2016年8月1日掲載。
ワンポイント:オリンピックの金メダリスト、大学・元教授、国会議員、IOC委員が盗博で博士号はく奪、IOC委員の職務停止
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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.経歴と経過
3.動画
4.日本語の解説
5.不正発覚の経緯と内容
6.論文数と撤回論文
7.白楽の感想
8.主要情報源
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●1.【概略】
デソン・ムン、문대성、文大成(Dae Sung Moon、写真出典)は、2004年アテネ・オリンピックのテコンドー金メダリストで、東亜(とんあ)大学(Dong-A University)・テコンドー学科の教授で、2008年8月に国際オリンピック委員会(IOC)・選手委員に選出され、2012年に韓国の国会議員に当選した。
2007年8月(30歳)、国民大学(クンミンだいがく)(Kookmin University)で研究博士号(PhD)を取得した。分野は運動生理学。
2012年3月(35歳)、盗博(盗用博士論文)疑惑が浮上した。
2014年(37歳)、韓国・国民大学(クンミンだいがく)(Kookmin University)は、2007年にデソン・ムンに授与した博士号は盗博だったので、博士号をはく奪した、と発表した。
2016年7月28日(39歳)、盗博のため、国際オリンピック委員会(IOC)は、デソン・ムン委員の職務停止を科した。
この事件の日本語解説はたくさん(3つ以上)あった。「searchina」「東亜日報」の文章を本文に引用した。
なお、東亜(とんあ)大学(Dong-A University)も国民大学(クンミンだいがく)(Kookmin University)も、私立大学で、「Times Higher Education」の大学ランキング(2015-2016年)で韓国第24位以内に入っていない(World University Rankings 2016 | Times Higher Education (THE))。
東亜大学(Dong-A University)。写真出典
- 国:韓国
- 成長国:韓国
- 研究博士号(PhD)取得:韓国・国民大学(クンミンだいがく)
- 男女:男性
- 生年月日:1976年9月3日
- 現在の年齢:48 歳?
- 分野:運動生理学
- 最初の不正論文発表:2007年(30歳)
- 発覚年:2012年(35歳)
- 発覚時地位:東亜大学・元教授。韓国の国会議員。国際オリンピック委員会(IOC)・選手委員
- ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明。被盗用者の明智(ミョンジ)大学・キム?)の国民大学への通報? ネットに発信?
- ステップ2(メディア): 新聞・テレビ
- ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ):①国民大学・研究倫理委員会。②国際オリンピック委員会(IOC)・調査委員会。③裁判。韓国地方裁判所(敗訴)。最高裁判所(審理中)
- 不正:盗用
- 不正論文数:博士論文1報盗用。修士論文も盗用(推定)。全部で5論文執筆だが、5論文とも盗用(推定)
- 時期:研究キャリアの初期から
- 結末:国会議員辞職なし。博士号はく奪。国際オリンピック委員会(IOC)・選手委員職務停止処分
●2.【経歴と経過】
- 1976年9月3日:韓国で生まれる
- 1995年(18歳):テコンドー奨学生として韓国の東亜(とんあ)大学(Dong-A University)に入学
- 1999年(22歳):同上卒業し、サムスングループのテコンドー・チームに入団
- 2004年(27歳):アテネ・オリンピック、テコンドーで金メダル獲得
- 200x年(2x歳):韓国・龍仁大学(ヨンインだいがく)(Yong-In University)で、修士号取得
- 2005-2012年(28-35歳):東亜大学・教授
- 2007年8月(30歳):韓国・国民大学(クンミンだいがく)(Kookmin University)で、研究博士号(PhD)取得。博士論文は「固有受容性神経筋促通法がテコンドー選手の筋肉の柔軟性と等速性に及ぼす影響(Effect of Proprioceptive Neuromuscular Facilitation (PNF) on Flexibility and Isokinetic Muscle Strength in Taekwondo Player)」
- 2008年8月22日(31歳):国際オリンピック委員会(IOC)・選手委員に選出。任期は8年間
- 2012年3月(35歳):盗博の疑念が流れる
- 2012年4月11日(35歳):韓国の第19代総選挙で韓国・国会議員に当選。与党・セヌリ党(党首:朴槿恵)。出馬時に東亜大学・教授を辞任?
- 2012年4月20日(35歳):国民大学・倫理委員会は、予備調査の結果、デソン・ムンの博士論文は盗博(盗用博士論文)の可能性が高いと発表した
- 2012年4月20日(35歳):セヌリ党を離党。この時、東亜大学・教授を辞任?
