2016年5月3日掲載。
ワンポイント:2013年4月(56歳)に論文の懸念表明が発表されたが、政府助成金をもらわず、大学や研究所に所属していない研究者のネカト疑惑は、公式な調査と処罰ができない。
●【概略】
アリエル・フェルナンデス(Ariel Fernandez、写真出典)は、アリエル・フェルナンデス・コンサルタント社(Ariel Fernandez Consultancy)など、自分が起業した複数の組織に所属する。アルゼンチン学術研究会議(National Research Council (CONICET))の会員でもある。なお、2016年1月の論文では、所属が3か所あり、アルゼンチン数学研究所(Argentine Institute of Mathematics (I. A. M.))、アルゼンチン学術研究会議(National Research Council (CONICET))、スイスのバーゼル高等研究所(Collegium Basilea, Institute for Advanced Study)だった。
専門は医薬デザインや生物物理学で、医師ではない。複数の学術誌の編集委員でもある。タンパク質の相互作用を引き起こす脱水元(デハイドロンdehydron)の概念を確立し、医薬デザインに適用し、複数の有力な特許を持っている。300報以上の学術論文を発表している。
2013年4月(56歳)、論文の懸念表明が発表された。
学術誌以外、調査する「当局(オーソリティ)」がないので、公的機関は調査していないが、データねつ造・改ざんと思われる。
アリエル・フェルナンデス・コンサルタント社(Ariel Fernandez Consultancy)のロゴ。写真出典
- 国:アルゼンチン
- 成長国:アルゼンチン
- 研究博士号(PhD)取得:米国のイェール大学
- 男女:男性
- 生年月日:1957年4月8日
- 現在の年齢:67 歳
- 分野:医薬デザイン
- 最初の不正論文発表:2006年(48歳)
- 発覚年:2013年(56歳)
- 発覚時地位:アリエル・フェルナンデス・コンサルタント社など、自分が起業した複数の組織。社長
- 発覚:パブピア? 学術誌編集委員?
- 調査:学術誌以外、調査する「当局(オーソリティ)」がない
- 不正:ねつ造・改ざん(推定)
- 不正論文数:撤回1報、訂正8報
- 時期:研究キャリアの中期
- 結末:職業上の処分なし
- 1957年4月8日:アルゼンチンで生まれる
- 1979年(22歳):アルゼンチンのナシオナル・デル・スール大学(Universidad Nacional del Sur)で学士号:化学
- 1980年(23歳):アルゼンチンのナシオナル・デル・スール大学(Universidad Nacional del Sur)で学士号:数学
- 1984年(27歳):米国のイェール大学(Yale University)で研究博士号(PhD)を取得した。指導教授はトルコ人理論化学者のオクタイ・シナノグル(Oktay Sinanoğlu)で、博士論文のタイトルは「Structural Stability of Chemical Systems at Critical Regimes」だった。
- 1984年(27歳):ドイツのマックス・プランク生物物理化学研究所(Max Planck Institute for Biophysical Chemistry.)・研究員。ボスは、1967年ノーベル化学賞受賞者のマンフレート・アイゲン(Manfred Eigen)。
- その後、米国のマイアミ大学(University of Miami)、アルゼンチンのナシオナル・デル・スール大学(Universidad Nacional del Sur)、ドイツのマックス・プランク生化学研究所(Max Planck Institute of Biochemistry)、米国のシカゴ大学(University of Chicago)、日本の大阪大学(Osaka University)、米国のインディアナ大学医科大学院(Indiana University School of Medicine)、米国のモーグリッジ研究所(Morgridge Institute for Research)、台湾の国立清華大学(National Tsing Hua University)、米国のライス大学(Rice University)に所属した
- 2011年(54歳):米国のライス大学(Rice University)を辞職
- 2013年4月(56歳):論文の懸念表明が発表された
★褒章リスト
2006年:Elected Fellow of the American Institute for Medical and Biological Engineering
1995年:Guggenheim fellowship
1991年:Camille and Henry Dreyfus Teacher-Scholar
1989年:Camille and Henry Dreyfus Distinguished New Faculty
●【研究内容】
【動画1】
動画:「Ariel Fernandez: Science at the rescue of the pharmaceutical industry」(英語)8分48秒。
Ariel Fernandez が2013/11/23 に公開
【動画2】
動画:「Biophysicist Ariel Fernandez revisits human evolution from a molecular perspective」(英語)19分29秒。
Ariel Fernandez が2013/10/01 に公開 に公開
●【不正発覚の経緯と内容】
2013年4月17日(56歳)、「BMC Genomics」誌はフェルナンデスの2011年の論文に対して「懸念表明(expression of concern)」を発表した。理由は、フェルナンデスの所属機関が複数記載されているが、所属機関の1つでは論文結果が再現できない、他の所属機関では研究記録がないなどの異常が見られたからである(Expression of concern: subfunctionalization reduces the fitness cost of gene duplication in humans by buffering dosage imbalances | BMC Genomics | Full Text)。
どうして、「BMC Genomics」誌の編集委員が上記のことに気が付いたか? 明確な記述はない。推察するに、フェルナンデスが所属した機関の研究者が「結果が再現できない」と公益通報したのだろう。
2013年4月19日(56歳)、撤回監視(Retraction Watch)が上記の「懸念表明(expression of concern)」を記事にした。
2013年4月22日(56歳)、フェルナンデスは、「懸念表明(expression of concern)」は論文撤回ではないので、サイトから自分の記事を削除するように、撤回監視(Retraction Watch)に要求した。そして、削除しないなら民事裁判で訴えると、脅かした。
