2020年9月15日掲載
ワンポイント:スーパースターがん研究者がギャンブルでおかしくなった話。ラオはインド出身でイリノイ大学ピオリア医科大学(University of Illinois College of Medicine)・教授になった。年俸約7千万円と超高給だが、データねつ造、盗用疑惑などで大学がネカト調査に入った。しかし、大学が処分する前の2013年3月25日(53歳?)、ラオは健康問題を理由に辞職した。NIHから75件、計約3,000万ドル(約30億円)の研究費を受給し、ネカト発覚後7年も経っているのに、研究公正局は、クロと発表しない。パブピア(PubPeer)はラオの100報の論文にコメントしているが撤回論文数は11報と少ない。ラオ事件は、なんかヘンである。ラオの娘が有力な弁護士になっていることと関係あるのか? 国民の損害額(推定)は10億円(大雑把)。
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文とパブピア
7.白楽の感想
9.主要情報源
10.コメント
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●1.【概略】
ジャスティ・ラオ(Jasti Rao、Jasti S Rao、ORCID iD:?、写真出典)は、インド出身でイリノイ大学ピオリア医科大学(University of Illinois College of Medicine at Peoria)・教授になった。医師ではないが、脳腫瘍のスーパースター研究者だった。専門はがん生物学(脳腫瘍)だった。
2013年(53歳?)、発覚の経緯は白楽には不明だが、イリノイ大学ピオリア医科大学はラオのデータ改ざんと盗用のネカト調査を始めた。また、研究室員(インドから来たポスドク)から15,000ドル(約150万円)のキックバックを求めた不正も調査対象だった。
実は、ラオはギャンブル漬けになっていた。
2013年3月25日(53歳?)、ラオは健康問題を理由に辞職した。
2014年1月(54歳?)、ところが、ラオは差別と規則違反を理由にイリノイ大学ピオリア医科大学を訴える裁判をおこした。
この裁判に敗訴するが、控訴した。そして、2018年3月控訴審でも敗訴した
イリノイ大学ピオリア医科大学はネカトに関しては、ラオを処分していない。一方、学術誌は、2007~2011年出版の論文を2018年6月に2報、2020年1~3月に6報、撤回した。
ただ、ラオ事件は、なんかヘンである。
NIHから1993年~2012年の75件、計約3,000万ドル(約30億円)の研究費を受給しているのに、研究公正局は、クロと発表しない。調査中かもしれないが、2013年に発覚したので、7年も経っている。
ネカトハンターのレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)は、パブピア(PubPeer)が問題だと指摘したラオの論文は100報もあるのに撤回論文数は8報と少ない(その後、3報増えて現在は11報)、と指摘している。
大事件なのに、米国のメディアは取り上げない。
なんかヘンである。
イリノイ大学ピオリア医科大学(University of Illinois College of Medicine at Peoria)。写真出典
- 国:米国
- 成長国:インド
- 医師免許(MD)取得:なし
- 研究博士号(PhD)取得:xx大学
- 男女:男性
- 生年月日:不明。仮に1960年1月1日生まれとする。1993年にNIHグラントを最初に受領した時を33歳とした。インドで生まれる
- 現在の年齢:64 歳?
- 分野:がん生物学
- 最初の不正論文発表:2007年(47歳?)
- 不正論文発表:2007~2011年(47~51歳?)
- 発覚年: 2013年(53歳?)
- 発覚時地位:イリノイ大学ピオリア医科大学・教授
- ステップ1(発覚):第一次追及者は不明
- ステップ2(メディア):「パブピア(PubPeer)」、「撤回監視(Retraction Watch)」
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①学術誌・編集部。②イリノイ大学ピオリア医科大学・調査委員会
- 大学・調査報告書のウェブ上での公表:なし
- 大学の透明性:実名報道だが機関のウェブ公表なし(△)
- 不正:ねつ造・改ざん、盗用、キックバック
- 不正論文数:撤回論文は11報
- 時期:研究キャリアの中期から
- 職:事件後に研究職(または発覚時の地位)をやめた・続けられなかった(Ⅹ)
- 処分:辞職か解雇
- 日本人の弟子・友人:不明
【国民の損害額】
国民の損害額:総額(推定)は10億円(大雑把)。
●2.【経歴と経過】
- 生年月日:不明。仮に1960年1月1日生まれとする。1993年にNIHグラントを最初に受領した時を33歳とした。インドで生まれる
- 19xx年(xx歳):xx大学で学士号取得
- 19xx年(xx歳):xx大学で研究博士号(PhD)を取得:生化学
- 19xx年(xx歳):米国のテキサス州立大学エム・ディー・アンダーソンがんセンター(University of Texas MD Anderson Cancer Center)・研究者
- 1993年(33歳?):テキサス州立大学エム・ディー・アンダーソンがんセンター(University of Texas MD Anderson Cancer Center)でNIHグラントを最初に受領した
- 2001年1月(41歳?):米国のイリノイ大学ピオリア医科大学(University of Illinois College of Medicine at Peoria)・教授(?)
