企業:シリコン豊胸バッグ(silicone gel breast implants):ポリ・アンプラン・プロテーズ社(Poly Implant Prothese、PIP)(仏)

2017年8月22日掲載。

ワンポイント:【長文注意】。乳房再建や美容豊胸のため、フランスのPIP社がシリコン豊胸バッグを製造し、欧州を中心に世界65か国以上で販売し、30万~50万人が使用した。2001年頃から、医薬用シリコンの代わりに未承認の粗悪な工業用シリコンを材料に使い始め、豊胸バッグは破裂または漏出のリスクが5倍も高くなった。2009年、PIP社のシリコン豊胸バッグ使用者に健康被害が頻発し、不正が発覚した。材料を不正に変えたのがポイントなので、本ブログでは「改ざん」事件とした。2010年、フランス健康省が製品の回収をPIP社に命じ、PIP社は倒産した。2012年、72歳のジャンクロード・マス元社長は逮捕され、2013年12月、74歳で4年間の刑務所刑と900万円の罰金が科された。2017年、使用者2万人に1人36万円の賠償金の支払いが命じられた。全体で30~50万人が使用したので、総額1兆~1兆8千億円の賠償となる可能性があり、損害額の総額(推定)を1兆~1兆8千億円とした。「全期間ランキング」の「歴史上の10大医学スキャンダル:2013年2月20日」の第4位である。

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目次(クリックすると内部リンク先に飛びます)
1.概略
2.日本語の解説
3.事件の経過と内容
4.白楽の感想
5.主要情報源
6.コメント
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●1.【概略】

http://www.mensjournal.com/health-fitness/articles/are-breast-implants-safe-w434572

1991年、フランス南部のラ・セーヌ=シュル=メール(La Seyne-sur-Mer)にジャンクロード・マス(Jean-Claude Mas)がシリコン豊胸バッグ(silicone gel breast implants)を製造するポリ・アンプラン・プロテーズ社(Poly Implant Prothese、PIP)を設立した。以降、本記事ではポリ・アンプラン・プロテーズ社をPIP社と呼ぶ。

By Source, Fair use, Link

本記事では「豊胸」という言葉を使うが、乳房インプラントを胸部に挿入するのは、乳癌などで乳房を切除した女性が行なう「乳房再建」と、美容のための「豊胸」の2種類がある。本記事では、ひとくくりに「豊胸」と呼ぶ。

PIP社は、当初、医薬用シリコンを材料にシリコン豊胸バッグ(silicone gel breast implants)を製造していた。

2001年頃から、医薬用シリコンの代わりに安価で粗悪な工業用シリコンを材料に使い始めた。この製法は当局の承認を受けておらず違法だった。

この未承認のシリコン豊胸バッグは欧州を中心に世界65か国以上で販売され、30万~50万人が使用した。ところが、承認された製品に比べ、破裂または漏出のリスクが5倍も高かった。

破裂または漏出すると、工業用シリコンの毒物が全身に回る恐れ、乳癌の発症率が高くなる恐れ、など大規模な健康被害の恐れを引き起こした。

2010年、フランス健康省が製品の回収をPIP社に命じ、PIP社は倒産した。

2011年12月、PIP社製のシリコン豊胸バッグを使用したフランス人の約2500人が健康上の不安を訴え、マルセイユ検察は、過失致死傷容疑でジャンクロード・マス・元社長を捜査した。

2012年1月26日、フランス治安当局は、ジャンクロード・マス・元社長を逮捕した。

2013年12月10日、フランスのマルセイユ裁判所は74歳のジャンクロード・マスに4年間の刑務所刑と75,000ユーロ(約900万円)の罰金を科した。

2017年1月23日、フランスの裁判所は、ドイツに本社を置く品質保証企業・TÜV社(Technischer Überwachungsverein、英語:Technical Inspection Association)にPIP社製のシリコン豊胸バッグを使用した2万人に1人3千ユーロ(約36万円)、総額6千万ユーロ(約72億円)を支払うよう命じた。

なお、日本の厚生労働省は、乳房インプラントを薬事承認していない。日本ではPIP社製のシリコン豊胸バッグを輸入し、豊胸手術に使用した例は少数だと思われる。日本では大きな事件になっていない。

本ブログはネカト・ブログなので、ネカトの視点で見る。インチキ部分は、PIP社が工業用シリコンを医薬用シリコンとして使用した点である。このことで、「改ざん」事件と分類した。

