7-106 「研究規範・研究公正」違犯の記事と事件の統計分析

2022年6月22日掲載

白楽の意図:世界の「研究規範・研究公正」違犯事件に関するウェブ上の記事を網羅的に収集し、分析した(スコーピングレビューした)、アンナ・アーモンド(Anna Catharina Vieira Armond)らの「2021年4月のBMC Med Ethics」論文を読んだので、紹介しよう。ただ、日本の事をまるでわかっていないと感じた。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.書誌情報と著者
2.日本語の予備解説
3.論文内容
4.討論
5.白楽の感想
6.コメント
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【注意】

学術論文ではなくウェブ記事なども、本ブログでは統一的な名称にするために、「論文」と書いている。

「論文を読んで」は、全文翻訳ではありません。ポイントのみの紹介で、白楽の色に染め直し、さらに、理解しやすいように白楽が写真・解説など加え、色々加工している。

研究者レベルの人で、元論文を引用するなら、自分で原著論文を読むべし。

●1.【書誌情報と著者】

★書誌情報

  • 論文名:A scoping review of the literature featuring research ethics and research integrity cases
    日本語訳:研究規範と研究公正の事件を取り上げた文献のスコーピングレビュー
  • 著者:Armond ACV, Gordijn B, Lewis J, Hosseini M, Bodnár JK, Holm S, Kakuk P. A..
  • 掲載誌・巻・ページ:BMC Med Ethics. 2021 Apr 30;22(1):50
  • 発行年月日:2021年4月30日
  • 引用例: Armond, A.C.V., Gordijn, B., Lewis, J. et al. A scoping review of the literature featuring research ethics and research integrity cases. BMC Med Ethics 22, 50 (2021). https://doi.org/10.1186/s12910-021-00620-8
  • DOI: 10.1186/s12910-021-00620-8
  • ウェブ: https://bmcmedethics.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12910-021-00620-8
  • PDF:
  • 著作権:Creative Commons Attribution 4.0 International License:作品を複製、頒布、展示、実演を行うにあたり、著作権者の表示を要求し、非営利目的での利用に限定する(クリエイティブ・コモンズ – Wikipedia

★著者

  • 連絡著者:アンナ・カタリーナ・ビエイラ・アーモンド(Anna Catharina Vieira Armond)
  • 紹介:
  • 写真出典:https://www.researchgate.net/profile/Anna-Catharina-Armond
  • ORCID iD:
  • 履歴:Anna Catharina ARMOND | PhD candidate
  • 国:ハンガリー
  • 生年月日:
  • 学歴:
  • 分野:行動科学
  • 論文出版時の所属・地位:ハンガリーのデブレツェン大学・院生(Department of Behavioural Sciences, Faculty of Medicine, University of Debrecen, Hungary)

デブレツェン大学・医学部(Faculty of Medicine, University of Debrecen)。写真出典

●2.【日本語の予備解説】

省略

●3.【論文内容】

《1》序論 

過去10年間、研究規範と研究公正に対する学術的関心が高まっている。

これは、新技術の導入による研究の変化、出版しなければならない出版圧力の高まり、助成金獲得競争の激化、産学連携プログラムの増加、国際研究協力の要請などによる[1]。

もちろん、メディアが研究不正事件を多く報道するようになったのも、研究規範と研究公正に対する関心を高めている [2]。

研究不正事件がメディアで報道されることで、同時に、研究と研究者に対する国民の信頼は低下している[3]。

従来、研究不正事件の分析には、さまざまな情報源が使われてきた。

米国の研究公正局(Office of Research Integrity)の事件ファイル[2]、撤回論文[4]、アンケート調査[5]、データ監査[6]、メディア報道[3]などを情報源として、研究不正事件の状況、原因、結果が分析されてきた。

研究不正事件の分析結果は、「責任ある研究の実施(responsible conduct of research)」規則の内容に影響する [1]。

さらに、研究規範および研究公正の理解を促し、違犯行為への対処に役立つ。

現在、ウェブ上で利用可能な研究不正事件を収集し、分析・評価した包括的な研究論文はない。

本論文は、EnTIREコンソーシアム(EnTIRE consortium)のメンバーによって開発され、「Embassy of Good Science platform (www.embassy.science)」(以下の画像出典同)で利用できる情報を基に、研究規範および研究公正に違反する事件の記事を収集し、分析した。