- 2014年3月(37歳):国民大学は、盗博のためデソン・ムンの博士号をはく奪した
- 2014年3月18日(37歳):デソン・ムンは、博士学位取り消し処分が無効だと、国民大学を訴えた
- 2014年4月20日(37歳):セヌリ党に復党
- 2016年7月28日(39歳):盗博のため、国際オリンピック委員会(IOC)から、選手委員の職務停止処分が科された
右はデソン・ムン、左はセヌリ党首の朴槿恵。写真出典
●3.【動画】
● 【動画】
【動画1】
盗博でマスコミ取材を受けるデソン・ムン。
「문대성 논문 표절 확정’ 일파만파 – YouTube」(韓国語)1分48秒。
tvchosun 뉴스が2014/02/27 に公開’
★2012年3月29:searchina「IOC選手委員で韓国与党候補の大学教授、博士論文は盗作か=韓国」
出典 → 米紙「韓国は盗作の天国」と報道、盗作疑惑の候補が議員当選=韓国 – news archives (保存版)
韓国の4月の総選挙で、与党セヌリ党からの出馬が注目されている東亜大学教授の文大成(ムン・デソン)氏の博士論文や修士論文に、盗作の疑惑が持ち上がっている。複数の韓国メディアが相次いで報じた。
文氏は2004年のアテネ五輪テコンドー種目で金メダルを獲得し、08年には国際オリンピック委員会(IOC)の選手委員に選出された。現在は東亜大学テコンドー学科の教授を務めており、与党の目玉候補として総選挙への出馬を表明した。
問題の博士論文は内容が酷似しており、13ページから21ページまではほぼ同様な内容であるだけではなく、誤字の部分まで合致しており、全体の20%に上る内容がほかの論文からの丸移しの可能性が高い。文氏は引用先を明記していない「ミス」を認めつつも盗作ではないと主張した。
ただ、論文の盗作疑惑は博士論文にとどまらなかった。ネットユーザーの暴露によると修士論文も盗作した可能性が極めて高く、今まで執筆した論文5本とも疑惑の可能性があるという。
盗作疑惑を受け、韓国では野党を含む各界から出馬辞退を求める声が殺到しており、学界からも批判が相次ぎ「盗作は確実。もはや盗作を超えてコピー論文だ」との声もある。ネット上でも文氏に対して厳しく非難するとともに皮肉たっぷりのあだ名をつけられるなど、余波が続いている。(編集担当:金志秀)
★2012年4月21日:東亜日報「論文盗作疑惑の文大成氏、国民大学の「盗作」発表時刻と合わせて離党」
出典 → 論文盗作疑惑の文大成氏、国民大学の「盗作」発表時刻と合わせて離党 : 東亜日報 (保存版)
国民大学研究倫理委員会のイ・チェソン委員長は同日、ソウル城北区貞陵洞(ソンブクグ・チョンルンドン)の国民大学本部館で記者会見を開き、「予備調査結果、文当選者の博士学位論文の研究主題と研究目的の一部が明智(ミョンジ)大学のキム某さんの博士学位論文と重複するだけでなく、序論、理論的背景および論議に記述した相当部分が一致で学界で通常に容認される範囲を深刻に外れている」とし、「国民大学研究倫理委員会の規定が定義した盗作に当る」と話した。
国民大学は文当選者に授与した07年8月博士学位論文「12週間固有受容性神経筋促通法(PNF)運動がテコンドー選手の柔軟性、等速性、各筋力などに与える影響」が、07年2月明智大学で博士号を取ったキム某さんの「テコンドー選手のウェートトレーニングとPNFトレーニングが等速性や各筋力などに及ぼす影響」を盗作したという情報提供を受けて、先月30日、国民大学教授3人から成る研究倫理委員会予備調査委員会で2つの論文を審査してきた。
文当選者は発表が始まる時刻に報道資料を通じて、「今日セヌリ党を離党する。論文盗作疑惑があるのも、離党めぐって態度を覆して国民に混乱をもたらしたのも私の間違いだ。心からお詫びする」と話した。
●5.【不正発覚の経緯と内容】
2007年8月(30歳)、デソン・ムンは、韓国・国民大学(クンミンだいがく)(Kookmin University)で、研究博士号(PhD)取得した。博士論文は「固有受容性神経筋促通法がテコンドー選手の筋肉の柔軟性と等速性に及ぼす影響(Effect of Proprioceptive Neuromuscular Facilitation (PNF) on Flexibility and Isokinetic Muscle Strength in Taekwondo Player)」である。
2008年8月22日(31歳)、デソン・ムンは、国際オリンピック委員会(IOC)・選手委員に選出された。任期は8年間だが、通常は70歳の定年まで再選される。
2004年アテネオリンピック(五輪)のテコンドースター文大成(ムン・デソン)教授(32、東亜大)が国際オリンピック委員会(IOC)選手委員会の委員選挙で当選した(出典:テコンドーの文大成氏、IOC選手委員に当選 – ヨギ チョギ 韓国 여기저기 한국)。
2012年3月(35歳)、デソン・ムンの博士論文の盗用疑惑が勃発した。最初に指摘した人は不明である。被盗用者である明智(ミョンジ)大学のキムだろうか?