PIP社事件は、「全期間ランキング」の「歴史上の10大医学スキャンダル:2013年2月20日」の第4位である。

倒産前のポリ・アンプラン・プロテーズ社(Poly Implant Prothese、PIP)。写真出典

倒産後のポリ・アンプラン・プロテーズ社(Poly Implant Prothese、PIP)。写真出典

  • 国:フランス
  • 集団名:ポリ・アンプラン・プロテーズ社、通称、PIP社
  • 集団名(英語):Poly Implant Prothese
  • 集団名(仏語):Poly Implant Prothèse
  • 集団の概要:ジャンクロード・マス(Jean-Claude Mas)が1991年に設立したシリコン豊胸バッグ(silicone gel breast implants)を製造販売する会社。最盛期には、従業員が約120人いたが、2010年に倒産した。
  • 事件の首謀者:ジャンクロード・マス(Jean-Claude Mas)社長が中心。副社長のクロード・コート(Claude Couty)、品質責任者のアンロア・フン(Hannelore Font)、技術責任者のロイック・ゴサート(Loic Gossart)、製品責任者チエリー・ブヒノン(Thierry Brinon)が裁判で被告になった。
  • 分野:化学品製造
  • 不正年:2001~2010年
  • 発覚年:2009年
  • ステップ1(発覚):第一次追及者(詳細不明)はフランスの外科医たち
  • ステップ2(メディア):フランスや英国の多数の新聞・テレビが大きく報道
  • ステップ3(調査・処分、当局:オーソリティ): ①フランス治安当局。②裁判所
  • 不正:改ざん
  • 不正数:1件
  • 損害額:総額(推定)は1兆~1兆8千億。内訳 → ①PIP社製のシリコン豊胸バッグを使用したフランス人2万人に1人3千ユーロ(約36万円)、総額6千万ユーロ(約72億円)の賠償を品質保証企業・TÜV社に科した。全体で30~50万人がPIP社製のシリコン豊胸バッグを使用したので、総額9~15億ユーロ(約1兆~1兆8千億円)の賠償金とした。②フランスの医薬品監督体系の信用失墜と対策に10億円(当てづっぽう)。③裁判経費を1億円。④調査経費(フランス捜査当局)が5千万円。
  • 被害(者):30~50万の女性がPIP社製のシリコン豊胸バッグ使用した。健康被害があった。健康被害の恐れから摘出手術をした。
  • 結末:PIP社製倒産。社長に4年間の刑務所刑と75,000ユーロ(約900万円)の罰金。4人の幹部も刑務所刑?

●2.【日本語の解説】

日本語の解説を「修正」引用する。

厚生労働省の動きが一番早かった。医師会等へも通知し見事である。さらに、後続の情報提供③も、すばらしい。

★2011年12月23日:厚生労働省・医薬食品局監視指導・麻薬対策課:「平成23年12月23日のフランス保健省の報道発表資料」

出典  → ①ココ(PDF:83KB)(以下に示す)、②2011年12月27日の「フランス製の豊胸用シリコンバッグ製品に関する情報提供」(省略)、③2012年3月23日の医師会等への通知(省略)

フランス保健省は、予防的措置(ただし緊急措置ではないが)としてPoly Implant Prothese社(PIP社)の乳房インプラントを埋植された女性に対して、インプラントの状況が劣化している臨床的な証拠がなくてもインプラントを摘出するべきであると提案した。

平成23年12月22日の専門家の意見として、PIP 社の乳房インプラントを有する女性が他のインプラントと比較して癌が増加するリスクはない。しかしながら、このPIP 社の乳房インプラントに関連するリスクとして、破裂、刺激性を有するジェルによる炎症反応を引き起こす可能性があり、これにより除去が困難になることがあるとしている。

このため、フランス保健省は以下のことを決定した。

PIP 社のインプラントを埋植した患者は外科医と相談すること。もし、患者がインプラントの摘出希望しない場合には、乳房と腋窩部分の超音波検査を6 か月ごとに受診しなければならない。