分析は、2つ、別々に行なった。

最初の分析では、特定した研究記事を使って、出版年、国、記事のジャンル、不正行為を分析した。

2番目の分析では、文献から抽出した研究不正事件記事を使って、事件の特徴、関連する不正行為、制裁、研究分野を分析した。

《2》方法 

★はじめに

このスコーピングレビューは、「Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses (PRISMA)」と「PRISMA Extension for Scoping Reviews (PRISMA-ScR)」に従って行なった。

とある。しかし、白楽は「PRISMAとかPRISMA-ScRは何のこっちゃ?」と思った。

ウィキペディアの「PRISMA – Wikipedia」に以下の説明がある。

PRISMA (システマティックレビューおよびメタアナリシスのための優先的報告項目、Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses)は、主に医療介入の有益性と有害性を評価するために使用される広範なシステマティック・レビューとメタアナリシスを著者が報告する際に役立つことを目的とした、エビデンスに基づく最小限の項目セット。 PRISMAは、著者がこうした研究を透明かつ完全に報告するための方法に焦点を当てている[1]

「PRISMA-ScR」は、2020年の友利幸之介らの「スコーピングレビューのための報告ガイドライン 日本語版:PRISMA-ScR」論文に説明があった。

本研究は事前登録した研究で、全部の研究方法はEnTIREコンソーシアム(EnTIRE consortium)で入手できる。以下はEnTIREコンソーシアムのサイトの冒頭部分(出典:同)。全文(154頁もある)は → https://ec.europa.eu/research/participants/documents/downloadPublic?documentIds=080166e5bde92120&appId=PPGMS

★検索戦略

2018年3月、PubMed、Web of Science、SCOPUS、JSTOR、Ovid、Science Directで、言語や日付の制限なしに検索をした。

検索の妥当性を事前に何回もテストし、結局、研究規範として「(“research ethics”) AND (violation OR unethical OR misconduct)」の用語で検索した。また、研究規範”research ethics”のパラレル用語として研究公正”research integrity” を使い、「(“research integrity”) AND (violation OR unethical OR misconduct)」でも検索した。

★データ抽出

(I)著者;(II)タイトル; (III)出版年; (IV)国(筆頭著者の所属); (V)記事のジャンル。(VI)事件の発生年; (VII)事件が発生した国。(VIII)大学・研究機関。(IX)研究分野(FOS-OECD分類)[ 7 ]; (X)不正の種類。(XI)事件の説明。(XII)事件者または大学・研究機関への影響。

《3》結果 

★体系的な検索

研究規範(”research ethics”)の検索で11,641件がヒットし、研究公正(”research integrity”)の検索で3,078件がヒットした。重複したヒットを除いた残りの10,556件をチェックした。9,750件のアイテムが選択基準を満たしていないので除外した。

残り806件は全文を読み、事件内容の記載が不十分な記事を除いた。結局、388件の記事、500件の事件が分析対象になった(図 1)。

図1:フローチャート

388記事のうち、157記事は研究規範(”research ethics”)の検索でのみ識別され、87記事は研究公正(”research integrity”)でのみ識別され、144記事は両方で識別された。

388記事に500件の研究不正事件が記載されていた。500件の事件で言及された事件をランキングすると、黄禹錫(ファン・ウソク)事件が最も頻繁に取り上げられていた(表1)。

白楽は10位のCNEPを知らなかった。調べると、「continuous negative extrathoracic pressure」の略で日本語では「体外式陽陰圧式人工呼吸」である。英国の臨床試験での研究不正事件だった(その内、記事にしなくてはと思った)。関連論文は → Investigating allegations of research misconduct: the vital need for due process – PMC

★不正行為

研究不正事件の不正行為は米国科学医学アカデミー(National Academies of Sciences and Medicine)の定義に従った[ 1 ]。

1つの事件には複数の不正行為が含まれることが多い。平均すると、1.56行為だった。

図 2に各不正行為の頻度を示した。

ランキングすると、「改ざん」と「ねつ造」が最も多い不正行為だった。タグ付けだとそれぞれ29.1%と30.0%を占め(n = 780)、記事だと46.8%と45.4%だった(n = 500)。