- 2013年(53歳?):データ改ざんと盗用が発覚し、大学が調査開始
- 2013年3月(53歳?):イリノイ大学ピオリア医科大学・辞職
- 2014年(54歳?):イリノイ大学ピオリア医科大学を訴える裁判を起こす
- 2017年(57歳?):裁判で敗訴
- 2018年3月(58歳?):控訴審でも敗訴
●3.【動画】
以下は事件の動画ではない。
【動画1】
ジャスティ・ラオ(Jasti Rao)の挨拶動画:「UICOMP Cancer Center Groundbreaking – Dr. Jasti Rao – YouTube」(英語)37秒。
HeartlandPartnershipが2010/08/23に公開
【動画2】
「ジャスティ・ラオ」と紹介。
ジャスティ・ラオのインタビュー動画:「Ep27: Dr Jasti Rao – YouTube」(英語)21分24秒。
ThePeorianが2012/03/21 に公開
●5.【不正発覚の経緯と内容】
★スーパースター研究者
ジャスティ・ラオ(Jasti Rao)は脳腫瘍研究のスーパースターである。その成功の一部は、週日の長時間研究と週末の研究というハードワーキングだと自分で述べている。
「私は通常午前3時ごろ起きます。そして、午後10時ごろ就寝します」。
ハードワークに対しては「私がそれを楽しんでいないと、私は働きません」と彼は言った。
そして、ラオはNIHから約3,000万ドル(約30億円)の研究費を受給するスーパースターになったのである。
2013年にイリノイ大学を辞任した時、年俸は約70万ドル(約7000万円)で、イリノイ大学の全職員のなかで、学長、副学長を含め、第5番目の高年収者だった。
実際に受領研究費を調べると、1993年~2012年に75件も受領していた(Grantome: Search)。
以下に75件中の最新の7件を示す。
★ネカトとキックバック
2013年(53歳?)、イリノイ大学ピオリア医科大学(University of Illinois College of Medicine)はジャスティ・ラオ(Jasti Rao)のデータ改ざんと盗用の調査を開始した。また、研究室員(インドから来たポスドク)から15,000ドル(約150万円)のキックバックを求めた不正も調査対象だった。
データ改ざんと盗用の発覚の経緯は不明だが、キックバックは研究室員が申し立てたのだと思われる。
年俸が約70万ドル(約7000万円)の高額所得者のラオはどうして研究室員にカネの無心をしたのか?