インプラントの破裂、破裂の可能性または滲出が生じた場合には、逆側のインプラントとともに摘出しなければならない。

長いので以下は → ココ

また、②2011年12月27日の「フランス製の豊胸用シリコンバッグ製品に関する情報提供」、③2012年3月23日の医師会等への通知 も参照されたし。

★2012年01月27日:Anne Beade 記者のAFP記事(日本語訳者不明):「仏PIP社の豊胸バッグ問題、元社長を逮捕」

出典 (含・図)→ ココ 、(保存版

 図をクリックすると図は大きくなります。仏ポリ・アンプラン・プロテーズ(Poly Implant Prothese、PIP)社製のシリコン豊胸バッグによる健康被害の恐れが指摘されている問題で、創業者のジャンクロード・マス(Jean-Claude Mas)元社長(72)が26日、過失致死の容疑で逮捕された。マス元社長の弁護士が27日、明らかにした。

PIP社の豊胸シリコンバッグの埋め込み手術を受けた女性は世界65か国に40万~50万人近くいるとみられるが、工業用の低品質なシリコンジェルを用いていた事実が発覚。破裂リスクも高いことから仏保健当局が前年末、国内女性3万人に豊胸バッグの摘出を指示し、仏捜査当局も捜査を進めていた。

仏南部に本社があったPIPは、シリコン豊胸バッグの分野では世界3位の大手だったが、未認可の工業用シリコンジェルを使用していた事実が発覚したため2010年に閉鎖された。(c)AFP/Anne Beade

★2012年01月25日頃:小林恭子記者の「英国ニュースダイジェスト」記事:「誰が手術費用を負担するべきか 「破裂する」豊胸バッグ問題」

出典 → ①ココ 、(保存版)。
②同じ小林恭子記者の2012年01月26日の記事:欧州で豊胸バッグの安全性に疑問符  ―英国では手術費用の負担が大問題に
③同じ小林恭子記者の2012年01月26日の記事:欧州で豊胸バッグの安全性に疑問符  ―英国では手術費用の負担が大問題に : 小林恭子の英国メディア・ウオッチ

以下は、上記①の虫食い引用です。気になる人は、上記の原典①をご覧ください。

昨年末、フランスのポリ・アンプラン・プロテーズ(PIP)社が製造した豊胸用シリコン・バッグに医療上の問題があることが発覚した。最悪の場合、シリコン材が体内で破裂する可能性があり、豊胸手術を受けた欧州の女性たちの間にパニックが起きている。本国フランスなどでは女性たちに摘出手術を受けるよう勧告が出されたが、英政府は「手術は必須ではない」と発表し、国によって対応がまちまちになっている。

英国における豊胸手術
豊胸手術を受けた全体数 ─ 25万人
乳がんの手術後、乳房再建のために 豊胸手術を受けた人数 ─ 2万5000人
過去に仏PIP社製の豊胸材を使用した人数 ─ 4万人

この豊胸材は、フランスのポリ・アンプラン・プロテーズ(PIP)社が製造したもの。同社は、医療用としては未認可の産業用シリコンを使用していた。事態が発覚すると、フランス政府は同社の製品を使用禁止とする措置を取り、同社は2010年に倒産している。

豊胸材が体内で破裂すると、シリコンの中に入っているジェル状の物質が体内に流れ出て、細胞に損傷を与える。すると痛みや炎症の発生に加えて、乳房の変形につながり、また豊胸材の摘出さえ困難になることもあるという。

破裂する可能性はどれだけあるのか

豊胸手術を受けた女性たちは、現在、大きな不安を抱えながら生きている。安全性についての情報が確定していないからだ。例えば、フランス政府は「PIP社製の豊胸材が破裂する可能性は5%」とするが、英国医薬品庁(MHRA)ではこの数字が1%に下がる。また大手民間クリニックの「トランスフォーム」の試算は7%だ。

フランス政府は予防策としてPIP社製の豊胸材の摘出を推奨し、ドイツ、オランダ、チェコ、ベネズエラなども同様の姿勢を取っている。一方、英国では、ランズリー保健相が調査を委託した専門家グループによって1月6日に発表された報告書が、「原則として摘出の必要は認められない」と結論付けた。

摘出手術の費用は誰が負担するのか

豊胸手術豊胸材を摘出するとして、「誰が手術代を支払うか」という点についての政府の不明確な態度も、豊胸手術を受けた女性たちの怒りを大きくしている。

フランスでは、PIP社の豊胸材を使った女性たち約3万人に対し、政府が摘出の手術代を負担すると宣言。英国ではNHSが、一般医が必要と判断したときのみ費用を負担した上で摘出手術を行うと述べている。