「インフォームドコンセント」は、タグ付け数の9.1%と記事の14%を占め、「患者の安全」(6.7%と10.4%)と「盗用」(5.4%と8.4%)がそれに続いた。

「著者在順」、「重複」、「査読」、「実験計画の誤り」、「メンタリング」、「自己引用」などのクログレイ行為は、累積すると記事の7.0%になった。

図2:記事分析からのタグ付き不正行為

★記事のジャンル

記事ジャンルは、図 4に示すように、最も多いのが「ニュース」(33.0%)で、次に「事件分析」(20.9%)、「社説」(12.1%)、と続き、さらに、「解説」(10.8%)、「不正行為の通知」(10.3%)、「撤回通知」(6.4%)、「手紙」(3.6%)、「教育記事」(1.3%)、「レビュー」(1%)、「書評」(0.3%)だった。

「ニュース」と「事件分析」には、著名な事件が主に扱われていた。

「ニュース」記事は、事件の調査が進むにつれ、関連する事件のすべての調査結果を段階的に記事にすることが多い。そのことで、普及率が高いと思われる。

「事件分析」では、著名な事件が主に扱われていた。「不正行為の通知」、「撤回通知」では、特定の事件が扱われていたが、事件の詳細が不十分な記事が多かった。「社説」、「解説」、「手紙」にも、独特の事件があった。

図4:記事のジャンル

★記事出版年

記事は1798~2016年に出版された記事を対象にしている。

出版年を調べると、1990~1996年に顕著なピークがあった。このピークは、おそらくギャロ[ 9 ]と今西カリの事件[ 10 ]の記事のためである(図 5)。

2005年頃のピークでは黄禹錫(ファン・ウソク)[ 11 ]、ウェイクフィールド[ 12 ]、CNEP臨床試験事件[ 13 ]が主要な対象だった。

傾向として、記事数は長年にわたって増加していた。

図5:出版年ごとの記事数

★事件発生年

事件は1798~2016年に起こった事件を対象にした。

1910年以前に2つの事件が発生していた。1つは1798年で、もう1つは1845年だった。

図 6は、1910年からの年間事件数を示している。曲線の増加は1980年代初頭に始まり、最多年は2004年の13件だった。

図 6:年ごとの事件数

★著者の地理的分布

記事の著者の所属が複数の国の場合、第一著者の国とした。著者の所属が不明だった81報の記事を除外し、307報の記事を対象に分析した。

記事は26か国から発信された(追加ファイル3)。米国(61.9%)、英国(14.3%)が主で、次にカナダ(4.9%)、オーストラリア(3.3%)、中国(1.6%)、日本(1.6%)、韓国(1.3%)、ニュージーランド(1.3%)が続いた。

最も議論された事件は米国(今西カリ、ガロ、シェーンの事件)[ 9、10]、カナダ(フィッシャー/ポアソン、オリビエリの事件)、英国(ウェイクフィールド、CNEPの事件)、韓国(ファンの事件)、日本(理研の事件)である[12、14 ]。

割合では、北米と欧州が記事数で際立って多かった(図 7の左棒、濃青)。

図7 大陸別の記事と事件の割合

★事件の地理的分布

事件が発生した国を分析した。複数の国が関係する場合は、すべての国をカウントした。情報が不十分なため、3件の記事を分析から除外した。

235件の事件が40か国で発生した(追加ファイル4)。

事件の多くが米国(59.6%)で発生した。

次いで、英国(9.8%)、カナダ(6.0%)、日本(5.5%)、中国(2.1%)、ドイツ(2.1%)で事件が発生した。

割合では、北米と欧州が事件数で際立っていた(図 7の右棒、薄青、上に掲載)。

★事件の研究分野

事件を研究分野に分けて集計した。

情報不足のため、4件(1.7%)を分類できなかった。

事件の80.8%が医学と健康科学、11.5%が自然科学、4.3%が社会科学、2.1%が工学と技術、1.3%が人文科学で発生した(図 8)。

さらに、SCImagoで入手可能な研究分野ごとの研究出版物の総数の割合を次に示す。41.5%が自然科学、22%が工学と技術、25.1%が医学と健康科学、7.8%が社会科学、1.9%が農業科学、1.7%が人文科学だった。