デソン・ムンはその数週間後に投票の韓国の第19代総選挙に与党・セヌリ党(党首:朴槿恵)から出馬していた。盗博の暴露は、この選挙と無関係ではないだろう。
しかし、2012年4月11日、韓国・国会議員に当選した。
2012年4月20日、国民大学・倫理委員会は、予備調査の結果、デソン・ムンの博士論文は盗博(盗用博士論文)の可能性が高いと発表した。これを受けてデソン・ムンは、党に迷惑をかけてはいけないと、セヌリ党を離党した。
2014年3月、国民大学・倫理委員会は、正式に盗博と発表し、デソン・ムンの博士号をはく奪した。
右がムンの博士論文で、左は明智(ミョンジ)大学のキムの博士論文である。同じ文章を赤枠で示した(出典:2016年7月30日記事:‘논문표절’ 의혹 문대성 후보, “인용했다” 사실상 시인)。
以下の比較表も。ムンの博士論文と、明智(ミョンジ)大学のキムの博士論文を比較したもので、赤字が同一部分である。
出典:2012年3月27日記事:문대성 논문 표절 의혹 확산… 네티즌 “문도리코” 비아냥 – 1등 인터넷뉴스 조선닷컴 – 국회ㆍ정당
2014年3月18日(37歳)、驚いたことに、デソン・ムンは、博士号はく奪は無効だと、国民大学を訴えたのである。後に、この裁判の一審で敗訴する。上告して、2016年7月31日現在、最高裁で審理中だ(Moon sues Kookmin over doctorate)。
2016年7月28日(39歳)、盗博のため、国際オリンピック委員会(IOC)は、最高裁の判決が出るまで、デソン・ムンの選手委員の職務を停止するとした(①IOC decision on Mr Dae Sung-Moon – Olympic News、②IOC suspends South Korea’s Moon Dae-sung over plagiarism allegations | The Indian Express)。
国際オリンピック委員会(IOC)が、選手委員の職務停止処分を科すのは異例である。しかし、盗博という「違法ではないが不適切な行為」はオリンピックのフェアープレイ精神に抵触する。
●6.【論文数と撤回論文】
2016年7月31日現在、パブメド(PubMed)で、デソン・ムン(Dae Sung Moon)の論文を「Dae Sung Moon [Author]」で検索した。この検索方法だと、2002年以降の論文がヒットするが、0論文がヒットした。
2016年7月31日現在、生命科学系のパブメドレベルの英語論文は1報もない
●7.【白楽の感想】
《1》根っからの盗用者
2012年4月21日の東亜日報記事では、「今まで執筆した論文5本とも疑惑」とある。
論文の盗作疑惑は博士論文にとどまらなかった。ネットユーザーの暴露によると修士論文も盗作した可能性が極めて高く、今まで執筆した論文5本とも疑惑の可能性があるという。(論文盗作疑惑の文大成氏、国民大学の「盗作」発表時刻と合わせて離党 : 東亜日報)
盗博なら、修士論文も「そうだろう」と納得してしまう。
つまり、デソン・ムンにとって、論文はそのように作るものという考えを身につけてしまった。修士論文も盗用なら、卒業論文、イヤ、学部時代に教授に提出したレポートも、ほぼ、全部、同じように作っていたのだろう。
となると、ムンを育てた大学の雰囲気・価値観、指導教授の責任も大きい。
韓国の事情を知らないが、日本だと、最初にまともに書く論文は卒論なので、この時、「盗用はご法度」の掟を身につけさせるべきだった。
《2》根っからの盗用者ではない?