★ウィキペディア:「豊胸手術 – Wikipedia」

出典 → 豊胸手術 – Wikipedia

2011年12月、フランスのポリ・アンプラン・プロテーズ(Poly Implant Prothèse – PIP)社が製造した豊胸バッグが、体内で破れる恐れがあるとして、仏保健省は23日、使用者に対し、除去手術を受けるよう勧告した。対象はフランス国内だけで約3万人に上るとみられるが、同社の製品は日本を含む世界65カ国以上で販売され、使用者は40万人にのぼるとみられている。

PIP社はシリコーン豊胸材生産で30年以上の歴史をもつ老舗で、世界3位の大手だったが、破裂するなどの事故例が多く報告され、医療用でない安価なマットレス用のシリコーンの使用が発覚したことなどから、2010年に倒産し清算手続き中だった。なおこれまでに同社製品での豊胸手術を受けた女性たちから2000件もの苦情申し立てが寄せられており、仏警察は同社への捜査を開始している。

健康被害を受けたなどとする利用者2500件以上から訴えが起こされ、マルセイユ検察は2011年12月、過失致死傷容疑で捜査に着手。マス容疑者はその後1月26日に南仏のバールで治安当局に拘束された。

このPIP社製の豊胸バッグは日本に輸入された可能性もあり、厚生労働省医薬食品局は12月27日、仏保健省の発表内容を踏まえて、関係学会に向けて情報提供を行ったことを明らかにしている。

●3.【事件の経過と内容】

【予備知識:豊胸手術の全体像】

★豊胸術の歴史と豊胸バッグ

以下の出典:豊胸手術 – Wikipedia

以下の文中の「シリコンジェルバッグ」は「シリコン豊胸バッグ」と同じである。

【豊胸術の歴史】

健常な乳房に美容目的での豊胸術が施されたのは1950年代で、パラフィンやシリコンジェルを皮下に直接注入する方法であったが、組織の壊死など合併症・後遺症が多く発生した。その後、1963年に米国・ダウコーニング社がシリコン製の袋(バッグ)にシリコンジェルを詰めた乳房インプラントを開発、1965年にフランス・パリで生理食塩水入りのバッグが誕生。美容目的で胸部に挿入する豊胸術が広く行われるようになる。

1990年代になると、ダウコーニング社などインプラント・メーカー数社が訴訟され、破損による変形や漏出した場合の健康被害などの問題が表面化し、1992年には米国・食品医薬品局(FDA)がシリコンジェルバッグの使用を一時停止するよう命じた。その後はシリコンジェルバッグに代わって、生理食塩水バッグが広く普及した。

2000年には、FDAは米国内においての生理食塩水バッグの使用を許可し、その後コヒーシブシリコンなど粘度が高く漏出時の危険が少ない素材の登場などで、2006年にはシリコンジェルバッグの使用も許可された。ただしアラガン社(Allergan)とメンター社(Mentor)の製品のみである。またFDAは、米国内においての18歳未満の生理食塩水バッグの使用、22歳未満のシリコンジェルバッグの使用を禁じている(再建手術を除く)。

【豊胸バッグ挿入法】

シリコン豊胸バッグ。写真はパブリック・ドメイン, Link

体の一部を切開し、豊胸バッグを胸に埋め込む。充填物は様々な種類があるが、基本的に①生理食塩水または②シリコンである。形状は、①ラウンド型(お椀型)、②アナトミカル型(下部が大きい釣鐘型)の2種類がある。

豊胸バッグは経年劣化し永久的に使えるものでは無い為、追加手術が生涯必要になる。

【動画】
「生理食塩水バッグとシリコンバッグの違い(Difference Between Saline and Silicone Breast Implants – Westlake Plastic Surgery) 」(英語)0分22秒
Westlake Plastic Surgery Center が2011/08/01 に公開
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【動画】
実際の豊胸手術の動画もある。しかし、生々しいので、アドレスを示すが、閲覧をおススメしない。https://www.youtube.com/watch?v=F9AuN1tePOI

【動画】
アニメです。「豊胸手術の実際(How breast enlargement surgery is carried out) 」(英語、英語字幕付き)2分13秒
Bupa Health UK が2013/08/06 に公開
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★豊胸手術した人数