つまり、研究出版物の多さに比例して研究不正事件が起こっている、というわけではない。医学と健康科学は、出版割合が25.1%なのに、事件の割合は80.8%を占めていた。

図8:事件の研究分野

★不正者への制裁

資金提供機関、学術誌、大学・研究機関が不正者に科した制裁を集計した。

情報不足のため97件を除き、141件を分類した。1つの事件あたり複数の制裁もあった。

多い順に、論文撤回(45.4%)、助成金申請の除外(35.5%)だった(表2)。

[白楽注:3番目に多い「サービス禁止(Barred from service)」がわからない。学術誌が投稿を受付ない、ということかな?]

表2:研究不正者への制裁頻度

●4.【討論】

研究不正行為を定量化するために、さまざまなアプローチが適用されてきた[ 5、17、18、19 ]。

しかし、ほとんどの場合、内密に調査され、調査後も調査結果が非公開である[ 19、20 ]。

本研究は、ウェブ上で利用可能な研究不正事件の記事を収集し、事件がどのように議論されているかを理解し、研究規範および研究公正の意識を高めるために行なった。

以下、省略。

●5.【白楽の感想】

《1》欧米中心の世界観 

こういう論文を読むと、欧米中心の世界観が良くわかる。

本論文の情報源である「Embassy of Good Science platform」について、白楽が日本の事件を「Japan」で検索すると、13件しかヒットしなかった。これでは、もともと、ベースにした記事が欧米中心で、世界全体の情報ではない。

だから、「事件の多くが米国(59.6%)で発生した」と結論されても、驚かない。収集した元データが偏っているのだから当然である。

いっそのこと、「欧米」限定で話を進めた方が学術論文としてはまともである。

日本の事件の記事が13件しかないのだから、日本と世界を比較するのは間違っている。使えない。

「スコーピングレビュー」とあるが、スコーピングできていないではないか、偏見を助長している、と批判したくなる。

ただ、科学的証拠をあげ、客観的に示す研究スタイルなので、欧米の研究者は、このデータが世界のデータだと思い込んでいる、と理解できる。そういう意味では、欧米の偏見思考の根拠と実態が示されている、と言える。

《2》日本どうする? 

日本のデータが圧倒的に足りないので、日本人として、欧米に協力して日本のデータを提供して誤解を解く? 

イヤイヤ、そんな余裕はない。

欧米研究者が、自分たちの見ている穴が小さいことを自覚し、改善すべきだ。

立場を変えると、同じように、多くの日本人は日本からの小さな穴でしか欧米を見ていない。

欧米の研究者倫理問題に対して、日本では、かなりの偏見と誤解がある。日本人はその偏見と誤解の上で、意見を述べ、行動している。

だから白楽の記事を読んで海外の事件と状況を学んでほしい。

と言っても、人間は自分の思い込みから簡単には解放されない。自分の観念に縛られて生きることしかできない。コマッタ。

年月がかかるが、「研究不正をしてはいけない「文化」」を日本に構築していこう。

《3》粗雑で甘い 

本論文は、データ収集が甘いし、分析が粗雑だと感じた。

アンナ・アーモンド(Anna Catharina Vieira Armond)の博士論文(の基礎になる論文)なのだろうが、「やっつけ仕事」感がする。

もっと、徹底的に、精緻に分析して欲しい。そうすれば、ネカト事件の予防と対策に役立つと思うのだが。

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日本がスポーツ、観光、娯楽を過度に追及する現状は日本の衰退を早め、ギリシャ化を促進する。日本は、40年後に現人口の22%が減少し、今後、飛躍的な経済の発展はない。科学技術と教育を基幹にした堅実・健全で成熟した人間社会をめざすべきだ。科学技術と教育の基本は信頼である。信頼の条件は公正・誠実(integrity)である。人はズルをする。人は過ちを犯す。人は間違える。その前提で、公正・誠実(integrity)を高め維持すべきだ。
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★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

●6.【コメント】

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