撤回監視(Retraction Watch)は、「懸念表明は論文撤回ではないことはわかっています。自分たちは、事実を報告しただけだす。間違っているなら、喜んで修正します。それで、間違っている点を具体的に知らせてほしい。また、gmailアドレスだと本人だと確認しにくいので、所属機関のアドレスから送信してほしい」と返事している。
【白楽の感想:撤回監視(Retraction Watch)を脅迫したことで、「雉が鳴いて」しまい、注目を集めてしまった。それも、フェルナンデス自身が望まない方向にである。フェルナンデスはポイントを外した】
2013年10月17日(56歳)、撤回監視(Retraction Watch)は、「フェルナンデスが複数の論文の訂正を行なった」という記事を発表した。訂正部分は、NIHからの助成金で行なったと記載していた部分を変更したのである。
【白楽の感想:NIHからの助成金で行なった研究でなければ、研究公正局は調査に乗りだせない。フェルナンデスはポイントを心得ている】
2014年12月18日(57歳)、「Nature」誌もフェルナンデスの2011年の「Nature」論文に対して、「懸念表明(expression of concern)」を発表した(Editorial Expression of Concern: Non-adaptive origins of interactome complexity : Nature : Nature Publishing Group)。
2015年1月(57歳)、「PLOS Genetics」誌も調査を始めた。
2016年1月23日(58歳)、フェルナンデスは、「過去数年間に私の4論文が批判された。しかし、不正なデータだという証拠は報告されていない」と表明した(Ariel Fernandez Disclaimer)。
【白楽の感想:そんなこと、わざわざ言うことないのに】
2016年3月14日(58歳)、プロナスはフェルナンデスの「2006年のProc. Natl. Acad. Sci. USA誌」論文を撤回すると発表した(Retraction for Fernández et al., Packing defects as selectivity switches for drug-based protein inhibitors)。この論文を発表したときの所属は米国のライス大学(Rice University)である。
学術誌が論文を問題視しても、フェルナンデスは、2011年以降、大学や研究所に所属していないし、論文はNIHからの助成金で行なった研究成果ではない(訂正したので)。現在の研究システムでは、フェルナンデスの研究ネカトを調査する責任組織がなかった。
ただ、2016年3月14日、プロナスが、ライス大学時代の論文を撤回したので、ライス大学に、ようやく、調査責任が生じた。これは、本記事の約2か月弱前なので、ライス大学が調査しているかどうか不明である。
2016年5月2日現在(59歳)、フェルナンデスの20報以上がパブピアで問題視されている(PubPeer – Results for Ariel Fernandez)。
フェルナンデスは、大学や研究所に所属していないし、NIHからの助成金も受領していない。となると、どうやって研究しているの?
フェルナンデスは、アリエル・フェルナンデス・コンサルタント社(Ariel Fernandez Consultancy)など、自分が起業した複数の組織を持っていて、特許収入で研究開発している。こうなると、優秀な特許を開発できれば、怖いものナシ。
医薬デザインの有力な特許の1つ。出典
●【論文数と撤回論文】
2016年5月2日現在、パブメド(PubMed)で、アリエル・フェルナンデス(Ariel Fernandez)の論文を「Ariel Fernandez [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2016年の15年間の102論文がヒットした。
2016年5月2日現在、1論文が撤回されている。本記事で書いた「2006年のProc. Natl. Acad. Sci. USA誌」論文である。
- Packing defects as selectivity switches for drug-based protein inhibitors.
Fernández A, Scott R, Berry RS.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Jan 10;103(2):323-8. Epub 2005 Dec 30.
Retraction in: Cozzarelli NR. Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Mar 14;103(11):4329.
2016年5月2日現在、訂正論文は8報あった。リストは省略。
●【白楽の感想】
《1》誰も調査しない
撤回論文が1報あり、訂正論文が8報もある。フェルナンデスが研究ネカトした可能性はかなり高い。
しかし、2011年以降、大学や研究所に所属しておらず、NIHからの助成金で研究していないと、現在のシステムでは、フェルナンデスの研究ネカトを調査する責任組織がない。出版社は、論文を撤回するのがセイゼイである。出版社は、調査にヒト・カネ・ジカンをさきたくない。調査権限にも限界がある。
2016年3月14日、プロナスが、ライス大学時代の論文を撤回したので、ライス大学に、ようやく、調査責任(権限?)が生じた。これは、本記事の約2か月弱前である。2016年5月2日現在、ライス大学が調査しているかどうかは不明だ。しかし、5年前に退職した教授の10年前の論文の研究ネカト調査はしないだろう。
パブピアや撤回監視(Retraction Watch)は、ある意味、私的活動である。パブピアは第一追求者の集団である。撤回監視は第一追求者を支援するメディアである。疑惑の端緒を示すだけで、調査と処罰の権限はない。
→ 1‐5‐3.研究ネカト事件対処の4ステップ説 | 研究倫理(ネカト)
研究ネカトには、大学や研究公正局などの公的組織が調査に乗り出すことが必須である。フェルナンデス事件は公的組織の調査がないと、シロクロをつけられないということを、明確に示している。
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●【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Ariel Fernandez – Wikipedia, the free encyclopedia
② 「撤回監視(Retraction Watch)」記事群:ariel fernandez Archives – Retraction Watch at Retraction Watch
③ 「パブピア(PubPeer)」のフェルナンデスの記事群:PubPeer – Results for Ariel Fernandez
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。