以下の出典:Total Procedures ranked by category for 2016。全体像は国際美容外科学会(ISAPS – International Society of Aesthetic Plastic Surgery)のISAPS Global Statisticsにある。

2016年の1年間に豊胸手術した世界のランキングでは、1位米国で586,476人、2位ブラジルで434,775人、3位ロシア134,214人である。

米国が多いのは納得するけど、ブラジルが2位、ロシアが3位、とは思ってもみませんでした。

PIP社事件のフランスは8位で92,198人。

日本は16位で30,371人である。総務省統計局の2017年のデータでは、日本の20~29歳の女性は610万人いる。毎年30,371人の豊胸手術を20~29歳の女性がしたとすると、20代の女性の5%(20人に1人)が豊胸手術をしたことになる。そんなものでしょうか?

4位以下でも、意外な国が高い手術数を示している。メキシコが4位で、これは米国人が手術代の安いメキシコで手術をしているという話である。

コロンビア、ベネズエラも上位だが、ブラジルやロシアと同じ、豊胸手術を推奨するお国柄だからだそうだ。エジプト、イランも20位以内に入っている。

豊胸手術した人は米国が1位で2016年に586,476人もいた。PIP社事件で被害を受けた2001-2010年の間も、米国人が世界で最も多く豊胸手術をしたと思われる。

しかし、米国・食品医薬品局(FDA)は米国でのPIP社のシリコン豊胸バッグの販売を許可しなかった。米国ではPIP社事件の問題が生じていない。米国・食品医薬品局(FDA)が承認しているのは、アラガン社(Allergan)、メンター社(Mentor)、シエントラ社(Sientra)の製品のみである。
→ Breast Implants > Silicone Gel-Filled Breast Implants

【事件】

★PIP社

ジャンクロード・マス(Jean-Claude Mas)(1939年生まれ)は、最初、肉屋だったが、その後、ブリストル・マイヤーズ スクイブ社の医薬情報担当者(pharmaceutical sales representative)を15年務めた。

ジャンクロード・マスは、医薬情報担当者だった時、1965年にフランスに乳房インプラントを導入した外科医アンリ・アリオン(Henri Arion)とチームを組んでいた。

ジャンクロード・マス(Jean-Claude Mas)。http://www.mirror.co.uk/all-about/pip-breast-implants

1991年(52歳)、ジャンクロード・マスは、アンリ・アリオンが飛行機事故で死亡した後、フランス南部のラ・セーヌ=シュル=メール(La Seyne-sur-Mer)にシリコン豊胸バッグ(silicone gel breast implants)を製造するポリ・アンプラン・プロテーズ社(Poly Implant Prothese、PIP)を設立した。

PIP社は20年間に約200万セットのシリコン豊胸バッグを製造した。豊胸バッグは、1~2割がフランス国内で使用され、8~9割が主に西欧諸国とラテンアメリカ諸国に輸出された。

問題となった未承認シリコン豊胸バッグの使用が多い国(使用者数)は次の通りだ。使用者数は使用が確認できた人数である。確認できていない人も相当数いると思われる。

英国(42,000セット)、フランス(30,000セット)、ブラジル(25,000セット)、ベネズエラ(16,000セット)、コロンビア(15,000セット)、オーストラリア(8,900セット)、アルゼンチン、ドイツ、スペイン、イタリアなど。