実は、ラオはギャンブル漬けになっていた。
法廷文書によると、ラオは勤務時間中にギャンブルしたことを認めている。また、75,000ドル相当(約750万円)の借金の支払いが遅れ、地元のパラダイス・カジノ(Par-A-Dice Casino)によってクレジット・カードが一時停止された。
パラダイス・カジノ(Par-A-Dice Casino)。写真出典:https://www.agoda.com/ja-jp/par-a-dice-hotel-casino_9/hotel/east-peoria-il-us.html?cid=1844104
そして、イリノイ大学ピオリア医科大学は、ラオ自身が辞職するか(resigning)、調査の結果が出るまで待ち、クロなら解雇となるが(being fired)、どっちを選ぶかを、ネカトとキックバックの調査が正式に終了する前に、大学はラオに選択させた。
2013年3月25日(53歳?)、ラオは辞職を選択し、健康問題を理由に辞職した。
★裁判
2014年1月xx日(53歳?)、ラオは裁判所に訴えた。被告は、ネカト調査をしたイリノイ大学ピオリア医科大学と2人の大学幹部だが、実質的な被告はラオ問題を担当したサラ・ルッシュ学部長(Sara Rusch、写真出典)だった。訴えた理由は差別と規則違反だ。
裁判は、ネカト問題と離れてしまうので、ここで、詳しくは触れない。
なお、ラオの実娘であるシュシュマ・ジャスティ・スミス(Sushma Jasti Smith、写真出典)はテキサス州の有力な弁護士に育っていた。
娘シュシュマはテキサス州・上院議員のホセ・ロドリゲス( Senator José Rodríguez)の主力スタッフになっている。 → Sushma Jasti Smith – Austin, Texas Lawyer – Justia
娘シュシュマはラオの法律顧問の1人だ。そして、マスコミに対しても家族の名誉を守る守護者であり、父親の広報担当者になった。それで、以下の父親の裁判に何らかの貢献をしたと思うが、白楽はよくわからない。
以下は2014年10月23日付けの法廷文書の冒頭部分(出典:同)。全文は11頁→ https://www.govinfo.gov/content/pkg/USCOURTS-ilnd-1_14-cv-00066/pdf/USCOURTS-ilnd-1_14-cv-00066-0.pdf
2017年(57歳?)、略式判決で、裁判所はおおむね大学を支持した。ラオは敗訴した。但し、結論は若干曖昧で、ラオの行為を明確に不正と断言できなかった。
以下は2017年6月5日付けの法廷文書の冒頭部分(出典:同)。全文は63頁→ https://cases.justia.com/federal/district-courts/illinois/ilndce/1:2014cv00066/291495/298/0.pdf?ts=1496837933
ラオは控訴した。
2018年3月(58歳?)、控訴審も大学を支持した。ラオは敗訴した。
以下は2018年3月19日付けの法廷文書の冒頭部分(出典:同)。全文は5頁→ https://cases.justia.com/federal/appellate-courts/ca7/17-2584/17-2584-2018-03-19.pdf?ts=1521489639
2018年3月(58歳?)、大学を支持した控訴審の判決が出た3か月後、学術誌「Cancer Research」は2報の論文を撤回した。 。
なお、この論文撤回に伴い、ラオは撤回に承服していないという2018年3月4日付けの手紙を撤回公告に添付するよう要求した。
以下は2018年3月4日付けの手紙の冒頭部分(出典:同)。全文は1頁→ http://retractionwatch.com/wp-content/uploads/2018/06/3.4.2018-Rosenberg-retraction-response.pdf
●【ねつ造・改ざん・盗用の具体例】
論文中の画像を加工し、別のデータとして使用した。画像の盗用もあり、研究室として組織的にネカトをしていたと思われる。
★「2002年のOncogene」論文
「2002年のOncogene」論文の書誌情報を以下に示す。2020年9月14日現在、撤回されていない。
- Adenovirus-mediated expression of antisense MMP-9 in glioma cells inhibits tumor growth and invasion.
Lakka SS, Rajan M, Gondi C, Yanamandra N, Chandrasekar N, Jasti SL, Adachi Y, Siddique K, Gujrati M, Olivero W, Dinh DH, Kouraklis G, Kyritsis AP, Rao JS.
Oncogene. 2002 Nov 14;21(52):8011-9. doi: 10.1038/sj.onc.1205894.
2019年10月11日、ロータス・アゾリカス(Lotus Azoricus)は、幾つかの論文に同じ画像が別の試料名で重複使用されていると指摘した。
以下のパブピアの図。同じ色で囲った図が同じ画像。出典:https://pubpeer.com/publications/C6CDFBA52652DE534FD12ED93B3CFC#1
★「2010年のPLoS One」論文
「2010年のPLoS One」論文の書誌情報を以下に示す。2020年1月29日、撤回された。
- Co-depletion of cathepsin B and uPAR induces G0/G1 arrest in glioma via FOXO3a mediated p27 upregulation.
Gopinath S, Malla RR, Gondi CS, Alapati K, Fassett D, Klopfenstein JD, Dinh DH, Gujrati M, Rao JS.
PLoS One. 2010 Jul 22;5(7):e11668. doi: 10.1371/journal.pone.0011668.