2012年4月、ムンは盗博を指摘されて、「すべて自分が悪うございました(Everything is my fault)」と最初は盗用を認めていた。
しかし、数日後には、論調を変えている。
「博士論文は盗用ではありません。私の博士論文は実験を記載した論文で、実験は自分で行ないました。博士論文で博士号が授与されたのは、論文に記載した実験法と実験で発見した結果の独創性に対して与えられたものです」。
「ただ、読者がわかりやすいように、理論的背景の説明に過去論文を引用しました。理論的背景の説明に過去論文を引用するのは学術論文ではとてもよくあることです。違法ではありません。その時、私は間違いをしてしまいました(白楽注:正統な引用をしなかったという意味らしい)。学術研究とスポーツ練習の両方を十分にこなすのは過酷です。当時、注意力散漫になったことを、今は、悔いています。しかし、私が盗用をしたと誰も判断してはいけません。」(Second plagiarizing IOC member leaves political post – tribunedigital-chicagotribune)。
これは、ただの言い訳なのか、本当に単なる「間違え」なのか? 印象としては「言い訳」に聞こえるのだが・・・。
《3》スポーツ選手の学業問題
デソン・ムンの場合、優秀なスポーツ選手だから、学業に問題があることは想像に難くない。一般的に言えば「スポーツ選手の学業問題」だ。
例えば、オリンピック金メダル候補の学生が、練習が忙しいという理由で授業に出席しない、試験も受けない場合、教授は落第させられるか?
多分できない。
そういう優秀なスポーツ選手を甘やかす環境で、デソン・ムンは大学を卒業し、修士号を取得し、そして、今回は博士号を取得した。つまり、ハチミツ漬けの結果、金メダリストの国民的英雄である自分にはどんなことも許される環境だったろう。
さて、指導教授は、オリンピック金メダリストの国民的英雄の博士論文が盗用だと気が付いた場合、どうするだろう? どうできるだろう?
論文執筆の途中で、デソン・ムンが「実はこの部分は盗用なんです」とは言わない。論文は書き上げるまで、他人に見せない。
書き上げた時点で、教授はチェックするだろうけど、教授は、一般的には、その学術的内容や論文の形式に関してチェックするのであって、研究ネカトをチェックするのではない。
デソン・ムンが書き上げた時点で、指導教授は、博士論文をチェックしたハズだ。そして、教授に高い能力があれば、関連論文に目を通しているハズだから、「まてよ、別のあの論文によく似ているな」という勘と知識から、盗用ではないかと疑い始める可能性はある。
しかし、被盗用論文は別の大学の博士論文である。これはむつかしい。別の大学の博士論文は、自分が博士論文審査委員になるか、相当有名な博士論文以外、まず、他大学の教授は読まない。だから、指導教授は、実際は、盗用かもしれないと思いもしなかっただろう。
実際、指導教授は盗博を発見できなかった。でも、もし発見していたら、どうしただろう?
《4》遅すぎ!
博士論文は2007年8月に提出したものだ。
その5年後の2012年3月に疑念がもたれ、2012年4月20日、予備調査で盗博と発表。
その2年後の2014年3月に正式に盗博と発表し、博士号をはく奪。
さらにその2年後の2016年7月、国際オリンピック委員会(IOC)が、IOC委員の職務停止を科した。
なんか、どの組織も、判定が異常に遅くないか?
盗博は、被盗用論文と盗用論文を並べれば、誰が見ても、盗用が明白だ。つまり、証拠はハッキリとして、素人でもわかる。
調査・結論に年数がかかりすぎると、関係者は長期間苦痛であるし、関連機能が減速・停止・歪曲せざるを得ないことになる。大幅な遅延は不当だと感じる。
それなのに、どうして、こんなに遅いのだろう? いろいろな裏工作をしていたと推察されるが、裏工作で事件の調査結果をねつ造・改ざんしていないだろうな!
●8.【主要情報源】
① ウィキペディア英語版:Moon Dae-sung – Wikipedia, the free encyclopedia
② 2014年2月28日の「Chosun Ilbo (English Edition):」記事:The Chosun Ilbo (English Edition): Daily News from Korea – Taekwondo Player-Turned Lawmaker Guilty of Plagiarism
③ 2016年7月29日の「Miami Herald」記事:IOC suspends South Korea’s Moon over plagiarism allegations | Miami Herald
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。