★事件の進行

2000年、米国・食品医薬品局(FDA)は、米国でシリコン豊胸バッグを販売することを禁止した。そのために、シリコン豊胸バッグの販売が世界的に落ち込んだ。

http://www.qmed.com/news/breast-implant-ceo-gets-jail-time

2001年、ジャンクロード・マス社長(62歳)は、世界的に落ち込んだシリコン豊胸バッグ販売の荒波を何とか乗り越えようと模索した。

市場のシェアの一部を回復できる方策を練っていた。

結局、材料である医療用シリコンを購入する代わりに、社内生産の工業用シリコンに切り替えることで、大幅なコスト削減になる。

その方法で、利益を高く保とうと考えた。工業用シリコンの値段は医療用シリコンの10分の1である。

この切り替えで、シリコン豊胸バッグの表面は少し変わるが、製造工程の変更は比較的少なかった。

ただ、製造工程の変更の承認を得なかったし、本格製造を始める前に安全性試験を行なわなかった。

2001年、PIP社は、大部分のインプラントにおいて医療用シリコンの代わりに、承認されていない社内で製造された工業用シリコンを使用し始めた。

2009年、PIP社製のシリコン豊胸バッグが異常に高い破裂率を示すことをフランスの外科医が報告し始めた。

この事が人々に伝わり、多くの豊胸バッグ使用者がPIP社製の苦情を訴え、訴訟を起こした。

2010年3月、フランスの医療安全機関がPIP社製のシリコン豊胸バッグを回収した後、PIP社は900万ユーロ(約11億円)の負債を抱え倒産した。

2010年、ドイツに本社を置く品質保証企業・TÜV社(Technischer Überwachungsverein、英語:Technical Inspection Association)は、2010年3月まで、PIP社のシリコン豊胸バッグの製造プロセスに品質証明書を出していた。しかし、医療用シリコンの代わりに工業用シリコンを使用していたことを見落としてた。

なお、TÜV社は品質保証を業務とする巨大な多国籍企業で、2015年の収益は19億ユーロ(約2300億円)でその半分以上はドイツ国外で得ている。

PIP社の元・従業員で労働組合長のエリック・マリアッチャ(Eric Mariaccia)は、「PIP社の化学者は危険なシリコン豊胸バッグを製造していることを知っていたハズだ。責任は会社の責任者、特に生産部門の品質管理を担う4人だ」と述べている。

2011年12月20日、フランス政府は、シリコン豊胸バッグの破裂の結果と思われる未分化大細胞型リンパ腫(ALCL:anaplastic large cell lymphoma)の女性が死亡した後、集団訴訟が準備されていると伝えた。

2011年12月23日、フランス政府は、3万人のフランス人女性がPIP社製のシリコン豊胸バッグの除去を求めていると発表した。

★逮捕・裁判・刑務所刑

PIP社製のシリコン豊胸バッグは4,000件も破裂したと報告された。

2012 年1月26日(72歳)、ジャンクロード・マス(Jean-Claude Mas)が南フランスのシス=フールのパートナー宅で逮捕された。
→  2012 年1月26日のジャン=フランエイス・ロズノブレット(Jean-FranEcois Rosnoblet)記者の「National Post」記事(写真も):Jean-Claude Mas, faulty breast-implant CEO, arrested, could be charged with manslaughter | National Post

Interpol // REUTERS/Jean-Paul Pelissier

 

2013年4月17日(73歳)、フランスのマルセイユ裁判所で裁判が始まった。

裁判所に召喚されたのはジャンクロード・マス・社長だけでなく、副社長のクロード・コート(Claude Couty)、品質責任者のアンロア・フン(Hannelore Font)、技術責任者のロイック・ゴサート(Loic Gossart)、製品責任者チエリー・ブヒノン(Thierry Brinon)も召喚された(肩書は元)。全員、最高5年の刑務所刑がありうる。
左はジャンクロード・マス・社長(左)と白シャツの副社長のクロード・コート(Claude Couty)(右)。中上の女性は品質責任者のアンロア・フン(Hannelore Font)。中下の白ジャケットは技術責任者のロイック・ゴサート(Loic Gossart)。右は製品責任者チエリー・ブヒノン(Thierry Brinon)。写真:Patrice Lapoirie。出典
(保存版)

【動画】
「偽造豊胸インプラントでPIP社・元社長の裁判がはじまる(Former PIP boss goes on trial over faulty breast implant Lastest News ) 」(英語)1分10秒
Micheal Newsmaker が2013/05/01 に公開
以下のリンクが切れた時 → 保存版

2013年12月10日(74歳)、フランスのマルセイユ裁判所はジャンクロード・マスに4年間の刑務所刑と75,000ユーロ(約900万円)の罰金を科した。
→  2013年12月10日の「BBC News」記事:Breast implants: PIP’s Jean-Claude Mas gets jail sentence – BBC News

★賠償金

2017 年1月23日、フランスの裁判所は、ドイツに本社を置く品質保証企業・TÜV社にPIP社製のシリコン豊胸バッグを使用した2万人に1人3千ユーロ(約36万円)、総額6千万ユーロ(約72億円)を支払うよう命じた。
→ 2017 年1月23日記事:Faulty breast implants lead to €60 million payout to 20,000 women

