteries.
Aggarwal NT, Pfister SL, Gauthier KM, Chawengsub Y, Baker JE, Campbell WB.
Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2009 Mar;296(3):H678-88. doi: 10.1152/ajpheart.00777.2008. Epub 2008 Dec 26.
Retraction in: Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2014 Aug 15;307(4):H633. - Hypercholesterolemia enhances 15-lipoxygenase-mediated vasorelaxation and acetylcholine-induced hypotension.
Aggarwal NT, Pfister SL, Campbell WB.
Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2008 Dec;28(12):2209-15. doi: 10.1161/ATVBAHA.108.177113. Epub 2008 Oct 2.
Retraction in: Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2013 Dec;33(12):e136.
ウィスコンシン医科大学の院生時代に出版した2007年の2報、2008年の6報、2009年の1報は、すべて、指導教授のウィリアム・キャンベル(William B. Campbell)と共著である。
なお、アガワルは、院生としては出版論文がとても多く、破格の論文生産性である。
2006年の最初の論文は所属がインドの病院の耳鼻咽喉科、「Department of Otorhinolaryngology, Sir Ganga Ram Hospital, Rajinder Nagar, 110 060 New Delhi, India」とある。同姓同名の別人かもしれないが、同一人物と考え、アガワルは、インド出身の米国研究者とみなした。
●【事件後の人生】
アガワル(写真出典)は、博士論文でデータ改ざんしたのに、2009年に授与された研究博士号(PhD)ははく奪されていない。
これに対し、2009年に研究博士号(PhD)を授与したウィスコンシン医科大学の広報官は、「当大学の調査委員会は、博士論文の中に疑わしいデータをいくつか見つけたが、学術論文として無効だという十分な証拠を見つけられませんでした」と述べている。
また、研究ネカトでクロなのに、ブリストル・マイヤーズ・スクイブ社はアガワルを解雇していない。
これらはおかしいと批判する研究者の意見がある。
ブリストル・マイヤーズ・スクイブ社はなにもコメントしていないが、研究ネカト論文は、ブリストル・マイヤーズ・スクイブ社在職中の論文が研究ネカトだったわけではない。
それに、この企業でのアガワルの研究は、政府(NIH)の研究助成を受けていない。そして、多分、アガワルは研究能力が高いので企業は離したくないのだろう。解雇どころか、アガワルは昇進している。
●【白楽の感想】
《1》主宰研究者の責任
アガワルは、ウィスコンシン医科大学のウィリアム・キャンベル教授(William B. Campbell)の院生で、院生時代に出版した2007年の2報、2008年の6報、2009年の1報はすべて、指導教授のキャンベル教授と共著である。2008年の2報と博士論文がデータ改ざんだった。
改ざん2論文も、もちろん、キャンベル教授と共著である。博士論文はキャンベル教授がチェックしているハズだ。
この状況で、改ざんの責任はすべてアガワルに押し付けられ、キャンベル教授の責任は問われない。なんかおかしくないか?
アガワルは、インドでも「研究のあり方」を学んだろうが、インドでは、1論文しか発表していない。米国での師・キャンベル教授からすべてを学んだと思われる。院生は研究者として未完成で、教育される立場の訓練生である。
キャンベル教授は都合のいい利益だけを得ている。なんかおかしくないか?
●【主要情報源】
① 2013年10月2日と24日、研究公正局の報告:10月2日Federal Register, Volume 78 Issue 191 (Wednesday, October 2, 2013)、10月24日NOT-OD-14-010: Findings of Research Misconduct(保存版)
② 2013年10月17日のアイヴァン・オランスキー(Ivan Oransky)の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Cardiology researcher faked data in his prizewinning PhD thesis – and NIH, AHA grants: ORI – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 2013年10月21日のアンドリュー・ウィーセック(Andrew S. Wiecek)の「Drug Discovery & Development」記事:Bristol Myers-Squibb Researcher Committed Misconduct(保存版)
④ 2014年7月2日のマリア・ナッテスタッド(Maria Nattestad)の「Technophilic Magazine」記事:Scientific misconduct taken too lightly – Technophilic Magazine(保存版)
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