2019年10月9日、ロータス・アゾリカス(Lotus Azoricus)は、幾つかの論文に同じ画像が別の試料名で重複使用されていると指摘した。
以下のパブピアの図。同じ色で囲った図が同じ画像。出典:https://pubpeer.com/publications/E87A99C7478604A1F2AF269B7AE1BB#1
画像のねつ造・改ざんは顕微鏡写真だけではなかった。ウェスターンブロット画像でも同じ画像が別の試料名で重複使用されていた。
以下のパブピアの図。同じ色で囲った図が同じ画像。出典:https://pubpeer.com/publications/E87A99C7478604A1F2AF269B7AE1BB?utm_source=Chrome&utm_medium=BrowserExtension&utm_campaign=Chrome
また、ホヤ・カンフォリフォリア(Hoya Camphorifolia)も、図3Aに同じ画像が別の試料名で重複使用されていると指摘した。また切り貼りの証拠も示した。
以下のパブピアの図。同じ色で囲った図が同じ画像。出典:https://pubpeer.com/publications/E87A99C7478604A1F2AF269B7AE1BB?utm_source=Chrome&utm_medium=BrowserExtension&utm_campaign=Chrome
その他の画像も不正使用が指摘されているが、ここに示すのを省略する。
●6.【論文数と撤回論文とパブピア】
★パブメド(PubMed)
2020年9月14日現在、パブメド( PubMed ))で、ジャスティ・ラオ(Jasti Rao)の論文を「Jasti Rao [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、2002~2014年の13年間の150論文がヒットした。
「Rao JS [Author]」で検索すると、1961~2020年の60年間の444論文がヒットした。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多数含まれていると思われる。
2020年9月14日現在、「Retracted Publication」のフィルターでパブメドの論文撤回リストを検索すると、22論文が撤回されていた。本記事で問題にしている研究者以外の論文が多数含まれていると思われる。
★撤回論文データベース
2020年9月14日現在、「撤回監視(Retraction Watch)」の撤回論文データベースでジャスティ・ラオ(Jasti Rao)を「Rao, Jasti S」で検索すると、0論文が訂正、0論文が懸念表明、11論文が撤回されていた。2007~2011年出版された論文が2018年6月に2報、2020年1~3月に6報、2020年8~9月に3報、撤回されていた。
★パブピア(PubPeer)
2020年9月14日現在、「パブピア(PubPeer)」では、ジャスティ・ラオ(Jasti Rao)の論文のコメントを「Jasti Rao」で検索すると、100論文にコメントがあった。
●7.【白楽の感想】
《1》辞職か不正公表か?
イリノイ大学ピオリア医科大学はネカト調査の最終段階で、ラオに「ラオ自身が辞職するか(resigning)、調査の結果が出るまで待ち、クロなら解雇となるが(being fired)、どっちを選ぶか」、選択させた。
大学がネカト公表を辞職でうやむやにしていいのかい? それに、これは、まるで、辞任の強要というか脅迫である。
《2》なんかヘン
ラオ事件は、なんかヘンである。
ジャスティ・ラオ(Jasti Rao)は、NIHから1993年~2012年の75件、計約3,000万ドル(約30億円)の研究費を受給しているのに、研究公正局は、クロと発表しない。調査中かもしれないが、2013年に発覚なので、7年も経っている。
レオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)が指摘しているが、パブピア(PubPeer)が問題と指摘した論文が100報もあるのに撤回論文数は8報と少ない(その後、3報増えて現在は11報)。大事件なのに、米国のメディアは取り上げない。
なんかヘンである。
ラオの実娘である有能な弁護士・シュシュマ・ジャスティ・スミス(Sushma Jasti Smith)がいろいろ画策した結果、このような軽微な処分、そして、マスメディアが騒がない状況になっているのだろうか?
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●9.【主要情報源】
① 2014年1月30日のパム・アダム(Pam Adams)記者の「Journal Star」記事:Former dean says cancer researcher Dr. Jasti Rao wants to clear his name – News – Journal Star – Peoria, IL
② 2018年6月21日のアリソン・マクック(Alison McCook)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:He was once a prominent cancer researcher. Then his gambling — and a finding of scientific misconduct — got in the way. – Retraction Watch
③ 2019年10月21日のレオニッド・シュナイダー(Leonid Schneider)のブログ:Nasty Jasti Rao, or what’s wrong with US biomedicine – For Better Science
④ 2020年4月6日のアダム・マーカス(Adam Marcus)記者の「撤回監視(Retraction Watch)」記事:Former star cancer researcher who sued his university for discrimination notches eighth retraction – Retraction Watch
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。
●コメント
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