2017 年8月3日、オーストリアの女性69人に1人3千ユーロ(約36万円)が支払われた。
→ 2017 年8月3日記事:Austrian women with leak-prone breast implants compensated

★豊胸バッグを取り出した有名人

PIP社事件を受けて、豊胸バッグを取り出す有名人が話題になっている。

例えば、英国のテレビ・パーソナリティのローレン・ポープ(Lauren Pope)。

左の写真は豊胸バッグ入りの姿(2006年・23歳)。右は豊胸バッグを取り出した姿(2017年・34歳)。写真出典

●4.【白楽の感想】

《1》不正する人、不正できるシステム

未承認の工業用シリコンを使用したのは、安いからである。つまり、ボロ儲けしようとしたのは明白だ。

こういう不正の防止策を練るとき、人間と社会システムの関係をどうとらえるべきなのか?

例えば、取られては困るが、1万円札を展示したい、としよう。

状況。1万円を取ってはいけない表示をし、机の上に無造作に1万円札を置いておく。誰も見ていなければ、多くの人は1万円を取っていく。

防ぐ方法1「システム」。1万円札がとられないように、上面を厚いガラス板で覆った金属の箱に入れ机に固定する。かなり悪い人が来ても持っていけない。

防ぐ方法2「厳罰」。机の上に無造作に1万円札を置いておく。しかし、1万円札を取ろうと手を伸ばしたら、警備員が射殺する。すでに2人ほど射殺されていて死体が転がっている。かなり悪い人が来ても持っていけない。

防ぐ方法3「教育」。1万円を取ってはいけない表示をし、机の上に無造作に1万円札を置いておく。ただし、警備員はいない。1万円を取らないよう、人々を教育する。

方法1と方法2は極端だが、通常は、その間のどこかが有効に思える。

PIP社事件では、PIP社の社長と幹部が10年間も不正を行なってきた。その状況は、方法1と方法2の両方がとても甘かったためだ。

事件の結末では、PIP社の社長と幹部を逮捕し罰を与えたが(方法2)、不正な製品を10年間も製造・販売できるシステム(方法1)にも大きな問題があった。

なお、研究ネカト対策で日本がよく行なうのは研究倫理教育とか研修である。これは、上記に当てはめると、方法3である。

机の上に無造作に置いてある1万円札を、「誰も見ていなくても、持っていくな」と教育していることになる。

白楽は大学教授だったので、教育が業務だった。研究ネカト防止の一環として教育・研修をしてきたし、今もしているが、教育・研修は決定打にならないと思う。特に「かなり悪い人」には全く無力である。

《2》防ぐ方法

https://www.theguardian.com/world/2013/apr/17/pip-breast-implant-victims-trial

ジャンクロード・マスは、逮捕され裁判中も一貫して、PIP社のシリコン豊胸バッグに危険はないと主張している。

しかし、使用が承認されていない工業用シリコンを使用していた。そのコストは医療用シリコンの10分の1である。検査員が来たときは工業用シリコンの使用を隠蔽している。

状況から判断して、健康被害よりも欲得を優先したのは明白だ。

このような不正を防ぐ1つ目の方法は、合法的な製品の製造だ。

PIP社の元・従業員のエリック・マリアッチャが指摘するように、「PIP社の化学者は危険なシリコン豊胸バッグを製造していることを知っていたハズだ。責任は会社の責任者、特に生産部門の品質管理を担う4人だ」。

全く同意見である。会社の幹部は、材料を医療用シリコンから工業用シリコンに切り替える件を話し合ったハズだ。この時、化学者や生産部門の品質管理を担う幹部は、製品が危険で、未承認は違法であることを知っていたハズだ。

その時、どうして誰も反対しなかったのか? 金銭的な得があっても、危険な製品、未承認の製造方法は会社の命取りでしょうに。

この段階で工業用シリコンから医療用シリコンに切り替えなければ、豊胸手術を受けた女性に健康被害もなく、PIP社も存続できた。しかし、金銭的な得を優先したことで、健康被害がで、PIP社も倒産した。

不正を防ぐ2つ目の方法は、製品の検査である。

PIP社事件では、品質保証企業・TÜV社が検査でヘマをして、粗悪製品を摘発できなかった。この段階で摘発できていれば、豊胸手術を受けた女性の健康被害は少なく、PIP社も存続できた。

しかし、検査でのヘマの責任を問われ、品質保証企業のTÜV社は、総額6千万ユーロ(約72億円)の賠償を命じられた。

不正を防ぐ3つ目の方法は、内部告発である。

PIP社の元・従業員のエリック・マリアッチャが指摘するように、「PIP社の化学者は危険なシリコン豊胸バッグを製造していることを知っていたハズだ」。

全く同意見である。会社の幹部が、材料を医療用シリコンから工業用シリコンに切り替えれば、現場の化学者は納入した材料の容器名や性状から、従来品とは違う粗悪品だと気が付いたハズだ。

その時、化学者や現場の従業員は、誰も異常を訴えなかったのだろうか?

白楽が思うに、異常に気が付き、内部告発した人はいたと思う。ただ、コクハラされ、会社につぶされたのだろう。

内部告発が早期に機能し、もっと早く、外部からのまともな査察が行なわれていれば、豊胸手術を受けた女性の健康被害は少なく、場合によれば、PIP社も存続できただろう。しかし、内部告発は機能せず、健康被害者がでて、PIP社は倒産してしまった。

内部告発が有効に機能するシステムを作ることが、とても重要だと思う。

PIP社事件では、これら3つの予防策がどれもうまく機能しなかった。

その結果、使用者の健康が損なわれる事態になった。その治療にあたって医師からの指摘を受け、PIP社のシリコン豊胸バッグの問題が発覚した。

PIP社事件はフランスの医療関係で最大規模の事件に発展し、PIP社は倒産し、社長は4年間の刑務所刑が科され、30~50万人の女性のシリコン豊胸バッグの摘出・交換という事件になってしまった。最悪のシナリオである。人間って、愚かなんですね。

《3》美容整形

PIP社事件は、産業製品の不正である。食品や家電品などの産業製品も未承認の製品は不正であり、粗悪品は不正でなくても人々に害を与える。

しかし、シリコン豊胸バッグは食品や家電品などとは違う微妙な問題を含んでいる。

消費者(使用者)はシリコン豊胸バッグで乳房を大きくしたことを隠しておきたい。

女性は自分の豊かな胸は、実はフェイクで、豊胸バッグを挿入したために豊かなのだと公言したくない。だから、豊胸バッグ会社を正面から訴える活動がしにくい。

それに、豊胸した自分の胸を見ても、使用した豊胸バッグがPIP社製のものかどうかわからない。使用者は、手術時にサイズと形状を選択するが、製造会社は医師が決めているので、さほど気にしない。

手術時に医師がくれる「豊胸バッグ識別カード」(以下の2つの写真の女性が手に持っているカード)を保存していれば、判別できる。しかし、保存先を忘れてしまうかもしれない。

2つの写真とも「豊胸バッグ識別カード」。写真出典

「豊胸バッグ識別カード」が不明なら、挿入した豊胸バッグを取り出して製品番号や製造社名を見ないとわからない。それには手術が必要だ。

また、破裂する可能性は5%とか1%、イヤ、7%だとか、かなりの幅がある。つまり、どこも正確なデータを持っていない。それなら、しばらくそのままにしておこうという気持ちになる。

また、豊胸バッグは、破裂してもシリコンが充填されているので、風船のようにパンクし、しぼむわけではない。バッグに穴が開いて、シリコンが徐々に漏れる。変形するか生理的な異常がなければ、豊胸バッグが破裂していてもわからない可能性が高い。

このように秘密にしておきたい・隠しておきたい製品やサービスの領域でねつ造・改ざんがあると、発覚しにくい。性に関連する製品やサービスではネカトが発生しやすい。

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●5.【主要情報源】

① ウィキペディア日本語版:豊胸手術 – Wikipedia
② ウィキペディア英語版:Poly Implant Prothèse – Wikipedia
③ 2012年1月27日の「Telegraph」記事:PIP founder Jean-Claude Mas charged over breast implant scare – Telegraph(保存版)
④ 2014年1月21日の「BBC News」記事:PIP breast implant scandal: Compensation ruling upheld – BBC News(保存版)
⑤ 「Guardian」のPIP社事件記事群:Breast implant scandal | World news | The Guardian(保存版)
⑥ PIP社事件キャンペーン:PIP ACTION CAMPAIGN – Campaigning for the victims of international health fraud(保存版)
★記事中の画像は、出典を記載していない場合も白楽の作品ではありません。

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